ギフトの侵蝕という問題がなくなったので、久々に家に帰れた。いまはベッドに寝転がってボーッとしてる。
せっかくの休日だが、とても暇だ。二日も仕事がないのがこんなに暇だとは……。
支部に寝泊まりしすぎて感覚がおかしくなったのかもしれない。
今月のフィクサー雑誌はもう読み終わってしまったし……そもそも、どうしてか娯楽が欲しい気分でもないんだよな。
仕事をしていたとは言っても、俺の中ではゲームをやってるような気分で働いていたのかもしれない。
フィクサーとしての仕事で暇をつぶそうかとも思ったけど、事務所は22区にあるんだった。この家の場所はK社の巣で、すぐ元の家に戻れるわけでもない。
「バレルに電話でもするか」
あんまり記憶がないけど、一昨日の宴会でバレルから連絡先をもらっていた。
「もしもーし。バレル、いま暇?」
『もしもし。……え、アスカか? どっちかって言うならヒマだが、なんだよ?』
「いや俺も暇だから電話しただけ。どこかご飯でも食べに行かない?」
『会って一週間なのにメチャクチャ距離つめてくるなお前……。わざわざ巣の方には行けねえぞ?』
「そういえば裏路地に住んでるのか。大丈夫、こっちから向かうから」
『ああそう……じゃあ検問所の外で待っとく』
「ありがとう、すぐ行く」
電話を切って外出の準備を始める。『友達と遊ぶ』ってこと自体久しぶりなんだから、気分が良くなって鼻歌を歌ってしまうのも仕方ないことだろう。
バレルと合流して、11区の裏路地を歩く。巣から離れれば離れるほど、裏路地の建物はさびれたものばかりになっていった。
「はあ、そんな無警戒に裏路地に来て大丈夫なのか? 俺が裏路地らしくあくどい奴だったら、今ごろ組織の仲間と一緒にお前の身ぐるみを剥いでたぜ」
「バレルはそんなやつじゃないだろ? 職場でもそうだけど、人の良さが出過ぎだよ」
「ホントうるせえなお前……」
気恥ずかしいのか、舌打ちして頭を掻くバレル。
「それで? どこ行くよ。裏路地のレストランなんて巣のそれに比べりゃ珍味ばっかだぜ」
「それはうちの裏路地でもそうだったから知ってる。人肉はもう食べ飽きたから他のがいいな……」
「そういや22区って、
バレルが指差したのは『ミッちゃんパスタ』という店だった。なんとなく既視感のあるネーミング。
その店に入ると、カウンターの奥の店主がこちらを向いて、驚いた顔をした。そして、慌てて頭を下げる。
びっくりした俺は店主とバレルを交互に見た。
「ば、バレルさん、いらっしゃいませ……。マンチキンの保護費徴収でしょうか?」
「いや、メシ食いに来た。オススメのやつを二人分頼む」
「かしこまりました」
バレルは当たり前のようにうなずくと、テーブルの方へ歩いた。俺もおっかなびっくり席に座る。
「……バレルお前、やっぱりけっこう偉いんじゃないのか?」
「だからそうでもねえって。店主の反応が大げさなだけだ」
「本当に……? あんまり聞かなかったけど、バレルの組織ってどんな所なんだ? 『マンチキン』っていう名前なのは分かったけど……」
「ああ、自警団的なところだよ。保護費をもらったところは、マンチキンの構成員が巡回して警備することにしてる」
「そういう感じか。というか、そんななら組織じゃなくて自警団って言えば聞こえも良いだろうに」
「そうかね。ただうちの保護費はそこそこ高いからな。自警団にしてはボッタクリなんだよ」
お冷を持ってきた店主がうんうんと、少しうなずいていた。
「悪いな店主。ホントはそんなに取るべきじゃないんだが、ウチの構成員も養ってやらないといけねえから」
「分かっています」
「まあ、ここしばらくはもうちょっと安くしても良いかもしれねえが……」
ちらっと、バレルがこちらに目配せした。ああそうか、バレルはロボトミーの給料を『マンチキン』のために使うのか。
「やっぱお前良い奴だよ」
「ハッ、うるせえよ」
俺の言葉に、バレルは笑い飛ばした。
店主が去って、雑談する雰囲気になったので、適当な話を振る。
「そういえば、昨日はなにしてた?」
「そんなに休めたわけじゃねえな。俺がいない間にたまってたマンチキンの仕事をしてた。お前は何してたんだ? ヒマとか言ってたが、昨日はどうだったんだ」
「あー、昨日は買い物してた。日用品とかも買ったし、良い感じの強化施術を探してたら一日が終わったよ」
「それでまあまあ強そうなナリしてたのか」
「わかるもんなんだな」
「ああ。見た感じ、少なくとも9級フィクサーって感じではなかったんだよな」
強化施術で全身を強化するだけのお金は初任給で十分にあった……ので、さっそく昨日、強化施術をしてもらった。ロボトミーさまさまだね。
「多分、力だけなら6級ぐらいにはなると思うぞ」
「へーそんなに。翼の給料すごいな。バレルはどんな身体強化してるんだ?」
「俺は強化刺青をほってる。多分アスカと同じくらいには強いな」
「そうだよなあ。そもそも俺、力が強くなったって、身体の動かし方もそんなに知らないし……」
まあでも、力があるだけ、身を守るくらいのことはできるだろ。都市の治安で身を守るにはこれぐらいは必要だ。
ロボトミーに入社する前の、何の身体強化もしてなかった時期は、まったく生きた心地がしなかった……。
「あ、そういえば職場じゃ強化施術って意味ないみたいだぞ」
「……えっ、マジ?」
「俺がそう思っただけなのかもしれないが、ロボトミー支部の中だと普段どおり力が入らない気がするんだよな」
なるほど。原因は多分、クリフォト抑止力……黄金の枝の強制調律ってやつか? まさか強化施術も意味がなくなるとは。
「社内で強くなるには、強いEGOを持つしかないのかぁ」
「……バレル! ここにいたんだ!」
俺たちが食事をしながら喋っていると、大きな音でお店の扉が開いて、体格のデカい男がバレルを呼んでいた。
「ロバート。どうしたんだ?」
「『ウィンキース』の奴らが通りで暴れ始めたんだ! バレルがずっといなかったから、あいつら最近調子づいててさ……あれ、バレル。こいつは?」
「職場の同僚。コイツとメシを食べてる最中だったんだが……」
「俺は気にしなくてもいいよバレル。たぶんマンチキンとして動かなきゃいけない場面なんだろ?」
そういうことなら、俺ももう帰ろうか。そこまで時間は潰せなかったけど話すのは楽しかったし。家帰ったら何しよっかな……。
だけど、バレルはニヤッとして、驚くべきことを言った。
「アスカ、さっき『身体の動かし方をあまり知らない』って言ってたよな?」
「えっ? う、うん……」
「よし、それならついてこいよ。俺が戦い方を教えてやる」
「えっえっ」
バレルは俺を裏路地の外に引き連れて、マンチキンのロバートが案内する方向へ向かった。
その日、俺は戦闘訓練ついでに、『マンチキン』と『ウィンキーズ』という2つの組織の抗争に巻きこまれたのだった……。