腹凹毒蟲【Q】   作:アンディライリーのうさぎ

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十九話 虫虫大行進(むしむし大パニック)

 ポケモンでロケット団がピカチュウの攻撃で吹っ飛んでいくのはおなじみだろう。バイキンマンやドロンジョたちも正義に負けて吹き飛ばされている。

 

 実際にそんな吹っ飛ばされ方をした櫻は、「マジかこいつ」と思った。五条は初撃で地面ごと櫻を吹き飛ばし、帳を下ろした。おいおい勝手にそんな事していいのか。後で高専にバレたら面倒になること間違いなしだ。というか今の彼女には愛用の巨大ハンマーがない。

 

「クッソ……!!」

 

 木々がクッションになり大きなケガはない。手や足のかすり傷から百虫たちが蠢き出した。

 

 やるしかないのか? 相手はオート防御持ちで接近戦は意味がない。百虫もたとえいくら小さかろうが呪力が込められている以上、六眼の目に映る。夏油のようにこっそりと這わせて毒を注入させるのは無理だ。

 

「ちなみに」

 

 思考は一瞬だったが、すでに彼女の頭上に五条が浮遊していた。闇の中でも蒼い目が輝く。

 

 

「あんたが負けたら、僕の言うことな〜んでも聞いてもらうから♡」

 

 

 ニィ、と笑ったその笑みは少年のようで。彼女の眉間にますます皺が寄った。

 

「術式順転────「蒼」」

 

 青白い光が木々を巻き込み迫り来る。方法は避ける一択で、百虫の一部が吸い寄せられて消し炭になった。

 

(どうすればいいどうすればいいどうすればいい?)

 

 ふくらはぎに力が入る。筋肉の一つ一つが送られた酸素を最大限に取り入れ、最高のパフォーマンスをする。地面をえぐりながら逃走を続ける櫻は考える。特級に至ったそのフィジカルは本物だ。相手の鬼畜オート防御がなければダメージはそれなりに入れられるかもしれない。──いや、相手は五条悟。世界に愛された男だ。素の身体能力でも圧倒される未来が見えた。

 

(なら、なら方法は………)

 

 考えて考えて、方法は一つしか出て来なかった。

 

 

 木が次々と薙ぎ倒れる。土埃が舞う中、呪力を感知する場所に向け順転を放とうとした五条の手が止まった。先ほどまで、海に帰ろうと浜辺でピョンピョン跳ねる魚のように活きがよかった居場所が変わっていない。空気がひんやりとした。

 

「やっぱ、使えるか」

 

 土埃の中から長い黒髪が舞う。派手に逃げた割にはその白い肌には傷ひとつない。服は至るところがボロボロになっているというのに。

 

 両の手の甲を下にし、人差し指と親指をつけ、さらに人差し指同士をつける。ほかの指は重なるように伸ばされていた。紅い目が射抜くように五条を捉えている。

 

 

「領域展開────」

 

 

 それに合わせるように、五条も印を結んだ。

 

 

「『百虫夜行(ひゃくちゅうやぎょう)』」

 

「『無量空処(むりょうくうしょ)』」

 

 

 二つの領域が広がり空間を覆う。五条の『無量空処』は知覚・伝達・行動のサイクルのうち、“知覚と伝達”が無限に終わらないため、相手は膨大なデータを流し込まれながら考えたことを行動に起こせなくなる。また莫大な情報は脳に深刻な影響をもたらす。人間であれば耐え切れるのはほんの一瞬。それ以上は壊れて廃人となるだろう。

 

 対し、櫻の領域には暗闇に全身を包帯に包まれた巨大な赤子らしきものが浮かんでいる。彼女が立つ場所は紅い血のような海に変わり、そこに夥しい数の人間サイズの虫が今か今かと獲物を待つように蠢いていた。

 

「……堪えるか」

 

 五条を前にして、歯を食いしばりびっしょりと汗をかきながら領域の押し合いを続けて見せる。だが、と五条は一気に押し進めた。おどろおどろしい世界が片隅に追いやられていく。一瞬で意識を奪う。その刹那を彼は見極める。

 

 

『アァァアア!!』

 

 

 その時、赤ん坊が泣いた。

 

 

 

 赤ん坊が泣いた途端、一気に血の海が広がった。目を見開いた五条の歯が軋む。赤ん坊が泣いた? 押していたのが嘘のように押し返される。櫻の呪力に禍々しさが増し、彼女の体に無数の百虫が絡み付いてその体を覆っていく。

 

「赤ん坊は()()泣く。もうすでに一度泣いた」

 

 彼女の体が紅い血の海に沈んでいく。

 

「すべて聞いた者は極楽浄土へと導かれるでしょう。脱出する方法はただ一つだ、五条悟」

 

 世界が百虫渦巻く夜の到来を告げる。

 

 

「正解の虫を探して、ブッ殺せ!!」

 

 

 蠱毒へと、五条は招待された。

 

 

 

 

 


 

 

(あのデケェ奴に攻撃は効かない……か)

 

 すでに赤子は三度泣いた。五条は「赫」を巨大な赤ん坊にぶっ放してみたが、当たっているのに当たっていないという不可思議な現象が起きている。ここは()()()()ルールなのだと彼は理解した。

 

 巨大な虫は次々と五条に群がってくる。こいつらは正直ザコだ。パンチ一発で余裕で葬れる。問題は数と、なおも血の海から虫が生まれ続けることだ。

 

 赤子がまた泣いた。四度目だ。

 

(呪力の流れもばらつきはあるが、特別一体だけ変な奴がいるってわけでもない。沈んで行った先輩はどこに行った? 血の海全体が濃い呪力を含んでいる。………それにミイラの赤子だ)

 

 あきらかに四肢がない。顔には『百虫毒蟲』という札が貼られている。泣いてこそいるが、赤子の口元は一切動いていない。あれは呪霊とはまた気配が違う。人間でもない。もちろん宇宙人でも。

 

 ハァ、と息を吐いた五条は五度目の泣き声を聞きながら、空中に上がり辺りを一掃することにした。

 

 

「────虚式「茈」」

 

 

 一瞬にして百虫が消え去った。それどころが血の海が深くえぐれ、血の雨が降る。それを浴びながら、蜂の幼虫のようにうぞうぞと蠢いて湧き出す虫に、五条は「おえっ」と舌を出した。効果がない。六度目の泣き声が聞こえた。

 

「………」

 

 領域は解かれていない。つまり正解の虫は倒せていない。五条は思考を巡らせる。六眼に映る呪力の流れや、この世界の本来の領域とは質の異なる異様さ。それらを考えて、再度赤子を見た。

 

「……まさかな」

 

 さらに上に登って、赤子の上に降り立つ。七度目の泣き声。「虫を探してブッ殺せ」と安倍は言っていた。五条はぶっ殺してはいた。でも「探す」っていうのは、もっとどこかにあるはずのものを“動いて”探さなくちゃあならない。

 まさかなまさかな。独り言のように呟く。

 

 

「あ゛ぁっ!!」

 

 

 彼の声に芋虫が飛び跳ねる。五条の足元で小さな芋虫がニョキニョキ這っていた。それを五条が踏み潰そうとするが、逃げた芋虫が決死の覚悟でジャンプする。そこは下だ! 八度目の声。

 

「おいこらテメェ! 待ちやがれェ!!」

 

 五条も思わず飛び降りて、その芋虫を捕まえ────否。

 

 

 握りつぶしてしまった。

 

 

 その時の五条の頭の中には、鎌爺にえんがちょを頼む千の姿が走馬灯のようによぎった。

 

 

 

 

 


 

 

『百虫夜行』が解けた。腕を掲げて苦悶の声を漏らす五条は、精神的ダメージで地面を転がっている。

 

「ふっざけんな! 握りつぶしちまっただろうがァ!!」

 

「私に言われても」

 

「おいえんがちょ! えんがちょしろ!!」

 

「できません」

 

「ハァ!!?」

 

 ブチ切れた五条は立ち上がり、下を見た。なんとそこには四肢のないダルマ女がいるではありませんか。根本からちぎられたように存在せず、傷口を治そうと虫が蠢いている。潰した虫の気色悪さは五条の頭から吹き飛んだ。これがNO倫理式ショック療法である。

 

「なん……」

 

「なにぶん領域の力が強いので、代償で四肢を持っていかれます。これでも体が治る私って、化け物ですよね」

 

「………」

 

「大丈夫ですよ。本当に殺す気なんてなかったですから。でも、私ちゃんと強くなってましたよね?」

 

「お前……バカ、じゃねぇの」

 

「バカって言った方がバカなんですよ。ご存知ないんですか? それにあなたもマシンガンじゃなくて水鉄砲を撃つ感覚で戦ってたじゃないですか」

 

「……ハァ、お前の負けでいいな?」

 

「ハァイ!」

 

「カービィ見たく言うんじゃねぇよ!!」

 

 

 負けは負け、仕方ない。櫻はでも、少しだけ気分が軽くなった。自分がきちんと強くなれているのを知れたから、報われた気持ちになった。今すぐ死のうと思っていた気持ちは、次の朝日を拝んでいいかもしれない。そう思えるくらいにはなっていた。だがおそらくドーパミンがキマっているせいで今はイイ気分になっているが、翌日からは鬱モードに移行するとも思う。最高に躁にウツってやつだ。

 

「それで、私はどうすればいいんですか?」

 

「なに、簡単な話だよ」

 

 

 家族を作ってもらう。

 

 そう言った五条に、櫻は目を丸くした。

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