ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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「いじめっ子」は「犯罪者」なのです。

『美輪明宏』


56.2つの道

 真澄さんからの報告で、Cクラスの退学対象は山内であると判明した。まぁ、残念では無い。林間学校では散々迷惑をかけられた。あの時に改めるように注意したが、全く反省している感じも改めている気配もなかったが案の定である。そして堀北に糾弾されている最中誰も助けてくれない辺り、なんというか、人望の程度がうかがえる。

 

 そして平田に関してだが、彼の地雷は退学の部分にあったらしい。正直別に彼の責任など無いとは思うが、勝手に自責の念に苛まれているようだ。完璧人間に見える存在にも、意外な欠点というのはあるものだ。むしろ、その方が人間らしいだろう。

 

 真澄さんはそれだけしか話していないと言うが、恐らくそれは嘘だろうと思っている。山内が消えれば次に危ないのは佐倉である。その彼女を変えるべく、動いたのではないかと思っていた。多分アドバイスか何かをしたのだろう。別にそれを咎める気は無い。私に怒られると思っているのかもしれないが、そんな事で怒る気は無いので安心して欲しい。とは言え、向こうが言いたくないなら無理に言わせることでもないだろう。

 

 Cクラスは山内、Dは真鍋、BとAは退学者無し。これが今回の結末だろうと予想している。そしてこれはほぼ当たりのはずだ。勿論予想外の出来事が起こるかもしれない。警戒はしている。それに、学校側が票の集計をいじってこないとも限らない。

 

 我が国の選挙などそんなものだ。元より東側に公正な選挙など無い。票を集計する者にこそ、全権力が存在しているのだ。もし月城が本気になったのならば手段を選ばずに綾小路へ批判票が集中したという事にしてしまえばいい。綾小路に抵抗することは出来ず、退学させてしまえば月城もお役御免。どんなに学校内で紛糾しようが去った相手に対してはどうしようもない。

 

 ただ、月城はそれをしないだろう。デメリットも多いし、そもそも彼にそこまでする気は無いはずだ。彼は仕事だからやっているだけであって好き好んでやっているわけではない。適当に仕事をしたアピールをする気であろう。それが彼なりの賢い生き残り方なのかもしれないと思いつつ、投票を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日。結果発表のその日、誰もが冷静である。例え私が救済しようとしまいと、彼らの投票先は決まっていた。坂柳有栖。このクラスに多大なる迷惑をかけた彼女を追い出すことこそ彼らのやりたい事。もし追い出せずとも、クラス内の全員が彼女の味方では無いのだぞとアピールすることになる。

 

 しかし、集団を団結させるために敵を用意せよとはよく言ったものだ。見事に団結を見せている。ただ、私が彼女を救済する事に異論は無いようだった。あったとしても私と敵対する可能性を考えるとやりたくは無いのだろう。尤も、反対されたとしても何もしはしないのだが。

 

 ガラガラと扉が開き、教室内に真嶋先生が入ってくる。努めて冷静そうにしている顔だ。彼も思うところは多くあるのかもしれないが、仕事人に徹している。今日だけは本来停学中の坂柳も出席を許可されている。虚ろな目をしたまま、虚空を眺めつつ多くの生徒の敵意をその背中に受け、座っていた。話しかける人もおらず、孤独に1人きり。まぁそういう私も批判票はぶち込んでおいた。批判したいのは事実なのでしょうがない。どうせ退学にはならない。

 

「これより追加特別試験の結果を発表する。まずは上位3名。その後に最下位を発表する。第3位は38票で葛城康平。第2位は45票で神室真澄。そして第1位は……47票で諸葛孔明、お前だ」

「ありがとうございます」

「諸葛には追ってプロテクトポイントが付与される」

 

 真澄さんの得点内訳は、まず自分に投票できないので最大クラス内だと39票だが、坂柳が多分入れてないので38。そしてクラス外からだと佐倉などが入れたんだろう。林間学校でかなり彼女のグループの生徒から評判が良かったそうなので、その生徒が入れたのかもしれない。葛城は自クラス内で38。坂柳は入れてないと思われる。

 

 そして私だが、坂柳を除くと38票。これが自クラス。だとすると、残りの9票がどっかから入った。椎名、石崎、伊吹、山田辺りが入れてくれたとすると、他にも私を評価してくれていた存在がいることになる。もしかしたら綾小路辺りも入れたのかもしれない。いずれにしても、ありがたいことではある。

 

 別に私は投票を強制したわけでも何でもない。実際投票しなくてもペナルティは無い。それに、自クラスで実は入れてない生徒もいるかもしれない。その分他クラスから入った可能性はある。まぁどちらにしても、47人が私を評価してくれているのはありがたい事だ。素直に感謝しよう。

 

「続いて……最もクラスからの批判票を集めた者を発表する。分かっているとは思うが、該当者はこの後荷物をまとめて俺と一緒に職員室へ来るように。退学処分となる」

 

 誰も動じない。

 

「最下位は、批判票39票。――坂柳有栖」

 

 隣をチラリと見れば、虚ろな目には何も映していない。痛みを隠すような顔で、真嶋先生は全生徒の称賛批判票の結果を映し出した。最下位とブービーとの間は10票以上差がある。これはなかなかな結果だ。坂柳、嫌われ過ぎだろう。まぁそうなった原因は彼女自身と、私がそれを利用したからなんだが。

 

「それでは坂柳、俺と一緒に……」

「先生、少しお待ちを。彼女と話をしたいので。それくらいの猶予はありますでしょう?」

「……あぁ、構わない」

 

 クラスメイトは訝し気な顔で私を見ている。私が救済するのではないのか。そう言いたげな顔だ。確かにそうする気はある。しかし、最後に問いたいことがあった。この答え次第では追い出すことも考えている。

 

 最初はどうあっても救済する気だった。だが、色々考えて確認したいことが1つだけあった。それを確認しなくてはいけない。その回答次第では、救う価値もない、もっと言えば救えないと判断しなくてはいけない可能性もある。だからこそ、これは問わねばならないのだ。

 

「坂柳さん」

 

 虚ろな顔でも声は聞こえているようで、その真っ暗な目が私の方を向いた。席を立ち上がり、彼女の前に立って問いかける。

 

「1つだけ聞かせて頂きたい」

「…………何ですか。死刑宣告ですか」

「そうなるかもしれませんし、ならないかもしれません。ともかく問います。先の噂事件の一件、アレについてどうこう言うつもりはありません。やってしまったことは仕方ないですし、裁きも受けた。それに私は姑息とは思いましたが、怒り心頭と言う訳でも無いのですよ。だけれども1つだけ。貴女、もしあの噂に耐えかねて一之瀬さんが自殺なさったらどうする気だったんですか?」

「……え?」

「まさか思い当ってもいなかったと?」

 

 初めて彼女に感情の色が見えた。戸惑っているように見える。思考を必死に働かせ始めているのがうかがえた。

 

「それ、は……」

「もう一度聞きますね?どうする気だったんですか?」

「……分かりません」

「は?」

「分かりません。考えても、いませんでした……」

「分かりました。リスクヘッジを考えられない坂柳さんに懇切丁寧に道徳面じゃないいじめが何故問題なのかのお話をしましょう。道徳という概念を持ってなさそうな人に道徳を説いても無駄ですからね。まず一之瀬さんが追い詰められた結果、衝動的に自殺する可能性は十分にあります。相談できる人もおらず、こんな閉鎖空間ですからね。心理的にはあり得るでしょう。もしそうなると、学校は間違いなく原因究明に動き出します。そうでなくてもBクラスの生徒はいよいよもって本格的に動くでしょうね。ポイントを全て投げ打ってでも敬愛する存在を死に至らしめた悪人を引っ張り出そうとするはずです。学校は隠蔽を図るかもしれませんね。しかし絶対洩れます」

 

 この社会で隠蔽などなかなかできるものでは無い。それも国家の重大機密では無いのだから。しかもウチの祖国では無いのだし、情報統制も難しい。日本は情報関連で諸外国に後れを取っているのは有名な話だ。

 

「隠蔽してもどっかで確実に漏れるでしょうね。一之瀬さんのご遺族がなりふり構わずマスコミやインターネットに訴え出る可能性もあります。訴訟されれば第三者委員会が立ち上がり、学校の実態も外に漏らされるでしょう。だれか金目当てでリークする人もいるかもですね。元々圧倒的賛成で作られた学校じゃない。野党の追及は激しくなるでしょうし、国民の目も厳しくなる。卒業生も苦境に立たされるかもしれません。間違いなく学校や職場での目線が厳しくなるでしょうね。貴女のせいで」

 

 その人たちが真っ当であれば良いが、そうでない可能性も高い。たとえ真っ当でもそうでなくても、周りは疑念の目で見るだろう。丁度就活という時期の生徒は履歴書で落とされるかもしれない。

 

「諸外国はどう見るでしょうか。『日本こそ人権後進国である。米英はこのような輩を自陣営に加えながら我が国を不当に非難するのか!』と叫ぶかもしれません。当然自陣営の米英からの目線も厳しくなる。国営というのは有名な話です。諸外国だって当然注目するでしょう」

 

 最悪のパターンの話だ。だがあり得なくない。私が何もしなくてもこうなる可能性はある。何かすると中華圏が一斉に非難を始める。野党は大喜びだろうな。遂に大手を振って攻撃できるんだから。 

 

「坂柳さん、貴女も無関係ではいられないでしょうね。間違いなく特定されて、一生ネットの晒し者ですよ。住所氏名年齢血液型から趣味嗜好出身校まで全部ネットの海に流される。そして一生消えません。ネットは怖いですね。さて、これが貴女が一之瀬さんを追い詰めた結果起こりえる最悪の事態です。勿論、これは全てが悪い方向に進んだ場合ですが、あり得ない話ではない」

 

 可能性としては全部あり得る話だ。実際に起きている事件でも類例はある。

 

「ここからは道徳的な話も混ざりますが、それでもう一度だけ聞きますね。こうなったらどうする気だったんですか?どう責任を取るんですか?私に勝ちたいとか言うすんごいどうでも良い理由で1人の命を奪い、1つの家庭を崩壊させたかもしれない訳ですが、どう責任を取るつもりだったんですか?」

「それは……」

「何も考えていなかったんですか。呆れた話ですね。まぁ良いです。じゃあ今考えて下さい。どうしますか、もしこうなったら?」

「賠償金を、もしかしたらそれ以上の刑罰かもしれませんが……そうやって責任を――」

「責任なんて取れるはずないだろう!」

 

 私の突然の怒声に教室中が凍り付いた。真嶋先生ですら目を丸くしている。と、怒鳴ってみたわけだが、私は別にそこまで怒り心頭というわけでは勿論ない。これは完全に……とは言わないが結構演技だ。自殺まで追い込む可能性を全く考えてないのは呆れたし、責任を取れると思っているのには正直結構イラっとしている。

 

 だが怒鳴るほどではない。ではなぜするのか。そうする方がウケが良いからだ。もう一度はっきり周知しておく必要がある。ああいう坂柳がやったような手段は取らないのだと。私はあくまでもルール内で戦うのだと周りにアピールする必要がある。他クラスにこの会話が流れる事も望んでの行動だ。隣のBクラスにも聞こえているかもしれない。それならなお好都合。自クラス内で人格者諸葛孔明の地位を作り上げてきたつもりだ。それを崩す気は無い。

 

 普段怒らないでいた。ずっとずっと怒らないでいた。戸塚にイラっとしたりもしたが、ずっとにこやかにしていた。穏やかに、冷静に諭した。そんな人間が急に声を荒げたら?どんな人物でも驚くだろう。

 

「死んだらそこで終わりです。何をどうしようとも、故人は帰って来ない。死んだら、そこでおしまいなんですよ。責任なんて、取れるはずがないだろう。驕るのもいい加減にしろ。お前にそんなことが出来る訳ないんだ。いや、お前でなくても出来無いが、ただの小娘風情に出来る訳はもっとない!お勉強はできる癖に、道徳は出来無いのか?あぁ、道徳はテストがないもんな。それとも小中でその時間は寝てたのか?人の悪口を言ってはいけませんと幼稚園で習わなかったのか?その頭でどうして考えようとしなかった。都合のいいことばかり考えていたんじゃないのか?」

 

 坂柳は黙ったままだ。教室の空気も凍り付いているまま。他の生徒から見れば、私は厳しい目線で坂柳を睨んでいるように見えるだろう。

 

「まぁ良いです。1つだけ安心しましたよ。どうする気だったんですか?と聞いてどうする気も無かったとか、それが何か?とか言っていたら容赦なく追い出してやるところでした。ただの考えなしならまだ更生の余地はありますからね。先生、1350万はどこに振り込めば?」

「こちらから指定する。今送った」

「確認しました。では、入金します」

「――――こちらも指定金額の振り込みを確認した。よって、坂柳有栖の退学処分を取り消しとする。これを以て今回の追加特別試験は終わりだ。各自、解散して構わない」

 

 そう言うと先生はスッと教室を後にする。その顔には心なしか安堵の表情があった。どんなにやらかしていても、生徒が退学するのを見たくは無かったのだろう。教室はやっと元の空気に戻ろうとしている。坂柳は混乱のためか放心状態で座ったままである。それを他所に壇上へ行き、話を始めた。

 

「皆さん、試験お疲れさまでした。まずは私に多くの称賛票を入れて下さり、ありがとうございました。入れて下さった方の信頼に引き続き応えていけるよう、努力して参りたいと思います。これからも円滑なクラスの運営にご協力お願いします」

 

 深々と頭を下げる。称賛票を貰って当然、みたいな態度はよろしくない。ここでしっかりとお礼をしておくことで、私の評価は下がらなくなる。

 

「これから本格的に学年末特別試験が始まるでしょう。その時はまたご協力をお願いすると思いますが、よろしくお願い致します」

 

 先ほどとの落差に戸惑っている生徒が多いようだが、空気を読んだ真澄さんが率先して拍手をすると、葛城なども続き、クラスは拍手に包まれた。その中でもう一回頭を下げる。これで2年生の1学期も貰った。学年末で大ポカをやらかさない限り、大丈夫だと思われる。そして、私はそんな大ポカをするほど油断する気は無いので、負けはしないだろう。勝てるかも分からないが。

 

 そして運の悪いことに戦力にもなる坂柳は停学中。勉強系なら使えるのに残念だ。こっちは1人のハンデを背負いながら動かないといけない。まぁ元から最近はいないような感じだったし、大丈夫か。連携系だったら多分女子から総スカンを食らっている彼女ではキツイ。

 

 色んな感情がうごめいて、結果放心するしかなくなっている様子の坂柳を見る。この面倒な生徒を何とかして生徒指導しないといけない。ただ、呼び出しには応じないだろうし、つくづく困ったものだ。押しかけて強制的に家庭訪問と行くしかないだろう。頭が痛いが、自分で決めたことだ。必ず彼女を何とかしてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、他クラスの結果だが、予想通りAとBは退学者無し。Cは山内、Dは真鍋が退学になった。CもDも阿鼻叫喚の大騒ぎだったと聞く。佐倉経由で仕入れてきた真澄さん情報によると、山内が大暴れをして堀北を襲おうとしたらしい。速攻で綾小路、高円寺、須藤のCクラス3大喧嘩強い勢に取り押さえられたようだが。

 

 平田は最後のあがきで自分に投票するように言ったらしいが、女子の誰かが庇って無意味になったらしい。そもそもこれまでの行動的に平田に入れたいと思う生徒は少ないだろう。他クラスからの称賛票も入るだろうし、無意味な行動だった。結果、廃人と化しているという。坂柳2号の誕生だ。

 

 そう言えば、その佐倉はイメチェンしたようで大分話題になっている。伊達メガネをやめて髪型を変更しただけと言えばそうだが、ポテンシャルを発揮できるようになったのはまず間違いなく真澄さんの働きかけによるものだろう。櫛田にコミュニケーションの練習をお願いしているみたい、と素っ気なさそうにしつつ内心の嬉しさを隠せない顔で真澄さんは報告していた。

 

 バレてないと思ってるみたいだがバレバレである。まぁ別に困るものでは無いし、彼女が自分で気付くまでは放っておこう。

 

 Dも大変だったようで、確かに私が坂柳を問い詰めている時金切り声が廊下に響いていた記憶がある。椎名と石崎からはお礼のメールが送られてきた。龍園は無事に退学を免れたようである。

 

 ついでに各クラスのプロテクトポイント保持者はA……私(47票)、B……一之瀬(90票)、C……堀北(40票)、D……金田(27票)である。Dは金田が色々仕切っていたようで、椎名はあくまで相談役的なポジションだったようだ。それでも龍園無くしてDクラスに勝利無しとロビー活動を頑張っていたらしいが。Cの堀北はまぁ妥当な結果だろう。平田で無いのは山内の一件で不安視されたからと見た。

 

 しかし一之瀬はぶっちぎっている。凄いとしか言いようがない。この前の万引き事件はほぼ全学年が知るところとなっているが、この人気。恐れ入った。素直に称賛するしかできない。契約はきっちり守られていたようで安心した。それはそれとして、謝罪に来なくていい理由にはならないが……ま、次の学年末特別試験で龍園のせいで痛い目に遭って貰うとしよう。それで相殺することにする。

 

 

 

 

 

 

 夜の寮を闊歩する。エレベーターがチンと音を立て、目的の階へ到着したことを告げた。開かれた扉を抜け、外の廊下を進む。目指した部屋の前で止まるとチャイムを鳴らした。

 

「お届け物です」

 

 少し曇った声で言う。こうして配達を装わなくては開けてくれないだろう。停学中の外出は厳禁なので飢え死にしないように食料は運ばれてくる。無論代金は彼女の所持金から天引きだが。少しばかり時間が経ち、ゆっくりと扉が開き……そしてすぐさま閉めようとしたので足を滑らせてそれを妨害する。

 

「そんな邪険にしなくても良いじゃありませんか。騙したことは謝ります」

「……!……!」

 

 声にならない声で頑張ってドアを閉めようとしていたが、少し抵抗して無理だと悟った彼女は諦めたようにドアを開いた。

 

「どうも」

 

 前に一度心霊騒動の際に入った事があるのでレイアウトなどは把握している。部屋の様子は個性が出るものだ。侵入者用にぐしゃぐしゃな私。シンプルな真澄さん。聞いた話では綾小路はミニマリストもかくやの家具だけ状態らしい。良く生きていけると思う。人の部屋を我が物顔で歩く私に抗議の目が飛んでくるが、何も言ってはこない。

 

 机に向かい合って座ったまま、無言の時間が続いた。先に根負けしたのか、ポツリポツリと向こうから話し始める。

 

「なにしに、来たんですか」

「面談だ。生徒面談。あとそこのベランダから飛び降りないかの確認だ」

  

 返事は無い。勝手にしゃべる事にした。

 

「そうやって黙っていても、何にもなりはしない。ずっとそのままそうやって逃げているつもりか?現実から逃避して、見ないふりをして。心を閉ざしていれば、いつの日か時間が解決してくれるのではないか。そう思っているのではないのか?」

「誰のせいで……」

「お前のせいだ。自業自得のいい見本例だろ。自分のために利己的に行動して、結果全て返ってきた。誰かを陥れようとした結果、自分が陥れられた。因果応報の具体例として辞書に載れるレベルだ。結局のところ、お前の敗因はそこにあるんだよ。今までの人生で因果応報になった事がない。自分がやってきた事は大体上手く行った。そこいらの小中にいる子供なんて馬鹿だもんなぁ。お前にしてみれば、操ったり痛めつけるのは簡単なことだっただろうさ。破滅させても大した感情も湧かなかった。道端のアリを踏んで良心を悼めるような人間はいない。お前にとって、周りの人間はアリだった」

「……」

「そうやって挫折なく生きていった結果がその幼稚な精神性だろう?」

 

 自分を見つめなおす時間は十分にあったはずだ。それでも尚認められないというのはもうどうしようもないと思っていたが、流石に自分の敗因自体は自覚しているようだ。それは助かる。話が早い。自覚している相手に敢えて言ったのはもう一度しっかり自認させるためだ。だがそれだけ言って終わりでは追い詰めるだけ。

 

「お前は綾小路に勝ちたかったのか」

「…………はい」

「ではどうやって?」

「え……?」

「どうやって、何において戦って、どんな条件が勝利になるんだ?何を目的とする。戦略目標はなんだ」

「私は、まずはチェスで勝負したいと。その後、あらゆる全てで綾小路君を上回って……」

「お前はそうして勝利して何を達成したい」

「彼に勝って、天才とは生まれつきのものあると私が証明して、ホワイトルームの理念を破壊する事です」

「ああそう。で、チェスで勝つとそうなるのか?」

「それは……」

「ホワイトルームは万能の天才を創出する機関と聞いている。だが、この多極化し複雑化した社会では知も多岐に渡る。真の万能は不可能だろう。あらゆるものを修めるという前提が不可能に近いし、仮にあらゆるものを修めていても、究極の1を磨いた人間には敵わないだろう。だが私はそれで良いと思っている」

 

 私だって万能などではない。1人では生きてはいけず、出来ない事も多い。足りない部分、出来ない部分は補いつつ、生きていかねばならない。

 

「天才となったその果て、国家を動かす存在になるのだとしたら、尚更万能でなくてもいい。必要なのは、責任を取る度胸と人の才を見抜く目。それがあれば名君たりえるだろうな。お前の戦略は最初から破綻している。全てにおいて綾小路を上回るなど無理だ。チェスで勝ったとしてもトータルで綾小路を上回った事にはならない。だがお前はトータルで勝とうとした。違うか?」

「……違いません」

「しかし、さっきも言ったようにトータルで勝つ必要が何処にある。それは果たして必要なのか?万能の天才の創出。それを破壊するには、たった1つでも勝てれば良いんだよ。その時点で万能は万能たりえない。お前はお前の出来る事を磨けばいい。それにな、お前、ホワイトルームの理念を破壊してどうする気だ」

「どうする……?その後は、私は……」

「ほら、その後のことも考えてない。フワフワした目標のためにあっちゃこっちゃに手を出したらそりゃあ自滅するさ。戦線拡大は危険だと戦史の本に書いてあるだろうに」

 

 人は確かにDNAで定められた才能があるのかもしれない。それは本人が気付かないまま終わる事もあるだろう。教育の真の目的は、その秘められた才能を伸ばすこともあるのではないかと思っている。勿論、それに逆らって自身で決めた方向へ進むならそれを応援するのも当然ではあるが。万能になんてなる必要はない。究極の1を磨けばいい。だから真澄さんは今それを頑張って磨いている。

 

「お前、綾小路のこと好きだろ」

「え、あ、は……!?」

「好きな子にちょっかいかけて嫌われてるの、小学生の馬鹿な男子ムーブだから止めた方がいいぞ」

「ななな、なにを言って……」

「無理があるぞ、その隠し方は。別にそれは否定しない。だが、その為に多くを巻き込むのは止めておくことだな。そして今の綾小路のお前への感情はかなりマイナスだ」

「うぅ……」

「だがマイナスからのスタートだからこそチャンスはある。いいか、好悪は反転する。嫌いだったからこそ、裏返れば一気に燃え上がる。一番マズいのは興味を持たれない無関心だが、今のところ関心はあるようなので安心しろ」

「ほ、本当ですか……?」

「あぁ。マイナス面での関心だが、そこは後2年でどうとでもなる。アイツは1人でも多くの味方を欲している。ホワイトルームと戦うのには必須だ。私は中立よりの味方だが、お前なら完全なる味方になれる。個人的には、ずっと孤独で機械のように生き、牢獄に閉じ込められてきた彼には幸福に生きる権利があると思っているのでな。そしてお前が綾小路と共にいたいならそれを邪魔する気は無い。味方したいなら応援だってしてやろうじゃないか」

「何のために……?」

「私のために。後、君が余計なことをしないようにするために。ただし、この道を選ぶと2度とクラスのリーダーになる道は無い。ただねぇ、個人的な感想だが、君リーダー向いてないよ。人の心分からないじゃん」

「……」

「人の心が分かっているフリは最低限しないと。そうしないから橋本に裏切られるんだ」

「橋本君……」

「彼を恨むなよ?最後まで君についてきてくれたんだ。鬼頭とかもな。それを感謝こそすれ、恨むのは筋違いだ。……さて、それはともかく選びたまえ。私の手を取り、綾小路を救うか。それとも拒絶し、孤独に生きるか。どちらを選ぼうとも、捨てなくてはいけないものはある。だが、人生はそういうものだ。時にどちらも捨てねばならない時がある。しかしだ。今は捨てても、後で拾えることもあるかもしれんがな」

 

 暗にいつかは私を蹴落とせるかもしれないぞ?と告げる。やっと目に光が戻ってきた。プライドを完全に粉々にした結果、少し身軽になったように思える。可能性を示されて未来への展望が見えてきたのだろう。

 

「一度どん底に落ちたなら後は上に上がるだけだ。今のお前そのものだな。そしてだ。私はお前が上に上がろうとするならばそれを手助けしよう。お前が綾小路を助けたいならそれに助力しよう。そもそもクラスを掌握したのだってお前があのままリーダーになるのだと自分に不利益がありそうだからだったのだし、お前に恨みはない。苦手ではあるけどもな。それはともかく、私はお前を助ける。もしお前が上を向くならば。それが私の仕事であり、責務であり、為すべきことだからだ」

 

 人は、自分の敵だと思っていた人物が味方になったり、理解を示してくれるとそれに絆される傾向にある。それも、自身に味方がいない孤立無援の状況の中で、唯一手を差し伸べ未来への展望を示してくれた人物であるとなおさらだ。先ほど彼女に語った通りの内容である。好悪は反転する。それも、一気に。そして彼女は今後も受け入れられるかと言われれば微妙だろう。クラスでは腫れ物扱いのはずだ。そこに私と真澄さんが普通に接した際、彼女の頼れる先は最早我々2人しかいなくなる。

 

 橋本はもう彼女に味方しない。鬼頭も山村も味方できない。何故なら私に再び造反しているのではないかと疑われることを避けたいから。マジョリティは私の味方だ。逆を言えば私の味方ならばマジョリティになる。であればわざわざマイノリティになりたい人はほぼいないだろう。

 

「もし上を向くと約束するなら私の手を取れ。もしそうしたならば、私はお前が今後の人生において他人の権利を侵害しない程度に幸福でいられるよう導く。そしてその望みは叶えるよう努力しよう。生徒になら、私は幾らでも尽くすとも。もし嫌なら振り払えばいい。それは自分で決める事だ」

 

 私は彼女に向かい、手を差し出す。彼女は全てを失った。そこから立ち直れるかどうかは、彼女次第。

 

「あなたは、何のために、ここに来たんですか。あなたが欲しいものは、なんですか」

 

 坂柳は恐る恐ると言った声音で私に問う。それに対する答え。どう答えるべきか。メリットデメリットは既に提示した。欲しいのは、本音だろう。彼女はその本音を、本心を、本性を、全て私に明かされた。見抜かれた。だからこそ、私の本心を欲しがっている。そうすることで、対等になりたいのだろう。それはきっと、彼女に残った僅かなプライド。

 

「ここへ来た理由は、ただの仕事だ。欲しい物はここには無い」

「卒業すれば、栄達があるのに……?」

「こんな島国の支配権など欲しくはない。私が欲しいのは帝冠だ。民衆に推戴された帝冠を以て、私が導き、支配する。その為に私は生きている。これが私の欲しいものだ。満足いく答えだったかな?」

「……あなたという人物への謎は深まりました」

「そうか。ではゆっくり考察してくれたまえ。それで、お前はどうする。私の手を取るのか、振り払うのか。私がここに来るのは今日だけ。もし手を振り払うなら、その時はもうお前の事は知らない。好きに生きると良い。幼稚に、自分から目を逸らして、都合のいい夢を見ながら、孤独に。そうやって生を無為に過ごし、死ぬといい。決めるのは全てお前だ。自分の運命は、自分で決めろ」

 

 迷いと葛藤。苦しみと屈辱。希望と絶望。色んな感情が彼女の瞳に渦巻く。数分の後、彼女はゆっくりと私の手に向かって自分の手を伸ばした。

 

「いつか、裏切るかもしれませんよ」

「一度従えた相手に裏切られたのならば、それは私の失態だ。気にする必要はない。それは私の能力不足なのだからな」

「……」

「今度学校に来たら、まずクラスメイトと一之瀬に謝れ。それから全てのやり直しが始まる。ようこそ、君が未来を切り開くための教室へ。私は歓迎しよう。君という、新しい手のかかる生徒を」

 

 私はにこりと笑い、彼女を見つめる。私の瞳を見つめた彼女は少しだけ身震いして、軽く頷いた。これで全ては完成した。Aクラスは坂柳という若干の不安要素を抱えつつ、私の支配下に入る。後は上手く誘導しよう。坂柳に首輪を付けつつ、操縦すればいい。その辺はお手の物だ。個性派を統治している経験は伊達じゃないと自負している。さて、今は新しい生徒の再出発を歓迎しよう。そう思い目を逸らす彼女にもう一度笑いかけた。




<票数内訳(神の視点)>

孔明47票……Aクラスが38票(坂柳除く)、Bクラスは無し(契約)、Cクラスは4票(堀北、綾小路、櫛田、軽井沢(軽井沢は綾小路関連で、綾小路に恋愛アドバイスを授けたのが孔明だと綾小路から聞いていたため、お礼として))、Dクラスは5票(椎名、石崎、アルベルト、伊吹、金田)

真澄さん45票……Aクラスが38票(坂柳除く)、Bクラスは無し(契約)、Cクラスは4票(佐倉、林間学校で同じグループだった女子3名)、Dクラスは3票(林間学校で同じグループだった女子3名)

みたいな感じになっています。林間学校でかなり張り切って頑張ったのが孔明に2票まで迫っている原因ですね。
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