罪は消極的なものではなく、積極的なものである。
『キェルケゴール』
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テスト当日を迎える。やはり普段の試験とは違うせいか、緊張感があった。普段の試験でも無いわけでは無いのだが、それが一層増している。相手が生徒というのは不確定要素として大きい。Bクラスがどんな問題を出すかは分からないが、2年生が作っている部分が大きいだろう。ともすれば、それ相応の難しさになっている可能性は否定できないどころかかなり大きい。
だが、いくら2年生の優秀な集団と言っても問題を出すプロな訳ではない。大学受験等の問題を分析したりもしていないはずだ。それならばこちらに利がある。やってきた年季が違うのだ。これで負けたら切腹ものだろう。憤死してしまいそうだ。それは王朗の役目なのだが。
だが私にも不安はある。それはBクラスの問題がどうかではなく、Bクラス用に作った問題に不備がないかどうかだ。やはり人の目を通していてもミスはあったりする。それがない事を祈るばかりだ。私のプライド的にも嫌だし、流石にテストを受ける生徒に申し訳ないと思う。作問者はしっかり責任を持たなくてはいけない。本当は解説もしっかりするべきなのだが……。受けさせっぱなしではあまり意味がない。
テストは受けた後解説等で自己分析をして初めてしっかりとした効力を発揮すると思っているし、大学受験までのテストはそれで良いと思う。だから本当は学生に作らせるのはどうかと思うが……まぁそこは目を瞑るとしよう。
予鈴が鳴った。先生が入ってくる。
「筆記用具以外は全て鞄に仕舞い、鞄は椅子の下にチャックを閉じた状態で置くように。常日頃言っているように不正行為は発見し次第即退学。1時限目は世界史だ。体調不良等あればその場ですぐに申し出るように。また、開始後すぐに印刷等に不備が無いかを確認してくれ。では配布する。表紙の注意事項をよく読むように」
冊子が回され、すぐにチャイムが鳴る。一斉に紙が開く音が鳴り響いた。このバサッという音が結構好きだったりするのだが、流石に共感者は少ないかもしれない。
問題にサッと目を通す。確かに出来は悪くない。だがこれならば……平均点は70点前後になるだろうか。もしかしたら割るかもしれない。流石に2年生、難しいものを作ってくる。しかし解けない訳ではない。後、問題の雰囲気がガラッと変わるところがあるのだが、それはBクラス側が付け足したのだろうか。あまり作問者の意図にそぐわないところに設問があったりする。
ただ、最初っから自分達で作ったであろうところは良く練られていると思う。素直にそこは感心した。尤も中国史を前面に持ってきたのは失敗だったかもしれない。中国史は漢字などの初歩的なところから似たような人名や国名など間違えやすい問題範囲だ。それでいて頻出。世界史が苦手な人が嫌いな分野だったりする。
その点こちらもしっかり対策はしていた。ペンが止まっている気配は感じない。勿論私は中国史が一番得意と言ってもいいくらいだ。負ける事は無いだろう。解き進めながらそう確信した。
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「始めっ!」
先生の合図で英語の問題を開いて一之瀬は少しだけホッとしていた。問題作成をするのはあの諸葛孔明。しかも葛城や坂柳も加わっている可能性もある。葛城の優秀さは同じ役員として働いて良く知っていたし、坂柳も目立った動きは無いが優秀という評判は聞いている。事実、テストの度に掲示される各クラスの順位ではいつもこの3人が上位にいる。だが、今回のテストはそこまで目立って理不尽な問題はない。ここまで数教科分解いたが難しいし時間はかかるが一応常識の範囲内で収まっていた。とは言え自信がない問題も多いのだが……。
それを抜きにしたってAクラスは優秀だ。生半可な手段では対処できないだろうと彼女は思っている。それ故、出来る事はなんでもした。幸い、2年生が全面協力だった。南雲がプライベートポイントで釣ったA~Dの優秀な成績の生徒がBクラス用に講習をし、またテスト問題の8割近くを作成していた。
教える人数が沢山いたので、ほぼ個別指導のような事が出来たのは強かったと彼女は分析している。事実、一之瀬の推論通りBクラスの学力は元々高かったのもあるがかなり伸びていた。2年生の面目躍如というべきだろう。南雲も勉学が出来る。なので彼自身も教鞭をとって彼の得意科目ではあったが教えていた。
頭がいい=教える能力が高いという訳では無いが、論理的思考力や言語力が高いのは事実。流石に諸葛孔明と並ぶわけでは無いがしっかり優秀な南雲は教える能力もちゃんと備わっていた。
罪悪感はあった。それは今も日増しに高まっている。あの契約を知っているのは一之瀬と神崎の2人だけ。神崎は一之瀬に反対したが、他にAクラスに勝つ案を出せなかった彼は渋々2年生との同盟に賛成したのだった。だがそれがしっかり見抜かれていたことが職員室に問題を出しに行った際に判明してしまう。
罪悪感やその他の色んな感情で崩れ落ちそうになりながらもなんとか体裁を保てた。クラスのために。その言葉だけが細い蜘蛛の糸となって彼女を支えている。
英語の問題は相当な難易度だった。それこそ、自分達が受けたこの学校の入試なんて比較にならない。大学入試に近いような難易度で形成されているが、単語自体は難しくなかったりする。ただし文構造で差を付けてきたり、設問を解くのに時間がかかったりする構成になっている。一之瀬も時間配分をしつつ解いたのだが、思ったよりも時間が押していた。最後まで解けるかどうか怪しい。そう思い急ぎながらペンを進め、目を動かす。焦りは禁物だが、刻々と進む時計の針が一之瀬を、いやBクラスの全員の焦りを生んでいた。
残り時間は5分。やっとこさ最後の問題に辿り着く。序文から見て行くと空欄補充だった。これなら間に合うかもしれない。単純な知識問題に近いため、付近の文脈を見つつ解くのがオーソドックスな解法だ。だからそのテクニックを使えばいい、最後の最後で易しめで助かった。そう胸を撫でおろしつつ、彼女の目は最後の文章を捉えた。惚気みたいな文章の、その最後に。
『It's hard to explain (5) detail. Even if there are any differences, they are both important. If you want people to think you are a respectable person, you should keep your contract.』
顔面蒼白とはこのことだった。一之瀬は優秀である。それこそ、孔明がいなければ入試成績もトップ層だった程に。ペーパーテストにおいては堀北にすら勝っている。坂柳と同格だろう。それ故に、読めてしまった。この文章が。それも、かなりスムーズに。
テストに集中することで忘れかけていた罪悪感が一気に襲ってくる。これが自分に宛てた警告なのは一目瞭然だった。2年生と組んだことがバレていること自体は職員室の一件で分かっていた。しかし何の行動もしてこない。それに、契約書を読めば彼との約束自体は厳密に言えば終わっている。
過去問を買う代わりの生徒会入りだった。自分達はポイントを払い、向こうは生徒会入りを斡旋した。それで契約は満了している。破ったのは堀北元会長との契約。しかし、その元会長からも何もない。怯えていたが、結局今日まであの職員室での言葉だけだったことに彼女はホッとしてしまっていた。
そこに突き付けられた警告。さながら心情的には喉元にナイフを突きたてられるようなものだった。動揺で手が震えて手汗が出る。問題自体は気合で解いたものの精神状態は既にガタガタだった。
結局自分は何も変われていなかった。罪を犯して、それで今度こそと思っていたのに、甘言に流されてまた罪を犯した。そう思い、自分の救いようの無さに絶望しながら、彼女はそれでもクラスのために次のテスト以降もペンを走らせるのだった。
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テストが終わり、数日後。採点結果が出そろった。自作のテストは不備なく遂行されたようだ。これで何か問題があったらとても恥ずかしいところだった。
「さて、これより前回の特別試験の結果を発表する。まずはこれが平均点だ」
ザっと黒板に張られたのは各テストの平均点と総合の平均点。Aクラスは最高で85。最低でも72。まずまずの結果と言えるだろう。それらすべてを合わせた平均点は79。大分苦戦を強いられていると言っていいかもしれない。大分強化したつもりであったし、事実それは現れていたのだがそれでも80を割るとは。大体85くらいになるだろうと思っていたのだが少し予想を下回ってしまった。
やはり、たかだか数週間では難しいものがある。それに、個々人の苦手分野なども違う。それを一気にやるのは難しい。あまり強権的な方法も使えないのがネックだった。これが龍園とかなら「やれ」と一言言うだけで彼らは死に物狂いで勉強するだろう。勉強はできる集団だが、だからと言って全員がやる気があるかと言われれば即答できない面もある。
他のクラスに目をやれば、まずBクラスが総合平均で70。これは大いに驚いた。行っても精々60くらいが限界だと思っていたし、事実平均点は50点台になるように問題を作成した。にも拘らず+20点も予想を上回っている。南雲ら2年生の力を借りたのだろうが、それでもこの点数は向こうを褒めなくてはいけない。敵ながら見事と言う奴だ。
CとDの争いはDクラスが勝っている。かなり競ってはいるが、勝ちは勝ち。結果が全てだった。これにより、またクラスの順位にも変動が起きた。
Aクラス:1489
Bクラス:643
Cクラス(龍園):362
Dクラス(堀北):202
↓
Aクラス:1589
Bクラス:543
Cクラス(堀北):302
Dクラス(龍園):262
となる。まぁ安泰だろう。これ、どうやってもしばらく負けるビジョンが見えない。ここからジャイアントキリングというのは難しいと思われる。他クラスが寄ってたかって袋叩きにしたとしても、負けないくらいには点数が開いている。クラスポイント1000とはそれほどの差だ。2年生と違い、真っ当な手段と真っ当な結果でしっかり結果を出しているので文句を言われる筋合いはない。
一之瀬と堀北との間も狭まっている。堀北クラスは今年の終わりくらいまでにはBへ行けるのではないだろうか。龍園との共存は御免だが、それ以外ならまだどうにでもなる。
「次いで、今回のテストでの総合成績優秀者を発表する。該当者は励むように。また、そうでない生徒もここに入れることを目指して精進することを勧める。それでは以上だ」
<成績優秀者一覧>
1位:坂柳有栖(1000点満点)
1位:諸葛孔明(同上)
3位:堀北鈴音(985点)
4位:葛城康平(980点)
4位:幸村輝彦(同上)
6位:高円寺六助(975点)
7位:椎名ひより(972点)
8位:一之瀬帆波(968点)
9位:的場信二(960点)
10位:山村美紀(959点)
10位:綾小路清隆(同上)
・
・
・
14位:神室真澄(948点)
ヨシッ!と思わず小さくガッツポーズだ。私の点数などどうでも良い。どうせ満点だ。というか自分で解いていて間違えたと思しき場所を発見できなかったので問題ない。学生の作ったテストでこの私が満点を取れないとなると本国の士気にも関わる。
それよりも自分が心血を注いできた教え子がこの結構そうそうたるメンバーにあと少しで食い込めそうなのが嬉しいところだ。Aクラス内でも私&坂柳、葛城、的場、山村に次いで5番目の点数だ。これは本当に褒めないといけない。生徒の成長がみられるという点でやはりテストは良いものだ。最初の方はAクラスでも底辺を彷徨っていたのに……成長に泣けてきた。素直に嬉しいものである。
嬉しさのあまり思考を放棄しそうになっていたが、他に分析する点としては綾小路が点数をしっかりとっている。もう仮面のほとんどは剥がれていると見て良いだろう。今年中にはクラスの首魁へ踊り出るはずだ。幸村輝彦という生徒も優秀だが、彼は運動面がからっきしと聞いている。とは言え、戦力としてはウチの運動0のお嬢様に比べればひょっとすると高いまである。
椎名ひよりについての情報は少ないが、後で男子連中にでも聞こう。この前与太話の中で図書館にいる妖精として名前が挙がっていたことを記憶しているからだ。接触はいずれ避けられないはず。彼女が龍園の懐刀の可能性が高い。
どうでも良いのだが、私と坂柳の名前がいつもこの順なのは何となく心情的に私が下位にいるような気がして嫌になる時がある。五十音順だと
日本語風に
それはさておき、先生は紙を置いてそのまま去って行く。安心している感じが見受けられるので、自クラスが下位になる可能性がほぼ消えたことに安堵しているのだろう。しかし油断は禁物だ。大勝している時こそ、一番危ないもの。下手なことしてクラスポイントを失ってはどうしようもない。
折角手に入れた政権だ。譲り渡すのは業腹だ。それ故、なるべく維持できるようにしていかなくてはいけない。しかし、トリプルスコアに近い点数差を付けてしまった以上、敵視されることは避けられない。加えて他クラスとの同盟も望めないだろう。現状1年Aクラスは同盟相手に3年Aクラス。敵対者に2年生・1年Bクラス・1年Cクラス・1年Dクラスを抱えている。一見包囲されているように見えるが、王者は窮地の中から覇道を敷くもの。曹操しかり、信長しかりだ。
小細工を使う必要性は薄い。このまま真っ当に勝ち続ける事が、我々に今後要求されていることだ。
「皆さん、お疲れさまでした。今回の戦いも無事勝利する事が出来ました。皆さんの努力の賜物でしょう。しかしBクラスも健闘を見せています。最後の最後、それこそ卒業するその時まで油断することの無きようにお願いします。早速Bクラスの問題を元に解説を作成しましたので、間違えた問題の復習をしておきましょう」
「「「えぇぇ~」」」
「……文句を言わずにやる!受けっぱなしのテストなんて何の意味もないんですよ。まったく。とまぁ注意喚起はこれくらいにして――打ち上げします?」
「「「「します!」」」」
「おぉ……凄い熱意。何なら私が教鞭取っていた時よりやる気あるじゃないですか。へこむなぁ」
軽い笑い。まぁ皆集中して頑張っていたのは事実だ。それもしっかり認めないといけない。信賞必罰は古来より軍の……ここは軍では無いが集団統率の要だ。人心を掴み、士気を高めるには褒賞や対価が必要だ。誰も彼も忠誠心だけで年中無休で働いてくれるわけではない。それに、そういう人間にもしっかり対価を払わないと忠誠心が無くなってしまうかもしれない。
「じゃあ、行くとしましょうか。学校に怒られない程度に騒ぐとしましょう!」
行き先は全員が入りそうな施設という事でカラオケになった。学生と言えばカラオケかボウリングをしてるイメージがある。後ゲーセン。後者はまだ未経験なので今度行ってみよう。やり方が良く分からないので、真澄さんが付いてきてくれるならの話だが。
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結果発表後のDクラス、いや間もなくCクラスになる事が確定しているこのクラスでは、少しばかり変革が起きていた。理由は幾つもある。綾小路がここで高得点を取ったため、いよいよクラス内でも役立つ人物、優秀な人物として認定されつつあった。それに早くからつるんでいた堀北に先見の明があったという流説が流れ、本人のあずかり知らぬところで株が上がるという事態が起きていたが、これは無論綾小路の指示を受けた軽井沢の仕事である。
そして、櫛田も(本心はどうであれ)堀北に追随する姿勢を見せた。平田に反対意志は無い。こうして、長い時間をかけながらも(高円寺を除き)クラスは一頭指導者体制を固めたのだった。とは言え、龍園のような独裁でも、一之瀬のような盤石な政権でもない。いわば連立政権。色んな思惑の入り混じった個性が集まり、堀北の旗のもとに何とか連合しているような状態だった。
実際堀北が動かせる人員は少ない。軽井沢グループは綾小路が裏で動かしているし、綾小路グループは言わずもがな。忠実な手下と言えば須藤だが、彼はやや頭脳が足りない。優秀な部下は櫛田くらいしかいないのが皮肉な事だった。例えるならば室町幕府だろうか。もしくは反董卓連合軍。
放課後。実質的にクラスを牛耳るのは堀北と綾小路である。櫛田も加え、今回の反省会もどきが開かれていた。
「今回の試験、どう見るかしら」
「どうもこうも無いだろう。Cクラスに上がれる。まずはそれを喜ぶべきだ」
「けれどBクラスとの差も200以上。Aクラスに至っては……考えたくもない数字差ね」
「これ、ホントにAクラスに上がれるんでしょうね?」
櫛田としてはそうでないと堀北を追い出せない。なので現状のままでは問題だった。それ故出た疑問である。
「不可能では無いだろう」
「本気?」
「あぁ。俺たちはまだ1年生だ。これから機会はある。今絶対的王者だったとしても今後どうなるかは分からない」
「それは、そうだけど……」
綾小路としてもこのままではよろしくない。独走されてはどうやっても追いつけない。自分だけならともかく、クラス全体となるとなかなかに難しい課題だった。それ故に綾小路としては面白いと感じているが。
「学力でも結局ツートップには敵わないのね。出来れば今回の試験、Bクラスに勝って欲しかったけれど……」
「そうなって欲しかったのなら、協力するべきだったな」
「けれどあなたはそれについて何も言わなかったじゃない」
「あぁ。だがそうしなければいけなかったのは事実だろう?リーダーというのはそういうものだ。ただ指示していれば良い訳じゃない。部下に委任するなら、そういう指示をするべきだった。Aを落としながら龍園に勝つ策は無いのかとな。お前は自分で抱え込み過ぎだ。そして、指示出来ないとそれは全てお前の責任になる。成功すれば英雄。失敗すれば戦犯。そういうものだ」
「それは……」
「1人で抱え込めば、最後は史実の諸葛亮みたいに過労死するぞ」
「……」
綾小路、というよりホワイトルーム自体は歴史教育にそこまで力を入れていなかった。しかし、諸葛孔明を相手にするにあたって、何かヒントでも無いかと思い綾小路は三国志を読むことになった。その際に
「あのウザい奴、なんか弱点とか無いの?」
「弱点なんてあれば苦労しないでしょう」
「そういうところだよ、堀北さん。こういうのは答えじゃなくて共感を求めてるの。だから女子から嫌われやすいんだよ。分かった?」
「……善処するわ」
「その言い方もウザいから止めなよ」
「えぇ、そうさせてもらうわね……」
対人スキルはどう逆立ちしても櫛田には敵わない。なので、堀北も素直に従わざるを得なかった。その間にも綾小路は櫛田の発言を元に思考を深めている。
「弱点、か」
「綾小路君、何か思いついたのかしら?」
「弱点、では無いかもしれないが諸葛の方針らしきものは見えた気がしてな。諸葛は退学者を出さないようにしているのかもしれない。自クラスだけでなく、他クラスでも」
「それは……どうしてそう言えるのかしら」
「Bクラスの受けた問題を見せてもらった。ザっと目を通したが、Bクラスならば大体40~50点は取れるような問題になっていた。残りの50点分は相当難しかったが、それでも理不尽な訳じゃなかった。諸葛なら、Bクラスの全員が全く点数を取れないような試験にして大量に退学者を出すことも出来たわけだ。なのにしなかった。これまでの試験でも退学者は出ていない。やろうと思えばできる人物がそうしないのには、それ相応の理由があるんじゃないのかと思ったわけだ」
「どうなのかしらね。流石にそんな事は……」
「う~ん、縛りプレイ?」
「しば?あの、櫛田さん。それは何かしら」
「え~堀北さん知らないのぉ~?」
ここぞとばかりに煽ってくる櫛田。意趣返しである。というより、こういう時しか挑発できないだが。
「綾小路君は知ってるよね?」
「いや、俺も知らない。悪いが教えてくれないか」
「えぇ……。まぁいいや。世間常識ダメダメな2人に教えると、縛りプレイはゲームの攻略法だよ。ゲームをする時、慣れていたり何回もやったことあると面白くなくなったりするから、それを避けるためにある条件を自分に課す。例えば、あの武器は強すぎるから使わないとか、この攻略法はしない、とか」
「ゲームを楽しむための方法、という事ね」
「まとめるとそうなるかな。まぁもし本当にAクラスがこういう縛りプレイをしてるんだとしたら相当舐められてるけど」
「そんな非合理的な事するかしら」
「さぁ?でも龍園君とかを見ていると何となくあり得そうかなって。リーダー=合理的って訳じゃないだろうし」
前途多難ね……と堀北がため息を吐いた。綾小路も密かに同意したくなりながらも次の作戦を考えている。櫛田は堀北が苦しんでいることに悦びを感じるのでもっと困って欲しいという思いとAクラスに上がれないのは困るという思い、2つの相反する思いに悩んでいた。
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「確かに私は騒ごうとは言いました。言いましたよ?しかしながらこういうのは想定外な訳で……」
カラオケボックスはもうコンサート会場と化している。フラストレーションを発散するために各々が歌っているわけだが会が進むにつれて段々とカラオケバトルのような様相を呈している。それは別に良かった。良かったのだが、私はカラオケに来る前に真澄さんに呼び出され、楽器を持ってくるように要求された。
普通に意味が分からなかったのだが、ギターとかを持ってくる例は良くあるらしい。それに、彼女自身も演奏を聴きたいという事であり、そういうものなのかと思いながらバイオリンケースを持って店に着いた時に気付いた。彼女、友達いなかったじゃん。一人カラオケしかしたことないって前言ってたじゃん、と。すっかり騙されたと気付いたわけだが、今更帰るのも面倒なのでそのまま過ごす事にした。
そして現在は決勝戦。
「イエ~イ、盛り上がってるかぁ!?」
「「「フォ~!!」」」
雰囲気がおかしくなってるボックス内は最高潮の盛り上がりを見せている。MCはこういう時にすぐ動く出来る男橋本。彼は私と坂柳の二重スパイを務めているが未だに坂柳に見抜かれる気配のない有能だ。生来こういう盛り上げや雰囲気作りは得意と言っていたので、正にそれがいかんなく発揮されているだろう。
「いよいよ決勝戦!ここまで数多の屍を乗り越えてやって来た猛者だ!殿堂入りの孔明センセは演奏役をやっているので、これでAクラスの歌うまが決まるぞぉ!まずは先攻赤コーナー、ハスキーも低音も魅せる、既に女子の多くを虜にしている魅惑の音域、神室真澄!」
「「「キャ~!!」」」
真澄さんが困っている。カッコいい系の歌を歌っていたせいで大分カッコいい感じになってしまい、女子受けが素晴らしく良い。友達、出来たんだな。良かった良かった。
「続いて青コーナー!ここまで音程の正確さで押し通してきたが、その声質のおかげで男子の脳を溶かし始めている坂柳有栖!」
「なんか私の紹介だけ私情が入ってませんか?」
「いえ、全然そんな事ないですよ。俺がそんなことするわけ無いじゃないですかぁ」
笑っているが、絶対私情が入っている。坂柳は上手いんだが、心肺機能の問題で激しい歌が歌えないのでどうしても限られることになる。点数はそれでもとれているのでそこは素直に凄いとは思うが。今の採点が激ムズ採点という容易に100点が出ない仕組みを使っているらしい。それで90点台後半なので、普通の一般人としてカラオケに行くならば十分だろう。
「負けられない女の戦い!いざ開幕ッ!」
そういう訳で開幕の合図がされてしまった。選曲はボーカロイド。そんなに詳しくは無いが、代表的な曲で助かった。イントロから飛ばしてくるが、これくらいなら余裕で弾ける。会場のボルテージはマックスだ。本来ギターのところをバイオリンでやってるので結構疲れる。
「刃渡り数センチの不信感が 挙句の果て静脈を刺しちゃって 病弱な愛が飛び出すもんで レスポールさえも凶器に変えてしまいました~」
マイク持つと人格が変わるのか、パフォーマンスが良い。惜しむらくはこの学校には文化祭がないという事だ。日本の文化祭は凄く面白いという話を聞いているので密かに楽しみではあったが、やはりと言うべきか存在しない。関係者だけでも良いから招いてやってくれないものだろうか。
焼きそば焼いたりメイド喫茶をしたり劇を演じたりすると聞いている。場合によってはバンド演奏もあるのだとか。修学旅行も無いし、その辺もっと何とかして欲しい。
曲は佳境に入っている。目の前の端末に表示した楽譜を目で追いながら、指を動かしていた。これ、一番面倒なの私ではないだろうか。
あの後坂柳に僅差で負けて機嫌の悪かった真澄さんを宥めつつ、数時間後に解散した。どっと疲れたが、これまでの人生で多く感じてきた疲労感よりはずっと心地よい。ド田舎暮らしも悪くは無かったが、都会での暮らしもそう悪くはない。ここが都会なのかはさておく必要があるだろうけれども。
そんな余韻に浸る間もなく、次々と報告が舞い込んでくる。最重要と題されたメッセージにはこう書かれていた。『ホワイトルーム、再稼働間近』と。