スピカが今の会話を聞いて分かったことは、どうやら立場的には銀麗の魔女の方が上であること、でしょうか。王様はずっと丁寧な対応です。銀麗の魔女というのはそれだけ重要なお役目なのでしょう。
「ところで、フェルト。その子はどうした?」
王様がフェルトに聞きます。フェルトが抱いているフェンリルを指しているようです。
「お友達です!」
「うん。そうか。詳しくは城で聞こう」
さすが王様。一瞬で理解を放棄しました。それでいいのか王様。
とりあえず、このままお城に向かうことになりました。
道中、王都の人たちの安堵している表情が印象的でした。フェルトが慕われているのがよく分かりました。
・・・・・
父に話したところ、この子が城に滞在する許可をもらえました。ここまで話が進んで断れるわけがないだろう、と少し怒られましたが。なにしろ銀麗の魔女が立ち会っているのです。今更私たちに拒否ができるわけがありません。
改めて、ソフィアは銀麗の魔女なんだな、と驚きました。
銀麗の魔女。知らない人はまずいません。この世界の調整と守護をお役目とする、世界でたった一人の存在。彼女の発言は重く、彼女が是と言えば正しくなり、否と言えば間違いとなる。決して敵に回してはいけない相手だと教わっています。
もっとも、父曰く、それほど気にしなくても、銀麗の魔女は心優しい魔女なので、明確に敵意を示さなければ問題ないらしいですが。
「ソフィアちゃんが銀麗の魔女……」
つぶやいて、ソフィアとスピカを見て、フェルトは思いました。見えない、と。
「今何か失礼なこと考えなかった?」
「あはは。まさか」
今いるのはお城の中庭です。中庭で、スピカが連れているウルと、新しいお友達改め家族となったフェンリルと戯れています。さらには知らない小さな動物……? もたくさんです。ソフィア曰く、それら全てが精霊だとか。何それちょっと怖い。
「もふもふパラダイスだー!」
スピカはとても嬉しそうです。精霊たちに囲まれて楽しそうです。無邪気です。さすがにこれほどたくさんの精霊がいると、フェルトとしてはどうしていいのか分からないのですが。
「考えるな、感じろ、と師匠はいつも言ってたよ」
それはソフィアだからいいのであって……。いや、スピカもまさにそんな感じでした。ならもういいか。考えるのが面倒になってフェルトももふもふパラダイスに突撃です。どの精霊ももふもふです。
「やわらかい……。ふわふわ……」
「至福だー! パラダイスだー! もふもふ祭りだー!」
「落ち着いてスピカ。気持ちは分かるけど」
ラークはそのスピカの様子に苦笑していました。
ラーク曰く、スピカは本来なら動物に触れない体質だそうです。この世界にいる間だけ許されるのだとか。それを聞くと、スピカのこの様子も納得できます。
「フェルトちゃん。この子の名前は決まったの?」
ソフィアがフェンリルを抱いて聞いてきます。少し考えて、ソフィアはスピカに聞きました。
「スピカちゃん。ウルちゃんの名前の由来はなに?」
「ウルフだから!」
「そっか。じゃあこの子はフェンリルだからリルちゃん!」
「なんでそう安直なの? 二人がそれでいいならいいんだけど……」
というわけで。名前はリルに決定です。リルも嬉しそうに尻尾を振っています。こうして見るとただの子犬のようです。よし撫でる。
そうして皆でしばらく戯れていると、側で見守っていたラークが口を開きました。
「スピカ。名残惜しいだろうけど、そろそろ帰ろうか」
「あ、うん……」
お二人は明日は別の用事があるとかで、今日中に帰らないといけないそうです。少し寂しいですが、仕方のないことなのでしょう。
「んー……」
ソフィアは少し考えるように唸り、おもむろに杖を取り出しました。何をするのかと見守るフェルトたちの前で、ソフィアが庭の隅にさらっと魔方陣を書きます。
「こていかー」
魔方陣が光りました。薄い光の膜がその周囲を包みます。ソフィアは頷くと、スピカを手招きしきしました。
「なに?」
「こほん。スピカに転移の魔法を授けましょう」
「へ!? それはちょっとまずいんじゃ……!」
「授けましょう」
「いや、だから……!」
「授けましょう!」
「あ、はい。ありがたくちょうだいします?」
なるほど、これが茶番。ソフィアがスピカの頭を撫でます。一見、可愛らしい光景なのですが、瞬時にスピカの頬が引きつったのが分かりました。
「いいのかな……」
スピカは呆然としていますが、ソフィアは一切気にすることなく言います。
「この魔方陣にのみ転移できるから。あとであの森の広場にも描いておくね。フェルトちゃんに会いに来てあげてね」
「あ……」
どうやらフェルトのためだったようです。スピカと二人、感動してソフィアを見つめると、ソフィアは恥ずかしそうに目を逸らしました。その様子が可愛らしくて、スピカと二人、笑います。
「ラークさんも、たまには会いに来てあげてね」
「うん。分かったよ」
「うん。ありがとう。それじゃあ、私はそろそろ行かないと」
おや、と皆で首を傾げます。この言い方は、しばらく来れなくなるような言い方です。
「まあ、そうなるかな。時折顔を見に来るけど、またちょっと別の場所に行くから」
「そう、ですか……」
とても寂しいです。ずっとここにいてほしいと思います。けれど、そうは言えないのは分かっています。彼女は銀麗の魔女で、大切なお仕事があるのですから。
「また来て下さいね」
フェルトがそう言うと、ソフィアは笑顔で、必ず、と言ってくれました。
「それじゃあ、私は先に行くね。元気でね」
そうして。忽然と姿を消しました。
「え。あれ。これ、どうするの?」
「え。……え? ソフィアちゃあああん!」
私たちの叫び声が、精霊たちが未だ集まっている中庭に響き渡りました。
一種のパワースポットにでもなったのか。それともソフィアに何か言われているのか。
フェルトが中庭に行くと、必ずと言っていいほど精霊たちが集まるようになってしまいました。喜んでいいのか分かりませんが、フェルトとしては寂しくなくなるので良しとします。
今日も中庭で、フェルトはリルや精霊たちと一緒に、そしてたまに来てくれるスピカと一緒に、楽しく遊ぶのでした。