ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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人は見たいものしか見ないし自分の望むものを信じたがる

『ユリウス・カエサル』


9章・罪を犯す人は罪の奴隷なり
49.罪人たちの狂奔


<密談Ⅱ>

 

「坂柳理事長が停職、ねぇ」

「はい、不自然なほど多くの不正の証拠が一挙に公開され、その事実調査のために停職、というのが霞が関の判断のようです」

「なるほど?不幸な事故にならない分穏健的か」

 

 青年は脚を組みながら何事かを思案するように天井を見上げる。別に恨んでもいないが、好きでもない人物だ。その進退がどうなろうと本来は知った事ではない。しかし、坂柳理事長が良くも悪くもホワイトルーム関連の抑え役をやっていたのは事実。つまり彼がいなくなるという事は後任、ないし代理に彼らの息のかかった人間が来るのは必定だったのだ。

 

「で、実際どれだけ本当だ」

「幾つかは事実でした」

「7割嘘に3割真実は鉄則だな」

「はい。それ故に完全に抗しきれず、身を隠す事にしたのでしょう」

「あの狸め、生徒思いの顔をして不正をやるとは笑える。どこも真っ黒だな」

 

 坂柳にもどこかで連絡が行くだろう。あの娘の事だ、気丈に振舞いながらもダメージは負うだろうと青年は笑っている。その様子を冷静な目で副官は画面越しに見つめていた。

 

 不正で得た金で贅沢に暮らしてきた気分はどうだと煽ろうとも思ったが、それは優雅では無いだろうと思い取りやめている。それに後ろ盾が暗いのは自身も同じだからだ。

 

「まぁ良い。後任の情報が入り次第送ってくれ」

「承知しました」

「あぁ、そうだ。この前の高速での戦闘事件、大使館から苦情が入ってるから気を付けてくれたまえ」

「申し訳ありませんでした」

「それに関連して、解放した哀れな青年はどうしている?」

「現在中国語を習得中です。来年度には表向きは平常な生活を送らせられるでしょう」

「それは良い。幼馴染の方は」

「依然動きなし」

「……我が従妹(吸血鬼)殿の動きは?」

「依然変化ありません。趣味の悪い館で()()とやらに没頭しているのでしょう」

「ハッ!早く死んで欲しいものだ。この前呪詛返しをくらいかけたぞ」

「あれほどお止めくださいと言ったはずですが?」

「そう睨むな。もうやらんさ」

 

 カラカラと青年は笑う。どうしようもない人間性の一族だ。数少ないまとも枠が自身の母親だったとは嘆かわしいと彼は自嘲する。どこか頭のねじが外れて設計された異常者の集団。それが諸葛一族の正体だった。

 

「進展があれば報告を」

「了解しました。諸葛閣下万歳!」

 

 通信は切れる。青年はパソコンの画面を別のものに切り替えた。そこには高度育成高等学校の学内掲示板が映し出される。新しく何者かによって立てられたスレッドタイトルには、一之瀬帆波の真実と書かれている。

 

「時は来れり」

 

 青年はもう一度楽しそうに笑った。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 合宿から帰還した我々であったが期末も近いのであまり呆けている訳にもいかない。それに合わせて男女ともに間もなくに控えたバレンタインに関連してソワソワしている。ピンクな感じが教室を支配していた。ケヤキモールも一面にそれを押し出している。学生がほぼ全てなこの空間においては自然なことなのかもしれない。

 

 クラスの指導者としてそれを統制する気は無い。自由恋愛、大いに結構である。他クラスとの間でも……まぁ愛に負けて情報を売るほど愚かではないと信じている。多少流れたくらいでは挽回できるが。

 

 しかしながら、今日登校すればそんな空気は鳴りを潜めていた。原因は言わずもがな、掲示板の内容だろう。曰く、『一之瀬はかつて暴力事件を起こしている』『一之瀬はかつて援助交際をしていた』『一之瀬はかつて窃盗強盗をしていた』『一之瀬には薬物の使用歴がある』等々。酷いものでは中絶疑惑や痴漢冤罪疑惑まで持ち上がっている。これが全て真実だとすると、有名どころの犯罪を全てコンプリートしていることになる。

 

 これだけしておいてあんな善人として振舞っているのは最早サイコパス……と思ったが自分もあまり人の事を言えない。性犯罪系と薬物系は無罪だが、それ以外は……あまり言い訳出来ない。

 

 それはともかく、私は、恐らく本人以外で唯一一之瀬の噂のほぼ9割以上が嘘だと断言できる人物だろう。本人以上に本人に詳しいと言ってもいいかもしれない。勿論、調べさせたからだが。ただし一点だけ本当の事がある。それは『窃盗』の部分。これに関しては事実なので、何ともいやらしい。明らかに坂柳の犯行だが、とうの本人は澄ました顔で座っている。

 

 南雲が情報を流したとみて間違いないだろう。どういうつもりかは知らないが、私にしてみれば絶好の機会がやって来たという事だ。出来の悪い生徒は困ったものだ。言っても聞かない。だがら仕方なくこうしているのだ。一之瀬には申し訳ないが、材料になって貰おう。それにしても南雲は教えるだけ教えて放置のつもりか。

 

 もしかしたら元々別の戦略だったかもしれないが、前回の試験の件で切り替えたため坂柳が不要になったのかもしれない。それを知らせていない、或いは忘れているため、そうとは知らない坂柳は哀れにも作戦を実行している可能性もある。それはそれで滑稽だが……。

 

 私の姿を視認したクラスメイトが指示を乞うように私に視線を向ける。

 

「根も葉もない噂が飛び交っているようですね。しかしながら、火中の栗を拾うのは賢い行為ではありません。禁止する権限を私は持ちませんが、積極的に広めるのは止めるのが賢明と思います」

 

 その言葉に安心した、もしくは理解を示したようで、彼らは携帯を各々のポケットや鞄にしまう。その様子をどこか憎悪の籠った眼で坂柳が見つめていた。

 

 

 

 

 

 放課後、私はクラスメイトから呼び出しを受けていた。出来れば1対1でという事だったので、真澄さんは先に帰して話を聞くことにする。これで他クラスの生徒だったら圧倒的に疑いを持ちながら行くが、相手はクラスメイト。流石にそこまでの警戒はしていない。それに、相手は旧坂柳派ですらない。ならばと呼び出しを受けたのだ。

 

「それで……どういうお話でしょうか、西川さん」

「あ~うん。その前に少し謝罪したいな」

「謝罪、ですか」

「うん。この前の合宿、最下位でごめんなさい!っていう」

「それですか。前にもお話しましたが、私は一切気にしていません。戦いでは負ける事もあれば勝つ事もある。それに、今回の試験は上級生も絡んでいるものでした。更には他クラスの生徒も。であれば、1人に責任を押し付ける、ないし謝らせるなど以ての外です。責任者として、責務を感じているかもしれませんが、切り替えて次を考えましょう。もうすぐテストも近いです」

「いや~そう言ってくれると凄いありがたいけど。やっぱり気にはなってたからね。押し付けられたとは言え、責任者は責任者だった訳だし。神室さんにも申し訳ないし」

「真澄さんは良くやってくれました。しかし、それは貴女の能力が低いという事ではありません。私は、貴女のここ1年間の努力とその成果をしっかり見ていたつもりです。無論、陸上部が好調なこともね」

「ははは、何でもお見通しかぁ~。ま、ここからが本題だしその神室さんも関係してるんだけどね」

「はい」

 

 ガラッと空気は変わり、真剣なものになる。私も襟を正して聞く態勢に入った。

 

「これは私も含めたほとんどの女子の総意なんだけれど、次の特別試験から坂柳さんを意思決定に関わらせるのを止めて欲しいの」

「……」

「あ!誤解の無いように言うけど、イジメとか省いてる訳じゃないからね。ただ、今回の試験のせいでBクラスの子からは未だに睨まれるし、CやDの子からも距離を置かれるようになっちゃってる。私だけじゃなく、他の子も」

「話には聞いていましたが、そこまでとは……」

「このままだと女子が上手くまとまらないし、人間関係にもダメージが出る。避けられ続けるのは結構キツイしね。だから、今度からは女子のリーダーには神室さんを据えて欲しい」

「真澄さんを?」

「そう。今回の試験で凄いカリスマ性だったって同じグループだった子が言ってる。他のクラスもだよ?カッコよくて優しいって。私たちAクラスの女子は、そういう人に従いたい。それに、葛城君ともそこまで険悪じゃないし、何より孔明先生の側近でしょ?近しい人の方が指揮系統も統一されるし、意志も把握しやすいと思う。だからこその提案。代表で私が言うことになったけど、皆そう思ってる。数字が必要ならアンケートを取っても良いくらい」

「……なるほど。しかし、真澄さん本人が受けるかは分かりませんよ」

「それはそうね。でも、こう言ったら絶対動いてくれる。もし女子のリーダーが坂柳さんのままだったら、私たちは特別試験をボイコットするってね」

 

 なるほど、それはかなり困った事態だ。そうなった場合、クラスはガタガタになる。無論、本当に真澄さんが断り続けるとは思っていないからこその発言だろう。だが、もし彼女らの要求が満たされなければストライキも辞さないのは本気だと思える。それくらいしてもダメージが無いくらいにはポイントには余裕があった。

 

 私にとっても悪い提案では無いのだから、何とかして真澄さんを説得しろという脅しも半分込められていると判断した。その上で、これは乗った方が良い提案だと考える。というか、乗らないデメリットが多すぎる。

 

「分かりました。精一杯説得しましょう」

「よろしくお願いいたします」

 

 話は終わったので、彼女は部活へと向かう。一方の私は真澄さんを説得しなくてはいけない。任されればしっかりこなすタイプではあるが、自発的にやる事は少なかった。今回も面倒そうな顔をするのは目に見えている。ではどうするか。まずは機嫌を良くして、その時に話を切りだそう。……今日の晩御飯は変更だな。

 

 しかし、得る物は大きい。自分の部下を使えるのは、西川の言うようにメリットが多かった。意思疎通がしやすいのが最大のメリットと言える。性別の影響と言うのは大きい。同性同士のコミュニティも存在している。影響力をそこに及ぼすのは難しいと思っていたが、もし真澄さんが女子のトップに立てればかなり影響力を間接的にではあるが浸透させられるだろう。結論、やらないメリットは無いのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aクラスに噂の蔓延に対し安易に同調しないようにと釘を指してから数日。しかし人の口に戸は立てられぬと言うように、噂はあっという間に校内に広まった。今や全校生徒がそれを知るところになったと言っても過言では無いだろう。しかし、とうの本人からは何も申告されていないという。個人的にはこの判断には反対だ。誹謗中傷など訴え出て潰して貰えば楽だろうにと思っている。しかし、それは彼女の判断なので咎める気も注意する気も無い。そんな義理も無い。

 

 本人も意識している様子が無いように振舞っている。嫌がらせのような対応をされても動じず、毅然と対応する様に感嘆の声も上がり始めていた。これならば噂も沈静化するだろうと誰もが思ったであろう。しかしながら、事はそう単純に運ばない。少し鎮静化し、皆が学年末試験に気持ちを切り替え始めた丁度その時。消えかけていた火種にガソリンが撒かれた。

 

『一之瀬帆波は犯罪者である』

 

 こう書かれたプリントが寮のポストに投函された。ご丁寧にも全員分。前回も一之瀬にポイント不正貯蓄疑惑が上がり、こういうプリントが撒かれた。しかしあの時は一之瀬も訴え出たことにより、学校側が不正はないと断定。それによって強制的に幕を閉じたという経緯がある。

 

 しかし、今回はそうもいかない。投函者を告発すればすぐにわかってしまうだろう。だが彼女にはそう出来ない理由がある。何故ならこの文面は間違いなく真実であるからだ。警察に訴えられていないとはいえ、間違いなく彼女は罪人である。加えてこれまでの対応から訴えられる事は無いとこの投函者は確信しているのだ。

 

 本来ここまで来ると教育機関ならば動くべきであると強く思うが、この学校は生憎とその辺の倫理観が上層部までゆるキャラである。紛争地帯で育った奴が上層部にいるらしい。明らかに私の方が倫理的にまともな行動しかしていないのはどうなんだ。

 

 

 

 真澄さんはプリントを見てからどこか挙動不審だ。確かに彼女の罪と一之瀬の罪は似ている。外で常習犯だった真澄さんと1回だけの一之瀬では明らかに前者の方が罪が重い。それを考えて不安になっているのだろう。一之瀬の罪は白日の下に晒されようとしている。果たして自分は大丈夫なのか。それが不安で仕方ないのだろう。

 

「ソワソワして、どうした」

「だって……」

「罪の度合いでは、君の方が重いからな」

「それは……そうね……」

 

 俯いて彼女は言う。唇を噛み締めたその姿には、深い後悔と懺悔の感情が現れていた。

 

「反省している?」

「……してる」

「ああそう。なら良いよ。本来は私が許すことは出来ないし、店じゃないとこれを言う資格は無いんだけど、許そう」

「いや、アンタが何を言っても、事実は消えないし」

「そうだな。しかし、その証拠は消せる」

「……え?」

「君がこの校内、並びに外で行った犯罪行為は全て抹消されている。映像記録は残っていないし、売り上げ記録は改ざん済みだ。加えて損失額は補填されている。よって、どこからどう調べようとも、君から自白しない限りは罪は晒されない。大手を振って歩くと良いさ」

「なんで、そんな事」

「そうする必要があると、私が判断したからだ。それ以上でもそれ以下でもない。君は気にせず勉学に励むこと。良いね?」

「分かった。……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 これでいらぬ心配をすることも無くなっただろう。安心して過ごしてもらわねば困る。それに、万が一坂柳が真澄さんを攻撃しようとした際にこうしていれば材料がなくなる。全ては坂柳を封じるためだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、渦中の人物である一之瀬はプリントを見た時は気丈に振舞っていたが、翌日から学校を休み始めた。そして休み始めたその日、私はAクラスの自席にて、Bクラスの生徒たちに包囲されていた。

 

「手荒ですね、神崎君」

「すまないな。だがこうしないとお前に話を聞けない」

「1対1でも良かったとは思いますが……。さて、何でしょうか。他のクラスメイトもいるのです。君たちがどうしたいのかは知りませんが、早く出ていって頂きたい。仲良くお話、という状況でもないでしょうに」

「はっきりと言わせてもらう。あの手紙の件、そしてそれ以前から蔓延している噂はお前の仕業か、諸葛」

「いえ、違いますよ?」

 

 Bクラスの生徒からの視線が厳しくなる。

 

「多くの生徒が言っている。お前のクラスの橋本から話を聞いたとな」

「と言われましても。私は彼の交友関係を知りませんから」

「混合合宿でも坂柳が一之瀬を中傷していたと聞いている。お前がやらせたんじゃないのか」

「違います」

「とぼけるなよっ!」

 

 神崎はあくまでも冷静だが、他の男子はそうもいかないようだ。私の机をバンッ!と大きな音を立てて叩いた。女子の視線が私に殺意を向けてきている。

 

「なんでそんな事をしないといけないんですか。愚かしい」

「どういう意味だ?」

「正攻法で勝てているのに、何故わざわざ一之瀬さんを陥れないといけないのでしょうか。負けそうになっている、もしくは負けているならばまだしも、勝っている状況でそれをするメリットが全く存在しません。それに、私はそんな全くもって優雅でない方法で勝つ気はありません。ここは戦争の場では無いのですよ?学校の思惑に仕方なく乗ってあげているこのクラス間闘争ごときで、私がそんな労力を使う気もありませんし、スマートでない方法をする気もありません」

「では、犯人は誰だ」

「さぁ?」

「お前ッ!」

 

 Bクラスの男子は私の飄々とした態度に腹を立てている。柴田の静止を振り切って私の胸倉を掴みにかかった。別に嘘は言っていない。私がやらせた訳ではない。それにそんな意味もない。これらは全て事実だ。犯人は誰だの問いに、知らないとも知っているとも答えていない。私はただ、さぁ?と言っただけだ。その後にどんな言葉が来るのか。それはまだ言っていないので私以外知らない。彼らが勝手に誤魔化していると判断しただけだ。私は悪くない。

 

 もし彼らが「犯人は誰だか知っていて、敢えてそれを放置しているのではないか」と聞いてきたのならば「はい」と答えないといけないところだった。だがそうはなっていない。よって私は嘘つきではない。

 

 ともあれ今はこの状況を何とかしなくては。事態を静観していた真澄さんが立ち上がり、私の胸倉を掴んでいる生徒に背後からハイキックを繰り出そうとしていたので慌てて手で静止する。ここで大事にする気は無い。それにしても、この状況でも全く眼中に入れてもらっていない坂柳は最早哀れだ。彼らは、特に一之瀬と距離の近い女性陣は完全に私が悪の黒幕だと思っている。

 

「どうしましたか?首でも絞める気ですか?どうぞご自由に。もう少し上ですよ。私のことはご心配なさらず。慣れていますので」

「は……?」

「ご自由に、と言いましたがこのままだと私の心優しいクラスメイトのどなたかが貴方を通報してしまうかもしれませんよ」

 

 そこで事態に気付いたのか、彼は慌てて手を離す。

 

「おや、終わりですか。まぁ訴える気は無いので別にどうでも良いですが」

「すまない。後でキツく言っておく」

「そうですか。まぁ誰にでも過ちはありますからね。私が被害に合うだけならば別に気にはしていません。これで少しは精神的に成長できる事でしょう」

「……本題に戻っても良いだろうか」

「ですから、私は無関係です」

「せめて橋本を止めてくれ」

「無理です」

「理由は?」

「私は彼への命令権を持ちません」

「どういう意味だ。お前がここの代表なのは誰もが知っているぞ」

「ええ。しかし私はあくまでも民主制による選挙で選ばれた存在です」

「なん、だと……?」

「私はAクラスの主なのではありません。むしろ、私はクラスに隷属させられている状態と言えるでしょう。私の主は投票者であるAクラスの皆さんであり、私は彼らの望むことを成す義務があります。そして同時に上から押さえつける権力を持ちません。特別試験でかつ非常事態ならばともかく、その非常事態かの判断は議会、即ちクラスメイトの判断が必要となります。注意はしますが、あくまでもそれだけ。命令する事など出来ません。それに、それが本来の学校、引いてはクラスの在り方ではありませんか?」

「それは……」

 

 Bクラスの面々が一斉に目を逸らす。この1年間、ここにいたせいで大分常識がおかしくなっている。確かに、ここの常識ではクラスのトップ、つまりは私や一之瀬、堀北などを潰せばいいと考えがちだ。そして意思統一がされていることを前提に、トップに会談を申し込むこともある。

 

 だが、それは本来の学校ではそうそう起こりえない異常事態でもある。40人のクラスメイトが1つの意思の下に動くというのが外の世界であったら、それはなかなかに異常な状態だと誰もが判断するだろう。しかしここでは誰も疑わない。それがここの常識だから。常識という名の偏見を編み込んだマジョリティの際たる存在が彼らBクラスの生徒だろう。

 

「私はあくまでも常識的なまとめ役をしています。民主主義に基づいて。それにあまり強権的すぎるとリコールされてしまいます」

「リコール制まであるのか……」

「ええ。それが民主主義ですから」

「……分かった。時間を取らせてすまない。出来ればこれからもこの件には関わらないでくれ」

「ええ。自クラスに被害が出ない限りは、そのつもりです」

「そうか……邪魔をした。帰ろう」

 

 神崎はクラスメイトを促して帰っていく。最後までBクラスの一般生徒は私への敵意を捨てていなかった。

 

「良いのか、帰して。暴行で訴える事も出来ただろう」

「良いんです。今はね」

「今は?いつかは使う気なのか」

「そういう時が来ないことを祈っていますが」

「そうか。お前がそういう方針ならば言う事は無い。Bクラスにあの対応で良かったのかは疑問だが……」

「あまり良くないでしょうね。しかし、彼らが果たして私の言う事を信じたでしょうか。結局、彼らは頭ごなしに私が犯人、もっと言えば黒幕だと決めつけてしまっている。無論、そんな事はありません。しかし結局人は見たいものしか見ないし自分の望むものを信じたがる。そうでしょう?」

「それは真実だろうな。対応の意図はわかった。だが噂の件は俺も気になっている。どうするつもりだ。被害者は訴えない以上静観でも構わないと思っているが……犯人がこのクラスにいるとなれば問題だ」

「南雲会長の様子はどうです」

「報告はした。その上で動くべきではと進言したが、被害者の訴えが無い以上どうにもできないと却下されてしまった」

「そうでしょうね。あの男はそういう人だ。……私はクラスメイトを信じます。証拠がない以上、動けません」

「分かった。何かあったら言ってくれ。協力する。……もし仮にクラスメイトに犯人がいたと明らかになった場合はどうする」

「その時は断固とした対応を取ります。謝罪と賠償を一之瀬さんにお支払いし、その上で反省を促すでしょう」

「なぁなぁにする気が無いのならばそれで良いと俺も思う。これ以上拡大しないと良いのだがな……」

「ええ。それは本当に」

 

 葛城は良くやってくれている。生徒会では桐山という堀北派の同志がいるらしいが、2年生である以上あまり役には立っていない。そんな中でズバズバと進言する葛城は貴重な存在だそうだ。一之瀬が前そんな話をしていたのを記憶している。

 

 Bクラスとは完全に決裂していると見て良いだろう。厄介なことになった。この分の心的苦痛も後で坂柳にしっかり落とし前を付けてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、電話がかかってくる。

 

「はい、もしもし?」

「オレだ」

「あぁ、綾小路君。どうしましたか」

「単刀直入に聞きたい。アレは坂柳の仕業だな?」

「ええ。彼女とその愉快な仲間たちの仕業で間違いありません」

「証拠はあるのか?」

「問題なく、バッチリと」

「そうか。こちらとしては対応を決めかねている。一之瀬とは別にどうという関係でも無いからな。坂柳の件はオレとしても早く対処をして欲しい。退学にしろ、なんにしろな。何かして欲しい事があれば協力するが」

「そうですねぇ……。分かりました。では、噂を拡大させてください」

「拡大?一之瀬のものをか?」

「いえ」

「なるほど。他の関係ない他者の根も葉もない、もしくは微妙に真実の混じった噂を拡散し、学校側に重い腰を上げさせるのか」

「ええ。そうすれば、坂柳は動かざるを得ないでしょう。学校側が対応する前に一之瀬の心を折らなくてはいけない。そちらのクラスには対人脈に特化した兵器がいるでしょう?」

「櫛田か。分かった。協力を要請してみる。だが一之瀬の心がもっと早く折れる可能性もあるぞ」

「う~んそれは困ったなぁ。そちらは動けそうですか?」

「お前が行かないのか?」

「今この状況で私が彼女に接触したら間違いなくBクラスに袋叩きにされますよ。そうでなくても疑いが濃くなる。私はあくまでも無関係を貫こうとしているのですから」

「なんとかはしてみる。あまり期待はしないでくれよ」

「ええ。無理を言ってすみませんが、お願いします」

「坂柳を排除、ないしは無力化できるのは大きい。その為ならば多少の苦労は惜しまないさ」

「助かります」

 

 綾小路は電話を切る。これで面倒な事は何とかしてくれるだろう。そもそも、坂柳を何とかしたい度合いは私より彼の方が上のはず。少しくらいの苦労は背負ってくれると踏んでいた。一之瀬はこれで綾小路に接近するかもしれないが……まぁそれくらいは許容範囲内だ。元々他クラスにそこまで首を突っ込む気は無い。

 

 Cクラスには龍園を抑えてもらうため櫛田の件で介入したが、アレは真澄さんとついでにクラスメイトを守るための例外措置である。一之瀬が立ち直れるのならばそれで良い。流石にこれで綾小路の説得が上手く行かなかったら私が動くしかないだろう。

 

 一之瀬は事実を突きつけられ動けないでいる。頼れる人は誰もいない。もし家族がいればまた違っただろうが、ここには当然存在しない。自分1人で戦うしかないのだ。しかし、それにも限界がある。彼女はあくまでも精神性は普通か、それよりも少しだけメンタルが強いだけの女子生徒。間違っても私みたいな頭のねじが飛んでいる人間ではない。追い詰めすぎると屋上から飛び降りかねない。

 

 そうなると流石に困る。というか寝覚めが凄い悪い。別に殺したくない同窓生が死ぬのは嫌だし、悲しい。1度は犯罪に手を染めたとはいえ、まだ未来ある学生が命を絶つのを見過ごすわけにはいかないだろう。彼女が今まで逃げ続けてきたものに向き合わせる必要もあると思って敢えて坂柳を放置しているという面もあるが、流石にもし今後自殺の予兆があれば坂柳をすぐさま捕縛するつもりでいる。

 

 しかし、ここまで考えて思ったのだが、もし仮に一之瀬が本当に自殺してしまったらどうする気なんだろうか。学校は間違いなく原因究明に動き出す。そうでなくてもBクラスの生徒はいよいよもって本格的に動くだろう。ポイントを全て投げ打ってでも敬愛する存在を死に至らしめた悪人を引っ張り出そうとするはずだ。そうなると学校はどうするだろうか。隠蔽かなぁ……。

 

 でもどっかで確実に漏れる。一之瀬の遺族がなりふり構わずマスコミやインターネットに訴え出る可能性もある。訴訟されれば第三者委員会が立ち上がり、学校の実態も外に漏らされるだろう。そうなれば私も多分全力で情報を漏らすし外にいる部下に漏らさせる。当たり前だよなぁ。隠蔽がバレてこれまでの問題点が一気に噴出する。

 

 野党の追及は激しくなるだろうし、国民の目も厳しくなる。卒業生も苦境に立たされるだろう。南雲や龍園の悪事もバラされる可能性が高い。ホワイトルームも私が漏洩したら間違いなく白日の下にさらされる。いざという時は母国を用いて「弾圧を叫ぶ日本こそ人権後進国である。米英はこのような輩を自陣営に加えながら我が国を不当に非難するのか!」と言わせればいい。

 

 つまり、坂柳が一之瀬を追い詰めるとまわりまわって高育が滅びる可能性もある。滅んでも私は特に悲しくないが、真澄さんの居場所が消えるのは申し訳ない。葛城も学費が……。坂柳は間違いなく世間から大バッシングを受けるだろうし、太陽の下を歩けないだろう。ここまで考えているのだろうか。絶対考えていないだろうなぁ。

 

 出来の悪い生徒には困ったものだと頭を抱えた。

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