ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

3 / 37
前回の答えはC、A、Dです。

問1は文学史問題。大鏡、今鏡、水鏡、増鏡の順です。『だいこんみずまし』で覚えられます。吾妻(東)鏡はひっかけで良く出てくる選択肢ですが、四鏡には入っていません。

問2は超簡単。主語を問う問題でしたが、文脈的に見て作者以外ないでしょう。

問3は内容一致問題。違うところを削って行けば簡単だったかもしれません。教科書にも載っている有名文ですから、分かった方も多いかもしれませんね。藤原道兼が約束を破って天皇を騙したと言うストーリーです。誰向けにこの文章を採用したかは……言わなくても分かるでしょう。


38.悪人たち

人間には裏切ってやろうとたくらんだ裏切りより、心弱きがゆえの裏切りのほうが多いのだ

 

『ラ・ロシュフコー』

――――――――――――――――――――――

 

「威勢のいい言葉を吐いた割には、あっさりと根をあげたものですね」

 

 目の前の少女を見下ろしながら、私は冷淡に告げる。午後の空き教室。彼女はそこで私を憎悪の籠った眼で見上げていた。横では涼しい顔で真澄さんがお茶を飲んでいる。

 

「それとも、私を退学させる方法でも見つかりましたか?」

「へぇ……そんな事言ったんだ」

 

 急に教室内の空気が絶対零度になったので何事かと思えば、真澄さんは笑いながら櫛田桔梗――私をここへ呼び出した張本人を見ていた。口元は笑っているが、目は全く笑っていない。櫛田の顔も若干怯えている。

 

「話を戻しますが、何の用ですか?私も暇ではないんですよ」

「……りなのよ」

「はい?」

「もう、無理なのよ!どうしようもないに決まってるでしょ!龍園には切られて、Aクラスのトップに秘密を握られて、堀北と綾小路まで相手にしないといけないんだから、どうしようも無いじゃない!」

「それを私に言われても困ります」

「聞きしに勝る本性ね」

 

 真澄さんは冷静に批評し、またお茶を啜った。凍らない物質も凍らせられそうな瞳は、今はもう治まっている。

 

「元凶なんだから何とかしなさいよ!」

「なんとも破綻した論理だ。それに、元はと言えば貴女が悪いのでは?」

「それは……」

「四面楚歌と言っても過言ではない状況で、どうにかまだ懐柔できそうな私のところへ来たって訳ですか」

「仕方ないでしょ。Aクラス、ガード堅すぎ」

「貴女に漏らしても何1つ良い事なんて無いですからねぇ。クラス中から敵視され、速攻で追い出されかねない賭けなのにどうして乗る人がいるでしょうか?」

 

 正論を叩きつけられ、彼女の顔は歪む。クラスメイトが天使と評した顔も、今は悪鬼も慄く顔だ。緩い声音も、今は低くおどろおどろしい。とは言え、恐れるほど怖いなどという事は全くない。所詮は、ただの怒っている子供だ。

 

「くだらないですねぇ。前も言ったでしょう?堀北さんは絶対に言わないって」

「信用なんて、出来る訳ないでしょ!」

「そうでしょうか。彼女は言いませんよ。性格的にも、戦略的にも」

「……どういう意味?」

「言う相手がいないのが性格的な方。そして戦略的に考えればすぐわかる事です。彼女はAクラスを目指している。途方もない千里の道ですが、歩み出してない人よりはマシですね。それはさておき、彼女の目指すべき頂に貴女は不可欠だ。貴女はこれまでその仮面の人格で、クラスをまとめ上げる事に貢献してきた。頭脳も多くのDクラスの生徒に比べれば上だ。そんな存在を切り捨てられるほど、彼女は人材面で余裕がない」

「それでも秘密を知ってるんだよ。我慢ならないじゃない」

 

 彼女の秘密は私も全て知っている。真実を言いふらすことで、クラスを崩壊に追い込んだこと。それが彼女の抱える最大の秘密だ。この裏の顔はそれに付随するものに過ぎない。本質はそこには無いのだ。

 

 秘密は黙っているからこそ秘密だ。恐らく漏らしたであろう一之瀬などを見ていれば分かる。じきに彼女は南雲の傀儡だろう。もう少し懐柔しておくべきだったか。それに、真澄さんだって一之瀬より上のレベルの罪を隠している。常習犯と初犯では明らかに初犯の方が罪が軽い。

 

 それに、私だって脛に疵というレベルの話ではない。人殺しなど、恐らく最も隠さなくてはいけない罪だ。ただ救いがあるとすれば、凡そそのほとんどは命令によるものだという事。つまりは仕事だ。尤もクーデターに関しては言い訳の仕様も無いが。

 

「なにそれ、子供(ガキ)じゃん」

「は?」

「だってそうでしょ。我慢できないって、子供の言い訳でももう少しマシってレベルじゃない?」

 

 何も言い返せないまま、彼女は黙りこくる。戦略的な視点もなく、詰めも甘い。それ故に彼女は綾小路に敗北し、私に裏切られ、龍園に見捨てられた。

 

「前にも言いましたが、滑稽な事です。貴女の本質を知りながら、なおそれでも貴女を引き入れようと孤軍奮闘しているのがよりにもよって堀北さんだとは。貴女は、自身のために堀北さんを利用するべきだ。追い出すのでは無くね」

「……」

「彼女と契約でも交わせば良いのでは?Aクラス行きに全面協力する代わりに、誰にも秘密を洩らさない。綾小路君とも同様のものを交わせばいい。破れば莫大な違約金か、退学を要求する。そうすれば堀北さんはすぐに乗って来るでしょうね。絶対に自分が破らないであろう条件で、貴女が味方になるんだから」

 

 どうしようもないのは本人だって分かっていることだったはずだ。もうこのままでは破滅しかないと。堀北が彼女を諦めた瞬間に、待っているのは退学。どこかのタイミングで確実に追い出される。そうなってしまってはおしまいだ。折角ここまでやって来た努力が台無しになってしまう。揺れている。今、確実に揺れている。

 

「貴女が道を選べる機会は今だけです。今を逃せば、もう選択権はない。堀北さんと呉越同舟するか、破滅を待つか。2つに1つ。それを決めるのは、貴女です」

「手を組むか、破滅か……」

「綾小路君に売ったのをすこ~しばかり申し訳なくは思っているので、お望み通り何とかする術をお教えしました。この後どうするかまでは、面倒見きれませんがね。大人になる時が来たんですよ。嫌いな相手でも利用して、自分が勝利するために動く。その為なら何でもする。それが大人というものです。駄々こねている間は、子供のままですよ。人生100年時代に、たったその3%でしかない学生生活のためにすべてを棒に振ると言うのは賢い選択とは言えないでしょうね」

「龍園はどうすれば良い訳?アンタだっている」

「龍園君は言っても誰も信じてくれないので言わないでしょう。信用という点で、龍園君の価値は最安値です。そして私ですが……まぁ今は言いませんとも。少なくとも生徒にはね」

「なら!」

「もし私が漏らしたとしても、貴女はこう言えばいい。『嘘だよ』ってね。ちょっとしおらしく泣いてみるのも良いでしょう。真実なんて、嘘だって言えば大体消えてしまうものなんですよ。貴女の信用度が高いほど、皆嘘だと思ってくれる。人は見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じない」

 

 数分間、彼女は黙り込んだ。部屋には、お茶を啜る音だけが響く。真澄さんは口を挟まず、このやり取りを冷静に見守っていた。櫛田の勘定に真澄さんが入っていないのは、私が言わない限り彼女が漏らす事は無いと思っているからだろう。

 

 おもむろに立ち上がり、彼女は教室を後にしようとする。

 

「呉越同舟、か。アンタを追い落とすためなら、堀北とだって結んでやる」

「そうですか。頑張って下さいね。ああ、そうそう。もし、堀北さんと和解できなそうなら、殴り合いでもすると良いと思います」

「は……?」

「夕焼けの土手で殴り合うのが日本の流儀では?」

「漫画の読み過ぎでしょ」

 

 そう半笑いで言うと、彼女は空き教室を飛び出した。冗談のつもりは無かったのだが。思いの丈でもぶつけ合いながら殴り合えば、少しは拗れていたものも解決しそうだと思う。彼らに必要なのは話し合いだ。相手を理解しようとする、そして尊重しようという心情。それが無いからこんな風に拗れまくっている。

 

 走り去る足音が完全に聞こえなくなった段階で、真澄さんは口を開いた。

 

「絶対申し訳なさとか微塵も感じてないでしょ」

「良くお分かりで」

「それくらい分かるって。まぁ櫛田は騙されてたけど……でもどうしてアドバイスしたわけ?そのまま破滅させた方がDクラスの戦力削減になると思うけど」

「そうするのは容易いが、今Dクラスに、引いては堀北さんに諦められても困る。Dクラスには龍園君の相手をしてもらう役目があるからな。櫛田に去られる訳にはいかない。なるべく退学者は少ない方が良いだろう?それに、Aクラスの人員に余裕で卒業できたと思われては困る。驕った人材など、作るわけにはいかない。限界ギリギリまで挑んでくる相手は必要なのさ」

「クラス間闘争を終わらせる気はないってことね」

「その通り。終わらせる事など容易だ。しかし、する気は微塵もない。それが私の仕事だ」

「そうだったわね。とは言え、櫛田はそんなに簡単に堀北と手を組むとは思えないけど」

「いいや、彼女はそうする。八方塞がりの中で唯一見えた希望を捨てるほど、愚か者ではないだろうからな。溺れる者は藁をもつかむ。良くできた言葉だ。周りの良く見えなくなっている女に、差し出された蜘蛛の糸が堀北との協力なのだから」

 

 彼女1人にクラスを崩壊されられるような中学生たちはもう少し己の行いを反省した方が良いだろう。内緒だけどね?ではないのだ。内緒なら、誰にも言ってはいけない。弱みは絶対に見せてはいけない。誰かの悪口など、言ってはいけない。道義的な問題からでは無く、そんなどうでも良い事で自分の信頼や人脈を失いかねないからだ。

 

 私がクラスメイトの悪口を言っていたと仮に櫛田が言っても、誰も信じないだろう。それは、時々突っかかってくる戸塚や、明らかに敵対勢力に近い坂柳でも私が普通に接しているからだ。内心何回言っても他クラスを見下そうとする戸塚にはイラつくし、坂柳のあの周りの事など考えないある種の自己中心的思想は嫌いだ。しかし、それを表には出さない。それが私の武器なのだから。

 

 1人に秘密を集めてはいけない。いつだって情報を制する者が世界を制する。良い教訓を、彼女は与えてくれているだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「改めて2年間お疲れさまでした、と申し上げておきましょう」

「世辞は良い。本題に入れ」

 

 カフェの席で私の前に向き合うのは先の生徒会長。今は既に引退したが、この学校内で大きな権力を持っている存在。3年Aクラス代表・堀北学だ。話があると呼び出したのはこちらだ。確かに、世間話をして長引かせるのは良くないだろう。

 

「おっと、これは失礼。それでは本題を。一之瀬さんが裏切りました」

「……そうか」

「これは私のミスです。申し訳ありません。少々Bクラスにダメージを与えすぎたようです。その結果、勝つために手段を選んでいられなくなってしまった一之瀬さんは契約破りを犯してでも南雲会長と組んだのでしょう」

「南雲を倒す意思は変わらない、そう思って良いのか」

「はい。というよりも、仮に私にそう言った意思が無くても彼は勝手につっかかってきますからね。通り魔と言いますか、当たり屋と言いますか……一方的に敵視されているようなので。それならば、こちらが妨害に動いても何の問題も無いでしょう」

「アレはそういう男だ。能力は確かだが」

「それは認めざるを得ませんね。今の2年生で対抗馬になれそうな存在は?」

「いない訳ではない。だが、本人にやる気がない。生徒会では桐山が孤軍奮闘しているが……いざ卒業が見えてきた3年になれば分からないだろうな」

「大義より実利。まぁ合理的な選択肢でしょうね。ウチの葛城君もその桐山先輩と合力して色々動いているようですが、どこまでやれるか」

「葛城か。思考は堅いが、能力は確かだった」

「それは本人に言ってあげて下さいね。しかし、仰る事は事実だ。敵もいない今、彼も生徒会での行動に集中できるでしょう」

「Aクラスは派閥があると聞いていたが、見事纏め上げたようだな」

 

 彼は少し感嘆するような声で言って、メガネをくいっと上げた。

 

「厄介な相手には何もさせない。それが1番手っ取り早いですからね。思えば、無人島試験と船上試験。私にしてみれば天佑神助でした。どうあってもクラスの面子と一緒に長い間行動しなくてはいけないですからね。信頼値を稼ぐにはもってこいです」

「随分と楽しんでいたようだな。学校側も困惑していたぞ」

「そうでしょうねぇ。トラブルの1つでも起きるのが普通なのに、まとまっているどころかサマーキャンプしているんですから。ですが折角学校の金で無人島で好き勝手出来るなら、楽しんだ方が勝ちです。悲観的な状況でも希望を見出す人間が、最後に勝てるんですから」

「俺の方針とは異なるが、それも選択肢としては劣らないものだとは思う」

「それはどうも。さて、本題も戻りましょうか。私は向こうが宣戦布告してきた以上、しっかりと応対するつもりです。その為に、1つ教えて頂きたい事があります」

「なんだ」

「3年B、C、Dの3クラス、それぞれのリーダー格の情報をお教え下さい。名前と連絡先、簡単な能力だけで結構です」

「それは構わないが……何をするつもりだ」

「彼の売りは資金力と支配力です。前者は特に有効でしょうねぇ。今現在、そこまでクラスポイントに大差のない3年生ならば。1年生ではちょっとやそっとの差ではどうにも出来ないでしょうけれど」

「まさか、買収するのか?」

「私が彼なら、3年Bクラスを買収しますね。もし学年を超えた試験があったならそれはとても有効な武器として機能するでしょう」

 

 これまで特別試験は全て学年内で完結していた。だが、それがもし他学年も絡むものがあったとしたら。南雲は言った。この学校を真の実力主義にすると。そして彼の目的は堀北学を倒すこと。体育祭のような場合でもない限り、学年の違いから直接対決は難しい。だがもしそれが可能な機会があったとすれば。可能性がゼロではないのならば、考えておくことは必要なはずだ。

 

 それだけで終われば良いのだが。彼の思考をトレースして考えれば、将を射んとする者はまず馬を射よを地でやる可能性もあるが……それは流石にまだ分からない以上どうしようもない。あくまで現段階で想定されうる状況で最も悪いのがこの買収の可能性だ。

 

「向こうがやる気なら、こちらも遠慮する気はありません。私1人ならともかく、私にはクラスメイトを守る義務と部下を必ず卒業させる義務がありますので」

「……そうか」

「彼に一定の信頼を置いているのは理解しますが、それも止めた方が良いでしょう。彼はあらゆる手を使って、貴方を貶めに来るはずですので。その信頼が仇になる可能性が高いかと」

 

 彼は瞑目していた。南雲について、思いを巡らせているのだろう。彼は南雲を警戒しつつ、一定数の信頼と評価を置いていた。現に、これまでの生徒会活動では南雲は彼の命令には素直だったと葛城から証言を得ている。それも、全ての伏線だったとしたら。相手を騙すためにまずは信頼を得る。それは常とう手段だ。悪意と殺意の中で生きてきた人間は、騙す術も、信頼を得る方法も心得ている。そして、相手が自分を完全に排除するのを躊躇うように仕向ける方法も。南雲の悪意も、見て取れるようだった。

 

「連絡先の交換もお願いしますね」

「良いだろう」

「今後何かありましたら連絡を取り合って協力していきましょう。我々の利害は一致しているのですから」

 

 私の連絡先一覧に堀北学が登録される。

 

「そう言えば先輩。これは非常に個人的な興味なのですが、先輩は何をしにここへ?」

「それを聞いてどうする」

「いえ、特に理由は無いのですが。何処へでも進学できたでしょうし、お金に困っていた素振りもない。それならばどうしてだろうと思ったまでです」

「……改めて聞かれれば、特に理由はない」

「へぇ?」

「意外に思うかもしれないが、それが真実だ。漫然と優秀な人間を目指してきたが、その終着駅は決めていなかった。事を荒立てない人生、用意された課題だけをやって来た。秀才にはなれても、天才には成れない。それが俺と言う人間だ。『見本であること』『手本であること』、『模範』、それらを信じて疑わなかった。南雲の姿を見ていると、それも些か問題があったと言わざるを得ないが」

「……私はそうは思いませんけれどね」

「ほう?」

「確かに、何かを切り開いているのは彼です。しかし、その最中で彼は多くの犠牲を生む。結果、作りだした物も自分のためだけの物。それが正しい訳もないし、それがまかり通って良い訳もない。世間一般のためになるのは、明らかに貴方の方でしょう。『見本』、『手本』、『模範』大いに結構ではないですか。最後に勝つのは、そういう存在なのでしょうから。悪はいつだって、打倒されるためにあるんですよ。むしろ、そうでなくてはいけない。まかり間違ってもあんな存在を日本のリーダーなどにしてはいけないのです」

「俺は正義の味方などでは無いのだがな」

「私だってそうです。実際問題、私は南雲雅を嫌悪しながらも、その姿勢は非常に近しい。泥を啜っても、どんな手を使っても、倒すべき相手を葬るために、あらゆる手段を取る。それは甚だ腹立たしいですが、彼と似ています」

 

 だがそれでも、私は自分の行いが、もっと大勢を幸せに出来るはずだと信じている。その為に、私は歩んできたのだし、これからもそうするだろう。しかし、自分が正義などと言うつもりは微塵もない。そして、自分が善だと言うつもりも。私はまごう事なき悪だ。だからこそ、私は善に打倒されなくてはいけない。そうであって欲しい、とすら心のどこかで思っている。勿論、部下のためにも本国で負ける訳にはいかない。でも、負けても誰も死なないここでなら、正義に殺されるのも悪くないかもしれない。

 

 ただ1つそれに問題があるとすれば……私が敗北するということは自動的に真澄さんも敗北するという事だ。だがまぁ、それはどうにかなるだろう。そうなりそうな寸前に、彼女をこちらから切り離せばいい。そうすれば、傷つかないで済むはずだ。

 

「夢がないのも悪い事ではないと思います。今この時点で将来のビジョンを明確に描けている人が果たして何人いるでしょうか。そういうものは、大学に入って、広い世界を見て、色々なことを学んでから決めればいいものだと思っていますので」

「では、お前は何のためにここに来た」

「普通の生活をしたかったから……かもしれません」

 

 仕事だと言うのはある。だが、断る事も究極的には出来た。それでも私はこの国で過ごしている。それは、あの山の基地から少しの間だけでも離れていたかったからかもしれない。

 

「普通、か。この学校はそれとは程遠いように思うが……まぁそれは人それぞれだろう」

「ご理解頂きありがとうございます。他の人から見れば苦痛だったかもしれない無人島も、客船も、体育祭も、全て私にとっては大切な思い出なのです。煌めくような、そんな時間だったのです」

「では、それがこれからも続くことを先輩として祈っておくとしよう」

「これで恋人でもいれば完璧なんですけどね」

「女性なら側にいると思うが」

 

 彼がチラリと視線をやった先には微妙に変装しきれていない姿が見える。着いてきているのは知っていたが、実際に姿を見ると少しばかり苦笑してしまった。

 

「彼女は先輩にとっての橘先輩と同じようなものですよ」

「橘?」

「……先輩はもう少し自分を大切にしてくれる人の事を見た方が良いですね」

「む、それはどういう……」

「心から信頼できる存在は大事ですよ。孤独と孤高は違うものですが、どちらも人間生活としてはあまり良いものではないでしょうからね」

「敢えて作ってこなかったつもりだが、特に不自由はしていないぞ」

「それは今までたまたまそうだっただけかもしれませんよ。私たちは、1人では強くなれない。私はそう思っています」

「なるほど、それならば南雲の思想とは合わないな」

「ええ。実力がないのは事実かもしれませんが、それを使えるように持っていかなかった方に責任があります。不要な人間などいません。どんな人にだって、必ず適材適所はあるはず。私はそう、信じています」

「お前が3年生でなくて良かった。もしそうだったら、今頃AクラスはB以下に落ちていただろう。もしくは、俺はリーダーでは無かっただろうな」

「身に余るお言葉ですね」

「諸葛孔明。やはり生徒会に入る気は無いか?俺の推薦ならば南雲も無下には出来ないだろうし、そもそもアイツもそれを望んでいる」

「カウント2です。後1回、勧誘してくださいね」

「では、卒業前にもう1度言うとしよう」

「楽しみに待っています」

 

 彼は席を立つ。

 

「……最後に1つだけ。愚妹はお前から見てどう見える」

「現在未熟、将来有望」

「なるほど」

「裏切り者の櫛田さんを切り捨てなかったのは大きな選択でした。仲間と共に前に進もうとしている。それは大きく評価するべきでしょう。最後の最後、3年生の最後に私の前に立ち塞がるのは彼女であるような気がします」

「一之瀬や龍園、綾小路では無く、か」

「天下の英雄、数多あれどと言う奴です」

「そうか。お前にとってあれは倒すべき相手だろうが、もし才能があると思うのなら出来れば見守ってやって欲しい」

「善処しましょう。しかし、安心しました。完璧超人かと思っていましたが、案外家族思いなところもあるようですね」

「今まで何もできなかった挙句接し方を盛大に間違えた人間なりの罪滅ぼしだ」

 

 店を出れば、もうすっかり暗くなっている。

 

「では、以後よろしくお願い致します」

「こちらこそ」

 

 手を結ぶ。ここに3年Aクラスと1年Aクラスの同盟関係が成立した。これにより、大きな後ろ盾を得たことになる。それは対南雲戦だけの物であろうとも、かなり大きなものだ。学校内に厳然たる権力と影響力を持っている前会長を味方につけられたのは大戦果と言って差し支えない。これで、Bクラスと繋がっている南雲の牽制にもなるだろうし、出鼻を挫くことも出来るだろう。

 

「お前の出身も知りたいものだな」

「う~ん、それは禁則事項です」

「……何かの台詞か?不勉強ですまない」

「いえ……すみません、何でも無いです。お願いですからそれ以上言及しないで是非とも忘れて下さい……!」

「そ、そうか」

 

 言ったネタが通じないのは存外心に来る。おかしいなぁ、日本の国民的超人気大ヒット作と中学時代の友人が言っていたし、本国の資料にも有名な名作と書いてあったんだが。相手も若干困惑しているし、少しガクッと来てしまった。

 

 

 

 

 

 ため息を吐きながら、先輩を見送り、背後でそそくさと去ろうとしている人の首根っこを掴む。

 

「やぁ、こんにちは」

「あ、あはは。さようなら」

「真澄さん」

「……はい」

「バレてないと思いました?普通にすぐ気付きましたよ」

「えぇ……」

「君の顔ぐらいすぐわかります。同席したいならそう言えばいいのに。まぁ良い。盗み聞きの罰として、課題を増やすから」

「そんな……!」

「飯抜きとどっちがいい」

「課題やります……」

「素直でよろしい」

 

 変装技術にはまだまだ難ありと思いながら、彼女を引っ張り自室へ戻った。 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「これは……どうなんだ」

「どうとは?何か問題でもあるのでしょうか?」

 

 放課後の職員室で、私は真嶋先生を前に問答をしていた。提出した問題の多くは大体そのまま通過した。社会に関しても教科書には載っているものにしているし、国語だって上手く調整した。理系科目も真澄さんを実験台にして難易度調整をおこなっているので、退学者は出ないだろう。とは言え、甘くしているわけではない。そもそも、全問解き終わらない人もいるだろう。

 

「問題文も英語と言うのは……」

「大学入試は英語ですよ。それに平易な単語しか使っていません」

「選択肢の文章も些か長いように思うが」

「それも大学受験リスペクトです。今から練習しておいて損は無いでしょうから」

 

 真嶋先生は唸っている。他のテスト問題を見せた時も唸っていた。

 

「先生、そもそも受からせるためのテストでは無いですから。私は徹頭徹尾大学受験を意識したテストを作成しています。それは、大学受験で行われている一般入試の試験内容がこの国で最も公平性に満ちており、かつ洗練されたものだからです。当然モデルにした大学試験と同じように、落とすためのテストになっていますが、いずれはそれを受ける可能性があるのですから、今のうちに慣れておくべきだと思います」

「……」

「所々にサービス問題も用意しています。40点を下回るような事は無いかと思いますが」

「……分かった。受理しよう」

「ありがとうございます」

 

 後はこれがテスト当日に配布されるのを待つだけだ。

 

「しかし、リスニング問題を用意してきたのは今年が初めてだぞ」

「私の美声です。ありがたく聞いて欲しいものですね」

「一応聞いたが、内容的にもセンター試験レベルに抑えたようだな」

「あれより難しいと、流石にこの時期では解けませんから」

「教師より教師らしい。よし、ご苦労だった。これは確かに受け取った」

「よろしくお願いします」

 

 一礼し、退室しようとする。その時にガラガラと職員室の扉が開かれる。目の前にはストロベリーブロンドの少女が封筒を持って立っている。心なしかその顔は暗く、封筒を握る手も力が籠っている。私を視認した瞬間に、暗い顔が青くなった。

 

「こんにちは」

「う、うん……」

 

 ぎこちなく挨拶を返し、私の横をすり抜けようとする。

 

「2年生の力作、楽しみにしていますね」

 

 すれ違いざまに呟いた私の言葉に、彼女は一瞬だけ静止し、そしてまた担任の星乃宮先生の元へと歩き出した。今にも崩れそうな足取りで。




<世界史の世界へようこそ>

問1:以下の文章を読み、()内に当てはまる単語を書きなさい。漢字で習ったものは必ず漢字で表記すること。また、(6)のみ完答で2点。


中世社会は契約によって成り立っていた。ローマ帝国の崩壊以後、その遺産を継承したゲルマン人諸国家の支配者層は封建制を作り上げた。これはゲルマン諸部族によって行われていた従士制とローマ帝国内の制度に由来する(1)が元になっている。この封建制の中で登場した国王、聖俗諸侯、騎士などの大小の有力者は、封建的主従関係を結び、双方が義務を負った。これらの繋がりは、欧州ゲルマン社会を脅かす存在の増加と共に強化されていくことになる。

さて、そのゲルマン人だが、彼らはバルト海沿岸を故郷としていた。しかし、4世紀半ばにフン人の移動に圧迫され、ローマ帝国内に侵入することになる。結果としてイタリアでは西ローマ帝国はゲルマン人傭兵隊長であった(2)によって滅亡の憂き目にあう。一方で全欧州に散ったゲルマン人はローマ亡きあとの豊かな大地に次々と建国。中でもその一派であるフランク人が覇権を握ることになる。

フランク人は5世紀末に(3)朝の(4)によって統合される。この国家の強みは正統派キリスト教であったアタナシウス派に回収していることであった。これが後のカール戴冠につながる。フランク王国の王、ピピンの子であったカールは、イタリアに遠征し(5)を滅ぼし、またザクセン人を服属させる。アヴァ―ル人の撃退、イベリア遠征などの数々の軍功を成したカールは西欧のほぼ大半を収めることになる。

最終的にカールの死後(6)両条約によって分裂するフランク王国だが、彼の築いた国家はフランス、イタリア、ドイツの原型を形作り、今日の欧州国家に大きな影響を与えているのは明らかだろう。彼の行った諸制度も今後の中世社会に多大な影響を与え、その中でもイギリスの修道士・アルクインに代表される知識人を集めた通称(7)は文化振興に大きな役得を果たしている。

また、ゲルマン系民族の進出は海を越え、ゲルマン系一派のザクセン人の襲来とケルト人の王によるそれの撃退を描いた物語は、後に『アーサー王物語』として語り継がれることになった。


問2:アーサー王物語に関連し、中世には多くの吟遊詩人などによって語られる物語が誕生した。その中で、龍殺しのジークフリートの非業の死と、ブルグント王国の国王の妹でその妻のクリームヒルトの復讐劇を描いた作品の名前は何か、答えなさい。

問3:フランク王国は今日のEU(欧州連合)の元となったEC(欧州共同体)の最初の加盟国(仏・西独・伊・蘭・白・盧)の領域とほぼ一致する。欧州合一の元祖にはカールのフランク王国があると言ってよいだろう。それに関連して、EUの旧本部のビル名にも使用されていたカールの別名を答えなさい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。