ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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万国の労働者よ、団結せよ!

『共産党宣言』


65.レッドサイド

 植民地。それは帝国主義を象徴する代物と言えるだろう。強大な軍事力・経済力を持つ大国が中小国を支配し搾取を行い、市場を拡大させる。それは形を変え品を変え、今なお行われ続けている世界の理。そして今、この学校においても1つの植民地が発生した。いや、正確には植民地というより傀儡国か。いずれにしてもその外交権の半ばは失い、かりそめの王が私の指示の元統治を行っている。

 

 朝貢こそないものの、その姿は最早自立していないことを内外に示している。私たちの被保護対象となったDクラスは各クラスの草刈り場となる運命をかろうじて回避している。だがしかし、クラスの大多数は今は亡き宝泉の政策によって孤立しペアを決める以前の段階である。これの相手を用意しなくてはいけない。

 

 そして不気味な他3クラス。統一した意思は存在しないように見える。私が警戒すべきはBクラス。私からすれば恨むべき怨敵が居座るかのクラスこそ、最大の警戒対象であった。しかし我が従妹がペアを決めたという情報はない。1年でトップに近い学力を保有する相手に何のアプローチも存在していないというのは些か不可解な話だ。最大限の警戒が必要になるだろう。

 

 そして今、私たちは外交交渉を行おうとしていた。

 

「貴女の用件は理解していますよ、堀北さん。貴女のクラス、つまりは2年Cクラスのクラスメイトと1年Dクラスの生徒を組ませたい。そうでしょう?」

「……そうね」

「宝泉和臣が去った今、権力の空白と化した1年Dクラスを交渉相手に選んだのは賢い選択でしょう。しかし些か遅きに失したと言わざるを得ません。彼らの外交権は既にこちらが掌握しています」

「それは、つまり?」

「1年Dクラスは私たちの傘下にあるという事ですよ」

「……」

 

 交渉に来たのは堀北と綾小路。いつもの2人だ。綾小路は相変わらずの無表情でこちらを見ている。堀北の眉は上がったり下がったり忙しい。彼らは七瀬にコンタクトを取った。にも拘わらず私がいる事に疑問を抱いていた様子であったが、今のやり取りでそれは払しょくされたらしい。尤も、それ以外の悩みが生まれたようだが。

 

「これはお前の計画か?」

「計画……肯定であり否定でしょうか」

「つまりは宝泉が暴力を振るったのは完全な偶然であるが、宝泉を追ったのは計画通りであるという事か。随分と素早い動きだな」

「兵は拙速を貴ぶ。聞いたことはあるでしょう?」

「あぁ。だが早過ぎる。お前と……最初から七瀬は繋がっていた。そうでなければこのスピードはおかしい。事実、オレたち2年生と1年Dクラスは完全に没交渉だった。オレも堀北も、なんなら龍園ですら宝泉と会ったのは昨日が初めてだった。という事は宝泉についてあらかじめ情報を持っていなければあの暴力性を前提に計画を立てるのは不可能のハズだ。よって繋がりがあったと考えるのが自然であり、後釜に座った七瀬こそがお前とつながりのある存在であると仮定すれば筋が通る」

「ご慧眼、流石ですね。事実その通りですとも」

「やはりか」

「昔彼女の世話をした事がありましてね。彼女との関係の維持は()()()()()()()()()()()()()()はずですよ」

「……そうか」

 

 含みを持たせた言い方に、彼は何かを察したようであった。

 

「要するに今後1年Dクラスと交渉する際は貴方たちAクラスを通せばいい、という事で良いのかしら?」

「その認識でおおよそ間違いはありません。尤も、お分かりとは思いますが、我がクラスに不利になる交渉は不可能と考えることをお勧めします。彼らと我らは一心同体なのですから」

「貴女は……それで良いの?」

「はい。私は諸葛先輩に大恩がありますので。3年間を捧げても返しきれないものですから、喜んで指示に従います」

「そう……」

「そう悲観的な顔をするものではありませんよ?貴女との、正確には2年Cクラスとの交渉には前向きな姿勢を私は持っています。1年Dクラスの学力下位層は既に我がクラスの学力上位層とペアを組んでいますが、上位層から中位層はまだ宙ぶらりんです。こちらにいる七瀬さんを含めてね。故に2年Cクラスのペア未決定者と組ませるのはやぶさかではありません。ただし、条件は存在していますが」

「その条件とは?」

「Cクラスが現在倒すべき喫緊の相手はBクラス。ですが、優先目標を変えていただく。それが条件です」

「Dクラスにしろ、という事ね?」

「その通り。私としてはそうしていただけると助かるのでね。そちらとて悪い話では無いでしょう。Dクラスの学力上位層はまだ余っている。彼らと貴女方のクラスの……例えばそう、須藤君などに組む相手を用意できる。これは、取り敢えず生き残りたい2年生にとって大きな利点では無いでしょうか。今回の試験、大事なのは1年生との顔つなぎ。次点でその能力把握。明確な勝敗というよりも、それを得るための前哨戦的な意味合いが強いことは理解しているはず。故に大事なのは生き残ること。特に学力の低いけれど一芸に特化した生徒は。違いますか?」

「……いいえ。違わないわね」

 

 龍園は退学を阻止した代わりに一緒になって南雲と戦わないといけない。今後、学年を跨いだ試験も多くなるだろう。そうなったときに役立つ選択肢の1つとして用意した。椎名は必ず守らせると誓ったし、そもそもとして契約が存在している以上、限定された条件下ではあるが龍園は強い武器になる。しかしその強い武器が使用者にまで牙を剥き始めては困る。故に、Cクラスを当て馬にして争わせる。泥中で争い合う獅子は沈むだけ。その間に我々は上へ。基本戦略通りの行動だ。

 

「でしょう?」

「けれど、Aクラスが注意すべきなのはBクラスではないかしら」

「いいえ。あのお嬢さんはもう無理です」

「無理、とは?」

「そのままですよ。一之瀬さんは確かに人間としては非常に素晴らしく、魅力的な存在です。他校であれば、十分にその善性で以て余人を導いたでしょう。しかしここではその力は上手く活かしきれていない。攻撃はそこまで得意ではなく、受動的な面では強いのでしょうがそもそも受動的なままでは目標であるAクラスへは行きようがない。故に、彼女はもう上に上がる見込みは少ない。ここからは落ちていくだけでしょう。少なくとも何も変わらないのならば」

「随分と……冷酷な読みね。個人的には、貴方は一之瀬さんを評価していると思っていたけれど」

「人間性は評価していますよ。ウチには誰とは言いませんが比較対象がいますから、余計に高く評価できるように思えます。しかしそれがここでのリーダー適正と合致するかと言えば別問題。それの善悪是非は置いておくとしても、冷厳たる事実として横たわっているように思います。さて、Bクラスの話はこの際どうでも良い。今回とて救済に走りました。大変立派ですが、勝ちに行く態度ではありませんね。ですので先ほどの条件です。どうでしょうか?」

 

 堀北は迷っている。しかし彼女らにデメリットはそこまで多くない。事実として彼らはCクラスなのだから上を目指すDクラスが直近で相手する存在となる。どの道敵対は必定。ならばさしたる条件ではないはずだ。元々そういうつもりで提示している。こちらは相手の動き、方針をコントロールできればそれで良い。相手の方針を知っていればそれに沿った行動が出来る。

 

 CとDは互いに争わせる。Bはこちらで適宜に叩く。これで完璧な式の完成だ。これは現在のクラスが入れ替わっても適応できる。例えばCとBが入れ替わってもその時はCに落ちた一之瀬に取引を持ち掛けるだけだし、更に現在のBがDに落ちたのだとすれば龍園に話を持ち掛けるのでも良いだろう。何にせよ、向こうが断りにくい状況、断っては今後に差しさわりのある状況で方針を決定させることを条件で持ち出す。これで全て解決する話だ。

 

「分かったわ。その条件だけで良いのね?」

「ええ、勿論。多くを望む気はありませんから」

「なら呑みましょう」

「賢明な判断、感謝しますよ」

 

 契約書にさらさらと署名がなされる。1年Dクラスのペアはこちらが一任されている。故に後は堀北や綾小路と相談しつつあてがっていけばいいだろう。

 

「七瀬さん、後はお任せを。一応決定事項だけクラスに伝達してください」

「分かりました」

 

 七瀬は堀北と綾小路に頭を下げて去って行く。非常に素直に動いてくれるので助かっている。しかし彼女を利用しすぎるのも問題だ。七瀬はあくまで恩というフワッとしたもので私に従っている。これを信じすぎてはいけない。瑞季は部下だし、真澄さんは同じクラスなので裏切る可能性は非常に低いと考えている。しかし七瀬はそうでは無い。やろうと思えば松雄栄一郎などいつでも見捨てることが出来る。恋人でも夫婦でも無い。ただの幼馴染。苦痛に感じれば切れる程度の関係と私は心得ている。

 

 去って行った七瀬に関してそんな思惑を巡らせつつ、軽く話を振る。これはしないといけないと思っていた。

 

「綾小路君もペア決定には苦労しているのですか?」

「何故それを問う?」

「いえ、学力の数値はAなのにも拘わらず未だペアが決まった様子は無かったので。櫛田さんなどは速攻で決まっていたようでしたが。何でしたっけ、あの……八神君でしたか。その生徒と組んだようですし」

「その八神君と櫛田さんは知り合いだったようなのよ。中学時代の」

「中学……中学?本当に?」

 

 堀北の話に私の疑問符が浮かぶ。櫛田の中学と言えばあの終わっているクラスがあった中学だ。同時に堀北や先日卒業した彼女の兄である堀北学の母校でもある。進学校(笑)みたいな内情であったが、八神拓也という生徒もそこの出身なのだとしたら……。

 

「前に聞きそびれていましたが、例のクラスについては有名だったのですか?何クラスがそうなった、など」

「ええまぁ、友人なんていなかった私にも情報が回ってくるくらいには。クラスも当然、知っていたわね。下手したら全校中が」

「だとしたらおかしいですねぇ。どうして八神君とやらはそんなおかしいクラスの出身者に声をかけたのか」

「櫛田さんのクラスを知らなかった可能性があるわ」

「それは無いでしょう。櫛田さんの容姿や普段のふるまいからすれば学年を超えた有名人であったはず。クラスも当然知っていなければおかしい。知り合いと主張するくらいならばなおのこと。気になるところです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は敢えて綾小路の方へ視線をやりながら聞いた。堀北はペア決定のためにOAAに視線を落としており、こちらを見ていない。綾小路は私の目を見返して軽く頷いた。どうやら疑問は共有できたらしい。私のおかしな妄想ではないと理解してくれたようだ。

 

「随分と穿った見方ね」

「細かいところが気になるのが私の悪い癖でして。この癖のおかげで生き延びてきた節もありますのでご容赦を。まぁ櫛田さんの話は置いておいて、綾小路君ですよ。ペアの候補もいないんですか?」

「いや、実は1人だけ接触されている。まだ保留しているが」

「ほう」

「そう言えばオレも聞こうと思っていた。その相手なんだが、クラスは1年Bクラス。名前を諸葛魅音というんだが、お前の縁戚か?」

「今、何と」

「お前の縁戚か?」

「いやその前」

「諸葛魅音」

「……」

 

 唐突に黙りこくってしまった私に堀北も顔を上げ、綾小路は怪訝そうな顔をしている。アレはホワイトルーム生ではない。これは100%確証を持って言える。当たり前と言えば当たり前ではあるのだが。しかし日本に来てから入学までの動向は謎だ。尾行をまかれたのも相まって、ホワイトルーム運営側と接触した可能性は否めない。そうでなかったとしても綾小路退学ゲームの参加者に選ばれている。危険な存在だ。

 

 さらに言えばもっと危険な要素は山ほどあるのだが、それには説明できない部分も多い。どうしたものだろうか。

 

「で、どうするんです」

「Dクラスと組めるならわざわざ他クラスに行くメリットは少ない」

「ならばよかった。お察しの通り、アレは私の従妹です。ただし、警戒することをお勧めします。龍園君や先ごろ去った宝泉君よりもね」

「それは聞き捨てならない話ね。貴方がそんなにも警戒しているという事は、私たちにとっては強力な武器になる可能性もあるのだから」

「使いこなせればの話ですが。尤もそれを行うのはほぼ不可能と言っておきましょう。これでも長い付き合いですので。不本意ながら」

「私たちも使いこなせない武器の最低限の扱いは心得ているつもりよ」

 

 そう言えば、Cクラスには高円寺がいるのだった。確かに彼を相手にしているとなればその発言にも納得がいく。とは言え、アレは高円寺とはまた別種の異質さを持っているのだが、それを説明してやる義理はないだろう。どの道誰かに与して戦うというのが極度に苦手な人間だ。スタンドプレーというか、そもそもチームプレイという概念が存在しているのかも怪しい。

 

「出来たわよ」

「どうも。……これで構いませんね?」

「問題ないわ」

「であれば、これで承認します。後はペア申請を行ってください。そうすれば明日には登録された状態となっているでしょう」

 

 堀北の見せてきたペアの組み合わせを見て承認を下す。これを私が七瀬経由でDクラスに伝達すれば2年Cクラスの全員並びに1年Dクラスの全員がペアを決定させたことになる。2年Cクラスは既に決まっている組み合わせもそこそこに存在していたので、数の上での問題やズレは見当たらない。

 

 平均点の高さこそが今回の試験の報酬である。こう考えた際に大半が学力上位層と組んでいる我がクラス。そして一部Dクラスの下位層と組んでいるがこれも底上げが可能。勝利は固い。Bは論外、Cではそこまでは望めない。Dはそもそも余り物と組む形だ。地力の高いAクラスがものを言う。勝利もしつつ、他クラスの外交方針も決定させることができ、かつ1年生に橋頭保を獲得できた。満足しても構わない結果であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀北はクラスにこの結果を伝達するべく去って行く。残されたのは私と綾小路の2名だった。

 

「新学期が始まりましたね」

「そうだな」

「どうですか、何か変化は」

「今のところは特にない」

「それは何より。さて、残ってもらったのは他でもない。情報共有のお時間です。まず1番に共有すべきこととしては、君を退学にさせるというゲームが行われています。参加者は1年生の内数人。報酬は2000万。各クラスより優秀な存在をピックアップしての参加者選定のようです。参加者は1年Aクラス・陸瑞季と天沢一夏。Bクラス・八神拓也と諸葛魅音。Cクラス・宇都宮陸と椿桜子。Dクラスは既に退学した宝泉和臣。以上が参加者でした」

「なるほど、それでお前の従妹は……。そして先ほどの八神に関する疑問もこの情報あってのものだな?」

「その通り。ですがそうご心配なさらずに。この中に裏切り者がいますので。1年Aクラス・陸瑞季。彼女は私の同郷の後輩です。まず間違いなくホワイトルーム関係者ではありませんし、この情報も彼女よりのものです」

「その後輩が既に裏切っていて虚偽の情報を渡している可能性は?」

「あり得ませんね。それをするメリットが無いですし、露見すればその末路は死あるのみです」

 

 サラッと流された私の言葉に、綾小路は強く反応した。彼の中では疑念が渦巻いているだろう。私がそもそも彼の父親と繋がっており、協力するふりを見せているだけなのかもしれないという疑念が。

 

「私はホワイトルーム運営側ではありませんよ。念のため。そもそも私があのカリキュラムを受けるのは不可能です。瑞季も同様に」

「その根拠は何だ。確かにオレはお前を知らなかった。だが整形など、人の顔形を変える方法は無限になる。年齢だって詐称可能だ」

「確かにその通り。いいでしょう、私だけ君の情報を持っているのも不公平だ。私は日本人ではありません。日本生まれではありますし、父親はれっきとした日本人でしたが私の育ちは日本ではない。故に私がホワイトルームと関係を持つのは不可能です。そもそも、理論提唱者は何故息子をその機関に入れなかったんです?答えは明快で、日本にいないからです。ホワイトルームに君が入れられた時既に両親は離婚し私は母親の元にいましたから」

「証拠は?」

「これをどうぞ」

 

 問われる可能性を想定して持っていた祖国の住民票だ。そこにはしっかりと私の名前が印字されている。なんならパスポートなんかも持っているのだが。

 

「……一応真実とは認めよう。確かにお前はホワイトルームの刺客ではないようだな」

「分かっていただけたようで何より。今後も引き続き、契約通りあの組織関連では手を結んでいきましょう。それが最も効率的で最も有益な方法のハズですから」

 

 綾小路は少し迷っているようであったが、やがて頷いた。私という存在が信用できるのかどうか。それが一度揺らいでいたのは事実のようだ。疑心暗鬼に囚われれば全てが敵に見える。無理もない話だろう。生まれてこの方ずっと閉じ込められ、その後解放されたと思ったらそれも策略の可能性があり、かつ自分を退学にさせようとして来るとんでもない連中がうようよとしているのだから。しかも本人は退学などしたくない。こんな状況で疑心暗鬼になるなというのが無理な話だ。同情の余地すらある。

 

「お前の従妹について知りたい。情報が正しいのであれば、オレを退学させるそのゲームとやらに参加しているようだし、事実オレと接触を図った。出自の疑わしい八神と共に、いやあれは八神がむしろ振り回されている感じではあったが……ともかく八神も共に行動している。何に警戒するべきなのか。その情報が無ければどうしようもない」

「……アレは天性の才能があります。人間心理に関する天性の才能が。壊れた人間、精神を病んだ人間を見た事がありますか?」

「あぁ。何度か」

「そう言えばそうでしたね。ホワイトルームのカリキュラムから脱落した者は殆どの例外なく精神を病むと。ただ、それは君の前から去った後の話では?」

「脱落した者の親が一度カウンセリングのためにオレと面会させたことがある。その者はオレに特別な感情を抱いていたようだったからな。本人の強い希望だったのだろう。だが、悪手だった。オレからすればどうでも良いことだからだ」

「なるほど。では、その――」

「女子だ」

「どうも。ではその少女が社会復帰できると君は思いますか?」

「無理だろうな」

「さらに問います。その少女を社会復帰させられる存在がいるとすれば?」

「まさか」

「そのまさかです」

 

 諸葛一族は支配に関する何らかの才能を大なり小なり持って生まれることが多い。それを活かしきれるかは本人次第だし無い場合も存在する。だが諸葛亮孔明より幾星霜、我々はその才能で以て中華に大きな影響を表に裏に保持して生きてきた。私は教育にその部分が割り振られているように感じている。才能というより特質といった方が良いかもしれないが。

 

 ではアレは何なのか。その根幹は支配。手段は治療、という名の洗脳。故に精神科医は天職だった。事実として何人もの心を病み、他の医者やカウンセラーが匙を投げた存在を治療し世に送り出した。真面目にやればそれはそれは素晴らしい存在だろう。だが時に彼女は牙を剥く。これはと思った存在を半ば洗脳じみた状態で解放する。その最もいやらしい部分は一見すると完璧に元通りになったように見えることだろう。多くの人はそれで騙される。

 

「アレは、ホワイトルームからすると喉から手が出るほど欲しい存在かもしれませんね。壊れてしまった存在を修理し、再利用できる可能性が浮上する。それが可能な存在を、私は他に知りません。天才精神科医。それが私の故国で彼女に与えられていた影の称号です」

「故国というと?」

「言いそびれていましたね。私の祖国は中華人民共和国。君のクラスの王さんと同じです」

「中国か。だからどうした、という話ではあるのだがな」

「ええまぁ、そうでしょうね。ですが中国にはその国民に強制的に情報を提供させるための法律が存在しています」

「……何が言いたい」

「ホワイトルームの情報も、求められれば私は話さないといけないという事ですよ」

「好きにすればいい。オレには関係ない話だ」

「そうでしょうか。君はここを卒業できたとして、その後どうするのですか?与えられている選択肢は少ないように見えます」

「……」

「1つは国内を逃げ回る。しかしこれは相当に難しい。2つ目は君の父親である綾小路篤臣の後を継ぐ。政治家ないしホワイトルームの管理者、或いはその両方を。3つ目は国外に逃亡する。しかし欧米などの西側陣営では国家が取引に応じてしまい、君は引き戻されてしまうかもしれない。そして4つ目。日本を含む欧米と対立する東側諸国へ逃げる。そして日本の裏事情を武器に交渉し庇護を受ける。これくらいでは無いでしょうか。君はどれを選びますか?」

 

 一番順当かつ何の危険も存在していないのは2番目だろう。一応対立派閥に駆け込むという選択肢もあるが、その対立派閥がまともに機能するかどうかは怪しいところが存在している。なにせ相手は国内にとんでもない施設を隠し持っている存在なのだからして、対立派閥内にもそれ相応に息のかかった人間が存在している可能性は否めない。

 

「東側諸国は日本に、欧米に対する対抗武器を探しています。そんなものは幾つあっても構いませんから」

「随分と政府寄りの発言だな。みーちゃんなどとは違うのか」

「フフッ」

「どうした」

「いえ、君が真顔であだ名を言うものですから少しおかしくて。それで本題は何故そんなにも政府よりなのか、という事でしたね。君は中国史には詳しいですか?」

「詳しいの定義によるが、教科書や資料集レベルは完璧のつもりだ」

「そうですか。四川軍閥、ご存じでしょうか」

「軍閥時代か?」

「その通り。戦間期の中国における現代の春秋戦国とも言える軍閥時代。蒋介石や毛沢東を始め、張作霖、閻錫山、馮玉祥、呉佩孚など多くの軍人が割拠しました。その中の1人、諸葛真。四川省を中心に重慶や貴州、湖南、青海に勢力を伸ばし国民党と共産党、日本の間を渡り歩き戦後の国共内戦では共産党に与した軍閥です」

「どこかの本に絵図で載っていた記憶がある」

「実際日本での記述などその程度でしょう。資料集にも載ってませんでしたし。そしてその諸葛真こそが私の曽祖父に当たります」

 

 これでも大きく譲歩して情報を開示したつもりだ。とは言えこれはあくまでも血縁の紹介に過ぎない。肝心の私の身分についてや生い立ちについてなどは話すつもりなどない。それをするべき相手ではないからだ。彼は協力者ではあるが同盟者ではないし信頼もしない。能力の信用はしているがそれだけだ。

 

「そんなこんなで私は政権側の人間なのですよ。綾小路君。私は君の能力を高く評価しています。君にとっては聞き慣れた言葉かもしれませんがね。卒業後、私と一緒に来たければいつでも言ってください。歓迎しますよ」

「考えておく」

「今はそれで構いません。その時になればまたお話ししましょう」

 

 情報提供への謝辞を述べ、綾小路は去って行く。先ほどから携帯が何度か光っていたので堀北辺りから呼ばれていたのだろう。去り行く背中を見つめながら私は口角を上げる。確かに私は今勧誘した。しかしその後の生活が自由とは言っていない。彼はそれに気付いていただろう。中国や()()に逃げたとしてもその後の生活は日本と変わらない。ホワイトルームより劣悪な可能性もあると。

 

 とは言え、私がついているならばそうはならないのだが……それを教える訳には行かない。だがもし本当に亡命するならば喜んで力を貸そうではないか。中華人民共和国・ソビエト連邦・インドを主軸とする上海条約機構はいつでも君を歓迎するとも。

 

 話し合いは終わった。早く戻らないと予定が押している。1年Dクラスの面倒を見るというタスクが加わり、元々あるクラスメイトの面倒を見るというタスクもある。が、足元を疎かにしてはいけない。足元とは即ち自分のホームベースであるAクラスにおいて最も信頼できる存在、つまりは真澄さんの授業である。これを疎かにしていては今後の信頼関係にひびが入り多くのことに支障が出るだろう。

 

 それに、個人的な感情ではあるが嫌われたくないと思っている自分がいる。自分の感情に左右されて動くのは望ましくないが、それが特に問題のある未来を誘発しないのであれば従って動くのも人間的であり問題ないと捉えている。なので私は私の意思に従って今後も関係を続けていくだろう。尤も、いつかは切らないといけないだろうが。それは私の意思では無いが、彼女の将来のためである。

 

 

 

 

 

 

 校舎の階段を下りていると上から足音がする。

 

「宝泉君を追い出したのがどんな人なのかと思ってみればー。予想通りの感じだねー」

 

 振り返り上を見上げる。踊り場には紅色の髪をツインテールにした少女が立っている。顔と名前は既に把握している。

 

「何か御用ですか、天沢一夏さん」

「お、私のこと知ってるんだ」

「1年生の名前と顔は頭に入っていますから。それでどうかしましたか?」

「ちぇ、そこは嘘でも惚れてるとか言えば好感度高かったんだけどな~」

「生憎と美人は毎日というほどには見慣れていますので。お仲間を追い出されたのが不都合でしたか?」

 

 私の挑発めいた発言に彼女はクイっと口角を上げる。猫のようなその顔で私をまじまじと観察していた。

 

「私と宝泉君は別に仲間じゃないですよ~、孔明センセイ」

「では、何用で?」

「う~ん、ちょっとした偵察って感じかな。もう目的は終わったし、それじゃあね」

 

 彼女は二ッと笑いながら去って行く。何がしたかったのか、額面通りに受け取るのは下策だろう。彼女も瑞季の報告にあった通り綾小路退学作戦に協力している存在であるし、ホワイトルームの関係者の可能性も高い。

 

 天沢、確かそんな名前の社長が財界にいたような。別に特異な名字では無いが、引っかかりはある。可能性は考えておくものだ。調査を命じる必要が出てきた。この学校は孤立している。外部からの接触は事実上ほぼ不可能だ。だからこそ綾小路は未だに退学していないし、月城を介さないとその為の手段も講じられなかった。

 

 つまり、ここにいる間はホワイトルーム生であろうとそれを完璧に監視する存在はいないという事。これはそのホワイトルーム生をこちらサイドに引き込める可能性を示唆している。いかに幼い頃から仕立て上げても所詮は人間。心があり考えがある以上隙は幾らでもある。最上の結果があるとするのならば、それは送り込まれた刺客を全てこちら側の逆スパイに仕立て上げる事なのだ。




『シル・ヴ・プレジデント』が笑い事じゃない系男子、諸葛孔明。大統領になったらねが全然笑えないという。
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