魂を満たす物語   作:よヨ余

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救出

「お前の負けだ!治崎!」

 

転移してすぐ、ルミリオンの宣言が聞こえた。

ルミリオンが治崎を殴り飛ばし、治崎は横にとんでいた。

 

横には玄野が倒れている。ルミリオンが倒したのだろう。

 

そして、壊理がいた。

 

「壊理!」

 

私は歓喜から声を上げる。幸い今は怪我を負っていないようだ。ルミリオンのおかげだろう。

 

「シズお姉ちゃん……!」

 

「そうだよ、シズお姉ちゃんだよ…よく頑張ったね……!」

 

私は感極まったようにそう言い、壊理を抱きしめる。

壊理の瞳からは涙が滲んでいた。ようやく苦しみから解放されるのだ。当然だろう。

 

私もうれしい。

ようやく、ようやくリスタートを切ることができるのだ。

ようやく、皆と同じように家族の温かみを肌で感じることができるのだ。

 

――その喜びで、ここが戦場だということを失念していた。

 

そしてそれが命取りとなる。

 

「音本!撃て!!」

 

殴られた治崎が音本に箱を投げつける。

その箱の中身は投げられている軌道上にある時に露わになった。

筒状の何かだった。

撃て、という言葉から銃弾だと推測できる。そして、その銃弾は特別なものだということも簡単に想像がついた。

 

個性消失弾。

 

この答えにたどり着くのにそう時間はかからない。

 

そして音本がそれを受け取る。銃弾を装填し、銃を構える。

 

その矛先は私――いや、壊理だった。

 

私はすぐに被弾を避けるべく行動を開始しようとする。

壊理を抱えたこの状態で横によけようとした。

しかし、私の体が言うことを聞かない。

 

感極まったせいか、本物の壊理と会うことができたことで油断したのかは定かではないが、虚無の制御が甘くなった。そのせいで虚無で無理やり黙らせていた筋弛緩剤が効果を発揮し始めたのだ。

私の体の自由が奪われ、私は地面に体を預けることになってしまう。壊理を下敷きにしてしまうのは避けなければならないので壊理を何とか放すことに成功した。

だがそのせいで銃弾の軌道は私から外れ、壊理に一直線に向かう。

 

壊理は銃弾を視界に入れず、避ける動作をするでもなく、ただ瞳をぎゅっときつく閉じた。

まるでこの先の未来を受け入れるように。この先にどんなに悲惨なことがあろうとそれを受け入れるように。

けれども、自分への恐怖や被害を最小限に抑えるように。

 

そんな思考から現れる行動だった。

それは永遠にも等しく思える長き時間を凌ぐための、唯一出来る防御策だった。

 

(嗚呼、この子は……!この子は!)

 

こんなにも。こんなにも恐ろしい暴力にこの子は……!

たった一人で、たった一人で!

 

――ずうっと戦っていたんだ。

 

私が経験した環境よりもずっとずっと苦しいこの環境から、今日まで生き延びていたんだ。

 

治崎に修復される影響で自殺さえ許されず。

精神を壊すことさえ許されず。

脱出を試みてもあの日みたいに阻止され。

 

もうこの世に救いなどないと、希望などないと痛いくらいに示され、現実という名の暴力で殴られ、蹴られ。

 

そんな暴力に耐え、今日まで生きてきたんだ。

 

――それなのに私は、今日まで何をしていた?壊理に何をすることができた?

 

何もできなかっただろう。何もしてやれなかっただろう。

それどころか、存在を知ったのはつい最近ときた。

 

何がお姉ちゃんだ。

何が絶対に助けるだ。

何が精神面では見捨てなかっただ。

 

私が今まで生きてきて、今この瞬間までずっと。

 

壊理の精神が転落しているのを見逃していたのだ。転落を見逃しては助けられるものも助けられない。

そして、精神が転落していることを私なら見抜くことができたはずだ。もっと深くまで魂を見ることをすれば、この事実にいち早く気付いたはず。一度見捨てるという選択を採らなかったはずだ。

 

もちろんあの時の判断が間違っていたとは思っていない。あの時の判断は、ただ『助ける』という一点においては模範回答だった。

 

だが、壊理の感情を思考の外に弾いていた。

 

見捨ててしまったとき、壊理はどれだけ絶望しただろう。

 

お姉ちゃんを名乗る人物に救出をお預けされる絶望はどれほどだったのだろう。

私がどれほど壊理を追い詰めてしまったのだろう。

 

こんなことを考えても意味がないことは重々承知している。

だが考えないわけにもいかない。これが私の罪だからだ。

 

贖罪するにはどうすればいいのか。

私はもう答えを知っている。

 

私は自由が戻ってきた体に鞭を打ち、再び体の支配権を奪取する。

 

銃弾が壊理の体に打ち込まれる前に、弾道上に移動。

壊理と銃弾の間に位置し、壊理の頭を優しくなでた。

 

壊理が瞳を開く。視線を上げ、私と目が合った。

 

壊理が知らないうちに助けるつもりだったので突然の出来事に少しだけ動揺してしまう。だが、私が壊理にすべきことは知っていた。

 

すなわち、笑顔を。

 

笑おうとするが、やはりうまくいかない。にっこりと笑うのは苦手だ。

慈愛の微笑なら浮かべられるかもしれないが確証はない。

なら、より確実な笑みを浮かべるべきだろう。

 

私は頭をなでていた手を放し、自分の口元に両手の人差し指を当てる。

見栄えは悪いかもしれないが、これが今の私が唯一出来る上手な笑い方だ。

 

指で口角を持ち上げ、にっこりと笑う。

 

そして、彼女にとって呪いにならないように優しい言葉を投げかける。

 

「もう大丈夫だよ、だって私は――」

 

――お姉ちゃんだから。

 

この言葉だけは、壊理の魂に直接届けた。

きっともう、二度とこの方法でコミュニケーションをとることはできないから。

 

彼女に、解放という名の祝福を授けた。

 

――つもりだった。

 

いつまで経っても着弾の衝撃が来ないことに疑問を覚え、後ろを振り返る。

 

そこには、ルミリオンがいた。

 

弾道上にいた。もし彼がいなかったら、私に刺さっていたはずだ。

 

つまり、ルミリオンに――

 

「ッルミリオン!」

 

声を張り上げる。

 

彼は私たちをかばってくれたのだ。自らの個性を失うことを厭わずに。

 

「なんで……!」

 

疑問を漏らす私に、ルミリオンが当然のように答える。

 

「君たちが笑えないのは……嫌だから。悲惨な過去を経験した君たちには、笑っていてほしいから…!」

 

彼は治崎たちに向き直り、突貫する。

 

「元気とユーモアの無い社会に、明るい未来はやってこないから!」

 

思わず魅入ってしまった。

彼に存在する、誠実で輝かしい魂に。

 

まるでお日様のような、その魂に。

 

2分。個性なしで戦っていた彼を、私は見ていることしかできなかった。

戦闘を代わるべきなのはわかっている。最低限でも、加勢すべきなのもわかっている。

だが、それができなかった。

 

私とは違い、輝かしいヒーロー性を持った先輩に、私は魅了されていた。

徐々に負傷しながらも決死の覚悟で戦う先輩に、私は魅了されていた。

 

ルミリオンの意識の外、死角から床の棘が伸びる。このままだと肝臓を貫かれてしまう。致命傷になってしまう。

 

スイッチボックスで私とルミリオンの位置を入れ替える。

当然、床の棘は私にダメージを与えるに至らない。

ルミリオンが稼いでくれた2分で筋弛緩剤の効果を再び虚無で黙らせることに成功する。

虚無の制御も、神野の夜と同じくらいに簡単にできる。

 

「すみませんでした、ルミリオン」

 

「言ったろ?元気とユーモアの無い社会に、明るい未来はやってこない。じゃあ、言うべき言葉が違うよね!」

 

ルミリオンは、私に求めるようにそう言った。

私の言葉を待っているようだ。

 

「っ……。ありがとうございます、ルミリオン」

 

私はそう言い、壊理をルミリオンに任せる。

一刻も早くこの場を脱出してほしかった。できることならナイトアイ達と合流し、その人たちと脱出してもらいたいものだ。

 

さて。

 

私の役割は簡単だ。

 

私と壊理の未来を阻むものを、排除すること。

 

「私と壊理のために、退けよ治崎」

 

私はこちらを警戒する治崎に宣言する。

 

「――私は、お姉ちゃんだぞ」

 

治崎が構え、私の言葉に疑問を漏らした。

 

「姉……?」

 

「あ?知らねぇのかよ。私と壊理は正真正銘、血のつながった姉妹だよ。お前が娘だと言い張った時は、それはそれはムカついたものだよ」

 

治崎は少しだけ目を剥いた。初耳だったのだろう。

 

だが、この先でこれは関係がないと判断したのか、この話を頭の隅から追いやった。

 

私としても、これ以上話をするつもりはない。

 

ノーモーションで弧月を振るい、旋空を放つ。

治崎は避けきることができず、左わきを負傷した。だが、治崎がもつ個性によってそのダメージはなかったことになる。とても厄介だ。

 

ただ、ルミリオンとの戦闘や今の行動から分かったが、治崎の個性は掌からしか発動することができないようだ。死柄木の個性に似ているな。あいつの個性は不可逆だが。

 

「お前を倒して壊理を完璧に救うとしよう」

 

「現代社会にはびこる病人が……!」

 

目を血走らせた治崎がもはや恒例となりつつある床の変形による攻撃を仕掛ける。

だがそのどれもが私には届かない。

弧月で、メテオラで、エスクードで。

私のトリガーたちによって阻まれ、破壊される。

 

だが、ルミリオンたちはそうはいかない。

ルミリオンには岩を破壊するだけのパワーがないので避けるしか方法がない。壊理を抱えても十分に避けることができるはずだが、流血し、負傷が激しい今ではそれをするだけの余裕もないはずだ。

 

私は旋空で二人に向かう岩を破壊する。ついでにこの広間を脱出するための道を作った。とても細々としていて通りにくいだろうが、勘弁してもらおう。

 

「早くこの場から脱出を!私がサポートします!」

 

「お願い……するよね!」

 

ルミリオンはたどたどしくもそう答えた。壊理の手を引き、脱出路を通る。

 

「させるかぁ!」

 

治崎が吼え、岩の勢いも増す。数が増え、数段速くなった。

 

「朧・百華繚乱――旋空」

 

私は秘奥義でそれを凌ぐ。二人に伸びた分もすべて切り伏せた。

 

「こっちのセリフだ」

 

挑発。

 

治崎は悔しそうにするわけでもなく、もう一度床に手を当てる。

 

私は攻撃に対応するため正面を凝視するが、岩の攻撃は来なかった。

 

そのことを一瞬訝しんだが、それがまずかった。行動を止めたことで後手に回ったことを理解する。

 

私の後ろにいる二人が飛んできたのだ。上方から落ちてきており体勢が崩れている上、ルミリオンから新しい流血が見て取れる。

恐らく地面が隆起して二人を突き飛ばしたのだろう。その形状は尖っていたのかもしれない。ルミリオンに見られたのは刺し傷だったので正しいだろう。

 

(…やられた!)

 

私はまたもや失敗を悟った。

 

私の目的は治崎を倒すことに変わっている。壊理はルミリオンに任せても問題ないと判断しての目的変更だった。

片や治崎の目的は壊理の奪取。そして計画の阻止を回避することだった。そのためならば例え私たちを殺そうと、生かそうと関係がない。

 

私は治崎の優先事項を読み違えた。あいつの目的はあくまでも壊理。

壊理さえどうにかなれば他はどうでもいいのだろう。

 

「二人とも!」

 

私は上空に浮かんでいる二人に近づき、抱える。

そして二人に負担がかからないように優しく着地し、ルミリオンの容態を確かめた。

 

(足か……!)

 

治癒を行って治そうとしたものの、それができないことを悟った。

身体の内部に細かい岩の欠片が何個も侵入しているのだ。このまま治癒すると欠片が残ったまま治癒され、肉に食い込んでしまう。激痛が体を駆け巡り歩くこともままならなくなってしまうだろう。治すわけにはいかなかった。

 

本当なら欠片を摘出してから治すのが理想なのだが、治崎がそれを許すわけがないだろう。

 

今も、治崎が岩の攻撃を仕掛けてくる。

今までよりも大きく、太い攻撃。量よりも質を優先したようだ。

 

「クッ…」

 

私は攻撃を避ける。

そしてルミリオンを治癒するのをあきらめた。

 

壊理がルミリオンの負傷部分に手を当ててしまい、顔を悲壮感で埋め尽くす。

大丈夫だ、と声をかけてやりたいが、残念ながら時間はそれを許してくれない。

 

「…ごめん、油断したよね……!」

 

謝るルミリオンを無視し、私は要望だけを告げた。

 

「スイッチボックスで転移させます。すみません、最初からそうすればよかった。近くの通路に転移させるのでそこからは自分たちでお願いします」

 

「……分かった!」

 

ルミリオンの返事を聞き、彼は大丈夫だろうと判断する。

 

問題は、返事のなかった壊理だ。

だが、壊理を説得するだけの時間はない。納得しなくとも行動してもらうしかない。

 

「壊理、絶対に助かるんだ。約束だぞ」

 

「シズお姉ちゃん……」

 

私とルミリオンに心配の眼差しを向ける壊理をルミリオンに預け、転移させた。

 

「足手まといの排除は済んだか?」

 

転移してすぐ、治崎がそう言った。

足手まとい、その言葉に非常に腹が立つが、彼の姿を見たことでその思考は吹っ飛んでしまった。

 

手が四つ。その手は肉のようなものでアーマーのように覆われていた。

 

正しく異形の形だ。個性の枠組みから大きく逸脱している。

あたりを見渡せば、音本が消失していた。

彼は個性消失弾を放った後、意識を失っていたはずだ。だが、今この場にいない。事実と矛盾する。

まさか私の知らぬ間に意識を取り戻し、撤退したというわけではないだろう。彼は治崎に並々ならぬ敬愛の念を抱いていたので彼の性格的にもあり得ない。

 

ならば、考えられる可能性は一つだけだろう。

 

治崎が音本と自分を分解し、融合したという可能性。

 

その可能性に至る。

そして、それを裏付けるように彼には音本の魂も所有していた。

 

「外道が……!」

 

「お前も似たようなものだろう」

 

治崎が言っているのは施設時代での殺人だろうか。痛いところを突いてくる。

 

「お前を殺せば、残りは手負いのルミリオンだけだ」

 

そう言う治崎は同じような攻撃を再び仕掛ける。

どうやら融合したことで新しく得た腕でも分解を発動することができるようだ。

 

数が腕の数に応じて倍増し、どんな原理なのかは知らないが速度や密度も上がっている。単純に強化されたようだ。

 

1分。地味な攻防が続く。

 

私としては時間を稼げば応援を期待することができる。

治崎としては時間を稼がれては計画が頓挫する。

 

当然、結果を急ぐ。

だがそれによって動きに精彩が欠かれていく。私にとっては好都合だ。

 

このままいけば何の問題もなく役割を果たすことができる。

 

だが、それを許す治崎ではない。

 

治崎は新しく得た方の掌に口を生成した。

そして、言葉を紡ぐ。

 

口が生成されるのを見て、私は音本の個性である『真実(まこと)吐き』であると推測する。

質問を投げかけた相手に本音を強要する個性だ。それは本人でさえ気づかない本音をも掘り出していく。

私に対する精神攻撃だろうと推測し、私は魂の精神防御を固めた。

 

――語り掛けた相手に、私は瞠目した。

 

「壊理!またお前のせいで人が死ぬぞ!これがお前の望みなのか!?」

 

残酷な言葉を紡ぐ治崎に、私は激怒する。またもや暴走しかける虚無を懸命に制御した。

 

壊理にとってこの言葉が真実であると確かめる術はない。それはつまり、それがウソだと確かめる術もないということ。

 

だから、こちらに来てしまう。

 

体が限界を迎えたルミリオンでは、手の中から離れる壊理を止めることができなかったようだ。

 

「そんなこと…望んでない!……え?」

 

壊理は傷一つない私を見て驚愕する。治崎の言葉によって私が追い詰められていると認識を誘導されたので無理もない。

 

治崎の目的はとことん壊理だった。私を無視してでも壊理を手に入れようとする。

そのためには、壊理の認識を操作し、精神から攻撃するのも厭わないのだろう。

肉体だけでなく精神面でもこうも容赦なく抉り取る治崎に何度目かもわからない怒りを覚える。

 

「治崎ぃ!!」

 

吼える。

 

同時に私の右の壁が破壊され、中から人が出てくる。

デクとイレイザーヘッドだ。

烈怒頼雄斗やファットガム、サンイーターにナイトアイがいない。流石に死んでしまったわけではないだろう。恐らく、入中の個性によって分断されたか。彼が入って操れる物体はせいぜいが冷蔵庫くらいの大きさのはずだが、個性をブーストさせることくらいは辞さないだろう。事実、入り口にいた幹部も個性増強薬を服用していた。あの時はまだ効果が発揮されていなかったが。

 

「夜月さん!」

 

「デク、壊理頼む!イレイザー!ルミリオンが通路で行動不能です、補助を!」

 

二人は私の言葉に即座に反応し、駆けた。

 

私はここでの増援に感謝する。二人が来なかったらルミリオンがどうなっていたかわからない。壊理だけなら守れる自信があったが、離れた場所にいるルミリオンが怪しくなる。

 

私が治崎に集中しようとしたその瞬間、イレギュラーが発生した。

 

「起きろ玄野ォ!!」

 

治崎の咆哮によって玄野が針を伸ばす。

あのままだとデクとイレイザーの二人を刺すところだったが、辛うじてイレイザーがデクをかばった。そのおかげでデクは針から免れる。

しかし、イレイザーはその魔の手に行動を阻まれてしまった。

 

長針が刺さったイレイザーは動きが緩慢になる。スロー再生をしたような錯覚を覚えるほどゆっくりと動いていた。

 

デクがそれを見て動きを止めてしまった。自分がかばわれたことで起こってしまった出来事なのでそれは無理もないかもしれない。ただ、欲を言うのならそれは後にしてほしかった。

 

イレイザーの瞳が閉じ、治崎の個性が解放される。

そして床にあらかじめ手を当てていた治崎がとる行動は壊理を取り戻すために床を隆起させること。

 

しかも私が行動できないようにデクへの攻撃が多かった。デクではこの物量を捌くことができない。

私はデクをカバーし、助ける。だが、それによって壊理が再び治崎の手に渡ってしまった。

 

「壊――」

 

私は壊理に向かって駆けながら名前を呼ぼうとしたが、またもやイレギュラーが起こってそれを中断させられる。

 

天井が崩壊し、上から大きな物体が落ちてくる。

入り口の敵――活瓶と、リューキュウ事務所の面々。入り口にて活瓶の対応をしていたはずだが、何故この場に来たのだろうか。

 

「あれ?シズ!?」

 

お茶子がなぜか大きく疑問を漏らした。私がここにいるのがそんなにもおかしいのか?

 

何故――と疑問に思ったが、さっきのシズちゃんはと言う梅雨ちゃんの言葉によって私が地上にいたことを察する。

私はそこにいなかった、つまり求められる答えは一つだけだろう。

 

「……トガか」

 

私は答えを得たが、それに集中している暇はない。

先の崩壊によって壊理たちと分断されてしまったのだ。幸い魂にて位置は把握しているが、活瓶やリューキュウが邪魔をしてどうしてもタイムロスが生まれてしまう。

 

「デク!お前がルミリオンを!」

 

デクの返事も聞かず、私は駆けた。

 

直後、治崎が行動を移す。

自身の位置する地面を隆起させ、地上へと脱出しようとしたのだ。

ついでに活瓶もリューキュウの手から解放され、ともに地上へと赴いた。

そしてそれは何の苦も無く達成されようとしていた。

壊理を連れて。

 

私は足に極限まで力を溜め、解放させる。

焦りすぎて制御が甘くなったのだろう。その距離は壊理にほんの少しだけ届かない。

肝心なところで中途半端な自分に嫌気がさす。

 

壊理に向けて手を伸ばす。

その手は確実に届かないだろうと思われたところで、

 

――壊理の涙が私の頬に落ちた。

 

壊理が私を求めていることを、私は正しく認識した。

 

私はこの子に何もしてやれなかったのに。

お姉ちゃんと言うだけの口だけ人間なのに。

壊理を一度絶望させたのに。

 

壊理は、正しく私を求めていた。

 

ならば、お姉ちゃんとしての夜月静江の役割は。

 

その思いを全て、完璧に受け止めることだろう。

 

私はほぼ飾りとなっていたマントを外し、両手で持っていっぱいに広げた。

 

「おいで!!」

 

私は壊理に向かってそう大きく声を張り上げた。

 

壊理の角が光り輝く。

そして、音本と融合していた治崎を前の状態へと戻しながら、私に向かって飛び降りる。

 

壊理が近づき、その可愛らしい顔が再び間近まで接近し、

 

――ついに、壊理をこの手で抱きしめることができた。

 

初めて邂逅したときにした抱擁とは違う、姉としての抱擁。

 

不安だったのだろう、恐ろしかったのだろう。

身体を震わせて私に体を擦り付ける。それは私がお師匠にしていた行為ととても酷似していて、血を感じさせた。

 

そして、その行動を受けて私は甘美なまでの喜びに震える。

 

(お師匠もこんな感じだったのかな)

 

私は疑似的にお師匠の心情を知ることができたかもしれない。それも含めてたまらなく嬉しい。どうにかなってしまいそうだ。

 

私はずっとその歓喜の中で溺れていたかったのだが、それが許されることはなかった。

 

私の体を異常が襲ったのだ。

 

壊理を抱えてからの異常なので壊理に関係することだろう。恐らく、治崎の計画に深く関係する壊理の個性によるものだろう。

 

異常は急速に進んだ。常人では何が起こっているのか理解することはできなかっただろうが、私は自身の魂と血液を見ることで正しく認識することができた。

 

筋弛緩剤の効力が失せたのだ。効果時間を過ぎたわけではないので、これも異常による影響で間違いないだろう。

 

彼女の個性は『巻き戻し』。自身が蓄えたエネルギーを用いて対象の時間を巻き戻す個性だ。先程治崎たちの融合を解除させたのもそれが原因だろう。治崎の時間を巻き戻し、融合状態を解除したのだ。治崎に触れていた時間が短かったので融合を解除するにとどまったが、それ以上触れていたらどうなっていたか想像もつかない。

 

いや、きっとお父様のようになったのだろう。お母様の話では壊理によってお父様が消されてしまったらしい。きっと個性の暴発が原因だろう。壊理が起こしてしまった不幸な事故だ。

 

そしてそれが、私に牙を剝いている。

 

地上に上った私は、壊理の個性をいなすことを第一に考えていた。

 

その隙に、融合が解かれた治崎は活瓶を分解、そして融合させることで音本の代わりを担わせた。活瓶のガタイが影響して先ほどよりも大きくなっている。

 

壊理は個性に苦しむ私を見て心を痛めているようだった。

 

「咄嗟に発動できたはいいものの、止め方がわからないんだろう?」

 

治崎のその言葉に壊理は肩を震わせた。図星だったんだろう。

 

私を蝕む巻き戻しの個性が絶えることなく流れ続ける。

 

一刻も早く解決したいが、壊理を放っておくわけにはいかない。

私がもう二度と放したくないというのもあるが、個性がもしかしたら壊理自身にも及ぶ恐れがあるからだ。

 

私は思考加速を施して解決策を見出そうとしたが、その必要がないことに気が付いた。

 

私が巻き戻しを引き受けるのは当然として、だ。

 

――私がずっと負傷し続ければいい。

 

巻き戻しの速さを上回ることができれば、私は戦闘が終わる時には何の後遺症もなく生還できるだろう。

 

私は普段から行っている虚無の制御を停止した。

もちろん、虚無が暴走し始める。それは私を一気に蝕み、臓物を蹂躙する。

 

だが、壊理による巻き戻しの影響でその被害がなくなっていく。

その速度は、勝るとも劣らず。壊理の個性の優秀さが浮き彫りになった。

 

虚無の制御をやめることで虚無の潜在能力が完全顕現する。

普段は制御することでそれを制限していた。体育祭の時はその制御精度が甘く、制限しすぎてしまうことでその威力が半減以下になっていたのだ。

制御精度は神野にて完璧になったが、やはり制御しないほうが威力が上がる。

 

もちろん、その分だけ私の体を蝕んでいく。

今回のように巻き戻しの影響を受けていなければ、3分もしないうちに肉体が崩壊してしまうだろう。

お師匠がいるときに使ってみた時は真っ先に脳に影響を及ぼし、1週間と少しの昏睡状態になってしまったのだ。そのせいで虚無を禁止されてしまった。

 

今は肝臓と肺から被害を受けているようだ。それも壊理によって意味をなしていないが。

 

(しかしすごいな。まさか虚無の全解放にまでついてくるとは思わなかった)

 

私は不安がる壊理の頭に手を置き、ゆっくりとなでる。

 

「すごいじゃん、壊理!人を治したりできるすごい力だよ!加減を覚えればどんな人も助けることができる。優しい壊理に似合ってる」

 

壊理は私のマントを体に寄せ、目を潤ませた。

呪われた力と言われ、その固定概念に支配されていたが、私の言葉で少しはマシになっただろうか。

 

私は会話をそこそこに、そろそろ治崎を打倒することにした。

 

「壊理。治崎を倒すために力を貸して?」

 

「……ッうん!」

 

壊理は凛々しく頷く。そして私におんぶされてくれた。

 

マントの中に壊理を背負う形になる。壊理のぬくもりが肌で直に感じられてとても嬉しく思う。

 

「壊理の力は理を壊す力だ。そしてその力は俺が最も上手く扱える。だから…壊理を返してもらおうか!」

 

「バーカ、私が壊理を迎えに来たんだよ。未練たらたら野郎が、さっさと現実受け止めろよ」

 

治崎は私の軽い煽りに多少は心を乱したらしい。

融合したことで得た腕を私に向ける。

 

私は壊理に負担がかからないように最小限の動きで攻撃をいなし、エスクードで上空へと飛ばした。

上空だと民家への被害がなくなるからだ。地上に落とすときには地下とつながってしまった空洞に叩き落せば被害も少ないだろう。まあそもそも空中で片をつけるつもりなのだ。問題はない。

 

「跳ぶよ壊理。舌噛まないように口閉じててね」

 

私は壊理の了承の声を聞いてから跳ぶ。

 

空中へと到達した後、翼を生やした。

翼を生やしたほうが安定して上空に漂うことができるからだ。

 

治崎は空中で自由に動くことはできない。地面も壁もないため、修復による変則攻撃も不可能だ。

つまり、私の独壇場だ。

 

死の祝福(デスストリーク)

 

虚無による祝福が治崎の腕に襲い掛かる。治崎は寸でのところで腕を分解し、デスストリークが過ぎた瞬間に修復することで攻撃を避けた。

離れ業と言っていいだろう。やはり治崎はヤクザ者にしては戦闘能力に優れている。努力を重ねてきたのだろう。

 

器用に腕を動かし、私に薙ぎ払いや殴打を仕掛ける。

だが、そのすべてが私には届かない。

 

そして、空中戦に移行して早くも治崎の命運が決まる。

 

「私の怒りをその身に受けろ」

 

私は南部大型自動拳銃を構え、とある銃弾を放った。

 

――その一撃は、神をも滅ぼす。

 

私が極限までその威力を押さえたその弾丸の名は、神滅弾(ジャッジメント)と言った。

 

神滅弾は、肉体と同時に魂をも貫く。

お母様の脳無のような例外を除き、かすっただけでも絶命してしまうような恐るべき威力を誇るのだ。

そして副次効果として、私が指定した存在だけを貫くことができる。それは概念や生物などのカテゴリーを問わない。

 

私は治崎の意識と活瓶との融合を指定して、それを貫いた。

治崎と活瓶が解放され、地上に自由落下する。

 

私はそれをスパイダーで受け止めた。ついでに簀巻きにするのも忘れない。

 

治崎を倒し一段落ついたが、まだ問題が残っている。

 

壊理の個性の暴走だ。

今は虚無で何とかしのいでいるが、壊理の今後も考えて今回は自発的に個性を止めてもらいたい。気絶させれば止まるだろうが、私は壊理を傷つけたくないし。

それにこの巻き戻しに耐えられるのは私と、あとは個性を100%解放した緑谷くらいだろう。それ以外の人間ではお父様のようになってしまう。

あとは相澤先生なら抹消で何とか出来るのだろうか。

 

ただ、今回は壊理に頑張ってもらおう。

 

「お姉ちゃ…!止め方が……!」

 

壊理が焦ったようにそう言う。個性を全解放しているせいか、体に負担がかかっているようだ。苦しそうにしている。

 

「大丈夫、落ち着いて。焦っちゃだめだよ。心を落ち着けて、自分の個性を信じるの。この個性は味方だって」

 

「み…かた?」

 

「そう、味方。壊理の個性は呪われた力じゃなくて、誰かを助けられる特別な力なんだよ」

 

私の言葉を聞いても壊理は半信半疑だった。実感がわいていないから当然だろう。

 

私と目が合う。

 

ああ、そうだ。もう一度笑ってみよう。安心してくれるだろうか。

 

私は指を使わずに笑ってみる。成功しただろうか。

 

……壊理のきょとんとした顔を見て失敗を悟った。やはり慣れないことはすべきではない。

 

何とかして安心させたいが、何か方法はあるだろうか?

 

抱きしめるのは何回かやっていたから効果が薄いだろう。

頭をなでる……いや、抱擁より薄いな。

 

……お師匠はやってくれなかったことをやってみようか。私がお師匠にねだってもやってくれなかったアレを。

 

私は壊理の前髪を上げておでこを出す。そしてその小さいおでこにそっと口づけをした。

 

私の行動に壊理は驚いたようだが、不思議なことに暴走が収まった。

私も驚いた。まさかこんなにも即効性を持つとは思わなかったからだ。

 

壊理は少し疲れたようで、うつらうつらとしている。

 

「眠る?いいよ、おいで」

 

私は腕を広げ、壊理を抱く。

壊理は私に体を委ねてくれた。私はそれがたまらなく嬉しい。

 

「シズお姉ちゃん……ありがと」

 

壊理の言葉に私は瞠目した。感謝の言葉を初めて言葉で受け取ったからだ。

 

「――こちらこそ」

 

助かってくれてありがとう。

 

そこまで言葉にしたかったが、すうすうと寝息を立てる壊理を見てやめた。

その代わりと言っては何だが、私は起こさない程度に頬ずりした。

 

その時、私の顔に異常が現れたような感覚を覚えた。

 

「フフッ」

 

私から漏れ出る声で、その正体を看破する。それはとても意外で、この先一度たりとも体験できないと思っているものだった。

 

――ありがとう

 

私は壊理に、改めてそう思う。

 

――私の空っぽの魂に、あなたという存在を詰めてくれてありがとう!

 

 




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