星冠を戴く王女と試練の絆 作:ベル
そして私は転生を遂げた。
目覚めから赤ん坊なのはこの手のお約束。
生まれたのはルナフィア王国(500年前は小国家連合の都市国家の一つ)。
近年、動き出した古の魔獣との戦いで傷つき、暗い予兆にざわつく国だ。
民の間で『新たな災厄が迫っている』と囁かれ、王宮さえ不穏な空気に包まれている。
そして王家に待望の赤子が出産を迎えようとしている。
国王レオンは妻の出産を待ちわび、祈りを捧げていた。
「まだか、まだか……妻よぉ~~~!」
扉の向こう側を見つめ、ほんのわずかの沈黙の後に響いてきた声に耳を澄ませる。
赤子の鳴き声だ。
「おお、おおお~~!! やった、やったぞ!」
「陛下、お静かにっ!」
「はひ……」
扉慌ただしく侍女たちが働く中に入って、ベッドの妻を両手を広げ抱きしめる。
「でかした~~! よく頑張ったな!」
「あなた……」
難産で憔悴したエリシアが夫の手を握る。
レオンは涙を堪え、そっと握り返す。
「直接見てたら、あなた気絶してたわよ……」
不甲斐ないが、国一番の勇者と呼ばれる男だ。
心脆い一面もある。
「陛下、どうぞ」
産湯で清められた赤子が布にくるまれ、差し出される。
「頑張ったわね。あなた」
エリシアの指が赤子の頬に触れる。
その指に重ねるようにレオンも触れる。
これが私だ。
動けない、話せない。
母から出た苦しみがまだ体に残り、泣くことしかできない。
なのに意識だけは異様に冴えている。
「女の子よ……リアナには妹ができたわね。魔法の才に溢れるあの子の妹か、楽しみね」
姉がいるのか、ちょっと楽しみかも!
前世は一人っ子だったから。
「でかした。でかしたぞー。名前はそうだな……セレナがよい。祈りの間、ふと思い浮かんだのだ。伝説の星の勇者の名前だぞ」
「奇遇ね、私も夢で同じ名前を聞いた気がするわ……きっと星が導いた名前に違いないわ。ハグしてちょうだい」
レオンは娘を抱き、妻と抱擁する。
「元気な子に育つ。見ろ、この髪の色。お前譲りで雷神の加護を受けている。リアナと同じだ」
「本当にそうね……でも、レオン、この子の額!」
エリシアが息を呑み、セレナの額を指差す。
そこには、三日月を象った銀の刻印が朝陽に照らされ、アルテミスの祝福のように神秘的な光を放つ。
「これは……星神の刻印だ! 雷神の加護に加え、アルテミス様の導きを宿しているのか!」
レオンが興奮気味に言うと、エリシアは畏敬の眼差しでセレナを見つめる。
「セレナ、この子はルナフィアの希望になるわ。でも、この刻印はあまりに目立つ……宮廷の目が厳しくなる。成長したら飾りで隠した方がいいかもしれない」
その瞬間、揺り籠のそばで小さな光が瞬く。
妖精ピコがふわりと浮かび、セレナの意識に囁く。
(ピコピコ! ご主人様、額の刻印、SSR級のバフ確定! アルテミス様のレアフラグだけど、目立つと敵にロックオンされるよ! 大人になったら額を隠してステルスが賢いピコ!)
セレナの意識は赤ん坊の体に縛られ、言葉を発せない。
だが、心の奥でピコの声が響き、『アルテミスオンライン』のクエスト開始音が脳裏に鳴る。
(ねえ、ピコ! この刻印、レア特性かな! ステータス画面早く見たいなぁ。銀の頭環って、ゲームの神装備っぽくて燃える! でも王宮っているだけでデバフ感じる!)
ピコの光が青く瞬き、セレナのゲーム脳に応える。
(ステータスは赤ん坊クリアで解放してあるピコ! 刻印は雷神パワー+アルテミス様のバフで無双フラグ! 王宮は確かにハードモードだけど、ご主人様のゲーム脳なら楽勝ピコ!)
「リアナには妹ができた。姉妹揃って楽しみね。でもリアナは少し冷たいところがあるわ……」
「お前が出産で、この子ばかりだからさみしかっただけさ」
「そうね……」
こうしてルナフィア王国に生まれた第二王位継承権を持つ王女セレナは黄金の髪を持ち健やかに育っていくことになる。
だが、この国はかつての災厄の影にも怯えていた。
『五大魔獣がうごきだす』とも囁かれる。
◆
ルナフィア王国──シルヴァノーヴァ領
王国の南西に広がる豊かな森林地帯は、古来より自然崇拝の文化で、人々は穏やかな暮らしを送っている。
かつて古の魔獣「樹龍シルヴァス」の力を封印したこの地は、ルナフィア王家が看視者として太守を任命したことから、信の厚い者を代々輩出して太守に任じていた。
シルヴァノーヴァを預かる太守ガレン・フォレストハートは今宵大いに飲んでいた。
古来より樹龍の守護者の一族であり、かつては英雄に従い、樹龍と戦ったこともあるアドリアの子孫だ。
太守という立場上、滅多に領内を出ることはない彼だが、中央の事情には精通している。
「めでたいことだ。またもや女児だがめでたい!」
ルナフィア王国の王家に第二王女が生まれた、という報せはすぐに彼に届いていた。
「聞け、エレノアよ」
すぐそばに控えるのは青い髪の少女──まだ7歳ほどだが、すでに凛とした眼差しが武人の魂を有している。
「はい、父上」
「跡継ぎの王女が二人、お前はどちらに仕えたい?」
「……命とあれば、どちらの方でも」
「いい答えだが、武人としては良い。だが、お前はフォレストハートの次期当主よ。命じられれば死ぬことをいとわぬ心ではならぬ。自らの目で確かめよ、次期王の器を」
「私がですか……」
「そうよ、お前を王都に送る」
エレノアは目を見開く。
生まれてこのかた、一度も領内を出たことがない。
エレノアの母が立ち上がって言う。
「あなた、まだこの子は7歳なのですよ! 王都に送るだなんて、そんな、まるで人質みたいよ。王家にそこまでする義理はないはずよ! この子は私たちの宝なのよ!」
妻リディアの言葉に、ガレンの表情が一瞬柔らかくなる。
彼は妻に歩み寄り、彼女の手をそっと握る。
「リディア、落ち着け。俺だってエレノアを手放したくはない。だが、この子はただの娘じゃない。フォレストハートの誇りを継ぐ者だ。シルヴァスを封じた我が家の使命を、この子は背負うんだ」
ガレンはエレノアを振り返り、父親の温かさと太守の威厳を込めて続ける。
「エレノア、お前は俺の誇りだ。シルヴァノーヴァの森で育ったお前なら、王都の闇も見抜ける。リアナ様は聡明だが冷酷と聞く。セレナ様は額に月印を宿し、運命に導かれた。どちらがルナフィアを照らす星冠の王女か、お前の目で確かめてくれ」
エレノアの短剣が微かに緑光を放つ。
星神の囁きが心に響く。
『森の子の末裔よ……導きの印を見よ。試練を共に切り開け……』
エレノアはハッとして周囲を見回すが、森の静寂だけが答える。
「……父上の誇りに、恥じません。セレナ様、リアナ様、どちらが王国の未来を担うか、私の目で確かめます!」
ガレンは娘の頭をくしゃっと撫で、笑う。
「それでこそ俺の娘だ! 王都の太守館を手入れさせる。何年か離れるが、手紙は毎月送れ。年に一度は顔を見せに来い、いいな? 母さんを泣かせたら、俺が許さんぞ!」
「はい、父上! 母上も……心配しないでください。私、ちゃんとやってみせます!」
エレノアが母に微笑むと、リディアは涙を拭い、娘をぎゅっと抱きしめる。
「エレノア……気をつけてね。どんな時も、フォレストハートの心を忘れないで」
「はい、母上!」
ガレンは杯を掲げ、声を張り上げる。
「よし、手筈は整える! エレノア、フォレストハートの誇りを王都に示せ! 滅びの予兆の噂があるが、お前の剣がルナフィアの未来を切り開くんだ!」
こうして、ルナフィア王家にセレナが誕生した月に、一人の少女の運命が決まった。
青い髪の少女、エレノア・フォレストハートは、父の短剣を手に王都へ赴く。
◆
それから一週間後の夕暮れの王都中央広場。
屋台の喧騒と民衆の笑い声が響く中、突然、ざわめきが途切れる。
噴水脇に立つローブ姿の男――謎の預言者が、枯れた声を張り上げ、群衆を凍りつかせる。
「災厄は訪れる! 星は堕ち、数多の悪魔が降り注ぐ!」
その声は広場に響き渡、民衆の顔から笑顔が消える。
「ルナフィアの栄光は終焉を迎える! 滅びの予兆が全てを飲み込む! 王家の血は闇を招き、王国を覆うぞ!」
民衆の間に動揺が広がる。果物売りの老人が隣の鍛冶屋に囁く。
「最近、この話をあちこちで聞くね……」
若い娘が友に怯えた声で問う。
「滅びの予兆って何だ? 王女様の誕生と関係あるのか?」
酒瓶を握る男が怒鳴る。
「王家が滅びるだなんて、ふざけるな!」
だが、声は震えていた。
その時、広場の端に馬車の車輪が石畳を軋ませて止まる。
シルヴァノーヴァ領から来た木製の馬車には、フォレストハート家の紋章が刻まれている。
馬車の中から、青い髪の少女――エレノア・フォレストハートが顔を覗かせる。
凛とした眼差しで、父から託された短い剣を手に持つ彼女は、父ガレンの命を受けた次期当主だ。
乳母が慌ててエレノアの袖を掴む。
「エレノア様、見てはなりませぬ! そんな不吉なものは!」
だが、エレノアは乳母の手を静かに振りほどき、毅然と答える。
「父上は申した。自分の目と耳で確かめなさい、と。私はフォレストハート家の次期当主。この王都の真実を、自ら見極める」
馬車の窓から身を乗り出し、預言者の演説をじっと見つめるエレノア。
7歳の幼さとは裏腹に、彼女の眼差しは気高く、広場の混乱を見極めようとする。
預言者はさらに声を荒げる。
「悔い改めなさい! 星の怒りは避けられぬ! 星神の印を持つ者が試練に立ち向かう時、悪魔の咆哮が響く!」
民衆の動揺が頂点に達し、女の叫びが響く。
子供が泣き出し、商人が荷車を急いで畳む。
「王女様が生まれたばかりなのに、こんな話……」
「王宮は何とかしてくれるよな?」
と、不安の声が渦巻く。
そこへ、甲冑の音を響かせ、ルナフィア王宮の衛兵たちが駆けつけた。
隊長が剣を抜き、叫ぶ。
「不埒者! その流言で民を惑わすな! 捕えなさい!」
衛兵たちが預言者を囲み、鎖を手に突進する。
預言者は抵抗せず、薄く笑みを浮かべるのみだ。
「また磔の刑か……滅びの預言だなんて」
誰かが呟いた、その不気味な声が広場に響く。
衛兵に引きずられながら、預言者は民衆を睨みつける。
「滅びの予兆は逃れられぬ! 覚えておけ!」
エレノアは馬車の中で短剣を握りしめ、預言者の言葉を胸に刻む。
「滅びの予兆……王女の器を見極める私の試練、なのかもしれぬ」
乳母が慄き、震える声で囁く。
「エレノア様、こんな恐ろしい話、忘れてくださいませ……」
だが、エレノアは静かに乳母のサラに答える。
「いいえ、サラ。私は父上の命を受けた。セレナ様、リアナ様、どちらが王国の未来を担うのか。この目で確かめる」
エレノアの短剣が森の加護のように緑光を放ち、少女の瞳が輝く。
「滅びの予兆と王女の運命、私がこの目で確かめる!」
衛兵に連行される預言者の背中が広場の闇に消え、民衆のざわめきが残る中、エレノアの馬車は王都に用意された太守の屋敷へ到着していた。
エレノアの馬車がフォレストハート家の屋敷に到着し、石畳に車輪の音が響く。
広場の闇に響いた預言者の「滅びの予兆は逃れられぬ!」
その残響がエレノアの脳裏に焼き付いた。
エレノアは父ガレンから託された短剣を握り、7歳の瞳に静かな決意を宿す。
「王国の星を見極めてみせる」
王都の空で、彼女の星が一つ静かに瞬いていた。
◆
風にそよぐ絹のカーテンの側で揺り籠が揺れている。
生まれたばかりの第二王女セレナが、黄金の髪を輝かせ、穏やかな寝息を立てる。
国王レオンと王妃エリシアが揺り籠を覗き、目を細める。
「エリシア、この子、ほんと愛らしいな。お前にそっくりだ」
レオンが笑い、エリシアがセレナの小さな手をそっと握る。
「ふふ、このエメラルドのヒスイの瞳はあなたよ。きっと賢くて強い子になるわね……でも、この子の額の刻印! 星神の導きそのものだわ」
エリシアの声に温かな笑みがこぼれる。
セレナの額の三日月の加護がほのかに輝いている。
その瞬間、セレナの刻印が一瞬強く光り、エリシアが驚く。
「レオン! いま、この子の刻印が輝いたわ! まるで星が語りかけてるよう……」
「セレナ、星冠の王女だ! ルナフィアの未来を照らすぞ! だが、この刻印は目立つ。成長したら秘装で隠すのが賢明だな」
そこに、部屋の柱の陰から、赤いドレスの第一王女リアナが冷たく見つめる。
6歳の少女の瞳は、ガーネットのような深紅の宝石のごとく妖しく光る。
少女の目は氷のように鋭く、両親と妹の温かな光景を切り裂く。
「母上も父上も……またあの子ばかり。私の魔法なんて、どうでもいいのね……あの星神の刻印? ふん、ただの目立つ飾り……私の秘められた魔力に比べれば、取るに足らないわ」
小さな呟きは誰にも届かず、彼女の手がドレスの裾を握りしめる。
リアナの出産は難産で、そのことから、セレナ妊娠が発覚した後は、宮廷は侍女たちを含めてピリピリとし過保護になった。
セレナが誕生するまでリアナは蚊帳の外に置かれ、今も孤独だ。
母の笑顔が遠ざかったあの夜から、心に冷たい風が吹き続けている。
一瞬、ガーネットの瞳に寂しさが揺れるが、すぐに冷笑に変わる。
マゼンタの微かな輝きが、彼女の指先に一瞬だけ瞬く。
「ふん、いいわ。星が私を見てくれるなら、月の刻印ですって……だから何だっていうのよ。隠したって無駄よ、セレナ」
リアナは背を向け、静かに去る。
足音は小さく、だがどこか不気味に重く。
ルナフィアの運命は、静かに、だが確実に動き出す――
セレナの新たな人生が始まる中、ルナフィア王国に不穏な影が忍び寄ります。
エレノアの登場とリアナの冷たい視線、預言者の警告が物語をどう動かすのか、次回もお楽しみに!
皆様の感想や応援が励みになります、ぜひ一緒にセレナの冒険を見守ってください!