ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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善く戦う者、人を致して人に致されず

『孫子・第六章虚実篇』


59.司令官

特別試験だからと言って気負う様子は無い。良い感じの充足感と緊張感が教室内に漂っていた。朝の出席確認を終了すると司令塔は多目的室へ移動しないといけない。その前にクラスに最後の激励をすることにしていた。

 

 司令官というのは士気を高めるのも重要な仕事である。やる気、というものはパフォーマンスにも影響するし、最後の粘りにも拘わってくる。あの人のために!というのがある軍隊は強い。そういう軍は劣勢でも諦めず、また目的意識が高いために無茶な命令にも従いやすい。だからこそ指揮官は士気を高めないといけないのだ。

 

 教壇に立てば、一年間色々あった生徒たちが私を見つめている。彼らは優秀だ。それは私が保証するところである。実際、彼らが無能であれば今頃Aクラスではなかっただろう。いかに上が良くとも、下にやる気が無ければ意味はない。そういう意味では彼らは非常に優秀だった。モラルも高い。思考も大人びている。これは軍隊としてはありがたい限りだった。

 

「本日まで、多くの負担を強いてきてしまいました。もっと上手くやれた……と慚愧の念にたえない場面も、自省すれば多くあります。それでも皆さんは私に付いてきて下さいました。これに感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」

 

 深々と一礼する。そして顔を挙げて向かい合った。

 

「そして今、皆さんの努力の総決算をする時が来ました。敵は決して無能ではありません。それどころか、優秀ですらあります。彼ら相手の戦いを決して楽観視するべきでは無いでしょう。敵は強い。しかし、我々はもっと強い!最後に勝利するのは我々です。負ける事など考えなくてよろしい。最後まで諦めないで。そうすれば勝てる。必ずです。だから―――私を信じて、付いてこい!」

 

 一拍の後、拍手が教室中に響き渡った。

 

「勝つぞ!」

「「「「おー!」」」」 

 

 振り上げた拳に応えるように、多くの声が張られた。これはCクラスにも聞こえているであろう。Aクラスはこれまで一回もその座を譲っていない。強敵と認識されているはずである。そのクラスが士気が高くやる気満々ともなれば怖気づく生徒も出てこよう。これは示威行動でもあるのだ。士気の高さを敵軍に見せつけるのは古来よりある方法である。

 

 意気軒高。勝つには十分な気合だった。真澄さんとは特に言葉を交わさない。それはもう済ませた。後はお互いを信じるだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ仄かに寒い廊下を歩く。多目的室への道のりはそう遠くはない。軍服でも着れれば気合が入っただろうがそういう訳にもいかない。ちょっと気合を入れようと髪のセットには時間をかけてみた。ついでに少しでも雰囲気が出るだろうかと黒いロングコートを制服の上から着てみたが若干ドイツ軍みたいになってしまった。そんなに悪くないと言われたのでまぁ良いだろう。堀北に威圧感を出せればそれでいい。

 

 多目的室前には既に一之瀬と堀北がいた。女性陣は到着が速いようだ。

 

「中へは入らないので?」

「4人揃った段階で声をかけるように言われたよ」

「なるほど」

 

 精神的な優位性を得ることが無いようにだろう。空気に触れて慣れる、というのは受験でも良く言われることだ。特殊な試験である以上、相当気を使っているのだろう。堀北は緊張しているようだが、ガチガチという訳でもない。それなりに心構えはできているという事か。私の顔を見て一瞬顔を逸らそうとしたが直に前を向きなおした。

 

 反対に一之瀬はそこまで気負っている様子は無い。

 

「それは……ノートパソコン?」

「テスト形式の種目だと暇じゃないですか、解いている間。その間に少しばかり教材作成をね」

「随分と余裕なのね。私たちくらい、片手間で捻りつぶせるという事かしら」

「そう思わせて苛立たせる作戦、かもしれませんよ?まぁそんな事は無く、ただ単に時間の有効活用ですけどね」

 

 堀北に対する工作は坂柳がやってくれていた。相手に美術史を意識させただけで十分な戦果と言えるだろう。それに加えプラスで何か効果が得られれば殊勲ものだ。堀北に精神的な揺さぶりをチクチクとやり続けるのも戦略である。だがあまり変な方向に行かれても困るので程々に。

 

「一之瀬さんは随分と自然体ですが、何かコツでも?」

「いやいや、全然そんな事は無いけどな。どうなるかなんて分からないのは怖いしね。向こうだって必死に立ち向かってくるとは思うし、とてもじゃないけど油断はできない」

「なるほど、()()()()()ですか」

「あれ、変な事言ったかな?」

「いえいえ。挑戦者に挑まれる側という感じでしたので。まぁしかしそれは事実ですからね。結束力やチームワークが問われる試験ではBクラスにもかなりアドバンテージがあるでしょう。アベレージも高いクラスですからね」

「ここで簡単に負ける訳にはいかないからね」

 

 私が負け、彼らが勝った場合Aクラスも見えてくる。だからこそ一之瀬は必死なのだろう。それは心情としては非常に理解できる。ただし、決意はしつつもどこかで油断がある。慢心がある。今のDクラスなら勝てる。そう思っているときにこそ、危機は迫ってくるものだ。ピンチとは負けているときよりも勝っているときに起こりやすいのだから。

 

 肌寒い日もある中だが、空はすっかり春になっている。来年度を考えると気が重い。そろそろ遅刻か、という時間になって歩いてくる足音が微かに聞こえる。だが、どうも金田のものにしては力強い。体重が違うように感じる。という事は……と予想がついた。発破は効いたらしい。

 

「一之瀬さん。時にこういう言葉をご存じでしょうか。好事魔多し、と」

「知ってるけど……今は好事ってほどかな?」

「それは個人の主観によるでしょうね。しかし事実としてウチの愚か者の効果でBクラスは一気に点を伸ばした。そして相手のDクラスはへなちょこ。勝てそうという概算が出ている。まさに好事でしょう。しかし……孫子第一章計篇に曰く」

 

 カツカツと音がする。廊下の角を曲がって、その人物が姿を現した。誰よりもその目を見開いたのは一之瀬。続いて堀北も目を丸くする。私も足音の時点で予想はしていたとは言え、やはり目にすると驚きの感情が少し浮かんでくる。本当に蘇るとは、というものだが。

 

「兵は詭道なり、とね」

 

 私の言葉に触発されてか、龍園は口角を上げる。

 

「どうした。何を動揺している?」

 

 龍園は挑発するように一之瀬の目を見据えてそう言った。

 

「龍園君、あなた……。金田君はどうしたの?」

「この試験は司令塔無しでは始めることができない。つまり司令塔が不在になれば当然、別の誰かが代理として参加するしかない。そうだろう?無人島と似たようなものだ。あの時そこの軍師野郎にやられたことを、一之瀬で応用してみただけのことだ」

「そうだとしても考えてもいなかったよ。龍園君が出てくるなんてね」

 

 一之瀬は嘆息しながら言う。本当に考えていなかったのだろう。あの対戦相手決定の際にあった人物が司令官である。そんな無意識のバイアスを皆持っていた。そういうバイアスを攻撃するのが龍園だという事を忘れて。

 

「退学の可能性が一ミリでもある以上、お前は当日熱を出そうが怪我をしようが地を這ってでもやって来ると思っていた。そしてそうなったな」

 

 ククク、と龍園はいつもの笑い声を上げながら一之瀬を見た。それを受け彼女は一度喉を鳴らす。

 

「背水の陣、というヤツですかね。とは言えそこまでリスクも無いですが。全敗などなかなか無いことでしょうし」

「どうだろうな。あいつらは俺を追い出したいが故に試験を放棄するかもしれねぇぞ?」

「なら投票の時に君に入れているとは思いますけれどね」

 

 背水の陣というほどではないとしてもそれ相応にリスクを背負っているのは事実だ。プロテクトポイントは精神面での大きな安心材料になっていることだろう。無いともなれば万が一のことを考える必要がある。全敗だって確率論上あり得るのだから。

 

 しかし他に策があるはずだ。背水の陣は元々別の策と併用するもの。そうしないと戸次川になる。

 

「Bクラス対Dクラスの結果は後で聞くとして……そろそろ行きましょうか」

 

 私が顎で扉を指さすと龍園は鷹揚に頷き先に入る。どうやら私の手が塞がっているのを見て開けてくれたようだ。それに続く一之瀬は平常心を保とうとしているが手は固く握りしめられている。私は右手にパソコン、左手にお弁当を持ちながら部屋に入る。最後は堀北が入り、扉を閉めた。

 

 中は即席にしては立派な壁が作られており、丁度室内を半分で区切っている。防音性も高そうだ。1年生を担当する4人の教師が並んで待機している。

 

「BとDの生徒はあちらへ移動するように」

 

 真嶋先生の指示で龍園と一之瀬は隣室へと移動した。それに茶柱先生が続く。あの2人があちらの担当。つまりこちらは坂上先生と星之宮先生という事になる。5分後に開始する旨を伝えられ、席に着く。沈黙だけが場を支配していた。今更語る事もないし、そう言う間柄ではない。

 

 目の前のパソコンが起動し、Aクラスの生徒の顔が38人分表示された。当然のことながら、ポイントなど払っていないので坂柳はいない。しかしそれは相手には分からない。それこそネタをバラさない限り知る事は無いだろう。そして、画面上には提出した10種目が表示されている。

 

「特別試験の進行を担当する坂上です。早速ですが、1年度最終特別試験を始めたいと思います。各クラス、5種目を選択して決定ボタンを押すように」

 

 こちらから提出するものは既に決まっている。迷う事は無い。相手も同様であったようで、直に大型モニターに表示された。Aクラスは事前の選定通り『フラッシュ暗算』『現代文テスト』『英語テスト』『数学テスト』『美術史テスト』である。Cクラスからは『弓道』『バスケットボール』『卓球』『タイピング技能』『テニス』が選択される。見事にスポーツ系で固めてきている。タイピングが異質だが、出来る生徒がいるのだろう。

 

 ここでは敢えて坂柳に洩らさせた情報をそのままにして使った。これで堀北は坂柳の言葉への信用度を上げるはずだ。同時にそれは作戦の成功を意味する。

 

「ここからは、完全なランダム抽選を行いこちらで7種目を決定します。中央の大型モニターに結果が表示されるようになっているので、見るように」

 

 モニターを見れば画面が切り替わり、抽選中と表示される。そしてすぐに最初の種目が表示された。最初のそれは『バスケットボール』だ。必要人数は5人。時間制限は20分。ルールは通常のバスケに準じ、司令塔は任意のタイミングでメンバーを1人まで入れ替えてもいいと言う事になっている。

 

 いきなり相手のフィールドという事になる。逆に相手からすれば絶対に落とせない。バスケが来ることは予想している。これを使わないと言うのは悪手にしかならないからだ。であれば、こちらも準備が出来る。運動神経が良い生徒はウチのクラスにだって存在しているのだから。尤も、その筆頭格の真澄さんは切り札である以上取っておかないといけない。男子の筆頭格・鬼頭は使えるだろうからここで使ってしまう。ついでに、橋本もぶち込んでおく。彼ならそつなくこなせるだろう。

 

 Aクラスの選定メンバーは『町田浩二』『鳥羽茂』『清水直樹』『鬼頭隼』『橋本正義』の5人。一応控えも用意しているが、出来ればこの面子のまま勝ってほしい。相手の選定も終わったようでメンバーが大画面に表示された。『牧田進』『南節也』『池寛治』『本堂遼太郎』『小野寺かや乃』の5名が向こうのメンバーである。須藤がいないのはまぁ、作戦だろう。テニスや卓球もある。温存しておきたいと言う考えは理解できる。

 

 とは言え、こちらも勝ちに行っている。鬼頭と橋本は言わずもがな。町田もコンスタントに色々出来るタイプだ。鳥羽は昔小学生時代に少しバスケのチームにいたと言っている。技量も問題ない事は確認済み。清水も球技は得意と自称する通り、勝てるだけの能力は持っていた。 

 

 ただし、相手も状況が悪くなれば温存を諦めるだろう。その為の保険が司令塔の介入なのだろうとは予測がついた。モニターの向こうでは手早く準備が行われ、そしてほどなくして試合が開始された。ホイッスルが鳴り響き、ボールが宙を舞う。我々に出来るのは仕合経過を見守るだけ。

 

 堀北も私も無言の中、画面の向こうでは戦いが行われている。橋本と鬼頭の連携はかなりいい。その為、向こうの牧田も動けてはいるがこちらがリードしていた。バスケが来た場合、かつ須藤がいない場合は速攻で差をつけるように指示を出しておいた。ルールの時点で怪しいとは思っていたので、万が一を予測しての行動だったが正解だったようだ。

 

 苦戦を強いられているCクラスの点差が開いていく。4分間の休憩が挟まれた。その時に堀北が軽くため息を吐く。そして須藤が投入された。

 

「苦し紛れの最終兵器は大体負けると相場が決まっていると思いますが?」

 

 私の言葉に堀北はしばし沈黙した。

 

「……並の最終兵器ならそうでしょうね」

「彼は違うと?」

「そう思っているからこそ、こうしたのよ。それの是非は結果が証明してくれるでしょう」

「大事な初戦で勝って勢いを、というのもあるのですかね。それは正解だと私は思います。戦いには勢いというものがある。それは孫子にも、他の多くの兵奉書にも書かれていることですから」

「そちらこそメンバーの入れ替えはしなくていいの?」

「ええ」

 

 最初にリードして差を開くことで何としてでも勝ちたい相手は須藤を投入すると予想できた。これは相手が選んだ種目。それで負けているのでは士気に差しさわりが出る。今後のことも考えれば温存するよりも勝ちを拾う事を選んだはずだ。平田もいることだし、運動面ではまだ大丈夫と見たのだろう。

 

 鬼頭が頑張って須藤に張り付いているが、それによって牧田が勢いを取り戻した。橋本のマークも追いついていない。確かにこれは最終兵器と言っても差し支えないだろう。みるみるうちに点数は詰められていた。しかし連携ではこちらに一日の長がある。そう簡単にはリードさせない。

 

 橋本と鬼頭が盛んに言葉で挑発をしているが、須藤は動じない。堀北によほど言いくるめられているようだ。それにしても随分と成長しているように見える。須藤が来たら集中力を落とすように指令していたが、却って無駄足になってしまったかもしれない。須藤の精神面を低く見過ぎたのは反省の余地があるだろう。

 

 今度に活かそうと思い試合を眺める。接戦。これが一番相応しいだろう。入れては入れ返されを繰り返している。一進一退の攻防戦が続いた。試合終了まで残り30秒。豪快にダンクを決めながら須藤が躍進していく。そして残り数秒のところで彼の放ったボールがゴールし、1点の差でCクラスは勝利した。

 

『おっしゃー!やったぜ鈴音!』

 

 ガッツポーズを決めながら須藤は興奮している。食い下がったが惜敗であった。しかし現役バスケ部のエースにここまで食い下がった彼らを素直に称えるべきだろう。24対23でCクラスの勝利。これが初戦の結果だった。

 

「須藤君がいても勝てるように練習してきたつもりだったのですが……やはり積み重ねた物の差でしょうか。それとも、彼個人の司令官へ向ける感情が最後のアシストしたのかもしれませんね」  

「言ったでしょう。彼は最終兵器よ。それも、戦いに勝てるね」

「確かに。これは私の見識不足でした。しかし戦いで勝って戦争に負けると言うのは古今東西良くある話ですから」

「次も勝てばいい話ね」

 

 堀北は軽い揺さぶりでは動じない。精神的に成長しているのは彼女もだったようだ。ただし戦いに勝って戦争で負けるという事例があるのは事実だ。初戦を取られたのは残念ではあるが、戦争全体の経過から見ればまだ分からない。二次大戦のアメリカだって最初に奇襲を食らったが逆襲を行った。最後に勝つのは地力の高い方だ。

 

「まさかCクラスが先勝するなんて、勝負って分かんないなぁー」

 

 星之宮先生が感心したように呟く。相手にとってこれは勝たなくてはいけない戦いだった。須藤を投入した以上、負けは許されない。その証拠に、試合中の堀北の顔は僅かに強張っていた。

 

 

 

 

 

 

 2回戦目のタイピング技能はまたしてもCクラスの選んだ種目であった。私はくじ運が悪いのかもしれないと心中でぼやく。そんなに悪いつもりは無かったのだが。学習面での優位は何をどう逆立ちしようともこちらにある。Cクラスは出来る数名が何とかしているのであり、全体のアベレージで考えればAクラスに対して勝ち目はない。それを分かっている堀北はこれを入れてきた。

 

 勉強面に左右されないモノで勝ちたい。そう考えていたのだろう。

 

「自分の得意なものがあるというのは素晴らしいことですね。Cクラスは良い生徒をお持ちのようだ。一点特化というのは時に凄まじい威力を持つものですから」

 

 堀北はあまり言葉を返しては来ない。私と会話をする気はそんなに無いようだ。教材を作っている間は良いのだが、そうでない時は無言が続くとあまり楽しいものではない。とは言え、向こうからすれば私と会話をする方がもっと楽しくないだろう。哀しいが受け入れるしかない。綾小路ならもう少し答えてくれそうだが。

 

 相手側のプレイヤーでは外村秀雄が選択された。Aクラスのプレイヤーは吉田健太。タイピング技能が相手の種目の中にあると発表された際に出来るものはいるかと問うた。その際に手を挙げたのが彼だったのである。昔からパソコンには親しんできたらしい。第二次世界大戦と中世欧州のテストを提案してきたのも彼であった。なんでそれなのかを聞いたらゲームで知識を蓄えたらしい。

 

 ゲームで、とバカにする気は毛頭ない。シミュレーションゲームなどでは知識を学べることも多いだろう。とっかかりとしても優秀だ。少し教えてもらったゲームを検索したら、電子ドラッグと出てきて不覚にも笑ってしまった記憶が蘇る。我らが中国共産党が山奥に押し込められているのを見てもっと笑ってしまった。国共内戦で国民党側をプレイしたい気持ちになって大笑いしていたら真澄さんに引かれてしまった。

 

 それはさておきだ。この種目では司令塔による介入は難しい。敢えてしない方針で行くつもりであった。その結果は――――。

 

「Cクラス外村秀雄、90点。Aクラス吉田健太、88点。Cクラスの勝利です」

 

 坂上先生は結果を告げる。僅かな差であるが、ここでも惜敗という結果に終わってしまう。それでもよく頑張った方である。相手の土俵での戦い。絶対的優位なはずの戦場でここまで肉薄できたのであればそれは素晴らしい事であると言うべきだ。吉田は肩を落としているが、後でフォローしておくとしよう。そうでなくても葛城がフォローしてくれると思っているが。

 

 なお、一般生徒はこの試合を控室で見ているらしい。Aクラスの士気が下がりそうであったら誘導するように葛城に頼んである。彼ならばしっかり役目を果たしてくれるであろう。負けているのならば次に勝つように、勝っているならば兜の緒を締めるように。葛城の能力からすれば、造作もないことのはずだ。彼は元々上に立つ素質がある。

 

 

 

 

 

 

 3回戦目はついにこちらに運が回ってきたようで英語のテストが採用された。こちらの土俵。負ける訳にはいかない。こちらのメンバーは概ね決まっているが、Cクラスは悩んでいるようだった。ここまで順調に2勝。このまま勝てるメンバーを投入するか、それとも捨てるか。どちらも取れないと言うのが最悪の選択である。中途半端に戦力を投入すれば、我々の勝ちが見えてくる。元々学力面ではこちらが有利。一気に戦力を投入しないとアベレージで押し負ける。

 

 迷いながらも堀北は選択を終わらせたようで、画面に表示される。Aクラスは『里中聡』『杉尾大』『塚地しほり』『谷原真緒』『元土肥千佳子』『福山しのぶ』『六角百恵』『中島理子』の8人。Cクラスは『平田洋介』『王美雨』『石倉賀代子』『東咲菜』『櫛田桔梗』『幸村輝彦』『西村竜子』『軽井沢恵』の8人だ。いずれもCクラスでは比較的学力の優れた生徒。軽井沢は綾小路に教えられているおかげでそこそこ伸びてきているのを確認している。それを信じての投入だろう。なんでも英語だけ重点的にやっているとか。

 

 ここで勝ちにいき、王手をかけに来たか。4種目で勝てばその時点で勝利が決まる。一気に押し切りたいのだろう。綾小路もいることだし、次の種目で綾小路を入れれば勝てる概算は上がる。次で負けてもリードはできる。故に勝ちに来た。

 

 1問だけ左右できるとは言え、大方は実力勝負。ともすれば我々の勝利は固い。それに、元の実力、つまりは入学時ならいざ知らず、私の選んだメンバーもそうでない者も英語の点数はかなりいい。前回の試験でのAクラス平均点は90点。学年ぶっちぎりであった。それでも戦力の集中投入をすれば勝てると踏んだのだろう。だが――。

 

「なるほど。勝ちに来ましたか。それは間違いではありませんね。……ところで堀北さん。私は1年間Aクラスで教壇に立つ機会が多くありました」

「……それが何か?」

「堀北さんには全く関係ありませんが、私の将来の夢は教師だったのです」

 

 坂上先生と星之宮先生までもが意外そうな顔をする。 

 

「そんなに驚かなくても。ま、諸々事情があり今は違いますが……。教師というのは当然、教える教科を選ぶわけです。坂上先生なら数学。茶柱先生なら社会科の日本史。そして私の希望はね、英語だったんですよ」

 

 さぁっと堀北の顔が青ざめる。しかしもう始まってしまった。今更メンバーの変更はできない。50分間、堀北はほぼ黙ったまま画面を見つめている。私はどうせ見ていても仕方ないので別のことをしていた。介入はするが、しなくても勝てるであろうと踏んでいる。とは言え、慢心して負けては元も子もない。ちなみに、パソコンはネットに繋がらないようにされていた。まぁ文章作成だけ出来ればいいので問題はない。

 

 50分が経過し、採点される。マークシートなのでまぐれもあるだろうとは思われるが、それに期待しているようではダメだ。機械での採点が終わり、結果が表示された。

 

「Cクラス合計660点、Aクラス718点。よってAクラスの勝利とします」

 

 いい問題が多かった。そこは国立校のプライドを感じるところである。Cクラスは平均点約83点と奮闘している方ではあるが……こちらは平均約90点。もうちょっと行けるかなと思っていたので復習が必要だろう。とは言え、勝利は勝利。大いに喜ぶべきところである。画面向こうの生徒たちが喜んでいた。風は吹き始めている。

 

 

 

 

 

 

 と思っていたのだが、4種目目は弓道。もうこれは捨てることにしていた。ウチのクラスに弓道経験者は無し。ちょっと体験で触ったことがある程度の生徒だけであった。なのでもうこれは敗退する以外に道はない。しかも相手は現役弓道部。一番嫌な種目であった。これで現状3対1。Cクラスが優勢である。王手をかけているのは向こう。次に向こうが取れば勝利は確実である。

 

 向こうに有利な種目、つまりは卓球やテニスが来た場合は全戦力をぶつけに行くつもりだった。が、私の運はそこまで悪くなかったらしい。5種目目は数学のテストであった。堀北の顔が苦悶の表情になる。勝てそうなときに決め切れないのはもどかしいのだろう。それに、先ほどCクラスの学力面でのエースは全投入してしまった。

 

 Aクラスが選んだのは『的場信二』『島崎いっけい』『森重卓郎』『司城大河』『石田優介』『山村美紀』『西川涼子』である。対するCクラスは『沖谷京介』『南伯夫』『佐藤麻耶』『篠原さつき』『井の頭心』『園田千代』『市橋瑠璃』と7名だ。

 

 これは明らかに捨てに来ている。この1つ後に賭けるつもりか。ここは貰ったと思っていいだろう。的場と山村は成績トップテンの中にいつも入っている面子であり、頭は相当に良い。山村は特に数学を得意としていたのもあり、此処に配置できるのは最高に適材適所であると自賛する。他の生徒も満遍なく出来るので、捨てに来たCクラスに負ける道理はない。

 

 結果は672点のAクラスと420点のCクラスでこちらの圧勝であった。もう少しCクラスは下かと思っていたが、彼らも彼らなりに勉強してきたのだろう。一番伸びているのは自クラスを除けばCクラスだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 依然として堀北がリードしている中での6種目目。運のいいことにフラッシュ暗算が選ばれた。これは1位を取った生徒の所属するクラスが勝利となる。相手の選択は『高円寺六助』と『松下千秋』。高円寺には警戒する必要があるが、見るからにやる気がない。司令塔が介入も出来無いだろう。松下が高円寺の代わりの本命と見て間違いなさそうだ。

 

 とは言え、堀北が果たしてフラッシュ暗算が得意なのか。そうでないなら彼女からしてみれば運が悪いと言うべきだ。尤も、凄まじく得意という可能性も無くは無いが。王手をかけられていてもそれに動じはしない。まだ戦いは終わってないのだから。これで動じるようでは、私はもうとっくの昔に骸となっていただろう。

 

 こちらは『葛城康平』と『田宮江美』を投入する。田宮はちょっとだけやったことある、という話だったので投入した。本命はあくまでも葛城。なのでルールも合計点にはしなかった。 

 

「全部で10問。後ろへ行くほど難しい問題となるが、高得点の配分になっている。同率1位が出た場合は、どちらかが間違うまで延長戦とする」 

 

 モニターに数字が出されていく。司令塔が関与できるのは1問。必然的に後ろのものになる。高円寺はもう完全に放棄しているようだ。目を閉じて腕を組んでいる。私と戦わない場合は本気を出すつもりはないらしい。林間学校の際は協力したようだが、今回は自分がいなくてもいいと判断したと見える。ついでに言えば、自分に頼っているような者に助力はしないという意思表示か。

 

 1桁、3口、5秒のタイトルが表示される。6、9、1。答えは16。誰でも解けそうだが、此処から難しくなる。松下や葛城は難なく正解していくが、高円寺は白紙。問題を見ていないのに正解していたら驚愕だ。田宮も頑張って食らいついている。奮闘はありがたいことだ。

 

 どんどん問題が難しくなる。5問目3桁6口5秒、6問目3桁8口5秒。7問目3桁12口4・5秒。8問目3桁15口3.5秒。松下も7問目までは食らいついていたが、8問目で目を回している。田宮も同様にギブアップのようだ。

 

 9問目3桁15口2・5秒。葛城は9問目までは回答したがここで力尽きたようだ。葛城は他のテスト系なら大丈夫と思い、これだけ練習してきて貰った。なのでその成果が出たのか、ここまでの回答に瑕疵はない。そのため残りの1問は私が答えることになるだろう。とは言え、諦めると言うつもりはないようで、葛城はしっかり自身の前の画面を見つめている。

 

「いやいやこんなの無理でしょ~!」

「問題の難易度が少々高すぎるようですね……」

 

 先生達も頭を抱えているようだ。私語を注意する坂上先生も星之宮先生に同調していた。先生方の声をよそに、10問目が始まる。3桁15口1・6秒。瞬時に点滅し消える数字が15回繰り返される。葛城もギブアップのようだ。他の2名も目を回している。高円寺は問題は見ていたが解答する気はないようだ。

 

 司令塔として介入を宣言し、最後の問題を回答する。これで満点だろう。堀北は唸りながら一応答えを打ち込んでいたようだった。葛城は一瞬だけ目を見開いた後、軽く頷いて答えを書き込んだ。

 

『フッフッフ。フラッシュ暗算とは中々に面白い遊びだねぇ。初めてやったよ。尤も、ミスターのいない戦いではやる気も出ないがね』

 

 高円寺は面白そうに笑い、カメラを見つめる。

 

『ミスター諸葛、聞こえているのだろう?最後の問題の答え合わせをしようじゃないか。同時に言おうじゃないか。答えは――――7619』

「7619」

 

 私と高円寺の回答が同時に発せられる。教師2名の驚嘆と堀北の深いため息。そして集計が終わり、結果が発表される。

 

「集計の結果、1位は満点のAクラス、葛城康平。よってAクラスの勝利です」

 

 坂上先生の宣言と共に、これで6戦目が終了。ここで昼食を挟み、最終戦になる。今のところ3対3で同点。次の1つで勝負が決まる。いよいよ後の無い戦いになる。綾小路を投入しない選択肢は最早堀北にはない。同時にこちらも真澄さんを起用しないといけない。とは言え、Aクラスにはまだまだ実力のある生徒がいる。どこまでやれるかは、次の種目にかかっているだろう。

 

 現代文ならば、こちらの勝利は固い。綾小路が満点でもアベレージの差で押せる。美術史なら完璧だ。逆に卓球やテニスだと危うい。真澄さんお手製弁当を食べつつ、次の種目について考えを巡らせた。誰も一言も発しない。星之宮先生は些か居心地悪そうにしていた。堀北はサンドイッチを固い顔で食べている。

 

 そして昼食も終わり、運命の最終戦が発表される。残っている種目は4つ。内半分がこちらの物で残り半分は向こうの物。最後の抽選結果が表示される。

 

 結果は――――――――

 

『美術史テスト』必要人数1人。時間50分。

ルール:古今東西の美術に関する歴史にまつわる問題を解き、その点数を競う。なお、記述式は無し。全てマークシートのみとなる。

司令塔:1問だけ代わりに答えることができる。

 

 私は迷うことなく『神室真澄』を選ぶ。だがそれは相手には分からない。もう後がないこの状況。堀北の中では、坂柳が相手であろうとなかろうと綾小路を選ぶしかない。先ほどのフラッシュ暗算に綾小路を使えなかったのはこの美術史テストが念頭にあったから。そしてそこに坂柳が投入される可能性があったから。だが坂柳投入は完全な嘘である。そうして坂柳の存在、美術史テストの存在のために綾小路を投入できないまま引きずり、最後に堀北の運は尽きた。

 

 画面に両者が選んだ人物名が表示される。

 

「そんな……」

 

 堀北の声が響く。ここまで私に騙され綾小路を投入できず決め切れなかった。だがすぐに思い直したらしい。これで彼が勝ってくれれば……と。私は黙って見守るのみ。本当はもっと前に美術史テストが来てくれれば綾小路を投入してくれる効果が出たのだが、そこは運の問題もあったのだろう。最後の殺し間に誘導できただけでも勝ちである。堀北の心理的なハードルを設けることも出来た。その為に英語のテストでは全戦力を投入する羽目になったのだろうし。

 

 何事も思い通りには進まない。だが、最後に勝利へと導くことは出来る。真剣な顔で座っている真澄さんの姿に勝利を願った。

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