ナガンとの戦闘が終わり、私は緑谷を部屋から開放した。
「ナガンはどうだった?勝てた?」
「……一応」
どうやらギリッギリ且つ苦戦の末に勝つことが出来たようだ。その上、ナガンは多少動きを鈍らせたらしい。本調子には見えなかったのだと。
まあ、部屋のナガンは私がナガンと戦っているときに随時更新させていたからそのせいもあるかもしれない。あと、緑谷のヒーロー性に何か感じたのかも。
「それより、ナガンがお師匠さんだったんだね」
「……あれ?言ってなかったっけ」
「言ってないよ。誰も聞かなかったこともあるけど」
確かに、誰も聞いてこなかった気がする。もしかしたら配慮してくれていたのかな。
「…クラスメイトか?」
「うん、そう。オールフォーワンの対となるような個性を持っていて、そのせいで今こうして囮のような役をしているの。確かナガンの目的だよね?」
「ああ、2か月以内に灰掘の森林洋館に連れて行くように言われた」
「灰掘……」
「まあ、多分本体はいないと思うけどな。わざわざ処分しようとしやがったし」
「絶許」
私の頭を撫でるナガンの掌のぬくもりを感じながら、自分がやり残したことに気付いた。ナガンから離れるのはとてもとても後ろ向きなのだが、やる他ない。
そう、治崎のことだ。
「オイ…話が違うぞ!捕まったじゃないか!!」
「……」
こいつは、多分御爺様のことしか考えられていないのだろう。壊理のことも、忘れてしまっている。
きっとこいつには組のことしかないのだろう。目標も計画も潰えた今、残っているのは御爺様だけ。
「治崎…廻。お前は壊理に与えた苦痛を覚えているか」
「あ……?そうだ、壊理!あいつさえいれば、俺の目標は、親父は!!」
「……そうか」
私は、推測が正しいことを確信した。
「………お前の望みを叶えることは本当に不愉快だけれども。それを思うだけで拒絶反応を起こすけれども、御爺様のために叶えてやる」
「あ…?」
「壊理への所業を忘れるな。一片たりともだ。壊理はお前のことを忘れても、お前だけは忘れるな。それが、私と御爺様からのお前への罰だ」
「………」
治崎にどれだけ響いたのかはわからない。そもそも、聞いているのかどうかも。
でも、それでいい。私もこいつを忘れるからだ。
「シズ……」
「大丈夫だよナガン。私は怒ってるだけで、辛いわけではないから。辛かったのは壊理だよ」
ナガンは私の言葉に納得はせずとも、理解はしたようだ。
「緑谷少年、夜月少女!無事か!?」
「オールマイト!」
おや、オールマイトがこちらに来たようだ。となると、デバイスの反応の異変を感知したのだな。もしかしたらホークスたちもいるかもしれない。
「二人とも!」
来てた。
「誰か、治崎をお願いできますか?」
「俺がやろう……ところで、お前は何故ナガンにくっついているんだ?」
「私のお師匠なので。もうこっちの味方ですよ、ねっ?」
「ああ、そのつもりだ」
エンデヴァーの疑問に私とナガンは答える。しかし、エンデヴァーは渋い顔だった。
「しかし……」
「先輩が改心したとはいえ、扱いはダツゴクなので……」
「先輩…?ああ、後釜か」
ナガンは、ホークスを見て複雑な心境にあるようだ。ホークスを、いや、多分彼の目を見てその輝きに目を剥いたのだろう。
少しだけそちらの話をさせてやろう。別にナガンとずっと一緒に居なければいけないほどの甘えん坊さんではないのだ………………多分。
「すまない…来るのが遅れてしまった」
「そっちの方がよかったかもです。そのおかげでナガンとお話しできました」
「……複雑だな」
「大丈夫ですよ」
オールマイトが遅れてしまったことを悔やむが、私個人としては都合がよかった。オールマイトもこうして無事だし、問題はないだろう。
「灰掘の森林洋館に連れて行くように言われてたようです、まだこの情報は共有していないので共有したら行きましょう。ラーカーズの皆さんは別行動ですよね?」
「うん、私から情報を伝えておこう」
「ありがとうございます」
すべきことは終わったからナガンの所に行こう。
そう思い視線を向けると、ナガンが車に乗るところだった。ホークスたちに乗せられている。
「何してるの?」
私は少しだけ圧をかけてそう発言する。ホークスは計画がバレたかのように肩を震わせ、こちらに恐る恐る首を傾けさせる。
「ああ、いや。ナガンを輸送して警察に」
「何してるの?」
「……だから――」
「――何、してるの?」
私が執拗に圧をかけるとホークスは黙り込んだ。
ちょうどいいので、畳みかけることにしよう。
「私から、お師匠を奪うの?私がどんなにつらい思いしたのか、知ってるくせに?」
「………」
ホークスは口を開いたまま固まってしまった。ピシリとでも音が鳴ったような錯覚を覚える。マンガ的表現だな。
そして、私の心境は決して穏やかとは言えない。せっかく再会したナガンと離れ離れになってしまうのだ。少々気が立つのも無理はないだろう。
「シズ、少し調書を取るだけだ。それに私は決戦に参戦する予定だし、ホークスたちにも許可をもらっている。これから警察に行ってその情報なんかを共有するんだよ」
「……ホント?」
「ああ、ホントだ。だからいい子にして待ってろ。お前もお前の仕事をしてな」
ナガンにそう言われたのなら仕方がない。運がよかったなホークス。
「マジっ、サンキューです……」
「私もまたシズと暮らしたいからな。報酬はシャバに出る権利でいいぞ」
「もう出てるじゃないっすか…」
ホークスはよっぽど圧を感じたのだろうか。ナガンにそんなことを言っている。多分だけれど数日前にホークスの胸倉をつかんだときよりもおびえてる。
まあ、あの時はホークスも仕事モードだったしな。今は少しだけ脱力して砕けてる。
後、ナガンから一緒に暮らしたいって言質を取った。これで壊理とナガンと三人で暮らすことが出来るだろう。
ああ、だけどその前に壊理とナガンの顔合わせだな。流石の壊理でも知らない人が急に一緒に暮らすことになったら困惑するだろう。例え私の大事な人でも、壊理にとってはまだそうではないのだから。
そしたら、ナガンには雄英に行ってほしいな。
「…それが終わったら、雄英に滞在してね」
「……大丈夫なのか?」
「根津校長次第っすね」
校長先生には胃をキリキリしてもらうことで勘弁してもらおう。そうだな、お詫びはチーズが良いかな?文化祭直前の時に食べてたし、ねずみだし、きっと好きだろう。
「じゃあ頭撫でてから行って」
「何がじゃあなのかわからないが……」
「し・て」
「ハイハイ」
ナガンの頭なでなではやっぱり何か不思議な力がある。心がポカポカしてふわっとするのだ。
その後、やはり満足できなくなって自分からナガンを抱きしめる。中学生くらいの時は無理なく腰に手を回すことが出来たのだが、やはり少し大きくなったのだろう、腰に回すことが出来なくなっていたので背中に手を回す。
身長をいじるのもいいかもしれない。一応好きなように見た目は変えられるはずだし。
……皆が珍しいものを見るような目でこちらを見ている。流石に人目を気にしなさ過ぎたかな、少しだけ恥ずかしいような、なんと言うか……。
「……はい、行ってらっしゃい」
「……恥ずかしくなったのか?」
「行ってらっしゃい!!」
図星だったので誤魔化すように言った。ただ、ナガンにはそれを見透かされたようで効果が薄かった。ニヨニヨした顔が腹立たしい。
「ホークス!早く連れてって!!」
「……はいはい」
私の我儘にホークスは答えてくれた。すぐにナガンは車に乗せられる。その時の顔もずっとニヨニヨしていて腹立たしい。
だが、この感情が懐かしさを覚えさせる。
私はその事実に気付き、それもいいものだと思った。少なくとも、この感情はナガンと関わらなければ発生しないものだからだ。
「さて、灰掘だったね。ホークスたちもナガンを警察に届けたらすぐに来るだろうし、準備しておこうか」
「……うん」
緑谷は少しだけ疲弊しているようだった。精神が揺さぶられている感覚かな。
「……よし、もう少しだけ休憩しようか。お前の精神状態もよくないしな」
「っでも」
私は反論しようとする緑谷のうなじを打って意識を奪う。コミックでよく見るような表現だが、私にもできる芸当のようだ。
「夜月少女…」
「……多分こいつは梃子でも動きませんし、何言っても聞かないので。今くらいは休ませたいんです。たとえそれが不完全だとしてもね」
「……ああ、そうだね」
オールマイトは自分の無力を嘆くようにつぶやく。平和の象徴だったころからは考えられないほどに覇気がない。というよりも、より責任に押しつぶされそうになっているというところか。
「オールマイトも休んでください。今なら部屋に入れますよ」
「いや、私は……」
「私からすれば緑谷もオールマイトも同じです。私の負担を減らすためにも、しっかり休んでください。突入するときにはちゃんと起こすので問題ないですよ」
「…それを言うのなら君も休むべきだ。お師匠さんと再会できたとは言え、疲れているだろう」
「そうしたいのは山々ですが、今私は寝れないんです。興奮状態にあって、その熱を処理するのに集中しなければならない。眠りたくても眠れませんね」
「……そうか。寝れるときに寝ておきなさい」
「ええ、分かってます。おやすみなさい」
「…ああ、おやすみ」
オールマイトはそう言って私の部屋に入っていった。私はそれを確認して扉を閉め、認識阻害の術をかけて安全な状態を保つ。しばらくは離れても問題ないだろう。
―――夜月静江の独白―――
付近で一番高い塔に立ち、周囲の景色を見る。
空気は荒み、荒れ果て、澱んでいる。
私は、ナガンを見つけて助けるために雄英を出た。
それはもう達成されてしまった。
本当なら、私はここにいる理由はない。
でも、でも。
「今は多分、皆を守りたい」
「私が大事な人も、
「
人の本質は変わらない。
だが、人は変われる。
私は、
「私らしくあろう」
きっとこれが本音だ。
私は欲張りな人間だったらしい。
だから心を痛められたのだろう。
人間の機能がよみがえった?それとも、私がそれを認識することが出来るようになった?
それはわからない。
でも、大事なのは私がそれを認識できているという事で。
私は今、A組を置いてけぼりにしていることに心を痛めている。
戻るべきだろうか。
どんな顔で?
笑顔?悲壮な顔?怒った顔?
多分、どれも正しくて、正しくない。流石に怒った顔ではないと思うけど。
わからないな。
……長々と言葉を連ねてみたけれど、私の行動は変わらない。
緑谷出久と行動を共にする。
もしかしたら、彼は私を振り切ってしまうだろうけど。
その時までは……
そして時間は経ち、灰掘の森林洋館に赴いていた。
ナガンとの戦闘中に壊した仮面はつけている。一応、人に知られないようにするためだ。この後も多分動き回ることになるからな。
突入メンバーは、私に緑谷、トップ3に、チームラーカーズの面々。ナガンはまだ手続きとか情報共有とかが終わってないから来れないらしい。
それはとても残念だが、致し方ない。
「待てデク!逸るんじゃない!!」
我先にと洋館に入ろうとするデクを見て、エンデヴァーが止めようとする。しかし、デクは泊まることはない。それをよく理解した後に、ついていくことを決めた。
デクからすれば、オールフォーワンはワンフォーオールを奪える状況にないことがわかっている。ならば、デクが最前線に立とうとも問題はないのだ。
デクが扉を開く。
「……やはり、もぬけの殻か」
エンデヴァーがそう言うが、それは少しだけ違ったらしい。確かに物はないが、一つだけ存在した。
『レディナガンとの問答は楽しんでくれたかな?シズ――そして、僕の予想が正しければ緑谷出久』
オールフォーワンの声が聞こえる。その方向を見ると、電子デバイスが置かれていた。円状で、雄英の合格発表に使われていたものとほとんど同じものだ。
『これが起動したという事はそういう事だ。予想するのが好きでね。緑谷出久は、シズの「部屋」でナガンと会話でもしたんじゃないかな?』
正しい。デクはナガンが私にした話と同じ話をされたらしい。ヒーロー社会の闇を伝えられたのだと。しかし、ナガンはデクのキラキラした目を見たことで心が揺れ、例の爆破の予兆が発生。私の場合は止めることが出来たが、デクにそのような力はないためそれを許してしまったようだ。現実のナガンを見た時にホッとしていたのはそういう事らしい。
『君のような人間なら、あの手の人種は見過ごせないだろう?』
「ウウッ……」
オールフォーワンの言葉に緑谷はうなる。怒ってくれているのだろう。
「落ち着け緑谷、キレても意味ないぞ」
『そうだぜ。僕は強制していないからね。彼女の意志さ。道に外れちまった人間を、敵と呼ぶのさ』
オールフォーワンが私の言葉を推測したのだろう。私の言葉に続けるように言葉を発した。それが限りなく気持ち悪く、吐き気がする。まさか本体でなくとも私の気分を害することが出来るとは。いや、神野の時のAIもそうだったか。やっぱり気持ちが悪い。
『個性だなんだと個人主義を謳って、結局管理社会。合わない個は排斥するだけ。例外はないよ。民主主義でも社会主義でも、根は同じさ。社会以前の問題、群生生命の原則だよ』
オールフォーワンは講釈を宣う。常識だ。だからこそそれは敵という存在を私たちに考えさせる。緑谷に、余計なノイズを与えてしまう。
『君の選んだ道は茨だぜ。戦うたびに心がすり減り、終わりは来ない。
獄中でね、君のことをずうっと考えてた。もはや僕の興味はあの
そして、オールフォーワンはおもむろに指を前に向ける。
『次は…君だ!』
オールマイトが神野でオールフォーワンを倒して最初に言い放った時と同じ言葉を使い、オールフォーワンは私たちを挑発する。緑谷の怒りが頂点に達しそうになると、デバイスが発光し、爆破の予兆を見せた。
「チッ…間に合わない」
「撤退!」
私の言葉のすぐ後にエンデヴァーが判断し、ベストジーニストの手によって後ろを引かれて洋館を脱出する。連合関係のあるかもしれない証拠などはなくなってしまったが、けが人はいないのでまだいいだろう。
洋館が爆発し、消火活動に移った。それは私の手によって簡単に終わるので問題はない。
「…あれ、デクは?」
私が消火活動を終えた後、デクの姿が見えなくなったため問う。
「……あちらの方に跳んで行ってしまった。休憩するように伝えたのだが…」
「……はあ。りょーかい、私も行ってきますよ」
私はため息をついてから緑谷の方に飛んで行った。
私が緑谷の姿を魂で視認する途中、緑谷はナガンの後に現れた刺客を討伐したらしい。
その場所に行くと、緑谷はすでに飛んで行ってしまった後のようだ。そこには一緒に行動していたはずのオールマイトがいる。
オールマイトが地面に倒れ伏している。その前には、中身が飛び散って雨に打たれたままのお弁当が入っていた。緑谷の好物のとんかつも入っているというのに……。
私のものを落としたとは考えにくい。となると、デクは……
「オールマイト…デクは?」
一応形式上質問はしておく。とはいえ、答えはわかりきっていた。
「行ってしまったよ…一人でね」
「なるほど、やっぱり置いてかれましたか。まあ、あいつの精神状態的にいずれそうなるだろとは思いましたよ」
「……ああ。私も、それはひしひしと感じていた…だというのに」
オールマイトは不自然に言葉を切る。満足に言葉を紡ぐだけの精神状態ではないのだろう。
それはそうだ。自分が守るべき弟子が自分の手から離れてしまったのだから。それが「巣立ち」に値するようなものならば祝福するような出来事なのだろうが、今の緑谷のソレは違う。むしろ、周りの支えが必要な時期で、それが必要な精神状態での独断行動。
そして何よりも、オールマイトが自責の念に駆られている。こういう精神状態の人間に投げかけるべき言葉を私は知らなかった。
私は事実のみを言うことにした。緑谷の状態が解決されれば勝手に関係も改善するだろうと思ったからだ。
「…とりあえず、私はデクを追います。まだそう遠くには行ってないでしょうし」
「………ああ、お願いするよ」
覇気のなくなったオールマイトに背を向け、私は再度飛翔した。
そして、私はすぐにデクと合流した。
「おいデク、休みなさい。今はまだ無理すべき時じゃないだろう」
私はデクに言葉を投げかけるが、デクの反応はない。意図的に無視をしている。
ここで厄介なのは、私の考えも正しく、緑谷の考えも正しいことだ。
オールフォーワンは死柄木の同調率を高めることに力を割いている。そのため、時間を与えれば与えるほどにこちらが後々不利になっていくのだ。
だから、短期決戦に持ち込もうとする緑谷の判断は正しい。
同時に、緑谷出久の体を気遣って彼に休むように言う、私たちの言い分も正しい。「長期戦に持ち込みましょう」という言葉と同義だが、緑谷出久という個人のことを考えると正しいのだ。
第三者が見れば、私たちの肩を取るかもしれない。緑谷出久という存在を良く知らない人でも、彼の境遇を知ればこちらにつくはずだ。
問題は、そういう人がいないことと、緑谷出久は絶対に私たちの言い分を聞かないことだ。
緑谷出久の人助けには、自棄が含まれている。
自分程度どうなってもいい、という事ではないと思われるが、少なくとも自分のことよりも他人のことの方が優先度が高い。そしてそれは恐らく揺るぎないもの。
蛇空では死柄木によって大勢が傷ついたと聞く。それも、緑谷の知らないところで傷ついた人にとどまらず、緑谷とある程度の関係を持っている人間も大きく傷ついたのだと。職場体験先であったグラントリノもそうだし、緑谷をかばって腹部を刺された爆豪もそうだ。
己のせいで周囲が傷つくことを恐れている緑谷は、孤独な歩みを止めることはないだろう。
私からすれば、傲慢もいいところだ。自分を使って事態を解決に導くこと自体は結構だが、それは緑谷出久を心配する者がいないという前提が必要なのだ。
私もそうだし、さっきのオールマイトもそう。A組だって絶対に心配しているし、彼の母親なんて心配症をそのまま絵にかいたような人なのだろう?少なくとも、ちらりと見たその姿はそう見えた。
緑谷がすり減れば、大勢が心配する。そして、力になれないことを悔やみ、苦しむのだ。
今の緑谷には、それがわかっていない。
だからこそ…
『今の九代目を補完できるものがあるとすれば……』
ワンフォーオールの二代目の声が聞こえる。緑谷とのダツゴク狩りを続ける中で彼の中にある歴代ワンフォーオール継承者たちとコミュニケーションが取れるようになってきた。以前も朧気ながらに気付きはしたのだが、こうも鮮明に声が聞き取れるようになったのは最近だ。
緑谷は少しだけ歩幅を広げた。
私をも振り払う気だと確信し、私も歩幅を広げる。そして再び声をかけた。
「オイ、聞いているのか?休めと言っている。お前が要なのに疲弊してどうする。皆だって心配する」
「……その心配を失くすために、今動いてるんだ」
「そのためには、道中の心配は無視していいと?」
「……それしか、ないんだ」
「そんなわけがないだろう。お前だってわかってるだろう。お前には――」
「――僕は、大丈夫だよ」
「っだから!」
「僕は!大丈夫だから……だから…」
――心配しないで――
それは人間が発する声にしてはあまりにか細いものだったが、不思議なことに私の耳に鮮明に残った。
緑谷が跳躍する。
「振り切らせないよ…!」
私も同じように跳躍し、緑谷を追う
――ことはできなかった。
「……ッ!?」
私のうなじの真横を通り過ぎた
その弾道はあまりに綺麗で、発砲者の実力が浮き出るようだった。
緑谷は気づかない。私のおかれた状況がわかってないかのように跳んで行ってしまった。
(気付かない……?)
私はそれを疑問に思う。
少なくとも、銃弾の発砲音は聞こえた。その弾丸は音速を超えていたせいか銃弾が私を通り過ぎてから音が聞こえたのだが、それでも緑谷は聞こえていただろう。なぜなら、私は緑谷のすぐ後ろについて行っていたのだから。
銃弾は取り損ねた。速すぎた。
何よりも、その存在を私に知らせなさ過ぎた。
サイレンサーはない。発砲音は遅れて聞こえたのだから当然だ。
だとしても、銃を放った時の特徴的な臭いや殺気はごまかすことが出来ないはずだ。
特に殺気だ。緑谷の危機感知にさえ反応させないほど隠れた
(
そう、人を殺すことが日常と化してしまったあの時の私にしか出すことが出来ない殺気のはずだ。
ともなれば、そいつは殺人が日常と化してしまった人間であるという事。
そして、快楽を求めて殺人をするようなダツゴクには、銃を扱うような存在はなかった。そもそも、快楽殺人者は銃を使うことはない。快楽を得るにはあまりにも機械的すぎるからだ。
であれば、それはもはや仕事人。ナガンのような人種だ。
心当たりがあった。
すぐに弧月を構える。三百六十度すべてに警戒を張り巡らし、違和感を掴めるように極限まで集中する。
呼吸を深くし、吸って、吐いて、吸って、吐いて。
そのサイクルを三度繰り返した。
まだ来ない。
(緑谷を狙っている?)
そんな考えが頭をよぎり、私は感知射程を広げる。
緑谷の座標を確認した。
その周囲に人はいない
――一筋の軍刀が、私の胴を狙う。
「っく…」
間一髪で弧月を置き、その軍刀の魔の手を逃れる。
ただ相手はそんな甘い相手ではない。続けざまに放たれる銃弾は私の指を掠めた。
逃れようと後ろにステップを踏むと、それを読んだかのように銃弾を一筋。
私の太ももを貫いた。
「ぐ…」
戦い方が上手だ。相手を確実に追い詰める戦い方。
私はそれで、
自然と笑みが零れる。仮面で見えないだろうが、その下は確かに笑っていた。
「――この状況で嗤っていられるとはな」
襲撃者が口を開く。私がよく知っている声だった。
私は細心の注意を払って仮面を外し、その襲撃者と向き合う。
「兄貴分が私の脳無になっていると考えたら、可笑しくて」
私は軽い調子で答えた。まるで昔を懐かしむように。
――そして、私に降りかかる厄災を正しく認識したように。
「私は夜月静江、ヒーロー名『シズ』」
名乗りを上げた。それは、襲撃者にとっては確実に必要のないものだ。
だが、私はこの襲撃者が名乗りに応えてくれることを良く知っていた。
「俺は『近藤達也』。――お前を殺す者だ」
誤字、矛盾などあったら報告よろしくです!