腹凹毒蟲【Q】 作:アンディライリーのうさぎ
私の旦那様は甘えん坊でした。グレート・ピレニーズサイズのサモエドがのしかかってくるとそれなりに重いです。ですが私は呪術師ですので、あれくらいは抱っこできます。実際にラピュタを二人で見た時も、落ちてくるサトータをサクーの私がキャッチしました。
五条くんは特級術師で、私は一級術師。お互いに忙しく、共にいられる時間は夫婦ですのに少ないです。しかも五条くんの長期出張はしょっちゅうです。
五条悟は人づかいが荒いのだと、伊地知くんに相談されたこともあります。七海くんからもありました。あと夜蛾学長や歌姫ちゃんに……他にも多方面から。私は対五条悟用相談窓口じゃないです。
今回もその五条くんがいきなりイベントを提案したそうで、ハロウィンに乗じて、学校で仮装大会を行うらしいです。
開催理由は「だって青春を謳歌できる行事がさぁ、全然ないじゃん?」とのこと。夏油くんや硝子ちゃんもこれに巻き込まれ、仮装することになったと聞きました。ということは、五条くんも仮装するでしょう。それもおそらく一番ノリノリで。
「見たい…」
私の前にいる時のサモエドくんと、生徒たちの前にいる時の
五条くんに「私も出たい」と言ったら、断られると思います。彼は生徒の前に私が出ることを反対していますので。理由を尋ねても、人の体をじっと見て、「とにかくダメ」と言うのです。
私のコミュニケーション能力が『宇宙人』と称されるからダメなのでしょうか? 新婚ほやほやの時も、「サモエドくん」と呼んでいた相手に「宇宙人」と呼ばれていましたし。ちなみに愛称の第二候補は『サトゥルヌス』でした。
「えぇ。はい、はい……ありがとうございます、夜蛾学長!」
解決方法は単純な話、彼より上の立場の許可を得てしまえばいいのです。これで私も心置きなく参加できます。
「せっかくならサプライズ登場したいな。となると、この件は学長に内密にしてもらって……」
ロッカーから飛び出したら面白そうですね。ただ、六眼の目だと私がいるとすぐにバレます。…いえ、呪物に呪力封じとして使う札をロッカーの内側に大量に貼れば、ワンチャンあるかもしれません。完璧に気配を隠すのは無理でも、一時的になら目をかいくぐれるかもしれない。
それに場所は高専。猛獣だらけのサバンナじゃあないのです。当日はイベントがありますし、夏油くんもいるから五条くんも多少は気が緩むはず。
「賭けるっきゃない!!」
計画を立てる中、時間はあっという間に過ぎていきました。
◇
ハロウィンの日。高専で行われた仮装大会は予想以上に盛り上がっていた。コスプレのクオリティーはまちまちである。
教室が外に対し温まる中、廊下から何やら騒がしい音が聞こえてきた。ガラガラガラと、車輪がまわる音がする。音はどんどん近づき、ガラッと扉が開かれた。
「急患です!!!」
現れたのはピンクのナース服を着た五条と、白衣を着た夏油だ。二人に挟まれる形でストレッチャーの上に白装束姿の家入が寝ている。
「ダメだ、もう息をしていない…」
「そんな……!!」
脈を測り、首を振る夏油。崩れ落ちたナースは服が色々とぴちぴちで、座った瞬間に裾が少し破れた。家入は笑いを堪え震えている。
女装をした190センチのGTGに、迫真の演技をするエセ医者。そして最初から白装束の患者。情報量が渋滞し、簡易的な無量空処が生まれる。
「何だ、これは…? いったい俺(私)たちは何を見せられているんだ……?」と生徒全員の意見が一致した。
────バァンッ!!
そこにさらに、ロッカーの扉が開かれた。
一部生徒から悲鳴が上がる。着ぐるみのせいですし詰め状態のその人物は、しばらく格闘し、何とかロッカーから脱した。格好は緑の宇宙人で、某映画のネタがしたいのだろう。宇宙人は人差し指を出して生徒に迫った。女生徒が恐る恐る人さし指を出すと、指を合わせた宇宙人は満足げにうなずき、さらに友情の証にハグをする。
最初の一人が試せばそのあとの人間の恐怖心は薄れるもので、イエイ、と陽気なノリで拳を突き出した男子生徒には、拳を返して女生徒と同様にハグをしようとした。
「はい、現行犯逮捕です」
『!!』
宇宙人はミニスカポリス…ではなく、ミニスカナースに捕まった。そのまま宇宙人は五条に引きずられるようにして教室を後にする。
「アレってもしかして、アベ……櫻先輩?」
ストレッチャーから起き上がった硝子は夏油に視線を向ける。夏油は二人が消えて行った方向を見た後、肩をすくめた。
結局あの宇宙人が何だったのか、そもそも誰だったのか、生徒たちに謎を残したままイベントは続いた。
◇
「マジでふざけんじゃねぇぞ」
生徒指導室に連行された櫻は、パイプ椅子に座る五条に怒られていた。長い足が組まれている。服はしかしナースのままなので、意図せずセクシーな体勢になっていた。
一方で櫻は宇宙人のコスプレのまま床に正座させられている。果たしてどこに五条がそんなに怒る要素があったのだろうか? 彼女は考えを巡らす。もしや仮装のクオリティーが低かったのだろうか? いやしかし、この着ぐるみは外注したものだが、費用にうん十万はかけている。
『次やる時は、もっとクオリティーの高い宇宙人を目指すから…!!』
「僕が怒ってんのはそこじゃねぇよ」
『ええっ?』
なら、他に何があるのだろう? 勝手に参加したことに怒っているのだろうか?
『でも夜蛾学長には許可を取っ──』
「それも違う」
『違うんですか?』
「……なぁ、マジで分かんないわけ?」
『仮装を病院のテーマに合わせた方が良かったってことですか?』
「………」
『じゃあ、登場の仕方?』
まったく当たらない。そこでふと櫻は気づいた。そうか──と。五条は“接触”に関して怒ったのだ。彼女は五条の目の前で生徒と触れ合った様子を見せている。「なんだ、そういうことなら話が早い」と、彼女は人さし指を出す。
『トモダt………痛たたたッ!!』
人さし指が手の甲の方にグッ…と逸らされ、櫻は悲鳴を上げる。
「僕が怒ってんのは」
『折れるもげる!』
「もぐ程は力入れてねぇし」
『折れる可能性はあるってコトォ!?』
「僕が、怒ってんのはぁ…」
他の男と、ハグしようとしたことだよ。
そう言って、五条は曲げていた指から手を離した。櫻は着ぐるみの中でポカンとする。
つまり、嫉妬からくるお怒りというわけだ。
『……今度からは気をつけます』
宇宙人はシュンとし、圧をかけられた指をさすった。ハァー…とクソ長いため息をついた五条は頭をかき、宇宙人の肩に手を置く。
「いいか、よく覚えとけよ」
『何ですか、五条先生』
オホン、と一つ仰々しい咳をこぼして五条は言った。
「男……特に思春期のガキってのは、物事を全部チンチンで考えてんだよ」
六眼の目は真剣そのものだった。こんなマジ具合を見たのは久しぶりかもしれない。櫻は唾を飲み込んだ。七海だったら「何を言ってるんですか、アナタ……」と軽蔑の目で言ってくれただろうが、ここにはそんな常識のある人間はいなかった。
『ということは、五条くんも思春期の頃は…』
「僕は違うから。身も心も清廉潔白だから」
『ホントですかぁ?』
「禁欲主義を掲げたガンジーもビックリするくらいだから」
胡乱な目をしていた櫻は少し考え込み、さすがに暑くなってきた、と話す。
頭を取ってから片手を首の隙間から出し、足を五条に引っ張ってもらうように頼んだ。長時間の着用のせいで冬の一歩手前とはいえ、汗で髪が顔に張りついている。これが谷垣だったら「ムッワァァ…」みたいな効果音が出ていた。
「実はですね、下も仮装してて」
「ハ?」
ズルッと着ぐるみから出た体はボンテージの服を着ていた。体のラインが強調された、ところどころ肌が露出しているデザインだ。胸元は谷間が大胆に露わになっている。蒼い目は、ガッツリとそこに固定された。
「コレ、五条くんを二重で驚かせようと思って仕込んでたんですけど…」
「……………」
「あっ…もちろん、さすがにこの格好で生徒の前に出ようとは思ってなかったですからね?」
「どうです?」と、櫻はオプションのウサ耳をつけて五条に迫った。いわゆる、バニーガールだ。わざとらしく胸を寄せるのも忘れていない。
「清廉潔白で、ガンジーもびっくりするほどの禁欲な男なんですよね?」
「………」
「おっと、お触りは禁止だぜ」
無意識に伸びていた五条の手がつかまれた。グッと唇を噛んだ彼は下を向き、沈黙する。そして空いている方の手で床を叩き、まるで大切な者を人質にされたような声色で叫んだ。
「俺にッ、何が望みなんだよ……ッッ!!!」
「私に振り回されてる五条くんを見れれば、まぁそれで十分です」
ふふ、と小悪魔風に笑うバニーガールの胸元からは溜まった汗がつう、と流れていく。それをガン見してしまった五条はついに白旗を上げた。
「もう僕の負けでいいよ…」
「あらあら。何をおっしゃるんですか、ダンナ様」
「……え?」
五条に顔を近づけた櫻は、至近距離でこてんと首を傾げた。
「ギブアップには、まだ早いですよ?」
そうである。まだ、夜は始まってすらいないのだから。
五条は無意味に天井を見て、ハハ…と笑い、顔を戻す。目は完全に据わっていた。
「覚悟しろよ」
櫻はそれに微笑みで返した。