『ジェームズ・ディーン』
72.優しさと強さ
<七瀬翼の独白>
あの時の衝撃は、今でもよく覚えています。何の前触れも無く、突然告げられた急な別れ。あのありふれたファミレスの情景とBGMが、あの時ばかりはやけに不釣り合いだったことを思い出します。銀色の髪に白い龍をあしらった眼帯を付けた少女。自分と年端もそう変わらないと思しき彼女は、己を軍人と言いました。自分とは縁遠い存在であると思っていたモノは、思ったより自分の側にあったのだと知ることになります。
彼は、私の頭をその温かい手で撫でてくれた。優しい微笑みは、いつだって私の心を癒してくれた。真剣な眼差しは、私の憧れだった。でも、それはいつの日にか曇って行って、何もできなかった私は、ただ励ますことしかできなかった。自分の無力さを呪いながら過ごしていた日々に、彼らは良くも悪くも変革をもたらした。
彼が夢を掴めないなんてことはあってはいけない。だから、私は彼を応援することにしました。この国が、彼の努力と強さと優しさと、そしてそれ以外にもある多くの美点を認めないなら、それを認めてくれる場所で。そこで輝いてくれればいいのだと、そう思いました。
だからこそ、送り出しました。さようならではなく、また今度と言って。夜の闇の中、遠くへ消えていく車。それを見送り続けた私は、いつしか涙を流していました。止まって欲しいのに、まったく止まらない。もしかしたら今生の別れになるかもしれない。そう思うと、どうしても泣かずにはいられなかった。
「安心してください。我々が必ず、彼を送り届けます」
そう言いながら敬礼して車に乗り込んでいく陽動部隊の方々。私に出来るのは、彼らを信じることだけ。そして……せめてもの復讐。それはホワイトルームに敵対している彼らの司令官に協力して、あの組織を潰すこと。彼の夢を、栄一郎君の夢を奪ったホワイトルームを私は決して許さない。そう、これは正義の戦いなのです。これまであの組織のせいで不幸になった多くの人の想いを背負った正当な復讐なのです。
泣いていた私に、そっと上着をかけてくれた瑞季さん。彼女がいれば、私の身柄は安泰だろうという話でしたが、実際安泰でした。ホワイトルームとは何の関係もない不良に絡まれた時、気付いたときには全員倒れ伏していたのでその実力はきっと折り紙付きなのでしょう。
結構快活で、かつ話も合ったために護衛云々を関係なく良好な友人関係を築けたと思っています。彼女とともに、司令官に力を貸すことできっとうまくいく。そう思いました。残念ながらクラスは別々になってしまったものの、高度育成高等学校に入学。最初、ご迷惑をおかけしてしまったものの、司令官である諸葛少将……ここでは諸葛先輩も快く接してくださいました。
私たちの救世主、偉大なる諸葛閣下。その使命のために命を預ける瑞季さんの気持ちはよくわかる気がします。私にとっても、栄一郎君にとっても彼は救いの神でした。ですので――えぇ、ですので。あの方がここで学生生活を送ることを助けるのは、当然の行いなのです。クラスなど二の次三の次。正義のため、大義のために私は戦っているのですから。
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「うみだーー」
一見するとまるで海を見たことが無いような声が響く。ちょっとは感動が入っているような気もしないでもない声色。あんまり表情は動いていないので、そこまで喜んでもいないんだろう。
「もう少し声に感動を含めたらどうなんだ。と言うか、これ去年も言ったな……」
「そうね」
「もう1年、か」
あの夏休みから1年が経った。改めて時の流れの速さを実感する。もう1年だ。来年無人島があるのかは知らないが、あるとしても今回を除けば残り1回だけになる。少し名残惜しい気分にもなってきた。去年の島は結構楽しかった。特別試験というよりサマーキャンプのような雰囲気の中、約1名を除いてかなり楽しい思い出を作れたんじゃないかと思う。結果として試験も勝利して、万々歳だった。
あれのおかげで私は今の地位に就く地盤を整えたし、真澄さんも支持を集めた。そう考えるとあの無人島と学校には感謝しないといけないのかもしれない。今回も小笠原諸島かと思ったが、船の航海計画を除いたところ沖縄方面に向かうことになっていた。台湾にほど近い海域にある大海島という場所だ。
前回の無人島では海保の巡視船が2隻同行していたが、今回は数が増えて3隻が同行している。1隻が先行し、残りの2隻が左右両側を航行している。まず間違いなく紛争地帯に近いからだろう。ここ数十年まともな戦闘は起こっていないが、台湾沖はウチの本国と民国政府の紛争地帯である。元はと言えば、1945年に新京条約で台湾は日本領で良いと共産党+私の曾祖父が率いる四川軍閥が了承してしまったのが始まりだ。その後、国共内戦を経て日本領だった台湾を蒋経国が武装占拠してそのまま居座り今に至る。現在も日本とは反共では協力しつつも領土問題を抱えたままだ。
そんなところに生徒を送るなよ! と思ったが、この学校にそういう配慮を求めるのは無理だろう。後、単純に全校生徒で特別試験をやるための会場がこの辺の海域にしかなかったのかもしれない。どっちにしたってしょうもない話だ。
今日まで1月ほどではあるがDクラスとの共同作業も多く行ってきた。そしてその中には試験内でどんな課題が出るか分からないことに起因する勉強会なども存在している。これはAクラスが生き残るために取った戦略だ。本来は他クラスの強化に繋がる行動を行うのは良くない。しかし今回はDクラスと一蓮托生である都合上、強くなってもらわないと困るのだ。
「しかし、何がサン・ヴィーナスだ。どっちかと言うとエスポワール号だろうに」
「賭博はしてないじゃない」
「それはそうだけども。……というかキミ、どこでそれ読んだの」
「アンタが私の部屋に置きっぱなしにしてる段ボールの中に入ってたけど。人の部屋、物置みたいに使ってるんだからそれくらい良いでしょ」
「別に構わないけど、もっと色々面白いのあっただろうに」
「取り敢えず目についたのから読んでるから」
あまり涼しくはない海風に吹かれながら、時計をチラリとみる。特別試験の追加説明会が間もなく行われる。場所は船の中の映画館。確かに、多くの生徒を集めつつスクリーンを使用できるという意味では結構適した場所なのかもしれない。
現在は1年生が説明を受けている最中なので、入れ替わりで2年生が入ることになる。どういう席に座るかは自由らしいが、グループを組む生徒はその人間同士で組んだ方が効率的なのも事実。これまでDクラスとは綿密な交流を重ねてきたが、それでも改めて戦略を話し合う場は必要になって来る。考えることはどこも同じで、まだ時間まで少しあるが既に何人かは集まっていた。
「お、いたなー!」
遠くから声と共に手を振る姿。Dクラスの石崎だ。真澄さんが今回の試験において小グループを組んだ相手でもある。後ろには同じく真澄さんのグループにいる木下の姿も見えた。彼は善良な生徒とはそこまで言えない人物ではあるが、龍園に対する忠誠心は真摯なものがある。木下は去年の体育祭で龍園の計により足を意図的に負傷していたことで記憶に残っている。中々思い切ったことを了承していたので、その決断力は感服した。
「神室に諸葛か。俺、邪魔だったか?」
「いえ、特には」
「そりゃよかったぜ! 神室も、改めてよろしくな。今回の試験、このルール説明もだけどよ、俺たちはちょっとアレだからな。お前の頭が頼りだ!」
「俺たちって、私も含めないでよ」
「お前だって俺と大して変わんないだろ、木下。陸上ばっかで成績ギリギリなの知ってんだぞ」
「だからってここで言わなくても良いじゃない! ごめんね、神室さん。石崎君時々無神経だから」
「別に気にしてないから。それと、頼りにされてるのは嫌な気分じゃないけどそっちも頼んだわよ。まぁ、最善は尽くすけど」
「おう、任せとけ!」
石崎は自信満々と言う様子だ。どこからそのポジティブさが出てくるのかは分からないが、元気なのはいいことであると思う。少なくとも、悲観的になっている間は成功率というものは著しく下がってしまう。
「木下さん、最近部活の方が好調らしいですね」
「えっ! 知ってるの?」
「ええ。西川さんから聞いていますよ。今回の試験でも、真澄さんをお願いしますね。坂柳さんのことも、ついでに」
「わ、分かった! 諸葛君がそう言うなら! 頑張るから、応援しててね」
「それは勿論」
話しかけてもちょっと上ずった声の返事が返って来る。顔も赤いし、何か緊張しているのかもしれない。龍園と言う絶対君主と対等に話している人間なせいでそういう扱いを受けることもある。ちょっと悲しいところだ。私は人当たりはよくしているつもりなんだけれど。おかしいなぁ。正統派アイドルの真似してなるべくにこやかにするようにしてるんだが。報われない努力なのだろうか。ちょっとブルーになっていると、2人にバレないように真澄さんが思いっきり足を踏んづけてくる。痛い。
「Aクラスも、ありがとうな。龍園さんは多分言わないから、俺が代わりに言っとくぜ。これまで、色々教えてくれて。勉強とかな。俺さ、今中学生からやり直してるんだ。ちょっと前は小学生のやってた」
「それはまた遡りましたね」
「交流とか勉強会の時とかに言われたんだ。分からない原因探って、一番前からやり直せって。そしたらちょっと分かるようになって来た。俺だけじゃなくて、木下もうそうだし他の奴らもそうだぜ。皆言ってる。勉強、分かるとちょっと楽しいってな」
少し照れるように彼は言う。木下も同意見なのか、少し恥ずかしそうにしていた。
「俺さ、初めてだったんだぜ。分かんねぇことは何回もあったけど、親は馬鹿だし、先生に聞いてもダメでよ。何回も聞いたら怒られて、それでもういいやめんどくせぇってなった。そっからずーっと放置してた。でも怒られなかったんだよなぁ。何回も同じようなこと聞いちまったけど、ずっと根気よく教えてくれた。出来たら喜んでくれた。なんつうか、誤解してなぁって思ってよ」
「誤解、ですか」
「Aクラスはガリ勉のつまんねぇ集団って勝手に思ってた。お高くとまって、勉強できない奴の事見下してるんだって。だけど……Aクラスって優しいんだな。少なくとも俺はそう思った。試験の時はすんげぇ怖い相手だけど、普通に話してたら優しいしな」
「出来ないことを笑わないしね」
石崎の言葉に、木下が付け足す。私はAクラスの指導担当であるため、Dクラスの勉強を見る役目自体はウチのクラスの各員に丸投げしている部分があった。教えることは自分の理解度の再確認になる上に、言語化することで思考の整理にも繋がるから悪いことではないと思って推進した。結果、多くの生徒が教える側に回ってくれたように思う。無論、椎名のように必要ない生徒もいたが、Dクラスの生徒にとっては随分役に立ったようだ。
「授業中、坂上先生にも褒められたぜ。『君の口からわかんないです以外の言葉が出てきたことが嬉しい』ってな」
「それは良かった。考えることが大事ですからね。思考を放棄するのは楽な選択肢ですが、その先に未来はありませんので」
「でもいいのか? 俺たちが強くなると、困るのは……」
「問題ありません。これくらいで抜かれるほど、ウチの生徒は弱くありませんので」
「それもそうだな! いやぁ、壁は厚いぜ」
しかし……そうか。真澄さんの成長は一番近くで見てきたからよく知っていたけれど、それ以外の生徒もしっかり成長していたんだな。他クラスの人間の言葉だ、贔屓目無しに見れる。それに、石崎は良くも悪くも取り繕うということをしない率直なタイプとみている。こういう人物からの言葉は、本当の可能性が極めて高い。
確かに最初のAクラスは彼が誤解していたと語る通りの生徒が多かった。成績を鼻にかけて、他クラスを見下す。そんな生徒も多くいた。だが1年経てば人は随分と変わるらしい。石崎の言葉もだが、木下の言った「出来ないことを笑わない」と言うところが一番嬉しかった。出来ないのは悪いことじゃない。これから出来るようになればいいし、そういう努力をしていけばいい。それが一番大事なことだと思っている。
優しさは強さだ。余裕のない者はそういう風に振舞えない。ウチの生徒たちの成長を他クラスの口から語られるとは思っていなかったが、嬉しい発見だった。
そうこうしている間に1年生の説明が終わったようで、入れ替わりが行われている。入り口が複数あるので、一方通行にしているのは賢い選択だ。この学校はこういう部分には気が回る癖にシナ海近くに船を送るという大きめな配慮が出来ないのが一番謎かもしれない。
真澄さんと石崎・木下の3人は私に別れを告げて席を取りに行く。彼女があの3人の頭脳担当なのだろう。それにしてもOAAの身体能力が高い3人が集まると全員パワー系に見える。タンク担当が石崎で頭脳担当が真澄さん、スピード担当が木下だろうか。だがウチの真澄さんだって走る速さは負けてない。今年の体育祭があるなら、勝負しているシーンも見られるかもしれない。
私も席を取るが、肝心の龍園が来ない。彼は遅刻癖があるのか何なのか、いつもギリギリだ。そういう所は直した方が良いと思う。別に遅れたって偉大さアピールにはならないし、ただ時間の読めない奴扱いされるだけだ。特にこの国では。一応彼の分の席も隣に確保しておく。中々来ない彼女を待ってる男の気分だ。ただし、相手は彼女ではないので嫌になってくる。
「よう」
「キミはいつも時間ギリギリですね」
「間に合ってんだからいいだろ」
やっと現れた龍園は、ドカッと私の隣の席に座る。確保していたというのは伝わったらしい。
「それで?」
「あ?」
「何も無いんですか。わざわざ席を取ってあげたのに。そういう時はありがとうって言うんですよ。どんな些細なことでもね。何も激しくお礼しろなんて言ってませんが、せめて軽くお礼を言えばいいのに」
「はっ、なんで俺がそんなことしなくちゃいけねぇんだ。王のために場所を取るのは当たり前だろ」
「私は君の同盟相手であって臣下じゃありません。対等同盟のはずですがね。それに、君主こそ礼節を上手く使いこなすものです」
「そうかよ。……ちっ、ありがとな」
「いざ言われると気持ち悪いですね。どういたしまして」
「お前が言えって言ったんだろ! 調子狂うぜ、まったく……」
龍園はこめかみを抑えながら首を横に振っている。なんとなく彼のことが理解できてきた。中々どうして面白い。いじり所を間違えると大損害だが、上手くやればこういう反応をさせられる。これは新たな知見だ。龍園の特質なんて分かっても何も面白くはないが、ツンギレタイプの接し方の参考にはなるだろう。
「では、これより無人島における特別試験のルールを説明したいと思う」
去年と同様に、ウチの担任が説明を行う。スクリーンの横で話している姿は無声映画の弁士みたいだ。
「無人島に滞在する期間は明日からの2週間。昨年の無人島と同様に自分たちで自由に生活を行ってもらうことが基本になる。試験期間中続行不可能な怪我や体調不良に陥る、もしくは重大なルール違反を犯した場合は容赦なくリタイアと言う形を取る。この後、一定の条件下で小グループを複数組み合わせた大グループを作成できるが、全員がリタイアした場合、そのグループは失格となり順位が確定する」
そして下位5グループになると、退学だ。最悪なこのルールはポイントで防ぐことはできる。単独だと600万。3人だと1人につき200万。人数に応じて必要な額は減っていくが、支払えた人しか救済は実行されない。まぁそうそう下には行かないと思うが……一応覚えておかねばならないことだ。
「では次に、勝利条件を伝える。各グループには順位を決めるため、『得点』を集める戦いをしてもらう」
<2年次夏季特別試験ルール⑦・得点決定方法>
Ⅰ無人島を100に分けたエリアに一定時間毎に向かうよう指示される『基本移動』
・たどり着くのが早かった順に『着順報酬』として1位に10点、2位に5点、3位に3点。指定時間内にたどり着けた者には等しく1点。
・エリア告知は試験の初日と最終日は3回、それ以外の12日間は日に4回
・ゴール時間は7時~9時、9時~11時、13時~15時、15時~17時
・3回連続でスルーすると1点減少。4連続だと1度に2点、5連続だと1度に3点と回を重ねるとペナルティーが重くなる。
・ペナルティーはスルーを止めると累積値が0に戻る
・全員たどり着く必要は無い。ただし、到着ボーナスは人数分減る
・着順報酬はリタイア無しかつ全員が指定エリアに到着している場合のみ発生。最後の生徒を順位とする
・エリア指定が不可能な場所は指定されない
・1日4回のうち3回は最後に指定されたエリアを中心に前後左右2マス以内、斜めは1マス以内に再指定される
・1日1回だけは法則に当てはまらない例外となり、どこに設置されるかは不明。ただし、ランダムは連続しない。
体力勝負になることは明白だった。移動は結構時間がかかる。龍園と私は身軽なコンビではあるが、龍園はあくまでも一般人。体力はあるが無茶させすぎると壊れてしまう。最悪私が担いで飛び回るしかないだろう。多分乗り心地は悪いと思うが。
得点を集めるのも維持するのも面倒だ。着順報酬を無視することもできるが、10点は無視できる数字とも思えない。下手な移動もリスクになるし、厄介なルールだ。だが、どうやって着順を調べるのか。その説明がされ始めた。
「もう1つの方法に移る前に、これを見てもらいたい。試験開始から終了まで生徒にはこの腕時計を身に着けてもらう。その他に腕時計と連動するタブレットも支給されるが、その説明は後で行う」
無人島に電波飛んでるってこと? 金あるなぁ。このために整備したのか何なのか知らないが、これを血税でやってると知れば支持政党に関係なく暴動が起きそうだ。もう1回日比谷が燃えかねない。
「この腕時計は時刻の確認だけでなく、得点を得るために必須の道具である。基本移動の得点などは全てこの腕時計を元に集計されるからだ。また、時間内に指定エリアに入るとその旨の通達が来るなどの機能もある。ただし、多少のタイムラグもあるので時間ギリギリ、或いは即座にエリア外に出ると未計測になる事があるので注意するように。得点が入ったかどうかは必ず腕時計の通知を確認してもらいたい。更に、これは装着者の体温・心拍数・血中酸素・睡眠時間・ストレスレベルなどをモニタリングできるようになっている。何らかの項目が一定ラインを超えた場合はアラームが鳴る」
例としてアラーム音が鳴り響く。何だろう、そこはかとなく漂うディストピア感。実は毒針でも仕込まれてるんじゃないかと思ってしまう。私の睡眠時間だとずっと鳴り響いてそうだ。心臓止めて仮死状態、みたいなことをやると容赦なくアウトだろう。ストレス値の基準も不明だし、正直よく分からない。こちとら40度くらいまでは熱出ても動けはする。
「アラームは最初警告のため5秒ほどすると自動で停止する。しかし、規定を超えたままの状態が続くと10分後に再度警告アラームが鳴る。それがさらに続くと緊急アラートに切り替わる。そうなると24時間以内にスタート地点でメディカルチェックを受けてもらう。無視、或いはたどり着けなかった場合には状況次第でリタイアもあるだろう。また、この緊急アラートは手動で切らない限り鳴り続けるので、5分間停止されない場合は教職員と医療班がGPSを元に駆け付ける。なお、不正が出来ないよう特殊な工具を使用しないと取り外せない仕組みになっている。何かしらの方法で強引に外すと、自動的に得点機能をストップさせる」
やっぱりディストピアじゃないか。外せないとかまんまそのパターンだ。いつから日本はそんな頭おかしい感じになってしまったのか。ウチの国ですらここまでしてないぞ。スマホを使用しないと社会生活を送れないようにしたうえで位置情報や電信監視は行ってるけど……。
「また、強い衝撃で物理的に破損した場合や通常使用の範囲内であっても何らかの理由で機器の一部に異常が出た場合も機能はオフになる。その際はスタート地点で交換を行ってもらう。さて、ここまで説明したところで基本移動の話に戻そう」
<⑦のⅠ、追加>
・腕時計内に全12通りの『テーブル』が存在する。そのテーブルごとに指定されるエリアは異なる。
・グループを組んでいる者は皆同じテーブルになる。大グループを形成した場合も、書き換えが行われる。
「次に得点を得る方法の2つ目を説明する。それは無人島の各所に設置される『課題』をこなすことで得点を得るというものだ。課題は7時~17時まで随時各所で行われる。100に分けられたエリアだが、同一エリア内に複数の課題が出ることもある」
スクリーンには一例が表示された。
「タブレット上のみで確認できるこの赤い点に課題が設置されている。この課題の有無を示す点はいつ出るか、どこに出るか、どんな課題であるかは予測できない。出現して初めて知ることができる」
課題例①・『数学テスト』 分類:学力
参加条件……課題出現から60分以内のエントリー
参加人数……1人(グループ内から1人)、10人で締め切り
勝利条件……点数を競う(学年ごとに出題内容は違うが、同レベルに調整)
報酬……1位5点、2位3点、3位1点。入賞者には1日分の食糧支給
課題例②・『砲丸投げ』 分類:身体能力
参加条件……課題出現から30分以内のエントリー
参加人数……3人グループ以上、6グループで締め切り
勝利条件……3人の合計飛距離で競う
報酬……1位10点、2位5点、3位3点。参加賞として全グループは景品を1つ選択可能
課題例③・『釣り』 分類:その他
参加条件……課題出現から120分以内のエントリー
参加人数……2人グループ以上、8グループで締め切り
勝利条件……1時間以内に一番大きなサイズの魚を釣った生徒の勝利
報酬……1位15点
色々表示されているが、テストの場合本当に同じレベルに調整できるのかという部分がある。問題が違えば、完全な公平性は作成できない。その辺はやはり適当と言わざるを得ないだろう。しかも最後の釣りとは何なのだろうか。これは完全な運頼りでは? 歴戦の釣り人でも丸坊主という日もある。その他じゃなくて運ゲーに分類を変更するべきではないだろうか。
「課題で必要とされる能力は学力4割、身体能力3割、その他3割で構成されている。その他には、細かい技術を要するものから単純な運頼りまで多岐に渡る。無論、同じ課題が複数出現することもあるし、同じ課題に複数挑戦することも可能だ。そしてこの課題は実施場所で必ず教職員が待機している。その者に受付希望を行うと、腕時計とタブレットを介してエントリーできる」
こうなると、人数を2人にしたのはいい塩梅だったかもしれない。ソロでは出来る課題の数が少ないことが予想される。2人ならばそれよりは出来る課題の量が多いだろう。
「タブレットではどの地点でどのような課題が行われるかを確認できるが、課題の実施が終了した段階で情報は消える」
課題実施の間は参加可能として表示される。つまりたどり着いてももう締め切り、ということもあり得るということだ。中々に意地の悪いルールとしか言えない。
「4日目から、この課題報酬の中に『グループ人数の最大数を解放』というものも行われる。1位を取れば最大上限の3人、2位で2人、3位で1人解放される。現時点で単独グループの者が6人のグループを作る場合、最低でも1位と2位を1回ずつ獲得する必要があるだろう。また、最大上限まで解放されたグループは」以後この課題に挑戦できない。なお、特殊カード『増員』の持ち主はこの課題に関係なく大グループに加われる」
私と龍園のコンビには必要ないが、それ以外のAD連合必勝チームには必要になって来る。とは言え、必勝を企図して作成したのだから1位を取ることも出来るだろうと踏んでいる。
「課題の条件を満たし、増員を行えるようになった場合引き入れたいグループ側から腕時計の機能を使い、メインリンクを起動させる。その後、合流する別グループがペアリングを起動させ、受け入れ中の腕時計に接触させるとグループ作成だ」
なんか、ポケモンみたいだ。メガシンカに近い雰囲気を感じる。この試験作った人の中にゲーマーがいる気がするのだが、気のせいだろうか。
「だが、グループ人数解放の課題はそう多くは用意されていない。全体で2~3割が報酬を得られるにとどまるだろう」
<2年次夏季特別試験ルール⑦・得点決定方法>
Ⅱ課題
・課題は7時~17時の間。初日は10時~、最終日は15時で終了。
・課題は学力、身体能力、その他に分類される(割合は4:3:3)
・課題出現時間と場所は予測できない。実施状況を知るには現地へ行く必要あり。
・上位入賞者は得点や報酬を貰える
「次に、月城理事長代理よりご挨拶を賜りたいと思います」
この試験の立役者であろう男が姿を現す。彼と私とは奇妙な関係だ。お互いの好感度は悪くない。だが綾小路をめぐって対立している。だからと言って綾小路を退学させたいとは思わないが、もし仮に彼がいなくなれば我々は良い関係を築けるのではないかと思っている。
「理事長の月城です。この無人島試験ではこれまでに前例のない大規模な試験が行われます。気を引き締めて頂くことは当然ながら、学生としての自覚を忘れることの無いよう取り組むようにしてください。私からは1つだけ、皆さんに注意点を説明いたします。学校は生徒である皆さんを守る立場であるため、最大限安全と秩序の監視を行います。ですが、無人島ではすべてに監視の目は行き届きません」
ならやるなよ、というツッコミをしておく。例えば、去年の場合はそれでもクラス単位で行動していたため相互監視も出来たし、助け合うことも出来た。個人に襲撃をかけるなんていう暴挙は出来なかった。だが今年は違う。ソロ勢は特に危険が生じる。
「特に多く発生すると思われるのが、男女の違いによる敏感な問題です。仮に性的なトラブルが発生した場合は、我々は事実確認ができ次第問答無用の退学と致します。救済も認めません。また、躊躇することなく警察へ通報し、その後は司法に委ねることになりますのでどうかお忘れなきよう」
当たり前ではあるが、大事なことだ。これだけ広い、衆人環視の無い場所。何かをしでかす人間がいてもおかしくない。2年生にはいなそうだが、3年や1年は分からない。ウチの坂柳なんて襲われたら抵抗できないし、当然のルールだ。
「それからもう1つ。無人島での滞在が長くなればなるほど、自然とフラストレーションは溜まるものです。食糧不足や水不足、課題での疲れ、慣れない環境での疲労……。ストレッサーは多い。時には生徒間でトラブルになることもあるでしょう。その場合は、ある程度ではありますが、自力救済を行って頂きたい。ありていに言えば、自分で何とかしてくれ、ということです」
自力救済とは大きく出たものだ。それには暴力沙汰や脅迫も含まれることだろう。そもそも、この言葉自体が中世日本の社会通念を指した言葉である。鎌倉から戦国にかけて、日本社会は自力救済が基本だった。襲われたら自分で何とかする。そういう社会である。
動揺したような態度を見せる学校側。とは言え、間違ったことを言っているわけでもない。監視できない以上、自分でどうにかしてくれと言わざるを得ない部分がある。なら試験をやるなよと言う話に戻るのだが、それを言い始めるとキリがない。もしやるならば、という前提で考えればしょうがない部分もあるだろう。学校側の怠慢なのだから、彼を攻めるのは間違っていると思うのだが。
「今、撤回するように仰せつかりました。ですが、致しません。何故なら一切の揉め事なくというのは不可能だからです。トラブルは起こる。それを前提にするのは当然の考えであります。しかしながら、何でもかんでもどうにかすればいい、という訳ではありません。自力救済とは言いましたが、それはあくまでも交渉・取引・契約などによって行ってください。無論暴力沙汰や脅迫恐喝などは一切許容しません。発覚した場合は事実確認を行い、悪質な場合はただちにリタイアさせ、退学もあり得ます」
何と言うか、責任をどうにかこうにか逃れようとしているようにも見える。注意したからな、やっても知らんぞという脅しでもあるだろう。龍園は若干不満そうな気配を出している。自力救済と言われた辺りでスゴイ楽しそうにしていたのに、今は仏頂面だ。
「以上となります。どうか、高度育成高等学校の生徒に相応しい行動をお願い致します」
相応しい、ね。どういう生徒が相応しいのか知らないが、もし仮に各クラスのリーダーがそれにあたるとしたら、中々笑えてくる。龍園と私なんてどうすればいいんだ。相応しくないの権化だろう。特に表も裏も真っ黒な龍園。私の場合は裏で政敵を粛正した&真澄さんを最初に脅しただけなのでまだセーフ、ツーアウトってところだろうか。
「……理事長代理、ありがとうございました。では最後に生活を送るにあたって必要不可欠な物資の説明に移る。先だって、無人島限定で使用できる買い物に必要なポイントの説明を行う。個人に与えられるのは基本5000ポイント。それらを使い、ここにある一覧から自由に購入し利用できる。なお、先行カード所持者にはさらに2500ポイントが追加される」
先行カードは真澄さんが持っていた。後は私の相方でもある龍園も同じカードを持っていた。つまり、我々が使用できるのは1万2500ポイント。それなりに色々買えるだろう。
分厚いカタログが送られてきた。このためだけに作られたのだとしたら、やっぱり金の無駄でしかない気がする。カタログギフトみたいになっているが、そんなに楽しいモノでもない。大手メーカーから無名の会社まで色々ある。協賛という形で提供しているのだろうか。一般流通前の試験使用にも使える。癒着の匂いがする。今更ではあるが、せめてコンペか何かしたのだと思いたい。中国の企業も存在している。関係の深い会社も数社存在していた。
「品物は今配布しているマニュアルに全て記載されている。各自何を購入するか話し合うなり自分自身で決めるなりするといい。購入は明日の6時まで受け付けるが、試験開始後もスタート地点に用意してあるショップで追加購入も出来る。ただし、現地購入は2倍の値段になるので注意するように。また、スタート地点には無料で利用できるトイレやシャワー室、2日目以降は給水所を設置するため立ち寄った際は利用するといい。ただし、水に関してはその場で飲むこと」
試験とは関係ない夜の時間などに利用するのも悪くないだろう。その他にも歯ブラシやTシャツなどの下着、アメニティ用品は配布される。簡易トイレ、虫よけスプレー、日焼け止め、生理用品なども支給だ。特に最後のは無いと女子生徒に殺されるだろう。主に先生と月城が。
カタログの中には本当に色々入っていた。トランシーバーに釣り竿、食料や水。テントもある。去年より商品が増えている。去年これだけあればもっと良かったのだが。水着や浮き輪なども売っているうえに、レンタル制度もある。やはりどう過ごすかは自由、ということなのだろう。
水、水かぁ。狐がいないなら飲んでも良いんだが、龍園が大丈夫かどうか。この試験、実質龍園の介護を行いながらやることになりそうだ。彼に倒れられても困るので、しっかり配慮をしないといけない。浄水器もあるにはある。とは言え、結構値段はする。4000ポイントはかなりの額だ。普通に煮沸すればいいか。何とかなるだろう。
また、バックパックは大きさが多岐に渡り、1つ自由に選べるらしい。これは普通に便利だ。生ものも売っているが、これは却下。日持ちがしない。携帯食が少数あればなんとかなる……よね? 龍園と相談だ。彼がどうしたいかに委ねるべきかもしれない。実質的にどうにでもなるこっちとは違うのだから、彼の意見を優先するべきだろう。
テントは1人用が1000ポイント。2~3人用は1500。これはあっても良いかもしれない。けれどこれも龍園の(以下略)となりそうだ。なお、男女で共用はダメらしい。合意の上なら良いと思うのだが、無用のトラブルを防ぐためだろう。そもそも学校側は男女の仲が深まることをあまり推奨していない。真澄さん、時々私の部屋で寝落ちしているんだが、それは良いんだろうか。そういう日はベッドが占領されるので私はソファとかで寝ている。
「なお、食料など各種物品の譲渡などは自由だ。当然両者の合意があっての上ではあるが、こちらから条件などは一切設けない。得たものは自由に使ってくれ」
同学年ならある程度はフォローした方が良いだろう。この試験はクラス対抗でもあり学年対抗でもある。特にクラスメイトの場合は、絶対に助けないといけない。
「それから、お前たちには腕時計同様タブレットが支給される。これは必要不可欠だ。スタート地点の他にも課題を行っている間に充電することができる」
<2年次夏季特別試験ルール⑧・タブレット>
・全生徒に支給され、スタート地点と課題中に充電可能。(連続駆動は8時間ほど)
・地図を閲覧可能。指定エリアや自分の居場所も確認できる。
・課題の位置や詳細な報酬も確認できる。
・試験4日目~終了まで上位と下位の10組について、得点を確認できる。
・上位と下位10組並びに自分のグループに限り、総得点の内訳も閲覧できる。
・6日目以降、全生徒の現在位置を確認できるGPSサーチを使用できる。
・サーチの際は1回につき1点を消費する。
・試験全体に影響する問題が起こった場合、学校側からメッセージが届く場合がある。
課題をやっている間に充電する事も出来るが、モバイルバッテリーがあった方が安全かもしれない。上位はともかく、下位の確認はありがたい。クラスを預かる身としては、しっかり状況を把握したいところだ。
「どのバックパックにどの程度入るか、また商品のチェックのためにサンプル品を置く。各自自由に確認するように。展示は別室にて、今から日付が変わるまでの間に行われる。そして最後に。夏場と言うこともあり気象状況が変化することも想定される。注意報・警報レベルの自然災害が予測される場合は試験を丸一日或いは数時間停止する。ただし、試験日程に変更はない。また、無いことを切に願うが国際情勢の変動に伴い、この海域に退避命令が出た際は即刻試験を中断する。更に、昨年同様海難事故の危険性を鑑み、海上保安庁の巡視船が3隻巡回している。万が一の際は指示に従うように。以上だ」
真嶋先生は説明を終了させ、マイクの電源を切る。国際情勢の変動、ね。まぁ要するに台湾海峡で有事が発生したという場合だろう。だからこんなところで試験をやるなと……。とは言え、その心配は一応ない。党の中央軍事委員会でそんな話は全く出ていない上に、人民軍全体が反対姿勢を示している。もう国際情勢を戦争でどうにかする時代ではないのだ。
生徒はサンプルを確認するために前に詰めかけていく。さながらセールのスーパーか年末年始のデパートのよう。あそこに今行くのは面倒だ。
「で、何か思う所はありますか。私は君に合わせようと思いますが」
「それでいいのか?」
「えぇ。私は基本、身一つで放り出されてもどうにか出来る自信がありますので」
「ケッ、そうかよ。真面目な話、食料は携帯食で良い。寝床は長丁場を予想するとテントくらいは欲しい。俺は去年、1人で生き延びた。今回はお前もいる以上、どうにかなるだろう」
「分かりました。では、そう言う方針で選定を行いましょうか」
遠くでは石崎が大量の水を背負おうとして膝を折っている。あんなに詰め込んでも持ち運びに苦労するだけだろう。正直、そういう戦術は無理だと思う。案の定真澄さんにくだらないことしてないで、と言われている。龍園は頭痛そうな顔で石崎を見ている。何やってんだ、という感情がありありと伝わって来る。彼も苦労しているようだ。
どのような展開になるかは分からない。綾小路を狙う動きもあるだろうし、不本意ながら存在している我が親族も何を行うか読み取れない。どちらも瑞季と七瀬に報告はしてもらうが、特に後者はそれも織り込み済みで動いてくるだろう。簡単ではない戦いではあるが、人死にが出なそうな部分だけは安心できる。
そう、この学校で行われる全ての戦いは、私にすれば青春の1ページに過ぎない。誰も死なない作戦など、そういうものでしかないのだ。