『バイロン』
場は大騒ぎになった。見物人の中には噂のせいで被害を被った生徒もいる。人間関係が壊れてしまった、もしくは壊れかけている生徒もいるだろう。そういう生徒は掴みかからんばかりの勢いで坂柳を憎悪の目線で見ていた。無論Bクラスは全体が今にも人を呪い殺せそうな視線をしている。一之瀬ですら、険しい目線を向けていた。
一之瀬が過去に何をしていようともそれとこれとはまた別問題。クラスのリーダーとして、一之瀬には坂柳が流した(という事になっている)無差別な噂を咎める義務がある。何故ならBクラスにも勿論被害者はいるからだ。
「さっきの音声はどういう事かな、坂柳さん」
「……」
「確かに私は許されない事をした。それは事実だし、否定する気も逃れる気も、もうない。でもそれとこれとは別問題だし、私が昔何をしていたとしても坂柳さんが私だけでない、他の関係ないみんなに対して誹謗中傷して良い理由にはならないんじゃないかな」
「……」
坂柳は完全に沈黙している。証拠が出揃ってしまった。その優秀な頭脳は現実を見てしまった。今まで見ないようにしていた真実を、見てしまったのだ。恐らく彼女の中で私に嵌められたのはわかっている。しかし、それを証明できない。それに一之瀬に関しては事実だ。最早誰も無差別爆撃の犯人ではないと主張しても信じてはくれないだろう。
一之瀬の目はかなり険しい。自分を声高に糾弾していた人物が、一転して多くの混乱を生み関係ない他者を巻き込んだ悪人と分かればそうなるのも納得だし、彼女は怒る権利がある。そもそも犯罪者ですらない(何故ならば起訴されていないし、警察すら呼ばれていない。不起訴にする云々以前の段階であるからだ)彼女に対してその過去をばらす権利は誰にも発生しない。知られない権利は最近ではよく言われるようになってきた題材だ。
「そもそも一之瀬さんは無罪。それに、彼女を咎める資格があるのは警察沙汰になっていない以上、店の店員だけ。それをなんの権利があって咎めている?それを誹謗中傷で明かしているお前が真の犯罪者だぞ。彼女は法的には無罪で前科も前歴も無い真人間だ。この世界は法律が犯罪者か否かを決めるものだ。違うか?」
咎人は硬直した。それでも気丈なもので、辛うじて戦う意思は残っている。だから私はその勢いを削ぐ。
「この愚か者!」
いつも穏やかに。決して怒らない。そういう風にしてきたのはいざという時の武器にするため。坂柳はどこかで私を舐めていた。この男は決して怒鳴ったりしないと。常に冷静に対話で以て応じる。故に付け入る隙があると。そんなものが幻想であると教えないといけないだろう。
「お前は、何という事をしてくれたんだ。これは立派な犯罪だ。それ以前に、もし、この方法で一之瀬さんを追い込んでお前が勝ったとしよう。で?そんな勝利に何の意味があると言うんだ」
「意味?そんなものはいりません。勝利する事がすべてでは無いのですか?」
「いいや、違うな。それは戦争での話だ。お前はここをどこだと思っている?ここは学校だ。かなり特殊、悪く言えば異常な空間だがそれでも教育機関だ。やっていい事と悪い事が存在している。そんなの、当たり前だろう。私がいつ、違法な手段で勝利を得た。いつ、誰かを謂れの無いもので傷つけて勝利してきた?そんな事をしなくても私は勝てる。そして、そんな事をしなくては得られない勝利などというものは、少なくとも学校においては無価値だ」
「……」
「もう一度言う。お前は戦争をしているつもりなのか?戦争ですら条約があると言うのに、お前は無法地帯で紛争でもしてる気なのか?答えろ!」
この戦争ごっこをしているだけの存在に正しい戦争のやり方を教えてやりたい気分だ。生憎と、圧を出すのは得意である。誇れる訳もない特技だが、死線をくぐった回数だけならば誰よりも上だろう。そんなもので勝ったとて何の意味も無いのだが。
「今私がお前の腕をへし折ったとしよう。それでもお前の腕はいつかは治る。だが、心に受けた傷は簡単には治らない!何年もかかるかもしれないし、下手したら何十年もかかるかもしれない。治療する前に、自ら命を絶ってしまうかもしれない。その可能性を何故考えなかった?お前のやっていることは、溺れている犬を棒で叩く畜生そのものだ。もしくは、虫を陰湿に、好奇心のままにイジメているガキと同じだ。もしこの件で自殺者が出たらお前もこの学校も、関係ない多くの在校生、卒業生、先生や職員、関連企業の未来も終わりだよ。すぐに潰されて、お前は父親と同じ豚箱行きだ」
「……」
私の声にフルフルと震えながら、彼女はそれでも私を睨みつける。
「お前に、誰かの命に対する責任が取れるのかよ」
「……」
「だんまりか、まぁ良いだろう。どの道お前は終わりだ」
こんな正義のヒーローみたいな事を言っているのは全て目的、即ち彼女の失脚のために過ぎない。とは言え、このままさよならバイバイでは私の理念に反する。私に説教する資格があるか否かはこの際二の次だ。何故ならば、この学校での私は真っ当な人間なのだから。つまりは坂柳に説教する資格がある存在という事になる。事実はどうであっても、ここではそうなのだから問題ない。
はっきり言ってしまえばこれもある種の演技だ。この件に憤りを感じているという風に演じている。そして現状を優位に進めるには、私の気迫で皆が押し黙っているこの間に、ダメ押しのための更なる行動をする必要があるのだ。一之瀬に主導権を握らせると変な方向に進みかねない。あくまでも主導権は私に。それが狙いの行動をとる。
「誠に、申し訳ありませんでした!」
私は膝を折り、地に額を擦りつける。俗に言う土下座である。無論その対象は一之瀬だ。私は一之瀬に向かい坂柳の真横でひたすらに謝り続ける。強敵と認識していた相手がいきなり土下座してきた際に無感動でいられる人物の方が少ないだろう。
「この度は私のクラスメイトがこのような惨事を引き起こしてしまい、誠に申し訳ございません!クラスを代表し、彼女を止められなかったことをここに陳謝させて頂きたく思います。無論、謝って済む問題ではありません。既に無差別な噂の吹聴に関する禁止をするように先生方に求めている最中です。今後その布告が為されると思いますが、その際に彼女を庇う事なく突き出す所存であります。そして一之瀬さんが民事刑事等で訴え出る、という事であれば証拠提出並びに賠償に関して連帯責任を負い速やかに支払う所存です!」
一之瀬の困惑が頭上から伝わってくる。Bクラス全体も困惑していた。見物人も先ほどの喧騒が嘘のように静まり返っている。私は微動だにせず頭を下げ続ける。慣れたものだ。目的のためならば幾らでも頭など下げよう。
「また、今回被害に遭われた一之瀬さん以外の皆さまは申し出て頂ければ事実関係を調査の後学校と協議して速やかに賠償をお支払いする用意がございます。ですから、どうか!どうか、彼女の退学を要求することだけはお止めいただけないでしょうか。こんな事をお頼みできる立場ではありませんが、この諸葛孔明一生のお願いをどうかお聞きくださいますよう、伏してお頼み申し上げます!」
「あ、あの……えっと、顔を上げてくれるかな?」
「いえ、しかしながら!」
「うん、気持ちはわかったんだけど、話しにくいから……」
「そう言う事でしたら」
元々そんなに長く平身低頭しているつもりは無かった。一之瀬がさっさと顔を上げるように促さない場合は、自分からそういう方に話を持っていくつもりであったのだ。
「一之瀬さん、彼女を訴え出ますか?どちらにしても賠償はお支払いします」
「う~ん……いいかな」
「お赦し下さるのですか!」
「うん、まぁね。これ以上やるのは……
一之瀬の計算してか否かは分からないが、最大限のクリティカルヒットが坂柳に入った。最早吐血しそうである。今まで見下していた相手に可哀想という圧倒的な見下しを受けるという最大級の屈辱。最後の自尊心が砕け散った音がしている。
「
「関係ない人を巻き込んだら坂柳さんと一緒だからね。それはしないように強く言っておくよ」
「よろしくお願い致します」
私はもう一度深々と頭を下げる。坂柳を強引に引っ張って教室の隅に撤退する。一之瀬の話がまだ終わっていないのを悟ったからだ。私たちが邪魔をしないと理解した一之瀬はもう一度教壇に立った。
「坂柳さんの件はともかく……言っていたことは事実だし、さっき言ったことも全部事実。それでも私は、ここで、このクラスで上を目指していきたいと思ってる。こんな厚顔無恥な私だけど――みんな、最後までついてきてくれないかな?」
一瞬の沈黙を経て、大歓声が沸き起こる。
「ついて行くに決まってるよな!」
柴田が笑顔で叫ぶ。人望の厚さが実感させられた。これまで決して目立った成果があったわけではないかもしれないが、それでも彼女は確かにこのクラスの中心、柱として存在していたのだ。与えてきた影響というのは、外からでは分からないものもあるのだろう。
他クラスの生徒も拍手や声援でそれに応えていた。真澄さんは凄い複雑そうな顔で拍手をしている。ここにクラスを超えた人望を垣間見る事が出来る。
「良い感じにまとまってるねぇ」
場がまとまったタイミングで丁度Bクラスに教師と生徒が姿を現す。教師は1年生の担任全員、つまりは真嶋先生、星之宮先生、茶柱先生、そして坂上先生である。生徒は南雲であった。場を見渡した後、南雲が口を開く。
「先ほど職員会議で結論が出た後、生徒会に決定が下りてきた。これは学校からの命令であると理解しろ。1年Aクラス諸葛孔明の訴えを受理し、その要望に従って本日から安易な噂の吹聴や誹謗中傷を禁止する。これに抵触した場合は罰金、停学、重い場合は退学があり得る。これは噂の内容が事実か否かに拘わらずだ。また、事実無根である噂を現時点で流されている生徒は、教師側に訴え出る事で事実調査を行い、嘘であると証明してもらう事が出来る。利用したい者は担任にまで申し出ろ。調査料は無料だ」
南雲の説明に補足するように茶柱先生が続ける。
「学校はこれ以上噂の吹聴を望まない。社会に出て事実無根の中傷をした場合は、最悪のケースだと非常に高額な賠償金を払うことになる。以後は慎むように。中傷の大本は現在特定中だが分かり次第……」
「先生、その必要はありません」
「どういう意味だ?」
「全ての悪の根本は既に確保しています。証拠と証人もセットで」
音声の入った録音機を見せる。そこに入っている音声を確認した先生たちは顔を見合わせ、学年主任の真嶋先生に対応を任せた。なんなら坂柳の担任もこの人である。可哀想に。いや、この場合は私が悪いのか。申し訳ない事をした。でも、これも教師の仕事である。頑張って欲しい。
南雲はここで「あ、マズい」という顔をした。このままでは自分にも責任が飛んでくる可能性を考えたのだろう。
「生徒会での審議を行わせていただければと思います」
「との事だが、一之瀬はどうする」
真嶋先生の問いに一之瀬は訴えをしない旨を説明する。しかし、やってしまったことは消えない。なので、ここまで来ると犯人が分かってしまった為、訴えが無くても裁かないといけない。そして坂柳にとって最悪に運の悪いことに私が訴え出ている。
「分かった。一之瀬の意思は尊重する。その上で現在訴え出ている諸葛に決定権が移ったがどうする?」
「私が坂柳さんを直ちに学校レベルの審議会にかける事をお願いしたく思います」
南雲が眦を吊り上げて話に入って来た。
「生徒会は信用ならないか?」
「暴力沙汰も多少は喧嘩だからOK、だそうですね。そんなことを言っている組織を信用しろと仰るのでしょうか。ご存じ無いようでしたらお教えしますが、喧嘩は暴行罪、決闘罪、傷害罪などに該当する可能性の極めて高い犯罪行為ですよ?」
苦虫を噛み潰したような顔をしている南雲。しかし、訴え出ている私は現状一之瀬が訴えない今無敵の存在と化している。私の要求は最も配慮すべき意見になっているのだ。そして先生にそれを拒む理由は無い。
「では、本日の放課後に我々教師4名を交えた審議会を行う。証拠は預かっておくので指定の時刻に指定の場所に来るように」
真嶋先生はそうまとめて去って行った。南雲は舌打ちしつつ帰っていく。まぁ実際彼は大丈夫だろう。彼がしたのは秘密を洩らしただけ。それにおそらく洩らしてはいけないという契約は結ばれていない。倫理的にどうなんだとは思うが、凡そ罪には問われないだろう。厳重注意はあるかもしれないが。少なくとも坂柳より重くなることも地位を解任される事も無い。
「真澄さん」
「なに?」
「そこの小娘を連れて教室に戻って下さい」
「りょーかい……なんかコイツ梃子でも動かないんだけど。後重っ!」
「引きずってでも連れて行って下さい。文句を言う親は今のところ逃亡中ですから」
「ほら、行くわよ!抵抗しても無駄だから!さっさと自分の足で歩けっての」
坂柳は真澄さんに連行されて抜け殻のようになりながらクラスに連行されていった。それをドン引きした目で見ている一之瀬に、私は向き合う。
「この度はクラスメイトがご迷惑をおかけしました。重ね重ねお詫び申し上げます」
「ううん、いいの。私だって……褒められたことはしていないし」
「例の契約の件ですか?それはもう良いです。私の中ではペーパーシャッフルが終わった時点で終了していましたから。それでも貴女が気を病んでいたのならば、今ここで許します。貴女が私と彼女を許したように。あぁ、ただし、堀北前会長には謝っておいて下さいね」
「うん、むしろ、今までそれからも逃げてたからね。今度そうするつもり。それに……許すのはそんな大それたことじゃないと思うんだけどな」
「いいえ。許すのは勇気がいるのです。それこそ、憎むよりも。貴女は聖人君子になれる器を持っている」
「そんな事……」
「貴女は逃げなかった。その十字架と向き合う勇気を持っていた。もしかしたら、それを促した人がいたのかもしれません。しかし、そうだとしてもその人の言葉を聞き、その後に決めたのは貴女だ。どうか前を向いて、光の道を歩いて下さい。私には、歩けない道を」
「え……それはどういう……」
「お騒がせしました。賠償の件は追って後日連絡いたします。それでは、失礼しました!」
もう一回深々と頭を下げてBクラスを後にする。背後からは再度の歓声。彼らからすれば内ゲバに助けられたとは言え、Aクラスを撤退に追い込んだのだからさもありなんという感じではある。
私は一之瀬を助けたかったという訳ではない。無論、そういう意思が皆無であったかと言われればNOではあるが、善意で動いたかと言われればこれもNOだ。あくまでも都合のいい展開だったから坂柳を従えるために一之瀬を利用しただけ。彼女には申し訳ない事をしたと思っている。これは本心だ。
結果的に彼女は前を向いて歩けるようになった。しかし、それはあくまでも結果論。どこかで耐えきれず心が折れて退学、ないしは自殺を選んでいた可能性だってあった。私は自分の計算の元彼女が耐えられると判断して策を練った。しかし、人の心とは最後には計算できないもの。もしかしたら私の見えないところでもっと傷付いていた可能性だってあるのだ。そんなものは分からない。
つまりは私の罪業ポイントはまた1つ加算されていくのだ。罪から逃げない一之瀬を称賛したのも、私がそれを明かすことなく罪を隠したまま生き、そしてこれからも生き続けるだろうからだ。私の罪は多くに明かすことは出来ない。無論、それは私の部下にも関わってくることだからだ。
いいや、それすらも逃避なのかもしれない。最も罪から逃げているのは私なのかもしれない。私は、血に汚れた手で、死を宣告し続けた口で、坂柳を糾弾している。罪の重さならば、私はずっと重いと言うのに。さも何の罪も持っていないかのように坂柳を陥れている。
誰にも話せず、贖えない十字架は、一生消えることなく死ぬまでそのままなのだろう。赤い沼に足を取られながら、血を吸った服を纏い、骨に身体を刺されながら、地獄への道を歩き続けるのだ。虚飾の仮面を被り、多くの者に望まれた私を演じながら。
歌うような調子で私の喉元に剣を突き付けた時の従妹の声が聞こえる。「
あの時、その狂いながらも冷静な瞳に、私はなんと答えたのだったか。もう忘れてしまった。ただ1つ分かるのは。――――神がおわすと言うのなら、私は地獄へ落ちるだろう。私は、許されたいのかもしれない。誰にかは、最早分からないけれど。
生死のない人形のように、罪人は椅子に座っている。微動だにせず、虚空を眺めている。その目に光は無い。心臓の音と微かな呼吸音だけが、辛うじて生きていることを示していた。このまま死体になれば好事家に売れるだろうという見た目をしている。
先ほどまでこの会議室では審議のための証拠と証言の確認がされていた。橋本が証拠についての証言を行い、鬼頭などがそれに追随していた。その結果、証拠の事実性が認められる結果となる。これには坂柳が一切の反論をしなかったことが起因する。例えしたとしても無駄だっただろう。星之宮、坂上、茶柱の3名は完全に全てが坂柳の仕業であると結論付けている。真嶋先生ももう殆ど坂柳への信頼を失っていた。
橋本は脅されていたと主張。その中身に関しては先生方にも教えられないという事で黙秘を貫いた。先生方はそれならば仕方ないと納得している。橋本にはかなり同情的な姿勢を取っていた。坂柳なら脅しかねないと思われているのだろう。つくづく日頃の生活態度は大事だと実感させられる。
もし仮にどうしても言えと言われれば、その時はちゃんと考えてあると橋本は言っていた。尤も、それを披露する機会は無かったが。私としては少しでも秘密を自白してくれるならば嬉しかったので少し残念でもある。橋本は優秀だ。しかし、信用は出来ても信頼は出来ない。
信用は過去的、信頼は未来的だ。信用は「過去の言動や実績から確かなものと信じて受け入れる事」を指す。それに対し「信頼」は、「未来の行動を信じて頼りにする」ことを指している。彼の過去の行動は信じられるが、未来に信を置くことは出来ない。かれはそういう人物だ。
敵が有利と見れば裏切るだろう。今回は一度は選んだ主にお情けで付き合ってあげたというのと、自分への反省、そして私の命であったことが大きく関係し、坂柳に最後まで付き従った。逆にどんな理由であれ付き従ったのは義理堅いという印象を周囲に植え付けている。
今後は葛城の次に男子では重宝する存在にはなりそうだ。しかし、葛城よりは当然信頼できないし、真澄さんと比べるのは以ての外だ。
私の信頼度は真澄さん>>>越えられない壁>>>葛城>>>橋本やその他Aクラス生徒>>>戸塚>>>越えられない壁>>>坂柳の順である。越えられない壁は文字通り越えられないものを指す。戸塚は五月蠅い存在だが葛城を厚遇していれば大人しいのでその辺は少し手のかかる生徒レベルだろう。はねっかえりも多少はいた方が面白い。葛城は信頼しているものの、真澄さんよりは下だ。そりゃ年季がね。
彼女はこの1年良くやってくれた。いつかはあのデータも全部削除しないといけないだろう。彼女を自由にしなくては。ただ……それはいつにするべきかが問題だ。少なくとも最終学年くらいは私に縛られない生活をして欲しい。今年では早過ぎるだろうし何より……私が嫌だ。
なので私のわがままにもう少し付き合って貰い、来年度の終わりには全てを消して解き放つ。これで良いはずだ。そうしたら私から離れて彼女は自由に生活できるようになるだろう。その頃には学習面でもその他でも私はもう、いらないだろうから。
橋本への事情聴取と録音機の内容について時折来る質問に無言で頷き続けるだけの坂柳を見ながらぼんやりとそんな事を考えていた。
「よし、これで大体の事情聴取と事実確認は終わったとみて良いだろう。そろそろ今後下す措置について考えなければならないな」
真嶋先生は区切りをつけるようにそう言った。橋本は既に解放されている。真澄さんから入ったメッセージでは、教室に戻った彼はそこまでアウェーになる事も無く受け入れて貰ったようだ。なお、昼休み後に連行されて教室に戻った坂柳への視線は絶対零度だったらしい。怖いなぁ、クラスメイト。
あの戸塚ですら橋本に対し「あんなのに良く今までついてたなと思ったけど、誤解してたぜ。脅されてたんだな。なら仕方ないよな!皆も許してやろうぜ」と呼び掛けていたらしい。よっぽど坂柳が消えて嬉しいのだろう。逆にそれ以外の人への優しさがにじみ出るようになっている。人は分からないものだ。
「俺は停学2週間とクラスポイントのマイナス、並びに学年末試験は各教科学年最低点の生徒と同じ点数という扱いが妥当であると思っている」
「真嶋先生、それは些か甘いんじゃないでしょうかねぇ」
坂上先生はここぞとばかりに畳みかけに行っている。まぁ気持ちはわからんでもない。彼のクラスは今や最底辺だ。希望であった龍園も今は失脚。椎名に戦いの意思はない。平和主義では守れるものも守れんと思うのは私が軍人だからだろうが……。ともあれ坂上先生的にはここで叩きたいのだ。
「多くの生徒が被害に晒されたんですよ?しかもひどく身勝手な理由で。そんなものが他所の学校で許されるんでしょうかねぇ。今の時代、インターネットコンプライアンスは非常にうるさいですし、各教育機関は目を光らせています。真嶋先生はここのご出身なのでお分かりにならないかもしれませんが、普通は退学ですよ、退学。刑事事件になっていないのは単に一之瀬さんや諸葛君などの恩情でしょう。退学は彼らの意向を汲んで無しにしても、最低停学1カ月が妥当でしょうねぇ」
手をろくろの様に回しながら坂上先生は言う。一之瀬はあの後星之宮先生に対し退学にはしないように訴えていた。こんなところで退学させても何の意味もないとの話だった。これには単に一之瀬の優しさ以外にも、こうすることで生き恥を晒させるという意趣返しもあるのかもしれない。
「私は停学3週間と監視、並びに賠償で良いのではないかと思います」
「茶柱先生、監視とは?」
「今回の件は坂柳本人のインターネットリテラシーの低さが原因です。よって、彼女のインターネット関連並びに日頃の行動に制限を設け、監視下に置くことによって今後同様の行為を行うのを止める事が出来るのではないかと」
「……なるほど。まぁそこが落としどころでしょうかねぇ」
「私も佐枝ちゃんに賛成しま~す」
「…………分かった。俺も同意しよう。次に具体的な賠償についてだが――」
ここで私はピンと手を挙げる。一応発言権はあるのだ。私はどの道連帯責任で罰を受けるAクラスの責任者であり、今回訴え出た存在でもあるのだから。
「意見、よろしいでしょうか」
「許可する」
「ありがとうございます。私としては、まず被害者の多いBクラスに対してはクラスポイント200を賠償としてAクラスから、次点で多いCクラスとDクラスにはクラスポイント100をそれぞれに同じくAクラスから賠償としてお支払いすることを提案します。続いて、個人ですが一之瀬さんに対しては50万プライベートポイント、その他の方に関しましては10万プライベートポイントを全て坂柳さんに支払われる分のポイントから賄う事を提案します。一之瀬さんを優先に支払い、もし在学中に支払えない場合は卒業後現金で支払うと言うのでどうでしょう。また、このポイントは被害者生徒が退学、ないし卒業する場合には現金化できるというのもプラスの措置として提案したいと思います」
先生たちの空気がざわつく。かなりの額を支払う事を提示しているからだ。これははっきり言って必要経費、コラテラルダメージだろう。私が誹謗中傷のような戦略を使わないと全学年、引いては全校に理解させるためにはかなり大規模な出血を容認する、もっと言えば自分から提案する必要があった。それくらい重く受け止めている、というイメージ作りである。
結果的に個人への賠償はともかく、クラスポイントだけでも400は引かれる。はっきり言って異常な額ではあるだろう。だが、それで私の誠意を示せるのならば問題ない。後は被害に遭った各個人へ直接謝罪行脚をすれば完璧だろう。邪知暴虐なる坂柳のツケを健気に拭っている私の完成だ。
「それは……いや学校側としては構わないが、クラスとしては構わないのか」
「問題ありません。私が全権を委任されていると共に、今回の誹謗中傷事件で賠償を払う事は既にクラスで了解を取り付けています」
「先生方、どう思われますか」
真嶋先生は質問の後、他の先生を見渡す。特に異論は無さそうだ。Aクラスが勝手に、かつ無抵抗でポイントを400も捨てて、加えて自クラスに最低でも100、最高で200も入るのだから文句の出ようはずがない。しかもプライベートポイントも多く入ってくる。ポイントは戦略上重要なのは卒業生たる3人は良く知っているし、坂上先生とて理解している。なのですんなりと受け入れられるだろうと言う目測は正解だった。
「そうだ、忘れないうちに。このままですと坂柳さんは自主退学しかねないので、それも禁止しておいてください。賠償と謝罪、贖罪も済んでいないのに逃げられてはたまりません。それと、学校全体でもう少し犯罪行為に対するリテラシー強化のための講習会でもして下さい」
「分かった。上層部と相談し、至急取り計らおう」
南雲の得意技が暴力沙汰ならそれを封じればいい。その為に学校に締め付けを強くするように求めるのだ。今坂柳理事長のせいで危うくなりかかっているこの学校。余計な問題を起こしたくない学校としては何としてでも軽挙妄動を慎むようにさせるだろう。さもないと自分達の首が危うい。
「くれぐれも、よろしくお願いいたします」
先生方に頭を下げる。坂柳は半分意識が無い。呆然としたまま、夢と現を彷徨っている。さて、半死半生の少女はいいとして、現状確認だ。クラスポイントは大きく推移した。
A……1817
B……689
C……468
D……226
↓
A……1417
B……889
C……568
D……326
となっている。1000以上あったBとの差は600に縮まっている。これならば今後Aクラスに悪感情を抱いた他クラスが合同で包囲網を組まないギリギリのラインだと思っている。衣を脱いだ一之瀬によってBクラスは歩み続けるだろう。他クラスも追い上げてくるはずだ。坂柳も当分は何も出来ない。これで全ての憂いは解決した。
無人島の時点ではある程度計画にあった流れ。当時はもしこうなったらという想定の1つではあったが、ある程度は想定通りに進んでくれて助かった。暫くは安泰だろう。
……一之瀬は背負わなくてもいい罪を背負っていた。そも彼女は無罪だ。だが犯罪行為をしたのもまた事実。しかし彼女はしっかりそれと向き合った。その光がやはり私には眩しい。私は、どうあがいても闇の中にしかいられないのだから。
会議室を出て外に行けば、寒い風が身に染みる。それは私を嗤うように激しく吹き付けた。遠くから真澄さんがやって来る。私を待っていたらしい。
「もう少しだけ、逃げさせてくれ」
小さく呟いて、彼女の方へ歩き出した。
私は良く言われる一之瀬さんのクラス(Bクラス)がちょっとヤバい説には反対でして。というのも、まぁ一般常識的に万引きは犯罪で、そんな人について行く!って言えるのはどうなのかなと思われるかもしれませんが、考えてみて欲しいのです。
龍園みたいなヤバいのとか、坂柳みたいなヤバいのとかがウロウロしていて、気を抜くと退学。学校は自分達を守ってくれるかは分からず、暴力沙汰も生徒会公認になりつつある。そんな閉鎖空間で自分達に優しく明るく接してくれた存在がどれだけ重いのかを。
人には知られたくないことを知られない権利がありますし、もう解決している事件を蒸し返すのはおかしいだろうと。この視点で見ると、Bクラスの反応は別におかしくもなんとも無いんですよね。もう終わった事件。当事者同士で解決している。被害者であり、唯一糾弾と訴訟の出来る立場の店は不問にしてくれた。本人も凄く反省している。それなら今までの自分達にしてくれたことも加味して、受け入れてあげよう!ってなるのは不自然ではないでしょう。むしろ、友達だったらおかしな話ではないと思います。
私たちは、誰しもがBクラスの生徒になる可能性を秘めているのかもしれません。そしてそれは決して間違っているのではなく。一之瀬さんの過去はどんなものであっても、それは許されるものであって、贖いのためにもがき続けた結果作り上げたものは偽物ではないと、そう思うのです。なので、今作ではそういうプロットにしたのでした。
根本的に坂柳さんの一之瀬さんに対する中傷事件は犯罪ですから。事実だろうと名誉を傷つければ犯罪です。しかも、噂の出元が自分だとわりかしバレているので、万が一一之瀬さんが凄い理性的な人で、クラスが勝つためなら割と非道になれるタイプだと、警察の捜査が入ると思います。被害届出されると終わりですからね。いくら治外法権的な学校でも、訴えられたら負けですし。
警察の捜査が入ると、流石のAクラスは口を割らざるを得ないでしょう。南雲は多分怒られるだけで済みますが、悪意を持って悪い噂を流し、精神的苦痛云々で訴えられると坂柳さんの敗けだと思います。少なくとも訴えられた時点で、彼女的には大敗北でしょう。
もっと言えば教育機関がこれを見逃して良い訳ないんだよなぁ。そもそも実力至上主義って言いますけど、現実社会はそうでも学校はそれじゃあダメでしょうとは思います。学校は実力を成長させるための場所なんですからね。最初から完璧な人を求めてる学校は、やはり根本でホワイトルームに近い気がします。
というか、そもそも誰も突っ込まないですが、坂柳さんに一之瀬さんを糾弾する資格ってないんですよね。一之瀬さんは坂柳さんに何ら迷惑をかけていないし、犯罪行為もしていない。それに、万引きは当然許されない事実だとしても、それを糾弾できるのってお店の人だけでしょう。警察はただ事務仕事に則ってやるだけです。しかもこの件は店側の恩情で警察沙汰になっていない。つまり、この時点で解決している訳です。申告されなければ罪にでは出来ないので、彼女は罪の意識を背負っていても、法的に一之瀬さんに前科も前歴もない訳です。叱る、という側面なら、教師や親、友人でも良いかもしれませんが、やる権利はあると思います。ただし、それをしていいのは今の人間関係の中にいる人ではなく、中学時代の友人・教師だけでしょうね。中学時代の一之瀬さんの先生はもっとしっかり怒ってあげて欲しかった。
誰もここに突っ込まないのは何故なんでしょうねぇ。神崎とか行けよ、と思いましたが、流石に衝撃が大きかったか。
この回(前回もですが)は第1話執筆当時から明確に脳内に存在しているお話だったのです。少なくとも罪を悔い、贖いを続け、綾小路の説得があったにしろ最後には逃げなかった一之瀬さんと、誹謗中傷を行い多くを傷つけその罪と向き合っていない誰かさんの対比を書きたかったのでした。
長くなりましたが、これが私のこの巻に対して思った率直な感想です。ですから今回のプロットではそれを反映したシナリオにしております。お楽しみいただけたのなら幸いです。
次回は閑話。学パロ(高育の無かった一番孔明&真澄さんにとってハッピーな世界線)で送る両名が幼馴染な√も用意してますので、お楽しみに!