ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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どんなことにも教訓はある。君がそれを見つけられるかどうかだ。

『ルイス・キャロル』


47.努力と妄想

 1日目の午後はマラソンをやらされた。まだ初日だから大した事は無いが、これ苦手な人は結構きついと思う。他の授業も色々あるが、大半が『社会性』に重きを置いた内容になっているのは明白だ。冬山での疾走などお手の物ではあるけれど、他の面子にも気を配らなくてはならない。

 

 自称スポーツの天才君は普通の体力だった。いやもうちょっと行けるのかと思っていた。ホラを吹くにしても多少は運動神経に自信があるからこその発言なのかと……。ただよく考えてみれば体育祭でもさして目立っていなかったし、まぁ良くも悪くも普通程度なのだと思う。

 

 夕食はサッサと食べてしまい、空いている時間を見てスッとお風呂に入ってしまいたい。髪を乾かすのに時間がかかるのもあるが、私はあまり他人とお風呂に入るのが好きではない。温泉は好きなのだが、大浴場は苦手だ。

 

 歩いていると廊下に人だかりができている。何事かと思い覗いてみれば、坂柳が尻餅をついていた。

 

「悪い悪い。大丈夫か?」

「ええ……心配いりません」

 

 誰がぶつかったんだ、流石に前を見て歩こうかと思って相手を見れば山内じゃん。君か……。いいや、知らん。もうどうにでもなれ。坂柳は差し出された手を取らず、転がった杖を掴んで壁を使いつつ自力で立ち上がった。痛々しい光景である。山内は流石に良心が残っているのか、申し訳なさそう、と言うよりは所在なさげな顔をしている。

 

「じゃあ、行くけど?」

「ええ。どうぞお気になさらず」

 

 笑ってるけど目が全く笑ってない。

 

「いやさ、坂柳ちゃんって可愛いけどさ、どんくさいよな」

 

 あ、ふ~ん。そういう余計な事を言うから。ほら見てみろ。お前の背中を見つめる坂柳の顔に憎悪の炎が灯ってるぞ。今、彼女はクラス内で立場を失いかけているためにかなり余裕がない。この前聞いた話によると一方的に感情を抱いていた綾小路にも袖にされ、怒り心頭だろう。そんなときに屈辱を味わうことになれば……その原因の排除に動いても不思議ではない。

 

 腐っても彼女は優秀だ。私や綾小路などならともかく、山内くらいならすぐに陥れる事が出来るだろう。まぁ私は止める気は無い。もう成長の見込みがほぼない生徒の実力を知ってもどうしようもないからだ。しかし、理事長はあれのどこに将来性を見出したのだろう。もっと良い人はいたはずなんだが。後、推薦した中学は何を考えている。もっと優秀な人を、せめて性格面ではもっとまともな人を選んで欲しかったと切実に思う。……坂柳理事長への殺意が湧いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 木曜に始まった合宿も早3日目。今は土曜日だ。今日は朝食を作らねばならない。他の小グループも作成している様子が見受けられた。上級生との決定により、初回の朝食は我々が作ることになっている。山内は不満たらたらな顔で目覚めてきた。皆眠いのは同じだがポジティブに行こうとしてる中1人だけネガティブオーラをまき散らしていると非常に迷惑なので止めて欲しい。

 

「眠いし寒ぃ!なんで俺らが料理なんてしないといけねぇんだよ……」 

「試験だ、諦めてやるぞ。文句を言うより、受け入れてしまった方が精神的にも楽になるはずだ」

「でもよぉ、男が料理なんかしなくても良いだろう~?」

 

 葛城は疲れた顔をしている。一事が万事この調子だ。大体いつもこうして不満を漏らしている。気持ちはわからんでも無いが、言わないのが社会性では無いのかと思ってしまう。皆我慢しているから、と言うのは同調圧力だし、時にはしっかり不満を言う事も大事だ。しかし、今は言ってもどうにもならない上にむしろマイナス面の方が大きい。

 

 ただ、料理できないと言う生徒はAクラスにも結構いる。

 

「葛城君、ここはお任せください。得意分野ですから」

「そうだな。無人島でも活躍していたし、頼んだ」

「はい、お任せを。さぁ皆さん。ほら、ぼ~っとしてないでやりましょう。やり方は小学生でもわかるレベルで書いてあるんですから。分担すればすぐ終わります。私が見ているので、取り敢えずレシピを読みながらやって下さい。今時男性も料理できないといけませんよ。どうするんです、奥さんと共働きだったら。先に帰っている癖に遅くに帰宅した奥さんにご飯まだ~とかほざくクソ亭主になりたくないなら今のうちにやりましょう。じゃないと離婚ですよ離婚」

「「「は~い」」」

 

 ま、やるしかないよねと言う顔で各々動き始めた。こういう時自分で気付き考え行動できる勢はありがたい。分担もスムーズに分けててきぱきと動き始めた。私は何か問題が無いかの監視をしている。葛城が割と器用に野菜を剥いていた。

 

「上手ですね」

「妹が入院しがちなのは言っただろう。両親が見舞いで不在な事も多くてな。自炊は基本だった」

「流石です」

 

 なんか戸塚みたいな事を言ってしまったが、家族のためにしっかりと自分で出来る努力をしているのは尊敬に値する。妹さんの病名は葛城について調べた際に一緒に出てきたが、そこまで悪いものでは無かった。治るかは微妙だが、それでも命に別状が!と言う事態になるようなものではない。医療費はかかるが……。

 

「う~ん、卵焼きムズそう……」

「まぁ取り敢えずやってみて下さい。横で指示しますから」

「頼んます」

「液は出来ましたか?」

「レシピの通りに入れたけど」

「どれどれ、あ、これ甘くない奴か」

「孔明先生甘い派?」

「私はどっちでも良いんですが、真澄さんが甘いのじゃないと嫌って言うので仕方なく。それはさておきマヨネーズぶち込みますか」

「マヨ?」

「冷めてもフワッとなるんです。これくらいかな。こんなもんで良いでしょう」

 

 この辺は見れば大体の分量はわかる。そこまで正確じゃなくても良いだろう。

 

「はい、まず小さな容器にサラダ油を入れて、キッチンペーパーを浸しておいてくださいな。そしたら油を卵焼き器になじませて……そう。で、中火です。微かに煙が出たら1/3の量の卵液を流し入れて下さい」

「…………そろそろか?」

「そうですね。投入!オッケ―です。気泡ができたら菜箸で潰してください。半熟状になったら奥から手前に巻きますよ。その時に卵を菜箸で巻くとダメです。卵焼き器を下45度から上45度に持ち上げるイメージで、弧を描くように動かすのがコツです」

「こ、こう?」

「はい上手。巻き終わったら奥にずらして、キッチンペーパーで空いた部分に油を塗り、巻いた卵を持ち上げて下にも塗って下さい。後は何回か繰り返せば完成です」

「お、おぉぉ、出来てる……」

「君がやったんですから当たり前でしょうに。良い感じですね。十分合格点ですよ」

「ありがとうございます!」

「いいえ、どういたしまして」

「孔明先生次こっち見てくれないか?」

「はいはい、ただいま」

 

 あちらこちらの様子を見たり指示しながら苦戦しつつも頑張っているAクラス男子諸君の調理を監督していった。まぁ皆良い感じに出来ている。やはり葛城が上手い。これで男子諸君の尊敬を集めていた。葛城は普通にいいやつなので、社会に出たら結構人気が出そうなタイプである。大学とかでも友人が多そうだ。

 

 その後上級生がやって来て、大グループで食事となる。堀北学筆頭に上級生からも良くできていると好評だったので作成者たちは満足げな顔をしていた。やはり、自分の作った飯を旨いと言って食べてくれる存在は料理において大事な原動力になる。レシピに書いてある事だけが全てではない。食事は文化であるのだからして、当然心理的な面も大事なのだ。

 

 私の場合は毎晩毎晩バクバク食べてる人がいるので非常に作り甲斐があるのだ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな日々を送りつつ判明した試験内容は4つ。

 

①禅……座禅を開始するまでの作法から、座禅中の体勢などを採点する。作法そのものの間違いや警策で叩かれたら減点となるだろう。

➁駅伝……小グループ単位で全18kmを走る。合計タイムがそのまま順位かスコアになって計算されるはずだ。1人あたり1.2km以上走ることになっている。

③スピーチ……授業内で言われてた採点基準は『声量』『姿勢』『内容』『伝え方』とのことだ。話すのはこの学校に入ってからの学びなど。Aクラスの生徒は問題ないだろうが、山内はこちらが用意した原稿を暗記させて言わせる方が良い。そうしないとむしろダメかもしれない。

④筆記試験……3学年合同で受けてる授業から出題される。出る事項は既に示されているので出そうな範囲を予測して徹底的に覚えさせる必要がある。主に山内に。内容は普段とは違い、倫理や宗教に関することや文化史が多い。美術系もあったので真澄さんがお昼の時に凄い生き生きとしていた。

 

 まぁ他にも『食事』だの『清掃』だのあるが、基本はこの4つであるはずだと葛城なんかとも意見が一致している。真っ当にグループの結束力を高めつつカバーしあう戦略を取る王道な戦略を葛城は選択している。難しいようではあるが、山内だけに注意すればいいのでむしろそこまででもないかもしれない。

 

 ……真澄さんは大丈夫だろうか。大丈夫だと言われたがやはり不安がある。とは言え、この前の食事時に見かけた際にはグループの生徒全員で固まってコミュニケーションを取っていたので何だかんだ上手くやっているのかもしれない。

 

 他の女子からの報告もちょくちょく聞くが、一之瀬に拾われた2人は充実しているそうだ。坂柳が勝手に騒いでいるだけで元々Aクラスの女子に一之瀬への敵意は無い。そのまま一之瀬に従うように指示した。一方の坂柳と一緒のところはなかなか苦戦しているようだ。結果が悪かったらごめんなさいと言っていたので大体坂柳が悪いから大丈夫だろうと励ましておいた。

 

 男子は頑張ってコミュニケーションをしているそうだ。強制的に他クラスと話さないといけない環境に行ったために少し疲れているようだったが、それでも頑張ると言っていたのでその言葉に期待したい。橋本のグループはなかなか大変そうだが、幸村と綾小路が必死に引っ張っているそうだ。高円寺も少し協力的になったそうで、掃除などにもしっかり参加するようになったと言う。

 

 戸塚に関して聞けばまだ時間がかかりそうだが少しは改善の兆しアリとの報だった。橋本の観察眼は確かだ。信用して良いだろう。ここで私に嘘を吐くメリットなど存在しないのだから。

 

 

 

 

 ゴーっと鳴り響く音が室内に木霊している。この合宿では入浴時間は結構多めに取られており、その中ならいつでも行っていい仕組みになっている。ほとんど人のいない時間帯と言うのが存在するので、さっさとその時間に行くことにしていた。終わった後にドライヤーで乾かすのに凄い時間がかかるため、他の男子に迷惑だし、そもそもあまり他人と入りたくない。

 

 皆大体決まった時間に行って決まった時間に戻ってくるのだが、3日目の夜である今日は大分遅かった。何をしてるのか、何かトラブルでもあったのかと思っていれば、ワイワイと戻ってきた。

 

「随分と遅かったですが、何かありましたか?」

「いやぁ~いろいろな」

「そそ。負けられない戦いってヤツっすよ」

「?」

「風呂でやる男の戦いって言ったら1つっしょ」

「あぁ……なるほど……。いい年して何やってるんですか全く……」

「まぁまぁそう言わずに」

「そうそう。猥談恋バナ枕投げが3大修学旅行&林間学校の楽しみだからなぁ」

「ま、楽しかったなら良いですけど」

 

 あんまり私は好きではないけれど、生徒たちが楽しいならそれで良いだろう。誰かが被害に合っている訳では無いのなら、それで良いと思う。ま、私は絶対参加しないけど。そこから始まる恋バナ擬きに苦笑しつつ、見守る事にした。……エロい面ばかり見てるからモテないんだよ、山内。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

<女たちの戦い④>

 

 

 神室真澄にとって今回の試験は重要なものだった。いや、無論全ての試験は(通常の定期テストであっても)重要ではあるのだが、特に特別試験は取り分け重要である。加えて、今回は男女別。普段は諸葛孔明の戦略に従った行動をすれば良いが、今回は自分で考えて行動する必要がある。

 

 加えて、本来ここで指針を示すべき坂柳は何をトチ狂ったのか一之瀬に攻撃をするという事態に出始めた。これは流石のAクラスの女子も困惑を隠しきれなかった。このせいでBクラスの生徒と会うと露骨に睨まれたり聞こえるように嫌味を言われたり、散々だった。

 

 一之瀬は止めているものの、流石に彼女のいないところまでは統制が効かない。肩身の狭い思いを強いられている生徒もいる。勿論、皆一之瀬を攻撃するのを座視していた訳ではない。孔明はそこまで攻撃策を取らない事は流石に皆もう気付いている。無人島が精々だろう。あれも、妨害を仕掛けるのではなくあくまでもルールの範囲内で正攻法を多く使いつつ(龍園に集ったりはしたものの)概ね真っ当に生活していた。

 

 船上でも体育祭でもペーパーシャッフルでも勝ちに行けるところは普通に勝ちつつ、龍園のように全方位敵対外交をするでもなく割と平穏に生きてきた。それ故にAクラスの女子は、男子も含めてだが、あまり攻撃することに意味を見出せないでいた。だって今のままでも良いのだから。

 

 そう坂柳に提言した生徒もいたが、見せしめと言わんばかりにほぼBクラスで構成されたグループに送りこまれてしまった。一之瀬のおかげでフォローされているとは言え、やはり罪悪感は感じる。謂れのない中傷をされ、それでも坂柳と同じAクラスである自分達に優しくしてくれる一之瀬を貶す思考にはどうしてもなれないのだった。

 

 皆少し精神的に疲れているそんな中割とメンタルの強い神室は普通に生活している。自グル―プにいるのはAが9人、Cが3人、Dも3人、合計15人。これでBがいたら大変だったと思いながら、孔明がいないなりに立派に責任者を全うしようとしていた。

 

 

 

 

 

「これでやり方合ってる?」

「大丈夫、そのまま続けて。そこ、危ない!指切るところだったから気を付けて。包丁使うときは集中する。鍋どう?OKならそのまま!」

 

 自身もせわしなく手を動かしながら神室真澄は指示を飛ばしている。分担から何から生徒で決めないといけない。サラッと1年生に押し付けようとしていた2年生を詰問して平等にやるように交渉したりと結構忙しく働いているのである。

 

「神室さん上手だねぇ~」

「そ、そう?まだまだだから」

「えぇ~、神室さんでまだまだとか、私どうなっちゃうの……」

「学校戻ったら少しだけでも始めてみたら?男子は手作りで落ちるから」

「え、あ、うん!」

 

 誰が誰を好きとかは見ていれば分かる。前期は少しギスギスしていた部分もあったが、夏を超えて割とぽわぽわしているAクラス内では恋の芽吹きも始まっている。しっかり同性同士以外でも話すようにと色々孔明が手配している事も原因であった。教師に交渉してグループでの授業を増やして貰ったりし、交流の機会を設けている。

 

「ど、どうかな……」

「いいと思うよ」

「そっか……!」

 

 神室が重視しているのはある程度相手の事を理解しているAクラスの女子よりも、6人いる他クラスの女子の方であった。彼女たちの協力が得られなくては勝てるものも勝てない。それは他の8人のAクラスも理解している。その為、しっかりコミュニケーションをとるべく明るく話しかけ、努めて笑顔でいる事を決めていた。ポジティブ思考で過ごしたほうが室内の空気も明るくなり、話も進む。

 

 神室のイメージする理想的な指導者像はわかりきった事である。あちらこちらに気を配り、親身に相談に乗り、しっかり反応や共感をする。それが大事だと言う事を、この1年間彼女は学び取っていた。1番近くで見てきたと自負する彼女はその見てきた事を自分に落とし込んで応用している。そう言う事を惜しまずやって来た結果が葛城に禅譲を選ばせ、坂柳を完封してクラスを掌握するという結果だと、彼女が最もよくわかっている。

 

「皆、お疲れ様。今日も1日頑張って行きましょう!」

「「「おー!」」」

 

 試験も今日で4日目。彼女の小グループは順調に成果を出している。南雲の指示か、同じ大グループにいる橘を落とすべく必死に妨害しようとしている2年生を妨害して釘を指す仕事もしていた。1年生に負けて煽られるのは流石に2年生としても嫌なのだ。その自尊心を煽り、妨害よりも真っ当な努力で1年生にデカい顔をさせないという方向へ意識を向けさせている。

 

 ヤバい奴の隣で去年を生き抜き、何なら最初に銃口突き付けられた彼女に怖いものは無い。2年生相手に真顔で詰め寄り泣きそうにさせていた。

 

 

 

 

 さて、男子と女子の試験内容であるが、それ自体はさして変わらない。数少ない違いと言えばマラソンの距離が半分であることだろう。男子は全員で18キロ。女子は9キロである。しかし、そうはいっても結構キツイと言うのが女子勢の本音であった。

 

「キャッ!」

 

 授業の中で走らされている神室の小グループであったが、冬の山道で足を滑らせてしまった生徒が出た。滑りそうな道をコースにすんなよ、と心の中で学校に毒づきつつ、神室はそのCクラスの生徒に駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「う、うん……」

「はい、掴まって。立てそう?ゆっくりで良いからね」

「はい……」

 

 転んでいた子の傷口を確認する。そこまで大きなけがでは無いが、少し血が出ていた。それ以外の部分、足首や脛などに異常が無いかを確認しつつ、近くの教員に水を要求する。清潔な水を渡され、それで傷口を洗い流した。染みて痛そうな顔をしていたが、これが適切な処置なので仕方ない。乾かさない方が良いと医師免許持ちの上司(孔明)が語っていたのを覚えていたため、余り乾かさず持っていた絆創膏を貼る。

 

「歩ける?」

「だ、大丈夫……!」

「そう?無理しないでね。ダメそうならすぐ言う事」

「はい」

「じゃあ、皆行こうか」

 

 普段はあまり表情豊かとは言えない神室であるが、今回ばかりはしっかり顔を作っている。”あの”有名な孔明率いるAクラスが多くて怖いなぁ……と思いながら入って来たCクラスの少女は、優しくしてくれる上にしっかり面倒を見てくれ、かつこうしてテキパキと冷静に処置してくれる神室に謎の感動を覚えていた。

 

 堀北は優秀だが、優しいかと言われれば微妙である。そんな比較に加えて神室自身元々顔もスタイルもかなり良い。キリッとした表情で、冷静で、でも時々しっかり普通の表情を見せてくれる存在はAクラス女子内でもかなり評判が良かった。そして今回の件でそれが他クラスにも広まりつつある。諸葛孔明が全幅の信頼を置いていると名高いAクラスのナンバーツー。「さぁ、後ちょっと頑張ろう!」と先頭で先導する彼女の背中を、Cクラスの少女はほわぁ……と言う憧れの目で見ていた。

 

 

 

 

「はいはい、止まらない!ゆっくり歩くよ」

 

 神室の指示で膝に手を付いて止まろうとしていたグループの女子たちが顔を上げ、ゆっくりと歩き始めた。急に止まるとよろしくない。心臓に負担がかかるからである。それを彼女はしっかりと把握しているため、疲れているであろうけれども負担を減らすために促しているのであった。

 

 このグループの女子の体力は普通。一番いいのは神室で間違いない。運動が出来るのは体育祭でも知られているため、彼女の指示なら正しいだろうとグループの生徒も思い従っている。

 

「皆、お疲れ様!」

 

 へばっている女子も多いが、Aクラスの生徒には負けてられないという自負がある。何とか元気に返事をしていた。他クラスの生徒も負けじと声を張る。空元気でも出したほうがいい事もあるのだ。この後は自由時間だけれど、神室には成績優秀者の1人としてテストに関することを考えないといけないと言う仕事が待っている。

 

 何だかんだで彼女の学年成績は160人いてトップ15に入っている。上位10%以内には大体いるので、かなり高得点者だった。最初はAクラスでも最下位に近かったのだが、教える事に関してはトップクラスの人間が1人にほぼ全リソースを割いているのだから当然の話ではあった。その教師――つまりは孔明と彼女の次の目標はトップ10入り。だが、そこには当然教師役である孔明を筆頭に成績だけは良い坂柳、葛城やCのリーダー堀北、Bのリーダー一之瀬、その他にも椎名や高円寺、幸村などかなり有名人が並んでいる。これを蹴落とすのは至難の業に思えたが孔明はやる気だった。それに逆らう理由もなく神室は冬休み中も頑張って課題をこなしていたのである。

 

「ま、アイツの顔を潰さないくらいには頑張らないとね」

 

 その呟きを聞き逃さなかったAクラス女子は、ニヤつきながら神室の事を眺めていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 試験は5日目に突入した。ここに来てやっとテスト関連の準備が終わった。正直、Aクラスだけなら何も心配してない。普通に高得点を取って来るだろうし、問題は無いはずだ。だが、ウチのグループには小グループ内、いや学年で見てもワーストクラスに出来ない生徒がいる。それのためにわざわざ私と葛城とで時間を取り、他のAクラス生徒にも手伝って貰い当日のやらせること、覚えさせる事リストが出来た。

 

「はい、これ」

「なんだこれ」

「君には試験日、これに従って動いてもらいます。また、覚えるべき事も書いておきました。試験での注意点、そして筆記テストの予想問題と対策。パソコンが無いので苦労しましたが、これを使えばどんな成績の人間でも平均は取れるでしょう」

「なんで俺がそんなの使わないといけないんだ」 

「はっきりと申し上げれば君の成績が学年ワーストクラスだからです」

 

 夜の部屋。そこで私は冷淡に彼に告げる。他の生徒は皆様子を見守っていた。葛城も今は黙っていてくれるように頼んでいる。一応山内のためを考えて嫌々であるが作ってあげたつもりだ。個人的な感情、心情はどうあれ、これに関しては私情は一切挟んでいない。それくらいの精神力はあるつもりだ。

 

 懇切丁寧に作ったつもりではあるが、山内は不満を隠そうとしない。むしろ私よりも他の生徒が苛立ちを覚えているようだった。

 

「そんな事言う事ないだろ~」

「事実ですから。それ以外にどう言えと?」

「大丈夫だって、心配性かよ。俺は本気を出せばこんな試験ちゃちゃっと」

「そうですか。では、本気を出してください。今、すぐに」

「え、は?」

「今がその時です。君の認識はどうであれ、我々はこの試験には、いえこの試験にもしっかり持ちうる全力を以て望むつもりです。本気を出せばチョロいんですよね。では、最大多数の幸福を説いた哲学者は?」

「……?」

「先生が強調していたんですけどね。授業の時何してたんですか?寝てたんですか?それともお得意の妄想をしていたんですか?」

「は?妄想ってなんだよ、俺がおかしい奴みたいじゃん」

「自分の実力を正しく認識せず、夢想に走り、本気を出せばとありもしない本気を当てにしている時点で妄想では?後、ついでに言いますが私と真澄さんがお昼を食べている時にウザがらみしつつ彼女の胸ばかり見るのはやめた方が良いですよ」

「なんでお前にそんな事言われないといけないんだよっ!」

「それは私が君よりも優秀で、この試験を突破する方法を知っており、かつこのグループの多くから信頼を得ているからです」

「……」

 

 確かに、優秀でない人は無条件に従うべきかと言えば否である。しかし、今回は協力しないといけない試験だ。優秀な人間の指示に従った方が効率がいいし、何より合理的だ。故に従うべきなのである。もし、自分が足を引っ張っているという自覚があるのであればの話だが。

 

「まさかと思いますが、此処にいる誰よりも本気(笑)の自分の方が上だし、とか思ってませんよね。それははっきり言って妄想ですらない。そこまで行くと病気です。君の心を当てましょうか?ウザいなぁコイツ。早く終われよ、でしょう?」

「な、なんで」

「顔に書いてあります」

「え、え、え」

「そんな事考えてるから伸びないんですよ。自分のためになる忠告や説教も聞き流してきたんでしょう?」

「それは……」

「言い訳は結構。君の本気という経済崩壊した国の通貨よりも当てにならないもの以外に君がこの試験で足を引っ張らないようにする具体的な方法を提示できるならば私もこのマニュアルを渡しませんが、何かありますか?」

「…………」

「無いなら読みなさい。そして死ぬ気で覚えて下さい。もしムカついたという短絡的思考でボーダーを割ろうとしたら……分かりますね?」

「ど、どうなるんだよ」

「全員で赤点を取ります」

「は!?そしたら葛城も退学じゃないか!」

「生憎、こちらはもう2000万ポイントあるんですよ。それに、Bとクラスポイントの差が大きい以上、減らされても大して痛くはありません。反面君のクラスはどうですかねぇ。助けてくれる、いえ助けられるほどのポイントがあるんでしょうか。上級生に頼る事も出来ますが、それをするほどの価値を君は示せるでしょうか。平田君や綾小路君、須藤君に幸村君、色んな方面でクラスに貢献している男子たちと違って。どうですか?」

 

 彼の顔面は蒼白だ。そして当然これはハッタリである。2000万もない。クラスポイントの方は真実ではあるが。しかしながら山内にそれは分からない。一之瀬や龍園、堀北などであればウチのクラスのポイント推移から計算して2000万は無い可能性もあると結論付けられるだろう。もしくは、ここでそんな大金を使わないと確信できるかもしれない。しかし、彼にそんな頭は無い。今彼の脳内にあるのは自身の退学の可能性。そしてもう1つはAクラスは救済できるけれど自クラスは出来ないししてくれない。この2つだ。

 

「どうしますか?やりますか、やりませんか。選んでください。これが君にとっての最後のチャンスです。春の5月頃、図書室で言いましたよね。本気を出してどうにかなるのはファンタジーだけだと。変わるなら今です」

「……チッ!」

 

 彼は舌打ちしながら私の手から冊子をひったくった。ま、一応やってはくれるようなので良いだろう。これで赤点取ったら覚えていろ。そうなった場合、これに関しては坂柳と一時休戦してもいいとさえ思う。出来ないことは悪では無いが、それで出来る人に迷惑をかけるのは間違っている。最大多数の幸福とはこういうことだよ、山内クン。

 

「やる気になってくれたようで何より。勉強できた方がモテますよ」

「うるせぇよ……。神室ちゃんと寮の部屋でヤリまくってる奴に言われたくねぇよ……」

「今、なんと?」

「は、え?」

「今、何と言った」

 

 彼は言ってはならない言葉を言った。突然の空気の変化に困惑している山内をベッドの上から引きずり下ろし、壁に押し付ける。目を極限まで近付けて顔を逸らせないようにし、目を閉じないでじっと相手の黒目を見続けた。

 

「真澄さんが何だって?私を侮辱するのはお好きにどうぞ。けれど、彼女を侮辱するのは止めてもらおうか。彼女は好きでもない男に身体を許すほど、貞操観念の軽い女性ではない!断じて違う!」

 

 そうだ。目的のためにこの身すら捧げた穢れた私とは違うのだ。それを何をどう勘違いしたのか知らないが、この男は平然と彼女を馬鹿にした。それを許せるほど、私は寛容ではない。生憎と、私は自分自身が何を言われようとムカつくしイライラするが耐えられる。それでも、部下を侮辱するのは許せない。

 

 今はこの空間にほぼ身内であるAクラスしかいない。少しばかり怒っても問題は無いはずだ。

 

「う……あ……」

「私の大切な人を馬鹿にするのは止めてもらおうか」

「わ、分かった、分かった……!」

「次言ってみろ、東京湾の魚の餌にしてやるぞ!」

「諸葛、そこまでだ」

 

 私の肩を叩いて葛城が静止に入る。まぁそろそろだろうとは思っていた。むしろ平和主義的な素養のある彼が良くまぁここまで見守ってくれていたものだと思う。ありがたいと思うしかないだろう。

 

「気持ちはわかるが、問題を起こしてはいけない。そうだろう?」

「すみませんでした。皆さんも、ごめんなさい」

 

 「いいよ」や「気にすんな!」と言う励ましの声が来るのはありがたい。

 

「山内、俺としても神室は大事なクラスメイトだ。謂れの無い誹謗中傷は止めてくれ。試験であるから止めたが、ここにいる全員、気持ちは皆諸葛と同じだ」

「…………」

「すみませんでしたね山内君。お怪我はありませんか?」

「あ、あぁ……」

「なら良かった。さぁ、明日も早いですから。寝ましょう」

 

 重苦しい空気がフッと消え、皆いそいそと寝る支度を始める。怯えた目で私を見ていた山内も、よろよろとベッドに戻り、布団を被った。私も寝る事にする。思い出すだけでむかっ腹が立ってくるので、無理矢理目を閉じた。

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