星冠を戴く王女と試練の絆 作:ベル
その日、ルナフィア王国の水晶の都は、青い空の下で命を吹き込まれたように活気づいていた。
シルヴァノーヴァの太守館の門を一台の馬車が出る。
乗るのはフォレストハート家の青い髪のエレノアと、乳母のサラだ。
「サラ、王宮に参内するのだから。ついてこなくてもよいのに」
「いーえ、わたくしめは今日は一日たりともエレノア様の側を離れませんよ。王宮には悪い虫が沢山いると聞きます」
「どこでそんな話を聞いたんだい?」
「どこって、そりゃあ、みんなからですよ」
仕立てた礼服の襟を直し、未だに都会への偏見が残るサラへエレノアは笑って返した。
「サラは心配性だね。初の参内だけど、もう王都は二年もいるんだ。礼儀作法はちゃんと覚えてるよ」
「お父上様のお言いつけ通りにしているだけです」
「うん、今年も灯篭祭りの時期だね、サラ。すごくきれいだよ」
花火は夜にならないと上がらないが、雑踏には民衆の歓声が響き合う。
屋台の商人たちが焼き栗や蜜菓子を売り歩き、子供たちが人混みを縫って歌う。
「さあ、灯篭を掲げよう! 今年も盛大にな!!」
数日後の、星光灯篭祭は水晶の都では一番のお祭りだ。
市場の老婆が、かごを手に声を上げる。
「灯篭には三日月の紋様、セレナ様の徴だよ! 星神アルテミス様の加護なんだって!」
飴売りの若者が笑う。
「その刻印なら、五大魔獣だって一撃さ! 闇蟲シャドウスもやっつけられるぜ!」
「星神の刻印、ほんとかな? 王国を救う希望らしいよ!」
双子の姉妹が囁き合い広場は歓喜に揺れている。
「おや、あの馬車は……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない……」
エレノアはすれ違った馬車にある家紋を見て眉をしかめる。
「ねえ、サラ。王都の太守館にナイトシェイド家が入ったって聞いてるかい?」
「はい? いいえ、ナイトシェイドって、例の闇の一族でございましょう! 汚らわしいですよ。そんな連中が王都をうろついてるなんて!」
「彼らも同じ太守を預かっているんだ。この国を守る力なんだよ」
首を振るサラの認識は言って変わるものではない。
ダークヴァルを預かるナイトシェイド家は闇の力──魔に繋がる存在だという迷信を民の一部は信じている。
エレノアは王宮へ入り謁見の間へと案内される。
◆
その頃、石畳を軋ませる馬車の音が響き、王宮前の物売りたちの声が一瞬途切れた。
「まったく、不慣れな御者のせいで道に迷うとは……遅れての参内は減点ものですね、若」
ダークヴァルから伴った従者の軽口を、主は無言のまま受け止めた。
黒と青のローブに身を包んだ男──まだ少年といってもよい、が馬車から降り立つ。
手に握るのは「雷影の杖」だ。
杖の先に埋め込まれた闇石の紫光を放ち、黒衣の少年の姿が広場の空気を凍らせた。
「案内を求めてきます」
「ああ……」
初めてその声が唇から漏れる。
肩にかかるほどの黒髪の少年は民の怪物を見るような視線に唇を軽く嚙んだ。
従者が門衛の兵の前に進み出る。
「ダークヴァルからの使者、ナイトシェイド家のカイ様が国王陛下に緊急の謁見を求める!」
端正な顔立ちの少年が怜悧な瞳を人々に向けて、民衆の間にざわめきが広がる。
「ダークヴァルか……あの闇魔法の地。不吉な……なんでこんな時に来たんだ?」
太った男のつぶやきに老婆が顔をしかめる。
「シャドウスの封印が揺らいでるって話だ。こんな祝いの日に、縁起が悪い!」
子どもが叫ぶ「でも、星神の刻印があるんだろ? 王女様がシャドウスをやっつけるよ!」
希望と不安が交錯し、広場の空気が揺れている。
カイは衛兵に導かれ、王宮へ続く大門へ向かった。
その時、大門の反対側から、青い髪の少女が衛兵に付き添われて出てくる。
フォレストハート家の紋章が刻まれた礼服をまとい、短剣を腰に帯びたエレノア・フォレストハートだ。
彼女の凛とした瞳が、すれ違う黒衣の少年に一瞬留まる。
「……ナイトシェイド家の紋章?」
エレノアが小さく呟き、カイの手に握られた「雷影の杖」の紫光に目を細める。
サラが馬車の中で囁いた「汚らわしい」という言葉が脳裏をよぎるが、彼女は首を振ってそれを払拭した。
(父上は言った。自分の目で確かめなさい、と。この少年がダークヴァルの使者なら、ルナフィアの未来に関わる者かもしれない。運命に導かれるのならば関わるかもしれない相手だ)
カイもまた、すれ違いざまにエレノアの青い髪と短剣の緑光に気づき、僅かに眉を上げる。
彼の怜悧な瞳がエレノアを一瞥し、まるで何かを見極めるように光った。
(シルヴァノーヴァのフォレストハート……樹龍の封印を継ぐ一族か)
カイが小さく呟き、衛兵の後ろを歩きながら心に刻む。
エレノアは振り返らず、馬車へと向かうが、彼女の胸に小さな波紋が広がった。
「あの杖の光……シャドウスの闇と関係があるのだろうか? いや、私は憶測で判断することはできない。」
民衆は彼の背を見送り、噂を重ねる。
商人たちが囁く。
「もし闇蟲シャドウスが動き出したら、ルナフィアは終わりだ……」
「いや、星神の刻印があるんだ! 王女様が救ってくれるさ!」
その声を背にエレノアは王宮を後にした。
◆
王宮の大広間は、朝陽に照らされ、荘厳な静けさに満ちていた。
国王レオンが玉座に座し、王妃エリシアの傍らに、揺りかごに眠るセレナと世話役の侍女が立つ。
王の横では今年8歳になる第一王女リアナが立ち、ガーネットの瞳で冷たく使者を見降ろしている。
謁見に臨む使者のカイが一礼し、杖を握って進み出る。
若干12歳とは思えぬ豪胆さで王の前に立つ。
「陛下、ダークヴァル領の太守ゾラ・ナイトシェイドの命により参りました。闇蟲シャドウスの封印が揺らいでいます。ゴーストとゾンビが領内を徘徊し、闇石の採掘が停止。クロノヴェイル帝国の斥候が暗躍し、闇石を狙っている気配です。兵たちの糧食は足りず、至急、王国の支援を求めます!」
リアナの声が冷たく割り込む。
「ナイトシェイド家の失態でしょう? 闇魔法は王国の足枷。ダークヴァルだけで封印を維持しなさいよ」
その声は幼さの中に鋭い棘を隠し、使者に対する冷たさを覗かせる。
カイは拝礼したまま冷静に答える。
「恐れながら、リアナ王女殿下、闇石なくば王国の魔術は成り立ちません。雷神の光だけでは、シャドウスの闇を抑えられません」
彼の瞳には、姉ゾラの孤立主義と王都への一抹の希望が交錯していた。
カイは心の中で呟く。
(姉上、王家を信じなくとも、この危機はルナフィア全体の試練だ)
「リアナよ、使者殿に対して無礼な口は許しません」
「母上……私は太守の責任を果たさぬ者には罰を与えるべきかと……」
「その話を今はしている場合ではない。ゾラは孤高の立場だ。領内の事情は切迫しているのだ。支援の件について話そう」
つまらない、という顔をするリアナを置いてレオンはカイに向かう。
「クロノヴェイルの動きはどうか?」
「帝国は国境沿いを侵しては小競り合いを……闇を恐れて侵攻まではしてきません」
「ゾラも心労が絶えまい。弟のお前を寄こしたのだからな」
「恐れ入ります」
「追って補給物資の目録を届けさせよう」
「お心使い感謝します」
顔を上げたカイだが、その美しい面立ちに影が差す。
杖の闇石が不穏に脈動し、彼の背筋に冷たい予感が走る。
だが、退出する際、すれ違った衛兵が密かに持つ羊皮紙が目に入った。
クロノヴェイル帝国の紋章が刻まれた封印――
ダークヴァルの闇石を狙う密偵の報告書だ。
カイの心に暗雲が広がる。
「ゾラ姉上、王家の支援は得られるか……だが、シャドウスの闇は、星神の光すら飲み込むかもしれない」
王宮を去る馬車に乗り込む前にカイは振り返って空を眺めた。
「姉上にすぐに報告せねば」
◆
その頃、王宮のセレナの意識に小さな光の輪が囁く。
(ピコピコ! ご主人様、星神の刻印でシャドウス攻略フラグ! カイさん、強そうピコね! でも、闇のシャドウスはなんかヤバい気配がするピコ!)
(うわ、クエスト受注! シャドウスはね、闇の風属性でめっちゃ強敵だよ! でも、レベル上げないと戦えないよ)
(でもナイトシェイド家か……フォレストハートもそうだけど、たぶん闇の血族の子孫だね……メインクエストでは闇の血族はあまり深く描かれてなかった気がするなぁ。もう少し歴史を勉強しないとね!)
傍らでレオンが笑顔で言う。
「ダークヴァルの窮状は気になるが、ゾラがカイを寄こしたのは他に事情があろうか? 支援を約束したが、ゾラの本意であったのか? だが、帝国の影も気になる。ダークヴァルの闇石が狙われているなら、ルナフィア全体で備えねばならん」
柱の陰でリアナが冷笑し、呟く。
「ふん、田舎太守の使者に何よ。少し顔がいいくらいでお父様に媚を売って! ダークヴァルの闇が動くなら、王国は足を引っ張られるだけよ」
彼女の瞳に怒りに似た感情の影が揺らめき、柱の陰で握りつぶした拳が震える。
ピコがセレナに囁く。
(ピコ! リアナ姉さん、強敵フラグ超確定! ご主人様、闇の裏ボスもいるかもピコ!)
(うちの家族複雑すぎ! どう攻略しようー!?)
広場の民衆は、星光を掲げる灯篭に希望を灯し、セレナの刻印への希望とシャドウスの不吉な噂に揺れ続ける。
遠くシルヴァノーヴァの森では、樹龍シルヴァスの封印が微かに震え、星光の下で新たな試練が動き出していた。
ルナフィアの未来は、星冠の王女と闇の魔獣の狭間で揺らぐ――
エレノアとカイの邂逅が、ルナフィアの光と闇の試練を予感させます!
セレナのゲーム脳とリアナの冷笑、シャドウスの影が織りなす物語、どんな絆が生まれるかのでしょう?
いつも応援ありがとうございます! 次のお話は力不足を感じたセレナがレベル上げを開始!
どのキャラが好きかとかもぜひ教えてください、ピコピコ!