ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

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人間はすべて誤ったものなり、
ただ過ちを固守するは愚者なり。

『キケロ』


7章・過去よりも大きな夢を持て
41.父と子


<密談>

 

「結局のところだ。現状どこまで把握しきれている」

「完璧、とは言い難い状況です」

 

 長髪の青年は画面越しで己の副官と対峙していた。隻眼の目が青年を射抜く。かつての夏季オリンピックを対象とした大規模テロ事件を未然に防いだ代償に、その左目は永遠に機能を喪失した。義眼を入れる事は無く、そのまま黒い眼帯が覆っている。夏侯惇にでもあやかっているのか、と青年――諸葛孔明は思ったものだった。

 

「そうか。仕方あるまい。妨害も多いのだろう?」

「はい。幸い犠牲者は出ていませんが……」

 

 ここ数日、国内で起こっている自動車事故の多くはそれが原因だった。

 

「どうも公安まで出張ってきているようで」

「敵も大分本気だな。それだけの権力がある、という事か」

「実質的なシャドウキャビネットに近いものかと予測しております。これまで、国内反革命分子の存在によって巧妙に秘匿されてきたため、現在各情報局は大慌てになっています。粛清の結果、少しずつ明らかになっているようですが」

「台湾はどうだ」

「向こうの同志とも連絡を取りましたが、詳しくは知らないという事でした」

「分かった。引き続き調査を進めろ。上から何を言われるか知らんが、全て私の命令で押し通せ。どうせ中央は強くは出てこれない」

「了解しました。現状の資料は送付したものになります」

 

 孔明は送られた資料の画面に目を通す。ブルーライトの光が暗い部屋を満たしていた。

 

「大それた組織だ」

「はい。その印象は私どもも抱くところであります。それと……言いにくいのですが資料にも書いたように、この組織の建設には閣下の御父上が関与しているとの事です。閣下の側にも何か資料があるのではないかと愚考するところでありますが」

「その可能性は大いにあるだろう。探しておく」

「御実家に人を差し向けますか?」

「……いや、止めておけ。あそこは魔窟だ」

「魔窟とは?」

「生きて帰れるか分かったもんじゃない。それに、凡そ本や資料らしきものは全て持ち出した。床下も天井裏も全て探している。求める物は何もないだろう」

「了解!」

 

 資料を眺めていた孔明の目は、一点で止まる。そこを暫く読んでいた彼は、口角を上げた。

 

「この綾小路清隆をここへ送り込んだ後解雇され焼身自殺した執事だが、息子がいるな」

「はい。私立高校に合格したようですが謎の理由で取り消され、他の学校も全て取り消されたと。まるで我が国のような有り様。本当に日本の話なのかと疑いました」

「平和主義の国家の内実がそうとは限らんさ。ともあれこの息子だが……いないよりはいる方が良いだろう」

「保護せよと?しかし、これは職域に反する可能性が。もしくは我々の件が露見する可能性もありますが。見張られていない、とは考えにくい事です」

「そこは上手く目をくらませてやるのが腕の見せ所でないか。違うかね?」

「いえ、その通りであります」

「我々の属する軍の名はなんだ」

「人民解放軍でありますが……?」

「そう。人民解放軍だ。困窮し、圧政と理不尽に苦しむ人民を()()してやらねばならない。そうだろう」

「はっ!早速手配致します」

「頼んだぞ。手札は多い方が良い」

 

 敵対する気がないならまだいい。そう思っていたが、父親が関与していたと聞き、孔明の心境は変化していた。関与していた、つまり途中で抜けたのは何らかの不備があったからだ。そうでなければあの傲慢な父親が途中で物事を放棄するわけがない。彼はそう考える。で、あればその不完全だらけな施設でまともな人生を送れなかった子供たちに対する責任の一端は自分にもあるのだろうと捉えていた。

 

「父親の贖罪、か……」

「はい?」

「いや、何でもない。引き続き励んでくれ」

「了解しました!諸葛閣下、万歳!」

 

 通信は切れる。暗い部屋の中で、青年が1人、ため息を吐いていた。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 12月も暮れていく。もうすぐ長くて短かった1年が終わろうとしていると思うと、少しばかり寂しさがある。残された期間は後2年と少し。再来年の冬にどんな気持ちでここにいるのか、もしくはそもそもここに在籍したままでいられるのか。まだそれは分からない。来年の事を言えば鬼が笑うとも言う。まだ残っている日々を過ごすことが肝要なのかもしれない。

 

 先のペーパーシャッフルにおいてBクラスに勝利した以上、最早安泰と言っても良いだろう。大きな負けをしても、それが致命傷にはならない程度には差を開いているつもりである。これでも他クラスは諦めていないというのだから恐れ入る。敢闘精神は認めるが、それは時に現実を見ないことにもつながる。まだ2年ある。ただ、たかが2年しかないと見る事も出来るはずだ。

 

 他クラスがどうなろうと知った事では無いが、高みの見物というのは私のするべきことと相性が良かったりする。能力測定するのに自分が危うい立場にいてはそんな事おちおちしていられない。攻撃されない高いところから見下ろしているのが楽ではあるのだ。

 

 内部にいる反乱分子はほぼいないに等しい。私を直接攻撃することはもう内部からは不可能だからだ。後は功績を積み上げてその量と質で勝負するしかない。尤も、そんな機会を与えるつもりは無いが。相手のやれることが絞られている場合は多少追い詰めても問題ない。考える方向性は大分読みやすくなっている。それに、橋本という内通者も存在している。彼が正しく情報を伝えないデメリットを理解していないとは思えないので、もたらしてくる情報の信ぴょう性に疑う余地はほぼないだろう。

 

 一之瀬の牽制は前回のペーパーシャッフルで終わりだ。ある種の意趣返しのようなものだったので、長くやるつもりは無い。それに、南雲が一之瀬坂柳の両方と繋がっているのなら、そこから一之瀬の過去が漏れている可能性が高い。南雲が一之瀬のような善人がBな理由を聞いておかない訳もないだろう。ともすれば、後は坂柳が勝手にやってくれるはずだ。放置するわけでは無いが、精神性も能力の1つ。試練として見守っておくとしよう。

 

 夕食時。一旦箸を置いた真澄さんは話を切りだした。

 

「アンタは聞いた?Cクラスの話」

 

 Cクラスとは、今は堀北や綾小路が所属しているクラスだ。かつてのCだった龍園は既にDに落ちている。262という悲しいクラスポイントと共にだ。最早最初の5月時点で持っていたポイント数の方が多いという段階まで落ちた。いや、それはどのクラスも同じか。唯一例外がAクラスなだけで、他は皆Aクラスに吸い取られるようにクラスポイントを下げている。

 

「Cの話とは?」

「なんか、Dの連中に付きまとわれてるって」

「ほう、その話をどこで?」

「女子がちょこちょこ話していたのを聞いたの。龍園は何を探ってるわけ?」

「体育祭……いや、それ以前の無人島、もっと言えば暴力事件。あの時から龍園はいまいち成果を残せていない。その理由は当然標的としたCクラスが上手くそれを回避したり逆にカウンターを仕掛けているからだが……その黒幕、もっと言えば指揮者を探しているのだろう。狙い撃ちするために」

「指揮者?堀北とかじゃないって事?」

「少なくとも龍園の中ではそう言う事になっている」

「全然違くてただの龍園の妄想って可能性もあるわけか」

「それはそれで愉快な光景だし、事実その可能性もあった。だが、実際には龍園の予想は当たっている。影で堀北を動かしている存在がいる」

「へぇ。誰?」

「綾小路だ」

「綾小路……?誰だっけ、それ」

「堀北の後ろに良くいる目の死んでる奴だ」

「う~ん……あぁ、あの覇気のない男子か。でも、あんなのが黒幕ってなかなかに信じがたいんだけど」

「人畜無害そうなやつが一番危ないとも言うだろう。能ある鷹は爪を隠すってやつだ。隠し過ぎて今から挽回はなかなかに厳しいかもしれないが」

「アンタが言うと説得力があるわね。そうでしょう?人畜無害そうな顔してる危険人物さん」

「ま、その通りかもしれんな」

 

 龍園もある程度確信しているのだろう。だが、まだ信じるに足るだけの情報を集めきれてない。だからこそ、配下を用いて人海戦術で吊りだそうとしている。多分、今後もっと過激な手に及ぶだろう。その瞬間を捉えれば龍園を退学させることも可能だろうが……それはやはり私の目的に反する。

 

 綾小路も周りにうろつく蠅は厄介だと思うはずだ。目障りではあるからな。それに部下がいないわけがない。流石にここまで1人とは思えないので、誰かしらと組んでいるはずだ。櫛田ではない、他の誰かと。

 

 綾小路に関する行動の情報は少ない。最近ではグループのようなものを組んで行動しているのを見かけた覚えがあるが。それ以外だと、船上試験の時のグループ分けくらいしかない。あの時、町田が何か問題が起きていたと報告していた。

 

 確か……Cクラス、当時はDクラスだった軽井沢とDクラス、当時のCクラスだった真鍋という生徒が揉めていたという話だったか。それを綾小路が仲介していたそうだ。だとするならば、この軽井沢か?少し短絡的かもしれないが、他よりは可能性があるだろう。

 

 坂柳ならばここでAクラスの生徒を動員して見張らせることも出来ただろうが、生憎私の政権はそういう強権的な政治体制の元に成り立っていない。命じる事が出来るのは真澄さんくらいなもの。探らせることは出来ない。それに、私以外がやると気付かれそうだ。

 

「今後その綾小路とどう接していくかは決めてるんでしょ。教えて頂戴」

「今のところは静観を決め込むつもりだ。Cクラスは目下の脅威になりえないし、個人戦でどうにかなる事が少ないのがこの学校だ。南雲体制で少しは変わるかもしれないが……彼らの倒すべき敵は下から来る龍園と上にいる一之瀬だ。当分は影響がないだろう。彼が裏のリーダーだと気付いていない風に装ってくれ」

「演技しろって事ね」

「そうだ。箸にも棒にも引っかからない人畜無害なモブAとでも思っておけばいい。意識してそうすると逆に不自然だから、無意識に行えるように頑張れよ」

「そんな無茶な……」

「なるべくだ。出来る範囲で良い。知っているとバレたら……まぁそれはそれでやりようはある」

「そう。ま、頑張ってみますけど」

 

 綾小路の戦略はまだ完全には読み切れていないが、個人でAに来る気が無いのであれば、やれることは限られている。一之瀬を蹴飛ばしてBへ上がる事だ。それが彼の目指すべき戦略だ。面倒な龍園をDに封じて、その相手を上にいる一之瀬にさせる。そうすれば、綾小路たちは我々Aクラスに集中できる。

 

「今後、龍園・綾小路関連で動きがある可能性が高い。なかなかおびき出せないと分かれば、龍園も手段を選ばなくなるだろう。何か動きがあればすぐ教えてくれ」

「りょーかい」

 

 あまり関わりの薄い事であろうとも情報を得ることは大事だ。それに、他クラスと接する機会が少ない以上、断面を見る事でその人物の理解につながり、戦略を作りやすくなる。思考を読むという事だ。思考を読むというのは何も難しい話ではない。相手の人格や取れる選択肢、その他色んなものを総合し絞っていく。そういう機械的、ある種コンピューターのプログラム的な思考の動きの事を指すのだ。

 

 さて、どう出るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、良いかい?」

 

 ある日の午後。廊下にて40代の男性が私に話しかけた。彼はただの人物ではない。坂柳理事長。それが彼だ。この学校の実質的な長でもある。そんな人物が、往来で話しかけてくる。彼とはストーカー事件の際に話している。しかし、それ以来接触は無かった。

 

「今、少し良いかな。来てもらいたいところがあるんだ」

「構いませんが。どれくらいで終わりますか?」

「あまり確証は出来無いけれど、そう長くは取らせない。会って欲しい人がいる。君の御父上の知り合いだ」

「よろしいので?外部との接触は禁じられているはずですが」

「私が許可したんだ。文句は言わせないさ」

「ならば行きましょう」

 

 彼の後ろにくっついていく。どうせ行き先は理事長室だ。理由はわかっている。今日、綾小路の父親、即ちホワイトルームの責任者たる人間が来ている。今朝がた部下が緊急連絡で知らせてきた。通信傍受で何とか盗み出してきた情報だという。事実、昼頃に確認すればこの学校の駐車場に見慣れない高級車があった。運転手はいたが、それ以外には存在していない。あれ、爆弾とか仕掛けやすそうな車だ。やらないけれど。

 

 部下たちの決死の努力で徐々に秘密のベールははがされてきている。じきに丸裸になるだろう。時間の問題だ。流石に人員も資金力も違い過ぎる。これで負けたら大恥だったが、その心配も無いだろう。

 

 備えはしておいた。まだ完全に情報は掴めていないが、用意してある手札でどこまでやれるかが腕の見せ所だろう。ついでに言えば、ホワイトルーム側の感情を知る事も出来るはずだ。私を裏切り者の子として扱いたいのか、それとも興味など無いのか。私としては後者であって欲しいものだが。

 

「私を呼び出したのは綾小路案件ですか」

「やはり、知っていたのかい」

「ええ、まぁ。一応は聞き及んでいました。この学校に在籍している綾小路がそれと同一人物かどうかの確証を得るのには大分時間がかかりましたが。私に会いたいというのは先方の希望ですか」

「いや、これは僕の独断さ。綾小路先生が、というより君にメリットがあると思ってね」

「メリット、というのは?」

「綾小路先生が君をどう思っているのか、鳳教授をどう思っているのか、実のところ僕も良く知らない。だけれど、何の感情もない、という事は無いはずだ。知っている君にだから言うけれど、先生は綾小路君を退学させようとしている。しかし、ここにいる以上、僕の守るべき生徒だ。同時に君にもちょっかいをかけてくる可能性はある。だからこそ、情報を少しでも持ってもらうために呼んだんだ。君ならば防げるかもしれないけれど、もし先方が何かしてくるならば、どこから攻撃されているかくらいは知る権利があると思うからね」

「ご配慮感謝します」

「教授にはお世話になった。私は教授のゼミにいたんだよ。その恩返し、ではないけれど筋は通さないといけないからね。……さぁ着いた。少しだけ待っていてくれるかい」

「分かりました」

 

 理事長はノックをすると中へ入って行った。会話はうっすらだが聞こえる。低い声がする。あれが綾小路の父親だろう。綾小路の感情の籠っていない声も聞こえる。

 

 理事長の言うように、退学を要求している。だが、高校は義務教育ではない。それに、学費も国費だ。である以上、綾小路の父親が親権を振りかざしたところで無意味であることは多分分かっていると思う。なかなかに強引なロジックで理事長を説き伏せようとしているが、あっさりと躱されてしまう。果たして本当に彼は息子をここから追おうとしているのだろうか。

 

 同時にとんでもない情報が聞こえてくる。受験が正しく機能していないという事だ。秘密裏に学校への推薦がされている?という事は、我が母校からも出ていたという事か。もしくは理事長の独断で入れたのか。部下の情報によれば、綾小路は中学に通ってない。であれば推薦なぞ出るはずもない。確かに入学できる存在では無かった。それを受からせたのはやはり、理事長の独断だろう。

 

 なんだこの不正入試システム。これは酷い。面接も試験もカムフラージュ?我が国の入試ですらそこまで酷くは無いぞ。全体主義国家に負けてる民主主義国家の運営する学校の存在意義とは何なのだろう。だからDクラスに配属されるような、本来もっといい人材がいるであろうに入れた謎な生徒たちがいるのだ。これは知らなかった。情報も徹底的に秘匿されていたし、まさかそんなことになっているとは思いもしなかったので調べもしなかった。

 

 全部録音中なので万が一の際は日本のマスコミと世界のインターネットにこれをばらまいて逃げるとしよう。

 

 万が一の際の決意を固めていると、話は終わりに差し掛かっている。綾小路の退学を自分の意思がない限りはさせないと断固拒否した。権力に屈しないのはいい点だ。入試制度はクソだけれど。

 

 理事長は綾小路を特別扱いはしないと言っているが、本当か?自分の娘の配属先について、胸に手を当て神に誓って特別扱いがないと言えるか?言えないと思うのだが……。確かに彼女の身体において、彼女に罪は無い。それは事実だ。しかしながら、この学校が実力至上主義を謳うならばそれもしっかり加味しないといけない。それに、アイツ中学で何しでかしたかしっかりこっちは知ってるんだからな。恨まれて当然の人生だ。そりゃ呪われるというものだ。

 

 正直、Dとまでは行かないがBやCでもおかしくないと思われる。あの変人だらけの初期Dクラスをまとめられるかは……無理そう。多分、我が強すぎる連中なので死ぬ。Cだと龍園にボコられて終わりだろうし、Bだと多分人望値で一之瀬に勝てない。あ、これAじゃないと詰みか。もし仮にDだと憤死してそうだが。

 

 というか、アイツの目指してるの独裁国家じゃないか。間違ってもこの国を率いさせたらダメな奴だろ。私とはどうあっても相容れない。これでも民主主義を目指しているし、そういう制度を作っているつもりだ。じゃなきゃ面倒なシステムをわざわざ導入しない。母国でも現状の制度を利用して上に行けばいいだけなのだから、わざわざ制度ごと破壊しようとなどしない。

 

 この学校のクラス分け、かなり恣意性があると言わざるを得ないだろう。

 

「話は終わったようだな。これで失礼する」

 

 綾小路の父親と思われる声が言う。

 

「いえ、少しだけ待っていただきたいのです」

「なんだ?」

「恐らく、先生がお会いになりたい人を呼んでいますので」

「……なんだと?」

「入って来たまえ」

「失礼します」

 

 呼びかけに応え、私は扉を開けた。傲岸そうでありながら、魂に不屈を持っている。そう感じさせる風貌だった。なるほど、確かに偉人の素質はある。性格に致命的な問題点を抱えているが、それでも傑物と呼ばないのは目が曇っているのを自白するのと同義だと思わせる顔つき、存在感であった。

 

 そんな男が一瞬怪訝そうな顔をする。そして、私の目を見て動揺を見せた。綾小路も少し驚いたような顔をしている。そんな顔も出来るようになったのかと思うと感慨深い。前にここで話した時は表情など無いに等しかったのに。

 

「お前は……いや、まさか……」

「どうも、お初にお目にかかります。私の名前は諸葛孔明。旧姓は鳳。よろしくお見知りおき下さいませ」

 

 男は所在なさげに手を震わせている。空中を視線と行き場を無くした手が彷徨い、そして彼はもう一度腰を下ろした。明らかな動揺が見て取れる。

 

「鳳、統元は……そうか、死んだのだったな」

「はい。昨年に死去しました」

「そうか、そうだったな。あぁ、そうだ……。お前が跡取りか」

「そういうことになりますかね」

「統元から話は聞いているのだな」

「ええ」

「ならば聞かせろ。息子ならばわかるはずだ。何故統元は俺を裏切った」

「裏切ってなどはいないでしょう」

「なに?」

「見捨てたのだと思います」

「どうしてだ。ホワイトルームは完璧なはずだ。確かに、まだ成功と辛うじて言えそうな存在は清隆しかいない。それでも、実験とはそういうもののはずだ。まだ数例もないのに成功不成功など、分かるはずがない!何より、ホワイトルーム理論は統元自身の発案だぞ!」

「それはそうでしょうね。確かに、実験は数回では分からない。ですが、鳥のように人類は腕を動かしても飛べないように、成否の明らかな実験も存在します」

「鳥の例とホワイトルームが同じだと?」

「あくまでも私の見解ですが、父に大志はありませんでした。あったのは自身を認めさせるという欲求と、自分の考えたことが正しいのか実験し、知りたいという欲。ただそれだけでしょう。その過程でホワイトルームを構想した。しかし、その中のどこかの過程で私にも貴方にも分からない父だけが気付いた不備を見つけてしまった。だから見捨てたのでしょう。もう、貴方に用は無くなったから」

「そう、か……」

 

 少しばかり打ちひしがれているように見える。この野望に生きていそうな男もかつては理想に燃え、私の父を同志と信じた日があったのだろうか。

 

「ただ、父はこう言っていました。感情の無い機械に、天才になる目は無い、と」

「感情?そんなものが必要なものか」

「さぁ。それはわかりません。しかし、父は感情という数値化できない領域においてホワイトルームの不備を見つけたのかもしれません。もしくは、凡人にも分かるよう最大限咀嚼した言葉がそれなのかもしれませんけれど」

「……」

 

 男は黙って下を向いた。綾小路や坂柳理事長ですら、見たことの無い姿だったのだろう。この男に感情というものがない訳ない。自分でいらないと否定したものに今一番振り回されているのもこの男という事実は私には皮肉に見えた。

 

 次に顔を上げた時にはもう普通の顔になっていた。しかし、どことなく覇気が薄くなったような気がする。

 

「なるほど……孔明と言ったな。お前の影響か。清隆が変化したのは」

「どうなんでしょうね。その辺どうです?」

「当然だ。オレは諸葛を見て、考えを改めるに至った。お前の教育には無い物を、諸葛は持っている。お前の下に戻っても意味がない。それも、オレが退学を拒む理由になっている。友人もその一環だ」

「先ほども言ったが、人間のなりそこないのような感情しかないお前に友人だと?」

「友人はいるんじゃないですかね。私は少なくとも、綾小路君が友人と行動しているのを見ていますが」

「どうだかな。ただ共にいることがイコールで友人であるわけではない。駒として、利用しようとしているだけでは無いか?」

「そこまでは知りませんが、利用しても構わないのでは?利用しあって良い感じの関係になる。それが友人でしょう。それに、本人たちが友人だと思っていれば友人なんです。そこに第三者がそれは偽物だ、と口を挟む余地など無いように思われますがね。友達のいなそうな思考回路ですね」

「ほざけ」

「これは失敬」

 

 友達いなそう。寂しい人生を送っているな。野望を達成できても、空虚感しか残らなそうな人生だ。それに気付くこともなさそうだが。まぁそれは個人の生き方なので別に勝手にしてもらえばいいが、友人の多さでは私はこの偉そうな父の元同盟者に勝てる自信がある。……大丈夫だよな。向こうがゼロでこっちには真澄さんがいるから……。真澄さんは友人なのか……?友人だと思っててくださいお願いします。

 

「良く回る口だ。父親そっくりだ」

「どうも」

「坂柳」

「はい、何でしょうか」

「先ほどくだらない学校と言ったが訂正しよう。この男を入れただけでもくだらなくは無い」

「ありがとうございます」

「諸葛孔明、単刀直入に言う。ここを退学して、我々と共に働く気は無いか」

「ありがたいお誘いですが、生憎とここを追い出された後には新宿の高架下で過ごすという仕事がありまして」

「ふざけたことを。どこまでも俺には与しない、という訳か」

「父が見つけてしまった不備が直っているとは考えにくいので。それに加わっても、父が目指した以上の成果は得られないでしょう。そんな徒労に人生を賭けたくないので。どうしてもと言うなら、諸葛亮を引っ張り出す方法はご存じでしょう?」

「三顧の礼、だと?俺がたかだが15、6の若造に?」

「年で判断する。年功序列の日本人らしいですね」

 

 鋭い眼光が私を射抜く。だが、この程度何も恐れる事は無い。この男は私に直接的手段を講じる事が出来ない。武器の類は持っていないようだし、当然だ。反面、私は簪を抜ける。その点で精神的に優越している。それにこの程度の視線、潜ってきた死線に比べればそよ風のようなもの。人生経験で負ける気は無い。

 

「……良いだろう。お前は後回しだが、必ず手に入れてやる。父親は俺を捨てたが、お前を手に入れれば意趣返しも出来るだろう。それに、無能ではないようだからな」

「来年以降、ホワイトルームから刺客でも送りますか?」

「そうせざるを得ないかもしれんな。無駄な手間だが仕方あるまい」

「では、来年度をお待ち申し上げておりますよ。綾小路君と共に」

「オレは待っていないんだがな」

「今度こそ失礼させてもらう」

 

 綾小路の答えを冷徹な目で見ながら、男は立ち上がった。最早用事は無くなったのだろう。

 

「見送らせて頂きます」

「不要だ」

「親を語るなら、何度でも足を運ぼうとは思わないのか?」

「無駄なことは極力したくない。お前の意思が曲がらないなら、1度きりで十分だ」

 

 挑発した綾小路をいなし、そう吐き捨てた。事実、綾小路に退学の意思は見られない。ならばその説得は無駄な事ではあるだろう。

 

「……最後に1つだけ。諸葛孔明、鳳統元の墓はどこだ」

「墓、ですか?であれば、少しお待ちくださいね」

 

 理事長の机の上にあった電話用のメモ用紙を拝借し、そこに住所を書く。

 

「ここです」

「そうか」

「無駄なことは嫌いなのでは?」

「何が無駄かは、俺が決める事だ」

「凡そ人間らしい趣味嗜好の無い父でしたが、ワインが好きでしたよ」

「……分かった」

 

 そう言うとバタンとドアを閉め、男は去って行った。これで来年の時局はある程度見えてきた。これに合わせた対応が必要だろう。坂柳理事長がいる限り綾小路とついでに私も身柄は安泰だろうし、またホワイトルームの生徒が入れる可能性も少なくなる。

 

 であれば、まず間違いなく坂柳理事長を引きずり下ろす妨害が入るだろう。それへの対応も必要になってくるかもしれない。いずれにしても、何としてでも来年度の新入生に1人はこちらの勢力の人間を入れないといけない。その人数は多ければ多いほど良い。母校から後輩が来てくれるかは分からないが……。そう言えば、この前の資料に書いてあった死んだ執事の息子。あれには幼馴染がいたような。羨ましい、爆発しろと思っていたのだが……使えるかもしれない。

 

 何はともあれ。状況をまだ完全には把握していない感じで戸惑っている綾小路と話をすることが先決だろう。




<高度育成高等学校・1学年Aクラス担任 総評>

12月1日時点 クラスポイント

1589

【夏休みまで】
リーダー格に2人、その仲介役に1人という三頭体制で隙の無い布陣を見せていました。早くにSシステムのルールに気付き対策を行う事で優位に立ちながらも油断せず慢心の無いスタートだったと思います。

【無人島試験】
諸葛孔明筆頭に自クラス独力での勝利でしたが、他クラスの利用やルールの裏を突いた戦略など多くの点で光るものがありました。また、クラス内でもグループの垣根を超えて協力しあい、近年稀に見る満足度を持って試験を終了していました。

【船上試験】
結果としては±0だったものの、プライベートポイントを取る事で戦略を確立していました。また、動きも非常に積極的であり、将来性を感じさせる行動を生徒1人1人が取っていました。

【体育祭】
運動を苦手とする生徒も存在する中、リーダー中心にまとまって行動できていました。声掛けをしあうことで雰囲気づくりをし、楽しみながら勝ちに行く、という目標を達成していたように思われます。龍園翔を筆頭とするDクラスとも協力する事が出来ていました。

【ペーパーシャッフル】
学力的にも大幅に成長した姿を見せてくれました。基本に忠実ではありますが、上位にいながらも努力を辞めない姿勢は評価に値すると思われます。また、非常に民主的なシステムを構築しており、ポテンシャルの高さを改めて感じさせられました。
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