ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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世の中はなにかほしいと思ったら、そのためにそれなりの努力をしないといけない

『ドラえもん』


62.夏の虫

 何故なんだろうか。自分がまるで悪者みたいな気分になる。新学期の初日に新入生を土下座させたという事実が私に重くのしかかっていた。無論、強制したわけではない。そんな犯罪行為になるようなことをわざわざしない。それも公衆の面前で。向こうが勝手にしてきただけなのではあるが、それであったとしても私の評判に傷がついたのは事実であろう。

 

 葛城に頼んでねじ込んでもらった相談会までまだ時間はある。今日は午前中で授業は終了だ。なので昼食後は準備時間にしようとしていたのだが、大きく当てが外れた。それどころか釈明会をする羽目になった。場所は寮の部屋。何とも言えない空気の中、4人がここにいた。

 

 申し訳なさそうに縮こまっているのが七瀬翼。笑っているのを隠さない私の部下。そして明らかに機嫌が悪い真澄さん。そして自分。このメンバーである。とりあえず、人間関係の整理と紹介をしないといけないだろう。その後、個別に指示を出しておく必要がある。手駒が増えるのは良いことだが、管理も大変になる。

 

「取り敢えずだ。紹介した方が良いだろう。さっき土下座していたのは七瀬翼。クラスは1年Dクラス。私が諸事情の末に面倒を見ている後輩だ。隣が陸瑞季(くがみずき)。クラスは1年Aクラス。私の同郷の人間だ」

「……ふ~ん」

「いや、ふ~んじゃなくて。君が誰この人たちと言ったからこうして紹介してるんじゃないか」

 

 良くわからんが、取り敢えず認識はしてくれただろう。次はこの後輩2人に真澄さんを紹介しないといけない。

 

「彼女は神室真澄。我がクラスの女子を率いている。私の部下だ」

「……よろしく」

 

 ペコペコしている七瀬とは対照的に、我が部下は軽い挨拶だけしている。性格が出ている。これでよくAクラスに入れたものだ。七瀬がDなのはステータス的に疑問があったが、合格が出たのが坂柳体制下だったのだろう。それでもう取り消しが出来なくなってしまったので月城がDに入れた可能性がある。もしくは、Dにヤバイ人間がいるからカウンターとして入れたのか。

 

「さて、これで紹介は済んだだろう。その上で言うが、七瀬さん。今後はああいったことは勘弁してくれ」

「は、はい。すみません……。気が動転してしまって、つい」

「気を付けてくれ。この狭い社会では噂の出回りも早い。それで身を滅ぼしたやつもいる」

「分かりました。申し訳ありません」

「分かったならいい。で、だ。真澄さん。悪いんだがプリント印刷を頼む。後暇そうなクラスメイトをかき集めて体育館に集合させておいてくれ。坂柳は強制参加な。後は任意で構わないが、特別試験関連であるとは言っておいてくれ」

「……厄介払い?」

「違う違う。君にしか頼めないんだ。私は彼女らに今後の学校生活について色々話さないといけない」

「そうですか。じゃ、そう言う事にしとくわよ。ええ、私はどうせ邪魔者よ」

 

 フンと言いながら彼女は私からプリントを受け取ると外に出て行った。心なしか扉を閉めるときの音が大きい。機嫌が悪いのは直っていないんだろう。後でどうにかしてフォローする必要がある。

 

 もしかしたら今後自分が受ける授業に関しての不安があるのかもしれない。確かに夢を応援する云々と言っておいて後輩の面倒ばかり見ているのでは嘘つきもいいところだ。そこら辺に不安を覚えているのかもと想像する。だとしたらそれは私の不手際だ。そんな事は無いとしっかり伝えないといけない。

 

 そもそも、信用が完全にできる存在が同学年内に他にいない。葛城は優秀だが部下ではない。坂柳は信用できない。橋本も同様。鬼頭はいまいち応用性がない。山村は積極性がない。他クラスは論外だ。であれば真澄さんを頼らないというのは私にとって大きなマイナスを意味する。彼女が女子をまとめているのもあり、彼女無くして私の覇権は無かった。

 

「私、何か失礼を働いてしまったんでしょうか……」

「あー、あんまり気にしない方が良いっすよ。あれ、多分まぁ、そういう事っす」

「そういう事というのは……?」

「あ、うん、ダメだこりゃ」

 

 妙な語尾を付けている瑞季。コイツ、どこでそんなものを身につけてきた。元々あまり真面目なタイプではない。お調子者とはいかないが、頭脳派という訳ではなかった。無論、それは隊内の話であり、一般から見れば相当上にいるとは思うのだが。元気なのは良いことだが、やる気にムラがあり最低限しか仕事をしない事も多い。ただし護衛の成功率は100%なので腕は確かだと分かっている。

 

 ウチの副官もそれを分かっていて彼女を配置したのだろう。男で腕の立つ部下も多くいるが、性別が同じ方が良いという判断であることは理解できたしそれは正しい。性差というのは学校ではより大きく働くときもある。

 

「では七瀬さん。ここからはやや込み入った話をしよう。なお、この話に関連する事項を真澄さんは知らない。知らない方が良いだろう。彼女には言わないように。無論他の誰にでも他言無用ではあるがな」

「は、はい」

「君には二つの選択肢がある。このまま我々に従うか、独立独歩をするかだ。前者の場合はここにいる瑞季が君を助けるだろう。君の幼馴染の安全も保障する。しかし、後者の場合はそうもいかない。どちらを選ぶかは自由だ。後者を選んでも君が我々について話さない限り、()()()危害を加えないと約束しよう」

 

 他がどうなるかは知らないが、と暗に匂わせながら言う。ここで大事なのは自分で選んだという事実を作ることであった。自分で選んだことであれば受け入れてしまう人間は多い。彼女がその例に当てはまっているかは未知数だが、保険は作っておくに越した事は無いだろう。

 

「私は恩を仇で返すような不誠実な人間にはなりたくないと思っています。栄一郎君を助けてもらった以上、その恩を返し終わるまで協力させて下さい」

「よく言った。その義心、大変素晴らしい。信用とは大きな武器だ。大事にするといい」

「ありがとうございます」

「では早速、1年生の状態について話して欲しい」

「はい。1年生には既に学校に関するルールが説明されています。Sシステムについて、監視カメラについて、素行について等々です」

「では既に素行によってクラスポイントが変動することも知っていると?」

「その通りです。また、退学に関することも説明されました。テストで赤点を取ると退学になると。クラスポイントによって貰えるポイントが初期値の8万ポイントから変更になるとも伝えられました」

「初期値は8万なのか?」

「はい。先輩方は違うのですか?」

「我々は10万だった。なるほど、差異があるのか……」

 

 現在の3年生も先日卒業した世代も我々も皆10万だった。その代わりにシステムの情報は伏せられていた。情報開示の見返りが初期値の減少なのかもしれない。また、1年生は特別試験でのペナルティが「ポイントの配布を無くす」であった。ただでさえ上級生より少ないポイントを減らされるのは嫌だと考えることを狙っているのか。ともあれ、去年までと同じと考えるわけにはいかないだろう。

 

「クラスについてはどうだ?1年生は我々上級生よりも2日ほど早く学校がスタートしていると聞いている。ある程度基礎的な人間関係も出来上がっているだろう」

「Dクラスは実質1人のための王国と化しています。名前を宝泉和臣と言います」

「早いな。龍園みたいなものか……」

「その龍園という方は存じ上げませんが、とても暴力的な方です。その暴力性で男女ともにいう事を聞いています。心服はしていませんが、極度に暴力を恐れています。裏切り者を生み出すのは難しいと判断します」

 

 龍園との違いはシンパのあるなしか。龍園は何だかんだこの前の試験で勝利している。カリスマ性も回復しつつあるだろう。悪の魅力みたいなものを持っている龍園との差は暴力性だけなのか否かだろうか。

 

 人間関係が出来るまで泳いでもらおうと思い、入学してきてすぐにの接触を避けたのは正解だったようだ。先入観にとらわれず、観察してくれている。

 

「他にこれはと思うような人物は自クラス内にいるか?」

「頭脳や運動神経のいい方はいますが、特段凄いという人はあまりいないように思えます。尤もまだ未知数ですが」

「なるほど理解した。この後学習相談会を予定しているのだが、それに関してその宝泉とやらは何か?」

「参加はしないようにと厳命しています」

「面倒なヤツだ。分かった。では君も待機したまえ。今は我々の繋がりを秘匿しておいた方が良い。先の土下座事件は……君の性質という事で一つどうにか収めようと思うが、どうだ? 先輩にぶつかり、汁を制服にかけてしまった。驚きと混乱のあまり土下座で詫びた。これならば裏でのつながりは見えないだろうと思うが」

「私の軽率な行動の結果ですので、指示に従います」

「であれば宝泉とやらに何か言われたら今言ったような感じで弁明してくれ」

「了解しました」

 

 七瀬は使える。Dクラスの内情を探るのもそうだが、理知的な人間だ。天才肌ではないし、凄く飛びぬけているようには思わないが、思考能力はあるし言語能力も高い。説明も要領がよく、的を射ている。これは使える存在だ。松雄栄一郎を助けたら思わぬ副産物がついてきた。これこそ棚から牡丹餅というヤツだろうか。私の車が吹き飛んだ意味はあったかもしれない。

 

「瑞季を通してとなるが、協力して欲しい場合は追って連絡する。その時は頼んだ」

「はい」

「では帰って構わない。私はコイツと少しばかり話があるのでな」

「分かりました。最後になりますが、栄一郎君を助けてくれたこと、重ねて御礼申し上げます。本当にありがとうございました」

「私は私の目的のためにやったにすぎないが、それが君のためになったのならばよかった。彼は元気でやっている。何かお願いすることはあるかもしれないが、それ以外は基本自由だ。君も、ここで楽しい学校生活を過ごすといい」

「ご配慮感謝します」

 

 何度も何度も頭を下げて七瀬は退出した。真面目な性格なのだろう。坂柳をあげるから代わりに来て欲しいくらいだ。松雄栄一郎がいる限り、彼女はしっかり働いてくれるだろう。それほどの気概があるようだ。ただの幼馴染とは思えない。あそこまで慕ってくれる存在がいるとは、彼も隅に置けない。

 

 松雄栄一郎の幼馴染関連の話はともかく、今は目の前に残った部下と話をしないといけない。黒髪ショートヘアに猫のような目をした顔は本国でも結構モテていた。男女に拘わらず距離が近いので、多分勘違い男を増産することになるだろう。可哀想なことだ。今から1年生の男子の冥福を祈っておいた。

 

 彼女は姿勢を正すとピッと敬礼して私を見据える。

 

「陸瑞季、階級中尉、ただいま着任しました。江南陸家の名に恥じぬ活躍をお見せできるよう粉骨砕身の努力で以て臨む次第であります」

「よく来た。歓迎しよう。とは言えだ、そう身構える事は無い。ここは休暇みたいなものだ。生命の危機はほぼないと言っていいだろう。生活環境も安定している」

「とはいえ、常在戦場を忘れるなと副指令の姉御が……」

「ああ、いいさそこまで気にしなくて。そんな心構えでは普通の学生に見えない。いつも通りにやれ。いいな」

「はいッス」

「その喋り方はどこで?」

「閣下の漫画から」

「……そうか。まぁ好きにしろ」

 

 教育に悪影響だったかもしれない。いや、それ以前に本国の私の部屋にあった漫画読まれてるって事か?自分で買え。

 

「報告を」

「現在1年生の間で特別試験が行われているっ……います」

「もう喋り方はそれで良いから。で、それは定期試験のだろう?」

「いえ、違うっす。綾小路清隆を退学にすれば、その生徒に2000万ポイントを渡すっていうことになってるんす」

「は……?それはまぁ何とも壮大な……。参加メンバーは?まさか全員じゃないだろう?」

「はい。Aクラスはウチともう1人、天沢一夏という生徒が。Bクラスは八神拓也とその……諸葛魅音が。Cクラスは宇都宮陸と椿桜子が。Dクラスは先ほどの宝泉和臣が参加者っす」

「七瀬は外されたか」

「不気味に思われているんじゃないっすかね。誰と繋がっているのか分からない以上、どうしようもない、みたいな。入れるって決めたのは先代理事長で今の代理じゃないんすから」

 

 我が従妹殿は何が目的でそんな良くわからん目論見に参加したんだろうか。いや、呼び出されたにしても参加を拒否はできたはずだ。何か理由があるのだろうが……。そこまでは分からない。そして一つ分かった事があるとすれば、瑞季と従妹以外の全員がホワイトルーム生の可能性が存在するという事だ。

 

 クラス同士では敵だが、ホワイトルーム関連で綾小路と私は緩やかな盟友関係にある。この同盟はホワイトルームの脅威がある限り存在している。この裏試験の存在は速やかに伝えないといけないだろう。七瀬にも教えないといけない。その教えるかの判断は私がすることなので、先ほど七瀬を同席している間に瑞季が報告する事は無かったのだ。

 

「Aクラスの首魁は誰だ」

「石上京っていう生徒っす」

「石上……そいつも容疑者か。分かった。後はこちらで調べさせる。お前は引き続き七瀬の身辺警護と同時にAクラス内でも地位確立を目指せ。コミュ力ならお前の得意分野だろう?」

「お任せっすね」

「では期待するとしよう。本国とのやり取りはこちらに任せろ。いいな?」

「はいっす」

「よし、行ってよし」

「了解!……あ、そうだ。ちゃんとさっきの神室先輩と上手くコミュニケーションしておいた方が良いっすよ~。女の子は色々複雑なんですからね~」

「は?それ、どういう」

「じゃ、失礼しました!」

 

 ピュ~っと風のように去って行ってしまう。昔からああいう感じだ。明るいところに救われることもあるのだが、基本的にあんまり真面目ではないし時々人をおちょくる。コミュニケーションは得意なので、Aクラスでも上手くやれるだろう。私に対してはああいう態度だが、親愛のある人にしか見せないのもまた事実。

 

 外面はしっかり良い。名家のお嬢もかくやの所作とフレンドリーな気さくさがあるのでまさか上官に割と舐めた口を利く上に命令に文句ばっかりいうヤツとは思われていないだろう。

 

 この試験で綾小路は退学のリスクを恐れているようだが、七瀬か瑞季を使えば勝ちだ。この2人のどちらかと綾小路は組ませることにしよう。後でその旨、伝達する必要がある。だが、何だかんだ話しているうちにそろそろ時間が近付いている。ホワイトルーム関連も大事だが、まずはクラスのことを何とかする必要がある。手始めに、Bクラスの計画を乗っ取らせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育館には既に多くの生徒が集まっている。金に釣られてきた学力の高い生徒、純粋に交流したい生徒、不安を解消したい生徒、様々だろう。他クラスから偵察に来ている存在もあり、Cクラスは堀北や綾小路などが見える。反面Dはいない。この機会をあまり重要視していないのは見えていた。彼らは信より利を取る。その姿勢が見える。

 

 金目当ての人は試験を受けようと待っている。そうでない生徒も腕試しという人が多かった。やはり国立の名門校に合格できたというのは大きな自信になっているらしい。その気持ちはわかる。だが、そう甘くないのも現実だ。おそらく学力だけならば外の進学校の方がこの学校の大半よりも上になるだろう。

 

 Aクラスの生徒はできる限り参加して欲しいなぁと真澄さん&葛城経由で頼んだが、ほとんどが参加してくれている。ありがたいことだ。これで色々やりやすくなる。既にある程度設営はされているので試験を受ける人を体育館に隣接している小体育館があるのでそこに誘導した。そこで30分間試験を受けてもらい、その後体育館で話をするという流れである。

 

 真澄さん主導でクラスメイトがほとんどその辺の仕事を担ってくれているので私はその間軽い指示出しに専念できた。後はBクラスの様子の観察である。彼らは学力中間~下位層、つまりはこの特別試験に不安を感じている層をターゲットにした。不安を感じている下位層を特別試験の話を前面に出さず味方につける戦略だろう。

 

 こちらはそういった不安の無い学力上位層をまず呼ぶべく金で釣った。見事にホイホイ引っかかり、多くの生徒が試験を受けるのを希望している。学力が中間層の人がどれくらいなのかを確かめるべく参加、というケースもあった。試験を受けているのは1年生の内35人ほど。Bクラスの交流会にいるのも同数くらいだ。

 

 Dクラスが誰もいないのを除けば、参加していないA~Cの1年生は10人ほどである。その中には八神や天沢、宇都宮などと言った裏特別試験の参加者が入っている。我が従妹も当然の如くいない。皆学力では最上位クラスだ。いなくてもいいと思っているのだろう。

 

 2年Cクラスはこちらを伺っている。学力上位層を狙っているのが良く伝わってきた。

 

「Bクラスは全員救済を選ぶつもりなのか」

 

 葛城はフレンドリーに1年生に話しかける一之瀬を横目に見ながら言った。その声には正気なのかどうかを疑うような声色が入っている。

 

「でしょうね」

「勝利を捨てにいったのか?こう言っては何だが、学力がDやEの生徒を拾っても何一つ良い事などないだろう。信頼は築けるかもしれないが、現時点では戦力としては期待しづらい。今後伸びる可能性はあるだろうが……それでも可能性からすればそれも低い」

 

 葛城はチラリとCクラスの面子の中にいる須藤を見た。確かに彼はOAAの成績を見る限りかなり伸びている。葛城が念頭に置くのも頷けた。ただし、あくまでもレアケースとしてみている。その判断は間違っていないだろう。

 

「この試験はいかに学力上位層と組むかが勝負だ。下位層を拾っていてはAクラスでも勝利は難しいだろう。それに、Bクラスに下位層を引き上げるための具体的な手段があるとは思えない」

「ですね。彼らがそんな技術を持っているのだとしたら、もうすでに我がクラスはBに落ちているでしょう」

「神室や戸塚を引っ張り上げたお前ならば話は別だろうが……」

「流石にこの短期間で勝利を得られるほどにまで引き上げるのは厳しいですね。中学の内容が出来ていない生徒が学力DやEに配属されるのでしょうから。最低でも半年、いえせめて2か月ほどは必要です」

 

 戸塚もなんだかんだで成長している。OAAの数値は……

 

2-A 戸塚 弥彦(とつか やひこ)

 

1年次成績

学力    B-(64)

身体能力  C+(55)

機転思考力 B(70)

社会貢献性 B-(66)

総合力   B-(63)

 

 となっている。特筆すべき事は無いがまぁ普通だろう。割と良い感じになっている。学力は伸びているし、機転思考力はこの前の坂柳糾弾の際の立ち回りから友好関係が増えたことに起因するだろう。社会貢献性は葛城にくっついて色々しているのでまぁ妥当。別に不良ではないし、特別試験を経て下位クラスを馬鹿にする発言も無くなってきた。林間学校でも成長がみられた(橋本談)らしい。これに負けてる坂柳はさぁ……もっと頑張ってくれ。

 

「今受けている試験を90点以上だと10万ポイントを進呈という話だが、大丈夫なのか?」

「ええ。無理ですから、取るの」

「そんなにか……」

「はい。相当難しくしました。あくまでも中学範囲だけですけどね。それでもやりようは幾らでもあるのです。例えば開成とか筑駒とか灘とかの問題を改題してより難しくしました。解けたら称賛ものですよ。それに、時間設定もかなり厳しくしていますから。イメージ的には私たちが1年生の4月末に受けたテストの最後の3問。あれを3割増しくらいに難しくしてそれだけで構成したみたいな感じでしょうか」

「なるほど、それは無理だろう」

「元よりポイント戦をする気はあまりないのです。何とかしてここを利用してペアを確保してしまいたい」

「Dクラスがいないようだが良いのか」

「それも織り込み済みです」

「教導に関して俺は完全に門外漢だ。専門家に任せるとしよう。……そろそろ時間だな」

「終わったら坂柳さんが回収して高速採点をしてくれることになっています。その間にお話ですね」

 

 話していると試験が終わったようでゾロゾロと1年生を引き連れて橋本が戻ってくる。アイツのコミュニケーション能力はかなりのものなので、普通に1年生を引率できるのだ。体育館に設置された椅子に受験者が座っていく。後ろでは必死に紙の束と格闘している坂柳の姿が見えた。

 

 それを見ながら、私は壇上に立って話を始める。いつの間にか、2年Bクラスやそこの交流会に参加している生徒もこちらを見始めていた。狙い通りである。元々我々が金で釣った参加者だけでなく、一之瀬の方にフラフラやって来た存在もターゲットに含まれているのだ。彼らに我々の印象を与えるための行動である。

 

「受験者の皆さん。お疲れ様でした。どうでしたでしょうか、手ごたえのほどは?」

 

 返答はない。疲れた顔をしていた。自分はトップクラスの学校に入って、そこで上位を獲得したのにこのざまか。そう言いたげな顔だ。

 

「苦戦したようですね。そういうテストですから当然ですが。元々皆さんに90点以上など取らせる気はありません」

 

「なんだそれ……」とか「ふざけんな」「時間の無駄だった」という声がチラホラ聞こえ始める。そうなるだろう。そうなってくれなければ困る。

 

「時に皆さんは既にこの学校のシステムについてご存じと思います。クラスポイントだの、特別試験だの、色々。けれどどこかで思っていたのではないですか?自分たちは上位だから大丈夫だ。或いは最低でも下位層じゃないし、普通ならやっていけるよね、などと。そうして金に釣られてまんまとやって来た考えなしが君たちです」

 

 唐突な言葉に1年生は固まっている。これはある種の洗礼だ。甘い言葉は身に染みるだろう。嬉しいだろう。優しくされたいと思うのは普通だ。或いは利益を得たいと思うのも。それで生きていけるならば楽なのだが、そこまで甘くも無いのがここだった。

 

 努力せざる者、在学するべからず。そう言うかのように幾つも幾つも罠を張り、退学への道を舗装しようとしている。油断大敵だった。特にこの学校に居たいなら。居たくないなら別に良いのだが。執着心があまりないと私みたいになる。

 

「本気で思っていたのですか?私がそんな簡単に高得点を獲れるような試験を用意してると。そんな訳ないでしょう。私はポイントを支払いたいわけないんだから。残念ながら、ここにいる皆さんでは無理でしょう。もしいたとしたら、私は土下座し靴を舐めても構いません」

 

 なんだかんだで坂柳は私と並んで学力ではツートップだ。あの坂柳が80点台のテストで90を超えられるのがいるとは思えない。ホワイトルーム生ならば分からないが、それと思しき生徒は参加していない。ならば大丈夫だろう。無論、例の裏特別試験の要綱説明に参加してない可能性はある。それだけが不安要素ではあったが、そこはそれ、採点者が有利に決まっている。最悪点数を操作すればいい。不正を訴えようにも、答案の返却や開示はしない。点数だけ開示すると最初に契約させている。

 

「金に釣られて契約書を結んだようですが、アレにもしかしたら裏があったのかもしれませんよ?ここにいる全員を、私が退学させようとしているのかも。そういう警戒をせずにここに来たのだとしたら、この先大変でしょうね。私は皆さんに退学して欲しいわけではありません。むしろ、真っ当に学校生活を歩んで欲しい。けれどここではどうしても勉強だけしていればいいという訳ではなく、かといって勉強をしないと始まらない。その現実を軽くではありますが知って欲しかった。故に私は敢えて厳しいことを突き付けたのです」

 

 高らかに謳う。身振り手振りも大きくし、注目を全て私の一挙手一投足、そして私の言葉の一つ一つに向けさせるように。

 

「学力上位の人はさらに上に。中位の人は上位に、下位の人は中位に。私に教えを乞えば、必ずそこまで引き上げてみせましょう。その証拠を提示します」

 

 私は真澄さんを壇上へ上げる。最早この体育館にいるすべての人が私を見ていた。

 

「彼女は入学当初、Aクラスでも下位層でした。学年でも真ん中くらい。おそらく今回試験を受けた諸君よりも下だったでしょう。そして私は彼女に1年間教育を施しました。その結果、1年生の最後の学年末試験での順位は9位。名だたる強豪を抑えOAAの学力はA-を記録しています」

 

 軽く衝撃が走る。本当に私の教えの成果なのか。それを疑う視線もある。しかし2年Bクラスの生徒の苦々しい顔などを見て本当と悟ったようだった。

 

「私と同じAクラスの生徒も、テスト前は私作成のテキストを行い毎回試験に挑んでいます。その他にも授業や講習を受けています。それの後に当然彼らは努力しました。その結果が学力B-未満が1人もいない現在のAクラスなのです。彼らは毎回テストの上位層をコンスタントに獲得しているのです」

 

 壇上にAクラスの生徒たちを呼び寄せる。これの真の目的は学力相談会だ。それに相応しいことをしないといけない。

 

「ここにいる我がクラスメイトたちが皆さんにアドバイスを行います。大丈夫、安心してください。ここにいるのは皆成績優秀な人だけ。坂柳さん、葛城君と言った学力A以上の生徒も多数存在しています。無論私も相談に乗りましょう。2学年学力評価最高位として」

 

 坂柳の採点が終わったようだ。1年生たちの後ろに立って、手でバツを作っている。バツ印。つまりは90点以上はいなかったという事だ。

 

「採点が終わったようです。残念ながら皆さんの中に合格者はいませんでした。しかし安心してください。まだまだ学校生活はスタートしたばかり。ここから巻き返しは誰であろうと可能です。必ず巻き返せます。我々が必ずそうさせるのです。我々は現在の学力を見ていません。我々は現在のクラスを知りません。我々が見るのは、諸君の努力の姿勢のみなのです!それがあるならば、現状最底辺であろうとも喜んで手を差し伸べましょう。もっと上を見たいという向上心こそが、我々の求めているものなのです。それの無い者はどうぞお帰り下さい。そして、数か月後に無残な姿となった自身の数値を見て嘆くと良いでしょう!」

 

 会場は高揚感と熱気に包まれつつあった。盛り上がる口調で話し、自信満々な人の話は信じられやすい。はきはきと堂々と話してる言葉は真実味がある。分かりやすい言葉で、彼らの心に訴えるように。現状ではなく、努力こそを見るのだと訴える。

 

 誰しも少しくらい現状に不満を抱いている。自分を数値化されると知って気分の良くない生徒も多くいるだろう。そのぼんやりとした不安や不満に、形を与える。これからの成長値こそが全てと謳い、方向性を示す。そして上位層にもいつか下位層に追い抜かれるかもという不安を与える。その例として真澄さんを使った。

 

「前を向くものだけを我々は歓迎し、よき友として先達として受け入れるでしょう。ようこそ高度育成高等学校へ、ようこそ実力主義の世界へ!」 

 

 拍手が私のクラスの生徒によって巻き起こる。それに釣られるように1年生が拍手を始め、奇妙な一体感が体育館内に産まれていた。気付けばBクラスと話していた生徒にも拍手をしていたり、こちらを見ている生徒もいる。

 

「ここに今回の特別試験対策用の冊子があります。欲しい方には無料で差し上げましょう。我がクラスが毎回の試験で平均点トップを走っている要因となっている冊子です。これには収録した映像なども付いています。後ろのコードから読み込んでください。努力したいけれどやり方が分からない生徒はまずこれをやってみましょう。そこの最後の方に勉強に関する指針を書いておきました。これを読めば、次回以降はある程度自分で方向性を決められるでしょう!」

 

 100ページほどある冊子が次々と配られていく。その中身を見て1年生は目を丸くしていた。最初に配ったのは試験を受けた生徒たちだけ。ただし、他の生徒も受け取れる数は用意してある。

 

「私の話は以上です。これからは最初の予告通り、Aクラスの生徒が相談に乗ります。どんなことでも結構。学力についてもそうですが、部活や特別試験、その他なんでも構いません。どんなことでも優れた知見から多くのアドバイスを貰えるでしょう。それでは、どうぞ!」

 

 1年生たちが一斉に席を立ち、Aクラスの生徒に質問を始めた。皆頭は良い。コミュニケーション能力が普通以上にあれば、一定以上のちゃんとした回答はしてくれるだろう。当然私のところや真澄さんのところ、外面は良い坂柳のところへも人は集まっていく。多くの質問や不安に答えながら周りを見れば、皆真摯に答えていた。

 

 先ほどまでBクラスの交流会にいた生徒も混じっている。そんな生徒には冊子を渡して話をしている。自信満々な顔と声で、キラキラした感じでとお願いしておいた甲斐があった。多少は盛っても良いという話もしている。学力もあり、運動神経も体育祭などで活躍。特別試験でも基本勝利で団結力もある。誕生日を祝ったり、先生とカレーを食ったり。クリパやハロウィンなんかもある。恋愛してる人もいる。まさに順風満帆な憧れに見えるはずだ。

 

 戸塚はこういう時強い。調子よく多少盛りながらも話している。太鼓持ちは機嫌を取り面白い話をしないといけない。その技能がここで活かされていた。ちょっと感動である。女子に囲まれている真澄さんもキラキラした感じで話していた。1年生の女子陣が憧れのお姉様を見ている目になっている。この会の目論見は概ね成功と言っても良かった。

 

 

 

 

 

 この日、Aクラスの生徒40人中34人が学力B-以上ないしはあとちょっとでB-なC+の生徒とペアを組むことが出来た。残りは真澄さん、私、葛城、坂柳、的場、山村。この6人は基本誰が来ても自分たちが最上位なのでD+くらいの生徒ならば十分勝機はある面子だった。

 

 加えてBクラスも15組ほどのパートナーを成立させているようである。残りの2年生は対応に追われることとなった。

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