『グレース・ケリー』
<陸瑞季の独白>
神様はいない。けれど、神様みたいな人はいる。私は確かにその人を知っている。その人がいることを分かっている。変化があるようで変化のない日常というものは時に残酷なものだ。自分がいつからそこにいて、どれくらいの日々をここで過ごしていたのか。それすらも私たちは知らなかった。知っているのは自身の名前だけ。それだけがあの寒い世界の中で自分を温める存在だった。
だからこそ、そう、だからこそ。私たちは彼を拝むのだ。拝するのだ。当たり前だろう。地獄と形容することすら生温い世界の中から日の当たる場所に連れ出した偉大なる領袖。それを崇敬しない人がどこにいるのだろうか。
来日する前に自身の上司である副司令より渡された資料には目を通した。ホワイトルーム。確かに非人道的組織であるのは間違いない。精神を病ませている時点で失敗だと本国上層部も、軍も、そして私の敬愛すべき諸葛閣下も言っていた。その辺の価値観は私にはよくわからない。ただ一つ言えることがあるとするのであれば、死の恐怖の無い空間なら、むしろどんなに羨ましいことか。地獄ともっとひどい地獄と、どちらがマシかという悪趣味な二択。世間ではこんな選択肢が脳内で提示される私を可哀想と言うのだろうか。
ただ、それは御免だった。それはきっと、全員がそうだろう。私たちは地獄を生き抜いた。絶望は何度も見て、それでも導きの星に従って前を見て歩いた。その歩みを誇りには思っているのだから。例えそれが世間では不幸とされる道であったとしても。絶望を知っているからこそ、些細な日常にありがたみを感じられる。そういう生き方を出来るだけ、この手で屠った命の数々に比べればきっと幸福なのだろうから。
凍り付いた世界にたった一つだけ輝いていた希望の炎。それを絶やさぬためならば、私は全部を捧げよう。全ては、あの日私たちに夢を見せた人の、呪われた夢が叶うために。
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7月が来た。2年目の夏だ。もうすっかり太陽は眩しくなり、吹き付けてくる海風は生温い。海に面しているこの学校は、夏場だと去年同様猛暑だ。そもそも東京が暑い、と言うのもあるかもしれないが。そしてこの学校には実は砂浜は無い。なので、海沿いなのに湘南とか鎌倉みたいな海岸は無いのだ。某アニメで見た海沿いの青春高校メッチャ良いじゃないか!と視聴時に思った。そして同時に我が校と比べてがっくり来る。環境保全、大事ですよ。
1回目の面談が終わり、何となく自身の進路に関しても意識してもらえるようになったと思う。志望大学が固まってきた生徒もいて、受験方式とかも相談が来始めていた。良い傾向だと思う。私に出来るのはあくまで選択肢の提示。だからこそ、実際にどうするかを決めるのは自分自身である。
受験について考えるのは大事だ。もしAクラスで卒業が確定したとしてもどんな方式であれ、受験を戦った経験は必ず人生の役に立つはずだと私は信じている。それに、勉強しておけば万が一Aクラス卒業が無理そうでも進路を問題なく進める。優秀な生徒であれば返済不要の奨学金を貰える可能性や、大学から特待生として受け入れてもらえる可能性もある。
留学希望も少数だが存在している。大体皆英語圏なのは残念と言うか何と言うか。北京大学(世界3位)とモスクワ大学(世界5位)はいつでも西側諸国からの留学生を歓迎しています。
それはともかく、これまでの期間2年生は大きな動きが無かった。1年生では特別試験がもう1回行われるなど、去年よりハードなスケジュールになっている。ちゃんと本来の本分である勉強をする時間があるのだろうか。学校はカリキュラムを考え直してほしい。去年は最初が無人島だったのを考えれば1年生は大変だ。大変だ、と言っているが私も他人ごとでは無かった。なにせ、1年Dクラスの面倒を見ないといけない。
とは言え、そう難しいことではないのだ。ルールも超複雑では無かったし、坂柳と葛城を動員し、私も加えた3人で戦略を固め、七瀬に伝授する。詳しい所や非常時の対応まで網羅したマニュアルを坂柳に頑張って作ってもらい、実行させた。私が作るのでも良かったのだが、一番暇なのが坂柳なのである。私は真澄さんの指導とクラスメイトの指導で忙しい。葛城は生徒会だ。無職で部活にも入っていない彼女が一番自由時間が多いのは自明の理。なんら問題のある措置とは思わない。
その結果、1位では無かったものの元の地力が高い1年Aクラス相手に僅差で惜敗の2位というところまで持って行けた。宝泉のいない後でも大丈夫であることが証明できたのだ。1年生の他クラスはと言えば、BクラスはこちらもDに惜敗の3位。Cは大きく後退し、退学者まで出してしまった。しかも生徒会役員だったという。葛城が残念そうに言っていたのをよく覚えている。
ともあれ、現在は概ね順風満帆。このままいければいいのだが……そうもいかないだろう。なにせもうすぐ夏休みが来る。夏を丸々1か月半近く遊ばせておくほどこの学校は優しくないと知っているのだから。
「暑い……」
真澄さんは登校中の道でへばっている。確かに朝から随分と暑い。日本の夏は特に蒸し暑い。地球温暖化のせいだろうか。まぁまず間違いなく環境問題ガン無視の我が祖国もその一端を担っているのだが。
「1年、退学者出たらしいわね」
「そうだな」
「アンタか坂柳の差し金?」
「いいや。退学した波田野という生徒は品行方正で優秀だったと葛城から聞いている。少なくとも、宝泉とは違って暴力的な意味では危険じゃなかった。排除対象では、勿論ない」
「……じゃあ、AかBの誰かがそれを仕組んだってことね」
「分からんぞ?櫛田的な存在がCにいたのかもしれない」
「それもそっか……」
「まぁ今坂柳に可能性をリストアップさせてる。ああいう悪意に長けた人間は、こういうのを見抜くのも得意だろう。腐っても鯛だ。自分があの状況と条件でどう退学に追い込むかを逆算させれば右に出る者も少ないはずだ。なにせ、得意技なのだし。ともあれ、私たちは1年生よりも……」
「次の特別試験、って言いたいのね」
「その通り」
彼女の言うように、今日の最後の授業は特別試験の説明になっている。また我々に面倒ごとが降りかかってくる。逃れ難い試練と照り付ける太陽が精神的にも肉体的にも我々を疲れさせていた。
「揃っているな。では、これより事前連絡の通り、特別試験の説明を行う。だがその前に、夏休みにおけるスケジュールの全体像を示しておこう。まず、今年も8月4日から11日までの7泊8日間、この客船において自由なバカンスが約束されている。船内で特別試験を行うようなことは一切ない。約束しよう。だが、それを行うにはこれから説明する特別試験を終える必要がある。場合によってそのまま試験終了後、本土へ強制送還という事もあり得るだろう」
この学校の面倒な試験は大体2パターンある。退学者が出るものと、そうでないもの。今回は前者に当たる。でも今年も船を使うのか。嫌な予感しかない。もし予感通りなら、二番煎じくさいというか馬鹿の一つ覚えというか……捻りがない気もするが。
「開始は夏休みの開始後。そして試験内容だが『無人島サバイバル』だ」
またかよ。前回と同じ島なのだろうか。それとも別の島?どちらにしても金の無駄な気もする。というより、もっと他にローコストで出来るものがあるだろ。なんだかんだであの時は大勝利と言っても差し支えない試験であったし、このクラスに嫌な思い出を抱いている人は参加していない1名を除いていないだろう。私も躍進のきっかけになった出来事ではあるし、しっかり覚えている。良い記憶が多いためか、雰囲気はそこまで暗くない。
「去年は見事な立ち回りを見せていたな。Aクラスとして大いに成長できた試験だったことから、お前たちの中にはいい思い出としている者もいるだろう。しかし今年はそう単純ではないかもしれないぞ。では日程から説明しよう。詳しくは資料を後で各自の端末に送る。今日中に送られなかった者は手数だが名乗り出てくれ」
モニターには日程が表示された。
7月19日……グラウンド集合。バスで出発。港より乗船し、出航
7月20日……特別試験開始。試験の説明、物資の支給等
8月3日 ……特別試験終了。発表と褒賞支給。※8月分のppは試験結果を適用後配布
8月4日 ……終日自由行動
8月11日……帰港。学校に戻り次第各自解散
終業式が16日だったはずなので、その3日後だ。試験は2週間。面倒なことこの上ない。島じゃなくてもっと違うところに行きたい。後、どう考えても夏休みは短くなります本当にありがとうございました。最悪だよ。夏休みってもっとこう、楽しいもののハズなんだ。この調子だと来年も島だぞ。
「夏休みは短くなってしまうが、その点は了承して欲しい。対価としてクルージングがある。代わりになるかは個人の考えによるだろうが……純粋な休みであることは確定事項なのでそれで勘弁してくれ」
クルージング如きで励みになるかね。なる人にはなるのだろうが……。まぁ少しでも外に出れるというのならいいかもしれない。私個人としては客船に思い入れも楽しさもあまり見出せないというか仕事で何回も乗っている。とは言え、仕事だと楽しむことはできないので、同年代の人々と一緒にというのは楽しい体験と言っても良いか。
「さて、話を戻すと今年と去年の最大の違いは規模にある。今年は全学年で競い合う形になる。敵は他クラスだけではない。他学年もそうなるだろう。アドバイスをする、求める、いずれも自由だ。戦略の1つとしてくれ。基本的に平等を重んじたいところではあるが、やはり学年の差はある。そこで、それは報酬の量とペナルティの重さによって補填する。では次にルールの説明だ」
画面が移り変わり、新しいスライドが出てくる。今回はルールも多くて面倒そうだ。圧倒的に去年より手が込んでいる。
<2年次夏季特別試験ルール①・グループ>
・最大6人までの大グループを組み、協力して試験に挑める。
・大グループは同学年内であればクラス不問。組まないことも出来る
・今日~7月16日までの約4週間、好きな相手を同学年内で2人まで選んで最大3人までの小グループを作れる
・男女割合は以下の通り
1『男子1人』
2『男子2人』
3『男子3人』
4『女子1人』
5『女子2人』
6『女子3人』
7『男子1人、女子2人』
・『男子1人、女子1人』、『男子2人、女子1人』は不可
・小グループ確定後の変更は不可
・特別試験開始後に大グループ結成が可能。パターンは基本自由
・大グループ結成条件は4人以上の大グループにおいては女子の割合が5割以上であること
「特別試験開始後から組む動きを見せればいいと考えるかもしれないが、賢明とは言えないだろう。条件を加味した上で利害の一致を図っていると出遅れる可能性も高い。事前に組む面子を決定しておくことが吉かもしれないな。希望通りにはいかないことも多々あるだろう。また、個人で行きたいという者は書いてあるように大グループを結成せずにソロプレイ、となるだろう」
女子の割合というのは万が一の際の保険だろう。やはり、訓練の差はあるとはいえ男の方が身体的に強いことが多い。だからこそ男子が女子より多くなることを防いでいるものと思われる。いやじゃあ最初からこんな試験やるなとか、女子のソロプレイを禁止しろとか色々突っ込みどころはあるのだが、何とかお役所仕事の試験考案者が絞り出したのだろう。頭が固いというか性善説に育てたいのか性悪説に育てたいのか、よくわからん。
「今年は去年とは異なり、『全ての能力』が問われている。学力、体力、精神力、コミュニケーション能力、その他。自分のポテンシャルを大いに発揮できる可能性が秘められている。入魂の仲は連携がとりやすいが、総合力が低ければどうなるか。言うまでもないだろう。また、頭数の多さは大事になってくる。ソロで挑もうと考えていた者は、これを聞いたうえで検討するように」
<2年次夏季特別試験ルール②・リタイア>
・1人で試験に参加した場合、その人物が続行不可能になった時点で敗退
・3人でグループを結成した場合、最後の1人がリタイアするまで続行可能
・最後の1人が試験を上位でクリアした場合、報酬は途中リタイアの人員にも与えられる
残機は多い方がいい。これはゲームの鉄則だ。リスクマネジメントの観点でも普通の人はそうした方がいいだろう。無人島は基本何があるか分からない。これがリアル無人島ならマラリアとかハブとかを考えるのだが、そうでなくても慣れない環境とストレスで体調を崩すこともあり得る。水が合わないなどもあるだろう。
「ここまででルールに関する質問は?……無いようだな。では次に行こう。続いては報酬に関してだ」
<2年次夏季特別試験ルール③・報酬>
1位グループ……300cp、100万pp、1プロテクトポイント
2位グループ……200cp、50万pp
3位グループ……100cp、25万pp
上位50%グループ(1~3位含む)……5万pp
上位70%グループ(1~3位含む)……1万pp
※上位3グループが得るクラスポイントは下位3グループの学年から移動される
※クラスポイントに関しては人数関係なくクラス数で均等に分配される(四捨五入)
※ppは全員同額貰える。分配等は無い。また、プロテクトポイントも同様
「見ればわかるように、例えばAクラスだけのグループが1位を取れば報酬は総取り。だが4クラスから最強の面子を集めた2学年レジェンドグループのようなものを結成すれば報酬は4等分。クラスポイントは何一つ変動しないだろう」
私、綾小路、龍園、一之瀬辺りが組むのか。これだと女子が足りないからここに堀北と真澄さん辺りを入れる。これ、他学年をボコボコに出来る面子なのでは?
「そして※の内容だ。上位3グループに供与される600ものクラスポイントは下位3グループに沈んだ学年から均等に徴収される。例えば、3年生のグループが1~3位を総取りし、2年生が下位3グループ全てだった場合600を4等分した150がAクラスから引かれるだろう。だが注意が必要だ。上位下位が同学年だった場合はどうなるか。この際は、最下位グループに含まれたクラスは100、下位から2番目は66、3番目は33を上位に支払ってもらう。徴収額が所持額を上回った場合は学校が補填する」
4クラス混合だと貰えるクラスポイントは75。最下位に万が一自クラスがいるとマイナスになる可能性もある、という事だ。
<2年次夏季特別試験ルール③・※の補足>
・上位の報酬は下位3グループの学年から均等徴収
・徴収額は報酬額と同じ
・上位下位が同学年の場合は、最下位は100、下位から2番目は66、3番目は33
・足りない場合は学校が補填
<2年次夏季特別試験ルール・④・ペナルティ>
・下位3グループからは③とその補足の通りクラスポイントを徴収
・下位5グループに属する生徒は退学
・退学取り消しには600万ppを支払う
・支払い金はグループの人数で分割可能。最大人数のグループの際は100万ppとなる
・残金の無い者がいても、残金の足りている者は自分の分を支払えば取り消し可能
・試験開始後はポイントの貸し借りは不可
「さてここまででも骨が折れる説明だったが、まだ残っている。これを見てくれ」
<2年次夏季特別試験ルール⑤・カードⅠ>
基本カード
・先行……試験開始時に使えるポイントが1.5倍
・追加……所有者の得るpp報酬を2倍
・半減……ペナルティ時に払うppを半減。所持者のみに反映
・便乗……開始時に指定したグループのpp報酬の半分を追加で得る。指定したグループと自身が合流した際は効果消滅
・保険……試験中体調不良等で失格した場合、1日だけ回復の猶予を得る(回復した場合試験再開可能)。ただし、不正による失格には非対応
特殊カード
・増員……所持者は7人目としてグループに存在できる。本試験開始後に効力を発揮し、男女の割合にも左右されない。当然報酬は得られる
・無効……ペナルティ時に払うppを0にする。所持者のみに反映
・試練……cp報酬を1.5倍に出来る。ただし上位30%以内に入れなかった場合グループはペナルティを受ける。増加分の報酬は徴収ではなく学校が補填する
な~にこれ。後、増員カードダメだろ。何のための男女比だったんですかね。単純に私の理由予測が外れているだけの可能性もあるが、もし私の予測通りの理由だった場合本当に何してるのこれ案件になりかねない。ホントに、性善説に育てたいのか?それにしては特別試験を見る限り性悪説に寄っている。疑わない奴が悪い。やられる方が悪い。騙される方が悪い。確かに世界ではそうなのだが、学校でそれはどうなのかと常日頃思っていた。
そして今回も疑問を抱かざるを得ない。何のための男女比だったのか。あほらしい。
「このカードは、試験に影響を与えるものだ。1人1枚ランダムに取得できる。配布は明日の朝。得たカードは試験開始までの間、他クラスかつ同学年に限り譲渡・トレードが可能になっている。誰が何を持っているかはOAAを見れば閲覧可能だ。1人で複数枚持っていても構わない。ただし、重複しても効果が2倍になったりはしない」
<2年次夏季特別試験ルール⑤・カードⅡ>
・どのカードも同学年内ではトレード可能
・クラス内でのトレードは不可
・一度所有者を変更させると再トレードは不可能
・重複に意味はない
・特殊カードは各学年に1枚しか配布されない=1つのクラスに3つが集中する可能性アリ
「以上が試験の概要だ。まだ詳しい内容、島で何をするのか、島での動き等があるが、それは試験開始の直前に発表される。また、今回の説明では暗記が困難な生徒も多いだろう。最初に言ったように今後いつでも閲覧可能だ。随時、活用して欲しい」
ふへ~という息がクラス中から漏れる。黙ってずっと何かを理解しようとするのは結構骨が折れる。気を張っていたので少し緩むのも無理はない話だ。
「以上と行ったが、このクラスだけに適応されるルールが残っている」
このクラスだけ、という時点で大体全員察しがついている。去年参加しなかった人が1名いますからね。いや、違うな。正確には無人島に行かなかっただけで成績の上では参加扱いになっているのか。私のおかげですね、感謝してください。まぁこちらも大いに利用させてもらったのでイレギュラーな存在自体はありがたい。上手くすれば利用できるからだ。頭数が1つ少ないだけで去年同様不利になるAクラス、ひいては2学年。しかも退学とかではないので、また去年みたいに私にゴネられたら困ると思ったのかもしれないな。
「薄々感づいているようだが、今年は坂柳にも参加して貰う」
ざわっとクラスの中で軽いざわめきが生まれた。彼女を視認できる位置に座っている全員がチラリと坂柳を見る。
「先生、それはマズいんじゃないですか?いや坂柳が心配というか、倒れられたら後味が悪いというか……」
まさかの戸塚が坂柳を案ずる発言をしている。ちょっと感動した。アイツも、人を思いやれるようになったのか。まぁ多分もう歯牙にもかける必要が無く、自身よりもヒエラルキーが下にいるからこそ発動した憐れみに近い感情ではあると思うが、それにしたって随分と成長した光景である。
最近の戸塚は頑張っている。これはお世辞ではなく、本当にそう思う。真澄さんよりは伸びは悪いものの、クラスで男子ナンバーツーである葛城の足を引っ張らないようにと自戒しつつ勉学に取り組んでいた。元々コミュニケーション自体は悪くないし、植民地と化している1年Dクラス内でも慕われているようだ。自信の無い生徒からすると、持ち上げてくれる存在はありがたいらしい。確かに、太鼓持ちと言うのは持ち上げる存在が沈んでいる時に励ましたり自信を付けさせる効果もあったりする。意外な才能ではあるが、上司から気に入られやすい人材だろう。
これで自身の才能もしっかり備われば出世街道間違いなしである。クラス内でも、クラス内投票時に一番言いづらい事であった坂柳の糾弾を進んで行い、旧坂柳派であった橋本を(脅されていたという虚報とセットであったとは言え)率先して受け入れる姿勢を見せている。林間合宿でも他クラスに良い影響を受けていたようだし、橋本や綾小路とセットにしたのは正解だった。
「……この件は、私から説明させてください」
「分かった」
坂柳が手を挙げて、先生に乞うた。先生もそれを受け入れる。杖をつきながら、彼女は教壇に立った。昔よりも大分弱弱しい感じではあるが、最近は少しずつ生気が戻っている。真澄さんが根気よく構っているからかもしれない。何でも見ていられなかったと本人は主張している。
「皆さんには今回の試験でご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、どうか参加させてください。お願いします」
深々と頭を下げる坂柳。以前では考えられなかった光景だ。
「いや、さっきも言ったけどよ……無理しない方がいいぞ?何があるか分かんないんだから」
「汚名返上とかはまた別の機会で良いから」
「来るんでも良いけど、船にいなよ」
「去年も何とかなったし、今年も何とかなるでしょ。多分」
「そうそう」
このクラス、結構いいヤツが集まっている。去年の同じ頃は派閥だなんだでちょっとギスギスしていたのだが、1年あればきれいさっぱり取り払われたようだ。温厚な感じになっている。まぁ他クラスとの謀略を私が大体担っているので、そのせいかもしれない。
ついでに、元々民度が高いので恨みを流すという技能を持っている人が多い。確かに例の誹謗中傷無差別爆撃事件で被害を被った生徒は彼女を恨んでいたが、いつまでも怒っていてもしょうがない。次からしっかりしてくれればいいや、お金も貰えたし。という風に考えているようだった。というより実際にそういう風に面談時に言われた。
なので、打算が多少もありつつではあろうけれど、ここで発言している多くは純粋に坂柳の身を案じている。善意からの発言なのであった。それを理解しているのか、少しだけ彼女も泣きそうになっている。良いですか、これが人の善意ですよ。貴女を心配しているのは決して貴女を憐れんでいるからだけじゃなくて、純粋な優しさである可能性もあるのです。なので、全員が全員自分を下に見ているという全方位敵対思考は止めましょう。何回かはそう言ってきているのだが簡単に染みついた物は直らない。
ある意味では彼女も被害者なのかもしれない。幼少から死の淵をさまよったり、身体の問題で上手くいかないことが多く、そこに無理解な同世代からのアレコレがあった可能性も推測できる。それは決して他人を傷つけていい理由にはならないが、同情は出来るところだ。
「ありがとうございます。けれど、そこを曲げてお願いします。勿論、汚名を返上したい、クラスに貢献をという思いもあります。ですがそれ以外にも2つほど理由があるんです。1つ目はこちらの残存人員の問題です。というのも、去年は私以外の皆さんは島にいかれましたが、その間私は寮に1人でした。ただこの時は2~3年生はいらっしゃいましたし、上級生の担任をしている先生方や職員の方、施設の方も多くいました。なのですが今年は全員いなくなってしまうので、私が完全に寮の中で1人なのです。職員や先生方もほとんどが同行するようなので、お店も閉まってしまうと聞きました。それだけならまだしも、万が一首都直下型地震のような大災害が発生した場合、私1人では対処不能な可能性が高いのです」
言われてみればその通りだ。危機管理、安全管理の観点からすれば誰もいない寮と言うのは危ない。施設に不備があってもどうにもできない可能性があるし、体調を崩した際に助けを求めるのも難しいかもしれない。人が多くいなくなるとすれば、去年のストーカーのように不審者が出るかもしれない。地震という懸念も尤もだ。中国でも東日本大震災の様子は大きく報道された。我が地元・四川も大地震に見舞われたことがある。
「以上が1つ目です。そしてその……2つ目なのですが……これは非常に個人的なことなのですけど」
目を泳がせながら彼女は歯切れ悪く言った。
「……怖いんです。1人だと。誰もいないマンションの中に1人きりはちょっと……耐えられないです」
去年色々あったものね。主にオカルティックな観点で。仮に一切オカルト的なものが無かったとしても、誰もいない巨大なマンションに1人きりというのは確かに怖いかもしれない。壁が分厚いウチの寮だが、それでも生活感というか人気というものはある。それが一切存在していない。しかも2週間。なるほど、気持ちはわかる。随分と可愛らしいというか何と言うかな理由のせいか、多くがポカンと口を開けている。何となく事情を知っている真澄さんは同情顔だ。
「あ~でも、俺坂柳さんの気持ちわかるわ。昔兄貴と車で心霊スポットとか廃墟とか巡ったんだけど、誰もいない家とか建物って怖いんだよな。ボロボロすぎるとかえって何も感じないんだけど、妙に生活感が残ってたりするとゾッとしたわ。分かる分かる」
的場が坂柳に同調するようなことを言う。援護というのかは微妙だが、想像すれば確かに結構怖い状況かもしれないという事は多くの生徒が想像がついたようだ。
「納得できたようだな。では、坂柳に関するルールを説明しよう」
皆の精神的な成長、大人の対応が出来るようになっていることへの感慨からか、少し目を細めていた先生が後を引き取った。
<2年次夏季特別試験ルール⑥・坂柳>
・2年Aクラス坂柳有栖は『半リタイア』という形で参加する
・島を移動は出来ず、スタート地点とその周辺にて生活する
・意見を求められれば返答可能。課題への挑戦も可能
・坂柳がグループ最後になってしまった場合は問答無用でそのグループの敗退決定
・上記により、1人での行動は不可能。最低2人以上の大小どちらかのグループで行動
「グループには負担になるでしょうし、戦略面でもハンデを背負うことになってしまいご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い致します」
どう反応するべきか戸惑うクラスメイト。そんな中、これまでほぼ唯一普通に近い形で坂柳に接していた真澄さんが声を出す。
「まぁ、良いんじゃない?頑張ろうとしている人に水を差すのも、なんか違う気がするし。これまでまぁ色々あったけど……違うってとこ、見せてくれるんだろうし。ね?」
「はい!勿論です」
割と必死な顔で坂柳は言う。
「だってさ。どう、問題ない?先生」
ちょっと茶化すような声で真澄さんは私に問いかけた。視線が集中する。
「問題ありません。確かにイレギュラー。ですが、この程度対応できず戦略が作れないとなれば私の名折れ。勝利への道を作ってみせましょう。ですので、皆さんもどうかご安心を」
私の鶴の一声とも言うべき言葉に、全員が納得の表情を見せる。もしかしたらまだ彼女を許せない人もいるかもしれない。だがそれは感情論であり理性では受け入れるべきだと全員が思ってくれているという事だ。一度このクラスから半ば追放されたような状態だった坂柳を、再度迎え入れるかのように拍手が響く。
おそらく彼女の人生で初めてしたのではないかというような感極まった顔で、坂柳はもう一度深く頭を下げる。2年Aクラスが、完全体となった瞬間だった。
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<現状(7月初頭)収支>
・収入→58万8600pp(4月分の13万8400pp+5月分の14万3400pp+6月分の14万3400pp+7月分14万3400pp)
・支出→12万pp(生活費など)
・現状保有ポイント→359万5300pp(既に所持の302万6700ポイント+収入-支出)
二年生編の3巻に掲載されていた地図。これを調べました。豪華客船は飛鳥Ⅱを参考に大体5万tと仮定。その場合の埠頭は大体330mらしいので、短い埠頭を300メートルと甘めに仮定して定規で図ると縮尺は1㎜で100m換算になります。それを基にして各ブロックを測定すると縦14㎜=1400m、横18㎜=1800mですので1ブロックで2520000㎡、2.52㎢である事になります。ブロックは10×10で100。なので、挿絵に表示されている面積は2.52㎢×100で252㎢になります。
とは言え、海だけで構成されているブロックもありますので、完全海or浅瀬or岩礁の
Aの1・2・3・6・7・8・9・10、Bの1・2・10、Cの1・9、Dの1、Eの10、Fの1・10、Gの1・10、Hの1・10、Iの1・2・10、Jの1~10の面積を引きます。合計で34ブロックの85.68㎢マイナスですね。すると島の総面積はガバガバの大体でしかない数値ではありますが、166.32㎢になります。
さて、ここで日本の島(北海道・本州・四国・九州・沖縄本島を除く)のランキングを見ると1位は択捉島な訳(択捉島は日本領。良いね?)ですがこれの面積は3166㎢です。そして肝心の同程度の面積の島ですが近い数値だと長崎県の平戸島163.4km²が挙げられました。小豆島とか八丈島より上ですね。ちなみに無人島だけだと北海道の渡島大島の9.74㎢だそうです。……舞台はどこの島なんだろうね。私の計算が間違ってなければどんなに小さくても100㎢は超えているはずなので……。