ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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疑いは認識より来りて、狂気へ至る病なり。

『ギュスターヴ・フローベール』


71.振る舞い

「なるほど、1年はそうすることにしたのか」

 

 ラーメン屋のカウンターに座りながら、龍園は口を開く。これまで、私は瑞季や七瀬から得た情報をもとに1年生の動向を彼に話していた。1年生がどう動くかは割と大事な部分だ。3年生と違い協力者がいる以上、有効活用していかないといけない。3年は南雲だけ見ておけばいいのだが、そうもいかないのが1年だ。何をするか分からん存在がいる以上、警戒するに越したことはない。

 

「俺たちに恐れをなして4クラスで同盟、か。それで勝てると思われてるなら、舐められたもんだな」

「ですが、有効な手段ではあります。こちらがまとまった以上、向こうもまとまらないことには対抗できないでしょう。こちらは単純な頭数で79人。仮に1年生が各クラスごとに挑んだ場合、79対40で数の上で負けていることになりますから」

「戦いは数、ってか?」

「烏合の衆では意味がありませんが、少なくとも我々はそうではない。でしょう?」

「それはその通りだ」

 

 ドン、と置かれたラーメンを啜りながら龍園は答える。脂の乗った豚骨だった。私は割とあっさりとした醤油系が好きなのだが、龍園はガツンと行くらしい。男子高校生らしいと言えばらしいのかもしれない。

 

「まぁいい。奴らがどう動こうと、所詮は1年。お前への内通者がいる時点で負けは決まってる。お前も上手くやったもんだな、内通者を2人も確保して、その上どっちも俺たちに勝とうと思ったら欠かせない人材ときてる」

「そういう存在でなくば、リスクを冒す意味がありませんから。切り捨てられる駒を使うのは、所詮その程度の存在でしかないためにしばしば役に立たないことがあります。経験があるでしょう?」

「櫛田の事か?」

「さぁ、そこは本人の名誉のためにノーコメントで」

「ククク、そうかよ。お前も大概性格悪いな」

「君に言われるとは心外ですね。誉め言葉として受け取っておきましょう」

 

 やはりというかなんというか、我々の相性はそう悪くないように思える。これまでDクラスとは何度か話し合いや戦略会議を行ってきたが、その度に上手くことを運べている。AとDでは大分雰囲気も違うため、クラスメイト同士でも上手くいくかは心配であったが、無闇に突っかかって来るタイプのチンピラは存在していないので大丈夫そうだった。基本民度の高い我がクラスは、多少なら相手に合わせるという技能も持ち合わせている。

 

 例えば椎名と葛城のように普段接点のない生徒同士でも意外とどうにかなっている。葛城も本は読むタイプであるためか話は合うようだ。戸塚も昔は存在した他クラスを見下す癖がないので、上手く話を合わせて場の空気を作っている。特に伊吹と西野は龍園が選抜したが、最初はあまり打ち解けていない様子だった。が、間に上手く仲裁して入りそれなりにはコミュニケーションを取れるようになったと思う。

 

 他にも真澄さんは良い感じの司令塔がいないDの女子を上手くまとめていた。坂柳は端っこの方で縮こまっていたが、石崎が上手くやってくれたためか多少は前に出るようになっている。元々優秀なことは事実なので、上手く使いこなせれば問題ない存在だ。このまま更生してほしい。坂柳の更生計画にこの無人島は大事だ。自分一人では生きていけないことは理解しているだろうから、その重みをしっかり分かると共に相手のことを思いやることを学んでほしいものだ。

 

 ここで一皮むければ、綾小路に勝てる未来も見えてくる……かもしれない。

 

「1年は分かった。3年はどうだ。南雲はお前にちょっかいかけたがってただろ」

「ですね。そろそろ宣戦布告でも何でもしてくると思いますよ」

「そうかよ。で、俺は巻き込まれると?」

「織り込み済みでは? それに、君がここに残っていられる理由をお忘れなく」

「忘れちゃいねぇよ。とは言え、俺はいつまであれに従えばいいんだ。言っておくがいつまでもってのはゴメンだな」

「もしそうだと言ったら?」

「ポイントでも払って取り消させる」

「なるほど。まぁ、そんなつもりはありませんよ。せいぜい、今回の試験を最後で良いと思っています」

「その心は?」

「今回の試験で南雲の心を折りに行きます。向こうから挑んでくるならば正々堂々迎え撃って、撃破するのみ」

「おぉ、怖いぜまったく」

「怖いならば私の傘下に入りますか?」

「はっ! 寝言は寝て言え」

「おや、それは残念」

 

 悪人2人で小さく含み笑いをしながら、汁を飲む。中々うまい。ラーメンは中国にもあるにはあるが、日本のそれとはまた別物だ。そもそも、日本の中華料理には日本で創作されたものが多い。

 

「それはそうと、だ。お前、あの女すげぇ食うな……」

「まぁ、はい……」

 

 私の隣にはラーメンと餃子とチャーハンの空になった皿が置かれている。その席の主である真澄さんは、私を挟んで反対側に座りながら呆れた顔でその姿を見つめる龍園を意に介さず替え玉を注文してる。

 

「奢るなんざ言わなきゃよかったぜ」

「君、我々にたかられるのはこれで2度目ですね」

「嫌なこと思い出させんな」

「アハハハハ」

 

 心底嫌そうな顔をしている龍園。去年の無人島のことを思い出したのだろう。挑発した結果、プライドガン無視のAクラス総勢39名にたかられたことは忘れたくても忘れられないはずだ。あの時の龍園の顔は中々傑作だった。今となっては懐かしい思い出である。あの頃は今よりもずっと平和だった気がする。

 

「おい、そんな食うな。誰の金だと思ってる。太るぞ」

 

 龍園の呆れた声の最後の部分にだけ反応し、真澄さんは背筋が凍りそうな視線を彼に向けている。私が言うと足を蹴っ飛ばされるだけで済むのだが、これが信頼度の違いだろうか……。さしもの龍園も冷や汗をかいている。私も結構怖い。女性に体重の話は禁忌なのだろう。ゲラゲラ笑っていたら今度は私だけ足を蹴っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 想像以上の出費にため息を吐いていた龍園を分かれ、取り敢えず買い物をするべく2人でぶらぶらと歩いている。夏の日差しがドンドン強くなっているので早く店に着いてしまいたい。

 

「胡瓜とトマトが安いな。流石、夏だ。後はピーマンとゴーヤと……」

「肉詰めが良い」

「えぇ……あぁ……まぁいいか。じゃ、今日の夜はそれで。問題は明日だ、明日」

「あと、アイス食べたい」

「ガリガリ君? パピコ?」

「ハーゲンダッツ」

「家計ってご存知かな?」

 

 週に何回か届くスーパーのチラシを見ながらやいのやいのと話す。基本は私が勝手にメニューを決めているのだが、時々こうしてリクエストが飛んでくることがある。作るのは全部私なのだが、まぁリクエストに応答すると喜んでくれるので別に悪い気はしない。話しながら歩いていると、後ろから声をかけられる。

 

「あの~~~」

 

 間延びした声。振り返れば、1人の女子生徒が立っている。この顔は見たことがあった。1年生は全員顔と名前を憶えているので当然なのだが。

 

「誰?」

 

 警戒心を露わにしながら真澄さんが鋭い声音で問いかける。その圧に押されたのか、声をかけた彼女は少しビクッとする。

 

「Cクラスの椿桜子さんですね? どうかしましたか」

「少し話したいことがあるので、お時間もらえますか?」

「……まぁいいでしょう。どこで話しますか? こんな炎天下の中で立ち話は嫌なのですが。他人に聞かれても構わないなら、ケヤキモールの噴水前ベンチとかで聞きましょう。あそこは冷房効いているので」

「分かりました。そこでお願いします」

 

 そう言うと、彼女は歩き出しながらスマホを取り出し、どこかに電話をしている。中々無神経というか大胆というか。私からの印象を良くしようという気は感じられない。そして、瑞季の情報によれば彼女は例の綾小路退学ゲームに一枚嚙んでいる。そう考えれば、それ関連の目的である可能性も大いにある。

 

「ねぇ、大丈夫なの?」

 

 歩きながら小声で真澄さんが問う。何を以て大丈夫とするかは不明だが、危ないと言うことも無いだろう。

 

「恐らくは」

 

 私の返事に取り敢えず納得したようで、真澄さんは何も言わずに歩く。少し行くと目的地に到着する。そこにはそこそこに高身長で目つきの鋭い男が待っていた。彼はCクラスの宇都宮陸。椿と同じく綾小路関連に一枚嚙んでいる存在だ。先ほど椿が電話で呼び出したのは彼だったのだろう。走って来たのか、少しだけ汗ばんでいる。

 

「ご足労おかけして申し訳ありません」

「いや、構わない。どの道我々もここの1階にあるスーパーに用があったのだから」

「それでも申し訳ないです。椿ももう少し態度を考えろ。恋人のデート中に割り込んだらいい顔されないのは当然だ」

「あー、我々は別にそういう関係ではないから。ね?」

「まぁ、そうね」

 

 宇都宮は我々2人の訂正に驚いたような顔を浮かべる。

 

「まぁ、勘違いは誰にでもあるさ。それは良いとして、君たちの要件は彼女がいても構わないかな?」

「はい、問題ありません」

「そうか。では、要件を聞こう」

「単刀直入に伺います。1年Cクラスからこの前波田野という生徒が退学しました。それに先輩が関わっていないかどうか、お聞きしたかった」

 

 てっきり綾小路関連かと思えば、まったく違う話題でこちらが驚く番だった。そう言えば、この前に真澄さんとこれに関する会話をしたのを思い出す。彼女も私が一枚噛んでいるのではないかと疑っていたが、本当に違うのですぐ否定した。信じてくれたようなのでそれは問題ないのだが、他クラス相手だとこうはいかない。相手は私を疑っている。下手すると陰謀論を唱えられてしまう。それはかなり面倒なので避けたい事態だった。

 

「関わってないって、コイツが言ったとしてアンタたちは信じる? 生憎と、そのやったやってない論争、こっちは2回目なわけ。で、1回目もしっかり否定したけど信じてはもらえなかった。そっちが疑ってるなら、もうこっちが何を言ったって黒に見えるだけじゃない?」

 

 真澄さんは腕を組みながら、宇都宮と椿の2人を交互に見ながら言う。決して怒っているという訳ではないが、面倒くさそうなのとイラっとしているのが伝わってくる。そして彼女の言うことは結構正しい。こちらが何を主張しても、信じたいことしか信じないのが人間だ。そういう相手が同学年に存在している身としては、警戒せざるを得ない。

 

「仰ることは正しいと思います。ですが、俺たちも確認したいんです」

「だから……」

「真澄さん、ちょっとステイ。君たちの意見は分かりました。だけれど、彼女が言うようにこっちが明確な証拠を提示することはできません。私はやっていない。波田野という生徒は名前とOAAの数値だけですが知っています。葛城君からも同じ生徒会だったということで話を聞いたことはあります。けれど私に彼を陥れたい理由がありません」

「そうでしょうか。先輩はDクラスを配下に置いている。そのDクラスが上に行くために邪魔な一番近い存在は、Cクラスである俺たち。だからこそ俺たちを追い落としてDクラスに飴を与えようとした。クラスポイントが100引かれたのは大きな損害ですから」

 

 宇都宮の言うことは確かに筋は通っている。結果だけ見れば、得したのはCクラス以外の3クラス。特に這い上がって来るのを恐れているBと、上に生きたいDからすればラッキーなこと。ともすれば、私と関係が深いDクラスのために私が仕組んだことであると考えても不自然ではない。

 

「なるほど、確かに私は容疑者としては大きいわけだ」

「宝泉君を速攻で追い出した先輩なら、何のためらいも無く出来るでしょうし、真面目な波田野君を罠に嵌めることだって出来るはず」

 

 椿は私を見上げながら言う。その顔からは表情がいまいち読み取れない。何を考えているのか、どういう感情で私を詰問しているのか。怒りなのか、恨みなのか、惰性なのか。よく分からないというのが私の感想だった。

 

「もし宝泉がいたなら、俺たちは宝泉を疑っていたでしょう。ですが、もう奴はいない」

「AクラスやBクラスという線は考えなかったのですかね」

「勿論考えました。当然、真っ先に両クラスに確認をしました。そして出方や反応を見て探っているところです」

「なるほど、これは警察でいう所の捜査の一環で色んな関係者に話を聞く作業であると」

「そうなります」

 

 宇都宮の顔を眺めながら、私は落としどころを考えていた。彼らの目的は分かった。この尋問で正解にたどり着けるとは彼らも思っていないだろう。だが、取り敢えずクラスメイトを大事にするという姿勢は打ち出せるし、会話した私や1年B・Aのリーダー格の性格などを掴むこともできる。そういう部分を狙っているのだとしたら、この行動は効果的ではある。私からの印象が下がるというデメリットを許容できるならばの話だが。

 

「結局、水掛け論ね。否定も糾弾もいくらでも出来るけど、お互いに証拠は出せない。違う? アンタたちがクラスメイトのことを考えていることも、クラスに関する損害の観点から、次に同じようなことが起こるのを恐れてるのも分かる。無人島なんて、今の生活よりも圧倒的に監視の目は薄いわけだしね。とは言え、あんまりにも言い続けるようだったら、こっちにも考えがある。2年Aクラス全部と戦うならまだしも、そうじゃないなら止めておいた方が無難ね。こんな確たる証拠もない状況で戦闘するんじゃ、勝ち目なんかないって分かってるでしょ」

「……」

「……宇都宮君、取り敢えずここはこれで終わろう。これ以上はもうお互いに不利益しかないと思うし」

「だが……」

「諸葛先輩だけでも厳しいのに、神室先輩まで敵に回すのはマズいよ。特別試験でもないんだから、戦ったら確実に負けるし」

「……分かった」

 

 宇都宮と椿は話し合い、取り敢えず場を収めることにしたようだ。賢明な判断だと思う。彼らは陰謀論を信じているわけではなく、やはり相手について知ることを第一目標としている節がある。宇都宮は退学させられたクラスメイトについて、それを仕組んだ黒幕を探すことに重きを置いている感じがあるが、椿はそうは思えない。だからこそ撤退の判断は椿の方が素早かった。

 

「お時間取らせて申し訳ありませんでした」

「君たちのクラスメイトを思う気持ちは理解しました。私も、クラスを預かる身としては共感する所も大きい。最後になりますが、私ではないと強調しておきます。信じるか信じないかは君たち次第ですが、信じてくれると嬉しいですね。疑われたままというのは些か気分が悪いので、私も調べるとしましょう。何か分かったらすぐに伝えます」

 

 彼らの目的が思った通りならば、私のこの回答は彼らが私を侮るに足る言葉のはずだ。彼らの真の目的が相手を知る事なら、それに気付かなかった私という風に彼らの目には見える。諸葛孔明という生徒はこの程度の会話では自分たちを見抜けなかった、と勝手に過小評価してくれる。そうなれば御の字だ。

 

 仮に違う目的だったとしても、恐らくクラスメイトの無念を晴らしたいというのは二次的・三次的な願いだろうからどっちにしても本質からズレた解釈をしているという風に映るだろう。もし本当に無念を晴らしたいなら、共感してくれた存在になる。どう転んでも私の勝利は揺るがない。

 

 宇都宮と椿は頭を下げて去っていく。私はおそらく顔に貼り付けられているであろう微笑を浮かべながら、彼らを見送った。2人の姿が小さくなってから私は口を開く。

 

「またこのパターンか。陰謀論者はBクラスだけで十分だって言うのに」

「信用無いわね。龍園と組んでるからじゃない? それか顔が悪人顔に見られてるとか」

「そんなことある? え、私の顔はそんなに悪人顔なのか?」

「私は別に……嫌いじゃないけど」

「いや、君の評価は良いんだ、君の評価は。ゴホン、ともかくだ。彼らは多分、本気で私を疑ってない。我々の出方を伺っていたのだろうな。君の同席を許可したのもそれが原因だろう。私と君が長いことコンビでやってきているって言うのは、1年生でも知ってることだ。多分、彼らが私を詰問したら君が庇うということも織り込み済みだったのだろう。そしたら君の性格とかも一端を垣間見えるわけだし」

「そういうこと……」

「まぁ、違うかもしれないが、私はそう予想した」

「でも、何で私を?」

「自分のOAAをよく見たらどうだ? 同じ2年ならともかく、学年も違う上に共闘も敵対も経験に無い1年生が他学年の生徒を測るならOAAしかない。そう考えたら、君にも接触したいだろうさ。違うかな、2年女子総合力1位の真澄さん?」

 

 事実、彼女は総合力で女子の1位を取っている。次点は一之瀬だ。Bクラスのリーダーとして今なお人望のある一之瀬を差し置いて真澄さんが1位なのも、Bクラスに嫌われている要因なのかもしれない。文句は学校側に言って欲しい。学力ではやや劣るが、身体能力で上回っているのが作用してるのだろう。社会貢献性だって悪くない。そう言えば、もうすぐ3年がいなくなる美術部の暫定部長候補らしいので、多分秋になればもっと社会貢献性は上がるだろう。秋は部活の引退シーズンだ。

 

 彼女の成長は嬉しいことだ。いまは総合力で一之瀬と数字が少ししか変わらないが、いずれは葛城のように総合力80番台まで上がってきてくれると信じている。坂柳の機転思考力と社会貢献性がどうにかなれば、Aクラスに総合力C-以下がいなくなる。最低でもB-。こうなればいよいよ他クラスに差をつけられる。その日はきっと遠くない未来に来る。生徒たちの成長が非常に楽しみだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 2年AクラスとDクラスの同盟。このコンビ結成は他クラスにも大きな衝撃を以て迎え入れられた。まだグループ作成も半ばであったBとCの両クラスは、個別に対応を強いられることになったのである。特に、素のスペックで他クラスに劣る人材が多いCクラスは苦境に立たされることになった。

 

 堀北は苦慮していた。クラスポイントに拮抗が見られる今、両者ともにあまり手を組みたい状況ではなかった。とは言え、残っている選択肢はBクラスと組むか、ソロで挑むかのどちらか。自分ではソロでも行けるかもしれないが、少なくともクラスメイトはそうではない存在が多い。悩んだ末に選び取った選択肢は消極的協力関係であった。一方のBクラス側も同じ魂胆ではあったようで、いくつかのグループはBクラスと合同で作成することが出来た。

 

 だが、それでは勝ちに繋がらない。龍園に追い付かれるのは避けるべき事態であるし、Aクラスの勝ち逃げも許されるものではない。そして堀北は、持ちうる手札の中で現状最も効果的なものをここで切ることにした。

 

「ふぅむ、つまり君はこの私に次の試験で1位を取ってこいと、そう言いたいのかね?」

 

 髪をかき上げながら、高円寺は言う。少なくとも拒まれる雰囲気ではないだろうと堀北は思った。彼は断るときはもっとバッサリ断る。

 

「その通りよ」

「だが、それは私にメリットがないねぇ。そこそこのポイントが手に入れば良い身としては、別に上位に入らなくても良いのだよ」

「確かに、あなたならそう言うでしょうね。それは理解していたわ。その上で頼んでいるの。AクラスとDクラスが同盟を組んだのは知っているわね」

「そうらしいねぇ。ミスターも中々大胆だ。だが、良い選択肢だろうねぇ。私でもそうするさ。クラスポイントの差、クラスの位置、両者の持っているカード……多くの要素が組み合っている。そして、ドラゴンボーイは使いこなせれば強力な武器になる。ならば、ミスターが使いこなせないということもないだろうから、妥当な選択肢だろう」

「そうね。だからこそ、あなたは1位を取らないといけない状況……正確には向こうが1位を狙う以上あなたも1位を狙わないといけないのよ。前にあなたが言ったこと、忘れてないわよ」

「ミスター諸葛と戦えるならば、力を貸す。確かに私はそう言ったねぇ」

「そうよ。ならば、今がその時ではないかしら?」

 

 高円寺は少しばかりの沈黙をする。だがすぐにまた堀北の方を向き、いつも通りの自信満々な態度を見せた。

 

「いいだろう、堀北ガール。私は有言実行する男だし、約束は守る男なのだよ。言った通りにミスター諸葛と戦おうじゃないか」

 

 これは堀北が喉から手が出るほどに欲していた言葉。Cクラスの文字通りの切り札。与えられた2枚のジョーカーの内の1枚。そんな彼がこれまで本気で戦うという行為を行ったことは、それこそ1回しかない。混合合宿でのマラソンにおいてが唯一だった。そこで諸葛孔明に互角に迫った高円寺の力を使わずにこの試験を勝つのは不可能。そして堀北は高円寺という男のプライドを突いた。結果的には堀北の判断は正しいものだと言えよう。

 

 無論、強い個人に頼り切り、悪く言うならおんぶにだっこな状況なのは理解している。だが使えるものは何でも使わないと、どうすることも出来ないことも分かっていた。だからこそのこの選択。そして高円寺は断らない、いや断れないということを知っていて協力を呼び掛けたのだ。

 

 クラス内で行われたこのやり取りに、Cクラスはにわかに騒然とする。これまで特別試験には非協力的であった高円寺がここで協力すると言い出したのだから当然であった。これで勝利の目が見えたと思う者もいれば、本当に協力するのか懐疑的な者もいる。だが、少なくとも高円寺では力不足と考える生徒は存在していない。これまでに見せた底知れない力の片鱗。それに触れていたCクラスの生徒は、彼の実力ならば或いは諸葛孔明にも勝てるはずだと信じていた。

 

「期待して待っているわ。もしグループに誰か欲しいのであれば……」

「いいや、それには及ばない。私は単独で勝利してみせよう」

「大丈夫なのね?」

「私に不可能は無いのだよ。さて、話は終わりかね? 待たせている人がいるので、これで失礼するよ」

 

 そう言うと、高円寺はいつも通りのマイペースでクラスを出ていく。その背中を見送りながら、堀北は少しばかりホッとしていた。一番面倒くさいタイプの人間との交渉が成立したことに対する安堵であった。これまで高円寺に協力を願って、幾度と断られてきた経緯がある。今回は初めて成功したのだった。そしてこれで確信が持てた。それは、諸葛孔明が彼の認める人材であり続けている間は、高円寺はAクラスと戦う際に有効な戦力であり続けるということ。

 

「上手くやったな」

 

 同じように高円寺の背中を見つめながら、いつも通りの無表情で綾小路が言う。

 

「えぇ、なんとかなったわ。これで彼が1位……とまではいかなくても3位以内に入ってくれれば、また情勢は変わる。AD同盟は1~3位を独占するつもりでしょうし、もしどこか1つでも食い込んでくれれば、諸葛君と龍園君の目論見は阻止できる。あわよくば、私たちの他のグループが別の所にも食い込めれば……クラスの順位もひっくり返る」

 

 絵空事ではあるが、仮に1~3位をすべて独占した場合、手に入るクラスポイントは600。Aクラスが1434、Cクラスが728である現状、もしこれでCクラスに600足されれば1434と1328。諸葛孔明の背中がかなり近くに見える。こう上手くはいかないにしても、おめおめと同盟に報酬を奪取されるよりはいい。そういう判断だった。

 

「勿論、あなたにも期待しているわよ綾小路君」

「あぁ、なるべく上位を目指して努力しよう」

 

 確実にホワイトルーム側が何かを仕掛けてくると分かっている綾小路は、警戒を解けない。確実に妨害が予想されるので、恐らく3位以内は難しいと踏んでいる。そのため、今回の試験は高円寺と同じくソロで挑むことにしていた。それでも上位を目指す気はある。

 

 綾小路が見渡せば、クラスの雰囲気は少しずつ良くなっている。まだまだ先は長いが、それでもいつかはAクラスに追い付けるかもしれない。その素養は綾小路にも感じ取れていた。

 

 軽井沢や佐倉なども努力をし始めている。最初は神室真澄のアドバイスに従った佐倉がイメチェンを果たし、その後それに触発された軽井沢が綾小路を取られまいと捨てられないように必死になって色々と自己研鑽に励み始めた。

 

「仲間と勝利する……こう言うことか、諸葛」

 

 堀北と綾小路、そしてCクラスの長い夏が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あまり良い状況ではない中でも希望を見出して進もうとしているCクラスに対し、Bクラスの状況はあまり良いものではなかった。それこそ、Cクラスよりも。しょうがないのでCクラスと消極的協力関係となり、いくつかのグループは両クラスから人員を出し合って形成したが、大多数はクラス内で完結させることになった。

 

 Bクラスは団結力がある。それが専売特許であり、他人を蹴落とさないと生きていけないこの環境では清涼剤のような役割を果たしていた。Bクラスの生徒の多くも、このクラスの姿を誇りに思っていた。しかし、今ではその団結力もAクラスに後れを取っている。無論、数値化出来るような概念ではないが、だからこそ肌で感じる空気感というものが、Bクラスの危機感を煽っていた。

 

 AとDの同盟は、努力と友情でどうにか出来る状況を超えている。不安に怯えるクラスの中で、神崎はそう結論付けていた。努力も友情も美徳だが、それで勝利を得るにはもっと違う要素が必要になる。実力があるからこそ、努力は実り友情で勝利できるのだ。ジャンプの方程式は凡人には使えない。

 

「また諸葛か……」 

「坂柳を助けたばかりか、今度は龍園と同盟。完全に俺たちを殺しに来てるだろ」

「やっぱり、坂柳さんを退学にさせるべきだったんじゃない?」

 

 あちらこちらでそういう声が聞こえる。確かに、坂柳を退学にさせる機会はあった。明確な犯罪行為を(少なくとも一之瀬に対しては)行った坂柳はどうあがいても名誉棄損。あの時に一之瀬が強く主張すれば、坂柳は退学になったことだろう。

 

 だがそれは過ぎたこと。反省するならばいざ知らず、このように過去を何度も振り返ってあの時ああすれば、と言い募るのはよろしくない状況だ。神崎は静かにそう考える。過去を何度も振り返り、他責し、そして陰謀論を求める。現状が上手くいかない原因を他者に求めていく。行きつく先はヴァイマル共和制だ。背後からの一突きならぬ諸葛からの一突き論はBクラスの中で度々登場している。

 

 一之瀬は良くやっている方である。しかし手詰まりなのもまた事実。何が足りないのかを神崎は分析する。答えはそう難しくは無かった。端的に言えば、「清濁併せ吞む」という精神が足りない。そう判断する。時には卑怯に、時には悪辣に。そうでもしないと、上に行くことはできない。防御しているばかりではダメで、時には犠牲を顧みない攻撃が必要だった。もし仮に防御するのでも、カウンターが出来ないようでは意味がない。

 

「手段を選んではいられない。選べるわけがない」

 

 神崎は小さく呟く。手段を選んで戦えるのはいつだって強者であり、自分たちはそうではない。それをクラスメイトが理解するのは、一体いつだろうか。自分に、そういう意識を目覚めさせることができるだろうか。諸葛孔明ならばこんな悩みは抱くまいと思い、表面上は和やかなクラスの中で彼は一人で自嘲した。

 

 Bクラスの夜明けは、まだ来ない。尤も、夜明けがあるのかも疑わしいが。




一応整理も兼ねて、OAAの数値一覧(7月時点)です。数値は学力/身体能力/機転思考力/社会貢献性/総合力の順です。生徒の順番は総合力順になっています。なお、同値は名前の五十音順です。メンバーはAクラスを中心に、関係の深い人物&参考値に数名という感じです。地味に何人かはOAA初出ですね。あと、当然ながら原作とは変化している人多数です。

数字とアルファベットの相関性は多分こうだろうと考えて、以下のように設定しました。以後は勝手にこれに合わせていきます。若干原作と違うかもしれませんが、まぁもう今更だよね!

A+……95~
A……85~94
A-……80~84
B+……75~79
B……65~74
B-……60~64
C+……55~59
C……46~54
C-……40~45
D+……35~39
D……30~34
D-……25~29
E+……15~24
E……~14

<3年生>
・南雲雅…………A(90)/A(92)/A+(97)/A+(96)/A(93)
・桐生叶…………B+(79)/B+(75)/B+(79)/B+(78)/B+(78)
・鬼龍院楓花……A+(96)/A+(95)/D(33)/C+(56)/B(72)


<2年生>
・諸葛孔明………A+(98)/A(94)/A(90)/A-(88)/A(93)
・葛城康平………A(93)/B(68)/A-(83)/A(94)/A-(83)
・平田洋介………B+(76)/B+(79)/B+(75)/A-(85)/B+(78)
・神室真澄………A-(82)/A(88)/B(69)/B-(64)/B+(77)
・真田康生………A(89)/C+(56)/B+(78)/B+(76)/B+(75)
・橋本正義………B+(78)/B+(79)/B(70)/B(68)/B+(75)
・一之瀬帆波……A(86)/C(54)/B(70)/A+(96)/B(74)
・鬼頭隼…………B(72)/A(89)/B(68)/B-(60)/B(74)
・櫛田桔梗………B(72)/B-(60)/A-(82)/A(88)/B(74)
・森下藍…………A-(83)/C+(59)/B+(78)/B(70)/B(73)
・堀北鈴音………A-(82)/B(71)/B-(60)/B+(80)/B(72)
・綾小路清隆……A(92)/B+(79)/C+(59)/D+(38)/B(71)
・神崎隆二………B+(77)/B(70)/B-(60)/B(71)/B(69)
・戸塚弥彦………B(73)/C+(55)/B+(78)/B(72)/B(69)
・山村美紀………A(89)/C(50)/B-(63)/B-(62)/B(67)
・須藤健…………C(54)/A+(96)/C-(42)/B-(63)/B-(63)
・金田悟…………B+(80)/D(29)/B-(64)/A-(81)/B-(61)
・龍園翔…………C+(59)/B(71)/B(70)/E+(20)/B-(60)
・幸村輝彦………A(92)/D(30)/C(51)/B-(63)/C+(58)
・姫神ユキ………B-(63)/C+(58)C+(58)/C+(57)/C+(57)
・高円寺六助……A-(80)/B+(78)/E+(24)/D-(25)/C+(56)
・椎名ひより……A(90)/D-(28)/C-(42)/B(74)/C+(56)
・坂柳有栖………A(94)/D-(25)/C(48)/D(30)/C(52)
・軽井沢恵………C(54)/C-(44)/B-(61)/C-(40)/C(51)
・佐倉愛理………C(46)/D-(25)/C+(58)/B-(60)/C-(45)
・池寛治…………E+(20)/D(34)/B-(60)/D(32)/D+(37)


<1年生>

・陸瑞季………A+(95)/A+(96)/A-(83)/B(70)/A(88)
・七瀬翼………B(74)/B+(78)/B(71)/B(66)/B(73)
・八神拓也……A(93)/C(51)/B(74)/B+(77)/B(73)
・天沢一夏……A(87)/A-(83)/D+(38)/C+(57)/B(68)
・諸葛魅音……A+(96)/A(93)/D-(28)/C(46)/B(67)
・宇都宮陸……B(72)/A(87)/C(51)/D+(39)/B(66)
・石上京………A(95)/D-(25)/B+(77)/D(31)/B-(61)
・椿桜子………C-(44)/C-(40)/D+(38)/C-(40)/C-(41)


全学年総合力1位……諸葛孔明・南雲雅
2年生総合力1位……諸葛孔明
2年生男子総合力1位……同上
2年生女子総合力1位……神室真澄
2年生学力1位……諸葛孔明
2年生身体能力1位……須藤健
2年生機転思考力1位……諸葛孔明
2年生社会貢献性1位……一之瀬帆波


なお、既卒生だと
・堀北学……A+(96)/A+(95)/A(94)/A+(98)/A+(95)
とかでしょうか?
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