ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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モラルある政治家は、国にとってなにが最善かをモラルを踏まえて考える。モラルを説く政治家は、自分の政治のためにモラルを利用しようとする。

カント『永遠平和のために』


46.高貴さは義務を強制する

 初日の食事時。これはグループ分けが行われた後に存在する男女が交流できる最初の機会であった。この時間、普通の生徒にとってはある種のボーナスタイムなのかもしれない。そうでない者はここでも気を抜けない。情報収集や学年を超えた交流。これらを行う必要があるからだ。

 

 堀北学とは同じ大グループなので交流はいつでもできる上にさして不自然ではない。だがそれ以外の協力者とは接すると自然ではないと思われる可能性が存在している。その唯一の例外が私の部下、即ち真澄さんである。彼女と私はセットで考えられていると葛城も言っていた。であれば、共にいても不自然ではないだろう。

 

 これを鑑みて、3年の協力者たる綾瀬には何かあった場合は真澄さんに話を通すように伝えておいた。ここで組ませれば伝達も容易になるだろう。これだけの人数がごった返している中だ。合流も容易ではないと思っていたが存外にもスピーディーに合流する事が出来た。

 

「よく見つけられたな」

「その顔と髪は目立ってるわよ。身長高くて、髪の長い装飾品付いてる男子を見つけるなんて、そんなに難しい事じゃないし」

「そうか。ま、私としては助かる。今後も真澄さんが発見してくれ。その方が効率的だ」

「了解」

「それで、首尾は」

 

 周りを見渡したが、聞き耳を立てている生徒はいない。私にしてみればこの手の観察はお手の物だ。街中で平然と会話することも出来る。逆に、それを尾行している者や盗み聞きしようとしている者がいれば、すぐに気配で分かる。長年鍛え上げた探知能力が大丈夫であると告げていた。

 

「上々」

「3年は作戦の内何を選んだ?」

「プランB」

「ほう?なるほど。随分と過激なものを……。それで結果はどうなった」

「Bは崩壊寸前だって。人間関係が徹底的に破壊されてたって苦笑いしながら綾瀬先輩は言ってたわよ」

「だろうな。この時期の退学など、特に3年生なら死んでも嫌だろう。何としてでも生き残ろうとするはずだ。どうせもうすぐ終わる人間関係。後少しだけなら、裏切ってももう2度と会わないかもしれない。そんな心理が容易に他人を蹴落とす方へと走らせる。人は存外、自分自身の事しか考えていないものだからな」

「えげつない事するわね」

「自分から地雷原に飛び込んできたのは向こうの方だ。人を撃とうとしておいて、自分が撃たれるのは嫌と言うのは通じない道理だろう?」

「それはそうだけど。橘先輩は問題なく普通のグループを組めたみたいね。仲間のAクラスの生徒ももう1人いるみたいだし、退学にはならないでしょう」

「そうか。であれば問題ない。これで作戦は概ね完了だ。後はほころびが出ないかだけ見張れば完璧だろうさ」

 

 事実、ここから南雲が巻き返すにはもう寝返っているCとDを再度自分の味方につける必要がある。そもそも寝返られたことに気付いているのかも謎だ。気付いていないのだとしたら、もうどうしようもない。彼の心境としては堀北学がどんな顔をするのか楽しみでしょうがないと言ったところか。私が損得を考えて、今回の試験では彼に牽制された内容に従って介入しないと考えているのだろう。

 

 だがしかし、実際は南雲の牽制より前に動いていたのだからして、私は彼の言ったことを守りながら彼の妨害をしていることになる。とは言え、彼に私を咎めるべき正当な理由は無い。私は彼の牽制を受ける前にお膳立てをしただけ。後実際に行動するのは堀北学や綾瀬の仕事だ。

 

「そちらの小グループはどうだ。上手く行きそうか」

「ま、退学にはならないでしょ。上に行けるかは分からないけど……まぁ精々頑張るって感じね。責任者になったし」

「そうか。……責任者!?」

「そんなに驚くこと?」

「いや……別に良いんだが……大丈夫なのか?万が一の場合は退学のリスクもあるんだぞ」

「大丈夫でしょ。大グループは橘先輩と同じところだし、別にそんな成績の悪い子の集まりじゃないから。面子も上位入賞目指してやる気ある人が多いから何とかなると思ってる」

 

 自分なりに考えて動いて欲しいと思って敢えて彼女自身の見の振り方には指示をせず放り出したが、しっかりと出来ているようだ。責任者になるとは驚きだったが、上位に入れたのならばポイント面ではかなり+になるのではないだろうか。-に入ると目も当てられないが……。これくらいは信じて見守る方がきっと後々のためになるはずと思う事にした。

 

「なら良い。生き残る事を第一に考えてくれ。あぁ、聞き忘れていたが坂柳はどうだった」

「盛んにBクラス、特に一之瀬が信用できないって騒いでた」

「それ以外の反応は?」

「Aクラスの女子は『なんだコイツ』って眼で見てた。CやDも同じ」

「だろうなぁ。一之瀬は学年内で相当な信用を得ている。約束を守り、律儀で優しいとな。ま、生徒会関連の契約は普通に破っている訳だが」

「じゃあ、信用に値しないと思ってるの?」

「追い詰められた時の対応は案外普通の人間、保身に走る臆病さを持っていたのだったと少し失望しただけだ。信用度で言えば坂柳なんかよりも何倍も上。……0に何を掛けても0か。ともあれ、他の奴らよりは信用できるというのは間違いない。Bクラスの女子は相当お怒りだっただろうな」

「ガチギレしてた。ま、残念でもないし当然だけど。アンタ、メッチャ恨まれてるわよ」

「あ~しまったなぁ。まぁそうなるよなぁ」

「坂柳の後ろにアンタがいると思われてる。一応否定はしたし、坂柳がムキになって否定してたけど、それでもね。一之瀬は私を信じたっぽいけど、疑い深い子は私と坂柳とアンタが組んでいて、全て演技なんじゃないかって探ってる」

「全然違うんだがまぁ、黒幕に見えるのか……」

「違和感ないからじゃない?ま、それにBクラスとしてもプライドがあるだろうからさ」

「プライド?」

「落ち目でもうほとんど誰からも警戒されてない坂柳に敬愛する一之瀬を貶されて、貶められてるって考えるより全校が動向を注目するアンタが裏で糸を引いてる、それに攻撃されているって考えた方がBクラスの面子も保てるからじゃないかって思うのよ。アンタが実際に裏にいるかは関係なく、そうだって信じたいから疑ってる……みたいな?」

「なるほど」

 

 一之瀬の事だから強く言い返さずに終わったのだろう。名誉を傷つけられ、あらぬ疑いをかけられているクラスのリーダーは憤慨するでも敵意を露わにするでもなく流してしまった。でも自分は怒りを抱いている。やり場のない感情を坂柳に向けても惨めになるだけだ。坂柳など、そこらのBクラスの生徒より価値が低いとみなされつつあるのだから。だからこそ私を恨む。私が背後にいると思えば、強敵が背後で糸を引いていると思えば、少しは怒りを向けても自己を正当化できるから。悪逆非道にして陰険な私を攻撃すれば一之瀬のためと称して自分の怒りをぶつける事が正義に見えるから。

 

 真澄さんの読みはなかなかに深く、同時に真理を突いている部分があるのではないかと思わせる言葉だった。

 

「Bクラスの生徒は善人で平凡な市民なのだろうな。それが良い悪いは置いておいて、だからこそ反応も読みやすい。龍園や個々人が何をしでかすか、或いは言い出すか分からないCクラスの生徒よりよっぽどありがたい」

「あぁ、そう言えばアンタの小グループはどんななの?」

「Aが14人。そこに1人だけCがいる。コイツがなぁ……」

「そんなヤバいの?」

「……あまり人の悪口は言いたくないが、どうも不真面目な感じが漂う。成績不良の者が送り込まれているのでさもありなんと言った感じだが……ただ成績不良なのと性格面に問題があるのとはまた別問題だ。それに言動が若干ムカつく」

「そっちの責任者は誰?」

「葛城だ」

「うわ~可哀想に。ま、でもクラスの事は基本アンタに任せてるんだし、たまにはいいとこ見せないとね。それはそれとして私ならそんな面倒な人なんて引き受けたくないけど」

「私だって嫌だとも。だが、これが一番堅実かつ合理的な判断だ」

「なら仕方ない、か。まぁお互い頑張るしかないわね」

「まったくだ」

 

 先が思いやられる。だがまぁ一週間ほどの我慢だ。それくらいなら余裕で耐えられる。どうにかしてボーダーを割らず、かつ出来れば高得点を狙いに行きたい。あの山内とか言う生徒をどうにかしないと、面倒になる。全く当てにならない自己紹介だったのでそれは無視しつつ、見た感じ体力は普通そうだ。なら後はそれ以外の課題についてだろう。ここをテコ入れしないとどうにも出来ない。

 

 ため息を吐いている私を、真澄さんはおかしそうな目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪のチラつく山の中にいる。大きな施設。ここが数ある反政府武装勢力の内の1つ、その根拠地。そこにいた多くの構成員は皆物言わぬ骸となり果てていた。最後の一人、ここのリーダーと思わしき人物を前に、私は銃を向けている。

 

「どうして……どうしてだ!お前たちも同じだろう!我ら民族と同じように、お前たちだって中央政府によって苦しめられてきたはずじゃないか!」

「……」

「俺たちはきっと分かり合えるはずだ……なぁ、そうだろう!一緒にやろうじゃないか。俺たちが街中でテロを繰り返す。それをお前たちが見逃す。そうすれば治安維持の出来ない政府に民衆の不満も高まるはずだ。そうなれば、打倒の糸口だって、きっと!」

「そうか」

「!分かってくれるか?だったらその銃を下ろしてくれ。同志をやられたのは憎らしいが、目的のためなら尊い犠牲だったと皆分かってくれるはずだ。さぁ、頼む!」

 

 私は男に向かって引き金を引く。銃声が木霊して、断末魔を残しながら男は血を吹き、崩れ落ちた。

 

「なぜ……だ……」

「生憎だが、中央政府に恨みはあっても一般市民に恨みはない。罪なき国民に向ける銃は無いのだ。尤も、聞こえているかは怪しいが」

「う……ぁ……」

 

 憎悪の籠った眼で這いながら私を見上げる男に向かい、私はもう一度銃口を向け―――――――

 

 

 

 

 

 

「……嫌な夢を見たものだ」

 

 冬の山と結びついた記憶は幾つもある。中でもこれとは。夢とは一説によれば記憶の整理だともいう。もしくは、今抱えている問題を解決するための方法を記憶の中から探しているのだとも。今抱えている問題……南雲か山内か。いずれにしてもあんな記憶を使ってどう解決すると言うのか。最後の手段を使う事は、この国では無いだろう。この国の、少なくともここでは。だってそんな事をした日には……。

 

 『近寄るな、殺人鬼!』私の脳裏に、こう叫ぶ彼女の声が聞こえた。……どうして、こんな声が聞こえたのか。聞きたくないと思ったからなのか。もしかしたら色んな疲れや先ほどの悪い夢見のせいなのかもしれない。好き好んで引き金を引いているわけではない。そうだとしても、やった事は変わらない。こんなことが露見した日には、彼女は私から去って行くだろう。

 

 いや、いずれそうなるのは確定だ。ここを卒業したらもう、会う事は無いだろう。それがきっと、彼女のためになる事だ。寂しい事だが……寂しい?何故私はそんな事を。視線をずらし、時計を見ればまだ5時。起床時間は6時だが、もう2度寝をしても寝られないだろう。

 

「はぁ……」

 

 何度目か分からないため息を吐き、寝静まる部屋をそっと後にして、外に出る。雪がまばらに積もっている山肌は茶色と白のわびしいコントラストを呈していた。鳥の声が少しだけする。空を見上げればうっすらと白み始めていた。吐く息は白く、空へと消えていく。

 

 誰もいないだろうと思っていたが、人の気配がする。振り向けば、遠くから金髪の男が走って来るのが見えた。金髪自体が少ないが、あのガタイからすぐにわかる。高円寺だ。どうやら早くから起きて走っているようである。元気なことだ。

 

「やぁやぁ、君も朝からトレーニングかい、ミスター諸葛」

「いえ、私はちょっと早く目が覚めたので外の空気を吸いに。それにしてもお元気ですね。どんなカリキュラムがあるかも分からないのに」

「私の体力は桁違い。ノープロブレムなのさ。それに、同室の生徒は誰も注意しないからねぇ。好きにさせてもらうのさ」

「なるほど。ルーティーンを崩す方が却ってよろしくないかもしれませんから、まぁそれは人それぞれでしょう」

「そうだとも。それに、君も私と同じように出来るのではないのかい?」

「さぁ、どうでしょうか。仮にも敵クラスですからね。手の内は明かしたくありません。凡人相手ならまだしも、貴方は強敵でしょうから」

「妥当な戦略だねぇミスター」

「前々から少し気になっていたのですが、どうして他の生徒はボーイやガールなのに、私だけミスターなのです?」

「当たり前の事だとも。ボーイやガールは知っての通り子供、ないし未成年を指すものだろう?未成年なのは当たり前として、私がこう呼んでいるのは敬意に値する者がいないからさ。私が至上なのを前提とすれば、他の生徒は皆アダルトである私と比すると内面や能力はボーイやガールだろう?尤も、そのボーイやガールに更に劣るリトルな存在もいるわけだがねぇ。これと逆に、私に匹敵する存在には無論敬意を払いミスターないしミス・ミセスと呼ぶのさ」

「私はその対象だと?」

「そうでないと言う者は目が腐っていると言わざるを得ないと思うがね」

「高評価どうもありがとうございます。しかし、綾小路君は貴方と比べても遜色ない実力者だと思いますが?」

「そうだろうねぇ。だが、正体を隠すと言う行為をしている時点でナンセンス!強者は強者として君臨するのが相応しいのだからして、彼の行動はナンセンスさ」

「手厳しい評価ですね」

 

 だが筋は通っている。それに、人の性質をよく見ている。私を認めたのはいつの段階だろうか。恐らくは無人島であると考えている。それまではそこまで大きく目立つ動きはしていない。クラスに関わっていなかった高円寺と接触する機会も無かった。

 

 高円寺家の御令息である彼はなかなかに謎が多い。財閥に喧嘩を売るのは非生産的なので彼に関してはノータッチで終わらせている。この前、クリスマス前に起こったあの集まり。あそこで高円寺は堀北に対し私となら戦ってもいいと言っていた。当然、堀北はそれを基軸に戦略を立てるだろう。高円寺と言う男は自分で言ったことは守るタイプの人間だ。綾小路もいたのだし、利用しない手はないと考えているはずだ。どこまで本気なのかは分からないが……。

 

「私と戦いたいのですか?」

「機会があったのならば。欲を言えばこの箱庭ではなくもっと広い世界で戦いたいが、今は特別試験とやらで我慢しておこうと思っているところだよ」

「そうですか。肉弾戦でもご希望ですか?」

「それも悪くないが止めておこう。優雅さに欠けるからね」

「同意しましょう。人類が霊長たりえる理由であったこの頭脳を使ったもので戦う方が平和ですし何より文明的だ」

 

 肉弾戦など面倒で困る。暴力的な事に訴えずに済むならそれに越した事は無い。もし私がこの辺に躊躇しないならば、坂柳や南雲などは今頃病院送りだ。

 

「そう言えば君は孔明ティーチャーと呼ばれていると小耳に挟んだが」

「ええまぁ。光栄な話です。若輩の身ですが先生などと呼ばれることもありますね」

「ふむ。であれば、この私の指導も出来るのかね?」

「……それに何のメリットが?」

「いや、私のただの興味本位さ。果たして皆がティーチャーと呼ぶ才能、その実態がどんなものなのか。この目で見たくなったのだよ」

「そうですか。貴方の指導するべきところ……実力はあれど、高貴さに欠けるとかでしょうか」

「ほう?」

「高貴である事を望むならばnoblesse obligeを実践されてはいかがでしょうか。この言葉の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない不文律の社会心理です。貴族、ないし社会的身分の高い存在であらんと欲するならば、『社会の模範となるように振る舞うべき』でしょう」

「では、私にクラスメイトと協力しろ、と言う事かね?」

「それがこの学校と言う社会では模範なのですから、そうなるでしょうね」

「非合理だねぇ」

「見栄も張れない栄華などご免だ、と言うのが高貴な世界の普遍的理念でしょう。合理だけでは済まない感情の世界なのですから。高貴を自称するなら、それに見合った行動が求められるのも事実。ま、ここであまり皆に合わせすぎるとかえって自分が堕ちる事になりそうですから程々で良いとは思いますがね」

「なるほどなるほど。大変結構だよ。やはり君はミスターだ。私に一考に値する言説を言ってのけたのだからねぇ。ただ協力を求める堀北ガールよりよっぽど私の心に響いたさ」

「ならば良いのですけどね。私としては貴方にはそのまま自由人でいてくれた方がありがたいですけれども」

「ハハハハ、それは私が決める事だとも」

「その通りですけれどね」

「おや、そろそろ時間だ。それでは私は失礼するよ、アデュー!」

「ええ。さようなら」

 

 優雅に歩きながら高円寺は去って行く。なかなかに癖の強い人間だった。しかしこうして話すという滅多にない出来事を経る事で何となく彼の人間性などが見えてきた。これは大きな収穫だ。一見自由奔放に見えて、彼はしっかりと自分の中の信条に従いつつ損得も見つつで動いている。それを少しでも読む事が出来れば、彼の予測の難しい行動も予測が立てられるようになるかもしれない。

 

 そろそろ6時が近付いてきた。寝起きの髪のままここに来てしまったが流石にそれを放置はよろしくない。私も部屋に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻れば、誰も目覚めることなく爆睡中だった。何だかんだで疲れているんだろう。寝られるときに寝てしまった方が良い。あまり音を立てないように寝癖が少し付いている髪を鏡で見ながら直していく。前髪が大分長くなってしまった。ピンで止めても良いが、あまりおでこを出したくない。なので、今度切らないと。髪用のハサミは流石に持ってきていない。今週くらいは大丈夫だろう。

 

 そうこうしていると、軽快な音楽が流れてくる。軍学校みたいだ。朝の起床ラッパが鳴るのはどこの国でも同じだろう。とは言え流石にここは軍ではない。皆う~んと唸りながら眠そうな目を擦りつつ起き上がる。中にはしばらく布団の上でボーっと座ってる奴もいる。気持ちはわかるとも。寝起きは脳が死んでいる。

 

 その中でも葛城はいち早く覚醒していた。流石と言うべきか行動がキッチリとしている。かけ布団をしっかり畳んでいるのは高評価。起きない生徒は叩き起こさないといけない。

 

「おはようございま~す。おはようございます!お~い、起きろぉ!朝ですよぉ」

「う、う~ん……うわぁぁぁ!」

「なんですか急に大声出して」

「いや、あ、良かった。貞子かと思った」

「酷いなぁ。私ですよ私。髪下ろしてるからそう見えるだけですって」

「いや、孔明先生がいつもの感じじゃないの見たの初めてだから……」

「ああ~そう言えばそうかもですねぇ」

 

 無人島ではいつも通りだったし、船上でも同室の人よりも早く起きて遅く寝ていた。強いて言えば体育祭くらいだろうか。

 

「ほら、さっさと起きてしまいましょう。ペナルティがあるかも分からないですし。私も髪セットできていないんですから」

「お、おう」

 

 全員起床して着替え終わる。私もセット完了。ちょっと髪を濡らしたり、ヘアアイロンしたりと長い髪の維持は面倒だし時間がかかる。明日からも私はちょっと早めに起きる必要がありそうだ。普段は自分のペースで良いが、ここではそうもいかない。しかしこれも林間学校や修学旅行の醍醐味だろう。やる事がほとんど毎日同じなのを除けば楽しい時間になるはずだ。

 

「皆揃ったな。……山内、布団は畳むべきだ」

「えー、そんなのやれって言われてたっけ?」

「言われていないことはやらなくていい、と言うのが既に間違いだ。我々がいない間、部屋をチェックされ生活態度も密かな採点対象になっている可能性を考えないのか?」

「そんなの考えすぎだろ」

「そうやって諸葛が気付き、Aクラスに伝え、そこから4月の後半に各クラスに伝わったはずのクラスポイントシステムを考え過ぎと一蹴した結果が0ポイントでは無いのか?」

「それは……」

「ともかく、キッチリしておいて困る事は無い。逆は無限にあるがな」

「……分かった」

 

 葛城の先導で大グループごとに指定された教室へ向かう。堀北学などの3年生やその他の2年生に挨拶をして、着席した。ほどなくして担当教師がやって来る。そこで今後の予定を説明された。なんでもまず点呼をし、その後掃除をする。そして更に朝夕に座禅をしないといけないらしい。う~ん禅寺か?修行僧になった気分だ。いや、まぁ大した手間ではないけれど。宗教的な修行と言うのはしたことが無いので、その疑似体験と思えば面白いかもしれない。

 

 案内されたのは敷き詰められた畳の部屋。何かの道場みたいな場所だった。い草の香りが漂ってくる。悪くない場所だ。今は無人の幽霊屋敷と化している実家を思い出す。あそこは和風建築だったので畳張りだった。畳のヘリを踏まない、敷居を踏まないくらいの基礎事項は常識として覚えておきたいものだ。Aクラスはその辺大丈夫そうだが……またお前か山内。イラっとしたがこれは親が教育していなかったり今まで畳や和室に縁のない環境にいたならば仕方ない。

 

「畳のヘリを踏むな」

「なんでだよ」

「そういうマナーになっている。ここではそう言ったこともテストされるはずだ」

 

 注意をする葛城を、担当講師と思しき初老の男性は軽く笑顔を浮かべつつ見ていた。葛城の予想通り、減点されかねないものだったようだ。

 

 ここでは歩く時だけでなく立っている時も左右どちらかで握り拳を作り、それを反対の手で包み込み、鳩尾の高さに持っていく叉手(しゃしゅ)をしないといけない。と言うかこれウチの国の文化じゃないか。いやまぁ仏教系のものは大体中国発祥だから良いのだけど。

 

 また、座禅の説明を受けた。これが精神統一や瞑想のためのモノであることは有名だろう。禅宗はこの座禅に重きを置いている。よく、何も考えないと言うがこれは間違いであり、正確にはイメージが大事だ。私は林間学校に来たはずなのになんでこんな宗教の事を考えているのだろうか。共産国家は無宗教です。

 

 十牛図とか久しぶりに聞いた単語だ。これはイメージのための方法を書いた絵で、わが国北宋時代の臨済宗楊岐派の禅僧・廓庵が考案したものだ。残存する図は少ないが、日本の相国寺とかにあったはず。ハイデガーにも影響を与えたと言われており、京極夏彦の小説にもこれを題材にしたのがあったのを思い出した。

 

 今まで瞑想などしたことなかったが、やってみるとこれはこれでなかなかに面白いものである。

 

 

 

 

 それが終われば朝食だ。あまり量が無いが、しっかりと栄養バランスは考えられた一汁三菜で構成されている。明日からは全てグループ内で作らないといけないらしい。面倒だが食材もレシピも用意されている通りの物を作ればいいのだから楽だ。メニューを考えるのが一番大変だと個人的には思っている。私は毎回同じでも耐えられるが、真澄さんがな……。あんまり同じだと微妙な顔するからいつも割と被らないようにしている。

 

 無人島の時に比べれば大分楽なのは言うまでもない。分担も話し合って決めろと言われたが、残り朝食を作る回数は明日から最終日までの6回。1学年が2回ずつやれば終わる計算だ。それは上級生も当然承知しているので、平等に分担することで決まる。初回、つまり明日は1年生からやる事になった。この辺は葛城がしっかり上級生とコミュニケーションを取っている。

 

 堀北学は責任者では無いが、責任者をやっている生徒と並んで3年生をまとめる役を担っている。葛城と1年仕事をしてきているので、相性的にも悪くは無いしコミュニケーションも容易だ。元々2人とも真面目なタイプなので、そりが合わないという事も無いようである。これならば送り込んだ私の顔も立つと言うもの。一之瀬は私の面子を潰したが、葛城にはそうなって欲しくないものだ。

 

 雨天の際はラッキーだったと思うことで話はまとまり、食事が始まる。この後にもカリキュラムは詰まっている。しっかり食事をしておくことも肝要だろう。

 

 

 

 

 

<女たちの戦い(?)Ⅲ>

 

 朝食は自分達で、と言われたときの反応は男女ともに大差は無い。一般的な偏見で、女子は料理洗濯等の家庭科に分類される行為が得意と思われがちだ。無論、専業主婦などはプロともいえるだろう。しかし、ここにいるのは高校生。得意と言える生徒が多いわけではない。むしろ今まであまりやってこなかったという方が多い。

 

 ポイントの少ない下位クラスは自炊を強いられることもあるが、上のクラス、特に諸葛孔明のおかげで毎月15万近くが振り込まれるAクラスは自炊の必要は特に無かった。考えてみれば、光熱費や家賃、通信費などが全て無料、医療費等もかからない状態で毎月フリーに使えるお金が15万。しかもまだ15、6歳の子供なのにである。東京都の時給が1000円強なのを考えてもバイトをすれば一体どれだけ働かなくてはいけないのか。

 

 そんな額を使えるのだから、いくらAクラスが節約をするよう言われているとは言え、炊事くらいはしなくても余裕なのも妥当であった。しかしここに来てそれが仇となる。余り女子でも料理が出来る人がいないグループに意図せずなってしまった上に更に責任者でもある神室真澄はその問題に直面していた。

 

「どうする……?」

「う~ん」

「まぁ、見よう見まねでやるしかないか……」

 

 同学年の女性陣はあまり役に立たない。出来る事なら楽をしたかったが仕方ないと諦め、神室は指示を出す事にした。

 

「レシピは書いてあるからそれ通りにやれば出来るはず。難しいのは私がやるから」

「神室さん、出来るの……?」

「ま、少しはね。朝は作ってるから」

 

 これに同じ小グループを組んでいる他クラスの女子はホッとしたような顔になる。なお、Aクラスの女子は――

 

「ねぇ、昼と夜は?」

「昼は買ってるか、たまにお弁当だけど。夜はアイツが作ってるから……」

「アイツって誰?」

「あんた普通に考えなさいよ、孔明先生よ」

「あ~そっか。じゃあ昼のお弁当も?」

「そうに決まってるじゃない」

 

 などと遠慮なく神室を質問攻めにしていた。その後彼女たちは結構しつこい事にイラっとした神室によって、割と余裕がありそうだから仕事を増やすと宣告され悲鳴を上げることになる。

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