腹凹毒蟲【Q】   作:アンディライリーのうさぎ

38 / 42
クロネコ溶けた

 伊地知はかつて呪術師志望の高専生だった。しかし二つ年上のデリカシーがない男の発言によって落ち込みながらも救われ、今は有能な補助監督として働いている。

 

「ハァー……」

 

 本日五条の任務に付き添わなければならない彼は朝から気が重かった。同じ補助監督仲間からは五条関係で非常に頼りにされている。そのため任務に同伴することも多く、運転中に突然「僕アイス食べたいなぁ」と言われ、パシられることも多い。

 

 時計を見るが、予定の集合時刻を過ぎている。伊地知はまたため息をこぼした。結局五条が着いたのは予定から一時間後のことだった。

 

「遅いですよ、五条さん…」

 

「いやぁ〜、タイマーセットするの忘れちゃってさぁ」

 

 五条の髪はいつもより五割マシで跳ねている。寝坊して髪をとかさぬまま来たのだろう。いや、そもそも梳かしたところでエンドレスで跳ねるであろうツンツンヘアーだ。梳かす意味がない。銀さんの天パのように逃れられない運命なのだ。

 

「伊地知、お前しっぺとデコピンどっちがいい?」

 

「え゛っ!?」

 

 考えていたことが見透かされていた伊地知は、丸めた紙で頭を叩かれた。

 

 

 

 夜の9時ごろに任務が終わり、高専に向かって車が走る。後部座席の五条は腕を組んで黙っている。伊地知はバックミラー越しにその姿をチラリと見た。目隠しのせいで果たして寝ているのかどうか分かりにくい。

 

 任務後の呪術師が疲れで居眠りすることはよくある。高専生のそんな姿を見た時は、伊地知は複雑な気持ちになる。

 

 子どもを危険な場所に送り届けたのは彼で、行きや待っている間は罪悪感や申し訳なさで胸がいっぱいになる。

 

 だからこそ「お疲れさまです」と熟睡している生徒たちの顔を見るたびに思う。帰りは行き以上に安全運転を心がける。車の些細な揺れも起こさないよう、前の道を分析してコンクリートの繋ぎ目や穴を避けて通る。

 

(!)

 

 五条が動いた。嫌な予感がした伊地知は冷や汗を流す。五条はスマホを操作して、何かを見ているようだった。そして数分後顔を上げる。

 

「伊地知、××のコンビニに寄れ」

 

「今から探すと高専に帰るのが遅くなると思うんですが…」

 

「今日発売の新作スイーツがあったんだよ!」

 

「……分かりました」

 

 伊地知の運転中にコンビニをスマホで探すという優しさは五条にはないので、彼は仕方なく車を路肩に停めて最寄りの該当する系列のコンビニを探した。ここから30分ほどの場所にある。伊地知はため息を吐きたいのを堪えて夜道の道路を運転した。

 

 

 しかしお目当てのスイーツは売り切れになっており、当然それで「はい帰りましょう」となるはずがなかった。

 

 二軒目三軒目と探し、ギリギリ残っていた一つを五条が満足気に買ったころには11時になっていた。伊地知はここから高専に帰って今日の報告を纏めて…と考え、涙を流す。眠気に負けないよう軽食と栄養ドリンクに、コーヒーを買う。店員に同情した目で見られたのは気のせいだと思いたい。

 

「えっ?」

 

 車に戻るとコンビニ袋だけ残して五条が消えていた。スイーツを買うついでに週刊の漫画雑誌を買っていた男はどこに行ったのか。

 

 辺りを探ると、街頭の側でヤンキー座りをし、黒猫を撫でていた。テクニシャンの手つきににゃんこはメロメロになっている。

 

「五条さん、何やってるんですか…」

 

「…あれ、伊地知いたの?」

 

「朝から一緒にいましたよ…!」

 

「ハハッ、ジョーダンだって。なぁ、ニャンコ先生?」

 

「うにゃにゃ」

 

「ニャンコ先生は白いのでは…?」

 

 腹を撫でられているニャンコ先生(仮)の肉球はピンクだった。毛並みがいいためどこかの飼い猫か、あるいはコンビニの近くにいるので、その犯罪級のかわいさを以ってして餌を客からせびっているのかもしれない。

 

 どちらにせよ、その肉球を見た伊地知は触りたい衝動に駆られた。この疲れた心を癒してもらいたい。

 

 

「あの、五条さん、私も……」

 

「あ゛ぁん?」

 

「猫も触ったらダメなんですか私は!?」

 

「に゛やっ!!」

 

 伊地知の声に驚き、ニャンコ先生は暗闇に紛れるようにして逃げて行った。あーあ、と五条が呟く。

 

「フラれちゃったね、伊地知」

 

「ニャンコ、先生……」

 

 あとで猫カフェに行こうかな、と伊地知は思った。ついでに仕事柄なかなか作れない彼女に対しても思いを馳せた。おそらく付き合うとしたら一般人は難しい。補助監督でいい方は……と考えても、職場恋愛は避けた方がいい。仕事と恋愛は分けるべきだ。

 

(この人には奥さんがいて羨ましいな…)

 

 猫が消えた方角を見つめる五条に視線を向けた伊地知。そこでふと襟に目がついた。身長差の分、普段は見えないうなじが相手が座っている関係上、今はよく見える。

 

「………ッ!!!」

 

 目を見開いた彼はズザザッ、と後ずさった。それに気づいた五条が胡乱な視線を向ける。色々と伊地知の中でピースが繋がっていく。五条は朝ボサボサな頭で遅刻した。ついでにあのうなじだ。

 

「何顔真っ赤にしてんの? …………まさかこの僕にッ「違います!」……じゃあなんだよ」

 

 言っていいものか伊地知は悩んだ。その間に推理し始めた五条は自分のうなじに触れ、口を開いたままフリーズした。「いや、まさか」と独りごちている。

 

「……そのっ、私は何も見ませんでしたので…」

 

「蒼と赫、どっちがいいか選べ」

 

「デッドオアデッドじゃないですかッ!!?」

 

 伊地知の赤かった顔は、今度は真っ青な顔に変わった。

 

 

 

 それから深夜に家に帰った五条は、いかにも「怒っています」な雰囲気で玄関に立つ相手を睨んだ。寝ている相手にイタズラした制裁をしなければならない。「七海のとこに行かせてもらいます!」と彼は言う気だった。

 

「おかえり、五条くん。食べたがってたスイーツ買ってきたからさ、一緒に食べよ?」

 

 五条の反抗期は一瞬で終わった。

 

 

 

 

 


 

 

 高専に入った一年生は混乱していた。「あぁ、この人やっべぇぞ」とすでに共通認識な最強先生が、前と後ろに赤ん坊を装備して教室に入って来たのだ。

 

 五条先生と赤ん坊の組み合わせ。亀毛兎角の如き話だ。しかしいくら目を擦っても、やはり教壇に立つ男の前と後ろに赤ん坊がいる。

 

 後ろの赤ん坊は寝ていて、前の赤ん坊はぱっちり目を開けてキョロキョロと首を動かしている。前の赤ん坊と目が合った生徒はハッとした。顔が五条とクリソツだ。つまり──。

 

 

((兄弟………!!!))

 

 

 全員の意見が一致した。一般家庭の生徒はあまりピンと来ないが、呪術家系の家の出の者なら親子ほど歳の離れた兄弟というのはたまにある。例えば冥冥も弟と20歳近く歳が離れている。

 

「午後は模擬戦をするからジャージに着替えといてね〜」と、ガラガラを鳴らしながらティーチャーは去っていった。生徒たちは五条が消えたのを見計らってから集まり、この件を話し合う。

 

 

 夢じゃないことをまず確認する。現実を理解できてくると、なぜ先生が赤ん坊を持ち歩いているか疑問に思った。

 

「できた兄弟を見せびらかしたかったんじゃないか?」との意見が出る。一理ある。前の子どもは五条をそのまま赤ん坊にしたような顔つきだった。

 一方後ろの子どもは黒髪で、片目が長い前髪で隠れていた。こちらはあまり五条と顔つきが似ていなかった。

 

 また他の意見で「先生の元が一番安全だからでは?」との話が出た。確かに最強のお兄ちゃんだ。五条家としても安心して預けられるだろう。

 

 

 かくして、時折赤ん坊を運ぶグレイトティーチャーの姿が高専で見られるようになった。

 

 まだ彼らは知らなかった。双子が五条の兄弟ではないことに。

 

 

 

 

 


 

 

 生まれた子どもは二卵性の子どもだった。五条とそっくりの女の子と、黒髪でどちらとも似ていないが可愛らしい顔立ちの男の子だ。

 

 懐妊した子が双子と聞いた五条家は苦い反応を示した。禪院家ほどではないが、古い歴史を持つ五条家にも“双子=忌み子”の考えが未だに残っている。特に二卵性双生児は前世で心中した男女が生まれ変わって一緒になった──と考えられ、嫌われていた時代があった。

 

 また通常の兄弟姉妹の遺伝子確率が25パーセントなのに対し、一卵性は100パーセントの確率で一致して、二卵性は50パーセントの確率で一致する。

 

 

 ここで要になるのは呪力と術式が分散するか否かだ。禪院家の真希と真依は一卵性で“元は一人だった”と認識できる。ゆえに真希は不完全な天与呪縛とわずかな呪力を持ち、真依は不完全な術式を持った。

 

 対して二卵性はどうだろうか? 呪力や術式は遺伝子情報に組み込まれているわけではない。もっと非科学的なものとして認識する必要がある。

 

 一つの胎に二人の子ども。そこで呪力と術式の分散が起きると考えれば、前述した姉妹のような分散が起こりうると考えられる。

 

 もちろん二卵性の美々子と菜々子のように、それぞれが術式を持つ場合もある。ただしこの二人ももしかしたら、元はこの二つの術式が一つだった力を分散された可能性もある。

 

 

 上記の理由で五条家は“胎”としての櫻の価値をさらに下げざるを得なかった。元から中々妊娠せず微妙な関係になっていたのが、この妊娠を機に彼女は五条家へ顔を出さなくなった。このような態度を彼女が取ったのは、妊娠中で精神が不安定だったのも理由にある。

 

 結果生まれたのはアースアイを持った女子と、片目を持たない黒髪の男子である。

 

 櫻は絶対に子どもを連れて行かないと決めていたし、五条もそれで納得していたので、未だに本家に連れて行っていない。

 

 

 

 それでだ。現代最強の子どもともなれば、弱みを握るために狙う輩も当然出てくる。櫻が五条家の手を借りたくない以上、彼女か悟が守る必要があった。

 

 よくよく考えれば五条悟に喧嘩をふっかけようなんて愚行は起こさないだろう。だが呪詛師には五条をハンガーラックにしたくて堪らないようなイかれた奴が多い。

 

 ということで子の面倒は基本的に櫻が見て、余裕があったら五条が見ることになった。櫻は引退はしていないが、呪術師を休業している。

 

 買い物に行ったら呪詛師に狙われたこともあるが、常に周囲に張り巡らせている虫の毒ですぐに倒す。ある程度情報を吐かせたら高専に引き渡し、面倒だったら殺して虫の餌にしている。

 

 

 そんな双子は意味のある言葉を喋るようになった。妹の方は櫻を見て「まっま」と話し、赤ん坊を見に来た七海を見て「ぱっぱ」と話す。櫻も教えた覚えはないのだが、なぜか七海を「ぱっぱ」と言う。肝心のぱっぱは「ごじょー」呼びだ。五条は頭を抱える猫ミームのようになり、七海を見かけるたびに胸ぐらを掴むようになった。

 

 一方で妹より成長が遅い兄は櫻を「まま」と呼び、五条を「おとちゃ」と呼ぶ。感情のジェットコースターでおとちゃは死んだ。

 

 

 やがて双子は歩けるようになった。本来なら幼稚園や保育園に通わせ社会性を身につかせたいところだが、それは難しい。だが社会性を学ばせないと遅かれ早かれ第二、第三の五条悟ができあがる。櫻的にそれは勘弁願いたかった。すでに第二の五条悟の片鱗を妹の方は見せ始めているのだ。イヤイヤ期の到来である。

 

 兄の方はおとなしく反抗期の素振りがまったくない。内向的な性格で人見知りが強く、家で遊ぶことを好む。

 

 外向的な妹は外で犬のように駆けまわり、転んで大泣きして…という具合だ。唯一七海の前だとおとなしくなる。彼を「ぱっぱ」とは言わなくなったが、「すき!」と言うようになった。七海の胃は痛くなるばかりだ。

 

 

 色々と考えた櫻は一つの名案を思いついた。高専に「保育施設を作っちゃえばいいじゃん」と考えたのである。ここなら天元の結界もあるため呪詛師に襲われることもまずない。

 

 さらに相当数いる補助監督の中には幼い子を持つ者もいる。そういった職員のためにも、24時間対応の保育施設を設立することになった。福利厚生として保育料は高専側が全額負担する。新しい改革を通せたのは五条の力もある。この改革に子がいる職員からは歓喜の声が上がった。

 

 この施設のおかげで櫻も呪術師に復帰することができた。ただし仕事より育児を優先している。

 

 

 そして3歳になった妹の方が、術式をはじめて使った。保育園で遊んでいる際、怪我をした子どもの傷を治したのである。呪力量も並外れて多いため、将来のヒーラーとして期待されている。

 

 

 

 

 


 

 

「なんか引っ付いてねぇか?」

 

「引っ付いてるな」

 

「しゃけしゃけ」

 

「子ども…?」

 

 外を歩く五条の姿を見かけた一年の四人組は、教室の窓から身を乗り出してその様子を見つめていた。長い両足に黒と白の小さな子どもがしがみついている。子泣きジジイの子ども版のようだ。「子泣きジジイって何?」と尋ねた乙骨に、パンダは大仰にため息をついて「お前ゲゲゲの鬼太郎見たことねぇの?」と話した。

 

「仕方ねぇな。今度俺のDVD貸してやるよ」

 

「Blu-rayじゃねぇのかよ…。私も見たことねぇから後で貸せよ、パンダ」

 

「明太子!」

 

「じゃあ憂太の次が真希で、真希の次が棘な」

 

 いつの間にかDVDを貸りることになっていた乙骨は苦笑しながらも「ありがとう…」と返す。四月にこの高専へ転校したばかりの彼の部屋には、そもそもDVDを見る機器がない。彼の考えを読んでいたのか、パンダは高専側に頼めば機器を取り付けてもらえることを教えた。

 

 

 DVDの貸し借りの話をしている間、グレイトティーチャーがいつもの軽い調子で教室に入ってきた。やはりそこには白と黒の子どもが二人いる。気になった乙骨は三人へ視線を向けた。それぞれこの子どもが何者か知っている様子で、戸惑う彼を見て楽しんでいる。

 

 乙骨は仕方なく、真相を確かめるためおそるおそる手を挙げた。

 

「あのっ…先生、その足の子どもたちはいったい……」

 

 乙骨がそう話した瞬間、白い方が「しーっ!」と指を口元に当てた。ツンツンした白髪に、その青やオレンジが混ざった不思議な色の目に乙骨は驚く。同時に彼の中でこの子ども二人と五条の関係性が繋がった。兄弟か、親戚の子どもだろう。特に白い子どもは五条をそのまま小さくしたような見た目をしている。

 

 白い方は「ゴジョーは私たちにきづいてないの!」と続け、黒い方が小さく頷いた。何やらそういう遊びをしているようだ。乙骨は微笑ましい光景に思わず口角を緩める。

 

 彼は「わかった」と言う代わりに頷き返し、視線を五条に移した。そこではたと気づく。二人を見て優しい笑みを浮かべる男の表情に、乙骨は先ほどの推測を取り消した。五条の左手を確認したが、薬指には何もない。しかし……。

 

 チラ、と三人を見ると、それぞれ「うんうん」と頷いていた。

 

 

「先生って、結婚してたんですね……」

 

「あれ、憂太は知らなかったっけ?」

 

 

 乙骨はハァー、と息を吐きながら、娘に「ゴジョー」と呼ばれる男にほんの少しの同情心を抱いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。