腹凹毒蟲【Q】 作:アンディライリーのうさぎ
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悲鳴を上げられては堪らぬから、口を片手で押さえながら首をかっ切って絶命させ、天井から滴る血のドレスを纏って彼女は義兄だったものを丸ごと平らげた。元々食べ始めたものは全部いただく精神だ。女中も食べようと思ったが、すでに腹がいっぱいだったのでやめた。
それより義兄を食い殺した後のことが大変だ。バレたら呪詛師扱い待ったなしである。それは正直面倒くさい。別に彼女は食べるのが好きなだけで、人間や呪術師を殺すのが好きなわけではない。
困った困った。腕を組んで血溜まりのステージに立っていた時、ふと自分の腕に目が止まった。枯れ枝の如き手がみずみずしい肉を取り戻している。その腕に抵抗した義兄に引っかかれた傷があった。
「…?」
血がうぞうぞと蠢いて、傷を治そうと躍起している。不思議に思った櫻が傷口に指を突っ込んでほじくると、勢いよく血があふれた。血は畳に落ち切る前にムカデや芋虫へ変化する。畳の上で暴れ狂う百虫はまるで、「早く体に帰らせてくれ〜〜」とごねているようだった。
「虫?虫………蟲!」
『
百虫どもは女王様の命令を受け、傷口から次々と這い出し進軍を始めた。
一匹のムカデが女中の足をよじ登り、耳から鼓膜を破って脳に侵入する。その瞬間グルンと女の目は白目を剥き、人間から傀儡へとグレードダウンした。
そうして次々と蟲人形が生まれる。彼らに「あなたのご主人は誰ですか?」と尋ねれば、この屋敷の主ではなく「さくらららららららら……!!」と答えるだろう。
帰ってきた両親も洗脳して、櫻は一難を逃れた。義兄は術式も呪力もないコンプレックスから引きこもっていたような人間だから、そのうち病死したことにすればいい。その後は時期を見て当主の座を義父からもらい、義父母は隠居を兼ねて海外へ送ろう。
彼女にしては良い計画だ。
「私には力が必要だ。もっと呪霊を食べて強くなろう」
その前に、あの養護施設の女を殺す。子供は美味そうだからみんな食べてしまおう。裏切った人間に慈悲などいらない。もう誰も信用しない。櫻が心許せるのはイマジナリーフレンドナナミンだけ。そのナナミンは真顔で彼女を見ている。いつの間にか現実にも現れるようになっていた。
「なんだよ、別にいいじゃないか。私を
櫻は捕食者側だ。被食者じゃない。
「何か言えよナナミン!へんちくりんメガネ!インテリやくざスーツ!」
ナナミンは何も答えない。
「私は悪くない!悪いのは人間だ!!人間なんか大きらいだ!!」
ボロボロと、真っ赤な目から涙が溢れた。
それからも彼女は大声で叫び続ける。屋敷の中は不気味なまでに静かだった。
雪が降っていた。フラリと施設へ訪れた櫻は、自分の軍隊をひっそりと周囲に配置させた。百虫どもは対象を食らって、その栄養を彼女に届けることができる。その方法で他の子供や職員を殺す。
やろうとしていることはまるっきり呪詛師だ。でも彼女の頭の中は「食べることは罪にはならない」というNO倫理を展開して、自分の行いを正当化している。沈黙を保っていたイマジナリーフレンドナナミンが「やめなさい」と言っても聞く耳を持たない。持ってやるものか。
「声帯を潰してから少しずつ食い殺すんだ。先生なんて大嫌い。嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき……」
サクサクと櫻の行進。ありったけの憎悪を込めて、彼女は久しぶりに院長の顔を見た。玄関でうろうろしていた彼女が誰だかわかった瞬間、院長が顔を真っ青にして一目散に駆けてくる。
死人のような顔色の少女が雪を肩に積もらせて歩いていれば、当然の反応だろう。
「どうしたの?」「何かあったの!?」と院長は声を荒げる。櫻が黙ったままでいると、胸に顔を押し当てさせるようにして頭を撫で始めた。丁寧に丁寧に、真っ黒な髪を整える。まるで猫の毛繕いみたいに。親猫が子猫の毛を舐めるみたいに。
「………」
「櫻?」
陽だまりの匂いだ。洗濯物を干した後に香る匂い。その匂いが彼女は大好きだった。肺いっぱいにその空気を吸い込むと、心が温かくなる。
「さく………っ!!」
彼女は院長を突き飛ばし、雪の中を駆け出した。百虫どもも撤退させる。
「あ、ああっ、ああああ!!!」
櫻は知っていたはずなのに、疑ってしまったね。与えられた優しさを、ありったけの憎悪で返そうとしたね。
「う゛っ、うぅ、ううう、うっ……」
ほら、雪が罪人の姿を浮き彫りにしている。足跡は消えることなく、彼女に後ろ指を差す。
泣きながら櫻は合間合間に「ななみん、ななみん」と呟き、家に帰った。時間はすっかり真夜中になっていた。
サンタクロースだって、こんな悪い子にプレゼントはあげないだろう。泣き疲れた少女はそのまま、気を失うように倒れた。