ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

19 / 37
まあ、最悪の場合でも、善人ぶる偽善者のほうが、公然たる罪人よりもまし。

セルバンテス『ドン・キホーテ』


54.盾

「どうぞよろしくお願いします」

「話は通してある。後はお前が自分で頼め」

 

 3年Aクラスの教室の前で、私は堀北学に深々と頭を下げる。今回、資金源として当てにしているのは3年生である。ここをクリアしないと全ての前提が崩れていく。だが、既に堀北学自身が話を通してくれているようで、後は私が頼む、という行為が大事だという話であった。それには大変同意するところである。

 

 同じ人間に対して行う行為であったとしても、直接言われるのとそうでないのとでは大きな差が生まれるのだ。これを見過ごすわけにはいかない。カツカツと歩み、3年生の教室の教壇に立った。生徒は全員こちらを見ている。

 

「本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます。改めて自己紹介をさせて頂きますと、1年Aクラスの諸葛孔明と申します。この度は、先輩方にお願いがあって参りました。今、1年生の間では特別試験が行われています。それは、クラス内で投票を行い、最も批判の多かった生徒を強制的に退学させるという誠に卑劣な試験なのです」

 

 流石にここではざわめきが起きる。当然ながら、彼らの代にそんなものは起きなかった。当たり前の反応であろう。

 

「しかし、私は私のクラスに退学になるべき生徒などいないと考えています。無論、社会に出れば誰かを切り捨てないといけない事もあるでしょう。ですが果たして学生生活においてそれは必要なのでしょうか。そんな選択を、こんな理不尽な状況で迫られることが果たして正しいのでしょうか。社会に出た際の選択は、こちらの行動で状況を変えられるかもしれない。けれど特別試験ではそれも出来ない……。それが我々の今いる状況なのです」

 

 3年Aクラスは3年生内で唯一退学者を出さずにここまでやって来たクラスだ。その自負や誇りはあるのだろう。それだけに、退学者を出さないようにと奮闘するAクラスという立ち位置は共感を得られるはずだ。3年間戦い続けてきたからこそ、今回の理不尽さも分かるはずだと踏んでいる。

 

「私が今日、こうしてお時間を頂いているのは先輩方にお願いがあるからです。どうか、私に、Aクラスにポイントを頂きたいのです!この窮地を乗り越えるには、それしかないのです……!どうか、お願い致します」

 

 頭を下げてお願いする。ここでしっかり最敬礼をしておくことが必要なことだ。恩を返して貰うのはこちらだが、恩着せがましいと反感を買う。あくまでも選択権は向こうにある事を忘れてはならない。

 

「この前の林間学校。あそこで我々Aクラスは南雲の姦計に嵌められる寸前だった。橘が標的に据えられ、そしてその企みに俺は気付かなかった。あのまま行けばまず間違いなく、橘は嵌められ、退学措置を受ける事となっていただろう。勿論、救済はする。しかし300のクラスポイントと2000万を失うのは確実だった。それを止めたのがこの諸葛だ。元Cクラスと提携を取り付け、見事南雲を完封した。その様は良く知るところだろう。ここで我々が彼にポイントを付与しても、失う可能性のあったポイントよりは圧倒的に少ない。どうか、その願いを聞いてあげて欲しい」

 

 堀北学が頭を下げる。彼なりに南雲への想い、自分に長く付き従ってくれた橘への想いが存在しているのだろう。そして、クラスメイトを守ったという私の持つ功績ゆえにこうして頭を下げてくれている。人助けはするものだ。情けは人の為ならずという事だろう。

 

「私からもお願いします。私が退学しないで済んだのは、学君と彼のおかげです。私たちはもうすぐ卒業だけど、それまでに恩を返せるのはここしかないと思うから……!」

 

 橘の援護射撃にAクラスの雰囲気が動いていく。やはり、この2人はこのクラスの中心的存在だったのだ。それ故に、こうまでも人の心が動いていく。

 

「いくら欲しいんだ、後輩」

「例え1ポイントであろうとも、頂けるならばありがたい話です」

「流石に全額は厳しい。俺たちもまだ1つ試験が残ってる。クラスの貯金からだと800万が限度だ」

「そんなにも……!ありがとうございます」

 

 このクラスの男子ナンバー2である藤巻が提示してきたのは800万。もらえるだけありがたいのは事実なのでその額については特に思うところはない。クラスの貯金と言う事は、毎月のポイントから何ポイントか徴収して銀行のようにしていたのだと推測できる。坂柳が予測していた1年Bクラスなどの戦術と同じだ。 

 

「反対の者がいれば、声を挙げてくれ」

 

 堀北学の声に誰も応える事は無い。「持ってけ泥棒!」や「頑張れよ~」という野次も飛んできた。やはり南雲を撃破したのを手伝ったというのは大きかったようだ。それに、橘を守ったという結果も、クラスメイトを大事にしていることが伺えるこのクラスからすればかなりの高評価だったのかもしれない。あの時は火の粉を払うつもりだったが、予想外にも功を奏している。

 

「いないようだな。では、こちらから送る」

「ありがとうございます!本当に何と御礼を申し上げてよいか」

「構わない。こちらもお前のおかげで多くの利益を得られた。忠告するが、今後もここまで理不尽とはいかずとも危機は訪れる。油断はするなよ……尤も、お前にはいらん忠告か」

「いえ、心に重く留めておきます」

 

 ピロンと携帯の電子音が鳴り、ポイント送付が確認できた。その額は……900万。

 

「堀北先輩、これは……」

「俺と橘の個人資金からの提供だ。そこまで多くは無いが……足しにしてくれ。個人的な礼なので、気にする事は無い」

「多くのご配慮、ありがとうございます。これを無駄にしないよう、精一杯努めて参ります」

「あぁ、励め。お前の描く未来を期待している」

「……はいっ!」

 

 堀北学から多めのポイントを受け取り、Aクラスの面々に温かく見守られながら教室を後にする。3年生は暴力的な人がいなくて助かる。今年の1年が荒れてるだけかもしれないが……。大体龍園はDクラスだろうと思うが。絶対坂柳理事長の仕業だ。あのタヌキめ。

 

 

 

 3年生への感謝と坂柳理事長への悪態を同時に心中で呟きつつ、廊下を歩く。次は……と思っていると、目的の人物が向こうからやって来た。

 

「お、来たな」

「ご無沙汰しております」

「なんか色々あったらしいね、1年生。特別試験の前とかにも」

「まぁ、少しばかり」

「どうせ一枚噛んでるでしょ?違う?」

「それはシークレットでお願いします」

「あ、絶対噛んでるなぁ~。悪い子だ。……それはさておき、ポイントだね?」

「はい」

 

 既に目的の人物、つまり3年Bクラスの綾瀬にも特別試験の話とポイントの話はしてある。

 

「堀北君のところからは借りれた?」

「幸いなことに」

「そっか。じゃ、一番恩恵を被った私たちが出さない訳にはいかないよね。面子の問題でも、道義の問題でも。元BクラスはもうすぐDまで落ちそうな有り様だし。私たちは上だけ見てればいい感じになってる。その恩恵は計り知れない。もう少しで、手が届くところに来たんだから」

「それは先輩方の努力によるものが大きいでしょう。私の力など微々たるものです」

「外交だけでクラス1つ崩壊させておいて良く言うなぁ」

「先に仕掛けたのは向こうですから」

「そうなんだけどね。さて、ポイントの話だけど、既に話は通した。ついでに承認も貰った。なけなしの500万、持っていきな」

「ありがとうございます。クラスの方々にお礼は……」

「あ~そう言うのはいらないってさ。私たちも最後の試験関連で忙しいし、それに恩を返すのは当然だって言ってねぇ。何でも、お礼を言われるような事はしていないってさ。あっさり説得できたもんだからビックリしちゃった。ホント、バカばっかり」

 

 そう言いながら彼女は笑った。バカばかりと言いながらも、その口調に嘲りはない。自嘲もない。誇らしげに笑っているだけだった。何だかんだ上手くやって来れていたのはこの人柄とクラスの色が大きいだろうと想像できる。

 

「元々どんな結果になろうと、クラスで貯めてたポイントの幾分かは1年Aクラスに寄付しようって話になってたのよ。今までいまいち勝ちきれなかった、その最後の背中を押した後輩に感謝の念を込めて、せめてもの寄贈にしようってね」

「そうだったんですか……」

「ま、ちょっと早いけど、ピンチなんでしょ?そう言ったら助けるしかないだろう!ってなって。ホントに変な奴しかいないなぁ」

 

 このクラスならば、どんな結果でも悔いなく卒業できそうな気がする。そんな風に思えた。こういったクラスにする事が私の理想である。勿論、結果は最上のものであることが望ましいが。

 

「ここからはもう、お手伝いは出来ません」

「分かってるよ。こっからは私たちだけでやる。それが、プライドってもんでしょ。確かにそっちに頼れば堀北君にも勝てるかもしれないけど、それじゃあ意味がない。折角上まで来たんだし、それを弾みに行けるとこまでやってみるよ」

「どちらかを応援することは出来ませんが、悔い無き結果になれるよう微力ながら祈っております」

「そっちも頑張りなよ。なんか、今年の1年はちょっと変だから。これからも色々あるんだと思うけど。卒業報告は楽しみに待ってるから」

「ありがとうございます」

 

 再び携帯のピロンという電子音が鳴る。500万のポイントが振り込まれたというメッセージだった。これで総計1400万。50万ものあまりが出ることになる。これはAクラスの2人からの貰いものと考えて、そのまま懐に入れておくとしよう。いつか役に立つはずだ。節約のおかげでかなりのポイントを自分でも保持している。私は坂柳のために金を払いたくなかったので3年生でほぼ全額埋められるようにした。

 

 元々Aクラスから800万、Bクラスから500万というのは堀北学と綾瀬から内諾をえている。無論詐欺と思われたくないので交渉で1350万まで減らしたことは伝えている。それで残りの50万は仕方ないので自腹を切る計算だった。だが、Aクラスの2人のおかげでいい意味で計算が狂った。これならば+の収支になる。

 

「頑張れとは言わないけど、負けるなよ~後輩クン」

 

 手をヒラヒラさせながら、綾瀬は去って行く。その背中に礼をして、私も自クラスへ向けて歩き出した。これで全ての準備は完了である。坂柳の救済は可能だ。私の中でも葛藤はある。本当に助けるべきなのか。また裏切るかもしれない。こんな思いは勿論存在している。

 

 それでも、私は私の決めたことを貫くためにこのポイントを使う。勿体ないような気もする。それでもだ。坂柳に果たして1350万ポイント分の価値があるかは分からないし、多分現状では無い。だが、それを教育できずして何が教導者か。今そんな価値がないなら、価値があるようにすればいいだけの話である。どれだけ難しくても希望はきっとあるはずだ。今までとやる事は変わらない。

 

 私は大金を手に入れた緊張は少しあった。選択肢が増えたことによる迷いも。だからこそそれを振り払うために手で頬を張る。これでいい。これで、当日迷わず坂柳を救済できるだろう。彼女のためではなく、私自身の願いのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩。夕食はいつにも増して静かだった。

 

「救済のための金は全て集まった」

「……そう。迷いは無いのね?」

「あぁ。これでいい」

 

 これで良いのだ。確かに社会では切り捨てないといけない事もある。だが、それは最後の最後にやる事であるし、加えて言えばそんな状況になった原因は上にあるとも言える。例え天災による被害などの逃れられないものであろうと、トップには責任がのしかかる。

 

 私には私のために死ねと命じればそうする部下が多くいる。だからこそ、誰かを切る事の恐ろしさも、人材の大切さも知っている。将来の事云々を説く学校よりも、部下を抱える重みを知っている。そのつもりだ。失ったものは戻ってこない。ここを追われても死ぬ訳じゃないだろう。けれど、この学校においては死と同義だ。ならば、尚更そうさせるわけにはいかない。あんなのでも私のクラスメイト。私の庇護するべき対象なのだから。

 

 あの女の思想は嫌いだし、人間性はムカつくけれどそんなに悪い日々でもなかった気がする。だから、そんな理由も付け足しつつ、私は切るべきでないと判断し主体的に坂柳を救うのだ。

 

 それに、こんな教育とも呼べないもので坂柳を離脱させてなるものか。それは私の教育理念と反している。ホワイトルームがやりたいようにやるなら、こちらも応えるまでだ。坂柳と今後対決するにしても、こんなクソみたいな試験でやるのだけは御免被る。

 

「……正直迷いはある。けど、アンタが決めたことだから従うわよ」

「そうか。……ありがとう。やはり君は私の一番だ」

「はいはい。そうやって美辞麗句を言っても動きませんからね」

「そんなつもりは無いんだがな」

 

 間違いなくここでは一番の部下だ。まぁ他にいないけど。

 

 少しだけ空気が弛緩する。と同時に夕食も食べ終わったので片付けだ。日替わりで当番制なので、今日は私の担当。終わるまで彼女は基本テレビを見ている。洗っていると、ピンポーンとチャイムが鳴らされた。珍しい事だ。

 

「ちょっと出てくれないか?」

「了解」

 

 いそいそと部屋着のまま、真澄さんは玄関へ向かう。ガチャっと鍵の開く音がする。

 

「はいはい、どちら様ー?」

「頼む!お願いがある!」

 

 真澄さんがドアを開けると同時に放った声にほぼかぶさって男性の声がする。これは……Dクラスの石崎。呼吸音からしてもう2人いる。恐らく女性か?しかしマズい。玄関口ならばともかく、私の部屋は真澄さん以外に見られるとマズいものばかりだ。

 

「もう諸葛しかいないんだ!たの、む……え?なんで神室?」

「……同棲?」

「違うから!」

 

 訝し気な声を放ったのは伊吹だろう。Dクラスの生徒だ。言いたいことは予想がついた。さて、この妙な状況をどうにかしないといけない。取り敢えず、手についている泡を洗い流した。

 

 

 

 

 

 

 

 声を発していなかった3人目は椎名だった。その3人は入れて欲しいと頼んだが、それをどうにかこうにか言い訳して今は真澄さんの部屋にいる。おかげで私は部屋の整理整頓が出来ない系人間と思われたが、まぁそれは安い代償だろう。中を見られるよりはよっぽどいい。真澄さん本人は凄い嫌そうな顔をしていたが、何とか承諾してもらった。

 

 彼女の部屋は特にこれと言った特徴は無い。そもそも、彼女の生活ルーティーンからして寝に帰っているようなものだ。夜の11時くらいから朝7時くらいまでの8時間ほどしかいない。残りは学校とこっちの部屋で過ごしているのだ。程よく整理整頓された部屋に案内され、全員座らされる。家主の意向が第一だった。お茶が出され、椎名・石崎・伊吹の3人を前にして会談が始まる。石崎は椎名の顔を窺っていることから、力関係は一瞬で察せられた。

 

「まずは、一言謝罪をさせて下さい。Aクラスの皆さんには先の一件で多大なご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありませんでした。証拠も無しに犯人と決めつけるのは愚か以外の何物でも無かったと恥じ入っています。謝罪が遅くなってしまい、とても申し訳なく思っています……」

 

 椎名はぺこりと頭を下げた。石崎もバツが悪そうに続く。伊吹は関係なかったようだが、それでも頭を下げた。確かに、坂柳の噂事件(私と綾小路の自作自演)ではDクラスから詰問を受けたと橋本などから聞いている。橋本の話によれば、椎名はその際に私が真の犯人と仮定し、その証拠を探そうとしていたらしい。すっかり忘れていたが、そんな事もあった。正直、Dクラスの印象は薄かったし被害に遭った橋本も自業自得と言えば自業自得。それに私が中傷されるのは慣れているので感覚が麻痺していた。

 

「ミステリー愛好家を自称しておきながら、三流小説でもやらない行為を犯してしまうとは……慙愧の念にたえません」

「あぁ、そこまで卑下しなくとも。私は大して気にしていませんので」

「寛大な言葉、ありがとうございます」

 

 謝られて悪い気はしない。誤解が解けたなら何よりだ。だが、こうやって特に気にしてなかったDクラスに謝られると何も言いに来ないBクラスに少しイラっとしてきた。いけないいけない。こういう感情は封印するのが吉だ。

 

「それで、お話とは?」

「謝罪の後に大変身勝手だとは思うのですが……」

「龍園さんを、助けて欲しいんだ!頼む!」

 

 石崎は深々と頭を下げる。案の定予想通りの内容だった。彼らが来るとすれば他にない。

 

「何故私に?」

「他に出来そうなヤツが、思いつかなかったんだ。綾小路にも頼んでみたんだが、諸葛のところへ行けの一点張りだった」

「綾小路君……」

 

 面倒事を押し付けに来たな。彼は彼で色々あるのかもしれないが。まぁこの前の坂柳の件で協力してくれたし、これくらいは対処しよう。

 

「私に何のメリットがあるのでしょう。それに、今更龍園君の退学を阻止するのは難しい。それは理解しているのでは?敢えてお話するのならば、これまでの行いに全てが集約されるでしょう。暴君が失脚すれば、後はギロチンにかけるだけです。普段は無理でも、今回は自分の心を痛めず、被害なく王を殺せる時が来たのです。無辜の民衆は喜んで、彼を処刑台へ送るでしょう。己の保身のために。彼を切るのが無難だ。諦める事ですね」

「そんな事、出来る訳ねぇだろ!」

「では、分かりました。策を授けるだけなら出来ますよ。簡単な話です。椎名さんだって思いついているはずだ」

「な、なんだよ、それは……」

「人にものを頼むなら、口調は整えなさい。それはそれとして、簡単ですよ、他に生贄を用意すれば良いのです。その人物を陥れればいい。いるんじゃないですか?王のいなくなった場所でふんぞり返ってる人が」

「……」

「もしくは君が身を引けばいい。自分も彼も、皆助かりたいなんて都合のいい話です。それか、頑張ってポイントを集めるんですね。分かったらお帰り下さい」

 

 真澄さんは黙って事態を静観している。椎名はずっと無言で何かを考えている。伊吹は諦めモードだし、石崎は悔しそうにしているが私の意見が正論だとは分かっているようだ。突然、椎名が口を開く。

 

「メリット」

「はい?」

「メリットを提示できればいいのでしょうか?」

「それはまぁ、そうですねぇ。ただし、龍園君という厄介な存在がいなくなる事を上回るメリットを提示できるんですか?2000万ポイントを差し出されたって嫌ですよ。クラスメイトの安全に代わる武器はありませんからね」

「では龍園君がこれ以上暴力行為を実施しないならば、どうでしょうか」

「確かに、それならば私の最大の懸念事項は無くなります。正々堂々と来てくれるならば、私もそれに応えるのみ。奇策でも構いません。ただ、クラスメイトを暴力の嵐に晒したくないだけです」

 

 正確には真澄さんを、だが。それを今言う必要はない。実際、龍園でなくても退学にはなって欲しくないのだ。龍園に何の思い入れも無いが、別にクラスを率いている分には特に拒否感もない。ただ、暴力。この一点だけが私が彼らに手を貸さない理由になっている。

 

「もし、龍園君がいなくなったら、Dクラスはもう上には行けません」

「でしょうね」

「そうなると、私たちのクラスはどうするか。どこかのクラスに隷属して生きるしかありません」

「隷属?」

「ええ。ポイント献上装置でも何でもいいので生き残りを図るでしょう。そして、私はその時Bクラスに付くことを推奨します。これは、Aクラスにとっては困るのではないでしょうか。ポイントは何であれ立派な武器。それが実質Aクラスと同量がBクラスに供給されたら?それに加え、39人分の人的資源がBクラスに付け足されます。当然、私や金田君もBクラスのために尽くすでしょう。そうすれば生き残れるのですから。これは困るのではありませんか?私は、諸葛君の大まかな戦略に勢力均衡があると思っています」

「ほう?」

「勢力を拮抗させ、その間にAクラスが上に抜け出す。これが目指している戦略なのではないでしょうか。私たちは皆、その掌の上で踊らされている。どうでしょうか」

「答える訳にはいきませんね。正解にしろ、不正解にしろ」

「それは分かっています。ですがどうあれ、どこかのクラスにバランスが偏るのは望ましい事態とは言えないでは無いでしょうか」

「脅しですか」

「はい。その上でどうにかして欲しいと頼んでいます」

「棍棒外交のおつもりで?」

「私にも事情がありますから。致し方ない事態ですので。あくまでも平和的な脅しのつもりです」

 

 確かに龍園という巨頭を失ったDクラスに再浮上の目は無い。そうした時、もしBクラスを頼ったら。その時のBが一之瀬なのか堀北なのかは分からないが、隷属してくれるならばこれほどありがたい事は無いだろう。草刈り場に近くなった空中分解寸前のクラスで、果たしてどこまでやれるのか。一之瀬はともかく、堀北は間違いなく囲い込みを始める。

 

 椎名が代わりに指導者をやれば良いのでは?と思ったがそれは即座に否定された。恐らく、誰か女子生徒に彼女の妨害をする存在がいるのだ。男子でないと予想できたのは現在トップの石崎が椎名に気を遣っている以上、男子にそれ以上の影響力のある存在がない事が分かるからだ。退学という恐怖が近付き、もう勝てないという諦観がクラスを支配する。そして上層部は権力争いで動けない。そんなとき、甘い言葉で囁く存在がいれば。まず間違いなくDクラスはその存在に従属してしまう。

 

 その際にこれでも影響力のある椎名や石崎がAではなくBに付くことを主張すれば。一之瀬も拒みはしない。彼女はそういう人種だ。ともすればパワーバランスは崩れる。面倒なのは事実。下位3クラスの勢力均衡を狙っているのも事実だ。私は確かにそういう戦略を取っている。だが、それでも龍園を残すデメリットの方が大きい。

 

 龍園を抱えながら南雲と戦い、月城の相手もしつつ1年生にも気を配るのは……うん?南雲?対南雲戦略に龍園を組み込めるか?確かに彼の思想は狂気的だが、能力は高い。奇策という面では坂柳に僅かに及ばないレベルか。発想力はすさまじいものがある。行動力もだが。彼を使えれば南雲への防波堤が出来る。ついでに、来年に厄介な1年生がいれば(確定で1人はいるのだが)相手をしてくれるかもしれない。ならば残す価値はあるか。学年1つを丸々敵に回すのに、人は多い方が良い。それに、龍園の戦略から学ぶことも我がクラスメイトにだってあるはずだ。

 

「暴力を、規制できるんですね」 

「必ず。約束します。契約を破れば、私が退学になっても構いません」

「俺もだ!」

「……私も一応。負け犬になったまま残りを過ごすのは……癪に障る」

「分かりました。それに条件を2つで、私がどうにかしましょう」

「なんだ!いや、何ですか!」

「まぁそう逸らずに。1つ目は暴力行為の規制。もっと言えば、Aクラスのクラスメイトには龍園君を始めDクラスの誰も我々に暴行を加えない事。2つ目は南雲会長がAクラスやこの学年に攻撃する際は協力する事。3つ目は学年末特別試験でBクラスを攻撃することです」

 

 椎名は頷いた。石崎はそれで龍園が救えるならば……!と感激している。伊吹も異論は無いようである。

 

「では、契約を。必ずこれを履行してください。それを約束するならば、私は龍園君の救済をします。違約時の条件は自身の退学。加えて相手へのプライベートポイントの支払い。これで良いでしょう」

「龍園は言う事聞くの?このメンバーが勝手に決めたこと、って言いかねないけど」

 

 真澄さんはここで初めて口を開いて意見を述べた。その懸念はある。しかし、恐らく実行しない。何故なら……。

 

「神室さん、それはありません」

「どうして?あの龍園よ?」

「確かに可能性としてはやりかねないと思われても仕方ないと思います。しかし、彼はやらないでしょう。何故なら、この契約に違反すると私たちが自主退学し、結果クラスポイントが一気にマイナスになるからです」

「その通りだ。龍園も馬鹿じゃない。恐らくはやらないだろう」

 

 真澄さんは納得したようで引き下がる。

 

「あぁ、ついでに生贄も用意しておいてくださいね。クラス内で反感を買っていそうな人物に密かに批判票を集中させておきましょう。その方が確実だ」

「分かった。その辺は私が何とかする」

「どなたかいるんですか?」

「真鍋かな。アイツ、一々椎名に突っかかってるし。多分、残しても役に立たない」

「……」

 

 椎名は無言だ。だが、それが事実であることは石崎の分かりやすい顔からうかがえる。まぁその辺は何でもいい。

 

「本当に助かりました。ありがとございます」

「お礼は終わった後にでも。それに私は私の利益のために行動したにすぎませんから」

「それでは契約は交わされました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、頼みましたよ」

 

 3人が帰り支度を始める。契約書は交わされた。これで私は龍園の退学阻止のために動かないといけない。その手立てはもうある。南雲の盾、1年生への盾になるならばそれで十分だ。負担が減るだけでもメリット。後、個人的に龍園はそこまで嫌いじゃない。暴力的なのを除けばではあるが。体育祭で共闘した際は意外と相性が良いことを感じている。そういう個人的な面でもプラス評価も行動の理由にはなっていた。自クラスへの暴力を封じられるなら、それで良い。

 

 それに、やけくそになった民衆がとんでもない行動に出ないとも限らない。その選択肢は消しておかねば。戦略とは、相手の行動選択肢をいかに減らし、自分の望むように行動させるかにかかっている。そこで最早なりふり構わない存在というのは非常に厄介だ。本当に何をするか分からないのでは予想も出来ない。この未来を無くすために、龍園の元での一定数存在する秩序を取り戻さねばならない。

 

「失礼しました」

「最後に龍園君にお伝えください」

「何でしょうか」

「お前の中に未練は何1つ無いのか?と諸葛孔明が言っていたと。これで自主退学とかはしなくなるでしょう」

「分かりました。重ね重ねありがとうございます」

「いいえ。お気をつけて」

 

 3人は頭を下げて帰っていく。室内に戻れば出したお茶を片付けながら、真澄さんが質問を投げかけてくる。

 

「良いの?許して。拒否れば良かったのに」

「謝ったら許すさ。それがよほど許せない事で無いのならな。疑われた件は私の日頃の行いのせいだろう。甘んじて受け止めるさ。それで謝ったんだから、良いじゃないか」

「ふ~ん。龍園を盾にしようなんて、結構イカれた戦略ね」

「だが実際彼は有効な兵器になれる。利用価値は高い。秩序の無くなったDクラスに暴走されても困るからな。暴力も我がクラスへは禁じられたし。他は知らんが、ウチは安泰だ」

「ま、私は指示に従うだけだから良いけど。けど、何でBクラスを攻撃させるの?」

「お灸を据えようと思ってね。一之瀬に恨みは無いが、そのクラスメイト君たちは一向に何の音沙汰も無いからな。私をあれだけあちらこちらで悪し様に罵っておきながら。おかげで未だに風評被害を被っている。気にしないつもりでいたが、椎名に謝られると何もしてこないBクラスへ苛立ちを感じた」

「うわ、みみっちい!」

「酷い言い草だな……。面子は大事なんだよ。プライドなんていつでも捨てるべきだが、タイミングというものがある。捨てるべきでないところではプライドは捨ててはいけないからな」

 

 あと、私だけなら良いのだが真澄さんも悪し様に罵っていたのを私はしっかり知っている。

 

「でもどうやって確実に龍園を助けるの?」

「ある人を使うのさ」

 

 私はそう言い、携帯を取り出す。訝しむ目を向ける真澄さんの前で、1つの番号へ電話を掛けた。数コールの後に相手は出る。真澄さん用にスピーカーにして話し始めた。

 

「どうも、夜分遅くにすみません。一之瀬さんに少しお願いがありまして」

「何かな?出来る事なら良いんだけど……」

「えぇ。簡単なことです。クラスメイトにお願いして、全部の他クラス向け称賛票を龍園君に入れて頂きたい」

「……え?」

「出来ますよね、貴女ならば」

「それは……お願いすればやってくれるとは思うけど……でもどうして?」

「私にとってそれが利益になるからです」

「でも、それは私にもクラスにも何の利益も無いから……」

「そうですか。そう言えば、貴女個人との契約違反もそうですが、お宅のクラスメイトに随分と謂れの無い中傷を受けましてね。加えて、胸倉掴まれたりもしたわけですよ。まぁこれとそれとに何の関係性もありませんがね」

 

 電話の向こうで息を呑むのが分かる。色々思案しているのだろう。今回は待ってあげる事にした。そうすれば勝手に悪い想像を働かせてくれるだろう。訴えるとは一言も言っていない。向こうが勝手に判断しただけ。イギリス流外交術の1つだ。

 

「……分かったよ。龍園君に入れる。その代わり、訴えるのは止めて欲しいな」

「おや、そうですか。そうして頂けるのはありがたいですね。契約書のフォーマットを送るので、印刷してサインし、私のポストにでも入れておいてください。明日中でお願いします」

「うん……クラスメイトがごめんなさい」

「いえ、謝罪を頂ければ結構。それに、貴女は不在でしたからね。彼らの暴走でしょうし。では、よろしくお願いします」

 

 そう告げて電話を切る。私は特に龍園に投票しなかった場合のペナルティを提示していないが、勝手に向こうが訴えられると思って投票を選んでくれた。これは大変ありがたい。ま、一之瀬がBクラスの暴走で悪くないのは事実なのでそこは気にしていない。クラスメイトに関しては話は別だが。訴えるのはしないでおこう。それが向こうの願いならば、な。これでDクラスとの契約も履行できるという寸法だ。

 

 こういう展開を予想していたからこそ彼らとの契約を受けたのだし。

 

「アンタ、碌な死に方しないわよ……」

「う~ん、かもな」

「まぁその時は……」

「何か?」

「なんでも」

「そうか」

 

 ごにょってる真澄さんは一旦置いておいて、これである程度クラス内投票の結末は見えた。AとBは退学者無し。Dは真鍋だろう。Cが気になるが情報が皆無。……そう言えばCクラスの佐倉と真澄さんが繋がっていたなと思い出す。彼女に情報収集をお願いしてみるとしよう。今でも時々休日などに会っているようだし。そう決定し、真澄さんへ声をかけた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。