さて、時間になりました。
実益よりも楽しむことを求めた物好きたちがほこらの北側に集まっています。大きくスペースが取られた場所の、中央。そこに銀麗の魔女がいました。
銀麗の魔女がこちらを一瞥して、そして杖を掲げます。それだけで、何かを、おそらくボスを召喚しようとしているのが分かります。つまりは精霊が相手なのでしょう。誰もがわくわくと期待を隠さずに見守っていると、距離があるにも関わらず、銀麗の魔女の透き通った声が届きました。
「上位精霊召喚。四聖獣“闘将”白虎」
そして上空から現れるのは、巨大な白い虎。肌に感じる威圧感は、ミオが従えているヴェノムですら格下だというのが嫌でも分かるものです。
「白虎。打ち合わせ通りに」
最後にソフィアがそう言うと、そのままどこかへと歩いて行きました。
「ふふ……」
誰もが。笑顔です。相対するのは未知の強敵。これで興奮しないのならこんなゲームはやめるべきです。
「いくぞお前らあああ!」
誰かが叫び、そして突撃しました。ちなみにここで死んでもデスペナルティはないという説明が運営からあったので遠慮なんてありません。ちなみに蘇生場所は反対側の広場です。すぐに復帰できます。
二時間限定の死闘が始まりました。
魔法が打ち込まれ、剣が振られ、使役モンスターが突撃して。
白虎はそれら全てをなぎ払っています。無双状態です。
そして三時になった瞬間、白虎は動きを止めました。それが終わりの合図だと察したのでしょう、プレイヤーも動きを止めます。そして誰かが言いました。
「勝てるかこんなもん!」
まさしくその通りだとミオは頷きます。ヴェノムの攻撃すら通用していないのですから、勝てるはずもありません。運営は一体何を考えてこんなイベントをしたのでしょうか。そもそも報酬も何もないのが理解できません。プレイヤーが口々に不満を口にします。まさに掌返しです。
ミオなど一部のプレイヤーはそれなりに楽しめたのですが、まあ不満を持つ気持ちも分かります。
そうして、誰かが抗議メールを送ろうとと言い出したところで。
ひょっこりと、ウルフに乗ったスピカが現れました。
「お疲れ様でした」
ウルフの上からぺこりと一礼。あ、どうも、ととりあえず皆が返礼します。
「運動の後はご飯が欲しくなるかなと思って、おにぎりを作ってみました!」
そう言うスピカが手に持つお盆には、たくさんのおにぎりが並んでいます。そのどれもが、ちょっとだけ形が崩れています。
「あの、そのおにぎりって手作りですか?」
誰かが聞きました。よく聞いたと周囲が褒めます。
「手作りですよ?」
スピカが振り返った先、そこには、せっせと一心不乱におにぎりを握る二人の少女。頭の上にカーバンクルをのせた魔女と、向かい側に小さいウルフをのせたどこかの王女。作られてお盆にのせられたおにぎりは、ラビたち動物がこちらへと運んできます。
「質問! これ、明日以降もありますか!」
誰かが聞きます。スピカが首を傾げながらも、
「れいどぼす? やるらしいよ」
「そ、そのあとの、この、ご飯は?」
「あると嬉しいの? じゃあがんばる!」
「俺、明日からも毎日ここで戦う。迷宮どうでもいいや」
ここにいる全員が思ったことを誰かが言いました。ミオも同意するように頷いて、とりあえず先ほどの変態発言をしたプレイヤーはそれとなく通報しておきました。
・・・・・
レイドボスは好評でした。戦闘そのものよりもむしろその後のおにぎりや、白虎との触れ合いの方が好評だったような気もしますが。
「うははは高いマジ高い怖い!」
誰かが白虎の背中で叫んでいます。ちなみに落ちても大丈夫、蘇生場所はすぐそこのキャンプです。助ける? それはない。
何人かは明日に備えて戦術を練っているようでした。次こそ倒すという固い意志が見えます。格好良い。ですが残念、それは無駄になります。知っていても、黙っておくように言われているのでスピカは口を閉ざしています。
レイドイベントは今日を含めて四回。そして今日召喚されたのは四聖獣。そのことからすでに明日以降の相手を察したプレイヤーは、戦術を練っているプレイヤーに哀れみの視線を向けています。
スピカたち三人は、こっそりとその場を離れていました。お祭りみたいで楽しいですが、やっぱり三人でのんびりするのが一番です。白虎を残してきたのはかわいそうかもしれませんが、白虎自身が気にするなと言ってくれているらしいので大丈夫でしょう。
湖の側で自分たち用に残していたおにぎりを食べながら、明日の予定を話し合いました。もっとも、やることは同じなのですが。
翌日のレイドボスは、スピカが初めて見る子でした。
「上位精霊召喚。四聖獣“雷公”玄武」
大きな亀でした。その亀は全身に雷を纏っています。近づくだけでしびれそうです。
白虎対策をしていた何人かが膝を突きました。ちょっとかわいそう。
「全身に雷まとってるとか、昨日より無理ゲーじゃねえか!」
何人かが叫びます。戦意が下がっています。仕方ないので、スピカは事前に兄から受けたアドバイスの言葉を言いました。
「これが終わったら、今日はカレーだよ! がんばって作るからね!」
「やったるぞおらあああ!」
「えー……」
ソフィアが頬を引きつらせています。気持ちはとても分かります。
死闘が始まったのを尻目に、スピカたちは大きな鍋を持ち出してカレーを作り始めました。
カレーはとても好評だった、と付け加えておきます。
三回目は、ここに来るのを手伝ってくれた子でした。
「上位精霊召喚。四聖獣“水王”青龍」
そうして現れた巨躯を見て、誰かが遠い目をして言いました。
「どんどん無理ゲーになっているような気がする」
気持ちは分かります。ソフィア曰く、青龍は四聖獣一の巨躯、つまり体力を誇るそうです。戦い方がまず分かりません。
「今日はバーベキュー! がんばって用意するからね! 一本一本串に刺すからね!」
「ああもう! それだけが楽しみだよちくしょおおお!」
それを聞いたフェルトが苦笑しました。安いですね、なんて言っています。兄曰く、妥協できるラインを余裕で越えた大盤振る舞いだそうですが。兄は未だに反対なようですし。
その後のバーベキューはみんなで盛り上がりました。
そして四回目、最後のレイドイベント。ここまでくれば最後の相手は分かります。
「朱雀かな」
「朱雀だろう」
朱雀。スピカもまだ見たことがありません。どんな子が出てくるのか楽しみです。ただ、なぜかソフィアは少しだけ緊張しているようでした。
「上位精霊召喚。四聖獣“炎帝”朱雀」
そうして現れたのは、炎の鳥です。纏う炎は業火そのもの。ただそこにいるだけで周囲が熱されていくのが分かります。
「いやこれ、さすがに熱すぎだ!」
「おいおいおい、森は大丈夫なのかこれ、というかなんか焦げ臭くないか!?」
火の粉が舞います。その火の粉の多くが森へと落ちて、そしてそれは当然ながら炎となって、
「青龍!」
慌てたようにソフィアが叫びました。現れた青龍が火を消します。けれども朱雀は炎を弱める様子はなく、苛立ったように青龍を睨み付けています。青龍も、朱雀を睨んでいます。まさに一触即発。その威圧感に誰もがつばを飲み込み、そして、
「朱雀」
ぞっとするほど冷たい声が聞こえました。不思議と耳に届く声は、ソフィアのものです。朱雀が大きく体を震わせました。
「何を、してるの?」
それは静かな問いかけでした。怒りどころか感情のかけらもこもっていない声です。小さな声なのに、不思議と耳に届きました。
朱雀は、それが聞こえた瞬間、動きを止めていました。まるで怯えているように、ソフィアの動きを注視しています。
「朱雀。打ち合わせ通りに」
ソフィアがそう告げると、随分と大人しくなった朱雀はゆっくりと地面に降り立ちました。
「すげえ……」
「これが銀麗の魔女……」
プレイヤーの視線がソフィアへと注ぎます。それに気づいたソフィアはぱちくりと瞬きをした後、そそくさと逃げるようにスピカたちの元へと、隅のスペースへと走ってきました。一瞬とはいえ遠い人のように感じてしまいましたが、やはりソフィアはソフィアのようです。
そうしてようやく、朱雀との死闘が始まりました。