魂を満たす物語   作:よヨ余

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邂逅

「いやー、力の差を見せてこの後の説明に説得力を持たせようとしたんだけど、負けちゃったんだよね!」

 

衣服を着用し直した先輩は頭を掻きながらそう言った。他の先輩方は驚愕していた。私が強いとは思っていたが、まさか個性が割れていない状態の通形先輩が敗北するとは思っていなかったのだろう。

実際危なかった。呼吸の有無を確認できなかったら勝つ方法がわからず実質的な敗北となっただろう。

 

経験。それは生物における圧倒的な力。

 

百獣の王と呼ばれるライオンも、ひとたび危機的状況に陥れば警戒することを覚える。

水面は安心だと知っていたイワシも、一度海鳥に捉えられれば警戒することを覚える。

テストでマークミスをした学生は、次のテストでそれを真っ先に確かめる。

 

全て、一度犯したミスを再発しないためだ。例え3つの内最初2つは次があるか怪しいが。

 

施設での経験がなければ負けていただろう。記憶が戻っていなかったら負けていただろう。

そう思えるほどに彼は強かった。インターンでの経験はそれほど濃密なのだろう。

 

戦闘面だけを見ればそれほどではない。しかしヒーローとしては十分すぎるほどの経験が得られるはずだ。だから、彼は強いのだろう。そして、ヒーローとして優れたように見えるのだろう。

 

「すごーい!まさか通形に勝つなんて!ホントにすごいねー!」

 

「うん、本当にすごい。……俺とは大違いだ」

 

明るく、そして自虐的にそう語り掛けてくれる先輩たち。そこには驚愕と同時に強い興味があった。

 

「負けちゃったからあんま理解できないかもだけど、まあこんな感じなんだよね!」

 

「シズ以外腹パンされただけなんですけど……」

 

先輩がA組に話しかけると、おなかを押さえながら芦戸がそう言った。

 

「俺の個性、強かった?」

 

先輩の言葉にA組の面々は一斉に声を上げる。

 

曰く、強すぎ。

曰く、私のことも考えて。

曰く、透過とワープのハイブリッドなのか。

 

そんな声々に先輩は負けじと大きな声で返した。

 

「い~や、一つだけ!透過さ!」

 

先輩の言葉に驚く一同。私との戦いである程度の予想を立てている人はいるようだが、それが外れていたのか、その人も驚いていた。

 

「ワープに関してだけど、これは個性の応用なんだよね!俺が個性を使うとあらゆるものが透過する。あらゆる、つまり地面もだよね!俺が地面に落ちた後に、透過を解除する。すると不思議なことが起きて、質量を持ったものは同じ空間に重なって存在できないから弾き出されてしまうんだ!つまり俺は地面に落ちて、弾き出されただけ!ワープはそういうことなんだよね!ワープ先に関しては、ポーズや体の向きを調整して狙った場所に移動したんだよね!」

 

「……ゲームのバグみたい」

 

「イイエテミョー!」

 

通形先輩の返答に誰かが奇抜な反応を示した。それに先輩は過剰にも思える反応を示す。そして、梅雨ちゃんがやはり強い個性だと褒めた。それに先輩は否定をかぶせる。

 

「い~や、強い個性にしたんだよね」

 

その言葉に皆は瞠目する。言葉の要領がつかめないようだった。呼吸ができないという弱点があることを考えても十分に強い個性だと考えたのだろう。それに、彼の強さからその言葉が信じられないことだと考えてもいい。

 

「個性発動中は夜月さんが言ったように呼吸ができない。吸っても透過してるからね。同様に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものがすり抜ける。それは、何も考えることができず、ただただ質量を持ったまま落下の感覚だけがあるということなんだ」

 

だから、壁一つを抜けるにしても複雑で面倒くさい工程が必要らしい。

 

この言葉を聞いて皆は認識を改めた。強い個性以前に、難しい個性。そう考えると、没個性にも思えてしまう。それに、それが制御できていないような幼い時期にどれほどの苦悩があったのかなど想像に難くない。事故など多発しただろう。

 

「案の定俺は落ちた。ビリッけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。この個性で上に行くには遅れだけは取っちゃいけなかった。――予測!周囲よりも早く、時に欺く!何より予測が必要だった。そして、その予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!……長くなったけど、これが手合わせの理由。言葉よりも経験で伝えたかった。インターンにおいて我々は、お客ではなく一人のサイドキック、プロとして扱われるんだよね!それはとても恐ろしいよ、プロの現場では時には人の死に立ち会わせることもある。――けれども、怖い思いも、辛い思いも、全て学校では手に入らない一線級の経験!俺はインターンでの経験を力に変えて、トップを掴んだ!…ので、怖くてもやるべきだと思うよ!一年!」

 

彼の言葉に私たちは感銘を受ける。職場体験とは非なるものだと改めて認識した。そして、それに内包され得る恐ろしさ。それを認識したものの、私たちはそれを目指して日々を生きているのだと再認識する。

上等じゃないか。そう思う人が全員だった。

 

皆が思い思いに意気込んでいる中、私の隣にいる轟が呟いた。

 

「俺も、早く仮免取んねぇと。……置いてかれちまう」

 

私がそれに声をかけることはなかったが、心の中で激励を飛ばした。もっとも、彼ならすぐに取得するだろう。もちろん、爆豪も。

 

講習が個人の都合で受けられるのなら最短で行けるのだが、そうもいかないらしい。だから、時間の問題だ。彼が意気込んでも意味があるとは言えないのだが、まあ、感情的にそうも言えないか。

 

その後、私たちは先輩たちに感謝の意を示し、解散となった。

 

 

 

 

そして夕方。寮内の専属家政婦となった爆豪をしり目に私たち女子陣は会話に勤しんでいた。話題はインターンについてだ。

 

「くうぅ~!通形先輩のビリケツからトップっていうのロマンあるよね!」

 

「インターンに行くのが楽しみになってきたわ」

 

「でもどうやろ、一年はまだ様子見って言ってたけど」

 

「とりあえず、相澤先生のゴーサイン待ちですわね」

 

彼女たちの会話を聞きつつ、私は相澤先生の話を思い出していた。

 

『ビッグ3からインターンの意義を教わったが、お前らがプロの現場に行けると決まったわけじゃない。職員会議で是非を決める必要があるし、やるならやるで、マスコミあたりの対応も考えなけりゃならん』

 

とのことだった。

 

「行けるかどうかは別として、行くかどうかを考えるのぐらいはいいだろう。学力との兼ね合いもあるしな」

 

「嫌なこと思い出させないでよ……」

 

項垂れる三奈にヤオモモが勉強会をすることを伝える。それに三奈とついでに透は喜んでいた。

 

「そう言うシズはどうするつもりなの?」

 

響香がそう問いかけてきた。

 

「悩んでる。私は職場体験でパトロールとか何もしていないから行った方がいいんだよね。ゲンセイさんのところに行きたいけれど、ゲンセイさんは連合関係で塚内警部を手伝うから行けないし」

 

「他のところはないの?」

 

「…うーん」

 

私は少しだけ考えてみる。職場体験先としてリストアップされた事務所に興味はなかった。しいて言うのならエンデヴァー、ベストジーニストくらいだが、エンデヴァーは轟で手いっぱいになるだろうし、ベストジーニストは活動休止中。詰み……か。

 

いや、リストに載っていなかった事務所も見ればいいのか。それらで私でも知ってるところは……。

 

「ホークス……」

 

「あ~、ホークスね。確か職場体験の時は指名なかったんだっけ?」

 

「うん、常闇と轟が指名されてたね。常闇は実際に行ってたし」

 

「ホークスかぁ。今はNo3で、実質的に次はNo2……。シズだったらそのくらいの基準になるのかぁ」

 

三奈と透がそう反応する。否定的な反応はなかった。

 

だが、私はホークスをインターン先にするつもりはない。

 

妹のことに集中したいこともあるが、何よりも……。

 

「でも、ホークスはないかな」

 

「ええ~、なんでなんで?」

 

「……多分知り合いでさ。知り合い方もあって気まずい」

 

「知り合い!?ホークスと!?」

 

女子陣の驚く声で男子陣の耳にも入り、案の定興味を持ったらしい。こちらの方に近づいてきた。

 

「ホークスと旧知の仲……!?いやしかし、ホークスはそんなこと一言も…いや、もしやあれが…?」

 

「ん、常闇。なんか言ってたのか?」

 

常闇の思わせぶりな言動に私は質問した。

 

「職場体験の際、ホークスは俺と轟を指名したが、本当は追加で女子を指名したかったそうだ。理由は教えてくれなかったが、ホークスに別用で話をしに行こうとした際に独り言を言っているのを聞いてしまってな。どんな子に育ったのか見たいとか、でも少しだけ気まずいなとか、そんなことを口にしていたぞ」

 

「……」

 

常闇の答えを聞き、私は天を仰いだ。ソファに体を預け、脱力する。予想が的中してしまった。

 

「……シズがこんな反応するなんて、そんなに嫌な記憶なの?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど、二人とも比較的尖ってた時だったからさ」

 

そう、特に悪い記憶ではないのだ。ただ、公安関係のことは口外を禁じられている。その上、私がお師匠の仕事先に無断潜入したときの話でもあるため、知られると都合が悪いのだ。

 

ホークスとは中学生になったときくらいに出会った。会話はしなかった。あの時の私は怒られた時を想像していたので少しだけピリピリしていたのだ。雰囲気にもそれが出ていただろう。ホークスはそんなことはなかったが。誤魔化すためとはいえ、風評被害紛いことをしてしまったから、また勝手に気まずくなった。

 

ホークスなら特に気にしていなさそうだが、私が勝手にそう思っているだけだ。

 

「まあとにかく、インターンは保留!私にもやることがあるし今のところは余裕ない!」

 

私はやや強引に話を打ち切り、自身の部屋へと帰った。

 

 

 

私は先ほどの会話を反芻していた。

 

やるべきこと。それは妹のことだった。

 

今の私において他の何よりも優先されること。妹を探し出し、御爺様から救い出すこと。

 

妹の場所はある程度分かっている。私と同じ質の魂を検知したところ、ここと近いところにいるらしい。事務所としてはかつてオールマイトのサイドキックだったというサー・ナイトアイの事務所の近く。大まかな見た目もわかっているし、魂を見れば一目瞭然。

そして恐らく警察やヒーローの協力が必要になるだろう。だから、御爺様の悪事の証拠、そして私と妹のDNA鑑定書が必要になるだろう。関係者と判断されなければ救出に向かえなくなるかもしれない。その場合は無理やり行くつもりだが、それで雄英を退学になったりするのはよろしくない。

 

外出は週末に教師一名以上の同伴の下、そして騒ぎを起こさないために変装した上ならば許可が出た。今週二日分、ミッドナイト先生が協力してくれるらしいからその時に調査を進めよう。

 

そこまで整理したところで疑念が出てきた。御爺様についてだ。

 

お母様曰く、御爺様に妹を預けたのはお母様なのだとか。だが、妹はお母様が口にするのも憚られるくらいの状況に陥っている。そうなると、お母様は御爺様の本性というものを見破れなかったということになる。

 

(あの人を見る目が優れ過ぎていたお母様が、肉親の本性を見破れない、ということが起こりえるのだろうか?)

 

自問し、否定する。絶対にないと断定する。お母様ともあろう人がこの状況を見破れないはずがなかった。

 

しかし現状は違う。

 

ならば、イレギュラーがあったということ。お母様にも見通すことのできぬイレギュラーが。

 

(もしかしたら、思ったよりも厄介なことになるかもしれない)

 

私は週末の調査に向けて、改めて意気込んだ。

 

「……必ず助け出す」

 

 

 

 

 

 

そして週末。

 

土曜日の収穫は乏しかった。わかったのは、御爺様と妹は同じ位置にいるであろうこと。そのくらいだ。

 

日曜日になった今日。できることなら妹の顔と名前くらいは一致させておきたい。これが今日の目標だ。その後に今の妹の状況を知りたいものだ。それがいいものならよし。お母様の杞憂で終わる。

 

しかし、それが悪いものなら。

 

(私も、容赦するつもりはない)

 

私はミッドナイト先生と合流し、調査に赴いた。

 

 

 

電車で一時間の場所で調査を開始する。

 

「昨日は変装が完璧じゃなくて騒ぎになっちゃたから、今日は気を付けましょ!」

 

「ミッドナイト先生がオーラを隠しきれてなかったからですよ。気を付けてくださいね」

 

意気込む先生に私はそう突っ込んだ。先生は不服そうだ。私もバレかけていたのでそれも当然か。

 

ちなみに昨日の変装はサングラスだけ。それだけでは先生の煌めくオーラを隠し切れなかったようだ。調査開始30分くらいでバレた。

 

なので今日はサングラスに加えてマスクとフードも追加する。見た目は完全に不審者のソレで余計に目立つだろうが仕方がない。正体がバレさえしなければいいからだ。

 

「今日は何をするのかしら?」

 

「昨日と同じです。魂を見ながらあたりを散策します。進展があったらその時は臨機応変に動こうかと。……最後には、皆から頼まれていたお菓子でも買いましょう。先生にもおすそ分けしますよ」

 

「あらいいの?ありがと」

 

質問に返答し、昨日の分も合わせてお礼を形にすることにした。皆にも頼まれていたいいところのお菓子だ。どうやらケーキ屋さんのようでヤオモモの紅茶に合うようなシフォンケーキやレモンケーキを買うつもり。一応私のおごりになる。皆は遠慮していたが、私は貯金が多すぎる。お師匠がいなくなったときに私の口座にお金が振り込まれていたこともあるし、それを元手に株で稼いでしまった。今やそれだけで最低限の暮らしを得られるようになったのだから、使いたいのだ。

 

「じゃあ行きましょうか。今日はある程度進展させたい」

 

「ええ、分かったわ」

 

私たちは調査を進めることにした。散策し、アンテナを高くして魂を知覚しやすいようにする。多少神経を使うが、問題ない範囲だ。

 

ここでは緑谷がインターンをしているらしい。通形先輩のインターン先でもあるサーナイトアイ事務所でインターンをしているらしい。

緑谷のほかには常闇が職場体験に続きホークスのところに。そして切島がビッグ3の天喰先輩に、お茶子と梅雨ちゃんが波動先輩のもとでインターンをすることになりそうだ。まだ確定ではないようだが、恐らくそうだろう。

 

散策を初めて数時間が過ぎた時だった。

 

――進展があった。

 

一人の少女が、私のひざ元にぶつかってきた。

 

両方の不注意だった。

 

少女はおおよそ5歳ほどの肉体年齢だった。あまりにも幼いので私の方に責があるように感じてしまう。実際、注意していれば防げた事故だったのでその通りなのだが。

 

私は倒れてしまった少女の方を向き、手を差し出そうとした。起こすためだ。

 

――体に電流が走り、その動作を止めてしまった。

 

私は即座に思考加速を行った。これによって私の体感時間は通常の100万倍以上にもなる。一秒が十日以上にもなる計算だ。私がそれを行う時は、あまりにも現実を受け入れるのが難しい時と、何かあった時に平静を装いたいときくらいだ。

 

後者だった。

 

まず私が驚愕したのは、外見だった。私と同じ深紅の瞳に白い髪。白い髪と言っても、私と同じく銀色に似た要素が混じっていた。額には角がある。四肢には包帯がおびただしく巻かれていた。私の施設時代のような着れればいいという考えの下からなる無地の服。靴を履いていないことが気になった。履けないのか、履かせてくれないのか。

 

そして何よりも。何よりも。

 

その魂の色が。形状が。

 

私のソレにそっくりだった。瓜二つと言ってもいい。

 

 

私の妹だ。

 

 

そう結論付けるのに、十分すぎるほどの確信を得る。あとは名前を知れたらより確信を得る。

 

そして同時に怒りを覚えた。彼女の息遣い、瞳、立ち振る舞いからにじみ出る恐怖、それを覚えさせた存在がいることについての。

 

そして、今の今まで何もできなかった、無能な自分自身に対する激怒だった。

 

しかし、それを表に出すことはない。そうしたら、妹に不要な心配をかけてしまうからだ。

 

「ごめん、私の不注意だった。ケガはない?」

 

「……ッ!!」

 

思考加速を解除した私がそう声をかけ、手を差し出すと、彼女はその手に半ば反射的におびえた。

 

そして私は確信する。お母様の杞憂などと甘い考えは捨てるべきだと。

 

――敵に容赦する必要などないと。

 

おびえた彼女から聞こえる細かい息遣い。過呼吸とも思えるそれに、私は決意を改めて固めた。

 

大丈夫だよと声をかけたかったが、あいにく私の格好は完全に不審者のソレ。サングラスにマスク、フードという欲張り三点セットだった。怯えの対象が私という線も捨てきれなくなったがそれはないだろう。彼女は本能的に私を味方だと認識している可能性がある。魂の緊張が緩んだので恐らく正しいだろう。

 

「って、ごめんごめん。こんな格好だと怖いよね」

 

私はそう言って変装を解いた。子供である妹に少しでも楽しんでもらうために手品チックなやり方で変装を解いた。

彼女は少しだけ喜んだような、驚いたような表情をしていた。成功したようで何よりだ。

 

「改めて、ごめんね。足裏痛くない?靴と靴下あげるから、これ履いていいよ」

 

私は彼女に個性で作った履物を渡した。彼女は履こうとしたが上手くいっていなかったので手伝ってやった。

 

小さな足が私の手に感触として残る。

 

それをトリガーに、また怒りが湧き出てきそうだ。こんな小さな子をここまで追い詰める鬼畜に対する激怒が。

 

同時に、私がここまで人を思いやれることに対して驚愕する。それは打算でなく、本気でこの子を愛しいと思うからこそ出る思いやりだった。

 

私も親愛というものはあるようだ。お母様とお兄様、そして何よりもお師匠のおかげと言えるだろう。

 

「君一人だけ?お名前は?」

 

履き終えて落ち着き、抱えることで体を起こした後、私はそう問いかけた。名前を聞き、人違いという万が一を失くすためだった。……彼女が震えていることが気になった。

 

彼女がそれに答えることはない。

 

そして――

 

「ダメじゃないか、壊理。人様に迷惑かけちゃ」

 

一人の若い男が路地裏から出てきた。妹の名前を呼びながらこちらに近づいてくる。

 

壊理。私はこの名前を聞いた瞬間にすべてを知った。お母様が言っていた名前と一致していた。

 

そして、壊理がこの男に向ける底知れない恐怖。それを見て私は察した。

 

御爺様ではなかったのだと。お母様のミスではなかったのだと。

 

そして、本当に容赦する必要はないのだと。

 

改めてそう思う。ここまで激情に駆られたのは初めてかもしれない。

 

「うちの娘がすみませんね。遊び盛りで怪我も多いんです。って、もしかして、夜月さんですか?」

 

そいつはあまつさえ壊理のことを娘だと言い張った。

 

(娘…?ああ、設定か。不愉快だ。……しかし、騒ぎを起こすわけにはいかない。他のヒーローたちに協力を要請して確実に助けるためにも)

 

――一度、見捨てなければならない。

 

その事実にじくじくと、ちくちくと。鈍く、痛く、鋭く。この世のすべての痛みを結集させて一度に長時間受け続けるような錯覚を覚える。

 

しかし、見捨てるといってもそれは肉体だけ。精神においてはできることはある。今からでも、少しだけでも救うことができるはずだ。

 

私は今、壊理を抱えている。だから、誰にもバレないように、そして痛みもない様に壊理の血液を抜いた。血液は虚無で作った真空パックに包み、不可視の状態に留めた。DNA鑑定用だ。

そして、私の魂を血液の中に紛れ込ませる。私が壊理の位置を常に把握しておくためのものと、何処でも壊理と会話できるようにするためのものだ。靴と靴下で代用できなくはないが、処分される心配があった。

 

「そうです。実はお忍びで先生とショッピングに。…口外禁止でお願いしますね。それにしてもこの子、震えていますけど?」

 

詮索してみることにした。彼がどれだけ頭が回るのか。彼の強さを確かめるためだ。

 

「ああ、実は今日は注射の日でして。この子が怖がってしまって逃げてしまったんですよ。靴も履かずに家を出て行ってしまって……って、履いている?」

 

「ああ、靴は私の個性で作りました。2年くらいは壊れることなく履けるのでよかったら普段使いにでもどうぞ。靴下は使い捨てですが」

 

「ありがとうございます。使わせてもらいますよ」

 

詮索は嫌がったがそれだけか。ボロも出さなかった。

 

「じゃあ壊理。行くぞ」

 

「壊理ちゃん。お注射頑張ってね」

 

私は抱えた壊理を少しだけ離し、顔を合わせてそう言った。

 

しかし、壊理は私の胸に顔をうずめてしまう。

 

「い、行かないで……!」

 

掠れた金切り声だった。

 

応えるわけにはいかない。応えてしまったらこの後に助けられなくなる。

 

私は壊理をギュウっと抱きしめる。応えてあげたい思いを精一杯殺し、自分の気持ちを押し切って壊理に一つだけ言葉を告げることにした。

 

それは彼女の心を救う言葉。彼女だけに聞こえる魂の言葉。

 

『近いうちに必ず助けに来る。……お姉ちゃんに任せなさい』

 

お姉ちゃん。この言葉を思考として飛ばしたとき、ポカポカとした温かい感情が現れる。

 

ヒーローとして以外にも、お姉ちゃんとして。私は妹を救う。

 

私は驚いている壊理にニコリと微笑を浮かべようとして――失敗した。

 

緊張したせいか、上手く笑えなかった。仮免の時にヤオモモに浮かべたあくどい笑みは簡単に浮かべることができたのに、ヒーローやお姉ちゃんとして浮かべる自然な笑みを浮かべることができなかった。

 

「……ごめん、安心させようとしてたのにできなかった。お姉ちゃんはダメだね……」

 

たはは…と引き攣り笑いを浮かべる私に壊理は焦ったようにフォローしてくれた。

 

「う、ううん!ありがと、が、頑張るね……!」

 

と、少しだけガッツポーズをしてそう言った。

 

愛い。

 

私は一度君を見捨てるといったようなものなのに。私は今何もできないといったようなものなのに。

 

この子はなんて優しい子なのだろうか。

 

そして注射がウソだと知っているのにそれに対応する賢さ。私が今助けに来れないことで凄惨な出来事が待っているかもしれないのにそれを感じさせない取り繕う力。

 

私の妹は天才かもしれない。

そんな姉バカなことも思ってみたり。

 

壊理が男の方に帰ってしまう。その顔には恐怖があったが、私の方を見るとそれがかなり和らいだ。手まで振ってくれる。

 

『壊理』

 

私がそう念を送るとビクリと肩を震わせていた。驚いただけのようだ。

 

男が怪訝そうに壊理を見るが、怪しまれてはいないらしい。

 

私は壊理が落ち着いたタイミングでもう一度、

 

『念じたらお姉ちゃんといつでも話せるよ。話したいって思ったらいつでも話しかけていいからね。でも、口にしないこと!あの男に怪しまれたらダメだからね。心の中で思ってくれたら話せるからね。…さっきも言ったけど、必ず近い内に助けに来る。待ってて』

 

すると、壊理は即座に返答してきた。

 

『お姉ちゃん?』

 

ああそうか。そういえば私と壊理の関係を言ってなかったか。

 

『実は私と壊理は姉妹なんだよ。ちゃんと血のつながった姉妹』

 

『……?でも、会ったことないよ?』

 

『あはは、確かにね。でも、信じて。本当に姉妹だよ。だから助けたいんだよ』

 

『…そっか。うん、信じる』

 

どうやら信じてもらえたらしい。

 

その後も壊理と話していた。壊理との会話に集中するわけにもいかないので、ながらで対応することにしよう。ミッドナイト先生に説明するのと、後ろにいる緑谷と通形先輩にも話をしなければならない。

 

「少し怪しい親子だったわね……」

 

「子供の方は私の妹。男の方は父ではない他人です」

 

「えっ!?」

 

驚く先生をしり目に私は緑谷たちの方に目を向ける。

緑谷たちは特に男の姿を目視したときに驚きを露わにしていた。もしかしたら敵として追っているのかもしれない。

 

「緑谷」

 

「夜月さん……さっきのって」

 

「話させろ」

 

私は緑谷の言葉を遮ってそう言った。

 

緑谷は言葉に窮していたが、通形先輩が言葉を引き継ぐ。

 

「夜月さん。さっきのことでサーと話したいんだけど、時間あるかな?」

 

サーというのはサーナイトアイのことだろう。彼らのインターン先だ。

 

「分かりました。…ミッドナイト先生、申し訳ありませんが今日は学校に戻って相澤先生に今後外出する必要がなくなったと伝えてくれませんか?それと……この二つの袋を根津校長経由で公安に提出してください。さっきの女の子と私の血液です。DNA鑑定をお願いします」

 

「え、ええ……分かったわ。でも…」

 

「今日は緑谷たちと帰ります」

 

そこまで聞いて先生は納得したようだ。

 

「分かったわ。くれぐれも気をつけて帰りなさい」

 

そう言って彼女は雄英に戻った。

 

私はそれを見送った後、私は緑谷と通形先輩の方に向き直る。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 





妹登場!

これで緑谷成長イベントその①が消え失せる未来が誕生しました。「なんとか成長イベントは体験させたいな」と思う中、「いや別にシズとの模擬戦でどうとでもなるな……ワンフォーオールも受け継いでいるという面だけは知っているし」と思ってもいるというごり押し思考……。

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