インフィニット・ストラトス―空を駆ける渡鴉― 作:D-ケンタ
日本の東京湾沿岸の人工島にあるIS学園。その職員室で、一人の女性教師が机の前に座り、一息をついていた。
「ふぅ…」
「お疲れ様です、織斑先生」
そこへ眼鏡をかけた別の女性教師が来て、缶コーヒーを差し出しながら彼女へ労いの言葉をかけた。
声をかけられた女性教師―織斑千冬は彼女へと振り向き、お礼の言葉を返す。
「すまないな山田君。ありがとう」
「いえ。しかし、大変なことになりましたね」
「ああ……」
彼女―山田真耶のその言葉に、織斑千冬はコーヒーを飲みながら、視線を机の上のパソコンへと移す。そのディスプレイにはあるニュース画面が写っており、一人の男子学生の写真が載せられていた。
「まさか弟さんがISを起動するなんて」
写真の男子生徒は千冬の弟、織斑一夏であった。
この世界にはISというパワードスーツが存在するが、それには致命的な欠陥があった。それは、女性にしか扱えないというものである。
「これからのことを考えると、頭が痛くなるな」
「そうですね。心中お察しします」
額に手を添えて眉根をひそめる千冬を気遣う真耶も苦笑いを浮かべている。
今後、千冬の弟である一夏は保護の意味も込めてIS学園にほぼ強制的に入学することが決まっているが、ほぼ確実にこれから様々な面倒事が彼に降り掛かってくる。身内としては、心配せずにはいられないのだろう。
気分転換にと、別のニュースのページを開く。そこには先程のとは違い、白衣を着た研究者らしき人たちと、宇宙空間の写真が添えられていて、見出しにはこう書かれていた。
―永久機関完成か!?増殖する新資源―
内容を要約すると、最近確認された新物質の性質について論じており、その物質は研究の結果、減少してもある程度残っていれば自然に増殖するということが判明したらしい。
研究者は、この性質を利用すれば永久機関も夢ではないとコメントしている。
「これもすごい話題になりましたよね。ある日突然発見された新物質。まだ完全に解明できてはいないみたいですが」
「エネルギー問題を解決する手立てになると言われているが、そう上手くはいかんだろうな」
そう言って更にコーヒーを啜る。この新物質が現れてから数ヶ月の時間が経っているが、研究はあまり進んでいるとは言えない。
何せその物質はいつの間にか現れていたのだ。それも少量ではなく、まるでそこにあるのが当たり前のように確認されてしまっている。
分かったことと言えば、上述の通り自然増殖するということと、赤く発光するということだけ。ニュースではいいことばかり書いていたが、実際にはどんなリスクがあるか分からない。
千冬はその物質について、なにか重大な問題があるのでは、と睨んでいた。
「思い過ごしだと良いが…」
「…?何がですか?」
「いや、気にしないでくれ。ここ最近、いろんなことが起こりすぎて神経質になっているようだ」
「そうですね。この間もISの暴走事件があったばかりですし、こうも立て続けだと、今度は隕石でも落ちて来るんじゃないかと思えてしまいますね」
「確かにな」
真耶のその台詞に、千冬はつい表情に笑みを浮かべた。もうすぐ入学式が始まり、新入生が学園に入ってくる。その中には勿論、千冬の弟の一夏もいる。
その準備に追われている教師たちの、他愛もない会話。……その筈だった。
ビーッビーッ
「な、何だっ!?」
突然警報が職員室内に鳴り響く。二人共突然の事態に一瞬驚愕するがすぐに状況の把握に務めるのは、流石といったところだろう。
「どうやら第二アリーナで問題が発生したようだな。山田くん、至急他の教職員にも通達を!」
「はいっ!――っ!?駄目です、通信が繋がりません!?」
「くっ!?仕方ない、私たちだけで先に向かうぞ!」
そう言って職員室をでた千冬に続き、真耶も足早に現場へと急ぐ。
しかし、彼女たちは気づかなかった。職員室から出た瞬間、校舎がやけに静かだったことに。
◇
アリーナへと向かう道中は驚くほどの静けさに包まれていたが、二人は嫌な予感を肌で感じとっていた。
「もうすぐ第二アリーナです!」
「油断するな。何があるか分からんぞ」
二人は警戒しながらアリーナの出入口へと駆け込んだ。そこで彼女たちを待ち受けていたのは、彼女たちの想像を超えたものだった。
「な、何だこれは!?」
「巨大な、ロボット……?」
アリーナの出入り口の近くに、巨大なロボットが鎮座していた。
損傷していたが、両腕と両脚、頭部があり、さながらSFか映画かアニメに出てくるような人型ロボットの姿が彼女たちの目の前にあった。
この状況に唖然としていると、先ほど通った扉が突如閉まり、ロックがかかる音がした。
「何っ!?」
「っ!駄目です、開きません!」
真耶が扉の解錠を試みるもロックは解除されず、二人は完全に格納庫に閉じ込められてしまった。
「くっ!?一体何が…もしや侵入者が…!?」
まさかの状況に千冬の表情に険しさが増す。その時、鎮座しているロボットから音が鳴り始めた。
二人が注視していると、雑音だらけの音が次第にクリアになり聴き取れるくらいにはなってきた。
『――聞こえますか?織斑千冬、山田真耶』
合成音声で構成された女性の声に呼びかけられ一瞬動揺するも、すぐに冷静さを取り戻し、声の主に問い返す。
「貴様、何者だ?」
鋭く刺すような声に、隣りにいる真耶の方が表情を青ざめてしまう。
しかし、声の主は全く意に介さない様子で淡々と答えた。
『私はエア。あなたたちにお願いがあってここへ呼びました』
「お願いだと?侵入してきた分際でか?」
『あまり多くの人に知られるのも面倒でしたので』
「こんな派手に侵入しておいて、気づいたのが私たちだけだと思っているのか?」
『ここに来る際、監視衛星などには偽装映像を流しています。警報もあなた方がいる部屋にのみ鳴らしました。ついでに通信機器も妨害させていただきました』
「ど、どうやって?!IS学園のセキュリティはそう簡単には…!?」
エアと名乗った声の主の発言に、真耶がいまだ動揺した様子で問いかける。
『ハッキングには少々心得がありますので』
「少々の心得程度で突破できるほど甘くはない!…もう一度問う、貴様は何者だ?姿を見せろ!」
再度千冬がエアに問いかけると、彼女は少し考えるように沈黙した。
『…はぁ、面倒で―レイヴン?…分かりました』
エアが何者かに話しかけた次の瞬間、ロボットの胴体部分のハッチが開く。それと同時にロボットの手がまるで手招きしているように千冬たちへと差し伸べられた。
警戒しながら千冬はその手の上に登ると、ゆっくりと腕が動き千冬を開いたハッチ部分へと運ぶ。中を覗くとどうやらコックピットらしく、シートやレバーなどの存在が確認できる。しかし、肝心の搭乗者の姿がない。
訝しみながらコックピットの中を観察すると、1枚の写真が目に入った。
「これは……」
その写真には複数の人が写っていた。何かの記念写真なのだろうか、作業用なのか重機のような下半身のロボットを背景にその前に並んでいる。
チンピラのようなガラの悪い男性。その男性の頭を押さえつけている軍人のような格好の男性。不敵な笑みを浮かべている白衣を羽織った女性。杖をついた初老の男性。そして一際目を引くのは……中央にいる車椅子に座っている全身包帯巻きの人物だ。
『それは、俺の大切な人たちとの、思い出の写真だ』
「だ、誰だ!?」
コックピット内に先ほどまでとは違う、
『俺は……レイヴンだ』
『改めて、私はエア。以後、よろしくお願いします。織斑千冬、山田真耶』
抑揚のない声で話すエアとレイヴン。
この出会いが、彼女たちや学園にどのような影響を与えるのか。それはおそらく、あの赤い光のみが知っているだろう。