デュエマプレイヤーは「カードが全ての学園島」で成り上がるそうです。 作:タク@DMP
「世界が──おかしい」
──なんてことないカフェテリアでの昼食のはずだった。
天戸照陽は世界を訝しむ。
目の前にはカレーパンを頬張る相棒・
彼女は何てことは無さそうに好物を食べ終えると、小動物のような仕草で欠伸をして問い返す。
「くぁ……照陽。この世界がおかしいのはいつものことだ。それより食べたら眠くなった」
「き、君って奴は……その身体に慣れてから、どんどん自堕落になっていくね」
高潔なドラゴンの姿はどこへやら、であった。
ボルメテウス・ムシャ・ドラゴン「武偉」──それこそが彼女の本来の名。
しかし、この姿の彼女は只の女の子の「ブイ」である。
外見年齢相応の思考、外見年齢相応の振る舞い、とてもではないがドラゴンとは呼べない。
「……いや、そんな事はどうだっていいんだ。重要な事じゃない」
「重要ではないのか」
「見ておくれよ! この惨状を!」
照陽は──自分が今、まさに食事をしているカフェテリアを指差した。
道行く生徒、そして提供される料理。
その全てが──衣でカラッカラに揚げられ、中はとろとろのカレーが注ぎ込まれたカレーパンなのである。
あっちを見てもカレーパン、こっちを見てもカレーパン。
無銘学園は一晩のうちに空前のカレーパンブームが訪れていたのである。
「別に旨ければ何でも良いではないか。私はカレーパン、気に入ったぞ?」
「君はそうかもしれないね!? でも、おかしいのは此処だけじゃない! 五色島中がカレーパン一色に染まってるんだよ!!」
これは冗談でも何でもない。
インターネットを見ればグルメ特集は全てカレーパンに染まっており、五色島中の飲食店がカレーパンを大々的に押し出している。
この島の食料全てが一晩にしてカレーパンに置き換わってしまったかのようだった。
恐ろしいのは、学生も教師も皆、この異常な状況を当たり前のように受け入れてしまっている点だった。
辺り一面にはカレー臭が漂っている。
「君は何にも感じないのか!? どう考えてもおかしいだろう!?」
「現時点ではクリーチャーの反応は感じられない」
「いい加減僕も慣れたよ。おかしなことが起こるのは大抵、クリーチャーの仕業だ」
「だとしても、カレーパンは美味だ。カレーパンに罪はない」
照陽は頭を抱える。
認識を改ざんするクリーチャーの恐ろしさはCOMPLEXで散々味わっている。
それはブイも同じはずだ。しかし──今日のブイはあまりにも危機感が無さ過ぎる、と彼は感じていた。
いつもの彼女ならば、いの一番に乗り出してクリーチャーの調査をしに行くだろう。
だが、今の彼女は異変を前にしてお盆の前にカレーパンを山積みにしている。
「照陽。カレーパンを食べないのか? カレーパンは美味しいぞ」
「生憎、一口も食べていないよ。流石の僕もこんなにカレーパンばっかりだと胃もたれしてきてね」
「何故だ。こんなおいしいものは生まれて初めてだ。照陽も食べるが良い」
「ブイ、率直に言おう。今日の君はおかしい。この島の人間も、学生も、皆何かしらの認識を改竄されているとみるべきだ」
「認識を改竄──この私が?」
そう言われ──ブイは頭を思いっきり机に叩きつけた。
凄まじい音が鳴り響くが、辺りの学生たちは相も変わらぬ様子でカレーパンを頬張り続ける。
「……この、私としたことが!? カレーパン……カレーパン……」
「やっぱり食べないで正解だった……! やっぱりおかしいんだ、この状況は! 他のメンツがおかしくなっていないか……心配だなあ」
「す、すまない照陽……カレーパンの誘惑には勝てなかったんだ」
「君が食い意地張ってるのは今に始まった事じゃないから謝らなくて良いよ」
「だが元凶のクリーチャーの気配は一考に感じられない。巧妙に姿を隠しているとみて良いだろう。照陽、何か情報は無いか!?」
「情報──」
DMデバイスで照陽は島に起こっている異変を探る。
そして現れたのは──
『天戸円架プロデュース!! 激ウマ黄金カレーパン一号店、本日開店!!』
──という見出しのネット記事だった。
照陽はデバイスを放り投げた。
妹が──またしてもよく分からないビジネスを始めている。
「何やってんだアイツはーッッッ!!」
「うまそうなカレーパンだな」
「手が早すぎだろ!! 半日で此処までやったのか!? カレーパンが金のなる木に見ているのか、アイツは!!」
相も変わらず、金になりそうなものには目が無い妹。
学校も休んでビジネスに勤しんでいる金の奴隷とはまさにこの事である。
すぐさまこっちも学校を早退して小一時間問い詰めてやろうかと思ったが、そんな暇はない。
「……流石にこころさんも理事長も……そして澪音も、この異変に気付いているはずだ」
「もっきゅもっきゅ、そうだ。恐らくクリーチャーを認知できる人間は、異変への耐性が出来ているはずだ」
「だから君はカレーパン食うのやめろって!!」
昼休みが終わらないうちに、照陽は理事長室へと足を運ぶ。
何か異変があった時、取り合えず頼れるのは理事長だと相場が決まっているからだ。
すぐさま扉を開けたが──
「ギャーッ!!」
すぐさま悲鳴を上げて引っ込んだ。部屋からは大量のカレーパンが雪崩れ込んできたからである。
理事長の部屋が散らかっているのはいつもの事だが、この異常事態を前に彼は恐怖した。
カレーパンの山からは──理事長のものと思しき手が揺れ動いていたからである。
「た、たすけてくれ、少年……カレーパンが……カレーパンがうますぎて……止まらないんだよォ──」
「駄目だーッ!! 理事長までカレーパン中毒になっちまったーッ!!」
「山盛のカレーパン!? 食べていいのか!?」
……部屋中のカレーパンは間もなく、ブイが次々に平らげているが一向に無くなる気配が無い。
後に残るのは、死んだ目で床に手を突く瀬野理事長。
彼女は息を切らせながら照陽を見上げるなり、彼の制服を油まみれの手で掴む。
「た、助けてくれ少年……カレーパンが足りないんだ!!」
「何やってるんですか貴女は!! カレーパンこんなにどうやって溜め込んだんですか!! おかしいですよ!!」
「やはり皆、カレーパンの魔力に取り付かれてしまっているらしいな」
「カ、カレェパンンンン……!!」
「駄目だ正気じゃない!! こんなのもうドラッグ汚染か何かじゃないか!!」
顔を青くした照陽は理事長の手を振り払い、逃げるように部屋を後にする。
しかし、追いすがるようにして理事長が足にしがみついてくるのだった。
「──やっぱり、大変な事になっていたネ……こんなことだろうと思っタ!」
廊下から足音と声がして、照陽は振り向いた。
呆れたようにやってきたのは──澪音だったのである。
「澪音!! 澪音じゃないか!! 君はカレーパン食べてないのかい!?」
「私、カレーパンが一番大ッキライなノ! 何でか分からないけど、生理的ケンオってヤツ!」
「良かった……君までおかしくなっていたら、どうしようかと思っていたんだよ……!」
「え、ダーリン、私が居て助かったって言ってくれてル!? 結婚すル!?」
「しないよ……それよりも、外に出てみる必要がありそうだ。五色島のカレーパン中毒は悪化を辿ってるね」
「どうしてこんなふざけた事になってんノ……!!」
最早サボりなどと言っている場合ではなかった。
突如、五色島に現れた大量のカレーパンが概念諸共浸食し、それを食した人間もカレーパン中毒に陥る。
まさに無限ループ、カレーパンの廻天とでも言うべき大惨事であった。
学園を飛び出した照陽と澪音は異常を発生させているものが無いかどうか見回す。
だが、辺りは不気味な程に静かであり、他の生徒達は当たり前のように授業を学校で請けているようだった。
「どうやら、食い意地を張った一部の人間が異常をきたしているようだね」
尚、その中には相棒のドラゴンも含まれることを嘆かわしく思う照陽であった。
「だけど、誰も島で起きている異常には気付いていないようだ」
「それってつまり、あのカレーパンを食べ続けたらいずれは皆ああなるって事じゃなイ!!」
「そんなに恐ろしい物なのか、あのカレーパンは。困ったな……もっきゅ」
「だから君はカレーパン食べるのやめろって!!」
「クリーチャーですら虜にするカレーパンってどうなってるのヨ……!」
「──どうやら、現実を受け入れられていないようだね」
声が、何処からともなく響く。
学園の庭に置かれたお洒落な噴水──を埋め尽くす大量のカレーパン。
そこに座すは──まるで王侯貴族のような恰好をした金髪の少年だった。
「……どなた……?」
その光景をドン引きした様子で見る照陽。
カレーパン塗れにされた噴水には同情を禁じえない。
「現実はカレーパンのように甘辛い。酸いも苦いも受け入れる。それが、生きる為に寛容な事さ」
「……あんた確か……!!」
「知ってるのかい、澪音……!!」
「コイツ、元・六禍仙ヨ! 六禍仙の”自然”──金剛 大地……!!」
そう呼ばれ、ニヒルな笑みを浮かべると──金剛と呼ばれた少年は起き上がり、つかつかと歩み寄ってくる。
咄嗟に照陽は澪音を庇うようにして前に出た。
「……六禍仙の”自然”……確か、凍空コナユキに敗れて追放されたっていう」
「過去の話はやめようか。所詮は過ぎ去った事だ。過ぎ去った事に何の価値がある? 何も無いだろう。今は、現在の話をするべきだ」
「その元六禍仙が……何の用だい?」
「ただ一つ言えるのは、世界を変える事の何たる容易さ。その現実を前にして、抗うのはあまりにも滑稽で無様だ」
「……一体何を言って──」
「天戸照陽。俺は君に用はなくってね。確かに君は天津を倒した。その天津は他の六禍仙を次々に倒したんだから、今この島で一番強いのは事実上君と言う事になる」
「……どーも」
「だけど、誰が一番強いかなんて論じるのは小学生までだ。重要なのは人に定められた価値だと思わないかい」
「煙に巻くような話し方をするんだね。僕は君が何を言いたいのかサッパリ分からない」
「単刀直入に言おう。幾ら強かろうが、天戸照陽。この場で君の強さは何一つ意味を成さず、価値が無い」
そして、と金剛は──澪音の方に指を向けた。
「今この場で価値があるのは──白銀澪音。俺のフィアンセさ」
「ッ!?」
澪音はゾッとした顔を浮かべると照陽の腕を握り締めた。
金剛の背後からは──黄金のオーラが湧き上がっている。
「下がってて、白銀さん」
「ッ……私……こいつ、見たことがある……!!」
「なんだって!?」
「見た事、感じた事があるノ……!」
本能的な恐怖とでも言うべき感覚であった
「改変された世界の内容に意味等ない。もっと面白く、もっと愉快に世界を書き換える事だってできる、じゃあ何故!? 何故カレーパンで世界を埋め尽くしたか」
カレーパンを齧る金剛。
黄金のオーラが竜のカタチへと象られていく。
怯える澪音。臨戦態勢に入る照陽。
だが、何処に隠していたのかも分からない膨大なマナが金剛から溢れ出していく。
「たまたま……カレーパンは、俺と──俺の相棒が一番好きな食べ物だっただけの話さ。好きな物があるなら、世界をそれで埋め尽くしたい。誰だってそうだ」
「こんな膨大なマナのクリーチャー、何処に隠れていた……!? 一体どうやって……!?」
驚愕の表情を浮かべるブイを嘲笑うようにして、オーラは完全に実体化した。
翠色の装甲を身に纏い、黄金の鬣をたなびかせた竜が──咆哮する。
「──紹介しよう。こいつが俺の下僕──ドギラゴン