『ヨハネによる福音書』
Cクラスの内情を探れ。そんな滅茶苦茶とも言える命令を出してきた事に神室真澄は面倒くささを感じている。しかしながら断る、或いはサボるという考えは存在しなかった。もしカノジョが拒否すれば、諸葛孔明は別な手段で以て目的を遂行しようとするだろう。その時に頼るのは果たして綾小路か他の誰かか。他の誰かだった場合、橋本だけは嫌だと思っていた。自分の居場所を奪われるような感触を覚えたからである。
かくして彼女は自身の友人を呼び出した。
友人――つまりは佐倉愛理であるが――はやって来た。しかも1人で。流石にCクラス側から何らかのアクションがあると思っていたが故に少し意外だったのだ。元々クラスのリーダーが交友関係まで制限してしまうこの学校の異常さを感じている神室からすれば、これが正常な状態なのだが。
「来てくれてありがとう」
「は、はい……」
「ゴメンね、こんな時期に。どうかなと思ってさ。Cクラスは大変そうだし。あんまり深入りは出来ないけど、もし困ってるなら力になれるかもだし」
「ありがとうございます」
佐倉はぺこりと頭を下げた。一向に取れない敬語に苦笑しつつ、神室はコーヒーを啜った。
「あんまり聞いちゃダメかもだけど……大丈夫?」
「私は、大丈夫そうです。まだ分からないけど……退学する人は多分、絶対出る事になりそうです」
「ちなみに……差し支えなければだけど、誰?」
「山内君です」
「山内、山内……貴女の胸を凝視してたキモいヤツ?前に相談してくれた」
「そうです、その山内君です」
「なら良いじゃない。いなくなって清々するんじゃない?そんなセクハラ野郎」
「それは……でも退学して欲しかったわけじゃないので……」
「優しいのね」
佐倉は神室の言葉に苦笑をこぼす。優しい訳ではない。ただ、退学処分するほどではないと思っている。苦手ではあるけれど、それはいなくなる事を望むほどの憎悪などでは無かったのだ。
「貴女は、使わないの?例の優遇制度」
「それはまだその時じゃないって、綾小路君が」
「同感ね。山内を救うのに使っていいモノじゃないわ」
佐倉に与えられた制度。それを使えば彼女が退学指名を受け、制度を使う事で去る者を無くせる。だが、綾小路はその戦略を取らなかった。全員を残すより、不要な存在、山内をデリートすることを選んだのだ。これは綾小路が山内に改善の目はないと見たことを意味している。
それは堀北も同様だ。堀北は制度の事を知らないが、綾小路と同じ結論に辿り着いたのだ。即ち、山内を切るべきと。
「それにしても、思い切ったわね。貴女のところの何だっけ?平田か。ああいう手合いは誰かを指名するとかは嫌がりそうだけど」
「う、うん。実際平田君は凄い抵抗してたよ。堀北さんに全部論破されちゃってたけど……」
「堀北も容赦ないわね……。ま、ウチも似たようなもんか」
「Aクラスは……どうだったんですか?」
「誰も退学者は出さないってさ。ウチの人はもうそこだけすんごい意地になってる。だからポイントもかき集めたし、退学者はいないと思う。思うってのはまだ結果が出てないから100%とは言えないだけで、ほぼ100%出ないと見て良いかな」
「そう、なんですか。凄いですね……」
「確かに、その根性というか信念と言うかは、凄いと思うわね。……少し気になってるんだけど、いい?」
「は、はい」
「どうしてそんなに具合悪そうなの?もしかして体調不良?」
「い、いえ、元気です!」
「じゃあ、大丈夫?退学する事は無いんでしょ」
「それは……はい。ただ、堀北さんに山内君がいなければ私だったって言われて……それで……」
「あー堀北なら言うわね、そう言う事……」
頭を軽く抑える神室を前に、佐倉はポツリポツリとその時の事を話し始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Cクラスのホームルーム。そこには十人十色の思惑が渦巻いている。綾小路は友人の協力もあり退学を回避できそうであった。加えて龍園救済も諸葛孔明に押し付けて難を逃れている。だが、肝心な問題は誰を追うか。それを綾小路は堀北に一任していた。
切り捨てるという非情な選択。それを出来るかどうか、もっと言えばだれをどういう基準で選ぶか。それで堀北の成長度合いと今後の方針を決められるからであった。平田などには初めから期待していない。
そして悩み抜いた堀北は遂に動いた。流石の彼女も誰かの人生を滅茶苦茶にしかねない選択には躊躇した。だが、救済などしている余裕もアテもない。BクラスもAクラスも自分達のことで精一杯なのはわかりきった事実だし、上級生には分けてもらえる道理もなかった。
「少し、時間を貰えるかしら。特別試験に関して、話したいことがあるの」
「どうしたのかな、堀北さん」
平田はここで不穏な何かを察知した。しかしすでに時は遅い。曲がりなりにもここまで何とかやって来れているのは堀北が頑張っているからという空気はCクラス内に存在している。諸葛孔明とか言う頭おかしい敵に対抗できる数少ない可能性がある存在が彼女だったからだ。逆に、一般人の知る限り自クラスに可能そうなのは彼女の他に高円寺しかいない。それは櫛田ですらも認めざるを得ない事だった。だからこそ彼女の一挙手一投足には重みがある。
「退学者についての話よ。ここ数日間、私も私なりに考えた。誰が残るべきで、誰が去るべきなのか。その答えは出たわ。だから今、伝えさせてもらう」
「待ってくれ、堀北さん。このクラスにそんな人はいないよ」
「そうかしら?もしかしたらそうかもしれないわね。本質的に去るべき人はいないかもしれない。だけれど、理論的に考えて頂戴。これは感情論を抜きにしないと成立できない試験よ。救済するポイントも無い。Aクラスが引き下げてくれたけれど、それでも足りない。そうなった以上、打てる手は一つよ」
「それは……」
「私はこの試験を知らされたときから大きな疑問を抱えていた。クラス内で評価しあうのに、話し合う時間すらない。これじゃあ、グループを作って票の操作をする戦いになってしまう。本当に優秀な生徒が退学させられる可能性だってあるわ。ひどく非論理的な感情論でね。こんなもの、本来は試験なんて呼べない」
「実に正論だとも。素晴らしいねぇ」
高円寺が真っ先に称賛を送る。彼も退学の可能性を秘めている。論理的思考、の部分で自分は対象でないと悟った高円寺は堀北の援護をすることに決める。そうすれば自分は回避できるからだ。
「本来ならば全員で話し合うべき。けれど時間はない。だから、まず私が指針を示させてもらうわ。その後どうしたいかは自分で決める事。けれど、これでもクラスのために最善を考えた結果だと自負しているわ」
「そんな真似、僕は反対だ」
「貴方のその博愛主義は感服するけれど、それでは救えるものの救えない上に、救うべきものも救えないわ」
「そんな選択、間違っている」
「医療でもある事でしょう?命に優先順位をつける。助けるべき者から助けるけれど、不可能なら切り捨ててもっと助かる患者へ向かう。それが最も合理的なのよ」
食い下がろうとする平田に、言論の自由はあるはずという趣旨で須藤が釘を指す。高円寺も乗っかった。綾小路はただ、黙って事態の推移を見守っている。彼は堀北が誰を選んだのかは知らない。堀北に眼差しを向けるだけだった。
「Cクラスで最も退学すべき人間は――山内春樹君、あなたよ」
山内の顔面は固まる。
「な、な、何で俺が!ふざけんな!堀北、いくらお前でも言っていい事と悪い事があるだろ!」
「そうかしら。これは単純なデータと事実に基づいての思考よ。あなたが退学するべき根拠は4つ。能力の低さ、人間性、成長の無さ、協調性の無さ。これが全てよ」
「俺のどこが劣っているってんだよぉ!」
「その自己客観性の無さも足しましょう。まず1つ目。あなたの能力、つまりはテストの点数はクラスでも学年でも最低点。前回も前々回も似たような成績よ。アベレージが一番低いのはあなた。そして運動能力も平均より下。そして思考力も低い。試験の度に最後までルールの把握に時間がかかっているのはあなたね」
「だったら佐倉とかだって底辺だろ!」
「ちょっと、自分が退学しそうだからって愛理を巻き込まないでよね!」
「確かに山内君がいなければ佐倉さんを指名していたでしょうね。けれど、彼女にはあなたに無い物があるのよ」
「は……?」
「それは後で説明するわ」
わめいている山内だが、誰もそれに耳を傾けていない。ここまでのやり取りでいかに堀北が理性的に思考をしているのかを流石のCクラスも察したからである。
「2つ目の人間性。それはこの前の噂事件の際に顕著ね。結局あれは坂柳さんの姦計だったけれど、あなたは騙された挙句私の制止を無視して多くの生徒を傷つけた。事実、篠原さんや池君、軽井沢さんからも相談を受けているわ。あなたの追及に困っているとね」
各クラスの生徒の噂についても声高に叫んでいた彼を好意的に見ている人間はいなかった。
「これは3つ目にも絡むわね。あの時、池君はしっかりとあなたを制止していた。他にも須藤君も迷惑をかけた回数では劣らないかもしれないけれど、しっかりと更生の兆しを見せている。その証拠に、今回の学年末考査は平均くらい。大きな進歩よ。にも拘らず、あなたは女子の胸囲ランキングなる卑猥なものを作っていた時と何の進歩もしていないわね」
ここでさりげなく投下された女子のヘイトを思い出させる発言。綾小路も若干内心苦笑気味である。事実、堀北の発言に女子は嫌な記憶を思い出す。あの時は他の男子もいたが、それでもそこから成長していないという言葉が憎悪をかきたてるのだ。
「あ、あんな噂話なんてただの笑い事だろ!」
「ふざけないでよ!私、絶対に売春なんかしてないのに……!アンタに何度も何度もしつこく付きまとわれて、挙句の果てに何を言ったのか、もう忘れたの!?思い出すだけで吐き気がするわよ!」
篠原の叫びに、何となく何を言ったのか察するクラスメイト。売春と彼女の叫びから、性交渉を持ち掛けたのだと容易に誰でも想像がついた。泣き崩れる篠原。彼女は気が強く、敵も多い。だが、この時ばかりは彼女を疎む生徒も同情していた。泣く篠原を支えながら、池は最低な発言を放った友人を睨む。
さしもの綾小路ですら若干篠原に申し訳なさを感じた。自分に置き換えてみればかなり最悪な話である。
「こうして4つ目でもある協調性の無さが表れているわね。クラスを引っ掻き回して人間関係を破壊し、誰かを考えなしに傷つける。これが協調性の無さと言わずして何と言うの」
「根暗な佐倉だって一緒だろ!」
「いいえ、違うわね。あなたがそんなにも佐倉さんを退学にさせたいようだから、彼女を切らない決定的な理由を言いましょう。彼女の友人関係よ」
「友人関係だぁ!?」
「ええ。佐倉さん、貴女、Aクラスの神室真澄さんと友人なのは事実よね?」
「は、はい……。あの、でも、私クラスの言っちゃいけない事とか漏らしてませんっ!」
「分かっているわ。これは諸葛君にも確認済みよ。クラスの様子はともかく、秘密はしっかり洩らされていないと。様子くらいなら言ったところで支障は無いもの。部活に所属している生徒なら、そういう話をする事もあるでしょうし、特段彼女がおかしい訳ではないわ」
事実、堀北は諸葛孔明に佐倉の件について探りを入れに行った。その結果分かった事がこれなのである。孔明としては本当に重要な情報は手に入っていないので、そのまま素直に答えてあげたのだ。これには神室の貴重な友人の立場を尊重するという配慮が理由に存在している。
「話を戻すけれど、その神室さんとの友人関係は大事よ。これが実質的に最も強く、確実なAクラスとのパイプなのだから。神室さんはAクラス内でナンバー2ないし3の位置にいるのは確実。葛城君も男子だから、女子ではトップの可能性が高いわ。加えて諸葛君に最も近い存在。そんな生徒とのパイプを強く持つ存在を容易に切り捨てる訳にはいかないわ」
「そんなのコネじゃねぇか、ズルだろ!」
「いいえ。カネもコネも、立派な能力であり財産よ。少なくとも、そのどちらもない存在が言っていい言葉ではないわね。それに山内君。あなた、大分Aクラスに迷惑をかけたそうね。諸葛君を筆頭にAクラス男子一同連名で私のところに苦情が入ったわよ」
諸葛孔明に睨まれる。それの危険性を多くの生徒は分かっている。連名と言う事は高い能力の持ち主が多いAクラスに敵視されることを意味している。山内の存在は疫病神と化しつつあった。
「高円寺、そうだよ、高円寺はどうなんだよ!」
「確かに彼に改めるべき点があるのは事実。けれど、その能力は欠点を補って余りあるわね。無人島では30ポイントを失わせたけれど、船上では私の作戦に間接的にだけれど役立ってくれた。そして密告によって50ポイントを得たわ。トータルだと20ポイントの得ね。体育祭に関しては、彼がいようといまいとほぼ結果は変わらなかったでしょう。敗戦の責任を彼に押し付けるのは間違っているわ。無罪とは言わないけれど、私よりは罪は軽い」
「ブラボー。実に理論的だよ、堀北ガール」
高円寺は心中で勝利を確信している。絶対に自分が退学になる事は無い。空気を読み解き、そう判断した。そして堀北により高円寺の弁護は続く。
「それに高円寺君は言ったわ。諸葛君相手なら本気を出すと。事実、そうしたのよね、綾小路君?」
「あ、あぁ。林間学校ではそうだったな。高円寺は本気だった」
急に振られて少し戸惑ったが、綾小路は堀北に合わせ林間学校での高円寺の走りを伝える。
「諸葛君に対する有効な手段を私たちは、もっと言えば上級生ですら打ち出せていない今、彼を手放すのは降伏宣言にも等しいわ。それに、高円寺君を警戒している間、諸葛君も下手な手は打って来ない。抑止力としても機能してくれるのよ。よって、高円寺君を切ることは出来ないわ」
誰もが沈黙する。最早、何かを言える空気ではない。重苦しい重圧の中、堀北は口を開いた。
「以上が私の意見と根拠よ。意見質問反論、色々あるでしょう。勿論それは受けるわ。ただし、反論する場合は理論的にお願いするわ。感情論は、ここでは意味をなさいないのよ。それと、代案もね。代わりに退学になるべき人を指名して頂戴」
「待って欲しい、堀北さん」
「……」
「話の腰を折らないように聞いていたけれど、僕はこんなやり方間違っていると思う。仲間同士で蹴落としあうなんて、絶対に許されていい話じゃない」
「そうね。けれど、それは理想論よ」
「そうだとしても、受け入れちゃダメなんだ」
「……じゃあ代わりに聞きましょう。誰か、退学を立候補する人は?」
佐倉は唯一回避できるが、綾小路に言うなと厳命されている。当然手を挙げない。山内の友人である須藤や池も無言のままだった。誰も、去りたい人間なんていない。
「ほらね?」
堀北の問いに平田は無言を貫く。彼の致命的な弱点。それは取捨選択が出来ない事。言い換えれば、決断力の無さ。それは指揮官としては徹底的に不向きだ。諸葛孔明でなくてもそんなことは分かる。
「私は意見を曲げるつもりは無いわ。ここで決を採らせて欲しいの」
「そんなものに意味はないよ。当日、誰が誰に投票するかなんて完全に分からない」
「そんな事は無いわ。クラスメイトの方向性を決めるのは重要な事よ」
「ダメだ。全員に……全員が誰かを陥れるなんて、そんなこと……!」
「……話にならないわね。代案がない以上、あなたの意見はなんの価値もないわ。では、聞かせてもらおうかしら」
平田を無視して堀北は挙手を促そうとする。その時であった。
「堀北さん!」
誰がそれを予測できたであろうか。無機質な音が響く。平田の蹴り飛ばした机が無情にも前方に吹き飛び転がった。それを見ても堀北は軽く眉を上げるだけである。怯えや戸惑いは一切なかった。性差を問わない困惑の中、平田は低い声で言葉を発する。
「止めてくれないか」
「それがあなたの本性なのね」
「……何が言いたい?」
「このクラス、初期Dクラスに配属されたのはどこか問題のある生徒が多かった。でもあなたはその片鱗すらなかったわ。だから気になっていたのよ。それが貴方の正体ね。暴力で現状打破を図るのは結構だけれど、あなたの意見に論理性はないのよ。正解なんてない、こんな試験を乗り切る最善策を提示して頂戴。それが出来たのなら、私を殴るなりなんなり好きにすれば良いわ」
「黙れよ」
「いいえ。黙らないわ。私は――」
「堀北、ちょっと黙れよ」
今までで一番冷たい言葉。空気は凍り付き、さしもの堀北も言葉を止める。
「僕たちに誰かを裁く権利なんてない。山内君の人間性には嫌悪感を感じる。だけれど、それを裁いていい理由にはならない」
「それは違うわ。私たちは裁くことを強制されたのよ。それが嫌なら、ここから去るしかないわね。望む望まないに係わらず、これはやらなくてはいけないのよ。恨むなら、学校かもしくは一之瀬さんや諸葛君になれなかった自分を恨むのね。彼らならば、どうにか出来るでしょうから」
「――――君の存在がいけないんじゃないのか?」
「そうね。確かに私だって彼らには劣っている。その能力の無さが今回の糾弾劇を招いたと言われれば返す言葉もないわ。けれど私は少なくとも自分は前進していると自負している。追いつけないほど遠い背中でも、歩まなければ届くどころか差は開く一方。怖いのは努力する天才。彼らはあっという間に前に進んでしまう。私に出来るのはただ前に進むだけよ。その為に努力してきたつもり。それが評価されるかは分からないけれど、どんな結果であれそれは私が招いたことだから納得するつもりよ。停滞を選ぶより、一歩でも前に進みたいと私は思っている」
毅然とした意思の瞳が平田を射抜く。強い眼差しであった。覚悟の目であった。平田のまやかしの博愛とは違う。例え傷付いても進もうとする意志の光が灯っているのだ。平田は思わず気圧されてしまう。だが、すぐに調子を取り戻した。
「もう私の考えは伝え終わったわ。決を採る採らないに関係なく、皆は各々で私の意見について考えるでしょう。それが受け入れられるかは、私のこれまでが受け入れられるかと同義だと思っているわ。もうあなたの望む形にはどうあってもならないのよ」
「そうだね……もう賽は投げられた。それを取り消せはしない。だから僕は君の名前を書くよ、堀北さん。望まない形をクラスに作りだした君を、僕は容認しない」
「えぇ、好きにして」
平田は毅然とした態度の堀北をねめつけながら、教室を後にした。それを追うようにして逃げるが如く山内も去って行く。堀北はそれらに目をやる事なく、再度クラスに呼びかけた。
「すべてを決めるのはあなた達1人1人。その決断が、未来を作るわ。良く考えて、その後投票して。その結果はどうであれ、私は受け入れるわ」
軽く礼をして、堀北は席に戻り、荷物を回収して教室を後にする。ざわめきと話声だけが教室を満たした。そんな中、次はお前だと言わんばかりの宣告を受けた佐倉は青ざめている。そんな様子を見かね、綾小路グループは慰めに行った。綾小路はそれを無表情で見ている。そんなときに佐倉の携帯が鳴った。
メールの着信が1件。差出人は神室真澄。本人も周りも戸惑う中、綾小路は一言だけアドバイスをした。行くべきである、と。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「これが、一連の流れです……」
「う~ん、コメントに困るわね」
「はい。堀北さんの言っていることは正しいと思います。山内君の問題点も、全部しっかり話せていたし……。私は、どうしたら……」
「……私はあなたを友人だと思っているわ」
「え、あ、ありがとうございます」
「その上で聴くわね。本当にどうにかしたいと思ってる?」
「それは……勿論です。このままじゃマズい、止まったままじゃいけないとは、思ってます」
「じゃあ厳しい事を言っても良いわね?もしあなたが嫌がるなら、私は耳障りの良いことを言うわ。でも、そうじゃないなら、本気でどうにかしたいなら、私も友人として本気で向き合うから。ま、言えるのはアイツの受け売りだけど」
「お、お願いします」
「そう。分かったわ」
ふーっとため息を吐いた後、神室真澄は息を吸い込んだ。そして覚悟を決めたような顔をして佐倉に向き合う。
「あなた、このままだと次は無いわよ」
「……」
「分かってるわよね?運動は仕方ない部分もあるけれど、成績。そしてコミュニケーション能力。これが圧倒的に足を引っ張っている。それが今の問題点よ」
「うぐぅ……」
「学力は大問題ね。この学校では成績が悪いとそれだけでいつでも退学の危険性が付きまとう。それはかなりリスキーよ。そして何よりコミュニケーション能力。これがあるだけで多少の成績はカバーできるわ。けれど現状は……お世辞にも褒められないわね。オドオドした態度、はっきりしない返事、合わせようとしない目。私も友達が多い方じゃないけれど、コミュニケーションにおいては全部赤点レベル」
「ふぐっ!」
「自覚してるのに改善できないのも問題ね。私とか、クラスのグループは分かってくれても、世間はそうじゃない。いつか、向き合わないといけない時が来ていた。それが遅いか早いかの問題よ。個人的見解を言えば、早い方が痛みも少ないと思うけど。目立ちたくないって言うのは分かるわ。でも、それとコミュニケーションが出来無いは別問題。違う?」
「違くないです……」
「せっかく可愛い顔と立派なスタイルがあるんだから、活かしなさい。それは大きなあなただけの武器になる。馬鹿な男子はいるでしょうけど、少なくとも今回セクハラ系で山内が消されそうな以上、他の男子も気を使うようになるはずよ。それに、本当に大事な人だけがしっかり見てくれるなら、それで良いじゃない。あなたのグループの友達は、見た目が変わったぐらいでなにか変わるような関係なの?そんな友人なら、その程度の仲だったと思ってさっさと縁を――」
「そんな事ないです!い、いくら神室さんでも、言っていい事と悪い事が!」
大きめの声で佐倉は否定する。その勢いに本人すらもびっくりしていたようであった。待ち合わせだった喫茶店は一瞬静まるが、佐倉がペコペコしているのを見て元の空気に戻る。
「ちゃんとムカついた?」
「え」
「言えるじゃない。それで良いのよ。そんな風に言える人たちなら、ちょっと見た目を変えたくらいじゃどうってことないでしょう?」
「あ……」
「ま、私に出来るのはここまでかな。具体的な事は詳しい人に聞いてちょうだい」
「詳しい人?」
「あなたのグループには成績トップ10が2人もいるんだから。勉強に関しては幸村君とかにでも聞いてみなさい。あなたが本気で、かつしっかり教わりたいと思ってるなら何とかしてくれるでしょう。堀北さんだって、努力しようとしている人を嗤ったりはしないはずだし、色々してくれる可能性もある」
「コミュニケーションの方は……?」
「そっちもクラスにいるでしょ、凄いのが」
「あ、櫛田さん」
「そうよ。あの子、こういうのは断ったりしないでしょ」
神室は櫛田の正体を知っているが、それでも櫛田はこの手の事を断ったりしないと分かっている。承認欲求の強い櫛田は感謝されるのが好きだ。もし佐倉のコミュニケーション能力が改善した場合、佐倉は律儀に櫛田に感謝する。それを得るためならば櫛田も動くだろうと踏んでのアドバイスだった。
「前にも言ったけど、助けた人が退学とか最悪だから。頑張って最後まで生き残って、卒業してよね」
「は、はい……!ありがとうございました!」
「別にそんな恐縮する事でも無いわよ。こんなアドバイス、当たり前でしょう?苦しい事でも、友達ならちゃんと言わないといけない。そう言う物だって、私は信じてる。ま、元ボッチが勝手に抱いている理想論だけど」
「そんな事ないです。カッコいいと思います」
「そう?ありがと。じゃ、あんまり遅くなるとアレだし、そろそろお開きにしましょうか。元気出たみたいで良かったわ」
佐倉の顔色は来た時よりも大分よくなっている。それを確認して、神室は笑った。
「それじゃ、またね。お互い頑張りましょう」
「あ、あの!神室さん。1つ、聞いても良いですか?」
「なに?」
「どうして、そんなに頑張れるんですか?毎日朝走ってたり、勉強だって、こないだは凄い上にいたし……」
「どうして、か。……追いつきたいから、だと思う。今はまだ背中を追いかけてるだけだし、追いつけるかも分からないけど。いつかは隣を歩きたいじゃない?対等に、さ。だから頑張ってる。今まで頑張ってなんか来なかった人生だけど、今なら頑張れる気がするし、今頑張らないときっと私はダメになる気がするから。諦めなければ希望はある!ってドヤ顔しながら言うヤツの側にいたから感化されちゃっただけかもしれないけど」
「でも、頑張れてるのは、凄いと思います」
「何言ってるの。あなたも頑張るのよ~!」
ムニっと神室は佐倉の頬をつまむ。痛いです~と言うのを無視してこねくり回した。
「努力の天才になら、誰でもなれるってさ。頑張ろう、お互い」
「……はい!」
「よし、いい返事。それじゃあね」
「はい、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げる佐倉に手を振り、我ながら決まったと思いながら神室は帰路を歩く。夕食時、「良いことあったみたいだな」と笑う諸葛孔明に対し珍しく素直に「まぁね」と返す姿があった。友人は大事だと生温かい目で見る孔明を他所に、神室はご飯をかきこんだ。