01
未だ冒険者がたどり着いていない、南の王都。そこには大きなお城がありました。多くの住人が名君と認める王が住まうお城です。
そのお城には中庭があります。たくさんの綺麗な花が咲いた中庭で、そこに一人の少女がいました。一緒に育ったメイドと和やかに会話をしています。嫌みが無い程度に華美なドレスに身を包んだ少女で、腰まで届く長い金の髪に綺麗な青い瞳が印象的です。王様の子供、つまりは王女です。
王女はたくさんの人から愛情を注がれて育っています。かといって傲慢になることもなく、周囲を気遣うことができる優しい王女です。国の皆はこの王女のことが大好きでした。
王女は雨の時以外は毎日この中庭に通っています。綺麗なお花畑のような中庭を歩いていると、とても心安らぎます。
その王女がメイドと一緒に話をしながら、ふと振り返って。
「あら」
その子に気が付きました。
真っ白なローブに身を包んだ少女で、フードを被っているので顔は分かりません。とても怪しい人物です。けれど、王女は特に警戒をしませんでした。
この王城には魔法の結界が張られています。例え北の国の魔王といえど、気づかれず侵入することが不可能な結界です。この場にいるということは、正式な手続きで招かれた客人ということでしょう。
王女は持ち前の好奇心と、そして気さくさでその少女に話しかけました。
「こんにちは」
話しかけられた少女は少しだけ驚いた様子を見せた後、こちらへと顔を向けました。黒い瞳の女の子のようです。どこか恥ずかしそうにフードを目深に被りなおしました。
一国の王女を相手にと思えば失礼な態度と言えるかもしれませんが、王女はそんなことを気にするほと狭量ではありません。それに、もしかしたら大きな傷を持っていたりするかもしれません。そんな子にフードをとれ、と言う方がかわいそうでしょう。
「あの……。こんにちは」
人見知りをする子なのでしょうか。女の子はちょっとだけ恥ずかしそうな声音で応えてくれました。
「私はフェルトクイナと申します。フェルト、とお呼び下さい」
フルネームはもっと長いのですが、名乗る必要はないでしょう。この国にいて、自分のことを知らない人はいないでしょうし。
女の子はその名乗りに慌てて頭を下げました。
「初めまして。ソフィアです。えっと……。急にお邪魔してすみません」
どこか緊張しているような、少しだけ震えた声音です。
「いえ、大丈夫ですよ。このお城へは何しに来られたのですか?」
「何を、というわけではないんですけど……。綺麗なお花畑があると案内されて、来ました」
おや、とフェルトと名乗った王女とメイドは首を傾げました。ここは中庭、つまりは外から見えることはありません。ですがすぐに、察しがつきました。
この子はきっと両親とこのお城に来たのでしょう。両親が仕事で離れている時に、この中庭の美しさを誰かから聞いて、それで訪れた。きっとそういうことでしょう。
フェルトはうんうんと頷いて、少しだけ嬉しくなりました。この中庭はフェルトも気に入っています。それを同じように気に入ってくれる子がいるのは悪くはありません。それだけでフェルトは機嫌は良くなります。いえ、悪い時なんてほとんどありませんが。
「ちょうどいいです。そろそろお茶にしようかなと思っているのですが、ソフィアさん、ご一緒にいかがですか?」
「え? それは……。いいんですか?」
「はい。もちろんです」
にっこりと微笑んで言うと、ソフィアは嬉しそうにはにかみました。素直にかわいいと思える子です。これは是非ともお友達になって、定期的に通ってもらわないといけません。
すぐに、大勢のメイドがてきぱきと働き始めます。白いテーブルと椅子が用意されて、お茶とお菓子が並べ荒れて。ちなみに今日のお菓子はバウムクーヘンというお菓子です。
メイドが引いた椅子に、ソフィアが遠慮がちに座ります。どうやらメイドに給仕されるのは初めてのようです。
どうぞ、と勧められるがままにお菓子を一口。ソフィアの目が輝きました。気に入ってもらえたようです。
「美味しいでしょう? 料理人が腕によりを掛けて作ってくれました」
こくこくとソフィアが頷きます。なんとなく妹ができた気分です。
「ところで、ソフィアさんはお城の外からいらしたのですよね? よければ外のお話を聞かせていただいても?」
「いいですけど……。私もつい最近外に出るようになったので、あまり多くは語れませんよ?」
どうやらこの子も、おそらくは屋敷で大事に育てられていたのでしょう。少しだけ親近感を覚えます。
「知っていることだけでも構いません」
「そうですか……。それでしたら、友達のことでも」
私も人から聞いた話ですけど、とソフィアが慌てたように付け足します。それはつまり自分のことだと言っているのと同じということは気づいているのでしょうか。
そうして語ってくれた内容は、不思議なお話でした。ウルフの背中に乗る女の子。フェルトも会ってみたいです。立場上、冒険者と会うのは難しいでしょうが。
そうして楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。
「滞在している間だけで構いません。よければまた、来てくれますか?」
フェルトが上目がちに聞いてみます。対するソフィアは、嬉しそうに笑って
「はい。私で良ければ。……お菓子も期待しています」
「ふふ。お任せください。料理人にお願いしておきますね」
そうしてソフィアと別れて。
メイドの片付けを見ていたフェルトがふと顔を上げれば、すでにソフィアは姿を消していました。挨拶ぐらいしてくれたらいいのに、と少しだけ不満に思ってしまいました。
夜。父、つまり王様と一緒に晩ご飯。他にもお母さん、つまりは后や兄の姿もあります。さらには、相談役の初老の男も一緒です。この男の人は炎王と呼ばれている方で、赤の魔法を扱う人々のまとめ役だそうです。
「お父様。今回のお客様はどういった方々ですか?」
フェルトが父に聞けば、父ははてと首を傾げました。
「客なぞ、今はいないが?」
「え……? でも……」
不思議に思いながら、今日出会った女の子について語ります。白いローブに身を包んだ女の子の話を。父は怪訝そうに話を聞いていましたが、やがてゆっくりとその顔色が変わっていきました。怪訝から驚愕へ、そして何故か、蒼白に。
炎王さんまで大きく目を見開いて固まっています。どうしたのかと不思議に思っていると、父と炎王さんが口を開きました。
「まさか、その方は……」
「陛下。おそらく、間違い無いでしょう。以前、かわいい弟子を取ったと自慢されたことがあります故。おそらく、独り立ちしているのかと」
「うむむ……。これから何ができる?」
「はっきり申せば、余計なことはしない方がよろしいかと」
どうやらこの二人はソフィアについて心当たりがあるそうです。フェルトが首を傾げると、よしと父は頷いて。
「フェルト。その方はとても大事な客人だ。粗相の無いようにな」
予想外の言葉です。フェルトは内心で驚愕しつつ、笑顔で頷きました。
ソフィア。何者なのでしょう。