腹凹毒蟲【Q】 作:アンディライリーのうさぎ
烏色の髪にビィドロみたいな真っ赤なおめめ。パッツン前髪日本人形。
そんな愛らしい見た目の幼女は、今日も元気に黒い異形をパクパクもぐもぐ食べていた。
ある宗教組織が行った『蠱毒』。蠱毒とは古代中国で用いられたという呪術で、古来の日本でも禁止されていた。概要はムカデやヘビなどゲテモノを同じ容器で飼育し、共食いをさせて作る呪いである。
この宗教組織は「アオムシ様」を崇めている。アオムシ様は人に混じり、呪霊を食べるほど強くなる。そしてその人間が死んだ後は死体から小さな芋虫が生まれ、この芋虫を「アオムシ様」にするために蠱毒が行われる。
いつアオムシ様が生まれ、またこの蠱毒の育成方法が採用されたかは組織の文献にもないため定かではない。
ただ言えることは、
櫻は組織ツテで見つかる呪霊を食べながらすくすく育った。彼女の──というより、アオムシ様の術式は『
ただ櫻はこの名前が気に食わなかったので、ちょうど女中が読み聞かせていた絵本からとって『
櫻の記憶にあるヘンテコメガネのおじさん、「ナナミン」とはいったい何者なのか。彼女が記憶を辿ってもこの人間と会ったことはない。あんなメガネを付けていたら絶対に記憶に残るはずなのだ。
「ナナミンってしってる?」と聞けども周囲は首を傾げるばかり。「それはきっと空想のお友達でございますよ」と誰かが言った。「ナナミンはおじちゃんだよ?」とパチクリお目目で返すとそいつの笑顔が固まった。
結局ナナミンの正体は分からなかった。彼女はモヤモヤを抱えながら今日も信徒に取り憑く呪霊を食べたり、障子に「アタタタタ!!」と穴を開けたりして過ごす。
アオムシ様としての洗脳教育も受けた。人間の苦しみを取り除くのがアオムシ様の使命であり、彼女が生まれた理由。
“パフォーマンス”の日はしかし憂鬱だ。集会に集まった信者たちは祭壇に座るアオムシ様を見てニコニコ笑う。櫻は両手両足を拘束され、目も耳も聞こえない状態にさせられている。アオムシ様、アオムシ様。崇める声はメロディーとなる。椅子から地面へ下ろされた彼女は、傅く一人の人間に体をよじらせて近づく。芋虫みたいな動きだ。全身の筋肉を懸命に使って動いて、呪霊の気配がする場所に向かって大きく息を吸い込み、そのまま飲み込む。
体の軽くなった人間は歓喜した。アオムシ様、アオムシ様!アオムシ様がまた民をお救いになった!
狂気の渦の中心で、櫻はゴディバが食べたい気分だった。
イマジナリーフレンドナナミンが、夢の中で彼女に「後ろは任せました」と呪霊を鉈でぶつ切りにしていく。存在しない記憶だ。
最後は河原で寝転がって熱い友情が芽生えた。相変わらず奇天烈メガネはそのままだ。どうやって装着しているのか謎である。
ナナミンは体を起こし座ると、彼女に微笑んだ。作り物みたいに綺麗に笑う。「ナナミンはだれなの?」と聞いてみたが答えはなかった。
逆光がナナミンを覆う。真っ黒になったその姿に櫻は小さなおててを伸ばした。なぜだか腹の底から身震いするような悪寒が登ってくる。伸ばす手を戻して自分の腕をさすりたいけど我慢した。
櫻はぼんやりとすることが増えた。周囲もその異変に気づき「どうされたのですか?」と話すと、彼女は「ナナミンがね…」と存在しない感動と希望に満ちた王道の少年漫画みたいな記憶を話す。
そんな日々が続いたある日、屋敷に“曲者”が現れた。使用人曰く、アオムシ様の彼女を狙って来たらしい。
促されるまま逃げて、逃げた先で彼女は曲者に腹を刺された。彼女は呪霊を食べた分だけ強くなる。しかしまだ等級の低い呪霊しか食べていない彼女は弱かった。だからこそ屋敷の中で囲われて、蝶よ花よと育てられていた。
意識が遠のく。体はピクリとも動かない。畳に血が染み込んでいく。耳の奥で耳鳴りの虫が鳴いていた。ゆったりと終わりへ流れる意識の中、五感が急速に冴えていく。
「供物の記憶が一部混じってしまったようだ」
それは聞き覚えのある声だった。信者の中でも偉い人間の声だ。
ただイマジナリーフレンドナナミンが、生贄になった誰かの記憶を引き継いだものなのだとわかった。ついでに自分が処分されそうになっているのも理解した。
死にたくない。その思いに応えるように流れ出た彼女の血から黒い虫が生まれる。ムカデやらゲジやら、百虫どもがお上品に列をなさずあっちこっちと這い出す。彼らの役割は女王様にご飯を届けることだ。さぁ行進せよ、おぞましき軍隊!日進月歩で畳や屏風を侵略せよ!
そうして百虫たちは怒涛の活躍を見せ、屋敷の人間たちに襲いかかり次々と殺して行った。それからせっせと屍肉を食べて摂取した栄養をご主人に持ち帰る。死にかけだった櫻の傷は次第に塞がり、それどころか意識を取り戻した時には元気百倍だった。
起き上がった彼女は自分の体の異変に首を傾げつつ、屋敷の中を回った。血の痕跡はあれど誰もいない。その人間どもが自分の栄養になったことを知らぬまま、しばし考えた彼女は「……………まぁいっか!」で済ませた。だって幼女だもの。詳しいことは知らん。殺されそうにはなったが、それを恨むほど器は狭くない。というかどうでもいい。彼らの死は彼女にとってうっかり踏んづけてあの世へ送ってしまったアリと大差ない。それくらいのスルースキルがなければ芋虫プレイ(聴衆の目前)をノーダメで過ごせない。
「よぉ〜し!おそとにいこ!!」
これまで屋敷から出たことのなかった櫻は外へ出た。張られていた結界は元気百倍サクパンマンのパワーで破壊される。そうして山の中を歩き回り腹が減ったら呪霊や獣を食い殺し、いつの間にか人間がたくさんいる場所へたどり着いた彼女は都会に怯えた。食えない生き物(車)だったり、夜でも明るい人工灯だったり。路地裏が一番落ち着いた。すっかりヤマのサバイバルで野生に帰っている。
彼女はその後児童養護施設に引き取られたが、人との関わりを拒んだ。人間のことが「どうでもいい」と思いつつも、信用ならない生き物だと知っている。
それに加え呪霊が視え、オマケに食える体質だ。職員や子供たちは不気味がったが、唯一院長だけは彼女に優しかった。深い皺を顔に刻んで、いつもお日様の匂いを振りまいていた。院長は抵抗する彼女に傷だらけになりながらもお風呂に入れたりあったかい食事を与えたり、真心を尽くした。
でも、でも──と櫻は首を振る。いつどす黒い本性を見せるかわからない。
彼女を不気味がる奴らがからかってきてボコボコにした時は、院長はとうとう本性を見せ彼女を叱った。「暴力はいけません!!」と言いゲンコツを落とし、少年たちにもゲンコツを落とした。それから院長は少年たちが櫻に悪口を言ったことを説教した。
悪口を言われたら相手は傷つく。それでも暴力を用いたら、それを行った方が悪いことになってしまうと。
説教が終わった後、櫻はピューと吹くジャガーのように消えて押し入れの中でブスくれた。機嫌が悪くなった時の定位置である。院長の言葉が頭の中を回る。自分は悪くない。悪くないのだと顔を膝に埋める。
トントン、とノックがした。「開けていい?」と声がする。いい匂いがしたから彼女が開けてしまうと院長がそこにいて、手にお菓子を持っていた。
「みんなにはナイショよ」
「…ないしょ?」
「そう。ナイショ」
包装を解いてクッキーを口に放り込む。チョコの味がビビビッと口の中に広がった。甘くて、甘いけど、その甘さに絆されてはならないと彼女は堪える。櫻にはイマジナリーフレンドナナミンしかいないのだ。だから、
でも、ぎゅっと抱きしめられて背を優しく叩かれて、瞳からなぜか涙が溢れてくる。
「う、ううっ〜〜〜!!」
「いっぱい泣いていいのよ。あなたは子供なんだから」
櫻は大声で泣いた。彼女はその日はじめて、ただの子供になった。