感情的な思考と同時に、論理的な思考が存在するのは私の特徴のようなものだ。
緑谷出久には、私のお師匠との戦闘経験を積ませるために部屋の中でシュミレーションを行ってもらうことにした。その戦闘は、彼にとって素晴らしい経験になるだろう。
だから、本体は私に譲ってもらう。
振り向く。
『……仮面の少女、君は目的に無い。ここで手を引くのなら命は残してやる』
仮面を取り出し、砕く。もう必要ないものだからだ。
『……ッ』
そして、イーグレットを構えた。
『……動いたな』
放つ。
彼女も同じように放ったようだ。私が放ったバイパーを貫通して私の脇腹を貫く。
「……ッつ」
滲む痛みに私は息を漏らした。
懐かしい痛みだ。訓練は実戦が多かったから、どんどん傷は増えて行った。お師匠は訓練に関して私に手心の一つも加えなかった。私はそれが嬉しくて、その痛みに悦びを覚えていた。
今もそうだ。
彼女の放つ銃弾が私を傷つけるたびに、私は深い悦びに溺れる。
彼女の放つ発砲音が私の鼓膜を震わせるたびに、私は深い悦びに溺れる。
ずっとこの瞬間を待っていた。私はこの瞬間のために今日まで生きてきた。
やっぱり、私のオリジンは、お師匠なんだよ。
他ならない貴方だから、私はここまで歩んでこれたんだよ。
貴方の声が、顔が、行動が、思いが……全部が。
私をここまで連れてきたんだよ。
夜月になりたいのも、夜に染まってしまった私を助けてくれた貴方のようになりたいからなんだよ。
なのに、どうして。どうして――
「――貴方はいなくなってしまったの……?」
今日は、その答えを聞けるかな。
今日は、貴方を助けることが出来るかな。
――貴方の夜月に成れるかな。
もう一度、発砲音が聞こえる。
私のバイパーでは弾に抗うことが出来ない。ならば、機能性はなくなるがアステロイドを使うとしよう。
そう思い発砲し、そして銃弾が着弾するが、アステロイドでさえも貫かれた。
「強くなってる……」
獄中にいたとしても、お師匠の実力は衰えてはいなかった。むしろ、何故だかはわからないが強くなっているように感じた。
この調子だと、ギムレットでも無理だろう。お師匠に希望的観測は通用しない。
「……あまりこの手は使いたくなかったけど」
私はイーグレットを消し、アイビスを取り出す。
アイビスは、イーグレットよりも威力が高い。それは銃弾ごとの威力ではなく、狙撃銃に伴う威力の下限だ。アイビス下でのギムレットなら、辛うじてお師匠に並ぶことが出来るだろう。お師匠が弾の密度を上げて、威力と速度に割り振ってきたのなら、その限りではないが。
アイビスは苦手なんだ。威力が高い代わりに速度を犠牲にしている。お師匠の弾を相殺できても、手数で攻められると途端に怪しくなる。
でも、しばらくは大丈夫だ。こうやって撃ちあいを続けて、勝機を――
――背後から銃弾が顔をのぞかせる。
「――ッ」
辛うじて避けた。
曲射。お師匠ならその程度は簡単に実現できる。
お師匠の個性は「ライフル」。自分の右腕を狙撃銃に変え、そして自分の身体を狙撃をサポートするアイテムに変えることのできる個性だ。
彼女は髪を銃弾やスコープに変える。
有効射程はおよそ3km――だった。
私と一緒に過ごしてから、お師匠のレベルは著しいほどに上がったらしい。
以前、個性把握テストのハンドボール投げで、私がおよそ5000mを記録したことを覚えているだろうか。
最終的に無限になったが、5000を記録したときに、「お師匠ならもっと飛ばす」と思考した。
それも、私と過ごしてレベルが上がったからだ。
それは私に牙を剥く。
曲射の銃弾は私の頭上、背後、そして両側面からほぼ同時に発射される。
それを何とか避けるものの、それはホーミング弾のように私を追いかける。
(ギリギリまで追い詰めて…)
迫らせて、一か所に集めたところを一度で叩き落そうとした瞬間、一つの弾丸が加速した。
「な……」
それは私の額に直撃し、私をのけぞらせる。貫通まではしなかったが、肉が抉れて血液が出た。
そして、弾丸の対処が遅れ、一斉に私に突撃した。
「ぐ……」
一発一発は大した威力ではなかった。恐らく、加速した一発だけが威力に振られていたのだろう。そう言えば、一発だけは少しだけラグがあった。頭上のやつだったかな。多分威力に振ってから撃った関係で少しだけラグが生じたのだろう。
今、私は不利な状況に立たされている。
だというのに。
「…アハ」
――やっぱり、お師匠はすごいなぁ……!!
どうしても、悦びがすべてを上回ってしまう。
お師匠との暮らしの記憶が鮮明に顔をだし、思考を戦闘から想起にシフトさせる。それは抗うにはとても強く、それでいて抗いがたい何かがある。
ずっと、ずっとこのままでいられたら。
そしたら、ずっとお師匠を独り占めできるのに。
でも、現実は残酷で。
私の思考と、感情と、境遇が。
それを許してくれない。
再三考えた。
どうして彼女はいなくなってしまったんだろう。
今日はそれを聞く必要がある。
彼女と顔を合わせて、話し合う必要がある。
そのために、この状況から動かなければならない。
終わりに向けて、歩みを進めなければならない。
たとえそれが、どんな最後を迎えるとしても。
「シズ……」
私は、一人の少女を撃ちぬこうとしていた。
夜月静江。
私の弟子で、私の名付け子。
神野での戦闘は、脱獄した後にみた。幸運なテレビが残っていて、それで今までの状況を知ることが出来たのだ。
あの子の、過去も見た。
どうやらメディアはあの子の過去をすべて晒しきったようだ。多分、悲劇の中にいた一人の少女が、それを乗り越えて歩んでいく姿をプロデュースしたいのだろう。美談にしたいのだろう。
施設時代のこと、私も話には聞いていた。
あの子には、兄貴分のような人がいることも。
あの子には、常人では耐えがたいような責め苦を与えられ続けていたことも。
あの子には、それを苦だと感じられなかったことも。
それでも、あの子に与えられたのは、悪人によるエゴだ。破滅だ。
それでも、あの子が守ったのは、ヒーローに成りたいと、夜月に成りたいという希望だ。神野で、それはよくわかったよ。
―――まぶしすぎる。
光を失った。希望も、失った。疲れた。
そうだ、疲れてしまったんだ。
だから、前公安会長を殺した。
それ自体は、前も考えていた。殺すまでは考えずとも、ハリボテを壊したいと考えた。
その理由は……理由は。
(お師匠と距離を詰める必要がある)
私は戦いの中で、勝利までの道筋を整えていた。
お師匠と狙撃対決を続けたところで私に勝機はない。それは、普段の訓練から分かっている。年季が違うからだ。
さっきまで続けていたのは、私のエゴ。お師匠と少しでも長く関わっていたいという私の我儘だ。
それももうおしまい。
どんなに待ちわびたものでも、物事には必ず終わりというものがある。
私は感情に逆らい、思考を続けた。
(お師匠の居場所は、直線距離で大体2km離れた場所。だけど、さっきの弾道から考えると、お師匠は私に近づいている。お師匠も私の実力を知っているから、この距離では倒せないと考えたんだ。となると、弾丸のスパンはどんどん短くなる。避けきれなくなってくる)
本格的にまずい状況になる前に、私は行動を開始する。
弾丸は弧月で十分に対処できる。最悪の場合はシールドを使えばいいから問題ないはずだ。
あとは、お師匠に近づくだけ。
そう考えて行動を起こし、数秒が経ち――
――背後からの衝撃で、私の腹に穴が開いた。
「――つぁ……!!」
血が噴き出している。私のお腹を突き破るほどの衝撃。お師匠と近づいてきた証拠。
だというのに、お師匠の姿はまだ見えない。
「再生能力があるからって、スキンシップが激しいよお師匠……!」
だが、私の顔には笑みだけが浮かんでいる。
壊理の時は自分の笑顔をあまり自覚できなかったというのに、今は鮮明にわかる。私は、笑っているのだと。
早くお師匠の顔を見たい。
近づいていることを自覚すると、そんな思いが溢れてくる。
きっと、お師匠の顔を見た後も、新しい欲望が溢れてくるのだろう。
もっと。もっと。もっと。
そんな欲望が、溢れてくるのだろう。
弾丸を避けながら、そんなことを思考する。
――同時に、背後から弾丸が急襲してきた理由を考察する。
お師匠に近づいていることはよく理解している。だけれども、あの背後の弾丸はそれで説明することは難しい様に感じた。
お師匠は、空中で弾丸を放つとその衝撃で移動することが出来る。威力によってはその衝撃で遠くまで移動することが出来るのだが、その場合は大きな音が響いてしまうのだ。
しかしながら、その音は欠片も聞こえなかった。
ならどうして……
すると、私はその答えを得る。他ならない、お師匠の姿を視認することによって。
お師匠は空中を歩いていた。
本来なら、私はその事実に打ち震え、悦びの中に溺れられたはずだ。
だけれども。
明らかに「ライフル」の範疇に無い個性で、私の思考は一人の人間で埋め尽くされてしまった。
(オールフォーワン……!!)
あいつが、お師匠に協力を要請したのだと私は思考した。脅されたとか、洗脳されたとかは考えていない。
だって私が仮面を外したとき、お師匠は息を呑んだ。それはきっと、今のお師匠の行動が私を裏切る行為に直結するからだ。
その行為は恐らく、敵に堕ちたこと。
「お師匠…」
その顔は、あの時と同じ。
以前までの生活で時折見せていた、何かに失望し、絶望したような表情。
いったい何に……
……いや、それも聞けばいい。きっとそれが居なくなってしまった理由だ。
「お師匠!!」
私はついに、お師匠に言葉を投げることが出来た。
お師匠は、まさか私が話しかけて来るとは思っていなかったのだろうか。少しだけ狼狽していた。
「どうしていなくなったの!?どうして…そんな表情をしているの!?」
言葉を投げかけていると、不思議なことに泣きそうになってしまう。少なくとも声は泣いているように聞こえた。
おおよそ3年。ずっと胸の内に秘め続けていた想い。ずっと、誰かにいう事も出来なかった。
お師匠は、まだ何も言わない。
「どうして、オールフォーワンなんかと協力しているの!!」
私は喉が切れそうなくらいに張り上げる。少しだけ血が出てきた。
お師匠は、口を閉じたまま発砲した。
「くっ…」
距離が近かったので、少しだけ避けるのにリソースを多く割いた。
『疲れたんだ』
緑谷に対する初弾のように、髪を音声機器に巻き付けて作った弾丸を放っている。そこからお師匠の声が聞こえた。
『たくさん殺した。ハリボテの社会を維持するために』
弾丸の数は一段と増していき、私に回避を強制させる。
『ヒーローへのテロを目論んだ敵グループ、敵組織と癒着し、名声と金を得ていたヒーローチーム……社会の基盤を揺るがしかねない人間たちはみんな、法に捌かれることなく罪ごと消えた――すべて公安の秘匿命令だ』
「!」
お師匠が公安に直属するヒーローというのは知っていた。
だが、その裏の行動は、知らなかった。お師匠の仕事ぶりを盗み見ても、それを知らなかった。
そして、お師匠が盗み見を拒んだのは、これを知られたくないからだと理解した。
『かつて、ヴィジランテという自警団が台頭し、国は彼らを保証した。とどのつまり、超常社会の土台はヒーローの信頼。それを維持するための歯車が私だった』
『表の顔も、裏の顔も、どちらの顔が無くなっても立ち行かねぇから従った。従って、従って――その脆さに眩暈がした』
「ッお師匠…」
お師匠の苦しむ顔を見て、私は少しだけ心を痛めた。
(――心を、痛めた?)
私が?
私が自分の変化に戸惑っている間にも、お師匠の独白は続く。
『私が前公安委員会会長を殺しても、大したニュースにはならなかった。公安はそこでもハリボテを守った。知らなかっただろう?誰もが空想し憧れた超人社会は、薄く脆い虚像――』
「――そんなもの、取り戻してどうなる?」
その言葉は、嫌にはっきり聞こえた。
『繰り返すだけだ。キラキラ輝く星だけを見せられ、また誰かが――お前が――真実に蝕まれる。それなら、オールフォーワンの支配する世の中の方が、まだいくらか澄んでるだろうぜ』
ああ、そうか。
お師匠は、私のために居なくなったんだ。
多分だけれど、私がお師匠と過ごして公安に存在を知られるうちに、お師匠の後継者として扱われるところだったんだろう。
お師匠の後継者として、超常社会の闇に潜む存在を掃除する殺し屋に。
お師匠は、それで壊れてしまった。
多分、自分一人だったのならまだいくらか耐えられたのかもしれない。でも、でも。
(私が、居たから――?)
私が、お師匠を追い詰めた――?
(って、思ってるんだろうな、お前は)
私は、少しだけ事実を話し、シズを追い詰めた。
あの子は私が大好きだから、自分のせいで私が追い詰められた可能性を考慮すると勝手に壊れてくれると思った。
それがある程度達成されたのと同時に、私の心を壊していく。
(変わっていないな。お前は)
何も、全部が全部ウソってわけでもないけれど。
別に、お前がいなかったとしても私は今のようになっていたさ。
むしろ、お前がいたから、私はある程度は耐えられたんだ。
お前が私を慕ってくれていたから、私は――
いや、これは言い訳か。
結局壊れてしまった以上、シズには今のこれが事実に感じてしまう。
でも、それも事実ではあるんだ。
ただ、補足をするのなら。
私はお前に害意が向くのが怖かったんだ。お前が、私のようになってしまうのが怖かった。
それだけじゃない。私を慕ってくれるお前が、私がやっている所業を知って、失望するのが怖かった。
なら、私がいなくなればいいと思った。
血に塗れた手でお前の髪を触ることが苦しかった。
血に塗れた手でお前と食卓を囲むのが苦しかった。
血に塗れた手でお前をハグすることが苦しかった。
でも、お前のすべてに私は救われていた。
本当なんだ、ウソなどない。
だからこそ、私はお前から離れたんだ。
お前が私を忘れて生きていくように、突き放すような別れ方をした。
それが叶わないことなど、初めから分かっていたはずなのに。
私は、それに縋ったんだ。
私が関わらなければ、公安もお前に手を出すことはないと。
お前は、こんなことを知らずにヒーローに成れると。
そう思ったんだ。
行動とは裏腹に私の中で荒ぶる感情を無視した。
私の望みは達成される、と考えることで感情を殺した。
相反する目標を抱えると、人は壊れやすいらしい。
私の目標は、お前が私のような人間にならない事。
そして、お前と一生一緒にいること。
お前も、そうなんだろう?
でも私はそれ以外の目標も持っていて、その目標を達成するためにはもう片方を犠牲にする必要があった。
だから――
(そっか、そうだったんだね)
私は、お師匠――ナガン――の思考を正確に把握していた。
ナガンは私のためを思って居なくなった、それは正しかった。
けれど、ナガンのその思考は、私の思考を排斥している。
(――舐めるな)
ナガンが人殺しだろうと、私は一緒にいるよ。
血に塗れた手?そんなの私もそうだ。むしろ、私は全身が塗れている。ナガンのそれとは比にならない。
そんなもの、気にするわけがないだろう。
ナガンだってそれはわかっているはずだ。でも、多分だけれどナガンは自分の存在を軽んじている。だから、こんなことをできたんだろう。
私は怒っていた。
ナガンが自分のことを軽んじているのもそうだけれど、何よりも私の思いをなめていることに苛立った。
ナガンは、私とおよそ3年も一緒にいたのに、私のことを何にもわかっていない。
こんなので満足してんじゃねぇよ。
救われていた?馬鹿言ってんじゃねぇ、ならなんで貴方はそんな顔をしているんだ。
まだ、ちっとも救われてなんかいないくせに。私に迷惑しかかけられていないくせに。
満足してんじゃねぇよ。
私は全身に虚無を巡らせる。さっきまでは要所要所にしか巡らせない、爆豪の言葉を使うのなら、舐めプをしていた。ナガンとの戦いを長く楽しむためだ。
けれど、目的が変わった。
ナガンに、私の思いをわからせてやる。
すると、ナガンは一つの行動に出た。
ナガンの銃口が明後日の方向に向く。
彼女はそんな意味のない行動を採るような人ではない。ならば、その行為には意味があるという事。
銃口の先を見ると、治崎がいた。
「治崎……」
壊理を傷つけた張本人。許せるような人ではない。
何故、ナガンはこいつを連れているのだろう。
きっと、ほっとけなかったんだろうな。
なんだよ、ナガンも変わっていないじゃないか。
変わらない、お師匠じゃないか。
ナガンが銃弾を放つ。それはまっすぐに伸び、直線上にいる治崎を穿とうとしていた。
(ホラ、この弾道もズレている。それも意図的にズラされたものだ)
私は弾道を解析し、そう判断する。
だからと言って行動しないわけではないのだけれど。
方向を変え、治崎に向かう。銃弾よりも速い速度で移動し、治崎の体を押すことで着弾を回避させた。
「……後で話をしよう、治崎」
「……」
……治崎は、護送中に死柄木に襲われて両腕を失ったらしい。それは彼にとって、個性を失ったと同義だ。
個性を失わせる弾丸を創った人間が、別の方法で個性を失う。なんとも皮肉な話だ。
私は御爺様のことを思って治崎にある程度配慮しようと思ったが、少し話してから判断したほうがよさそうだ。
治崎の対応をしてから、ナガンまでの直線距離を測る……大体、300mくらい。
ただ、それはナガンもよくわかっているだろう。だから、距離を取る。
――それが私の術中だと知らずに。
「なっ……」
ナガンの背中がのけぞり、私の方に近づいてくる。
背中にあった弾によって、ナガンが私に近づいてくる。
ナガンの端正な顔が、私に近づいてくる。
そして、私は拳を振りかぶり――
「ナガンの、馬鹿野郎ッ!!」
その端正な顔を、殴りつけた。
ナガンがまたのけぞり、ふらつく。
そして、私はナガンに抱き着いた。足をナガンの腰に巻き付けて絶対に離さないようにする。両腕を私の腕で固定して抵抗だってさせない。
「おま……」
ナガンが両腕を必死に動かし、私から逃れようとする。
「――あんな別れ方されると、悲しいの」
私は、体に残るナガンの体温を知覚し、それを堪能しながら告白する。
「ナガンがいなくなったとき、私の心がぽっかりと空いた気がしたの。あの時の私はまだ魂がしっかりと形成されていなかったのに、本当にそんな気がしたの」
私の顔をナガンの肩に押し付ける。ぐりぐりと押し付けてその存在を印象付けた。
「私ね、お姉ちゃんだったんだよ。妹がいたの、雄英で一緒に暮らしてるの。壊理って言うんだよ、可愛い可愛い、私の世界一の宝物――ナガンだって、そうなんだよ?」
ナガンの抵抗が弱まった気がした。
「ナガンも、大事な人なの。人を殺した程度で嫌悪するような軽い
「……シズ」
「もしそれでも怖いのなら。私と貴方が利用されるのが怖いなら――
「シズ……!」
―――
一瞬、雨だと思ったが、それは変に温度を持っていたから雨ではないと気づいた。
ホラ、見てよナガン。
私、貴方のおかげで泣けるようになったんだよ?
悲劇は私を変えなかったけど、喜劇は私を変えたの。
だから、貴方も一緒に……!!
「私を救ってくれた貴方に報いたい……!だから、一緒に…また一緒にいてよ……!」
抱きしめる力を強める。
「貴方を愛しているの…まだキスだってしてもらってない!!貴方が…大好きなの……!」
言葉が出てこなくなった。
まだ言いたいことはたくさんあるのに。
まだ、やりたいことがたくさんあるのに。
私からは、これ以上歩み寄ることが出来ない。
きっとそれは、私が拒絶しているからではなくて。
ナガンから歩み寄ってくれないと意味がなくて。
だから――
「――わたし、も」
ナガンの瞳に涙が現れて、私の肩を濡らす。
――そして、ナガンの体が光沢する。
(オールフォーワン……)
私は事態を正しく認識する。オールフォーワンがナガンに与えた個性は、空中歩行を可能にする個性だけではなかったのだ。
私の『魂』のコピーが与えられ、今、その魂がナガンに牙を剥いているのだ。
私の個性で、ナガンを傷つける。
それが、私の魂を確実に、そして最も傷つける。オールフォーワンが好きそうなやり方だ。
だが、その個性は私の個性で、今まで向き合ってきたものなんだぞ?
「私がそれを許すとでも?」
ナガンの胸に手を当てて、魂の暴走を阻害する。
個性を消す必要などない。そんなことをしなくとも、私なら止められる。
私の絶望を大きくするために確実性を失ったな、オールフォーワン。
魂の暴走が収束し、事態は安寧に向かう。
私とナガンは緩やかに地面に落ちて行き、立つ気力もなかったのでその場に座り込んだ。
雨が邪魔だな、ベールを張って雨宿りしよう。
「……ナガンのばかぁ」
一段落がついたので、私は文句を言う。
「シズ…」
「こんなに、大好きなのに」
ナガンとの生活を思い出しながら告白する。
「こんなに、愛してるのに――どうして、分かった上でこんな事するの?」
「あ…」
「あんな別れ方されると悲しいの」
枯れたはずの涙が、とめどなくあふれ出てくる。私はこんなにも泣き虫だったようだ。今日は人生で初めての涙だったんだけれど、何となくそんな気がした。
ナガンから私を抱きしめてくれる。
「……お前が巻き込まれることもそうだが、何よりも――お前に嫌われるかもしれないと思うと、苦しかった」
ぽつりぽつりと、ナガンは本音を話してくれる。
「お前に、胸を張って会うことが出来ない事が、怖かった」
「私を慕ってくれるお前が、いなくなってしまう気がした。そうじゃなくても、私がそう見れないような気がした」
お師匠の本音。それに私は……
「ばーか!」
罵倒することで返した。
それはお師匠もわかっていたようで、苦笑して答えた。
「……ごめんな」
「その言葉はトラウマになってるから言ってほしくないんだけど」
ナガンが戻ってきたことを確認し、私は軽口をいう事が出来るようになった。
「わ…悪い」
「……どうしよっかなー」
私が意地悪をすると、ナガンは焦ったようだった。自分にできることはないかと聞いてくる。
なら、私の我儘を聞いてもらおう。
「チューして?」
「―――お前ってレズ思考だったっけ?」
「この程度は家族なら当然でしょ?」
にっこりと笑みを浮かべながら圧を与える。お師匠は私のこの顔に弱い。よく不摂生な生活をしていたナガンを怒るときの顔だったもんね。
そして、私は目を閉じて口を差し出す。後はもう、言わなくてもわかるだろう。
ヘタレのナガンは私のおでこにキスしました。
「……むう」
「……勘弁しろ」
不満そうに口をとがらせる私に、ナガンは顔を赤くしながらそっぽを向いた。
自分からしようかと思ったが、ナガンの珍しい顔を見れたので満足しておく。
「――お帰りなさい、ナガン」
笑顔でそう言った。帰ってきたときに言いたい言葉だったんだ。
ナガンは、そっぽを向いた顔をこちらに向けて、言葉を返す。
「――ああ、ただいま」
私の魂にお土産を持ってきて、私の最愛の人は帰ってきた。帰ってきてくれた。
私の魂は今、満たされた。