『ジョン・F・ケネディ』
「私の要求はただ1つ。退学阻止にかかるコストの削減です」
「ほう」
「具体的には半額、つまりは1千万ポイントまで下げて頂きたい」
「なかなか厳しい事を言いますねぇ。これでもクラスポイントのペナルティは排除したのですが」
「たった1人を陥れるための手段を学生ですら頭おかしいと思うような理屈で実行してるのですから、それぐらいはして当然でしょう。むしろ、まだ足りないくらいだ。何なんです?退学者がいないから出させるって。教育機関として破綻してるでしょう」
月城は全く目が笑っていないながら、口元に微笑を浮かべる。
「とは言え、本心ではないのでしょう?君の事だ。ドアインザフェイスでも使う気であろうと予測しましたが……どうですかねぇ」
「いいえ?私は本気で半額に下げろ、と交渉に来ました」
「見抜かれたのならば素直に言うのをお勧めしますよ?意固地になっても相手を頑なにするだけというのは社会の鉄則です。素直さは、時に大きな武器になる。大人からのアドバイスです」
「それはどうもご高説を賜り恐悦至極。しかしながら、あくまでも私は本心で半額を要求しています」
「困りましたねぇ、これは。試験の中止を求めないだけ、まだ大人だと言えますか」
「そんなもの、求めたとしても無駄でしょう。上も巻き込んで決まった事は覆せない。走り出した列車は止められないんですよ。停車駅は変えられるかもしれませんが、目的地はずらせない」
月城は悩んでいる素振りを見せる。素振りと言ったのはその本心に悩みがないのは一目瞭然だったからだ。あくまでもポーズだけ。見抜かれていたとしてもそれを指摘することは出来ない。何故なら何とでも言い繕えてしまうからだ。私に苛立ちを与えるための作戦なのか、はたまた別の狙いがあるのか。
「分かりました。半額、受け入れましょう」
「随分とあっさりご承知なさりましたね」
「えぇ、私も鬼ではない。教授にお世話になった身として、これくらいの融通は許されるでしょう。それに、Aクラスの状態は私にとってはどうでも良いことなのですから。無論、教育に関しては別ですが、私の狙いの上ではどうでも良いのです」
「私としては助かりますがね」
「ただし、ただしです」
条件を付ける当たり前だ。あっさり人情で引き下がるような奴を送り込んでくるとは思えなかった。案の定ここから条件付けだ。
「綾小路君を退学させて下さい。試験を作ったモノの、予定はズレていまして」
「予定?」
「えぇ。最初は父親の件を絡めて君のクラスの坂柳さんを
「いいえまさかそんな。彼女の自業自得ですよ」
「今はそう言う事にしておきましょう。話がズレましたね。元に戻しますと、綾小路を退学させるように動いて下さるならば半額、お受けしましょう。契約しても構いません」
「……残念ながら、それは出来ません。私には先約がありましてね。綾小路と協力して、ホワイトルームの魔の手から彼を守るという契約がね。それがホワイトルームなどという狂った機関を生み出した父親の被害者に対する私なりの責務ですから」
「おやまぁますます困ったことになりました。あれも嫌だ、これも嫌だ。ともすれば駄々っ子のおねだりです。これではどうしようもない。交渉人としては失格です。君が大事なのはAクラスのクラスメイト。であれば綾小路君の事など切り捨てればいいではありませんか」
「いいえ。契約は何よりも大事。外でもそうではありませんか?利に釣られ破るような輩の末路を知らない訳ではありませんでしょう」
「全くその通り。君がここで協力すると言った場合、私は君を軽蔑しました。まぁ、時には背反契約を結ぶ事も社会ではあるのですけどね」
「重々承知の上です。それでも約束は守る。これがいつか、役に立つはずですから」
「君のその意思は尊敬に値すると個人的には思いますが、しかしながら交渉は決裂です。大人しく坂柳さん辺りを退学にさせて下さい」
月城はそう言いながら、手で帰るように促す。確かに月城の言うようにここで綾小路を嵌める事は出来るかもしれない。だが、それをしても何も得る物はない。プライドなどは捨ててきた。だが、これはプライドなどというちゃっちい物の問題ではなく、信義の問題だ。
それに、万が一失敗した場合のリスクが大きすぎる。綾小路はなるべく敵にするべきではない。限界まで共闘する事が絶対条件だ。そうしなければいつしか決定的な破滅を被る可能性がある。それに、彼は仮に私が幾重にも罠を張ったとしても全て突破できる能力を持っている。危険極まりない。ここで切るわけにはいかないのだ。
当然父親の罪の贖罪も兼ねている。彼がせめてこの学校では学生生活を謳歌できるようにホワイトルーム関連に関しては手を結ぶ。それがせめてもの償いになると思っている。
「分かりました。では、交渉は終わりです。私は退学するとしましょう」
「自己犠牲ですか?今時流行りませんが」
「自己犠牲、ですか。そういう要素もなくはないですが、この学校は無くなるので問題ありません。どの道、全員退学と同じような感じになるのですから」
「穏やかではありませんね」
月城は険しい目でこちらを見る。向こうは相手、つまりは私の手札の数を見誤っている。私がただで自己犠牲などするはずがない事を彼は理解していない。何故なら私の人間性を理解するのに日が足りていないから。しかし意外そうな顔をしていたのは私が少なくとも自己犠牲はしなそうな人間であることをこの短時間で見抜いていたからだろう。
「私は退学と同時にこれをばら撒きます。マスコミ、SNS等々、飛びつく相手は日本だけでなく、海外にもいる」
「これは……」
「この学校で今までに起こった不祥事のリストです。幾つもありますね。初期の頃はイジメも結構あったようで。だからこそ厳しくした、という事にしていたんでしょうけれど。それ以外にもこれまでの20年以上で起こった問題です。これ、普通の学校だとヤバいモノも混じっていますよね?そして今回の試験。こんなものがまかり通っている。これは学校ぐるみのイジメ誘発行為であると全世界にリークします。ホワイトルームの情報も一緒に持っていきましょうか」
「政府とあのお方がそれをさせるとでも?」
「逆に今の多極化かつグローバル化し、電脳空間の広がった世界に対応しきれていない政府にどうにか出来るとでも?代理の親玉が動くころには私は空の上ですよ」
「……ここの情報を漏らすと、莫大な違約金が発生しますよ。それはご存じでしょう?」
「1千万ですか?1億ですか?払いますよ、それくらい。それに、何も馬鹿正直に日本で発信する事は無いでしょう。私の母親はどこの出身でしたかね」
「…………」
「月城代理。私の手札はこれです。私はいつでも国外に行ける。学校へ執着などありません。国籍選択はまだですから、例え日本政府が拘束しても私が中国籍を選んだ段階で事態は一気にややこしくなる。それに、私が出国後リークしたらどうやって捕らえるんです?契約違反はあくまでも民事。刑事じゃないので中国は引き渡してくれませんよ。それに、日本政府を攻撃できる材料を持った存在を、中ソ北印等の共産圏はどう見るでしょうね?」
月城は黙りこくる。この発言が果たしてどこまで信憑性があるのか。そうなったらどうなるのか。それを考えているのだろう。だが、ここで考える時間は与えない。イギリス流外交術にもある。相手に考える時間を与えず、ここぞと言う時は畳みかけろ、と。
「どうです?代理。こうなったら代理のクビ、危ないんじゃないですかね」
「ホワイトルームが潰えれば別の職を探しますよ」
「その前に物理的にクビと胴体がさようならしないと良いんですが」
「ご心配には及びません。身の振り方は心得ていますので。とは言え……確かに君の言う通りではあります。君のいうシナリオ通りに行動されると非常にまずい。文部科学省も法務省やら内閣府やら外務省に迷惑をかけたとあっては面子が丸つぶれ。よろしくありませんねぇ」
「私の要求を許可して頂ければ、先ほど言ったような状況にならずに済むんですよ。それに、どうせCクラスには1000万でも難しいでしょうし」
事実、Cクラスに貯蓄の概念は無いようで、そこまでポイントを溜めこんでいるわけではない。半額になったとしても払えるのはAとBだけだろう。
「……分かりました。外交問題までは望んでいません。しかも、そんなことでホワイトルームが潰れては勿体ない。折角ここまで多くの犠牲を積み上げてきたんですからね。ただし、やはり半額は難しいとしか」
「では、出国したいと思います……と言いたいところですが、代理の顔も立てましょう。1千250万でいかがですか?」
「ここでドアインザフェイスですか。最初に見抜かせて敢えてそれを否定。そして最後に乗らざるを得ない状況に持っていくとは……。1千750万」
「1千300万」
「1千600万」
「1千350万。顔を立てるのもここが限界です」
「良いでしょう。1千350万まで減額しましょう。勿論、全クラス適応で、ですが」
「ありがとうございます。お話の分かる方で助かりました」
私の要求を受けた月城ではあるが、苦々しい顔ではない。これも想定の内、という顔である。もしかするとブラフかもしれないが、半額にするくらいは考えていたのかもしれない。それをしなくてはならないようなネタを私が持ってくる事も、想定の範囲内だった可能性は大いにある。
「契約書は完成しました。私のサインはこれに。これで正しく執行されます。明日には全クラスに通知が行くでしょう。君もサインをお願いします」
「分かりました」
「確認できました。これで契約成立です。私は減額をする。その代わり君は今回の試験で退学せず、又情報を流さない。履行をお願いしますよ」
「こちらこそ」
月城は携帯を取り出し、どこかへ連絡を始める。今の契約内容を伝えているのだろう。電話口からは真嶋先生の驚いた声が聞こえる。数分後、連絡を終えると彼は私に向き直った。
「やれやれ、少し舐め過ぎていましたか。どこかで油断があったのかもしれませんねぇ」
「代理、貴方は本当に綾小路を本気で、心の底から退学させる意思があるのですか?」
「何故、そんな事を?私がホワイトルームからの刺客であると知っているのならば出てこない疑問に感じますが」
「代理は非常に優秀だ。もし本気ならば、こんな投票などという不確実性の高いものには頼らないでしょう。それこそ、えん罪でもでっち上げるはずだ」
「面白い考察ですね。しかし、私は彼を退学にしようとはしていますよ」
「そこに意思は?」
「意思?仕事とは、時に己の意思とは違う事もしなくてはならないのですよ」
仕事だからやっているのだ。月城の口ぶりからはまさにそんな感情が聞こえてくるようだった。
「私は仕事ですので綾小路君を退学させるべく動きます。しかし、同時に心中でははねのけて欲しいと思っていますよ」
「意外ですね」
「綾小路君、そして君。この似て非なる2人は教授の理論の証明者或いは、ホワイトルームが抱える教授だけが気付いた問題点を発見する糸口になるのではないかと思っています。私はただ、教授の作ったモノの行く末が見たいだけ。あの方の理想も目的も知った事ではありません。仕事だからこなすだけです。それ以上などしませんとも。滅私奉公は日本人の悪い癖ですからねぇ」
「世知辛い事で。もし私が真っ当に卒業できましたら一緒に中国へ行きませんか?貴方ならばすぐ上に行けるでしょう。共に働きたいくらいだ」
「何とも子供らしからぬ称賛ですね。それと、余り私に心を許してはいけませんよ?意思はどうあれ、綾小路君を退学させるよう動くのは事実ですから。私は仕事はきっちりこなす主義ですから。綾小路君を守るならば、必然的に君とも敵です。今後もこういった形で手を変え品を変え、攻撃するでしょう」
「その都度、火の粉を払うだけです」
「では、その様子を拝見させてもらうとしましょう」
時計を見れば1時間近く話し込んでいたのが分かる。月城も腕時計を確認した。
「すみませんが、この後会議がありますからこの話はここで切り上げさせてもらいます」
「お時間取らせて申し訳ありませんでした」
「いえ、有意義でしたとも」
「……最後に1つだけ。私の母は、どんな人でしたか」
「教授は……」
「あ、教授は良いです。父の事は良いんです。どっちかと言うと聞きたくないです」
「それは残念。桜綾君ですか……非常に優秀な生徒でした。そして、非常に人気があり、美しい存在でした。顔や出で立ちだけでなく、内面も」
「そうですか。初恋だったりします?」
「幼少期の恋慕を子供のままごととするならば、そうかもしれません」
「何とも複雑な感情です」
「私は助教授として教授を尊敬していましたが、教授と桜綾君が結婚すると聞いた時は『ふざけんな、あの爺ぶっ殺してやる』と内心思ったものです。同僚や男子生徒と飲み明かした懐かしい思い出ですね」
「それは……まぁ……気持ちは分かります」
「子供にする話では無いですがね」
「代理が今でも独身なのは……」
「それはノーコメントとしておきましょう。さ、そろそろ時間ですので」
「おっと、失礼しました」
一応礼儀として月城に頭を下げる。確かに彼は敵サイドだ。だが、個人的にはどこか憎めない心情が存在している。ドアを開け、再度礼をして去ろうとした私に、月城は呼びかけた。
「諸葛君」
「はい」
「君と私は敵同士。しかし、もし教授や桜綾君の話を聞きたいと思ったのならば訪ねてくると良いでしょう。その時は、立場を一度横に置き、私も応えたいと思います。それでは、健闘を祈っていますよ」
「……ありがとうございました」
最後の言葉は間違いなく社交辞令だろう。だが、月城は昔を話す時だけどこか遠い目をしながら懐かし気に語る。それすらも油断させ、相手に親近感を持ってもらうための演技なのかもしれない。それを警戒しつつも、昔話を聞きたいと思っている自分がいた。
それに、随分と話の通じる人間である。坂柳理事長よりも、個人的に好感が持てる。卒業したら本気で勧誘してもいいかもしれない。そんな事を考えながら暗くなった廊下を歩いた。個人的な心情はともかく、交渉は成立した。後は上級生に金の無心と行こう。何とも情けない話だが、これも私の目的のためだ。
まずは手始めに、話があると言っていた真澄さんとしっかり話をすることにしよう。多分、坂柳を追い出さないことに関しての話だとは思う。彼女自身が賛成なのか反対なのか、それはまだ分からない。いずれにしても、彼女の意見を無視すると言う選択肢はない。もし退学させるべきと思っているのだったら腰を据えて説得する覚悟だった。
真澄さんは仏頂面だった。明らかにムスッとしている。その理由は色々あるのだろうけれど……。取り敢えずは話を聞かない事には始まらない。
「それで、話とはなんだ」
「その前に、責任者とかには会えたの?」
「無論。そして交渉も成功させた。多少脅しも含んだが、相手はリスク回避のために私の要求を受け入れる事にしたのさ。これで退学阻止に必要なポイントは1350万ポイントまで減った」
「脅し?」
「あぁ。要求を受け入れなければわざと退学して、こんなことをしているぞと国内外に暴露すると脅した。私は二重国籍状態だからな」
「退学って……嘘でもそんな事言わないで欲しいんだけど」
「本気でする訳じゃない。それでも尚断るようだったら他の手段を取るだけさ。手札はまだまだあるからな。一番楽なものを選んだに過ぎない」
「……そう」
「そうだとも。で、話とは?」
「分かってるでしょ、坂柳の件」
まぁ予想はついていた。逆にそれ以外だと何があると言うレベルである。
「どうしてそこまで坂柳に拘るの。今まで、坂柳は大して役に立ってない。これからも、立つかは怪しい。今の廃人状態のままで生き残らせても、何もできないと思う。1350万を集められるとしても、それはもっと他の人を助ける時に使えばいい。私の意見、間違ってる?」
「間違ってはいないさ。それでも私は彼女を助けないといけないと思っている」
「なんで?」
「それは彼女がAクラスの生徒だからだ。彼女の本心はどうであれ、私に投票した。同時に私は彼女を守る義務が発生したわけだ。クラスメイトは私に投票し、委ねる。そして私は権力を行使する代わりに、有権者を守る。それが正しい在り方だ」
「そんなの……理想論でしょ。坂柳はアンタに背いた。裏切り者。それをも庇護しないといけないの?」
「そういうものだ。それに、切るのは容易い。だが、もしかしたら今後彼女が切り札になるかもしれない。お勉強はできるんだ。いない事で不利益を被るかもしれないだろう?ペーパーシャッフルみたいな事が今後もあるかもしれない」
「それは……そうだけど……」
「ごちゃごちゃ理由をつけてはいるけれど、結局は私の下にいる生徒なのにもかかわらずろくに成長もせずにいなくなられては私のポリシーに関わると言う超個人的なことなんだけれどね」
「呆れた。そんな事のために坂柳を助けて、クラスを混乱させたの?」
「これまで彼らのために働いてきたんだ。それくらいは良いだろう?クラスメイトからポイントを徴収する気は無い。その分だけマシだと思うがね」
「はぁ……しっかたないわね!もう、好きにしなさいな。私は黙って従うから」
「それはどうも。今後君がもし退学になりそうだったら、非常大権を使ってクラスメイト全員の有り金全部出させるから安心してくれ」
「そんな価値、私に無いわよ。もっと葛城みたいな優秀な奴に使うべきでしょ」
「君は十分に優秀だ。学年でもトップ10には入っている。それに女子のリーダーだ。そして、そんな事は関係なく私が助けたいと思っている。それで十分なはずだろう?」
「……あっそ」
少しは納得してくれたようだ。納得したと言うか、理解を示してくれたと言うか、呆れられてもう好きにしたらいいと突き放されたか……。まぁとにかく方針には従ってくれるようだ。
「納得はしてくれたか?」
「一応。批判票は入れても良いんでしょ?」
「あ、それはむしろドンドン入れてあげてくれ。そうした方が確実性が高い。1回退学になりかけたと言う風にしないと恐怖が薄れてしまう」
「でも、廃人状態だけど?」
「試験が終わり次第、そこら辺は何とかするさ」
坂柳の行動原理の底にあるのは、私に勝ちたいと言う思いよりも綾小路への執着だろう。それがあるから、体育祭の後ストーカーみたいな言動をした。ホワイトルームの目的は人造の天才を作る事。逆に坂柳は天才とは生まれながらにして決まっていると思っている。この対立は彼女にとって大きいものだったのだろう。だからこそ、人造の天才と彼女が見込んだ綾小路を倒すことで理論を証明したかった。
加えて言えば、ただのそういった理論云々だけで動いているとは思えない。恐らく、思春期らしい恋慕の情もあるのではないか。だが、綾小路は坂柳では私に勝てないと言い放った。それはつまり、綾小路の目が私に向いていることを意味する。自分はずっと綾小路を見ていたのに、そのお相手は全然違う、いけ好かない相手を見ている。それに狂ったとしても、分からないでもない。
情が大きいほど、そして抱き続けた時間が長いほど、独占欲は増していく。私はある種の恋敵だったのだろう。ゾッとしない話だが。そしてここに坂柳を蘇らせるポイントは存在していると睨んでいる。彼女に足りないのは人の心、というか大人な精神性。これをさっさとインストールしてもらいましょう。その為にやる事は色々あるが、卒業まであと2年ある。その間に真っ当な、とまでは行かずとも誰彼構わず攻撃しない&人を見下さない精神性にはしたいものだ。勉強で教える事は殆ど無いので、そっち方面の教育をしよう。坂柳理事長がしてない事を、である。
というか、坂柳理事長戻ってきてほしくないなぁ……。綾小路としては戻ってきてほしいんだろうが、私としては娘をあんな事にした報復が怖い。それに、どうも贔屓があるような気がするし、身内に会えるのも納得いかない事だ。親や仲の良い兄弟姉妹から引き離されて寂しさを覚えながらも頑張っている葛城や一之瀬のような生徒もいる。それなのに身内が働いていると言うのは何とも言えない話だ。ずっと月城で良いよ……。
「坂柳の事ばっか考えてないで、もっと前からいる生徒の事も忘れないで欲しいんですけど」
「あぁ、すまない」
さっきまで戻りかけていた機嫌はまた少し悪くなったようで、彼女は頬を膨らませている。謝りはしたが、プイっと横を向いてしまった。なかなか難しいものである。やれやれと心中で思いながら、目の前の人の機嫌を直す作業に入った。
翌日。学校の空気は重い。それもそのはずだ。誰かが数日後にはいなくなる。それが誰だか分からない。そんな状況下で、楽しそうに出来るのは最早サイコパスである。ただ、Dクラスだけは龍園が退学になるのは既定路線のようで、そこまで張り詰めた様子は無い。最近の龍園は図書館に通い詰めているようだ。そんな様子を石崎などの数少ない龍園シンパは忸怩たる思いで見ているように見えた。
さて、そんなDクラスはともかく我々のクラスである。どんよりした空気の中、朝のHRのために先生が入ってきた。
「今日は皆に追加連絡がある。昨日発表したクラス内投票試験のルールに変更があった。これは非常に重要な変更だ。心して聞くように。今回変更になったのは退学を取り消すのに必要なポイント数だ。この試験限定で本来2000万ポイントだったところを1350万ポイントまで減額することになった。これは諸葛が責任者と交渉した結果である。この変更を元に、戦略を練り直して欲しい」
それだけ言うと出席確認をして、先生は去って行く。私が交渉したと言うのはクラス全員が知っていたことだ。だが、これで学年単位にまで広まっただろう。他クラスの諸君は恩を感じて欲しい。尤も、退学者を出したくないのはこちらの都合、もっと言えば願望なので、自分のためにやっただけに過ぎないのだが。
隣のクラスから歓声が聞こえる。Bクラスは1350万ポイントを現状の所持金額でどうにかする目途がついたのだろう。よって、退学者は出ない。それが分かったが故の歓声であると思える。奴らにも私が功労者と伝えられているのだろうか。だとしたら随分とおめでたい人々である。この前まで無実の罪で私を糾弾していたのに。
まぁ良いだろう。私は寛大だ。暫くは様子見をさせてもらおう。Bクラスのクラスメイトはともかく、一之瀬に関しては高く評価しているのだから。さて、隣はともかく今は自クラスだ。クラスメイトの目線は色んな感情を持って私を見ている。それを承知しながら、私は教壇に立った。
「先日、この試験の責任者の方と交渉し、紆余曲折の果てに減額に成功しました。これで、退学阻止がより現実的になっています。皆さんは、好きな方に投票してください。私はそれを一切規制しません。それでも私は退学することになってしまった方を救済します。その際に、皆さんからポイントを徴収するような事は一切ありませんのでご安心ください」
「では、どこからポイントを得る?」
「葛城君の疑問はごもっとも。ですがご安心ください。既に宛はあります。また、ポイントを頂ける確約も頂いています。冬頃に3年生と約定を結んだ甲斐がありました。個人契約でしたのでお知らせはしていませんでしたが。3年AクラスとBクラスは私に恩があります。それを返して貰う時が来たのです。元々は卒業間近に頂く予定でしたが、少し前倒しですね」
「それならば構わないが……」
葛城は納得したようで引き下がる。他の生徒も自分に損害が出ないのを知って安心している。坂柳のためにポイントを払いたくない、という層が大多数だったのだろう。
「何度でも言います。私は自クラスから退学者を出す気はありません。この方針は今後一切変更しません。もし、ご不満があれば次年度の最初に行う選挙で立候補なさってください。もう一度だけ、はっきりと断言します。私がここにいる以上、必ず全員揃って卒業させます。必ずです!どうか安心して頂きたい。私は皆さんがよりよい将来を掴み、夢を叶えるお手伝いをします。だからどうか、私を信じてついてきて頂きたい!」
高らかなる宣言に、誰かが拍手をする。それは全体に波及し、私を称える喝采が飛んだ。坂柳に批判票が集中するのは間違いない。だが、それを救済する方針であることは理解をしてもらえたと解釈している。そもそも使うポイントは名目上私のポイントという事になるのだし。
Aクラスの支配体制はほぼ固まった。戸塚は坂柳に対して色々出来たことで溜飲が下がっているようである。その為、最近ではほぼ突っかかって来なくなった。前の方が面白かったが、今の方が楽なのは楽なのでありがたい。葛城もどちらかと言えばかなり穏健な私の姿勢に理解を示している。橋本は現状が特に自クラスに対して不利では無いので従うだろう。他の生徒も逆らう理由が存在していない。
1年かけて堅実に作り上げてきたモノが今完成を迎えようとしている。さて、後は3年生に土下座しつつ恩を返せと迫る作業だ。なかなか気が滅入るが、やらねばならない。喝采を受けながらこれからの予定を組み立てた。