デュエマプレイヤーは「カードが全ての学園島」で成り上がるそうです。   作:タク@DMP

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第34話:傷

「──……」

「な、チェンジしておけって言っただろう」

 

 

 

 通された部屋は妖しさ満載のピンクのライトに、天蓋式ベッド。

 妙に淫靡な匂いを放つコロンに加え、マッサージチェア。

 ベッドの上に置かれた枕には──表にも裏にもYESと書かれており、ドン引く照陽であった。

 

「……照陽さん」

「どうしたんだい」

「シエルが……ゲラゲラ笑ってます」

「だから言ったじゃん、殴って良いって」

「殴れるもんなら殴ってますよぉ!! ……うん? これって──ニャーッッッ」

 

 ベッドの近くに置かれた避妊具を手に取り、思いっきり投げ捨てるこころ。

 

(良かった……流石にアレが何なのかの知識はあったのか)

 

 漸く鈍い彼女でも此処がどういう場所なのかが理解出来たようだった。

 確かに安く済む。フロントでも年齢だの何だのについて深くは詮索されなかった。

 だが、それは──此処がアダルトな場所だからという前提なのだからにして。

 

「……う、あ、でも、わ、私、照陽さんと一緒なら……別に」

「あのね、心配しなくても僕は君に少しも触れるつもりはない。僕は床で寝させて貰うよ」

「で、でも! 照陽さん身体が痛いのに、それはダメですっ!!」

「それにもし君の身に何かあろうものなら、君の持ってるヴリドガルドが黙っていないだろう。そうじゃなくても、君が気が気でないはずだ」

 

 ぽすん、とベッドに座り──顔を抑えるこころ。

 

「何なら今からでもフロントに言って別室に──」

「そ、それは……ダメ、です」

 

 顔を隠しながら──こころは続けた。

 

「……もし精霊が襲ってきたら……照陽さん一人じゃ危ないです」

「流石に君に心配される程じゃないよ」

「それにっ、あの、言った筈ですっ!! 私──照陽さんと一緒にお泊りするの、イヤじゃ……ない、です」

「君は男を聊か信用し過ぎだ……」

「そう、かもしれません……けどぉ……でも、そうやって拒絶されるの……傷つき、ます」

 

 ぐすん、と少し涙ぐみながら──こころは言った。

 

「ごめんなさい……私、心配なんです。照陽さんのことが、ずっと」

「ッ……」

 

 流石の照陽もズキリと胸が痛む。

 少し突き放すような言い方をし過ぎた、と悔いてしまうほどに。

 主張している内容は至極最もであるのだが──

 

「戦うのって怖くて、辛くて……それも、大好きなデュエマで傷つき続けてる照陽さんを見ると……誰かが……見ていないといけないって思って……ッ」

「……すまなかった。元々、君が来てるのはそういう理由だったね」

「出会ってから、照陽さんがどんな人かは……ちゃんと見てきました。だから……信用してるんです。男の人相手なら、誰でもってわけじゃないです」

 

 そう言われ──照陽も頷く。

 不安なのは自分だけではなかった。

 きっとこころも、シエルの視界を通すことで、倒れた照陽の姿を目の当たりにしているはずだ。

 

「……じゃあ、信用に答えないといけないね……僕は」

 

 ──シャワーを交代で浴び、二人は着替えて──ベッドの中に入った。

 明日も早い。

 早めに寝なければならない。

 此処がどんな場所なのかも忘れ、二人は背を向けたまま横になる。

 

「……照陽さんは……少し、意地悪です」

「何でそう思うんだい」

「とても優しいけど……踏み込ませてくれない。仲良くなろうとすると、上手く躱されてしまうような……そんな時があるんです」

「僕が他者と壁を作っている……ってことかな」

「私と喋ってる時もそうです。本音が……見えないんです」

「……」

 

(そんな風に思われてたのか──いや、思われていても仕方が無いか)

 

「私はもっと、照陽さんのことが知りたいのに……白銀さんだって同じことを思ってるんじゃないですか」

 

 照陽は──今までの己の身の振る舞い方を思い出す。

 来るもの拒まず、去る者追わず。

 だが、決して己の心の中にある一線だけは踏みこませない。

 それはカードゲーマーとしての自衛反応というだけではない。

 照陽にも、触れられたくない面というものがあるのだ。

 

「僕はね、そんなに良いヤツじゃあないんだ。完璧でもないし、迷ってばっかりだよ」

「……そんなこと、ないと思いますけど」

「いーや、失敗ばかりさ……僕はね。本当の事を言うと──女の子が苦手なんだよ」

「えっ」

「意外って思っただろ。でもね、僕は相当慎重に君達と接しているつもりだ」

 

 流石に驚いたのか、ごろんと寝返りをうち──照陽の背中を見るこころ。

 気の所為か、少しだけ彼が小さくなったような気がした。

 

「というより、昔酷い目に遭ってね……ちょっとトラウマになってるんだ」

 

 照陽は目を閉じてしまうと──イヤでもその時の事を思い出してしまう。

 

「中学生の頃……好きな女の子が居てね。隣のクラスの子だった。だけど当時僕はどうしようもないクソオタクだったもんだから……円架に相談して身だしなみも髪も、何なら肌荒れまで厳しくチェックしてもらった。喋り方まで直したんだよ」

「円架さんに……」

「うん。恥ずかしながらね……そんで当時、中学生にもなってカードゲームなんてやってるヤツは軽蔑されてたもんだからさ……」

「信じられないです……照陽さんの世界では、そうだったんですね」

 

 一般的にもデュエマが競技ゲームとして浸透しているこの世界では考えられないだろう、と照陽は頷く。

 だが照陽には当時、選択肢というものは無かった。

 

「だから、キッパリ、デュエマはやめたんだ」

「照陽さんがデュエマを!?」

「……若気の至りってやつだよ」

 

 今も若いけどさ、と照陽は付け加えた。

 それでも──苦々しい青春の思い出には違いない。

 

「さて、晴れて付き合ったのは良いけど……毎晩連絡は取らないといけない、自分以外の女子とは話してはいけない、挙句の果てには……私物まで彼女の好きな物を使わされてさ」

「う、うわぁ……」

 

 ドン引きするこころ。

 だが──男女限らずよくある話だ、と照陽は知ったのは割と後の事だった。

 

「今思えばとんでもない束縛女だったわけだけど、僕はバカだから……幸せだったよ。それで彼女に好きでいてもらえるならって思ったよ。自由なんて無いも同然だったけどね」

「……分からないですね」

「……当然こんなの長くは続かなかった。あの子、ある日写真を持ってやってきたんだよ。……イメチェンする前の僕がカードショップの大会に出てる写真さ」

 

 恐らく店舗大会でスタッフが撮ったものだ。

 それがたまたまネットで流れ、元カノの友達が偶然それを見つけてしまい──「これ天戸君じゃない?」と聞いてしまったのが始まりだったという。

 

「これは何!? こんなキモい事やってたの!? って激詰めされてね。彼女の家、厳しかったからさ……ゲームとか論外だったみたいで……その日のうちに一方的に破局さ」

 

 バカみたいだよね、と照陽は自嘲する。

 結局、幸せになるどころか何も残らず、要らぬ負債だけが残ってしまった。

 

「大好きだったデュエマまで捨てたのにあんなフラれ方されて、オマケにクラスでは”哀れなクソオタク”のレッテル貼りさ。荒れたよ?」

「……それは、荒れても仕方ないじゃないと思いますけど」

「その日からもう僕は吹っ切れて……デュエマに復帰した。学校のストレスを、失恋の憂さを晴らすように大会で暴れ続けた。良い子ちゃんなんてやめて、授業までサボってさ」

 

 とはいえ──結局、そこまでだった。

 生来の気質が「良い子ちゃん」だった照陽は突き抜けるところまで突きつける事も出来ず──落ち着くところに落ち着いた。

 結局照陽は家族だとか周りに恵まれたことを自覚していた。

 紆余曲折あって例のトラブルは問題になり、これは照陽へのイジメではないかと大炎上し、いつの間にか何も無かったかのように収まった。

 

「だからね、僕は人にあまり深入りしないようにしてる。人間、どんな地雷があるか分かんないだろ?」

「ッ……」

「一番イヤだったのは──女の子の為に、あれだけ大事なデュエマをやめてしまった自分自身に、だったんだよ。恋は盲目、って後から自分で気づかされて。すっごくイヤになった。あんな酷い子の為にやめてしまえることだったんだ、って自己嫌悪が凄かった」

 

 故に。

 そんなこと知る事もなく一方的にアタックしてくる澪音の事を、照陽は苦手だった。

 盲目的な好意は、いつか自分を不幸せにする、と身をもって知っているからだ。

 だが同時に──照陽は眩しくも思っていた。打算なく自分に好意を向けてくれる澪音を。

 

(……きっと澪音は、恋に恋してるだけだ。純真なだけなんだ。でも、だからこそ──昔の僕みたいな思いは、してほしくないんだよなぁ……)

 

「……人間ってさ汚いんだよ? こころさんや、澪音が思ってる以上にね」

「私は……そんなこと、しないのに」

 

 思っていた反応と違う。

 こころはいつの間にか──照陽の背中を抱きしめていた。

 慈しむように、そして深い傷を労わるように照陽を両方の腕で抱き締めていた。

 

「照陽さんの好きなことを否定したり、自由を縛ったりなんてしないのに……ッ」

 

 照陽は──目を伏せる。

 本当は彼自身も分かっている。 

 1を見て100を知った気になるのは簡単だが──見えないものをよく見ようともせずに目を背けていることに。

 

「……そうだね。彼女のタチが悪かっただけなのは僕だって分かってるさ。でも、簡単に割り切れるなら、人間はもっと簡単だよ」

「じゃあ何で──照陽さんは、白銀さんを引き留めに行くんですか」

「ッ……」

 

 そう問われてしまい、照陽は口ごもる。

 一方的なライバル心。一方的な好意。

 無知で無垢な昔の照陽自身を思い起こさせてしまい、苦手とさえ思う澪音。

 だが、そんな彼女を連れ戻す為に──わざわざ照陽は東京までやってきた。

 澪音が襲われた時激昂し、澪音が実家に戻った時──「居なくなって欲しくない」と強く願った。

 

「……僕は──彼女ともっとデュエマがしたいと思った」

 

 照陽の心の傷は決して浅くは無い。

 むしろ、今でも彼自身の生き方に影響を与えてしまっているくらい大きい。

 だが、理屈をこねる前に──照陽はその言葉が出てきた。

 ころころと変わる顔。騒がしくも賑やかな性格。

 そして何よりも、何度負けても決してへこたれない不屈のプライド。

 

「何処までも自分にストイックで、自分を磨き続ける白銀さんみたいな人を──僕は他に知らない。それに、何度負けても決してあの子は折れなかった。今までは、ね」

 

 そんな澪音が──今まさに折れようとしている。

 それを照陽は放ってはおけなかった。

 

「彼女の都合なんて考えていないし、きっと僕のエゴでお節介だ。僕自身、不合理な事をしてるのは分かってる。澪音が戻って来たくないと言ってしまえば、それでお終いだ」

「……そんなことないと思います。私も白銀さんが居ないと、寂しいです」

「寂しい──か。そうだね、僕も……そうだよ」

 

 変な理由をこねる必要は無かった、と照陽は安心する。

 今、照陽が欠落したものを抱えてしまっているのは間違いないのだから。

 もう身近な人に居なくなって欲しくない、と考えたのは──紛れもない真実だから。

 

「恋愛に限らずさ──人ってのは大なり小なり、相手を自分の好きなようにしたいって考えてしまうものなのかもしれないね。元カノも──それが行き過ぎてしまったのかもしれない」

「……難しいですね、人間って」

「そうだろう? ……だから、面白いのかもしれない。カードゲームってのは良くも悪くも剥き身の人間が見られるものだからさ」

 

 きっと。

 本当に人嫌いならデュエマなんてとっくの昔にやめてしまっていただろう、と照陽は考える。

 

「……さて、寝ようか。そろそろ──ね」

「……はいっ」

 

 電灯を完全に消す。

 真っ暗になった部屋で、照陽は──目を閉じた。

 そして、未だに疼き続ける自らの左胸を握り締める。

 

(……ボルメテウス)

 

 ふと、一心同体の相棒の事を想う。

 彼女の意識は閉ざされてしまっている。

 きっと、カードの姿のまま天津の手元にあるのだろう──と。

 

(絶対に、助け出す。もう少しだけ待っててね)

 

 取りこぼしはしない。

 もう──絶対に。

 

「照陽──さん」

 

 眠そうなこころの声が聞こえてくる。

 

「何かな」

「……私も、頑張りますから。側にいます」

「……うん、ありがとう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 翌朝。

 ホテルから出た二人は、澪音の実家の最寄りまで電車で移動した。

 雑踏をかき分け、迷路のような駅をはぐれないように共に進んでいく。

 そうしてようやくたどり着いたのである。

 郊外にある一軒家。表札には確かに──「白銀」の二文字。

 

「……なんだか緊張するな」

「そ、そうですね。でも、学校からの用事で来た、って言えば……」

「いや、それじゃあダメだ」

 

 照陽は──此処に来て建前など要らないだろうと考えていた。

 

「……本音でぶつからなきゃ。きっと信用してもらえないよ」

 

 意を決してインターホンを押す。

 しばらくして──扉が開いた。

 中から現れたのは、背の低い少女だった。

 紺色のショートボブの髪、そして海のように青い瞳。

 そして──シャークマウスの描かれたエプロンを掛けている。

 

(うん……女の子? 白銀さんには、あまりにてないけど……家族の人、なのか?)

 

「こんな時にやってくるということは……貴方達は……娘の学友でしょうか」

 

 何処か起伏の無い淡々とした語り口。

 思わず思考が停止した。

 今、確かに目の前の少女は──「娘」と言ったのである。

 照陽は眉間を摘む。こころも耳を疑ったのか、困惑している。

 

「えーと、すいません。確かに僕達は無銘学園の生徒で、白銀さんの友達の天戸と申します。申します、けどぉ……?」

「同じく空木ですっ、よ、よろしくお願いします」

「ああ、失礼しました。未だに自分がどう見られているのか慣れていないもので」

 

 礼をすると──少女は何処か無感動に言った。

 

 

 

「──私は白銀紫月。澪音の母です」

「……」

「……」

 

 

 

 少女、という認識は改める必要がある、と照陽は考える。

 だが──とてもではないが一児の親には見えない。

 

「えーと、すいません。随分と若いんですね?」

「自慢ではないですが、よく言われます。でも、もう今年で42です」

「よんじゅっ……!?」

 

 くすり、と悪戯っ子のように微笑む紫月。

 彼女は──言ってのける。

 

「──私、()()使()()ですから」

「……え?」

「冗談です。話を聞きましょう、立ち話もなんでしょう」

 

 顔を見合わせる照陽とこころ。

 あの澪音の母というだけあって、どのような人物かと思っていたが──

 

(……ちょっと変わった人なのかもしれませんね)

 

(あの娘にしてこの母親か……)

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