シズたちがステインを倒そうとしたのは四日目。
………………ナンノコトダカ
一週間にわたる職場体験を終え、シズは学校に登校していた。
4日目の橘の一件で警察からヴィラン連合について事情聴取を受け、それが随分と長引いたために職場体験の期間が随分と少なくなってしまったのだ。
具体的には5日目と6日目のほとんどが消滅し、7日目はゲンセイによる剣のまとめ……免許皆伝のようなものを行ったため、パトロールをほとんど体験できていないのだ。
まあ、大した問題ではないのだが。
「あーー!シズ!おはよ!」
「おはよう」
シズが教室の中に入ると、シズに気付いた葉隠が声をかけた。シズも葉隠に挨拶を返す。
教室には大体が集まっていて、職場体験の感想を話し合っているようだ。
「ねえみんなは職場体験どうだった!?耳郎はヴィラン退治までやったんだって!羨ましいなぁ!」
「退治って言っても後方支援だけで直接戦闘はしなかったけどね」
芦戸を中心に会話が弾んでいるようだ。話題の渦中にいる耳郎は恥ずかし気に芦戸の発言に補足した。どうやら芦戸の職場体験はあまりワクワクするものではなかったようで、後方支援とはいえヒーローの象徴的な体験をした耳郎に羨望の眼差しを送っていた。
「私もトレーニングとパトロールばかりだったわ。一度隣国からの密航者を捕らえたくらい」
「それすごくない!?」
蛙吹の職場体験先は海難ヒーロー、セルキーの事務所だ。多くは語らない蛙吹だが、実際にはかなり濃い体験だったのだろう。蛙吹の顔は1週間前とはずいぶんと違う。度胸がついた、というべきだろうか。
「お茶子ちゃんはどうだったの?」
「すごく、有意義だったよ……!」
蛙吹が麗日に問いかけると、麗日は武人のごとしオーラを身にまとっていた。……いや、実際はそんなことはないのだが、そう思わせるような貫禄が備わっていた。
麗日の職場体験先はバトルヒーロー、ガンヘッドの事務所。かなりの技術を身に着けたのだろう。
「構えがきれいだな」
「目覚めたのね。お茶子ちゃん」
シズは麗日の構えに思わず嘆息し、蛙吹も頷いた。
「シズちゃんはどうだったの?」
麗日から視線を外した蛙吹がシズに問いかける。シズはほぼ半分となってしまった職場体験のことを思い出しながら語った。
「4日目以外は稽古だったな。結構学びになったよ。4日目はパトロールで1回だけヴィランと戦った」
「ははぁーー。やっぱ体育祭1位は違うね」
「仲間がいたから逃がしちゃったけどね」
シズはヴィラン連合のことを隠しながら話す。五、六日目の事情聴取の際に箝口令を敷かれたためだ。
ヴィラン連合の一員である黒霧の介入があったこと。橘が脳無に似たナニカになったこと。USJの脳無との差異の検証などだ。
その諸々によって職場体験の約半分が持っていかれたが、社会のためになると考えたらまあ許容範囲内だろう。
シズたちの話の裏で髪型を七三分けにしてきた爆豪に切島を筆頭とした男子たちが爆笑するなど、非日常が挟まれ、話題は保須のステインに移る。飯田、緑谷、轟が巻き込まれたのだ。
「ま、一番大変だったのはお前らだな」
「そうそうヒーロー殺し!」
「命あってなによりだぜ」
「心配しましたのよ」
「エンデヴァーが助けてくれたんだろ?さすがNo.2だな!」
「……そうだな。助けられた」
瀬呂達の言葉に三人は多少どもって答えた。その魂にはごまかしの色が濃く映っており、何かしらの隠し事があることは明白だった。
(まあ、追及するほどじゃないか)
よく見れば職場体験前の飯田に存在した危うさは消え失せていた。今の飯田は純粋にヒーローを志す普通の少年にしか見えない。ステイン事件でなにがあったのかは知らないが、何かしらの契機になったのだろう。
「俺、ニュース見たんだけどさ。ヒーロー殺し、ヴィラン連合とも繋がってたんだろ?もしあんな奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ……」
「まあ、確かに怖ぇけどさ。尾白動画見た?あれ見ると信念っつうか芯があるっつうかちょっとかっけくね!?とか、思っちゃわね?」
「上鳴くん!」
「え?……あ、いッ……!悪ぃ!」
尾白のリアルな発言に上鳴が反応する。しかし、その反応は身内に危害が及んだ飯田家がこの場にいる状況では不謹慎極まりないものであった。悪気はなかったのか、緑谷の言葉で気づき、即座に飯田に謝った。
ただ、上鳴の言ったことは正しいといえる。
かっこいいの定義は人によって違うが、一般的に揺るぎない自分を持っている人間はかっこいいとされる。実際、シズもステインの動画を見たときにはただの劣悪な犯罪者とは思えず、そこに確かな信念があったことに感心した。実際に対面していたらその清らかな魂に瞠目していたことだろう。
当の飯田も上鳴の言葉に一部納得しているようで、上鳴を責めることはせずに自分の考えを告げた。
「確かに信念のある男ではあった…。クールだと思う人がいるのもわかる。ただ、奴はその果てに“粛清”という手段を選んだ。……そこだけは、どれだけ崇高な考えであろうとも間違いなんだ!だからこそ俺は!これ以上俺のようなものを出さないためにも!改めてヒーローとしての道を歩む!」
飯田の言葉は全員の心に響き、職場体験を通しての飯田の成長がはっきりと感じ取れた。もう飯田が感情任せに道を踏み外すことはないだろう。それを安心できるほどに、飯田の魂は清らかだった。
(……)
シズは飯田に感心する。きっと彼は将来多くの人間の模範となるようヒーローとなるのだろう。
それが、シズにはひどくまぶしく見えた。
(羨ましいな……)
「はい、私が来たって感じでね。ヒーロー基礎学をやっていくんだけどね。久しぶりだ少年少女たち!元気か!?」
本日のヒーロー基礎学の担当はオールマイトらしく、彼はいつも?の挨拶で授業を始めた。
「ヌルっと入ったな」
「久々なのに」
「パターン尽きたのかしら」
慣れとは恐ろしいもので、No.1の称号を持つ憧れの存在に教えを受ける感動も今は昔。尊敬の念がなくなったわけではなく、ある程度親密になったからこそのやり取りだ。オールマイトの親しみやすさが起因しているだろう。
「尽きてないぞ。無尽蔵だっつーの。さあ、職場体験後ってことでみんなのヒーロー活動に対する意識も変わってきたのではないのだろうか。そこで今回は多少ゲームチックな演習を行おうと思う。その名も、救助訓練競争だ!」
「救助訓練ならばUSJでやるべきではないのですか?」
右手を勢いよく上げた飯田がオールマイトに質問する。職場体験前にもよく見られた光景の一つで、たった一週間の空き時間でも、懐かしく感じるものだ。
「あそこはいろいろ揃っていて便利だけど、今回の訓練を行うには少し規模が小さくてね。今回は競争!ここは運動場γ。複雑に入り組んだ迷路のような細道が続く密集工業地帯だ!ここで5人4組に分かれて1組ずつ訓練を行う!1組だけは6名だけどな!」
オールマイトの言葉にシズたちは訓練場を注視する。そこには多くの破壊痕が点在しており、足の踏み場が少ない地帯が数多くあった。
折れたパイプ。ひしゃげたタンク。へこんでクレーターのようになったコンクリート。そのへこみの中には人型のものもあった。
「随分ボロボロだな……」
「っていうか、これ…戦いの後?」
周りを見渡しながらそう推測する一同にオールマイトはウンウンと頷く。
「その通り!ここは戦闘訓練にも適していてね。これはヒーロー科の2年生や3年生が刻み込んだ戦闘痕さ。そろそろ修理しようかという話もあったけれど、今回の訓練のために少し後回しにしてもらっていたんだ。こちらのほうがよりリアルになりそうだったからね。ただ、崩れかけの建物などの危険物はすでに改修または撤去してあるから、そこは安心してくれ!」
そんな話をしていると、一同は巨大スクリーンがある広場へと到着する。ここでほかの組の様子を閲覧可能なのだろう。
「では、今から訓練内容を説明するぞ!今回もシナリオがあるからしっかり聞いていてくれ!」
オールマイトの言葉の後に、巨大スクリーンに『WARNING!!』の文字が大きく映し出される。
「緊急事態発生!とある石油
初回に比べて随分と現実的な設定になっている。
「次にルールの説明だ。運動場内で計10体の救助対象ロボットが救難信号を出している。救助に当たる5人また6人は私の合図で危険区域外であるコンビナートの外周から一斉にスタートして10体のロボットをすべて救助せよ。一番多くのロボットを救助した人が優勝だ!また、ロボットはタッチすることで救助判定を下す。スタート位置は各人で違うが、ロボットの位置はバラバラで平等だから安心してくれ!」
名目は救助訓練だが、本番とは程遠い。タッチするだけで救助判定が下されるためだ。
つまり、あくまでもゲーム的な意味合いが強いのだろう。職場体験後の初めての授業であるため、軽いものにしたのかもしれない。競争という個々の成長が見やすいカテゴリーにしたのにもその意味合いがあるだろう。
「下手に他人と競っているとポイントを稼げない可能性がありますわね……」
「うん、スピードだけでなく判断力も重要になる。探知力もかな。広い視野が必要だね」
八百万の言葉にシズが返した。二人の言葉を聞いて、それぞれがどのように動くのか思考する。
少しの時間が経った後、組み分けを行い、訓練がスタートした。
第1組は緑谷、尾白、芦戸、飯田、瀬呂の5人。緑谷は怪しいが、全体的に機動力に優れた者が集まっている。特に、こと3次元機動においては瀬呂が頭一つ抜けているだろう。
観客となっているみんなは誰が一番になるかの予想を行っており、首位は瀬呂。次点で飯田や尾白になっていた。緑谷を予想している人はいない。ことあるごとにけがをしているため当然といえば当然だが。
しかし、その予想はいい意味で裏切られることになる。
「う、うおおおおっっ!?み、緑谷!なんだよその動き!」
「すごい…!ぴょんぴょん……。なんかまるで…」
(爆豪の動きに似ている。リスペクトか)
そう。緑谷だ。ことあるごとに怪我をしていた彼の姿はもう存在しない。自身の個性を十全に使いこなし、鉄パイプから鉄パイプを渡る。その動きは瀬呂に匹敵もしくは上回り、飛び回る彼の表情は笑みであふれていた。
「骨折克服かよ!」
競争の最中である尾白たちもそう感嘆せずにはいられない。
―――――しかし、
「結果発表だ!」
1位瀬呂 3pt
1位飯田 3pt
3位尾白 2pt
4位芦戸 1pt
4位緑谷 1pt
となった。
好調に思えた緑谷だったが、途中で鉄パイプから足を踏み外して落下。何とか1ptは稼いだが、その間に瀬呂や飯田がptを稼いでしまっていた。たった一つのミスで簡単に結果が悪い方向に変わる可能性があることを示している。
ただ、緑谷が骨折を克服したのは思わぬ成長だ。個性を十全に扱えるというだけでみんなと同じ土俵に立つことができたのだから。今体育祭を行えば結果は変わるかもしれない。
この演習でめぼしい成果を見せたのは緑谷ぐらいだった。いや、緑谷が顕著だっただけで、みんな職場体験の経験を生かしていた。確実に全員が成長したのは間違いないだろう。
シズは職場体験で成長したことを活かすことができなかったが、グラスホッパーやエスクードでポイントを稼いだ。組は違うが、爆豪、轟と同率で4ptだ。
そうして、職場体験明け最初のヒーロー基礎学の授業は終了した。
「シズ、すごかったね!動き前よりキレがよくなってた気がする!」
更衣室にて。芦戸がコスチュームから制服に着替えながらシズに話しかけた。
「そうかな。職場体験で学んだことはあまり活かせなかったけどね」
すでに着替え終えたシズがそう答える。シズのコスチュームはシズのエネルギーによって形状変化できるため、ちゃんとした衣服ではないのだ。一応、予備はあるが。
「私機動力が課題だな~。透明になるだけで他には特に何もできないし」
そう振り返る葉隠だが、今回は訓練の相性が悪かっただけだろう。仮に隠密訓練だったらトップの成績をたたき出していたはずだ。
人には向き不向きがある。不向きに該当する分野では向きに該当する人に任せるのが吉だ。適材適所。そのために多くのヒーローがいる。もちろん、出来ることが多いに越したことはないのだが。
そうみんながフォローすると、葉隠は納得した。
このような着替えの瞬間でも、より良いヒーローになるために思考している。理想的な時間の使い方だ。
シズがそう思っていると、突然耳郎が真剣な様子で発言する。
「みんな、静かに……!」
耳郎はそう言って壁にイヤホンジャックを刺した。シズ、葉隠が耳を当てる。すると、男子更衣室から峰田の声が聞こえてきた。
(…オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよオォォ!!)
聞いた瞬間、耳郎は顔をしかめた。顔は見えないが、葉隠も顔をしかめているだろう。シズは雰囲気から何となくそう感じ取った。
しかし、シズにとってわからないことがある。
「……リトルミネタ?バンザイ行……ムグッ」
「チョッ……!?」
「シズ!だめだよ!」
シズの復唱に耳郎は顔を赤らめ、葉隠はシズの口を慌ててふさぐ。
そんな中でも、峰田の言葉は続く。
(八百万のヤオヨオッパイ!芦戸の腰つき!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかッパイに蛙吹の意外おっぱアアァァ――――……)
流石のシズもこれはよくないと分かった。イヤホンジャックを構えた耳郎を止め、スパイダーで警告を出す。
(えっ!?何!?疑似触手プ―――……)
「すいませんでした!!!」
峰田の戯言の後、突如大きな声が響く。その声の主は峰田で、おそらく壁の向こうでは最敬礼でもしているのだろう。
「ヤオモモ。塞いでくれる?」
「分かりましたわ!それにしても、なんて下劣なんでしょう……!」
八百万は創造で壁に空いていた小さい穴をふさぐ。おそらくどこかの代の先輩が掘ったのだろううが、その夢はたった今つぶされたのだ。
「シズちゃん。何て言ったの?」
シズの行動がわからなかった蛙吹がシズに問いかけた。
「脳みそいじるぞって」
シズはそう小さく返す。状況を想像したのか、何人かは身を震わせた。
しかし、シズはそれどころではないのだ。
「……あまり気にしていなかったけど、やっぱり私って女としての魅力ないのかな」
シズの吐露にみんなが驚く。
耳郎もシズに続いて同じようなことを言った。峰田に何も言われなかったためだ。……いや、言われたいわけではないが、やはり気になるだろう。
そんなこんなで少し落ち込む2人だったが、その後のみんなによる褒め殺しでむずがゆくなる。しかし、今はまだそのことを知らなかったのだった。