『レフ・トルストイ』
龍園と同盟を締結することには成功した。既にグループ分けも完成しているので、後はこれを公開することで全ては完成する。まだどこのクラスも活発に動きを見せていない中、AとDが先行して同盟を結んだことはどういう影響を与えるのか。想像するのは難しくない。では果たしてほぼ同ポイントのBとCが手を結べるかといえば、出来れば避けたい選択肢であることは間違いないだろう。
堀北からすれば構わないが、一之瀬が、もっと言えばその背後にいるBクラスが頷かない可能性がある。そうなると、彼らは孤立無援のまま戦うことになるだろう。何とかなるのは多分Cクラスの方だ。綾小路や高円寺など、化け物じみたスペックの持ち主がいる上に、堀北・平田・櫛田などは優秀だ。秀でた生徒が多い彼等ならば、なんだかんだどうにかしてしまうだろう。
とはいえ、勝利するのは我々だ。向こうが一部の突出した人材で殴って来るならば、こっちは高水準化された物量で殴る。英雄を殺すのはいつだって凡人であり、一人の天才は百の凡人で叩き壊せる。ならば、勝率は十分にあるはずだ。
さて、説得するべき人員はもういないのだが……出来上がったグループ分けを見せたら真澄さんが拗ねたまま私の部屋のソファに体育座りをして引きこもった。なんでこうなってしまったのか、よくわからないが取り敢えず機嫌を直してほしい。使いたい部分が占領されていると困る。梃子でも動かなそうなので、しょうがなく人間の三大欲求の1つ、すなわち食欲で釣ることにした。
「ご飯ですよ~。食べないの? 冷めちゃうよ~いいのかなぁ~」
「……食べる」
「お、やっと口きいてくれた」
彼女は渋々といった様相で席に着いた。不機嫌そうだけれど食べるものはしっかり食べていく。随分とたくましい子になったものだと思い、思わず笑いそうになる。それがバレて脛を軽く蹴っ飛ばされた。
「それで、何で拗ねてたの」
「……別に。私自身の問題だから。アンタが悪いわけじゃない」
「そう言われても、気になるものは気になる。あぁ、もしかして坂柳の介護が嫌だった? それとも最初の小グループがDと一緒なのが嫌?」
「そういうのじゃない。坂柳はまぁ、もういいから。私がこうして曲がりなりにも真っ当に生活できているのなら、坂柳だって罪を犯しても許されるべきだと思うし……私は少なくとも、坂柳をいつまでも叩く権利はないと思ってるから」
「そっか。それは大事なことだな」
「ちょっと色々考えてただけ。龍園と組むんでしょ、グループ。それで2人だけで突破するってことになってる。そこがちょっとだけ……悲しかったし悔しかった」
彼女は目を伏せながら言った。悲しい、そして悔しいという感情にどうして辿り着いたのか。それを考えている間に、彼女は言葉を続けた。私はまだまだ分からないことばかりだと思わされる。特に、彼女に関しては。
「龍園は言ったんでしょ?俺とアンタが組めば最強だって。それを肯定したから、このグループがある。そこで思った。私じゃないんだなぁって。そりゃ、龍園とはスペックが違うのは分かってる。向こうは曲がりなりにもクラスを統治して、一之瀬とかと張り合ってる。そういう実力者。だからこの選択は正しい。クラスの勝利に一番近づける選択。でも、私はちょっと悔しいし悲しい。これまでずっと、1年半一緒にやって来たから、最強なのは私となのかと心のどこかで、そう思ってたから」
ゴメン、忘れて。そう言うと彼女は残りの夕飯を食べて、そのまま流しに食器を持っていく。彼女の自尊心を傷つける選択である可能性を考慮していなかったのは私のミスだろう。確かに、今までこういう時は大体コンビを組んでやってきた。今回のルールでは男女の1対1は禁止されている。ならばほかに女子を加えればいい話で、それこそ坂柳と一緒ということもあり得たわけだ。だからこそ彼女は少し傷ついて、悔しさを感じているのだろう。
なんとなく読めた……ように思える。私は小さく息を吐いて、水を流しながら俯いている彼女に声をかけた。
「坂柳はさ、信頼がない」
「何、いきなり当たり前のこと言って」
「だからこそ君に任せたんだ。坂柳が率いる大グループの頭脳兼司令塔は坂柳だ。けれど、実際に動いて皆をまとめる存在が必要だろう? 彼女は動けないわけだし。それが君だ。Dクラスと上手く連携を取りながら、事態に適切に対処する。そしていざという時は坂柳の指示を待たずに自分で考えて臨機応変に動ける。そういう役目は、一番信頼している君にしか任せられなかった。龍園と私のグループを除けば、1位を取るために拵えた最強グループの実働隊長に出来る人なんて、他にいない」
これはまごうこと無き本心だ。他に任せる気にはなれない。龍園が言うように、この坂柳率いる大グループは特殊カードまで使って組み上げた最強を目指すグループになっている。ゆえに、戦力は各クラスの色々な分野から一級品の存在を引き抜いている。それのまとめ役に、これ以上相応しい人はいない。坂柳は信頼が足りないし、人を煽る癖が抜けているのかいまいち分からないので任せることはできない。
「それに、君なら信頼がある。これまでAクラスの女子のリーダーとしてやってきた実績が。それに、混合合宿の時だってしっかりリーダーとしてまとめていた。そういう君が積み重ねてきたこれまでの全部を知っているからこそ、私は君に任せたんだ。最初の小グループで他のメンバーがDなのも、君なら調整して上手くやり取りできると信じているから。だからこれは私からの最大限の信頼の証と思って欲しい」
ダメだろうか、と尋ねてみる。露骨に機嫌が良くなっているのが見てとれた。少々ちょろい部分が見え隠れしている彼女が心配ではあるが、機嫌が直ったのならば良いことだ。別に特別試験前だからって個人授業が消滅するわけじゃない。寝るか学校にいるか外出する以外はほとんどここにいる人の機嫌が悪いと私も落ち着かないので、これは両者にとっていい選択なのだ。
「そんなに言うなら……まぁ、頑張るけど」
「頼んだ。期待してる」
本心からの言葉なのだ、いつもよりも何倍も伝わる事だろう。そもそも彼女に嘘を吐いたことはあんまりない。出会って間もないころはともかく、1年生の無人島の時くらいからはもう割と結構本音を言っている。隠すべき必要性を感じなかったからというのが大きい。いつしか、彼女の黒い部分を集めた証拠を破棄するに至っていた。
この関係性、今まで無かった空間に居心地の良さを感じていることは疑いようのない事実だ。ふんふんと言いながら冷蔵庫のプリンを漁っている彼女をぼんやりと眺める。
――――私は果たして、これが終わることを許容できるのだろうか?
そんな疑問は考えないことにした。なにせ今は特別試験の前。しかも今回のは今までで一番面倒くさい。ならばそれに集中するべきだ。私のために、彼女のために、そして私の生徒たちのために。
翌日の放課後。AクラスとDクラスの面々に時間を作ってもらい、会議室を借りて報告を行うことにした。ついでに顔合わせである。これから特別試験までと、本番の二週間の運命共同体なのだからお互いについてしっかり知っておくことが必要だ。
龍園と私はそれぞれ己のクラスメイトに関して、能力や性格などを共有しているが、他の生徒はそうではない。この学校は他のクラスよりも交流を制限せざるを得ない環境にあるせいで、一般の高校よりは少々人数が少ないにも拘わらず他クラスに関しては有名人しか知らないと言うことが多い。
そこでほとんどの人の連絡先を知っている櫛田や一之瀬がどういう存在なのかが分かる。ともあれ、普段は顔を合わせない、或いは合わせてもほとんど話さない生徒もいるであろうからという配慮での交流会であった。龍園もこれには面倒そうではあったが賛同はしてくれた。メリットは理解しているのだろう。
ウチのクラスとしても願っても無い話だ。私としても龍園の話の裏付けが出来る。敵を知り、己を知れば百戦危うからずというヤツだ。私は私のことを知っているつもりなので、前者を行えば少なくとも負けることはないだろう。勝てるかは分からないが、有効なピースにはなる。
昔のAクラスならば下位クラスを見下していたかもしれないが、今はそんなことをする生徒などいない。これも、昨年の教育の成果だろう。成長を感じる部分は多い。ウチの生徒は真澄さん筆頭にやはり優秀だ。
「皆さん、ご注目ください」
雑多に座り、会話している両クラスの面子を前にしながら、私は音頭を取り始めた。
「今回は貴重な時間をありがとうございます。まず、最初に先日行いました私と龍園君との会談について報告します。龍園君が面倒だからやれ、と言うので僭越ながら私が担当します。既にご存知とは思いますが改めて端的に申しますと、今回の特別試験に関しては我々Aクラスと龍園君率いるDクラスが同盟を結ぶことになりました」
ウチのクラスにとっては決定事項が成立したことの報告となる。Dも事前に今朝龍園が伝えているはずだ。それゆえにこれはただの確認事項。全体の前でもう一度意識させたに過ぎない。
「これより、小グループと大グループの組み分けを発表します。今回の戦略に従って、龍園君と私で作成しました」
ここでも書記役の真澄さんがポチっとプロジェクターを稼働させる。ホワイトボードには割り振られたグループが表示された。
「色々と思う所はあるかもしれませんが、私と彼が考えた恐らく最適解であると考えます。何か、意見のある方は?」
ぐるりと周囲を見渡す。Aクラスとしてはこれは既定路線。意見があるなら何か言うだろうし、何もないからこそ手は挙がらない。だが、Dは独裁的な部分が多いためか、何か思っていても言い出せない可能性が高い。なのでせめて私がこのように温和に接しておくことで、Dクラスにも積極的な参加をして欲しいのだ。とは言え、一朝一夕には難しいかもしれない。
「Dクラスの皆さんも大丈夫でしょうか」
「大丈夫に決まってんだろ。俺の意見に逆らう奴はいねぇ」
「そういう言い方が良くないんです。我々は今回運命共同体である以上、配慮するのは当然じゃないですか」
「まどろっこしいやり方だな」
「文明的と言ってくださいね」
お互いに別に悪意があるわけではない。龍園と会話すると、こういう言葉の応酬になる。ただの言葉のキャッチボールというより、お互いにデッドボールにならないかなぁと思いながら投げている感じだろうか。しかし、こういう会話も役に立つ部分はある。龍園がこれを許している=私にはそれだけの実力があるのだとDクラスは思ってくれる。ウチの生徒も私は龍園とも普通に交渉できるという風に見てくれる。龍園は普通の生徒からしたら怖い存在なので、それだけで株が上がる便利な装置だ。
「この怖い龍園君に言いにくいことがあれば、私に後で教えてください。ちゃんと対応しますからね」
引き攣った笑いがDクラスの数名から出る。なんでだろうなぁ、私が怖いのかもしれない。おかしい。龍園よりも温和にやってきたつもりなのだが。
「ともあれ、両クラスにとってこれは益のある同盟です。我々もDクラスとの同盟を希望していましたし、龍園君側も私との同盟を模索していたようです。我々は、一之瀬さんや堀北さん率いるクラスではなく、皆さんと組みたいと考えたのです」
これは彼等に向けた言葉だ。こういう風に少し自尊心を守るような言葉を使うことによって、彼らのプライドを守りながら好印象を与えることができる。Dクラスというのは、学年で最弱を意味する。それに、今のDクラスは他クラスと比べポイントを離されている。その状況でこういう言葉を使うことの効果はあるはずだ。
「ではこれから各グループに分かれて自己紹介とかして、実際の試験への準備を行ってください」
「その前に、だ。Dクラスの奴らに改めて言っておく。今回の試験ではコイツの言うことに従え。体育祭の時と同じだ。コイツの言葉は俺の言葉と思え。それが勝利への最適解だと俺は考えた。俺たちが一蓮托生である以上、コイツも俺たちを守るための命令を出す。だから従え。いいな?」
コクコクとDクラスの生徒たちは頷いている。相変わらず上から目線で高圧的だが、少し柔らかい言い方になっているし、少しだが理由を説明するようになっている。彼には統治者としての才能があると思って良いだろう。残念なのは、彼と同じか少し低いくらいの参謀役がいないこと。
金田が参謀役を担っているようだが、彼では少し力不足。椎名はやる気があるのかよくわからないし、そう考えると龍園も苦労しているのかもしれない。とは言え、龍園に物申せる存在として椎名あたりが覚醒するとこちらとしても非常に面倒なので、しばらくそのままでいてくれると助かる。
ともあれ、両クラスのメンバーがそれぞれ話を始めている。前まではこういう時にイニシアティブを取ろうとしていた坂柳は、メンバーの人にペコペコ頭を下げている。随分と変わったものだ。しかし悪い変化とは思えない。
「さぁ、私たちもお話ししましょうか龍園君」
「気持ち悪い言い方するな」
心底気持ち悪そうに龍園は言う。なんだかんだで上手くやっていけそうな気がした。
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入学して数ヶ月が経ち、1年生も既に学校の在り方を理解し始めた。否応なく洗礼を受けたというのが正しいのかもしれない。なにせ、Dクラスのリーダー格になるはずだった男が早速の退学処分を食らったのである。受け入れたくなくても受け入れるしかなかった。ここはそういう場所なのだと。
そして1年生も特別試験に向けて各々動き出していた。しかし、グループ結成が上手くいかない。その理由は明白であり、Dクラスが試験への協力を頑なに拒否し続けていたのだ。これには各クラスの代表陣も困惑した。すぐいなくなったとはいえ、宝泉政権ならばいざ知らず穏健派であったはずの七瀬政権になってからは比較的協力的であったからだ。
ではどうするか。もう無視してしまおうという意見も出たが、Bクラスの八神が待ったをかける。今回の特別試験で大事なのは「学年別」の対抗でもあるという面。これを考えた際に、2年生と3年生に対し1年生は大きなディスアドバンテージを持っている。それを打破するには、各クラスから精鋭を集めて「僕の考えた最強の1年生グループ」を作るしかない。そういう提案をしたのだ。しかしそれは孔明の予想通り。
七瀬率いるDクラスは2年Aクラスの傘下にある。勝手な行動は出来ない。今回は学年対抗の面もあるとはいえ、それでもお伺いを立てたのだ。そこで孔明が告げたのは以下の事。1つ、Dクラスは今回2年Aクラスに特段配慮せず動いて良い。2つ、Dクラスはギリギリまで同盟を渋り、相手の出方を伺うこと。それで今後の1年生全体の方針が見えるから、それは報告すること。以上である。
七瀬たちの利益も考えつつ、1年生の動きを知ろうとする作戦であった。孔明は八神の考える1年生の不利さを理解している。だからこそ、Dクラスを外すという動きは取らないはずだと踏んでいた。今回1年生は勝利よりも敗北しないこと、もっと言えば退学者を出さないことを優先するだろうと。もし八神が本当にホワイトルームの刺客であるならば、綾小路清隆を排除する前段階で余計な邪魔をする勢力を排除したい。それゆえに、1年生の中でも中心人物となりイニシアティブを取りに行くはずだと踏んでいた。
しかし、主導権を握るには実績がいる。だからこそこの試験を利用し、退学者を出さなかった。あわよくば上位に食い込めた。そういう作戦を立てたとして中心人物に成り上がる。そういう戦法を取るであろう。七瀬に助言した孔明の思惑はこんなところであった。そして今見事にそれは的中し、状況は彼の想像通りの部分に進んでいる。
1年生の会合が行われる日、1番乗りは八神拓也。そしてすぐにCクラスの宇都宮陸が現れる。
「まだ八神だけのようだな」
「やぁ、宇都宮君。なんとなく君が参加するんじゃないかって思ってたよ」
「俺はリーダーという柄ではないがな。他の生徒が行きたがらない。好き好きに発言するわりに、こういった面倒ごとは嫌う傾向にあるようだ、ウチのクラスは」
「君がそれだけ頼りがいのある生徒だって分かってるからじゃないかな。今月更新されたOAAを見たけど、社会貢献性がBまで上がってたね」
八神は爽やかに好青年を装いほほ笑む。宇都宮は微笑まない。目の前の存在が勝利への壁になっていることを理解しているからだ。身体能力はCの八神だが、学力・機転思考力・社会貢献性はA。諸葛孔明には及ばないにしても、十分すぎる能力値であることは間違いない。
「俺たちは仲間を失った。正直、その損失は計り知れない」
「僕も波田野君が退学するとは思わなかったよ。とても残念だったね」
「……あぁ」
学力Aを持っていた当該生徒は非常に優秀な戦力になるはずだった。しかしペナルティー行為を行い、学校を去った。宝泉は自業自得としても、またしてもの退学に1年生は動揺していた。しかしそれも1ヵ月前の話。今はそんなことを言っている場合ではない。
「七瀬は来るだろうか」
「多分、来ると思うよ。これはおそらく僕たちを試しているんだろうし」
「試している?」
「きっと、僕らがどうするかを伺っているんだろうね。そして一番高いタイミングで自分たちを売りつける。その見極めが出来ると思ったからこういう行動をとったんだと思う。もしくは、それが出来るブレーンがいるか、だね」
「ブレーン、か……」
宇都宮は黙り込む。その脳裡には1人の男の顔が浮かんでいた。
「おや皆さんお揃いで。遅刻っすかね?」
ニッと笑いながら近づいてくるのはAクラスの陸瑞季。宇都宮からすれば、彼女も警戒するべき人物だった。八神を超えるOAAの数値を叩き出しており、Aクラスの中でもトップ層に位置している存在だ。
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうっすか」
「意外だな。修が来るかと思った」
修とは高橋修。瑞季と同じくAクラスの生徒だ。社交的で会話が得意な、いわば1年生版一之瀬のような生徒である。
「あー高橋君に丸投げしようとしたら逃げられまして。悲しいですが、私に押し付けられた形になったんす。そもそもが石上君の怠慢なんすけど」
「では、後1人だけですね。七瀬さんが来なければ僕たちだけで進めてしまいましょう」
「翼さんは来るっすよ。私が来たんすから」
ほらね、と瑞季が指差す方向に2人が目を向ければ、ゆっくりとこちらに近づいてくる少女。1年Dクラスの政権運営担当者である七瀬翼その人である。
「遅れて申し訳ありません」
「ちょうど始めようと思っていたところです」
「七瀬、始める前に1つ聞きたい。今までなぜ頑なな態度を崩さなかった」
「私たちは、他クラスの皆さんがどの程度私たちに価値を置くかを図っていました。結果的につっけんどんな態度となってしまったことは謝罪します。しかし、私たちも生き残りたいわけですから、どうかご容赦ください。宝泉君があんなことになりましたので、私たちも臆病になっているのです」
すらすらと答える七瀬に、宇都宮はよくもまぁいけしゃあしゃあと……という感想を抱く。しかしこれ以上突っ込んでも模範解答しか返ってこないだろう。ここから先の追及は無意味と判断し、八神に先を促した。
「では、本題に入りましょう。今回の試験、生半可なことでは勝利できないと考えています。突拍子もない話に聞こえる無人島サバイバルですが、2・3年生は既に通った道。僕たちだけが不利を抱えています。それも、かなり圧倒的な。確かにハンディキャップもありますが、それで勝てるほど上級生、特に2年生は甘くないでしょう」
「3年は無視っすか?」
「はい。正直、3年生は南雲先輩一強で成り立っています。である以上、真の脅威は2年生。龍園先輩、堀北先輩、一之瀬先輩など各クラスのリーダーもそうですし、アベレージが非常に高く、最強と名高い諸葛先輩率いるAクラスは僕たち1年生全員で戦っても勝てるかどうか。だからこそ、僕らは団結する必要がある。力を合わせて最も強力なグループを作るんだ。上級生を相手にしても勝てるような、そんなチームを」
「つまり俺たちはこの試験でクラスポイントを争わない、ということか」
「学年同士での協力を難しくさせているルールだからこそ、残り時間が少ない上級生は必死だ。けれど僕たちにはまだ時間がある。敢えて捨てるという選択肢を取れるという強みがある」
宇都宮は眉間に皺を寄せる。
「本当にそんなメリットが存在するのか。機会損失は受け入れがたい」
「だけど上級生に食い物にされたらたまったもんじゃないよ」
「……」
「最悪1位さえ取れてしまえば後は捨てても構わない。七瀬さん達Dクラスを無視するアイデアもあった。けれどそれじゃあ他学年と同じだ。他と同じことをしていては勝てない。1年生には『4人までの小グループ作成』が許されている。統一した意思を示せる機会を無駄にすることこそ、機会損失だと僕は考える。折角のハンデをドブに捨てるには、僕たちは戦力が足りないんだ」
Dクラスを除けば、恐らく2年Aクラスが自分たちの不利益にならない程度に助け舟を出す。そうされてしまうと、他の1年生の勝ち目はぐんと下がる。そうなってはおしまいだ。
「ここにいる全員で勝ちにいかないといけない。最優先すべきは勝利。絶対に他学年に勝利させないことです」
力強く宣言する八神。それを受け、3人は思い思いの表情を浮かべる。七瀬はあまり表情を変えず、ここまでは孔明の予想通りと観察している。彼女は八神がどこまで孔明の筋書き通りに動くのかを見極めたいのだ。宇都宮としてはこの提案の利点は理解しているが、だからと言って素直に受け入れられるものでもない。悩みの中である。瑞季は元来どうでもいいと思いつつ、社会性を守るために来ているだけだ。どう転んでもやるべきことは変わらないため、他者から見れば何を考えているのか分からない笑顔で微笑んでいる。
「八神君の趣旨は理解しました。ですが我々にもメリットを提示してほしいものですね」
「七瀬さん、今回の試験では……」
「分かっています。ですが、我々は別に他の1年生と組む必要は必ずしもありません。大人しく2年Aクラスに従っていれば、ある程度のおこぼれには預かれるでしょう。それでもかまわないと考えています。むしろ、そうなるのであれば積極的に協力し、皆さんを追い落とすことも視野に入れています」
「七瀬、お前にはプライドは無いのか!」
「そんなもの、何の役に立つのでしょうか? 私は勝利を目指しているのです。それに、この程度の提案に対してカウンターを用意できないようなら、2年生に勝利するのは難しいと思いますが」
あくまでも淡々と七瀬は告げる。八神を挑発しながらも自クラスの利益を押し通す選択だ。元々彼女はそこまで我が強いタイプではないが、宝泉もいない今はこうして強気な交渉をする必要が存在していた。
「メリットを提示できないのあれば、こちらから要求を提示します。こちらの要求はその最強グループにDクラスから出す人事はこちらが決定権を持つこと。そしてそれ以外のグループに関しての口出しをしないことです」
「……それくらいならば許容するべき範囲でしょう」
「八神……!」
「落ち着きましょう宇都宮君。最重要優先事項はあくまでの他学年の撃破です。ここでDクラスを上手く使っていきましょう。それ以外に勝つ方法は無い。彼女の必死さも理解できるところです。何より、Dクラスが2年Aクラスの手に落ちるよりよっぽどいい」
「損切りは大事っすよ~。何も犠牲に出来ない人は何も得られないっす。捨てるべきモノ、そうじゃないモノの見極めは大事じゃないっすか?」
宇都宮を煽るように言いながら、瑞季は七瀬の援護を行う。クラス分けだけはどうしようも出来ずAクラスになってしまった瑞季だが、本来は七瀬の護衛役。Dクラスにいた方が本人的には都合がいいのだ。
「……分かった」
「良かった。ではこれで1つまとまりました。最後にもう1個だけ団結しておくべきものがあります。報酬アイテムは揉めないように学年で微調整し、最大の効果を発揮できるように統一しましょう。下位に沈みそうなグループに能力不足の生徒を集め半減カードを持たせることも重要ですからね。よろしいですか?」
全員が各々頷く。
「で、肝心の人選はどうする」
「僕はここにいる人なら誰が出ても構わないと思う。Bクラスだと僕以外なら……一応いるにはいるんだけど……」
途端に歯切れの悪い八神に宇都宮は怪訝そうな顔をする。
「いるなら出せ。学年で勝利すると言ったのはお前のはずだ」
「そうなんだけどね。制御できるか不明という意味なんだ。ただ、諸葛先輩に勝つためには強いカードになると思う。ただ本当にどうなるかは分からない。申し訳ないけど、しばらく待って欲しい」
「分かった。だが早くしろ」
「勿論です」
八神もやや困り顔でため息を吐く。入学して3ヵ月強。これまでの間で大分八神の精神は疲弊していた。心の中を覗き込んでくる人物にまとわりつかれているからである。その人物こそがまさに最強戦力なのだから厄介だった。なんでこんな目に、狂人の相手が僕の仕事じゃないぞ……と常に思っているが、どういう訳か離れられないでいるのだ。
「ともあれ、厄介なのは諸葛先輩率いるAクラスです。噂によれば、龍園先輩率いるDクラスと同盟を結んだとか。いよいよ厄介になりました。……そう言えば、陸さん」
「なんすか?」
「陸さんは確か、諸葛先輩と同郷の先輩後輩でしたよね」
「そうっすね~」
「何か弱点など、知りませんか。この際些細な情報でもいいので、攻略の糸口になればと思うのですが」
「弱点、弱点か……。う~ん……」
悩みながら本気で頭を捻っている瑞季に、八神は内心で役立たずと罵声を浴びせる。それに気付いてはいるのだが、気にしないようにして瑞季は捻りだしていた。無いわけじゃないけれど、ここで言えるようなヤツにしないといけない。何も知らないというのは設定上良くない。どれにするかと悩んでいたのだ。
「まぁ、他人とお風呂に入るのはあんまり好きじゃないっすね」
「……そうですか」
「他にはう~ん、散財癖というか趣味にお金つぎ込む癖があるっすね。今は多分やってないっすけど。ここは節約生活なんで。大量の本とか、DVDとかCDとか、やりもしないゲームとか……まぁそういうのに。結構窮屈な幼少期だった反動でしょうねぇ……」
1年生からすれば完璧であり、ミステリアスでもあり、カリスマ性を感じる存在である諸葛孔明のそんな姿はやや予想外ではあった。弱点なんて見当たらないし、弱いところは全く感じさせない。完全な姿であるように見える彼の一面というものを本当に知る人間はそういないだろう。それは望まれ、崇められる姿を取り続けている彼の仮面がそうさせているのだ。
「後は、アイドル? 二次でも三次でも地下でもメジャーでもOKらしいっすけど、そのCDとかが多いっすかね。なんかもうかれこれ20年弱くらい続いているアイドルゲーム? に相当入れ込んでるって話くらいしか。詳しくは知らないっすけど、担当? ってのがいるらしいっすね。なんか役に立ったっすか?」
「ま、まぁ何かの役に立つかもしれないですね、いつか」
そういう情報じゃねぇんだよ!と心の中で悪態を吐きながらも表面上は冷静になり、八神は瑞季に微笑む。こうなったら従妹を名乗っている自分に治療と言いつつ色々やって来る変人に聞くしかないのか。そう思うと頭が痛くなる八神だった。その姿を見ながら、瑞季は笑っている。彼が内心でどう思っているのかも全部お見通しの身からすれば、少々愉快な気分だったのだ。
「ちょっと脱線しましたが、これからは詳しい人選を話し合っていきましょう。また今後も何度かこうして集まることになるとは思いますが、よろしくお願いします。最後になりますが、僕らが力を合わせれば必ず勝利の道は見えてくるはずです。まずはそこを目指しましょう!」
八神は締めくくる。学年での主導権を握るレースに一歩先んじたと思いながら。七瀬は頷く。何も孔明が予想した以上のことをしない八神の評価を下方修正しながら。宇都宮は渋面で軽く首肯する。これしか選択肢がないことに憤りながら。そして陸瑞季はまたしても笑みを浮かべながら頷く。この情報をいち早く主に伝えることを決めながら。
4者4様の思惑を抱えながら、大枠の一致を見て話し合いは終了した。