『パウロ・コエーリョ』
「意外に早くグループが作り終わったな。ちょうど時間もあるし、これからすぐに大グループも作らないか?」
南雲がやって来る。という事は、上級生も既にグループ結成を終了させているという事が分かった。流石というか、早い。
「偶然にも全学年がグループを作り終えたんだ。学校側の配慮を半ば無視する形にはなるが、その方が効率が良いだろう?」
確かにそれは事実だ。教師サイドはこの動きが想定外だったようで、あわただしく動いている。もしかしたら女子の方は難航しているのかもしれないが、それを知る術はない。生徒会長からの提案を断れる生徒はほぼいない。南雲の視線がチラリとこちらを見たが、またすぐに前を向いた。
「構いませんよね。堀北先輩」
「ああ。こちらもその方が都合がいい」
「どうスかね。ドラフト制みたいなので決めるのも面白くありませんか。1年生の小グループの代表者6人でじゃんけんして指名順を決める。勝った順に2年と3年の小グループを指名して行けば、大グループの完成です。公平かつ短時間で決まりますよ」
「1年生の持つ情報は少ない。公平性に欠けていると思われる」
「公平に決める事なんて不可能です。結局持っている情報量には差があるんですから。1年はどうだ。何か意見があるなら言ってくれ」
1年と言いながらコチラをガン見するのは止めて欲しい。確かにこの学校ではAクラスの代表=学年の代表格とみなされる傾向がある。Bのリーダー一之瀬とCのリーダー堀北がいない上にDのリーダーは今までほとんど表舞台にはいなかった金田。確かにクラス全体を統括する存在は私しか存在していないことになる。意見を言わなくても良いが言いなりになるのも癪だ。少しだけ意見を言おう。
「よろしいでしょうか。確かに私たち1年生には先輩方の情報が不足しています。ですのでせめて自グループを構成するメンバーのクラスを明かしていただけると助かります。クラスで差別するつもりはありませんが、能力値の平均を考えれば参考値くらいにはなるかと思いますので」
「それくらいなら構わないのではないか?」
「そうスね。良いぜ、お前の言う通り、クラスくらいは明かしてやるさ」
案外素直に南雲は頷いた。私の場合も3年生は大体どこの誰だか分かるが、2年生はまだ分からない人も多い。顔とクラスくらいは一致させたい。それに他のグループが判断する助けにもなるだろう。1年生全体の利益にもなる事であり、また生徒会長と普通に交渉しているという点で私の姿勢を1年生に示すことも出来る。
その後、各グループの責任者によって自グループにいるメンバーのクラスと名前が紹介されていく。やはり人気なのは堀北学率いるグループや3年のAクラス、Bクラスの多いグループだろう。逆に南雲のグループはCやDの生徒が多い印象を受けた。
「じゃあ俺たちは待っているから好きにしてくれ」
南雲の指示の後、小グループの代表者、ウチの場合は葛城が出ていく。結果的に勝利した。指名権第1位。実質選び放題である。と言うかこれ、確率論的に堀北学の率いる3年生の小グループと南雲率いる2年生の小グループが指名の結果同じ大グループになるとかもあり得はするのか。そんな事になったら少し面白そうだと思った。
「3年の堀北先輩のグループでお願いします」
葛城は順当に堀北学を指名する。妥当でありかつありがたい判断だ。これで我々2人が共にいてもおかしくない状況になった。順繰りに指名は進んでいき、最終的に南雲のグループは綾小路がいるグループが指名した。ウチのグループも2年生の中から選び取り、大グループが構成される。
「堀北先輩。偶然にも別々の大グループになったことですし、ここは一つ勝負をしませんか」
南雲の言葉に堀北学は厳しい視線を向ける。さもありなん、と言った感じだ。周囲の3年生はクラスを問わずにため息も漏れ聞こえてくる。白々しいぞBクラス。Bクラスはさておき、Aクラスの藤巻が前に出てきた。彼は体育祭でも仕切っていたし、ウチで言う葛城のポジションにいる生徒なのかもしれない。
「南雲。これで何度目だ、いい加減にしろ」
「何度目とはどういうことでしょうか?藤巻先輩」
「お前がそうやって堀北に勝負を挑む事にこれまで口出しをする事は無かった。だが今回は1年生も含めた大規模な特別試験だ。お前個人の玩具にするような行為を認められない」
「どうしてっスかね。この学校では1年も3年もありませんよ。誰が誰に対して宣戦布告することもおかしな話じゃないでしょ。ルールにも禁じられていない」
「基本的なモラルの話をしている。書かれていなくてもやっていいことと悪い事がある。当然の事だ」
「俺はそうは思いませんけどね。むしろ同じ学年の争いだけを望んでいる先輩たちこそ、在校生の伸びしろを阻害する邪魔者じゃないですかね?」
「生徒会長になったからと言ってなんでも許されると思ったら大間違いだ。越権行為を自覚しろ」
「そう思うなら自覚させて下さいよ。
露骨についで扱いをしながら南雲はポケットに手を突っ込む。
「南雲、俺はこれまでお前の要望に首を縦に振らなかった。……何故だかわかるか?」
「そうッスねぇ。友人たちは俺に負けるのが怖いからじゃないか?と言うんですが、流石にそれはないでしょう。堀北先輩は俺が見てきた人間の中でも最も優れた人だ。負けることを恐れたりしないし、そもそも負けるなんて思っちゃいない」
愚かな発言だ。負けると思ってない指揮官などいらない。敗北時に何の想定もしていませんでしたで許されるのは小部隊の指揮官までだ。大部隊を率いる者でそんな奴がいたら更迭ものだ。負けを考えないのは想像力と判断力の欠如を露呈しているようなものである。
「単純に藤巻先輩と同じ。無益な争いを望まないからッスよね」
「お前の好む争いは他人を巻き込みすぎる」
「それがこの学校のやり方であり、醍醐味でもあると思うんですが……。まぁ見解の相違ですね。何にせよ、俺は体育祭のリレーでなら、逃げ場のない勝負が出来ると思ったんですが、惜しくも実現しませんでした。こっちは欲求不満のままなんですよ」
敵は出来るだけ少なく。戦況は複雑にさせない。これが勝利への道なはずなんだが。と言うかお前は私に負けただろ。あれをしっかり見つめなおせよ。堀北学より先に年下である私に負けたことをどうにかしろよ。まぁでももうすぐいなくなる相手が優先なのかもしれないが。
「2年と3年で勝負することに意味のある試験だとは思わない」
「そうでしょうね。先輩はそういう人だ。だけど俺は、あくまでも元生徒会長と現生徒会長の個人的な戦いを希望してるだけです。あなたはもうすぐ卒業していなくなってしまう。その前にあなたを超えることが出来たのかどうか、それを試したいんスよ」
「何をもって勝負とするつもりだ」
他の3年生は驚いている。ただし、これは既定路線。南雲の戦略が堀北学と勝負すると銘打って裏で橘茜を退学させることであるとは調べがついている。だからこそここで南雲の話に乗って貰っている。自分に南雲を引き付ける事で他の生徒を守ろうとしているのだと、南雲に思わせるために。
「どちらがより多く生徒を退学させられるか、というのはどうでしょうか?」
それをやると、雪山合宿殺人事件がスタートする確率が上がるのだが。南雲が万が一殺された場合の被疑者候補はメッチャ多そうだ。両手の指で足りるだろうか。
「冗談はよせ」
「面白いと思うんですけど、今回はやめておきましょう。真面目に提案させてもらうなら、どちらのグループがより高い平均点を取れるか。シンプルですが分かりやすいかと」
「なるほど。それならば受けても構わない」
「ありがとうございます。先輩なら引き受けてくれると思ってましたよ」
「ただし、あくまでも俺とおまえの個人的な戦いだ。他を巻き込むな」
「巻き込むな、ですか。しかし特別試験の方法からしても、相手グループの足を引っ張るよう仕向けるのはひとつの作戦だと思うんですが」
「それは試験の本質とは程遠い。あくまでもグループでの結束力を問われるもの。間違っても相手グループの隙を突き、撹乱していくものではない。俺の言った条件が飲めないのなら、この話を受ける気はない」
「勝つために堀北先輩の駒を攻撃する方法はなし、ということですね。それでいいスよ」
「こちらのグループに限らずだ。他の生徒を転がすようなやり方は認めない。おまえが何かしらに関与したと判明した時点でこの勝負は無効とする」
「さすが先輩。見逃してはもらえませんね。堀北先輩のグループ以外に協力を求めて、攻撃を仕掛けさせる、という手も考えていたんですが……」
「当然認められない」
「分かりました。勝負を熱望してるのは俺だけのようですし、ある程度の条件は飲みます。あくまでも正々堂々、どちらがよりグループの結束力とやらで高い点数を取るか。その勝負をしましょう。先に言っておきますが、勝った負けたにペナルティを設ける必要はありませんよね?あくまでもプライドを賭けた戦いということで」
プライドすら賭けるつもりは無いと言う姿勢を見せるためか、堀北学は無言のまま返答しなかった。ともあれ、これで大グループは結成され、次のフェーズに移ろうとしている。各部屋への移動だ。
だがその前にクソ面倒な堀北学の厄介オタクが声をかけてくる。放っておいてくれ。私は責任者では無いんだ。
「よう、諸葛。お前は責任者じゃ無いのか?怖じ気づいたか」
「私が責任者をやるのは容易ですが、それで他のクラスメイトの成長を奪ってしまうのは些か問題だと思いまして」
「勝ちに行くのを放棄したか?それとも特別試験を舐めているのか。葛城は優秀だ。それは認める。事実、生徒会内じゃ公然と俺に意見するが、有能だから切るに切れない。だが俺には勝てない」
「どうでしょうか。舐めているつもりはありませんよ。私はどこかの利己主義者とは違って自分1人の利益ではなくクラス全体の利益、そして所属する皆さん1人1人の利益と成長を重視しているので」
「ほぉ~そんな自己中な奴がいるのか。お目にかかりたいもんだな」
「洗面所に行かれるとお会いになれると思います」
「ハッ!言うじゃないか。まぁ良い。今回は責任者じゃないなら動くな。あくまでもこれは俺と堀北先輩の勝負だ」
「ええ。火中の栗を拾うほど暇ではありませんので。のんびり見物させて貰いますよ」
「それでいい。堀北先輩が卒業されたら次はお前だ。それまでに精々俺のやり方を学んでおくんだな」
高笑いしながら去って行った。かっけぇみたいな目で見ている2年生諸君は本当にそれで良いのだろうか。何がカッコよかったのか私には分からない。ひやひやしたぞ、と葛城に軽く咎められる。そういえば彼が一番奴と対峙しているのだった。申し訳ない事をしてしまったかもしれない。少しは反省することにしよう。
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<女たちの戦いⅠ>
男子たちが割とスムーズにグループを決定している一方で、女子勢はかなりの苦戦を強いられていた。2年生は割とスムーズだったが、1年生と3年生は相当に揉めている。理由は幾つかあるが、1年生は坂柳が原因。3年生はBとCの対立が原因であった。
ここで存在感を示したい坂柳は、南雲から貰った一之瀬の情報を有効に使う盤面を整えるべくまず前座として一之瀬への反抗を始めた。坂柳VS一之瀬と言う大きな流れにストップをかけられる存在である堀北は静観を決め込んでいる。Dクラスには女子の中心として椎名がいるが、彼女もまた平和主義的思想から静観していた。
「私が信用できないって言う根拠を示して欲しいな」
「ですから先ほどから申し上げているように不正蓄財の噂が絶えません。自クラスのメンバーをそのような存在に任せられるとでも?」
「それは事実無根だよ。言いがかりは止めてくれない?と言うより、これって坂柳さん自身の意見?それとも諸葛君の意見?」
「彼は関係ありません!」
坂柳は声を荒げて言う。一之瀬としてはごく自然な確認のつもりだったが、ここまでキレられることに少しギョッとしていた。同時に幾人かの生徒は悟る。坂柳は背後に諸葛孔明がいてそれによって自分は動いているのだ、と言う風に思われるのが嫌なのだと。埒が明かないと判断した一之瀬は質問対象を神室真澄に変更する。
「神室さん、その辺はどうなのかな?」
「はぁ……。どうして私に聞くの」
「ごめんね。でも、神室さんが1番諸葛君に近いだろうから」
「よくわかってるわね。……じゃなくて。一応アイツのために言い訳するとさっきから坂柳さんが言ってることは何も言ってなかったわよ。心中でどう思ってるかまでは知らないけど。ま、でも信用できないと思われるような心当たりがあるんじゃない?」
「それは……」
長引く言い争いで疲れていたためか迂闊だったと一之瀬は後悔する。あの契約、自分が破ったアレを諸葛孔明の側近たる彼女が知らない道理は無いのだから。沈黙してしまった彼女に勝ち誇った顔の坂柳。そこへやっと一之瀬のとっての救世主が現れた。
「そこまでにしないかしら」
静観を決め込んでいた堀北ではあったがこの争いがかなり長いためしびれを切らした。正直全然関係ないAとBの事情で自クラスが待たされるのが不快だったというのも彼女の心情として存在している。櫛田もやっと終わるのかとどこか呆れ気味だった。
「貴女たちの言っていることはどちらも根拠に欠けているわ。坂柳さんの方は不正の証拠がない。逆に一之瀬さんもやってないと言う証拠がない。どちらも証拠不足で堂々巡りよ。正直私たちもこれ以上待たされるのには無益さを感じているわ。もっと生産性のある活動に移った方が良いと思うのだけれど」
「……仕方ありません。ここは堀北さんの顔を立てて引いてあげる事にしましょう」
「納得はいかないけど、仕方ないかな」
何とか言い争いが終わった事に安堵した空気が流れる。そしてやっとこさっとこグループ分けが始まった。坂柳はここで退学者を出す訳にはいかない。Aクラス9人×2のグループを構成し、男子とほぼ同じような戦略を取ってくる。だが、先ほどから主張していることを崩さず、Bクラスを迎え入れない方針を示した。
とは言えアベレージの高いAクラスのグループは人気があったため、CクラスとDクラスは一之瀬に一定数の申し訳なさを感じながらも能力に心配のある生徒をそこへ送り込んだ。一之瀬は仕方ないのでAクラスのほぼいないグループを作る。ただし、Aクラスからも2人余りが出てしまう。その面子の行き先が問題であったが、一之瀬はそれを引き受ける事にした。坂柳への当てつけも込めながら。
神室真澄は、一之瀬への返答以外は事態を静観しつつ、状況把握に努めていた。諸葛孔明と接触できる時間は少ない。簡潔かつ明瞭に報告する必要があった。あまりにもマズい方向に進めば止めようと思ったが、そんな事も無く終わる。なお、坂柳は諸葛孔明の目であり耳である神室を自グループに入れるのを嫌ったため、グループは別々だ。神室自身も介護は御免だと思ってるので凄くネガティブなウィンウィンであった。
<女たちの戦いⅡ>
「成功時の報酬を考えればこれが一番合理的なんだよ。4クラス合同で組むことが出来ればもらえるポイント数が増加する。ここで妥協できないのはどこのクラスでも同じじゃない?4クラスで組むためにはAクラスの要求だって受け入れざるを得ないでしょう」
「それは……!そうだけれど!」
契約を忘れたのか、と言う目で3年Bクラスの猪狩はCクラスの綾瀬を睨む。
南雲が自分の信頼を裏切る事にショックを隠し切れなかった堀北学ではあったが、座してなすが儘にされるのを見過ごすわけにはいかない。まずはここ、小グループ分けでAクラスの生徒を1人で組ませないことに注力させる事にした。
橘茜を孤立させるには彼女をAクラスが1人しかいない小グループに入れる必要がある。何故ならば、彼女への妨害行為をするには証拠がない状態にしなくてはいけないからである。与えられている室内までは監視カメラは入れない。そこで何があろうと、証拠が出せなければただの妄言だ。しかし、Aクラスの人間が2人いたら。庇い合うだろうしそもそも妨害をしている最中に教師を呼ばれ、現行犯でお縄になってしまう確率がある。
だとすれば迂闊に手は出せない。自分達も退学のリスクがある以上、一定数真面目にやらざるを得ないだろう。それ故にAクラスは各小グループに所属する自クラス構成員の数を2人以上にすることを条件に持ち出してきた。そして間接的な味方であるCクラスは4クラスで組めば報酬が増えると提案。Dクラスもこれに飛びついたフリをしている。
今回の小グループ作成の肝は、小グループは単独のクラスでは作成出来ないという点にある。A、C、Dの3クラスで連携が取れてしまうと最終的にここがネックになりBクラスは譲歩せざるをえない。何故ならばこの3クラスだけで固まってBクラスを排除したうえでグループを形成することも不可能では無いからだ。そうなるとBクラスの女子全員の進退が危うい。
「猪狩、もう譲歩しないとBクラスは小グループを作れないかもしれないよ?」
Bクラス内からも不安視する声が出ている。小グループが出来無ければ、もっと言えばBクラスだけ参加できなければどうなるか?答えは明白だ。この試験に参加できない。無人島における坂柳のような事情の無い不参加。即ち、それは退学をも示唆しうる事例だ。どんなペナルティがあるのか分かったものではない。
「先生!もしここでBクラスが小グループに加わっていない状態でグループ登録をするとどうなりますか?」
「……退学です」
猪狩がもし粘った場合に備えてバス内で孔明より伝達された事項を綾瀬は教師に問うた。帰ってきた答えにBクラスは阿鼻叫喚となる。これまでの時間の内に、3年生の小グループはほぼ出来上がっていた。元々満員の20人いるクラスはAしかない。Aクラス女子が20人、Bクラスが17人、Cクラスが16人、Dクラスが15人。合計68人。同一学年の生徒が60人~69人の場合、小グループに必要な人数は8人~13人。68人からBの人数を引けば51人。これを最低人数の値である8人で割れば6.375。8人以上の条件を満たしつつ、6個の小グループを作れる。
これはつまり、Bクラスなどいなくても成り立つことを示していた。
「分かった分かった。Bクラスがそこまで譲歩したくないなら心苦しいけど、私たち3クラスは合同でBクラスの締め出しにかからせてもらうからね」
「そんな事……!」
しかし猪狩も馬鹿ではない。説明されたことを忘れてはいなかった。『教師は一切介入しない』。この文言がある限り、どうしようもないのである。Bクラスからごそっと17人いなくなればどのクラスも万々歳だ。CとDは目の上のたん瘤が消える。Aも厄介な下にいたのを消せる。不幸なのはBクラスだけである。元より通常状態で退学者を出してもペナルティが発生する。クラスポイントが17人の退学者が出た後に残るのか。答えはノーである。当然南雲も2000万×17人の救済ポイントなど出せない。
「さ、皆、さっさと報告に行こう!」
「待って、待って!」
「お願い、私を入れて!」
「手持ちのポイント全部出すから!」
「その子より私の方が多いわ!私を入れて!」
綾瀬の号令に呼応するように、Bクラスの女子は我先にとどこかのグループに入れて貰えるように交渉を始めた。最悪Aクラスで卒業出来ずとも、卒業はしたい。こんなあと数か月で卒業と言う時期なのに、退学など誰もしたくなかった。めいめいにクラスメイトを押しのけながら交渉をしようと試みている。少しでもいい条件を提示しようと必死だ。クラスを裏切る事も示唆している生徒までいる。このままでは暴動になってもおかしくなかった。そこそこに団結を保ってきたBクラスの面影は最早ない。この後退学を免れたとしても再起は不可能だろう。
この光景を綾瀬はドン引きしながら見ていた。諸葛孔明に提案されたいくつかの作戦の内、これを承認して使用したのは自分である。しかし、ここまで効果てきめんとは思いもよらなかった。橘茜は困惑している。堀北学から自分の身が危ないとは知らされていたが、どうもそんな気配はない。むしろヤバいのはBクラスの方である。堀北学が助けてくれたのか。それとも別の誰かが……?彼女の思考はそれで支配されていた。どうも堀北学っぽくない戦術であると3年間苦楽を共にしてきた勘が囁いていたのである。
「な……こんな……」
「助けて欲しい?欲しいよね。じゃあ、吐いてもらうか」
「な、何を……?」
「南雲から金を貰える契約をして、橘さんを妨害するつもりだったってね」
「それはCもDも同じはず……!……あ」
「事実だって認めたね。全員聞いてたし、言い逃れは出来ないなぁ」
「裏切ったのね!」
「裏切った?まぁうん、見方によってはそうかもなぁ。でもプライド捨てて2年生に這いつくばるのは御免だったしね。ま、表返ったってことかな。それより今、自分の置かれてる立場を理解しようか。このままじゃ皆退学。嫌でしょ?」
「それは……」
躊躇する猪狩にBクラスから罵声が飛ぶ。
「さっさと謝ってよ!」
「南雲なんかに頼ったのが間違いだったのよ!」
「わ、私は反対したわ!」
「よく言うわよ、いの一番に賛成してたじゃない!」
「全部猪狩さんの責任よ!」
Bクラスの転落は決まったも同然だ。この有様ではもう立ち直れない。そう確信した綾瀬は交渉に移る事にした。ここからは誰からの指示でもない、自分の意思である。
「猪狩さん、全部認めてこれから言う事に従うなら受け入れてあげるよ」
「……分かった」
「分かった?立場を理解してね。人にものを頼むときの大事な7文字の言葉、知ってるよね?」
「おねがい、します!」
「よろしい。じゃ、条件を言うよ」
突き付けたのは4つ。1つ、南雲との契約を全て認める事。2つ、これに協力しない事。3つ、南雲と接触する機会があったら計画は順調であると虚偽の報告をする事。4つ、この試験で平均点を割る点数を故意に取らない事。故意かどうかはA、C、Dの代表が決める。これを守り、契約するなら受け入れてあげるという内容だった。
非常に屈辱的。しかし、受け入れなければ未来は無い。持ってきた荷物の中に筆記具とルーズリーフは誰でも入っている。綾瀬は自分のそれを使用し、サラサラと事項と名前を書いていく。そこにAクラスの代表格の女子として橘が署名した。橘は堀北学の腰巾着と他クラスからは言われることもあるが、Aクラス内ではしっかりと女子のまとめ役をすることも多い存在だ。ドジをする時もあるが基本優秀な生徒である。
Dクラスの女子の代表も署名し、Bクラスの全員がこれに強制的に署名せざるを得ない状況になっていた。Bクラスは最早猪狩を女子の代表と認めていなかったのである。こうして何とかBクラスの女子生徒はグループに入る事が出来た。正確にはグループに『は』入る事が出来た。クラスの空中分解という今抱えるには大きすぎる火種を残しながらではあるが。
これでもし南雲がなおも橘を陥れたい場合、2年生に相当低い点数を取らせないといけない。それをしたとしても退学まで追い込むのは難しいと予想できた。加えて、この後諸葛孔明の指示を受けている神室真澄によって誘導されたそこそこ優秀なグループが橘のいるグループと組んだ。これによりほぼ南雲の計画は始まる前に頓挫したことになるのだった。
綾瀬はこの一連の流れを仕組んだ人物が味方であったことに安堵し、あの時呼び出しに応じて正解であったと胸を撫で下ろす。撫でる胸が無い事に若干苛立ちながら。
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用意された部屋は結構古めかしかった。しかし、古めかしいと汚いは違う。汚さはどこにもなく、シックで落ち着いた雰囲気だった。クオリティーとしてはかなり高い方に入るだろう。これは良い。少なくとも住環境が無人島より100倍マシだ。葛城を先頭にゾロゾロと部屋に入る。2段ベッドが8台、16人分ある。我々は15人。余った場所は荷物置きにでもしておけばいいだろう。
「俺、上の段良いか~?」
お気楽な口調でCクラスからの客人は言いつつ、早速上を占拠しようとしている。このほぼAクラスしかいないアウェー空間でそれが出来るのは素直に評価しよう。
「待って下さいね、それは話し合って決めるものです。リーダーであり責任者は葛城君。彼の指示なく勝手な行動は慎んでください」
「え~固い事言うなよ。モテねぇぞ」
お前よりはモテるよ!と叫びたくなるが呑み込んだ。ここで変なことを言って問題になっても面倒だ。
「諸葛の言う通りだ。Cクラスではどうだったか分からない。しかし悪いが、ここでは俺たちのルールに従って貰う」
「チェッ、けちけちすんなよなぁ」
と言ったもののそれ以上抗議する気は無く、上が良い人が順に上を確保することで落ち着いた。私は下の方が良い。コンセントが下の方にしかないので、ドライヤーやヘアアイロンを割と長時間使いたい私には下の方が良いのだ。長い髪の弊害は髪を乾かすのに時間がかかるという事。
武器であり遺品である簪を常に持っているために長くしているが、母の遺言通りに愛せる人が出来たら渡してしまい、髪を切ってしまいたい。誰かいないものだろうか。
「取り敢えず自己紹介をするべきだろう。まずは山内から頼めるか?」
「良いぜ!俺は山内春樹。小学生の時は卓球で全国に、中学時代は野球部でエースで背番号は4番だった。けどインターハイで怪我をして今はリハビリ中だ。よろしくう」
「……」
葛城が困った顔をしている。どうしたものか考えているのだろう。インターハイのハイはハイスクールのハイであるはずだが。英語のInter-High School Championshipsから来ている名称だったはず。後、何で全国まで行ったのに野球に転向したんだよ。更には中学3年で仮に怪我したとして、滅茶苦茶いい動きで上の段を確保しに行っていたが、まだリハビリ中なのか?
「インターハイって高校では……?」
「おいおいマジレスすんなよ~」
「えぇ……これって私が悪いんですかね?」
隣にいた的場に聞く。彼も顔を若干引き攣らせながら「いや、悪くない……」と答えてくれた。いずれにしても、厄介な客人であるのは間違いない。どうでも良いところで運を使いやがって。能力は期待できない。志願してじゃんけんするくらいだ。期待などする方が馬鹿を見る。せめて少しは協力的であって欲しいと切に願いながら、林間学校はスタートしたのだった。