腹凹毒蟲【Q】 作:アンディライリーのうさぎ
呪術界御三家の一つ五条家に生まれ、一族相伝の術式『無下限呪術」と呪力を詳細に見ることが可能となる『六眼』の二つを持って生まれた五条家の坊ちゃん。名は五条悟。
容姿もまた優れ、時代の寵児を五条家の人間はそれはもう甘やかした。幼いながら縁談の話は後を立たず、場を設けると少女たちは少年のご尊顔にたちまちハートをつかまれた。扇をあっぱれの弓さばきで射抜いた那須与一もビックリな的中率である。
何もかも持ち合わせた坊ちゃんにはしかし、友達がいなかった。
呪詛師から目をつけられ巨額の懸賞金をかけられている坊は、そう簡単に外出することができない。さらに甘やかされて育ったせいで性格もひん曲がっている。彼の為すことすべてが肯定される。それが許される力を持っている。
縁談の話を了承したのだって、歳の近い子供と友達になれると思ったからだ。この際少女でも遊んでくれるなら構わない。期待を胸に寄せてのぞんだ話し合いはしかし、つまらなかった。護衛がガッツリと周囲を固めているのは仕方ない。だが相手の話がつまらん。もっと鬼ごっことかかくれんぼとか、そういった遊びがしたい。
だからはじめはちょっとしたイタズラのつもりで、物陰から飛び出て相手を驚かせた。そうしたらそのまま遊べると思った。しかし驚いた少女は「悟様は溌剌な方なのですね」と着物で口元を隠して微笑するばかり。媚びた笑みも態度も正直うんざりだ。そいつの高そうな着物の尻が土で汚れたことだけが少年の成果だった。あとは空っぽ。
それからイタズラは加速した。隠し持った泥団子を投げたり、池に落としたり。五条の坊ちゃんは決して叱られず、そのような態度を取らせた相手がその両親に叱られていることさえあった。
澄んだ晴天の如き瞳の割に、その心はいつだって曇天模様。もう相手の少女と会うこともやめようと思った。
そんな時、ある家の養女と会うことになった。その家は嫡男が術式も持たずろくに呪力も使えず、家の存続が危ぶまれていた。子をこさえようにもすでに夫婦は年配。そこで養子がもらわれたのだ。大方いいところに養子を嫁がせ家の立場を安定させつつ、嫡男の子供に期待しているのだろう。相伝の術式を持つ人間から同じ術式持ちの子が生まれる──と、そう簡単な話でもないからだ。ろくに力を持たない奴から金の卵が生まれることだってある。
まぁ他人の家のことなど、五条の坊には関係ない。家の都合で利用される少女たちなんて何人も見てきた。まだ十にも満たない子供は呪術界の腐った味をよぉく味わされている。
今回はどんなイタズラをしてやろう。それが最近の“楽しみ”にさえなっていた。
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気持ち悪い、ってのが第一印象で、六眼がかすかに痛んだ。
そいつの呪力は呪霊のようなおどろおどろしさがあった。けれど神社仏閣で感じる神仏の厳かさと威圧感もある。人の形をした呪霊か──でも呪霊だったら家に張られた結界で侵入することはできないし、できるレベルの呪霊が侵入したら今頃屋敷は騒ぎになっている。
ならば人の姿をした神?いや、神が「美味しそうな鯉ですね」なんて言うわけがない。それこそ神に誓っていい。
だったらこいつは人間だ。納得がいかないけど。
「……おまえ、名前は?」
「
うさぎみたいな赤い目だ。うさぎはでも、目が赤かったら俺みたいに毛は白いだろ。髪は黒くて長かった。前髪は眉毛の下あたりでバッサリと一直線に切っている。
例えるならそうだ、日本人形。そいつが電池式になって歩いているみたいな。顔の造りはまぁ及第点。
見れば見るほど人間じゃないよ、こいつ。マジでなんだこいつ。キショいぞ。
「そんなに鯉が食いたいなら焼いて食う?」
「いいんですか!?ではぜひ」
ではぜひ、じゃねぇよ。宇宙人に遭遇した人間もこんな気持ちになるのかもしれない。横目で護衛を見たらいつもの「悟坊っちゃまの思うままに」な目をしていた。これは俺が試されてるんだろうか。この宇宙人は事前に俺がこの見合い話に飽き飽きしているのを知って、あえて“おもしれー女”を演じて俺の気を引こうとしているのか。そうだよ。コイツだってそこらの雑草な女たちと同じに違いない。今その証拠を見せてやる。
魚を取って焼けば、たちまち化けの皮が剥がれて困惑するだろう。その顔を拝んで今日の俺は美酒(オレンジジュース)に酔うことになるんだ。
「意外に鯉ってイケるんだな!」
「これはご内密に………実はカエルの肉も結構美味しいですよ」
「マジ?」
「マジでございます」
七輪の火がもくもくと。宇宙人の女は俺が自然体でいるよううながすと、鯉を頭から食って骨一つ残さなかった。一応お上品には食べていた。でも骨も食べていたからやはり宇宙人であることを証明している。ゼッテー骨なんて食わねぇもん。皮だって食べない。美味しいとこだけフツー食べるだろ。……いや、待てよ。
「おまえ確か俺と二つ違いって言ったよな?」
「はい。櫻は十歳です」
「……そんなデカいのは骨まで食べてるから?」
骨にはカルシウムがある。だからコイツもデカいのかもしれない。身長だけで言ったら女中の奴らにもこれくらいの女はいる。「そうでございますね…」と言いつつ、見下ろす宇宙人の視線は不快だった。俺だっていつか父さまより……それどころか全人類を見下ろす
「私はたくさん食べます。嫌いな食べ物はございません。好きな食べ物も特にありません。たくさん食べるだけそれは己の血肉になり、栄養になります」
「……ふーん」
「ですから仮に五条様に嫌いな食べ物があるなら、好き嫌いせず食べればあっという間に大きくなられると思いますよ」
「べっ、別に好き嫌いなんてしてねーし!!」
「はい。ですから「仮に」と申し上げました」
「ムカつく、おまえ…」
「土下座をすればよろしいですか?」
「ッハ、できるもんならしてみ…」
待てこの宇宙人本当に土下座をした。すっげぇ綺麗なフォームの土下座だ。このサトルでも見たことがない。…ってそんなこと言って場合じゃねぇんだわ。
やめるよう言ったら、すぐに戻って土を払わずに食いかけの魚を食い出す。本当に性別が女のかさえ怪しくなってきた。
「……なぁ、おまえ」
「はい、何でしょう」
「………」
「………」
「お、俺のとっ、とも……」
上手く口が回らなくて、視線をウロウロさせたら側の護衛が微笑ましそうに俺を見ていた。その顔で余計に逃げられなくなった。次の「だちになれ」を言わなくちゃいけないのか?この俺が?この宇宙人に?そもそも何で言おうと思ったんだ。人間なのか怪しい呪力の奴を友達にしたくなるとか………。
「……五条様がよろしければ、お友達からはじめますか?」
「!」
友達、友だち……。胸の奥がジーンと熱くなる。どいつもこいつも「私には不相応でございます」とか、そんなことを理由にされて友だちなんてできなかった。それが、できるんだ。俺の友だち。はじめての…。
「いや、お友達からはじめるって何?その先があんの?」
「…?だってこれは縁談話でございますよ?その先と言えば夫婦になることでは?」
「………ハァ!?絶対夫婦なんてヤだから!それもおまえみたいな宇宙人と!!」
「オホホ、宇宙人だなんて五条様はご冗談がお上手なんですね」
セリヌンティウスがメロスに裏切られたらこんな気持ちになるのかもしれない。結局こいつだって俺目当てに近寄ってきた宇宙人だったんだ。呪詛師どころか宇宙人に狙われる俺は存在が罪深い。
地面をわざとらしく踏んづけて去る俺に、後ろから声がかかることはなかった。
最後の蜘蛛の糸は、そこでプッツリ切られた。