自分で言うのもなんだけど、私は天才だった。
どれくらい天才だったかというと、生後2か月で何にも掴まらずに立つことができたし、1歳の頃には言葉を理解できる程度には天才だった。個性の発現に至っては2歳という異例の早さだった。
まさしく、神童というにふさわしい存在であっただろう。
親によっては、これを気味悪がる人もいるかもしれないが、私の両親はそんなことはなかった。
むしろ、私を誇らしく感じていたようだ。
8歳差のお兄様もいたが、そのお兄様も同じように感じていたようだ。
お兄様は無個性だったが、私と同じように親の寵愛を受けていた。
お兄様も、お母様も、お父様も、正しさを愛していた。
お父様とお母様の職業は警察。お兄様も、二人に倣って警察を目指していた。
学校では優秀な成績を修めていたようなので、きっとその夢は叶えたのだろう。
警察を目指していた、あるいは働いている関係で、全員の運動能力が高く、空手、柔道などの武術も修めていた。
私はその訓練の光景を見ていたので、私が警察を目指すのも自然というものだ。
だが、私はヒーローを目指した。
お師匠の影響がほとんどだが、その前から憧れていたんだと思う。
だから、あんなにもあっさりとヒーローになる決意をしたんだ。
テレビの中のヒーローは輝いていて、実際に見た時はさらに輝いて見えた。
どうやらその時に見たヒーローの中にお師匠もいたようだ。だから、あの時にすぐに信用することができたのだろう。
お母様たちは、ヒーローを目指したいと決意した私を応援してくれた。年齢的に大したことはできないので、3人の訓練風景を見せてもらうだけだったが。
私の家族は、愛情、正しさ、他がために。
それらに包まれた、心優しい一家だった。
――しかし、幸せは、そう長くは続かない。
私はお母様と買い物に行っていたときに、誘拐されてしまったようだ。お母様が目を離していた時間は1分にも満たなかったが、それは関係ないとばかりに忽然といなくなっていたらしい。
そして私は、誘拐者――恐らく、あの男に雇われた人間――が関係する施設に連れていかれた。抵抗する間もなく記憶をいじられ、初めから親などいなかったというマインドをかけられて…いや、もはや親という存在すら認識しなくなった。
それが、施設に来るまでの出来事。
そして、これ以降が、施設に来た後の出来事。
私は記憶を改ざんされたことを知らず、何の疑問も持たないままに施設のカリキュラムに臨んだ。
カリキュラムは地獄の一言に尽きる。山奥で十年の修行を積んだ者でも、想像を絶するほどの苦悩を経験することになるだろう。
食事は制限され、栄養価のみを考えた献立。睡眠時間もすべて管理され、衣服の自由もない。起床したら学力向上、個性伸ばし、身体能力向上、中には拷問の訓練なんてものもあった。体育祭の第一試合での上鳴戦で電撃が効かなかったのはそのおかげだ。
肉体そして精神を蝕み、子供たちは壊れる。中には再起不能になる者もいた。
再起不能になった人は施設の人間の手によって隔離され、その行方を知る子供は誰もいなかった。
ただ、違う。私だけは、行方を知らずともその末路は理解できた。
USJで猛威を振るった脳無だ。私は直感で、脱落した人間の末路をそう判断した。USJの時の脳無に見覚えがあったのも、それが原因なんだろう。もしかしたら、同じ施設出身の人間なのかもしれない。事実はわからないが。
私は再起不能になることはなかったが、精神は壊れた。その時に、施設以前に抱いていた夢がなくなってしまったのだろう。
――だから、この信じられない光景にも納得できたのかもしれない。
私は、その施設で人を殺していた。
記憶の中の私は弧月で人を切り裂き、首と胴を泣き別れにしていた。それも、一対一ではなく多対一での状態での蹂躙だった。
被害者は囚人服を着ていた。かなりの凶悪犯だったようだ。死刑判決をくらっていた人間で、男が秘密裏に入手した。囚人たちは集団で私たちを殺せば平穏な生活を保障するという契約の元、私たちに牙をむいたのだ。
対して私たちは向かってくる死刑囚たちを返り討ちにするという命令を受けていた。
互いに生死を問わず。一人の子供に対し、十人の死刑囚が即席の集団になって相対する。
よって戦いが成立し、このような結果になった。
罪悪感はない。彼ら彼女らは死刑囚で、犯罪者。殺人を犯した人がほとんどだろうが、私も人を殺したのは事実。
そんな私が、ヒーローを目指してもいいのだろうか。
ふと、そんな疑問が湧く。
私という存在が、『夜月静江』という存在が、脅かされようとしていた。
そして、男が私の頭に手を置き、私は泥に飲み込まれる。
その転移先である女性と出会い――
―――――暗転。
―――
そして、意識は現実へと戻る。
失われた記憶であるおよそ7から8年の記憶は、現実時間において5分ほどで私の頭にすべてが流れ込んできた。
私がすべてを認識したその瞬間に頭の機械が外れ、私は自由となる。
どうやら記憶を取り戻している間に、私は動揺してしまったようだ。事前に張り巡らした結界や罠の類がすべて消去されていた。
自身の未熟さに悲観すると同時に、私はこの部屋に訪れた変化を認識する。
いつの間にか男の画面ではない画面が壁一面に映し出されていた。その画面は男のソレよりも大きく、その存在をより主張していた。
その画面に映っていた映像は、先ほどまで私が見ていた私の過去。私の過去が映っていた。周囲を見渡せば多くのカメラが存在しており、赤いランプが点灯していた。現在の私を映しているのだろうか。
『君の過去は、世間に流れているよ。ああ、もちろん音声付きでね。僕たちの会話もずうっと聞こえていただろうね』
「オールフォーワン……様」
『懐かしいね、その呼び方。やっぱり君はヒーロー側にいていい存在じゃない。弔にも言われただろう?同じだと』
私の言葉に男――『オールフォーワン』はそう言う。工業地帯のような仰々しいマスクによってその顔を詳しく視認することはできないが、笑っていることを強く認識できた。
「言われました……が、私は、ヒーロー…です」
私の言葉はたどたどしく、弱弱しかった。私の心はあるかどうかすらわからない良心でギリギリ踏みとどまれていた。しかし、何かの拍子ですぐに崩れ去ってしまうような危険を孕んでいた。
だから、オールフォーワンという男はその境界に易々と踏み込む。
『君のお師匠だけど、何処にいるか知っているかい?』
「」
私の唇は急激に温度を下げ、体は小刻みに震えていた。息も荒くなり、動悸は激しくなる。言葉を発することができず、歯の根はかみ合わずガチガチと音を鳴らしていた。
明らかな異常事態。私は、この後に続くであろう言葉を聞きたくなかった。
だが、それは叶わない。なぜならそれこそが、オールフォーワンのプレゼントで、目的だから。
『彼女はね―――タルタロスに収監されているよ!』
オールフォーワンの言葉は、私に電撃を与える。
だが、それは彼が想像していたものではなかっただろう。私のこの後の言葉に、彼は目を剝いたからだ。
「―――よかっ、たぁ……!!」
『は?』
私の言葉に、オールフォーワンは疑問を漏らす。私とお師匠の関係を少しでも知っている人ならば、必ずそう疑問に思うだろう。オールフォーワンが私たちの関係を知らないはずがないから、彼の反応はなんらおかしくない。
おかしいのは確実に私のほうだ。だって、恩人で大切な人が、タルタロスに収監されるほどの罪を犯して捕まったのだ。もう二度とお日様を浴びることはなく、私はお師匠との日常を送ることができなくなってしまった。
精神が壊れ、ヴィランに堕ちることはあれど、この言葉で精神的不調が多少回復することなどありえない。
だが、私にとっては違う。
「もう死んじゃってたのかと思ってた……!違うんだね。そう。違う……!嗚呼……本当に良かった…!」
私の一番の目的は、お師匠との日常を過ごすこと。
そう。理想だ。あくまでも、理想。
ただ、もう一度。もう一度だけ。
そのキレイな顔を視たかった。女性にしては低くて、かっこいい声を聞きたかった。言葉を交わしたかった。
だから、死んでいないのなら。
それでいい。
結局私の目指すところは変わらない。
『……そうか。甘く見積もっていたようだね』
オールフォーワンは残念がった。それも心底。計画の根幹が崩れてしまったからだろう。
「残念だったね、オールフォーワン」
『残念?フフフ……そんなことはないさ。だって君に言いたいことがまだ――』
オールフォーワンの言葉を遮るように、後ろにいた3体の脳無が動く。
そのうちの一体、橘の脳無が私の首を刀で真っ二つにしようとする。
だが、私は前傾するように体を傾けることでその攻撃を避け、その勢いのまま後方に蹴り上げる。たったそれだけで橘の刀は彼の手を離れ、施設内の壁にぶつかってカランと音を立てて落ちる。その勢いのまま、回し蹴りで橘を吹き飛ばした。
「……で?」
私は精一杯の冷めた目をオールフォーワンに向ける。
オールフォーワンは心底愉快そうに笑っていた。
『フフフ…!今までの君じゃこの脳無の攻撃に反応することすらできなかったはずだけど……。記憶を取り戻したことで強く――いや、強さを取り戻したってとこかな?』
「……」
私はオールフォーワンの言葉に冷や汗をかく。彼の言葉が正しいと判断したからだ。
「……で、言いたいことってのは、あそこの脳無が私のお兄様とお母様ってことでいいのかな?」
『やっぱり気づいていたんだね!流石は最高傑作だよ!』
「テメェが私に気付かせるためにお母様たちの魂を残しておいたんだろうが。私を転送したあの時に個性を奪って魂の使い方でも学んだか?」
思えば、あいつがすべての記憶を返したとは限らない。多くの年数のサバを読んでいるわけではないと思うが、たった一日くらいはごまかせる。こいつなら、その少ない期間である程度習得することは造作もないだろう。
『少し見ない間に随分と口が悪くなったね。これもお師匠さんの影響かな?』
「そう?最高じゃん」
私はそう軽口を返し、脳無たち――橘、お兄様、お母様の3人――に向き直る。
その瞬間、お兄様が私の顔面に拳を放つ。私はその拳を寸前で避け、続く膝蹴りを右手で受け止めた。
「腕を上げたのですね。お兄様」
私はお兄様にそう語りかけ、微笑を浮かべた。久しぶりの家族団欒なのだから、これくらいいいだろう。
お兄様の蹴りを受け止めている隙をつき、お母様が私に火球を放つ。
「
本来なら、地獄の業火を思わせる火力で私の身を焼き尽くすはずだったが、私が張った虚無のベールで相殺される。火球の効力は即座に消失した。
「お母様は後でお話ししましょう。お話ししたいことがたくさんあるのです」
私はお母様にそう微笑みをかけ、お兄様を吹き飛ばす。お兄様は壁にめり込んだため、十数秒くらいは動けないだろう。
『まさか3体を相手にしてここまでやるとは!期待以上だよ!』
私が感傷に浸っているのを無視し、オールフォーワンはそう水を差す。
それが、私をひどくイラつかせる。
「ちょっと黙ってろよ。せっかく家族団欒に興じているんだから。……ああ、家族といえば」
私はこちらに突進する橘を一瞥し、弧月を生成する。それを片手で持った。
私の意識は、お母様のほうに向いている。ただ、それは意識だけ。弧月は、橘のほうに向いている。
「お前。立場も、関係も――実力も。釣り合ってねぇんだよ」
私は橘にそう言い、片手で技を振るった。
それは、期末テストの時にゲンセイさんが私に放った奥義。
朧・百華繚乱
片手で放ったその奥義が、橘に牙をむく。
直撃し、橘は生命活動を停止した。
「オヤスミ。いい夢を」
これが、橘への手向けの言葉だった。
橘を救うことができなかったことを悔やみながら、私は壁から脱出したお兄様に向き直る。
「じゃあ、少しお話ししましょうか。お兄様?」
私は、見る人を魅了するような妖艶な顔で笑った。
改めて、家族団欒の時間が始まる。
vの字とCTRLが打てなくなった……!?
ゲームのしすぎかな…?