一応
ルミリオン→通形先輩
サンイーター→天喰先輩
ネジレチャン→波動先輩
とある一室。
そこでは、心電図の無機質な音だけが響いている。
「……すいません、親父」
一人、昏睡している人間に話しかける治崎。
「――五月蠅くなりそうだ」
翌日。
ついに、ついにこの日が来た。
今日は絶対に忘れられない日になるだろう。
私たちは8時ちょうどに警察署前に集合し、警察の話を聞いていた。最終確認だ。
警察がリストアップした構成員の個性一覧を見る。そういえば、神野の時も短い時間で敵連合の詳細を調べていたな。
皆がその手際に感心して学校と現場の違いを認識している間、私は何度目か分からない覚悟を決める。
引き締めすぎてどうにかなってしまいそうだ。
だが、それでいい。この程度で音を上げてはいけない。
私が壊理と会ってから今日まで。
539回。
31回。
398回。
壊理が切られた。
壊理が死んで生き返った。
壊理が泣いた。
そのうち、私に話しかけて心の安寧を図ったのは、たったの57回。
死んで生き返った後には決まって私に会話を求めたものの、その時の声色は無理やりに明るく振舞ったものだった。
私はそれを聞くたびに悲しくなり、やるせない。私の無力感をひしひしと感じさせ、その事実がじくじくと私を侵蝕する。
(……)
手鏡を取り出す。
そして虚無で手鏡を浮かせ、自分の顔に指をあてて口角を上げた。
数回その動作を終えた後、今度は指を使わずに口角を上げるように試みる。
なかなかうまくいかない。
もう一度挑戦する。……失敗。
どうしてもヒクついてしまう。ピクピクと不規則に上下していてとても不気味だ。
これではどうも壊理に顔向けできない。怖がらせてしまうかもしれない。
せめて私が笑顔になることで壊理を笑顔にできるかなと思っていたが、そう上手くはいかないようだ。壊理と初めて会った日から毎夜練習を重ねているが、一度たりとも上手くいった試しはない。
「……夜月?」
切島が声をかける。
私の行動が不審過ぎたようで、引いたような視線を向ける。
「……笑顔がうまくいかない。毎日練習してたんだけどな……」
私は正直に告白した。彼らは苦笑いする。通形先輩は感心していたが。
「その内上手くいくよね!壊理ちゃんを助けたら一番に笑顔を見せてあげよう!」
「……はいっ。そうですね、頑張ります」
そう言ってもう一度練習に励む。先輩からのアドバイスももらった。
多少は見れる程度の笑顔にはなったが、まだまだだ。もう少し上手になるといいな。
「夜月にも苦手なことってあんだな……」
切島が意外そうにそう言った。
「当たり前だろう。友達作りとかはその筆頭だ」
私は至極当然とばかりにそう言う。
皆は私の意外な特徴に驚き、親近感を抱いたようだった。心外。
もう少し笑顔の練習をしたかったが、一度取りやめなければならないようだ。
警察のリーダー的立場の人が準備期間の締めの言葉を放った。
「突入時刻は
その後も笑顔の練習をしていると、短い30分が経過し、突入時刻がやってくる。
「令状読み上げたらダーッと行くんで。速やかによろしくお願いします」
「しつけぇな……信用されてねぇのか?」
「そういうわけちゃうやろ。意地悪やなぁ」
悪態を吐くロックロックをファットガムが諫める。しかし、彼はフンッと鼻を鳴らすだけだった。
そして、警察が令状を読み上げるべくインターホンを鳴らそうとしているのを見ながら言葉を続ける。
「そもそもよ、ヤクザ者なんてコソコソ生きる日陰者だ。案外、ヒーローや警察見て縮こまっちゃったりしてな」
ロックロックがそう茶化している間、警察がインターホンに手を伸ばして
――扉が不意に殴り飛ばされた。
「ッ!!」
インターホンを鳴らそうとしていた警察も、ヒーローたちも、突然の出来事に動きを止めてしまう。
吹き飛ばされた警察はデクとイレイザーヘッドによって助けられ、大事には至ってない。
「何なんですか……?大勢で押しかけ……」
言葉の途中で私はそいつの顎を蹴り上げる。
「ぐっ……」
そして頭の上まで上げた足をそのまま脳天に振り下ろした。
巨体の男は頭から地面に激突し、一瞬意識が飛ぶ。
しかし完全には刈り取れていない。存外硬い。ここで足止めを喰らうのはよくないな。
私はこいつの巨体を見て、この中で誰が相手をするのにふさわしいかを吟味する。
それはすぐに終わった。その人にアイコンタクトを送ると、彼女も同じ意見だったようですぐに動いてくれる。
「とりあえず、ここに人員を割くのは違うでしょう…!彼はリューキュウ事務所で対処します!」
ドラゴンの姿になったリューキュウがそう言って私たちに先に行くように促した。リューキュウ事務所で対応するという言葉からウラビティにフロッピー、ネジレチャンもサポートに回るようだ。
そして私たちは私を先頭に本拠地に突入する。本来の予定とは大きく異なったが大した問題ではない。強いて言うのならば体裁くらいだが、関係ないのだ。
警察のリーダーは突入しながら令状を大声で読み上げる。
「ヒーローと警察だ!違法薬物製造、販売の容疑で捜索令状が出ている!」
「捜索令状……!?知らんわそんなもん!!」
抵抗する構成員たち。その魂を見ると、それは恐怖で染まっていた。
私たちに対するソレもそうだが、多くは治崎に対するもののようだ。異常とも感じることができる。
私の印象では、ヤクザは身内の中では強固な信頼と仲間意識で結ばれているという認識だった。少なくとも、恐怖で縛るような関係は希少だと思っている。実際、その傾向は多いようだ。
死穢八斎會がその希少側だったと言われればそれまでだが、どうにもそうは思えない。
というのも、彼らの魂には現状に対する不満と過去に戻りたいという思いが見れたからだ。過去、つまり治崎の前代の頭は人情に重きを置く集団だったのかもしれない。
別に興味もないし、だからといって行動が変わるわけではないが。
「どけ」
私は抵抗してきた構成員を弧月で叩く。
叩いて気絶させたそばからわらわらとこちらに来る。時間稼ぎの構えだった。
その隙に治崎が壊理を連れて行方をくらますつもりなのだろう。私の手によればそれは全くの意味をなさないが、その時間だけ壊理が苦しむことになる。絶対に許してはいけない。
だが、数が多い。弧月で丁寧に相対するには時間がかかる。
――無視しよう。
「任せます!」
私は後ろに続くヒーローにそう伝える。彼らの反応も確認せずに一方的に要求するとても乱暴なものだったが、皆特に気にすることはないだろう。むしろ率先して制圧に動いてくれた。
「シズに続け!」
誰かがそう言うと、ナイトアイ事務所、ファットガム事務所、イレイザーヘッド、ロックロック、そして一部の警察たちが邸宅に突入した。
「怪しい素振りどころやなかったな!」
「オレはだいぶ不安になってきたぜオイ。始まったら、もう進むしかねぇがよ」
「どこかから情報が洩れてたのだろうか…嫌に一丸になってる気が……!」
情報が洩れている。その場合、私たちの作戦に穴があったのか、それか裏切者がいるのかの二択になるだろう。私は個人個人の魂を全員は確認していないのでそれはわからない。
だが、
「だったらもっと、スマートに躱せる方法を採っていただろう。意思の統一は、普段から言われてるんだろう」
そう。そこなのだ。
「盃を交わせば、親分兄貴に忠義を果たす。肩身が狭い分、昔ながらの結束は重視してるだろうな。この騒ぎ、そして治崎や幹部が姿を見せていない。今頃地下で、隠蔽や逃走の準備中だろうな」
やはり結束は固いか。親しく、尽くしたいと思っている人が少ないからこそ、そう思うのだろう。私も、お師匠、そして壊理には命を懸けるほどそう思うので、気持ちはわかる。
「忠義じゃねぇやそんなもん!子分に任せて自分は逃げるなんて漢らしくねぇ!!」
烈怒頼雄斗がそう言う。その言葉にファットガムは頷いた。
恐らく、治崎にはそんな結束なんて無いんだろうな。よくて道具にしか思ってないだろう。
だが今はそんなことよりも、壊理だ。
まだ地下にいるであろう壊理の詳しい位置は見えない。まだ探知範囲内にいないようだ。大まかな位置しかわからないし、恐らく入り乱れているであろう地下の構造上、まだ直接スイッチボックスで転移する方法は採れないか。当てずっぽうで転移するとあられもない方角へ転移する可能性がある。それは明確なタイムロスだ。
「止まれ、シズ。この下に隠し通路がある」
私はナイトアイの言葉で動きを停止した。そして振り返ると、壁のへこみに花瓶が置いてある場所にナイトアイは立っていた。
ナイトアイは花瓶をどかし、木のタイルに手を当てる。
どうやらタイルは押し込むことができるようで、特定の順番で押し込むと開く仕組みのようだ。
忍者屋敷か。
「忍者屋敷かっての!ですね!」
扉が開いている間にバブルガールが私が思ったことと同じことを言った。ちょっとむず痒い。
「まだ見ない個性持ちに気を付けましょう」
センチピーダーがそう忠告した。
私はナイトアイ達の後ろに位置している。扉が開いたらすぐに前に出て壊理の詳しい位置を探しだそう。
扉が開く。
すると、扉の中からも構成員が出てきた。人数は3。
だが、センチピーダーの忠告によって改めて警戒していたため、滞りなく対処した。センチピーダーが二人を、バブルガールが一人を対処する。
バブルガールの動きはとてもきれいだった。個性の泡で敵の視界を塞ぎ、その隙をついて組み伏せる。実践で決めるとなるととても精密で難しい動きだが、彼女はそれをやって見せた。改めて、プロの実力を再確認させられる。
「追ってこれないようおとなしくさせます!先行ってください、すぐ合流します!」
彼女の言葉を背に、私たちは隠し通路へと侵入した。
しかし、ここでイレギュラーが。
通路に入ってすぐ、壁によって進路がふさがれていたのだ。横道もなし。完全に行き止まりになっていた。
「行き止まり……!ホントに道あってんだよな!?」
警察がナイトアイにそう追求する。
「俺、見てきます!」
ルミリオンがそう言って壁に向かって走った。
「ルミリオン先輩待って!?またマッパに……」
烈怒頼雄斗がルミリオンを止めた。模擬戦の時に服が落ちていたから当然だろう。私もすこしギョッとしてしまった。
だが、それに問題ないことを伝えたのがサンイーターだ。
「大丈夫、ミリオのコスチュームは奴の毛髪から作られた特殊な繊維だ。発動に応じて透過するようにできている」
見ると、確かに透過していた。服ごと壁をすり抜けていたので間違いない。頭に着けていたヘルメットのようなものを事前に外していたのでそれは透過しないのだろう。
「壁で塞いでるだけです!ただかなり厚いですね」
治崎の個性による分解と修復だとあたりを付ける。
即座に動いた烈怒頼雄斗とデクが打撃を加え、壁を破壊する。すると確かに、ナイトアイの予知の通りの構造となっていた。
だが、今のように治崎が個性で道を改変する可能性がある。すぐに突破できるとはいえ厄介だ。古典的だが確実に私たちの時間を奪う。仮に上に残したヒーローたちが負けてしまうとこちらが挟まれる可能性がある。死者を出さずに壊理を助けるのは難しいだろう。
玄関で相対した敵幹部はかなり硬かった。虚無を流さなかったとはいえ纏ってはいたのだ。だが、その状態の私の蹴りを顎部そして頭部に一発ずつ喰らって戦闘が続行できている。他の幹部がそれほどの実力を持っているのかは知らないが、最悪を想定すべきだろう。
すなわち、先ほどの巨漢が幹部内最弱だと。
私が壁を通ると、異変に気付く。
壊理の魂を確認したのだ。
朗報だ。
反応は、複数あった。
もちろん、私が壊理の中になじませた魂も複数ある。明らかに異常で、八斎會の個性リストに載っている人物では到底なしえない結果だった。
私はこの情報を皆に共有する。
「……壊理の魂の反応を複数確認」
「複数!?どういうことだ!?」
私はまだその疑問に対する答えを持ち合わせていない。
考える必要がある。
まず考えられるのは、リストに載っていない八斎會の人物であること。その場合、幹部の可能性が極めて高いだろう。
ああ違うな。もっと確実な答えがあった。
敵連合と接触しているという情報から導き出される事実。
「……分倍河原」
「何!?敵連合がいるってのか!?可能性は低いんじゃなかったんかよ!」
可能性は確かに低かったが、ないわけではない。
それに、治崎の計画は敵連合にとっても大きなメリットがあるのだ。
個性を壊す薬。敵にとってその本質はヒーローの無力化だ。
仮にそれがオールマイトに打ち込まれれば日本は大きな打撃を受けることになっただろう。なんせ平和の象徴が完全に消滅するのだから。個性が消失したと分かった以上、復活という一筋の希望も消え失せる。
だから、敵連合と八斎會が良好な関係にないとしても、ある程度密接な協力していることは考えるべきだったのだ。
(失敗した!分倍河原の複製での魂の違いは間近で見なければわからない!ここからだとどれも同じに見えてしまう……!)
私は自身の失敗を悟る。こんなことなら、もっと魂の見分けの精度を高める訓練をしておくべきだった。
しかし後悔している場合じゃない。今この瞬間も治崎は壊理を連れて逃亡しているはずだからだ。
「……ルミリオン。ナイトアイが示した方角へと向かってください。本物の可能性が高い」
「…わかった。君はどうするの?君が可能性が高いほうにいったほうがいいと思うけど」
「私は万が一をつぶしに行きます。ルミリオンは機動力に乏しいので一つしか行けないでしょう。その反面、私はスイッチボックスですべて回れる。スピード勝負です。非効率だとしても確実に助けたい。……壊理を頼みます」
ルミリオンが頷いた。
私はそれを視認し、スイッチボックスを起動した。
しらみつぶしに全て潰していくとしよう。
反応は塊になっていた。私の魂を除き三つの魂がある。壊理、治崎、あとは幹部の玄野だ。
「壊理!」
私は一度声をかける。
治崎ではなく、壊理を安心させるための言葉だ。
玄野がこちらに向けて針を突き出した。長針だ。これだけはくらってはいけない。
玄野の個性は『クロノスタシス』。髪にある針を刺すことで対象の動きを変える個性だ。
長針で刺せば対象の動きを鈍くする。短針で刺せばその効果時間を延ばすことができるようだ。
これが分倍河原による複製だったとしても、個性は使用可能だから本体と警戒度は変わらない。変わるのは複製体の防御力だけだ。
私は彼の長針をシールドを出すことで防ぐ。
敢えて脆くしたので彼の長針が突き刺さる。中途半端に刺さってしまったために動かすことができなくなってしまったようだ。
私はその隙を突いて彼に肉薄し、顎を蹴り上げる。
彼はそのまま気絶し、泥と化した。
林間合宿で死柄木に起きていたことと同じだ。
これで分倍河原の個性であることが確定する。
しかし分倍河原を八斎會に提供するとは。こちらの想像以上に敵連合と八斎會の協力関係は深いようだ。恐らく友好関係ではなく利害の一致による協力だが、今この場において不都合であることは変わらない。
そして問題は、治崎たちが複製体で、壊理だけが本体である可能性も考慮しなければならないということだ。
もちろんその可能性は極めて低いだろう。本体が壊理のそばにいた方が計画に支障が出ないからだ。
玄野を倒したことで壊理が解放される。治崎が取り返す前に壊理を胸に抱える。
(さて、あとはこの壊理が本物かどうかだが……)
間近なので判別はつくだろうと思い、私は壊理の魂を凝視する。
あの時視認した魂と同等の輝きを誇っている。
とても偽物には見えなかった。
一回目で本物を引き当てたのだろうか。
もしそれが本当なのならば後の目的は治崎の逮捕ということになる。この情報をみんなに共有すればみんなの負担も軽くなるだろう。すぐに通達するとしよう。
――腹に響く痛みに私は瞠目した。
見れば、ナイフが刺さっている。
治崎ではない。あいつと私は5m以上の距離が開いていた。
もしあいつがやったとしたら他の何かの要因があるとしか考えられない。黒霧くらいだろう。
しかし、その線を考える必要はないようだ。
負傷した場所に視線を落とすと壊理の手にはナイフがあった。
ナイフが抜かれる。ナイフには私の血液が付着していた。
抜かれた衝撃で私の腹から血が噴き出す。
偽物か。そう判断するのには十分だった。
だが問題はない。治療も可能だし、血液不足で死ぬことはない。
そう思っていた。
私の意思に反して膝が折れる。片膝をついた形になった。
「……!」
筋弛緩剤。
その単語が頭をよぎった。
きっと、ナイフに塗り込まれていたのだろう。
そして何よりも、壊理が刺したという事実が私を混乱させる。これまでの日々で精神が揺さぶられ、本調子ではないことを加えると、なかなかの窮地だと言えるだろう。
虚無を扱うのも、長時間は難しいかもしれない。
だが筋弛緩剤の影響でこのままだと動くことができない。
(虚無を循環させるしかない……!)
私は即座に行動し、壊理を放す。
放した直後、壊理の体が泥のように流れ落ちる。
崩れ去るのではなく、剥がれ落ちるような形だった。
色も違う。分倍河原の泥よりも薄い色素をしていた。
その泥の中には人影が。壊理よりも身長が高い。
「トガヒミコ――!」
「アハハッ!そうだよトガです!トガヒミコです!シズちゃん抱きしめてくれて嬉しかったよぉ、大好きだよぉ!でも…もっと傷だらけになったほうがもっともっとカアイイよぉ!」
壊理の魂が消失する。
トガヒミコの個性は『変身』。
対象の姿形に変身する個性だ。どうやら魂すらも変身するらしい。分倍河原の複製は間近で凝視していれば判別がつくが、トガヒミコの変身は見抜くことができない。
いや、そう考えるのは早計か。肉親である壊理の魂の微妙な違いは見分けることができるはず。お姉ちゃんである私にならできるはずだ。
幸い、ここ以外にも反応があるところには赴く。ついでに見分ける感覚を身に着けるとしよう。何となくではあるがコツはつかんだような気がする。
このように思考している間、私は並列思考を使っていた。
片方は今のように冷静に次の視点を持っている。
もう片方は、改めて激情に駆られていた。新しい事実が判明したからだ。
トガヒミコの個性発動条件は、対象の血液を口に含むこと。
そして、トガは壊理に変身していた。つまり、壊理の血液を摂取したということ。
つまり、壊理がまた傷つけられたこと。
個性消失弾を作る過程で何度も傷つけられているから今更、と他人行儀に考える人もいるだろうが、私にはそれができなかった。
その上、トガは異常に血液を好むという。
それも、好意を抱いた人間に顕著にみられるらしい。
血の匂いがする人間が好きらしい。
多くが壊理に合致する。
もしかしたら、過剰なまでに痛めつけられ、血を吸われ続けたのかもしれない。
想像しただけで痛々しい。
いや、そもそも。
本物以外が全て変身体だったら?
絶対量が多い。もしかしたら血を吸われるときに失血多量で何度か死んでいた可能性だってあった。
(嗚呼、駄目だ。ダメだ。ダメダ)
決壊する。
循環させた虚無が暴走する。
その余波によってトガと治崎の複製体が消失。
残る反応は二つだ。分倍河原の個性にも限界はあるのだろう。対象を増殖させることができる個性だが、その回数には限りがあるのかもしれない。今見える数から判断すると二つまでか。
……自分で自分を増やしたらどうなるんだろう。
その増やした自分も個性を使えるのだろうか。それぞれが上限二回まで増やせるとしたら、無限増殖もできるということになるだろう。
……考えただけで恐ろしい。奴一人で戦況をひっくり返すこともできるだろう。狭い地下通路ならなおさらだ。
だがそれをしない。できないのか、やりたくないのか。
ともかく、好都合だ。
ああ、冷静な思考と感情的な思考が交差して気持ちが悪い。
(早く助けに行かなければ)
残る反応は二つだ。ルミリオンが向かっているところを除けば一つだ。
そして私はもう一度転移した。
先程と同じように三人がいた。
同じように壊理が玄野に抱えられている。
今度は治崎が動いた。
壁に手を当てて壁の形を変形。棘のように変形して私に襲い掛かる。
「メテオラ」
私は爆撃で壁を破壊、そして治崎に肉薄し蹴りを叩き込もうとした。
寸でのところで玄野の長針が私を襲う。
治崎に攻撃しようとしたときに迫った攻撃だったので咄嗟にシールドを出すような余裕はなかった。
大げさに避けて後退する。動きが先ほどよりもいいので本体かと疑うが、そんなことはないようだ。
本体の魂は治崎のものしか見ていない。その治崎が本体ではないので、玄野も本体ではないだろうと予測はついた。
そして針が伸びたということは、玄野は動くことができないことだ。
「アステロイド」
玄野に放ったアステロイドが直撃し、彼は意識を落とす。壊理は治崎の手に渡ってしまったが。
そしてまた複製体のようだ。泥と化すのを見届け、私は治崎と壊理に向き直る。
壊理の魂を確認すると、どうしてもトガだとは思えなかった。
先程は不意打ちのような形で見誤ってしまったが、もうそれは起こりえない。もう間違えることはない。
いや、そもそも分倍河原の複製体のようだ。魂の輝きが複製体のそれだ。
ならあまり傷つけたくはないな。偽物とはいえ壊理は壊理だ。心が痛む。
何とか治崎だけ攻撃できないものだろうか。
「し、シズお姉ちゃん…!」
壊理が私に話しかけてくる。
シズお姉ちゃん。私はこの言葉を一生忘れることはないだろう。
どうしたの?と優しく返そうとしたが、彼女は矢継ぎ早に言葉を紡いだのでそれは叶わない。
「私ごとお願い……!」
「……ッ!」
私は思わず動揺する。
壊理の発言は極めて合理的だ。だが、その発言には底知れぬ闇が混在していた。
自分がどんなに傷つけられても、他の優先事項があればそれを優先することができる。
とても勇敢だ。
だが、その勇気には『自棄』が含まれている。
自分などどうなってもいい。
自分などさほど重要ではない。
そのような思考に支配されている。
私にはそれが許せない。許してはならないと感じる。
本物を助け出したら、叱らなければならないかもしれない。助けた直後に叱るのは嫌われる危険を含んでいるため、タイミングは考えなければならない。
「私は大丈夫だよ……!だから……」
私が大丈夫じゃないんだ。なんて酷なことを言うんだ。
だが、私はこの後に続いた言葉で認識を改める。
「絶対助けに来て!」
壊理ははっきりとそう言った。
複製体とはいえ、これは壊理の言葉だ。
ならば。
「……お姉ちゃんに任せなさい!」
私もはっきりとそう返すのが筋だろう。笑顔は上手くいっただろうか?実感がないから判断がつかない。
だがきっと上手くいったのだろう。私はお姉ちゃんなのだから当然上手くいくはずだ。
……上手くいったと信じたい。
私は複製体たちを処理する。
あまり気分のいいものではない。彼女が望んでいたかつ複製体で偽物とはいえ、手にかけたという感触は不快だ。
だが、これで偽物たちはすべて終わった。分倍河原による追加補充もない。
次は本体だ。
――あと少し。
あと少しで壊理を助けることができる。
本人もそれを望んでた。
一番の危惧は壊理が助けを望んでない場合だが、それはないと判断できた。
(すぐに行く)
私は、最後の目的に転移した。
誤字報告などあればよろしくお願いします。
笑顔はもちろん上手くいってません。