夢を見る。
最近見る最悪の悪夢。
そのおぞましさは日に日に強くなり、日に日に私の精神を蝕む。
魂が摩耗していく感覚だ。一般的に言うのならば、精神的な疲れ、というべきだろうか。
私はその夢を見た後に決まって飛び起き、激しい動悸を鎮めることに注力する。
それが最近のルーティーンになっていた。
悪夢自体は、いつも見ていた。今まで見ていた大半の夢は、悪夢といえるかもしれない。
一番の悪夢は、ナガンが私の目の前で死んでしまう悪夢。また、ナガンが私の知らないところですでに死んでいて、それを私が遅れて知ってしまう悪夢。
特に後者は、ナガンがいなくなってから見るようになった。
どちらも、失ってしまうことに対する恐怖から来るものだった。
それとは、毛色が違う。
それは、私という存在を根本から冷やし、ポッキリと折ってしまうような。
そんなおぞましさを孕んでいた。
でも、そんな夢ももうおしまい。
きっとナガンの悪夢ももう見ないだろう。
だって―――
―――
そして現在に戻る。
私が目覚めた時には爆豪がいた。ヴィラン連合の連中も帰ってきたようだった。
私が飛び起きたせいで椅子がガタつき、みんなから変な目で見られてしまった。
早速死柄木が本題に入り、爆豪が暴言を吐き、私は何も言わなかった。
「ハハ。まあ、そういう反応だろな。だけどまあ、少しでいいから聞いてくれよ。……今のヒーロー社会は本当にひどいとは思わないか?ヒーローは人の命を金や人気に変換することに勤しみ、国民はそれをはやし立てる。ごく一部の立派なヒーローに対する視線は――これは見たほうが早いか」
死柄木はテレビをつけ、チャンネルを何回か変えた。ほぼすべてのチャンネルが雄英の失態に関する記者会見を映していた。会見席には相澤先生とブラトキング先生。根津校長の3人がいた。
「相澤先生が身綺麗にしているな」
「そこじゃねぇだろ……!」
私の言葉に爆豪が突っ込んだ。ヴィラン連合の人間たちにもそう思われたようだ。
会見では今回の騒動を起こしてしまった雄英の警備体制の不備に対する批判。生徒たちに個性を使わせたことに対する意図。私が誰にも気づかれずに攫われてしまったことに対する学校側の考えなど。ほじくり返さなくてもいいことをわざわざほじくり返されていた。
会見では被害状況なども示しており、どうやら死者はいないらしい。よかった。
会見で特に気になったのはある記者の爆豪に対する意見だ。恐らく記者のソレは世間一般の爆豪に対する印象であり、要約すると――爆豪が唆され、悪の道に誘導されてしまうのではないかという懸念だった。
爆豪を知るこちらからすると、見当外れも甚だしい。爆豪がそんな軽率な行動を起こす可能性はないのだ。
それは相澤先生も同じのようで、爆豪の悪態は爆豪自身の理想の高さに起因するもので、誰よりもトップを求めもがいている。その旨を言い、さらにはそれを隙と捉えたのならば、ヴィランが浅はかであるともいっていた。
「よかったじゃん」
「…うっせぇ」
私が茶化すと爆豪はキレつつも、少し嬉しそうにしていた。
爆豪の両親を除く中で最も爆豪勝己という人間を理解しているのは相澤先生なのかもしれない。生徒一人ひとりに真摯に向き合う相澤先生の言葉は当の本人の爆豪はもちろんのこと、私にも響いた。
すると死柄木はテレビを消し、改めて私たちに向きあった。
「おかしいとは思わないか?彼らは少しミスをしただけだ。なのになんでこんなにも必死に掘り返す?責め立てる?声は上げていないだろうが、多くの人間は少なからず同じ思いを抱いているはずだ。ならば、オレたちは代弁者として問おう!この社会はこのままでいいのか!国民一人一人に考えてもらう!オレたちの戦いは『問い』。オレたちは勝つつもりだ!」
軽い気持ちで聞いていた私たちにそう疑問を投げかける死柄木。その上で、もう一度「オレたちの仲間にならないか?」という質問を投げかけた。
その問いに、まず率先して爆豪が答える。
「はっ……。ダラダラダラダラと……バカは要約できないから話が長ぇ!要は『嫌がらせしたいから仲間になってください』だろ!?無駄だよ。オレは――オールマイトが勝つ姿に憧れた!誰に何と言われようがそこはもう曲がらねぇ!」
爆豪の本音。所々で本音が垣間見えるときはあったが、爆豪勝己という人間の根本を示す本音は初めて聞いた。
彼の魂はギラギラと赤く輝き、それは煌びやかに輝くルビーのようでとてもきれいだった。
(羨ましい)
「そうか、残念だ。それじゃあ、夜月さん。君はどうかな?」
「どう…ね」
私は死柄木の言葉に自身の考えを言うことにした。死柄木の魂がひどくまっすぐで、まぶしく見えた。USJとは違うその輝きに対する敬意を見せるためだった。
「社会に問うことには賛成だ。私はこの社会に疑問を抱いている」
「な……」
「…へぇ」
爆豪は私の言葉に驚いた。いや、それだけでなく私の声にも驚いたのだろう。
私の声は自分でも驚くほどに無機質で、冷たい声だった。
お師匠がいなくなったあの日から――いや、その前。お師匠のつらそうな顔。絶望したような、失望したような顔を見た時からだった。
何故。
そう思ってしまった。
何故。お師匠がこんな顔をしなければならないのか。
何故。国民はヒーローに縋っているのか。
何故。多くの国民の魂はこんなにも醜く見えるのか。
何故。なぜ。ナゼ―――
ずっと、ずっと考えていた。
お師匠のお仕事を盗み見して、分かった気がした。
「もしかしたら、この社会は間違っているのかもしれない」
思わず、そんな言葉が出た。
もっといい社会の形があるのかもしれない。ヒーローも、国民も。みんなが笑顔で、幸せで、満たされていて。美しい魂が至る所にある社会。私が認識できる理想郷。
社会とは、そうあるべきだと考えていた。
では何故、そうではないのだろう?
疑問の解消のために、多くの場所を訪れた。
裁判所、警察署、病院。
それ以外にも、大通りや駅などの人が多いところを歩いて、人の魂を見た。
大半の魂が濁っていた。
だけど、それはずっとじゃなくて――
なにかの拍子で満たされ、清らかになる。
私はそれがうれしくて、そして。
――現状に、絶望するんだ。
「じゃあ、仲間になるってことでいいのかな?」
「テメェ何考えてやがる!血迷ってんじゃねぇ!」
死柄木は微笑を浮かべながら、爆豪は焦ったようにそう言った。
「早とちりするなよ。何も全部賛成するわけじゃない」
「……あ?」
死柄木は心底疑問に思ったようにそう言う。思わず出た言葉のようだった。
「私の考えの源には大衆の幸福がある。人を殺してまで叶えたいわけじゃない。それに、私のやり方で変えられる。一人の力じゃ難しいかもしれないが、私には多くの人がいる。――私は、恵まれているんだ」
私の言葉に死柄木は心底落胆したようで、少しだけ不機嫌になったようだ。
「……そうか。君ならわかってくれると思ったんだがな。だって君は、俺と同じだから」
「なわけないだろう」
死柄木は先ほどよりも呆けた顔をし、まるで私が何を言っているのかわかっていないようだった。
「まあいい。最後に何か言うことは?」
「死に晒せ」
「……そこのツギハギに聞きたいことがある」
「……俺か?」
死柄木の言葉に暴言で返した爆豪はいいとして、私は彼を見た時から思っていたことを聞いてみることにした。
「名前は?」
「……荼毘だ」
「前に会ったことある?」
「あ?ねぇだろ」
「そうか……すまなかった。忘れてくれ」
ツギハギの魂は爛れている為正確に判断することはできないが、私は彼の魂を見たことがある気がした。
しかし、彼が違うというのならば違うのかもしれない。
私は口を閉じ、『もうない』というニュアンスの視線を向けた。
「……黒霧」
死柄木の指示で黒霧が動き、私たちはワープゲートでどこかに転移させられる――はずだった。
「どーもぉ。ピザーラ神野店ですー」
という、緊張感に欠けた日常の言葉。この場にはとても似つかわしくない言葉だった。
全員がきょとんとする暇もなく、
「SMASH!!!」
オールマイトの言葉とともにバーの壁が吹き飛ぶ。オールマイトがバーの壁を殴り壊したのだ。
「無事か!?爆豪少年!夜月少女!」
「オールマイト!?」
私たちが驚いている間にも、オールマイトに続く者が動いた。
「『先制必縛ウルシ鎖牢』!」
若手ヒーローシンリンカムイが自身の個性でヴィラン連合一同を捕縛したのだ。彼の体は木であるため『蒼炎』の個性を持つ荼毘が燃やし尽くそうとするが、瞬時に距離を詰めたご老体によって頭を蹴られ気絶する。緑谷の職場体験先であるグラントリノの仕業だった。
「流石は若手実力派だシンリンカムイ!そして目にも止まらぬ古豪グラントリノ!もう逃げられんぞヴィラン連合よ!何故って?――我々が来た!」
オールマイトはヴィラン連合をにらみつけ、そう言い放つ。
「ピザーラ神野店は俺たちだけじゃない。外はあのエンデヴァーを始め、手練れのヒーロー、そして警察たちが包囲している」
そう言い放つのはNo.4ヒーロー、エッジショット。彼の個性で体を薄くのばし、ドアの隙間から入り、カギを開けることで追加の警察陣をバーの中に入れることに成功する。
各々が仕事をしている隙にオールマイトが私たちの横に近づき、声をかけた。
「怖かったろうに……よく耐えた!ごめんな…だが、もう大丈夫だ!」
「…ッ!怖くねぇ!」
「怖くはないですよ」
私は本心から、爆豪は少しだけ誇張してそう言った。オールマイトは笑い、改めて死柄木たちへと向き合う。
「俺たちだけじゃない?奇遇だな、そりゃこっちもだ。黒霧!持ってこれるだけ持ってこい!!」
「脳無だな!」
死柄木は先ほどとは打って変わって粗雑な態度をとり、癇癪に近いものを起こす。
ただ、打開策は持っているようで黒霧に指示を出した。
しかし、それは叶わない。
「すみません死柄木弔…。所定の位置にあるはずの脳無が……ない!?」
「ハァ!?」
黒霧の焦った声に死柄木もまた焦る。
そして気付く。すべては敵の手の上であることを。
「ヴィラン連合よ。君たちは舐めすぎだ。少年少女の魂を。警察のたゆまぬ捜査を。そして――我々の怒りを!……おいたが過ぎたな。ここで終わりだ!死柄木弔!!」
「終わりだと…?ふざけんなまだ始まったばかりだ。正義だの平和だのと言葉ですらあやふやなモンで蓋されたこの掃きだめをぶっ壊す…。そのために
死柄木は現状の打破のために黒霧に視線を向けるが、彼はすでに気絶させられていた。最も厄介であるこの男はエッジショットによって気絶させられていたのだ。
死柄木が瞠目する中、グラントリノが警察が夜なべして特定したヴィラン連合構成員たちの本名を読み上げる。荼毘と死柄木、黒霧だけは何も言われなかった。流石に短時間で全員は特定しきれなかったのだろう。
「奴はどこにいる!?死柄木!」
「お前が!!嫌いだ!!!」
オールマイトの問いかけに拒絶がにじむ叫びをあげる死柄木。
そして、それに呼応するように死柄木の横から水分を多く含んだ泥のような何かが現れ、その中からたくさんの脳無が出現する。ザっと十は超えているだろうか。
「なんだ!?脳無が出てきたぞ!」
「シンリンカムイ!絶対に離すんじゃあないぞ」
「わ、分かりました!」
困惑するヒーローたちをよそに、その泥はヴィラン連合たちの口の中からも出る。どうやら誰かの個性によるもののようで、それは相手側もわかっていないこと。つまり、イレギュラーだった。
そして、それは私と爆豪にも襲い掛かる。
「オ゛ごぁ」
「ッ!」
ヴィラン連合と同じように泥が出現し、私たちを飲み込もうとする。
プロたちの焦る声が聞こえたが、私はそれが聞こえない程の強い衝撃を受けていた。
(わたしは、これをしっている……?)
思考がうまくまとまらず、抵抗しないままに、私は泥に飲み込まれた。
―――
「ゲッホ、臭っせぇっ……!んっじゃこりゃあ!」
「ゴホゴホ!……ここ何処だ?」
泥の個性は空間移動系の個性だった。転移させられた場所の風景は荒れ地のようで、建物は激しく損傷し破壊されている。ここで何かがあったことは明白だった。
私たちはあたりを見渡し、異常な光景を目視する。
まず目に入るのは、工業地帯のようなマスクをした男。身長は高く、オールマイトほどはあるかもしれない。そしてその男のまわりには、多くのプロヒーローの姿があった。
その中には、爆豪の職場体験先、NO.4ヒーローのベストジーニストの姿もあった。彼は胸部下を大きく抉られており、他のヒーローよりも重体だった。
「ジーパン!?」
爆豪が信じられないかのような表情でジーニストを見る。私はそんな爆豪を放って置き、ジーニストにUSJの相澤先生にしたことと同じことをする。
つまり、治癒だ。
(傷が深すぎる……!どうやって彼をこんなにできる…?No.4だぞ……!?)
治癒を施している間に、ある重大な事実に気付いた。
「肺が欠けてる…」
「は!?……オイ、治せんのか…!?」
「……やってみる」
私はジーニストの横に膝をつき、初めて臓器の治癒を試みる。完全には治すことはできなかったが、日常生活に支障が出ない程度にはつなぎとめることができた。
私はそのことに安堵し、そして――
「成長したね」
その声に、体が凍り付く。
思考はまとまらず、過呼吸気味になる。発汗は止まらず、頭が痛む。体が竦みあがり、体温が下がった気がした。
恐怖?不安?この感情の正体がつかめない。
爆豪はこの声を聞いたその瞬間に後ろに飛びのいたが、私は膝をついたまま動くことができなかった。
「誰だ……!?」
爆豪のつぶやきが聞こえる。私は声を上げることすらできなかった。
「また失敗したね。弔。でも決してめげてはいけないよ。大切な仲間は取り戻した。いくらでもやり直せる。そのために僕がいるんだよ」
男は爆豪を無視して死柄木にそう声をかけ、私に再度向き直る。
「久しぶりだね」
「……どのような御用でしょうか」
「…あ!?オイどうした!?」
私は気づけばそう言っていた。爆豪は驚き、私は思わず口に手を当てる。私のこの言葉を信じることができなかった。
彼は、明らかにヴィランの親玉。黒幕に位置する人間だ。
私が、そんな奴に丁寧に接した……?敬語すら使って……?敬った……?
わからない。なぜだ?
「フム、やはり覚えはあるのか。徐々に忘れるように仕向けたんだけどね。まあいいか。どうせ今日全部思い出す」
そして彼は、私の頭を手でつかんだ。たったそれだけの行動。しかし私は体に電流が走ったような錯覚に陥る。
「行ってらっしゃい。君にすべてを返してあげよう」
「……」
私は彼の言葉を最後に、再び泥に飲み込まれた。
―――
私は、ある室内に飛ばされた。
『やあ、来たね』
室内を見渡していると、すぐに先ほどの男の声が聞こえてくる。
男は壁に埋め込まれているディスプレイの中にいた。
録画、いや、AI…だろうか。
動画としてでなく、ディスプレイの中に存在しているもの、という感じがした。憶測であり、感覚でしかないが。
『今日は、君にプレゼントを渡そうと思ってね。きっと喜ぶよ』
そういった男は私の後ろを指さす。
警戒しながら後ろを確認すると、そこには3人の脳無がいた。脳無たちは機能が停止しているのか項垂れた状態で停止しており、動く気配が感じられなかった。
その上、その脳無には微量ながらにも魂が存在している。それはとても小さく、認識するのに手間取ったが、確かに存在している。
3人の内、一人は知っている。橘だ。どうやら、回収された後に完全な脳無になってしまったらしい。魂が残っているのは、私に個体認識させるためだろうか。
そして、残る2人。男が一人、女が一人だった。魂の形状が酷似しているので、親類――いや、ほとんど同じなので親子だろう。母と子か。
「これがプレゼント?」
『まさか。メインの一つだけど、あと二つはある。そのうちの一つは――これさ』
そう言った後、床からマッサージチェアのような椅子が出現した。ただ、頭のあたりに被り物がある点が異質さを感じさせる。
「これは?」
『君、幼少期の記憶がないだろう』
「ッ!?」
私は驚く。なぜこの男がそれを知っているのかがわからなかったからだ。
(いや、先ほどのあの男の発言を聞いて判断すると、私の過去に関係する人……になるのか?)
私は男の真意を聞くことにした。
「それがどうした?」
『実はその記憶は僕が奪ったものでね。そして、そのすべてをこの機械に詰め込んだ。苦労したよ。君の記憶が徐々にこの機械に流れ込むようにするのにはね。まあ、時間は腐るほどあったから意外と障害なく手続きを進められたのだけれどね』
「何言ってんだ……?」
私は彼の言葉が理解できなかった。
『簡単に言えば、この機械を装着すれば君の記憶を取り戻すことができるということさ』
私は彼の言葉に嘘がないことを確認。そして、装着している間の外部からの危険を排除するために結界を張り巡らしてから、椅子に座る。装着した後、おそらく私の過去に値するものが際限なく映し出されている。
そして―――
「―――は?」
私はその光景が信じられなかった。
そして、思い出す。
お師匠と出会うまでの過去、そして―――
あの夢の正体を。
自分の駄文に絶望している今日この頃。
次で節目ですかね。節目は連続すると思いますが。