腹凹毒蟲【Q】 作:アンディライリーのうさぎ
やって参りました『
任務任務任務。ガンギマリの目で呪霊を潰していく女は側から見てもイかれていた。久々に出会した五条にも「やぁ五条くん、約束は守ってるから
強くならなければいけない。そうしてどれだけお腹を満たしただろう。けれど彼女の虚無感はまったく埋まらず、ただひたすらに強さを求めた。
人の食を忘れ、目についた子供の柔肌に唾を飲む。ミルクの匂いがする赤ん坊は目の毒だった。丸焼きにして食べたらどんなに美味しいだろう。人の脳みそを集めて脳みそラーメンを作ったら、絶対に美味しいに違いない。
呪いを取り込めば取り込むほど、
でも彼女は止まれない。強くならなければいけないから。
やがて安倍櫻は特級術師になった。ここまで来れば基本的に任される任務は単独になり、さらに捕食を進めた。
九十九由基とも遭遇したが、「すみません、そういうのは
眠れない日々が続くようになって、人間のご飯の味がしない。カーテンを開けて朝日を見ても深海二万マイルにいるような暗闇が常にある。出かけた先で何を食べようかというワクワクとか、うざいテンションの五条に絡まれた時のムカつきとか、歌姫に「特級術師になるなんてお祝いしなくちゃね!」と言われた時も虚無感の前では無味だった。
まるで自分がさなぎの皮に包まれてしまったようだ。彼女は目を閉じてドロドロに溶けていく。その拍子に彼女が大切にしていたものも溶かされていくのだ。
ただホットドッグマンだけは手に握りしめて、いやしい溶液に手出しさせない。だってこれは彼女のものだから。
櫻が積み上げたものが、とうとう斜めに倒れていった。
「というわけで殺されに来ました」
「というわけで、で殺されに来んな」
「デートしませんか?」とねこだましを食らわせた櫻は、人気のない山奥に五条を拉致した。こちらの技の優先度はプラス三。いくら最強の男でもそう簡単には避けられない。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした五条は、「デート…?」とニ、三回彼女に聞き返していた。
タクシーに乗って、長いこと揺られる。夏油や歌姫と同じ任務で同乗することはよくあったが、思い返せば五条とははじめてかもしれなかった。運転手は美男美女が乗った沈黙の車内に居づらそうにしている。県道の傍には海が広がっている。薄暗い夜道に二人を残し、タクシーは去って行った。
五条は彼女の空気を感じ取っていて、前を歩くその背中が親友の姿と重なった。最強のくせして内臓が裏返りそうな気持ち悪さに襲われる。舗装もされていない道は歩くとパキパキと音が鳴った。鬱蒼とした森が不気味なまでに静かだ。こんな場所どこで見つけたのか彼が問えば、「子分が呪霊探しついでに見つけて」と櫻は返した。なるほど。どうりで森にしては呪霊の気配が少なすぎるわけだ。
十分ほど歩き続けると、開けた場所に出た。円を描くようにそこだけぽっかりと木々がない。櫻はその中央に横たわり、天上のシャンデリアを見上げた。突っ立っていた五条はため息をついてその隣に座る。そして冒頭の告白を受けたわけだ。
「お前は…人を殺したのか?」
「殺してませんけど、明日か………それとも明後日か。私はサトゥルヌスのように親しい人間でも食い殺す化け物になってしまうでしょう」
「何だよ、そのサトゥルヌスって」
「こう……しっかりカメラ目線で、子供をワイルドに掴んで頭から貪り食ってる絵ですよ。見たことありません?」
「へー、あれサトゥルヌスって言うんだ」
「ローマ神話に出てくるサトゥルヌスは自分が我が子に殺される予言を恐れて、五人の子供を全員食い殺してしまうんです。まるで私みたいだなぁって。シンパシーを抱きました」
「でも、殺してないんだろ」
「だからこそ、殺してほしいんですよ」
彼女が死ねば、その死体から往生際の悪い虫が生まれる。生まれるはずだ。そいつを処分するには確かな力を持つ五条が適任だった。ゆえに彼女は自分の死刑ボタンを彼に任せている。
「私が化け物に変身する前に、確実に殺してほしい。私が誰かを殺してそれを知った七海くんが悲しむ前に、殺してほしい。だからお願いします、五条悟」
死体は海に流してほしい。彼女の涙は広大なその中に紛れて、跡形もなく消えるだろう。体は魚に食い散らかされ、畜生の栄養になる。ひとかけら残った骨は海中に深く沈んで、ひっそりと深海魚と同棲生活を送るかもしれない。もしかしたら、数多降る流星群の一つが彼女の側に落っこちてくるかもしれない。
「………分かった」
五条は頷いた。その顔が夏油の離反を聞いた時と同じものかはわからない。ただ櫻はこの男にとって、自分は確かに内側に入れられていたのだと感じた。それがさなぎの中から顔だけ覗かせている今の彼女に、小さな温もりを与えた。
「ただし俺に勝ったらな」
「えっ?」
特級呪術師二人のドキドキッ! 真夜中のバトルが始まった。