腹凹毒蟲【Q】   作:アンディライリーのうさぎ

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十話 おっと、誰かが来たようだ。

 本来「高専」は五年制だ。しかし呪術高専は一般の高専と少し事情が異なる。四年で卒業の形となり、その後一年のモラトリアム期間を設ける。この期間は自由に過ごし、それから呪術師になる。

 

 歌姫が後輩たちに抱きついて涙の卒業を迎え、櫻は最高学年になった。五条は上層部に彼女の過去や能力を話していないので、今も一級術師として上にこき使われている。呪霊探知に役立つ『毒蟲』は今日も大人気だ。ご当地マスコットのキティちゃんを網羅する勢いである。

 

 後輩らとは以前よりも距離が縮まった。仮面を外して雰囲気の変わった彼女に、ちょっとずつ近づいてきた感じだ。

 

 家入にも休日に誘われて出かけるようになり、悟の坊もよく絡んでくる。うざい時は存在を無視することも多い。夏油の距離感は変わっていなかった。彼女が「おまえ、うまそうだな」と思っていることに勘付いているのかもしれない。

 

 それと悟の坊の報告で、それらしき宗教団体がすでに自然消滅していたことを聞いた。蠱毒実験の手がかりなどはつかめなかったらしい。連中は「アオムシ様」が暴走した時点で逃げの一手を選択したのだろう。

 

 

 今日は珍しく教室に彼女一人という構図だった。風呂敷に包まれた七重の弁()は相変わらずどっしりと重い。はじめは面倒がっていた料理も花嫁スキルを取り戻した。

 

 以前卵焼きを「おっ、一個もらい!」と盗んだ男もいたが、彼はそのあと徹底的な虫の強襲を受け、ついには毒が回って倒れたそうな。食い物の恨みは深い。

 

 両手を合わせて「いただきます」と言った彼女を、偶然教室の前を通りかかった一人の少年が見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

「七海七海!七海ィ〜〜ッ!!!」

 

「……何ですか、灰原」

 

 呪術高専に入学した新入生二人。一般家系の出の二人はスカウトされここに入学した。似た境遇の二人はしかし性格が真逆だ。七海は愛想がなく冷静でいるのに対し、灰原は愛嬌が絶えないわんこのような感じだ。好きな食べ物もパンと米で国境が分断されている。

 

 だが、二人は仲が良い。足して二で割るとピッタリなコンビで、まさに(デコ)(ボコ)のコンビだ。

 

「担任に聞きたかったことは聞けたんですか?」

 

「えっ?……あっ、先生は探してたんだけど見つからなくてさ。いやいや、そうじゃなくて!!」

 

 廊下を突っ走った灰原の頬は赤くなり、ひたいに汗をかくほどだ。ひとまず座ったらどうかと昼飯のパンを食べつつ七海が促すが、興奮冷めやらぬ灰原はずいずいと進んで七海の前に立つ。友人の熱気に押された七海は椅子ごと後ろへ逃げた。

 

 

「いっぱい、食べる、女の子がいた!!!」

 

 

 それはもう灰原の目がキラキラと光る。内側にLEDでも仕掛けてるんじゃないかと思うほどに。

 

 灰原はいっぱい食べる女子が好きだ。過度な体重制限をする枯れ枝みたいな子を見ると、色々考えてしまって胸が苦しくなる。

 

 ぽっちゃりしていても構わない。美味しそうにご飯を食べて、自然とその美味しさに微笑んでしまうような、そんな女の子がどストライクだ。

 ハートを射抜かれてしまった彼はしばらく呆然とその生徒の食事風景を眺めていて、我に返った瞬間この事を友人に報告すべくとんぼ返りした。

 

「七海もいっしょに見に行こう!」

 

「何で私が…」

 

「頼む!僕一人じゃ緊張してあいさつもできないと思うから!!」

 

 入学して初っ端から絡んできた先輩たち(五条とその連れの夏油)に、発揮されたコミュニケーションスキルはどこへ行ったというのか。というか、呪術師はイかれた人間が多いと気づき始めている七海は気乗りしない。五条のような先輩ばかりだと思いたくないが、比較的常識人そうだった夏油も五条と悪ノリするタイプだ。家入も学生のはずが普通にタバコを吸って副流煙をばらまいている。勘弁してほしい。

 

「……はぁ、わかりました」

 

「よっしゃ!じゃあ早速行こう!」

 

 

 

 

 

 そして、灰原の記憶をたどり該当の教室に向かう。灰原が見た女生徒は三年か四年だろう。一年の二人は二年とすでに交流があるが、他の学年とはまだない。所属する生徒の名前も知らない。

 

「弁当がさ、運動会で持ってくるようなデカいやつを七重に重ねててさ!」

 

「……え?」

 

「一つを食べるのに一分もかかってなかった。手の動きも見えなかった」

 

「………」

 

 やっぱ帰りたいな、と七海は思ったがすでに教室の前に着いた。相手は四年だったらしい。ということは二人より三つ年上ということになる。女生徒の机には確かに異常にでかい弁当箱が風呂敷に包まれてあった。新年に親戚が集まってもあの量は食べきれないぞ。七海は後ろに隠れる灰原の腹を小突き、前に出す。相手の視線は携帯に向かっていて、頬杖をつきながら高速で文字を打ち込んでいた。

 

 

「あ、あのぉ、すみませーん……」

 

 

 いつもの元気はどうした、灰原よ。そんなモジモジしてては何も始まらぬぞ、灰原よ。

 

(仕方ない……)

 

 七海は「すみません」と声をかけた。女生徒はピクリと反応し、視線を二人に向けた。七海も灰原もその目に射抜かれ一瞬息を飲む。五条とは違う血の色をした目。透きとおるような目がパチクリと瞬く。前髪は目元の上で弧を描くようにバッサリと切られていて、長い黒髪も含めて日本人形のような顔立ちだった。例えるなら、血も凍るような和美人。

 

「突然すみません、先輩。一年の七海建人です。彼が先輩と話をしたいらしくて…」

 

「……!?な、なな、七海ッ!」

 

 後ろに逃げる灰原と腕を引っ張り前に出させる七海。七海は食事の続きがしたいのだ。今日のパンは当たりの味だった。

 

「っ……」

 

 灰原は席を立った先輩に固まる。動いた拍子に胸に目が向かってしまった。制服の下の胸元は窮屈そうで、くびれから腰のラインがまたいけない。男子を沼らせる危険なカーブをしている。おちつけ、心頭滅却。相手を不快にさせるような視線はよくないぞ。

 

 

「やっぱ無理!!ごめんっ!!!」

 

「あ、おい!」

 

 

 灰原雄は顔を真っ赤にして逃げた。灰原火山は内側のマグマに耐えきれず噴火してしまった。呆れ顔で友人の背を見ていた七海は先輩に断りを入れて去ろうとして、ギョッとする。近くで見るとよくわかる。身長がでかい。五条や夏油と同じくらいのサイズだ。百七十後半の自分よりも高い。

 

「一年の七海建人くん?それで走って行った彼は…」

 

「同じく一年の灰原雄です」

 

「そう………あっ、私は四年の安倍櫻…です」

 

「よろしくお願いします、安倍先輩」

 

「うん……」

 

 七海は少しホッとした。呪術界の人間が五条のような奴ばかりだったらどうしようかと思っていたが、この先輩はまともそうだった。握手をして、しっぽを巻いて逃げた灰原を追おうと思った矢先。

 

「………先輩?」

 

「……な、七海くんはも、もしかして、親戚に自分と似てる人がいたりする…?」

 

「…?いえ」

 

「そ、そう…」

 

 手が離れない。振り解くのもどうかと思った七海は相手の出方を待った。赤い目は困ったようにウロウロとさまよっている。そして、伸びてきたもう片方の手が彼の額に触れた。熱を測るような形で前髪が持ち上がる。相手の白い肌がだんだんと赤く染まっていった。

 

「……な、ナナミンくん」

 

「………ナナミンくん?」

 

「あの、………そのね」

 

 

 ────結婚を前提に私と付き合ってください。

 

 

 そう言われた七海は、開いた口が塞がらなかった。

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