ようこそ孔明のいる教室へ 旧バージョン   作:tanuu

8 / 37
人に欺かれるのではけっしてない、自分で己れを欺くのである。

『ゲーテ』


43.悪魔の囁き

 12月22日。この日は終業式である。明日から冬休みとあり、真面目なAクラスも最高潮に浮足立っている。この冬休みに特別試験が無い事は日程的にも明らかであるため、安心して過ごせるのだろう。クリスマスに正月。盛り上がる要素には事欠かない。先生もそれを理解しているのだろう。

 

「以上でホームルームを終了とする。冬休み中も当校の生徒、そしてAクラスとしての自覚を持ち節度を守って過ごすように」

 

 というありがたいお言葉と共に今年最後のHRは幕を閉じた。思えば長かったものだ。4月の最初にSシステムが発表され歓喜に湧いていた時間が懐かしい。あの頃とはクラス内の人間関係も、立ち位置も大きく変わった。

 

 葛城はリーダーでは無くなったが今なお影響力は強い。それに、生徒会で南雲と戦えるようにはなっている。彼自身も色々思うところがあり、成長してきているのだろう。思考回路も多少は柔軟になって来たようだ。元々能力はあるのだし、保守派思想が悪い訳では無いのでそのまま伸ばせば一角の人物にはなれるだろうと見ている。私のクラス運営にも非常に協力的だ。

 

 対照的に非協力的な方の筆頭坂柳はもうかつての面影はない。派閥はほぼ消えている上に辛うじて残った忠臣も忠臣の皮をかぶっただけになっている。彼女は先日の会合でもミスを犯した。あの時、吹き飛ばされた橋本を彼女は庇うべきだった。

 

 恐怖と実利、そして能力によって支えられた政権は忠誠を生みづらい。利益無く動いてくれる存在など貴重だ。だからこそ、そういう存在を作るようにしないといけないのだ。せめて今いるメンバーだけでも維持し、人望をなんとか作りだし、結束を生む。そうしないと勝ち目は0.1から0になる。それに、蝙蝠のような動きをしているとはいえ義理を通してはいる橋本を厚遇しないのは愚策だ。

 

 状況判断が出来てないと言わざるを得ない。これまでは上手くいった。だから次もきっとそうなる。それは甘い見通しとしか言えない。普段だったらばもう少しまともに動けたかもしれないが、視野狭窄に陥っており、苛立ちや惨めさでそれが加速する負のスパイラルになっている状態だろう。でなければあそこまで冷静さを欠いたりはしない。

 

 およそ今までの人生で人の風下に立っていないからこその経験の欠如、感情処理の幼さが致命的に作用している。悲しい事だ。どんな大帝国も肥大化するうちに根元が腐り、取るに足らない虫によって崩れ落ちると言うのに。クラス内でも最早頭の良くて顔は良いけど若干危ない上に身体の弱い可哀想な子という認識になっている。戸塚が誇っているのはそれはそれで苛立つが、旧葛城派としては溜飲が下がる思いなのだろう。葛城自体は静観を決め込んでいるが、この場合はそれで正しい。

 

 最早地位的には葛城の相手にもならないのだから。いわんや龍園や綾小路をやである。一之瀬よりも重要度は下がるだろう。彼女にとっては業腹だろうが、私としては一之瀬の方が警戒に値すると思っている。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、どうもどうも。わざわざ寒い中御足労いただきまして誠にありがとうございます~」

 

 へこへこしながら私の前にやって来た客人に着席を促した。凄まじく胡散臭いものを見る目で見つつも、相手は渋々と言った様相で席に座る。携帯で呼び出したのが数日前。最初は返信も無く無視されたが、少しばかり最近の学校内の情勢を匂わせる言葉を入れると返答がきた。

 

「本当にありがたい話です。3年生ともあればお忙しいでしょうに」

「その忙しい中呼び出したのはそちらの方じゃない?」

「全くその通りです、これは申し訳ない。お初になりますね。私、姓は諸葛名は孔明。以後、お見知りおきを」

「私はあなたとはお見知りおきするつもりは無いんだけどな」

「そんなつれない事は仰らず。残りの期間は短いですが、仲良くやらせて頂きたいと思ってるんですよ。3年Cクラス代表、綾瀬夏さん」

 

 真冬に呼び出したのは3年Cクラスのリーダー。彼女の連絡先はこの前の元会長との同盟締結時に貰っていた。それを使って呼び出したのである。

 

 目的は単純。3年Aクラスの他に与しやすそうな相手を探した結果、それがCクラスだった。3年生はクラス間のポイント差が1年や2年ほど開いていない。もうなんかおかしなことになっている1年AとBの差や、2年生の格差に比べれば圧倒的に差が少ない。3年のAとBの差は約300。十分に巻き返せる位置だ。そしてBとCの間は約150ほど。それより下のDとCだと約100。どれも逆転が可能だ。

 

 私の見立てでは、恐らく次の学期に後2回は特別試験がある。その2つを上手く使えば十分打倒堀北学、打倒Aクラスも可能なラインだった。それだからこそ、3年生はどこのクラスもその大小はあれど闘志が存在している。それを見逃す南雲では無いだろう。残りの時間の少なさは、人を焦らせるには十分すぎる要素だからだ。

 

 南雲は心のどこかで堀北学には勝てないと思っている節がある。それでも挑むのは感心な事だが、勝てないならば少しでも鼻を明かしてやりたい。そう思っていても不思議ではない。金ならある奴だ。それを餌に3年生のA以外の全クラスに取引を迫っていても不思議はない。というより、私が彼の立場ならそうするだろう。それ以外に介入の方法もあまり無いのだから。それの確認と、もしそうならばCクラスをこちらに引き込むことで南雲の戦略を秘密裏に崩壊させる目的がある。

 

 BではAとの契約に背信してしまう。流石に利敵行為はマズい。一応話は通しているが、Bには難色を示された。その上でDではなくCにしたのは微妙なラインだったからだ。勝てそうで勝てない。そんな戦いが多かったと堀北学からは聞いている。最後に近いチャンスに多くを賭けているはずだ。逆にDでは些かAまでの道が遠すぎる。せめて少しでも上に、と思っている層が多いだろう。上がれてもCが精一杯だろうと思っていることだろう。こちらに乗ってくれるとは思えなかった。

 

 Cクラスは上に届きそうで届かず、下からは虎視眈々と狙われるという非常に大変な場所にいる。そこにはつけこめると判断したのだ。

 

「誰から聞いたの?私は少なくとも貴方と接点は無かったはず」

「そこは秘密です。さる筋からとしか」

「全く信用できないんだけど。それで、何の用?」

「単刀直入にお伺いします。南雲雅から接触がありましたね?次の試験では自分達に味方するようにと」

「なんの話?何故生徒会長が3年生に介入してくるのか意味が分からないんだけど」

「なるほど、そう来ますか。ではそんな事実はないと」

「訳が分からない事を言われても知らない、分からないとしか言えないな」

「そうですか。すみませんね。お手数をおかけしました」

 

 そんな訳ないだろうと言うのは調べがついている。協力者もいるのだ。案外南雲の足元もそこまで盤石ではない。それに、既に堀北学が問い詰めたDクラスがゲロっている。

 

「……使えないなぁ。利用価値もないとみなされてるのか、この負け犬め」

 

 聞こえるか聞こえないかのラインでボソッと呟いた言葉に当たり前だが反応する。怒りの表情が浮かんでいた。

 

「呼び出しておいて失礼じゃない?」

「なんの事ですか?」

「いや、バッチリ聞こえていたからね」

「ああ、すみませんね。……でも事実じゃないですかぁ。先輩にはぁ、利用価値がないと思われてるってのは」

「は?どういう意味よ」

「BとDは契約を交わしていたのに、先輩だけハブられてるんですね。可哀想に。これまでの試験でいつも惜しいところ止まり。だから初期Bクラスだったのにそこからも転落して今はCクラスで卒業を待とうとしてるんでしょう?」

「私を怒らせたいならその目論見には成功してるよ。ただし、もし仮に生徒会長と契約していたとして、そんな見え見えの誘導に乗っかると思う?」

「う~ん乗ってこないかぁ」

「悪いけど、流石にそれには乗らないな。伊達に2年先に産まれてる訳じゃないんだよね」

 

 これで乗って来られたらむしろそっちの方が信用が置けない。では、別の方向からアプローチを仕掛けていこうじゃないか。

 

「先輩、王に必要な事って何だと思います?」

「なに、いきなり。帰っていい?時間の無駄だったからさ」

「少しくらい答えて下さっても良いじゃないですか。それとも、何も分からないんですか?」

「そんなに怒らせたい?……はぁ。カリスマ性とか?」

「それもいらない訳ではないですし、ある方が良いですね。でも違います。必要なのは勝利です」

「勝利……?」

「王に敗北は許されない。民は王を信頼し、生命財産をゆだね、税を納める。だからこそ、王は勝たねばならない。どんな困難な状況下でも、最後には勝っていないといけない。どうです、必死こいて働いた金を持っていったのに戦争に大敗して帰ってくる王様。腹立たしいですよねぇ。裏切られたとは思いませんか?」

「まぁ、確かにそう思うかもしれないけど」

「おやおや、例え話の意味を理解されていないようだ」

「は?」

「皆の信望を得て、プライベートポイントも集めてるそうですねぇ。で、それが有効に使われてるんです?1年の時からリーダーをしてるそうですけど、何人も退学してるそうですねぇ。可哀想だなぁ。たとえ自分がここを追われても、最後には先輩の勝利を信じて去った人もいただろうに。貴女はただの負け犬じゃない。Dという格下いじめで何とか勢力を維持してるだけの権力に取りつかれた背信者、裏切り者、断頭台行き確定の王ですよ」

「そ、それは……」

 

 王の条件は私の思想とは違う。だが、ここでは嘘も方便だし言葉は使いようだ。時に信条と反することでも言わないといけないことがある。人を説得する為ならば尚更だ。

 

 しかし、事前に3年生のこれまでの顛末を聞いておいてよかった。堀北学だけでなく、橘元書記にも協力を仰ぎ、色んな視点からのエピソードを聞いた。Cクラスは元々Bクラスだったこと、一度はDまで転落してしまったこと、這い上がる過程で多くの仲間が犠牲になった事。リーダーの綾瀬はそれでもリーダーで居続けた。それはカリスマ性も少しはあったのだろうが、後は本人の義務感だろう。

 

 あれだけ犠牲を出したんだ、敗北は出来ない。そんな思いが思考を強張らせ、視野を狭くし、焦りを生み、そして負ける。その繰り返しだったのだろうと断片を聞く限りで推測できた。真面目だからこそ、気負ってしまう。非情でないからこそ、自分の罪だと思ってしまう。

 

 クラスの勝利のためにと自ら生贄になった生徒もいるとまで聞いている。だからこそそこを突いた。お前は裏切り者だと。彼女が自分の中で隠してきた自責の念が今、噴き出そうとしている。無視も、反論も出来ない。何故ならそれは事実だからだ。そしてそれを気にしている様子を見せていないという事は、何も感じていないタイプか、ストレスを隠しているタイプと思われる。堀北学の話から前者ではないと見抜けたので、申し訳ないが心をかき乱してもらう。

 

「な、何を言って。私はクラスのために頑張って来てる。裏切ってなんかいない!」

「本当に?心の底からそう思ってるんですか?勝てない女王様、その玉座はどんな座り心地です」

「私は……私は……」

「私は?なんです?この期に及んで言い訳ですか。貴女に全てを託した人も、怒りで震えているでしょうね」

「あなたに、生温い環境の1年生に何が分かるのよ!」

「分かりたくも無いですね、負け犬の遠吠えなど。それに私は今のところここに入ってから負けたことが無いので。聞いたことくらいあるでしょう?今の1年生のクラスポイント差の情報を」

「私だって頑張ってきたのよ、なのに……」

「こっちを向いて話せ」

 

 テーブルを挟んで対面に座っている彼女に一気に顔を近づける。下を向いて俯いていた顔を手で強引に上を向けさせる。

 

「それでも王だというのなら、堂々としているべきでしょう。例え最後まで敗者であっても私は間違っていないと貫き通す覚悟が必要だ。じゃなければ、散って言った仲間が報われない。間違いだなんて、言ってはいけない。まして頑張ってきたからとか言って自分を守ってもいけない。事実を事実として受け止めなければ、この先も貴女は同じ失敗を繰り返す」

「私、私は……」

「私の目を見て話して」

 

 震えている目が私の瞳を捉える。焦点の合わなかった瞳が私の眼球に吸い寄せられているのが分かった。気丈だった姿は無い。誰も突いてこなかったところを突かれた。ずっと自覚していたことと向き合わされた。逆に、3年生でここを突いていく人がいなかったのか。もしくは気付いていたが倫理観を優先して見逃したのか。後者なら大分民度の良い学年だ。

 

 どこかに視線をずらすことは許さない。動揺している自分を相手が察知しているという事実を理解させる。そうすることで、どんどん防波堤は揺らいでいく。人は至近距離で見つめられると逸らしたくなる。それを許されないのは本能に逆らう行為だ。だからこそ精神的な穴が出来る。

 

「80日。それが貴女に与えられた最後のチャンスだ。どうです?手を組みませんか。私たちと手を組めば、Bクラスまでは上げて差し上げましょう」

「Aじゃ、無いの?」

「そこは自分でやらねば。そうでなければ勝ったとは言えないのでは?」

「……」

「良いんですかねぇ。金でつられて、唯々諾々と2年生の傲慢な男に従わされて。ずっとこれまで努力してきたものをあざ笑うように、あの男の遊びのために顎と札束で使われて。プライドも、何もかも売った惨めな存在が、今のAクラス以外の3年生ですよ。そんな勝利に何の意味があるんですかね。でも、貴女は違う」

「え……」

「貴女は違う。貴女はまだ南雲に従わなくても戦える。そうやって戦わなくてはいけない理由がある。プライドを捨ててはいけない。貴女は3年生だ。あんな小僧に負けて良いんですか。退学した仲間はそんな貴女を許してくれるでしょうか。今です。今なんですよ。最後の機会は」

 

 耳元で私は囁く。手を取り、思考を集中させないようにして、その隙に言葉を叩き込む。似たような言い回しで何度も強調して。大事なところだけを印象付けるように。

 

「貴女は何の為に此処に来たんですか」

 

 片手間に調べさせた彼女の経歴。それを最後にたたきつける。確固たる意志があってここにいる人ほど、この言葉は効く。葛城や一之瀬がそうだったように。虚ろになっている目からは涙が零れている。半開きだった口から、途切れるように言葉が紡がれ始めた。

 

「私は……父子家庭で……でもあんまりお給料が高くないから……せめて大学に行くお金と高校のお金はどうにかしたくて……それで……」

「私も母を亡くしました。7歳の時です」

「え……」

「形見など、ほとんどありませんでした。私の目的も同じです。私も学費のために此処に来ました。自分の夢を叶えるために」

「夢……私の、夢……」

「先輩にも、あったはずだ。この3年間の荒波で忘れてしまっていたけれど、どこかに秘めていたものが。お父様と、何か約束したんじゃないですか」

「あ、あぁぁぁ」

「まだ間に合う。私たちはきっと、分かり合える」

 

 色んな感情が一気に迸ったのだろう。遂にはテーブルに突っ伏して泣き始めた。冷静さはとうの昔に失われている。家庭環境は知っていた。過去も、近所の評判も知っていた。そしてその夢も。だからこそ、父親との約束云々が刺さると思ったのだ。そして案の定である。ここまで突き崩せば十分だろう。

 

 申し訳ない事をしているとは思っている。過去をほじくり返して、聞きたくないだろう事を言い、強制的に現実と向き合わせた。言い訳をすると、こうすることで少しはいい方向に向かうんじゃないかとは思っている。流石に利用するだけ利用して放置では寝覚めが悪い。少しばかり手を貸すことも必要だと思っている。

 

 5分以上泣き続けたが、やっと涙をひっこめた。顔はもうぐちゃぐちゃだが。

 

「虚勢を張っていた時よりいい顔になりましたよ。戦う人の顔だ。戦場へようこそ」

「……吹っ切れた。南雲に話を持ち掛けられたのは事実。次の試験でB~Dの合同でAクラスを陥れる契約になっていたの」

「どんな試験かはご存じですか?」

「どこかに出かけるとは聞いているけど……それ以外は知らないな。ただ、無人島的な何かだと思っている」

「詳しい契約内容は?」

「どんな試験内容だろうと3クラスで協力してAクラス、もっと言えば橘茜を陥れる。そういう作戦だった。勿論無理そうなら別の誰かに標的を変えて構わないとは言われてるけど。退学も視野に入れた作戦を採っていいって。もし私たちから退学者が出れば2000万ポイントを貰えることになっているから」

「1番乗り気だったのは?」

「Bかな。石倉や猪狩はかなり前のめりになっていた。Dもそこそこ。Bは積年の恨みがあるからね。何としてでも堀北に一泡吹かせたいんでしょ」

「なるほど。これ、漏らして良いんですか?」

「漏らすことを想定されてない、が答えかな。南雲も3年と1年で繋がりを確認できてないみたいだし。どうせAとも繋がってるんでしょ?だからそれっぽい事を言ってBまでしか上げられない言い訳をした。違う?」

「これは一本取られましたな。その通りです」

 

 少しばかり甘く見ていたようだ。見抜けるところはしっかり見抜いている。

 

「それでもいいや。金で動くよりはずっといい。ただし、あなたの指図も受けない。私はただ、何もしないという事をするだけ」

「と、言いますと?」

「南雲との契約は努力義務に近い形になっている。契約内容が実行出来ない試験内容かもしれないからね。出来ると判断したら実行することとなってるけど、実行できなかった場合のペナルティが無い。判断基準は私たちに委ねられている。不覚的要素が強すぎる契約が裏目に出てるって感じだね。私が出来無そうだったと言えばそれで完結してしまうから」

「では、中立政策を貫くと?」

「Bを陥れるように動くと思う。元々そのつもりだったし。A以外のクラスを攻撃したらダメとも言われてないからね。最悪、Aとでも同盟を結ぶよ。Bが落とせれば万々歳だからさ。悪いけど、あなたとの同盟は結べないな。南雲を切るなら、あなたも切らないと道理が通らない」

「分かりました。残念ですが諦めるとしましょう」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 ふぅ、と彼女はため息を吐いた。同盟にならないのは想定していたパターンに入っている。外の部下を使い調べさせた彼女の過去、そして堀北学らから聞いた人物評。それらを総合すれば、道理を通すタイプだとはすぐわかった。だから、こういう結末になる事も予想は出来る物だった。最上では無いが、次善くらいではある。

 

 元々プライドも芯もしっかりあるタイプであり、それがたまたま揺らいでいただけの事。ならば揺さぶり尽くして元に戻せばいい。荒療治だったが概ね成功と言って良いだろうな。精神的に普通だったらば、南雲の提案は蹴っていただろう。勝ち方に拘るタイプは一見視野が狭いように見えるが、覚醒して化ける事もある。それに、仕えるならそっちの方が良いはずだ。芯がある人間の方が信頼できる。

 

「どうも、この度は色々御無礼を働きました。誠に申し訳ございません」

「あー、良いよ。私も少し目が覚めたし。やるべきことも見えてきたし。残された時間、有意義に使わないとなぁ」

「お役に立てたのならば幸いですが、それはそれとして謝罪はさせていただきます」

「うん、まぁ、グサッと来たし正直メッチャムカついたけど正論も多かったし。それに、そっちはそっちで南雲に絡まれてるんでしょ?体育祭がやっぱ原因?」

「恐らくは」

「ま、その為に利用できるものはしたかったんだろうし気持ちは分かるから謝罪は受け取る」

「ありがとうございます」

「協力はそこまでしないけど、もし南雲から何か接触があったら教えてあげるくらいはしてもいいかな。代わりにそっちも少しは何か対価を出してくれるならの話だけど」

「分かりました。記憶にとどめておきます。契約をお願いしても?」

「良いよ」

 

 用意していた契約書の内、このパターンだった場合のものを出す。彼女は少しだけ目を見開いてから苦笑いをした。

 

「1年の蒼い貴公子は伊達じゃないか。流石に用意周到だね」

「お褒めに預かり光栄です」

「内容は確認した。サインするから」

 

 そう言うと、彼女はペンでサラサラと名前を書いた。これでCクラスは私視点で敵対から武装中立へと関係が変化する。これだけでも大きい事だった。

 

「それじゃ、もう行くね。戦略見直さないといけないから」

「本日はありがとうございました」

「ん」

 

 携帯でクラスメイトに電話しつつ、足早に彼女は去って行く。何だかんだでしたたかだし優秀だ。それに諦めも悪い。芯もある。どれだけ敗北続きでも、3年Cクラスが未だに彼女をリーダーと仰ぎ続ける理由が何となく理解できた気がする。

 

 それはそうとして、私も連絡する必要がある。押した連絡先は数回のコールの内に応答した。

 

「もしもし、堀北先輩ですか」

「そうだ」

「今、お時間よろしいでしょうか」

「構わないぞ」

「ありがとうございます。早速ですが予定通り3年Cクラスの懐柔に成功しました。やはりと言いますか、南雲会長と密約を結んでいたようです。説得により契約の網目をかいくぐり、武装中立に変更してBクラスを狙いに行くようです。南雲会長も存外に詰めが甘いと言いますか、慢心していると言いますか」

「慢心しながら勝つのは奴らしい。こちらも引き続きDクラスには圧力とポイントで揺さぶりをかけている。Bは直接対決でどうにかする方法を考えている最中だ」

「なるほど。そちらはお任せしてよろしいですか?」

「無論だ。元々3年生の問題だからな。なるべく自分達でどうにかしてしまいたい」

「承知しました。それと……最後に1つだけ。南雲会長の狙いが判明しました」

「その口ぶりから察するに俺……ではないのか?」

「確かに対決は望んでいるのでしょう。それは今もなお変わっていないと思います。しかし、それとは別の目標のために3年生に金をバラまいたのです。その対象は先輩の最も信頼する相手。腹心とも呼べる存在」

「まさか」

「そのまさか。狙いは橘先輩です」

「……あり得ん。南雲は……過激ではあるがあくまでも俺との戦いを所望しているはずだ。勝負ごとに関しては、筋を通していると思っていたのだが」

「その信頼を裏切ってでも、貴方と戦いたい。そういう意思の表れではないでしょうか」

「…………」

「受け入れたくない現実かもしれませんが……」

「分かっている。分かってはいる。だが、やはりそれでも少し堪えるな」

「どう、されるおつもりですか?」

「どうもこうも無い。目論見が分かったならばそれに合わせて対応するだけだ。橘は大事なクラスメイトだ。必ず守り抜く」

「そう仰ると思っていました。同盟相手として微力ながら最大限お力添えします。今後もこまめに情報共有をして、姦計から逃れていきましょう」

「ああ。よろしく頼む」

 

 電話は切れた。少しはショックだったのだろう。あまり感情を見せない堀北学だが、それでも南雲にも一定数の信頼を置いていたのだろう、それが裏切られたとあれば動揺するのもやむなしと言ったところだろうか。

 

 同時にピリリとメールが入る。何処からかと思えば電気屋から。頼んでいた商品が届いたらしい。受け取りに行かないといけない。クリスマスまではもうすぐだ。プレゼントというものを買ったのは人生でも数えるほどしかないが、中でもクリスマスプレゼントというのは初めてだ。どういう反応をされるのかは分からないが少しは喜ばれることを祈るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩。綾小路からメッセージが来た。Dクラスとの問題に終止符が打てたらしい。めでたい事だ。これで彼らは上に向かって邁進できる。翌日にはDクラス内で政変が起こり、龍園が失脚したという噂が飛び交っていた。噂とは出回るのが早いものだ。特に閉鎖空間の学校生活では大いなる娯楽として扱われるのだろう。

 

 明確な脅威は消えた。龍園は大人しくなっただろうし、残された面子に今までのような運営は出来ない。あれはあくまで龍園の個人的実力によって成り立っていたクラスだ。石崎にそこまでの能力は無い。であれば今までのような強引な戦術はとらないと確信できる。これで大きな目的が達成できた。龍園に恨みは無いが、真澄さんを守るためには致し方ない行動だったと思って欲しい。

 

 今回の綾小路の話が真実ならば、龍園たちは綾小路(彼ら視点ではまだ黒幕X)と繋がっていると突き止めた軽井沢を過去をネタに屋上へ呼び出して、暴行を加えたらしい。それ見たことか。私の懸念は当たっていたと言えよう。真犯人を引っ張り出すためとは言え、龍園は軽井沢を嬲っている。その場には山田アルベルトや石崎、伊吹もいたという。皆武闘派で知られている存在だ。軽井沢では抵抗できなかっただろうし、彼女よりは身体能力が高いとは言え真澄さんでも無理だろう。

 

 結果的に全員綾小路に叩きのめされたとはいえ、どんな事をするか分かったものでは無かった。部下を守るべく、これまでずっと色々やって来たが遂に実を結んだ。少しは心休まるだろう。後は今回判明した南雲の狙いになっている橘茜のような存在に真澄さんがなってしまわないように、南雲対策に時間を割ける。2000万ポイントだ。2000万ポイントがいる。

 

 南雲が何もしなくても、ホワイトルーム関連は大人しくしててくれないだろう。どうも最近永田町と霞が関で怪しい動きがあると聞く。綾小路の父親が動いた可能性が高い。坂柳理事長の地位も危なくなる可能性が高くなってきた。ともすれば、そこの後釜にはホワイトルーム関係者が入るだろう。そうなった時。綾小路を退学させ私を入手するためにどんな手を使ってくるか分かったものではない。私は本国へ逃げられるが、その余波で真澄さんを被害に合わせるわけにはいかない。彼女を守るために、ポイントが必要だ。

 

 3年Aクラスに恩を売れば、彼らはイージーに卒業できるだろう。Aクラス卒業が確定した段階で彼らからポイントを貰い、補填する。そうすればどうにかなる可能性が出てきた。最悪、南雲の足でも舐めればいい。プライドも尊厳も捨てるのは慣れている。それで彼女が守れるなら、安いものだろう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

<現状(12月末)収支>

 

・収入→44万6700pp(10月分の14万3900pp+11月分の14万3900pp+12月分の15万8900pp)

 

・支出→2万pp(最近は、孔明が調理してくれるのと日頃の授業してくれているお礼ということで、真澄さんが食費を8割方出している)

 

・現状保有ポイント→262万4400ポイント(既に所持の217万7700ポイント+収入-支出)

 

・Aクラスこれまでの総収入額→109万5400ポイント

 

・Aクラス平均所持ポイント(異常値の孔明を除く)→約50万ポイント




<To.諸葛閣下>

松雄栄一郎の保護に成功。本国へ護送する。また、七瀬翼との接触にも成功。概ね良好な関係を築けている。ただ……。

<返答>

報告は簡潔にせよ。何か問題でも発生したか?

<Re.返答>

護送の際に複数の車に追われ、カーチェイスとなった結果、閣下のアストンマーティンDB5がお亡くなりになりました。

<RE.Re.返答>

…………え?ウソでしょ?ウソだといえ、おい!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。