ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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成長の為にはモデリングすべき尊敬できる先生や先輩を探し出す事が大事である。

『植木理恵』


48.裏切りを裏切れ

 試験は特に問題なく最終日を迎えた。その間に特筆すべき出来事は特に無い。私が山内に不覚にもキレた翌日から私に怯えつつも一定数文句も言わずやり始めた。だがアレは更生ではない。ただ単に恐怖の対象が近くにいるから怯えているだけだ。心の底から改めようとしたならば、まずは謝罪が出てきてしかるべきだからである。

 

 36ある小グループの結果が今日明かされる。発表は午後5時頃と言う事なので、学校へ戻るころにはもう夜だ。学校め、どうせなら明日の朝帰れよ。なんでわざわざ深夜の高速道路を走るのか。意味が分からない。クソである。……山内のせいで気が立っている。アイツを見ると苛立ちがどうしても抑えられない。顔には出てないと信じよう。

 

 こういう時に真澄さんがいてくれれば諫めてくれるのだが。あまり頼り過ぎるのもいかがなものかとは思うが、やはりいないと大変だった。彼女が彼女なりにしっかり役目を果たせていると信じよう。

 

 

 

 

 試験に関してだが、1年は座禅、筆記試験、駅伝、スピーチの順番。朝食を済ませればすぐに試験だ。朝の掃除は今日は免除。時間の都合だと思われる。

 

「ではこれより座禅の試験を開始する。採点基準は2つ。道場に入ってからの作法・動作と、座禅中の乱れの有無だ。終了後は次の試験の指示があるまで各自教室で待機するように。名前の呼ばれた順に整列し試験を始める。Aクラス、葛城康平。Dクラス、石崎大地」

 

 教師側からの名前はいつもとは違う。まぁこれは予想できた範疇だ。当然共有しているので、ウチのグループは動じる事は無い。山内も嫌々ながらであるが必死に詰め込んだようで、出来るようになっている。また、筆記も覚えていることを今朝確認した。

 

 最悪故意に怪我をしてもらい、戦線離脱してもらうところだった。私にいらぬ犯罪を犯させないでくれたことには感謝しよう。彼がいて最低点よりも彼がいないことの不利益の方が小さい。これはもうどうしようもないくらい明らかだ。もっと時間があるかつ自分のクラスなら必死に指導したかもしれないが、今回はそこまでやる気は無い。

 

 堀北はアレをどうにかしないといけないのか……。堀北にもう少し優しくすることにした。流石に可哀想である。綾小路が自分を守るためにホワイトルームの魔の手に対する生贄を探していたら推薦する事にしよう。後は知らん。どうなろうと知った事ではない。真澄さんへの暴言、許すはずなど無いのだからな。綾小路がやらないなら、いつかこの手で引導を渡してやる。

 

 座禅の次の筆記試験でも、山内の回答は終了と同時に自己採点をさせたがなんとか75点だった。正直私の冊子でこれは憤慨ものだし早く切腹してくれと願うレベルなのだが仕方ない。ぎりぎり及第点と言う事にしておこう。なお、他のメンバーは皆最低90点を取っている。満点もチラホラ。であれば彼1人が低くても平均点は80後半になるはず。ならばまぁ許しても良いだろう。

 

 

 

 

 マラソンでは最終区間、つまりはアンカーを私が担当することになった。走行距離は1.2キロ。これを15人で繋いで18キロを合計で走る計算だ。体育祭に引き続き、2回目である。そして前回の相手は南雲であった訳だが、今回はもっと手強そうな相手達がいる。

 

「おっしゃぶっ潰してやるぜ!」

 

 意気揚々と叫んでいるのは須藤。その隣で優雅に佇んでいるのは高円寺だった。

 

「また会ったねぇ、ミスター」

「ええ。お久しぶり……では無いですがこんにちは。高円寺君も最終区間ですか」

「私としてはどこでも良かったのだがねぇ。警戒されているようで、最後に走ってくれと頼まれたのさ。断る道理もない」

 

 自分が退学にならないようにするための保険、と言ったところか。彼に仲間意識を期待する方が無駄だ。であれば、そう考えるのが自然だろう。まぁ彼のチームの事情など知らないが、一応橋本と戸塚もいるので気を付けてはいる。

 

「君に言われた通り、最低限の義務は果たすつもりだったが……やや気が変わったよ」

「と、言いますと?」

「少しばかり、勝負といかないかい?ミスター諸葛」

「ふむ。しかし、よーいドンでスタートとはいきませんよ。どちらかが合わせればともかく、もしこちらのグループの方が早かったとしても、私にはそれをするメリットも無い」

「それはその通りだ。しかし、君にもプライドはあるんじゃないのかい?」

「さぁて、どうでしょうか。しかしまぁ、部下が誇れるような上司でありたいとは思っていますけれどね」

「ならば受けるべきだねぇ。君の隣にいる、サーヴァントガールのためにも」

「……なるほど。ま、筋は通っていますか。よろしい。しかし、待ちませんからね」

「それにはこちらも同じ言葉を返すとも」

 

 真澄さんのため、か。高円寺が実力者であるのは有名だ。体力的にも優秀なのは皆知っている。なので、彼を倒せれば確かに私の名声は上がるだろう。果たしてそれが彼女のためになるのか、彼女がそれで喜ぶのか、全く分からないがこれが高円寺なりの理由付けなのかもしれないと思った。

 

 彼にノブレス・オブリージュをするべきと言ったが、彼の中にも色々感情はあるのだろう。自身の軽んじている存在に力を貸すのは彼の美学に反していたのかもしれない。美学と義務を両立させるための方便が私との勝負なのだとしたら、その義務を教えた私には付き合うべき理由が発生する。ならば付き合うのもやぶさかではない。

 

 それに、負ける気など毛頭ないのだから。

 

 先頭はBクラス中心のグループ。あそこは運動できる生徒が多い。次々と続き、綾小路は3番目だった。アイツ、手を抜いたな。それとも私がアンカーであることを見抜き、高円寺と勝負させるためにわざと遅く走ったのか。だとすれば大した推理力であると言わざるを得ない。その後ろは団子であり、5番手でウチのグループはバトンを回してきた。高円寺との差は僅か。

 

「これは何とも運がいい。運命は私と君の勝負を望んでいるようだ」

「そんなものがあるのかは知りませんが、無駄口叩いていると置いていきますよ」

「それは良くないねぇ。では、少しばかり本気を出すとしようか」

 

 高円寺は軽やかにスピードを上げる。なるほど、大した加速だ。陸上部にいれば今頃全国大会で入賞、或いは優勝かもしれない。オリンピックも狙えるだろう。だが、そう簡単に置き去りにされては困る。私も勝ちに行ってることには変わりないし、葛城始め多くの信頼を得てここにいる。

 

 手を抜く事など、出来るはずもない。元々短距離より長距離の方が得意なんだ。若い頃神速と謳われていたと聞く母譲りの足、とくとご覧あれ。

 

「ほぅ!」

「感嘆しているところ悪いですが、お先に失礼します」

 

 こちらも平地と同じくスピードを上げる。同じように高円寺も速度を上げた。まだどちらも本気ではない。彼には余裕が見えるし、私だってまだまだだ。

 

「やはり、私の目に狂いはない!」

「冬山は得意でして。八甲田山であろうとも完走してみせますよ」

「フハハハハ!であれば私はエベレストを走るとしよう!」 

 

 軽口を叩いた後は無言だった。1200メートルを短距離走のスパンで駆け抜ける。言葉を交わす余裕はない。こちらも本気だし、向こうも本気だ。流石に苦しくなってくる。こんなにも全速力で走ったのはいつ以来か。過酷な訓練を思い出す。

 

 額に汗が滲んできた。高円寺に目をやれば、大粒の汗を流しながら走っている。それでもまだ口元には……いや笑みが浮かんでいると思ったが口元も真一文字に結ばれ、真剣そのものだ。チラリと目が合う。何を言うでもなく、もう一段加速した。

 

 余人からすれば強者の戯れなのかもしれない。だが同時に我々からすれば死闘でもあった。この空気を分かるのは、本気で戦っている者だけ。世界にはまだまだこんな存在がいたとは。私はまだ、井の中の蛙であったのか。そう思い知らされるほど、彼は速い。

 

 経験の差だけが私が上回る事かもしれない。しかしそれは絶対的なものだ。特にこうして実力が拮抗している時は。地獄なら何度も見てきた。凍死しそうになったことさえある。それに比べれば、これくらい大した事は無い。少しだけ私の身体が前に出る。高円寺も負けじと食らいつく。

 

 ゴールが見えてきた。教師が何やら目をひん剥いてこちらを見ている。高円寺の本気など、早々見れるものでは無いのだから当然ではあるか。一瞬だけ時が止まったような感覚があり、そのままゴールテープを切った。横に置いてあるカメラがコマ送りでゴールシーンをモニターに映している。私も高円寺も荒い息をしながらそれを眺めた。

 

 ほんの僅かな差。それこそコンマ単位。ハナ差とも言うべき非常に小さい差で、私の勝利であった。

 

「ブラボー」

 

 高円寺はそう言いながら口笛を鳴らす。

 

「どうもありがとうございました」

「こちらこそ、感謝をするべきだろうねぇ。君のおかげで、この退屈な学校でも非常にエクセレントかつエキサイティングなレースが出来た。次は私が勝つだろうけれど、またやろうでは無いかね?」

「機会がありましたら、喜んで」

 

 差し出された手に応じ、握手を交わす。久方ぶりにではあるが、全力で走った。鈍っていた感覚が一気に蘇ってくるのを感じる。これは良い効果だ。下手なトレーニングよりよっぽど感覚を取り戻すのに使える。卒業前に高円寺と勝負すれば昔の感覚をフルに使えるかもしれない。個人的にも闘志が燃やせた良い勝負だった。

 

「勝ちはひとまず君に預けるとするよ、ミスター諸葛」

「返すつもりはありませんが、またいつでもどうぞ、高円寺君」

「そうさせてもらうさ。ハハハ!」

 

 高円寺は優雅に去って行く。激走した後はスピーチだ。他の生徒は死んでいるだろうなぁと予感しつつ、教師の指示に従った。

 

 結果的に、Aクラスは問題なかった。体力的にも辛かったはずだが、それでも根性はある。しっかり良い喋りが出来ていた。私も問題なく話せたと思っている。そもそも司令官の仕事の1つに演説が存在している。

 

 そんな馬鹿なと思われそうだが、真実だ。士気を上げるにはこれが手っ取り早い。演説が上手いと言うのは、司令官には重要なスキルだ。かつての乱世で舌戦が行われていたのと同じように、今でも喋りは重大な武器なのである。私は司令官を務める身なので、当然のように出来ている。……うちの組織はブラックなので指揮官も平然と前線に駆り出されるけれど。

 

 唯一の不安材料である山内は私の書いた原稿を必死に覚えさせ、読ませた。まぁそれなりの結果になったんでは無いだろうかと思う。他学年は分からないが、堀北学は大丈夫だったと言っている。2年生も彼に睨まれては真面目にやるしかないだろうし、男子に不安は無い。後は女子の結果を見るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして1日がかりの長い試験を終える。特別試験終了後、全校生徒の大半が疲労で満身創痍になる中、男女共に体育館へと集められた。いざというときはポイントで退学を回避できるよう、初日に回収された携帯は既に返却されている。平均点勝負ならかなりいい線言っていると思う。1位も狙えるのではないだろうか。少なくとも4位以下ではないと確信している。

 

 群衆の中で真澄さんを発見した。グループの女子たちに囲まれている。色々話しかけられていた。何だかんだで責任者としてしっかり任務を果たし、いい結果を残せたようである。坂柳のグループ?初めから期待していない。真澄さんに声をかけるか迷ったが、結果発表の後でも良いだろうと思いなおした。折角作った人間関係でのコミュニケーションを私が邪魔するのも良くないだろう。

 

「林間学校での8日間、生徒の皆さんお疲れ様でした。試験内容は違えど、数年に1度開催される特別試験。前回行われた特別試験よりも全体的に評価の高い年となりました。ひとえに皆さんのチームワークが良かったことが要因でしょう」

 

 貴方は誰だ、と言うべき見知らぬ初老の男性が壇上で話を始める。いや、ホントに誰だ。葛城や他の生徒も知らないと言っている。この林間学校の責任者なのはわかったが誰だよ……。この施設の管理者かもしれない。

 

「それでは、これより男子グループの総合1位を発表しますが、ここでは3年生の責任者のみを読み上げます。その大グループに属する1年生、2年生、3年生の生徒には、後日報酬としてポイントが配布されることになります」

 

 後日とはいつなのか分からないが、これまでの傾向的に1週間以内なのは間違いないだろう。

 

「ではまず総合1位――3年Cクラス、二宮倉之助くんが責任者を務めるグループが1位です」

 

 このグループはウチの大グループ、つまりは堀北学の所属するグループだった。Cクラスが責任者なのは3年生同士の交渉の結果であると聞いている。CクラスはAクラスに協力する代わりに責任者を譲ってもらい報酬を倍にする方針を取ったらしい。リスキーではあるが、A・C・Dが手を組んでいるなら妥当な戦略だ。

 

 葛城や他の生徒も安堵している。我々が1位なのだから当然だ。だが山内、お前に喜ぶ権利はあまりない。マラソン以外は我々におんぶだっこだったじゃないか。何ともやるせない気分になる。

 

「やったな諸葛」

「ええ。葛城君もお疲れさまでした」

「良い経験になった。譲ってくれたことに改めて感謝したい」

「いえいえ、こちらこそ、面倒なことを押し付けてしまって……」

 

 葛城は責任者だったため緊張もひとしおだったと思う。よく頑張ったと素直に褒めて良いくらいにはしっかりとやるべきことを果たしていた。立派なリーダーになったものだと思う。

 

 さて、これで男子の結果は全て分かった。男子だけの結果は以下の通りである。

 

 

<男子> 小数点四捨五入

 

1位:①A×14、C×1 責任者……葛城

 

A……cp140 pp各3万

C……cp5 pp1万5000

 

 

2位:⑥A×2、B×3、C×3、D×2 責任者……幸村

 

A……cp12 pp各1万5000

D……cp12 pp各1万5000

C……cp36 pp各3万

B……cp18、pp各1万5000

 

 

3位:③C×12、A×1、B×1、D×1 責任者……平田

 

A……cp5 pp各1万3500

B……cp5 pp各1万3500

D……cp5 pp各1万3500

C……cp120 pp各2万7000

 

 

4位:➁B×12、A×1、C×1、D×1 責任者……神崎

 

A……cp-2 pp各-5000

C……cp-2 pp各-5000

D……cp-2 pp各-5000

B……cp-24 pp各-5000

 

 

5位:④D×12、A×1、B×1、C×1 責任者……金田

 

A……cp-3 pp各-1万

B……cp-3 pp各-1万

C……cp-3 pp各-1万

D……cp-36 pp各-1万

 

 

6位:➄A×1、B×3、C×3、D×4 責任者……三宅

 

A……cp-5 pp各-2万

B……cp-15 pp各-2万

C……cp-15 pp各-2万

D……cp-20 pp各-2万

 

 

男子cp変動

 

A……+147

B……-19

C……+141

D……-41

 

 である。結果は上々。Aクラスは問題なく上位にいる。綾小路たちのところは2位。南雲も本命は別であるとは言え、頑張ったことには頑張ったのだろう。男子で負けたのは単に彼の実力不足である。とは言え、そのおかげか戸塚と橋本も恩恵にあずかっている。

 

「1位獲得、おめでとうございます堀北先輩、さすがですね!」

 

 この後に待ち受ける悲劇を知らず、呑気に南雲は堀北学に声をかける。あれは煽っているつもりなのだろうか。しかしながら、結果をある程度予測している上に、南雲の計画とその失敗も全て知っている堀北学は、むしろ憐れみを込めた目で南雲を見ていた。

 

「お前の負けだ、南雲」

「そうですかね。まだ結果発表は始まったばかりじゃないですか。終わったのは『男子』だけっすよ」

「いや、もう終わっている」

「……先輩?それはどういう……」

 

 南雲は堀北学を筆頭とする3年Aクラスからの可哀想なものを見る視線にたじろいでいる。それとはお構いなしに、女子の発表が始まった。

 

「それでは次に……女子の結果発表をしたいと思います。1位のグループは、3年Cクラス、綾瀬夏さんの所属するグループです」

 

 女子の中から歓声が上がる。あれは……一之瀬の率いるグループだ。女子の結果は以下の通りである。

 

 

<女子> 小数点四捨五入

 

1位:④A×2、B×10、C×3 責任者……一之瀬

 

A……cp18、pp各3万

B……cp180、pp各6万

C……cp27、pp各3万

 

 

2位:①A×9、C×3、D×3 責任者……神室(with橘) 

 

A……cp108、pp各3万

C……cp18、pp各1万5000

D……cp18、pp各1万5000

 

 

3位:➄B×2、C×5、D×5 責任者クラス……D

 

B……cp4、pp各7200

C……cp10、pp各7200

D……cp20、pp各1万4200

 

 

4位:④B×5、C×3、D×2 責任者クラス……B

 

B……cp-10、pp各-5000

C……cp-6、pp各-5000

D……cp-6、pp各-5000

 

 

5位:③B×3、C×3、D×4 責任者クラス……B

 

B……cp-9、pp各-1万

C……cp-9、pp各-1万

D……cp-12、pp各-1万

 

 

6位:➁A×9、C×3、D×3 責任者クラス……A

 

A……cp-45、pp各-2万

C……cp-15、pp各-2万

D……cp-15、pp各-2万

 

 

女子cp変動

 

A……+81

B……+165

C……+25

D……+5

 

 となる。Bクラスが固まって1位を取る事で男子のAクラスに近い方法で結果を出している。坂柳のBクラス排除戦略はここで見事に裏返っているという訳だ。Bを受け入れていればここまでの1人勝ちは許さなかっただろう。

 

 真澄さんは綾瀬ではなくCクラス女子が率いるグループを選んでいた。綾瀬とつるんでいると警戒されることを防ぐためである。真澄さんが私の部下なのは有名な話だ。なので、彼女がいらぬちょっかいをかけられるの防ぐためにこういう布陣にしてある。

 

 最下位……。これはちょっとお話ですね。勿論メンバーの生徒たちは頑張ったと思う。しかしながらねぇ、指導者にはしっかりお話をしないといけないのだ。責任者をやらされている子では勿論無い。坂柳、君だ。散々一之瀬に喧嘩を吹っ掛けておいてこのざま。得たのはBクラスからの恨み。……退学するかい?

 

 坂柳はさておき、これにてクラスポイントの変動は以下の通り。

 

cp変動総計

 

A……+228

B……+146

C……+166

D……-36

 

 結果的な各クラスのポイントは

 

A……1817

B……689

C……468

D……226

 

 になる。Bクラスはペーパーシャッフルでの失点を取り戻した形になる。協力とコミュニケーションが問われる試験では彼らにかなり分があったと見るべきだろう。Cクラスも順調だ。もしかしたら近いうちに一之瀬がCに落ちるかもしれない。

 

 堀北や櫛田のいるグループは3位のところ。それなりに頑張ったのだろう。あの堀北が集団生活とは考えにくいが、そこは櫛田がフォローしたのではないか。

 

 いや、もうそんなのはどうでも良い。大事なのは2位だ。真澄さんが2位。素晴らしい。無論上級生の活躍もあったであろうが、それでも2位だ。褒める言葉しか出てこない。語彙力を喪失しそうだが、本当に凄い事だ。

 

 ただの構成員ならまだしも、責任者としてグループをまとめつつこの結果。これならばもう坂柳なんかいなくても問題ない。女子側のリーダーを任せられる存在が欲しかったし、真澄さんがそうなってくれればいいと願っていたが、予想以上の成長である。コミュニケーションをしっかりとれていた証だろうし、たまに見かけた時には常に誰か周りに人がいた。それも自クラスだけでなく他クラスの生徒もいたのだ。しっかりコミュニケーションを取っていなければ不可能な技だろう。

 

 生徒が結果を出した時、それもこちらの予想を大きく上回る結果を出した時。これが一番嬉しい瞬間だ。これに勝るものは無い。どんな活躍ぶりだったのかは後で同じグループだった生徒から聞こう。多分本人は教えてくれないだろうからな。

 

 いや、しかし本当に……4月の頃とは凄い成長していて……あぁいけない。涙が出てきた。うれし涙は久しぶりだ。これだけでも林間学校に来た甲斐があった。他クラスの多いグループに送り込んだコミュ力に難ありの生徒も楽しそうにしていたり、周りの生徒と話しているので結果的には大成功だったと言えるだろう。クラスポイント以上に大事な、個々の成長という結果を得られたのだから。

 

 あ、泣いていて忘れていた。本当にもうどうでもよくなってすっかり忘れていたが、南雲はどうなったかと見てみればポカンとした目で前のスクリーンに映されている結果を見つめている。

 

「え……は……」

 

 3年生の勢力図は大きく変わった。大量のポイントを得たCクラスが一気にBに上がっている。Aとの差は僅か。もしかしたら卒業前の試験で逆転もあり得る。そんな差だ。私はしっかり言った通りの結果をもたらせたようだ。

 

 一方のBクラス、元Bクラスはボロボロ。女子は話をしようともしない。大きく点を落として後退した。Dクラスにも取って代わられそうな大逆転である。遠くで綾瀬が自クラスの生徒に泣きながら囲まれている。ここまで苦節3年弱。多くの犠牲がやっと実り始めたのだからさもありなんという姿だ。Cクラスの男子はこれを微笑ましい目で見ている。中には泣いている生徒もいた。

 

 Aクラスは次のライバルをB(元C)クラスに定めた目をしている。堀北学もその戦略を考えているだろう。綾瀬は決して実力の無い生徒ではない。憂いも無くなり、結果を出し、今までいまいち勝ちきれなかったのを払拭した彼女は覚醒状態だ。堀北学にとっても手強いが良い敵になるだろう。

 

「俺が……負けた……読まれていたのか……」

「南雲、俺は限界までお前を信じたかった。だが、それが出来ない情報を貰ってしまった。であれば、クラスを守るため、お前が嵌めようとした橘を守るため、俺は動いた。それだけだ」

「情報……情報?」

 

 南雲の虚ろな目がキッとこちらを睨む。

 

「お前だな、諸葛!手を出すなと言ったはずだ!」

「ええ。ですからこの試験では、正確には南雲会長が手を出すな、と仰ってからは一切の介入をしていません。それ以前には色々しましたが、生憎とその時は手を出すなと言われていなかったもので。どうぞお怨み下さいませんようにお願い致します」

「諸葛!お前!」

「もう止めなよ、雅」

 

 私に掴みかかろうとした南雲を制止するように2年生の中から声が上がる。彼女は……朝比奈なずなだったか。堀北学から貰った情報の中にあった。南雲のクラスにいて、南雲に意見できる貴重な存在だという。今回の作戦には必要なかったので接触しなかったが。

 

「自分のやろうとした悪事が見抜かれて、年下の後輩にキレてるの、すんごいダサいよ」

「……」

 

 崩れ落ちる南雲に、2年生が騒然とした雰囲気になる。状況を飲み込めない者の多い1年生はオロオロとしており、3年生はどっしり構えて事態を見守っている。……Bクラス以外は。呆然としている南雲に堀北学は話しかけた。

 

「何故俺を狙わなかった」

「それは……たとえ今回のような手を先輩に向けたとしても、あなたを退学させられるとは思わなかったから……。……思いも寄らない手で防いできそうで怖かったんです。というより、別に堀北先輩を退学にさせたいと思っているわけでもありませんし。むしろあなたが退学してしまったら、顔を合わせることも出来ない。だから……」

「そうか」

「そこで白羽の矢を立てたのが橘先輩です。側近であり一番親しい存在の彼女を消した時、どんな顔をするのか見てみたかったんですよ。なのに、それなのに……!」

「方針こそおまえと違ったが、俺はおまえを信用していた。勝負事に関しては、真っ直ぐに向き合うことの出来る男だと。違ったようだな。いや、お前が謝る必要はない。それを見抜けなかったこちらの不手際だ。この程度の男だったとは、がっかりだ、南雲」

 

 この一言で彼は完全にノックアウトされた。敗北し、策は見抜かれ、無様を晒し、尊敬はしていた先輩から罵倒される。これで折れないならもうそれは尊敬に値するレベルだ。

 

「……諸葛、1つ聞かせろ。どうして俺は負けた」

「さぁて。色々ありますからね。けれど、私は今回外交しかしていません。なので直接会長と戦ったわけでは無いんですよ。ということで私に聞くのは間違いだと思います。私からも聞いていいですか?」

「……なんだ」

「どうしてわざわざ信頼を損ねるような真似を?」

「……信頼とは経験値のようなもの、と俺は思っている。積み重なっていき、どんどん厚くなる。その究極が家族だろう?夜道で他人と出くわせば警戒するのに、それが家族だったら完全に油断する。俺はこの2年、堀北先輩に好かれてないと感じつつも、一定の信頼を得てきた。価値観こそ違えど、全て有言実行してきたからだ。先輩との関係においては指示には従い、ルールを守ってきた。とはいえ鋭い先輩のことだ、100%俺を信じていた訳ではないだろうな。しかし、仮に俺に疑いを持ったとしても、先輩が先に裏切るわけにはいかない」

「だから裏切ったと」

「そうだ。これで満足か」

「あぁ、なるほど、会長の敗因はその夜道で家族に会うと油断するメンタリティーですね」

「……は?」

「警戒しないんですか?栄達を得た者が警戒するべきは能臣と一門ですよ。中国史を見ればわかるでしょう?」

 

 私に残された家族はクソ爺ともう1人。大嫌いな従妹がいる。アイツ早く死なないかなぁとお互いに思っているくらい仲が悪い。この前も報告で独断専行していると報せが来た。白帝会のメンバーでもないし、さっさと消えて欲しい。多分向こうも同じことを思ってるので、夜道であったら殺しに来たかと警戒するだろう。

 

 少しずつ人がいなくなっていく。そろそろ移動時間だからだ。疲れた後に南雲の惨めな姿を見てもしょうがない層はいなくなっている。チラリと見ながら、2年生は去って行く。3年もいなくなった。残念そうな目をしながら堀北学も橘たちと共に行ってしまう。1年生もほとんどがいなくなった。真澄さんや綾小路、堀北など数名だけ残って、事態の推移を見守っている。

 

 立ち上がった南雲はこちらを睨みながら口を開いた。

 

「俺を嗤うか、諸葛」

「いいえ。勝敗は兵家の常。次はどうなるか分かりませんから」

「……俺がいかに実力不足で、油断していたか、よく分かった。よく思い知らされた。もう堀北先輩に勝つのは不可能だ。来年度、覚えておけ。必ず全力でお前を倒す」

「困りましたね。クラスを巻き込むのは止めて欲しいのですが」

「約束してもいいぜ。退学にさせるのはお前だけだ。他には絶対に被害を出さない。勝手に巻き込まれに来た奴は知らねぇけどな」

「であればいいでしょう。お好きにどうぞ。まぁ、結果は同じでしょうが」

「吠えたな、今度こそ勝って見せる。俺は諦めない。絶対にな」

 

 シャキッと背を伸ばし、南雲は去って行く。少しばかり重荷が取れたような顔をしながら。いや、勝手にスッキリされても困るんだがな。迷惑な話だ。これでもう少し大人しくしていてくれると助かるのだが。今回の件で求心力に揺らぎが出ているはずだ。堀北学に負けただけならまだしも、下級生に負けたというのは流石に体制を揺らがせるには十分な材料と言える。

 

「厄介なのに絡まれたわね。それも本格的に」

「……全くだ」

 

 しかし、これで色んなことの算段は付いた。後は、卒業前にポイントを少しでも分けてもらえると助かる。AクラスとCクラスに恩を売ったのは、その為でもあるのだから。2000万ポイントを貯めねばならない。私はともかく、隣で去り行く全く格好のついていない南雲の背中を微妙な目で見つめている彼女をここに残すために。

 

 僅かに残っていた綾小路たちもいなくなっている。ともあれ、今回の試験も無事勝利と共に終了となる。無人となった部屋に靴音を響かせつつ、施設を後にした。帰る時間である。さて、バス内では真澄さんの武勇伝でも聞かせてもらうとしよう。話したいという顔をしている生徒が何人もいたことだし。坂柳のグループについては……まぁ良いか。もうこれで決定的に信頼度を失った。

 

 今回の試験で、ほぼ私の介入なく自力で成果を残せた真澄さんへの求心力は上がっている。一方坂柳は辛うじて保ってきた女子の代表格という地位も完全に失っていると言って良いだろう。他クラスからも、坂柳は最早リーダー格とみられていない。これよりは真澄さんが女子を率いていくことになる。今はその輝かしい未来を祝するとしよう。使えないヤツにはこれから地獄が待っているはずだからな。

 

 そうとも。自分で招いた地獄が待っているのだ。恨まないでくれよ、坂柳。これもキミのためなのだから。私は自クラスの生徒は見捨てない。何故なら私の生徒でもあるからだ。痛い目を見ないと学習できない人間には、それを与えないといけない。理解してくれとは思わないが、行動は改善させてもらうとしよう。待っていると良い。

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