「おはよー……」
「あ、おは……あれ? クロイー、それ……」
「ん? アスカ、クロイーがどうし…………あー」
「もう、そんなびっくりした目で見ないでよ二人とも……。アスカは昨日も見たでしょ、このギフト」
俺とバレルが背中をじっと見ると、クロイーは恥ずかしそうに頬をかいた。
「あー、ギフトだったのか。昨日は寄生されてたせいで生えてたのかと……。というか、その見た目で家に帰ったのか?」
「それはお互い様でしょ、はあ……」
いつもより遅くメインルームに来たクロイーに、福祉チームのみんなの視線が集中する。
クロイーの背中には、セミの
それにしても、こんなにテンションの低いクロイーはかなり珍しい。
「そんなあのギフトが嫌なのか?」
「ギフトは外せないからなぁ……。バレルはまだギフト付けてないけど、会社の外でもずっとあの格好ってのはイヤだろ」
「あれがF-02-k49のギフトか……。背中に装着するギフトとは珍しい。情報チームに報告しなきゃだ」
「クーちゃん、気にしないでください。妖精みたいで似合ってますよ!」
「ナーちゃんチーフ……嬉しくない……。なんで私だけこんな目立つギフトを……」
まあ、チーフはメガネ、メイベルさんはバッジのギフトだしなあ。
俺は自分のギフトを見る。帽子、イバラ、手の傷。
……クロイーのアレよりは百倍マシだな。センチコガネには絶対作業しないでおこう……。
「そんな目で見るなぁ……!」
クロイーの言葉に苦笑してると、業務開始のチャイムが鳴った。
今日の観測業務はいつもより危険だ。
なんでも、ここの収容室付近でけっこうな人数の職員が亡くなってるらしい。
メイベルさん曰く『脱走反応と職員の不審死のタイミングが一致している』とのことだったので、脱走中のこのアブノーマリティに殺されたのは間違いないそうだけど。
収容室にポツンと置かれてあったのは、おもちゃみたいな、子供向けの安っぽい絵が描かれた箱。
見た目で分かるように、この箱はびっくり箱だ。
つまり、開けてみると……。
「おわっ!」
でかい顔が箱から飛び出てきた……身構えてたのにビックリしてしまった。
いや、予想以上に顔が怖いんだよ、これ。青白い肌のピエロ……ひとむかし流行った、検索してはいけないページにありそうな感じ。
「……はは、今のはけっこうびっくりしたぞ」
びっくり箱には特に表情も身じろぎもないけど、なんとなく俺の言葉に喜んでそうな感じがした。
そういえば、いまやってるのは愛着作業だ。俺の能力だと愛着作業の成功率が一番高いようだから、観測業務ついでに能力のトレーニングをしてる。
なんか、
そうやって別のことを考えていたからか、自分がアブノーマリティの管理作業をしていることを忘れていた。
「……ん、あれっ?」
目の前にあったはずの箱が消えている。動いた気配なんてしなかったのに。……こいつが今まで脱走したときの記録と同じだ。
俺はキョロキョロと収容室の中を見渡す。
アブノーマリティが脱走したのなら安全チームに報告しないといけない。まさか最初の作業でだっそ……
『ギャァハハハハハハ!』
「うわあああああ!?」
後ろから突然大きな笑い声が聞こえて、腰を抜かしてしまった。
「お、音? 声も出るのか……本ッ当にびっくりした……」
後ろから驚かせてきたのは、やっぱりびっくり箱だった。とんでもなく驚いた俺にご満悦そう。
これがこいつの能力か……。
……脱走時、こいつは施設の監視カメラを完全にすり抜けて、行方をくらます。
その上痕跡を消した上で職員を殺してるから、どうしても脱走中の動きが分からないんだ。多分、
今回の観測業務は、脱走中のこいつの様子を記録すること。
こいつを脱走させるには、連続でこいつの作業をする必要があるんだが……。
それにしてもクロイー、こいつの管理作業のことを『遊び』と言ってたか。こんなに気が休まらない作業もないのに。
また箱がどっか行った……。
『グガァアア!』
「ぎゃあああ!!」
「あ! アスカ先輩!」
「や゛あ゛、ごん゛ばん゛わ゛リ゛ア゛」
「えっ声ヤバ。水飲んでくださいよ。ほらこれあげますから」
「……ありがとう。アブノーマリティの作業でビビって叫び散らかしてさ。あー喉枯れた」
「えー、アスカ先輩って意外と怖がりなんですか?」
「いや、そんなことは……そうかも」
あんだけ驚かされてたら否定もできないな。
まあ、前世でもドッキリ系のホラーによく驚いていたのは間違いない。だからこそホラーが好きだったんだけど。
「というか、もしかしてそれってびっくり箱のアブノーマリティですか? 収容室の外から見たことあります」
「合ってるけど……なんであいつだって分かったんだ?」
「そりゃ、ギフトの見た目がそれっぽかったからですよ。そこに置いてあるおもしろ眼鏡、ギフトですよね?」
「ああ、うん。そうなんだよな……」
俺は長椅子の脇に置いた、完全にパーティーグッズのメガネを横目で見た。『今日、誕生日ですか?』みたいな感じのデザイン。
もちろんめちゃくちゃダサい。
「付けたくないなぁ……」
「そういえば昨日一緒にお酒飲んだとき、アスカ先輩『ギフトは自分じゃ取れない』って言ってましたよね。そのメガネ、外したまま過ごせないんですか?」
「それ、俺も最初はできると思ってたんだけど……外したままだとなんか違和感がすごいんだよ。自然と付けたくなるというか」
ほら、今もメガネを外したままだとムズムズする……。クソ、付けたくない、付けたくないのに。
自然と、そのメガネに手が伸びる……。
「ふふっ、あ、アスカ先輩、その顔……」
「……なんだよ。文句あるのか」
笑いをこらえるリアに、メガネをかけたままため息をつく。
朝のクロイーに内心笑っていたバツがさっそく来たっていうのか? 俺もこんな目に遭うなんて。
メイベルさんに、これと同じ部位のギフトをくれるアブノーマリティについて聞かないと。
それはともかく、十分休憩できた俺は椅子から立ち上がる。
「はぁ、もう一回あいつの作業行ってくる」
「あ、私もついていって良いですか? アスカ先輩の作業見たいです!」
「はは、なんだそれ。いいけど」
「ありがとうございます!」
でも、改めて人に作業を見られるってなるとちょっと緊張するかもな。先輩らしく、身を引きしめて作業しないと。
「そういえばアスカ先輩、これもいつもの観測業務なんですか?」
「そうそう。今日はわざとアブノーマリティを脱走させて、脱走中の姿を観察するって」
「え、HEのアブノーマリティを脱走させるんですか? 先輩もそんなにベテランじゃないのに……」
「うーん、これくらいはまだ危険じゃないってことなんだろうな。チーフも観測業務はやってるし」
「ふーん……それで、あのびっくり箱からも『声』は聞こえたんですか? そのギフトからも!」
「……やっぱ噂になってるよな、その話」
「だってスゴい話じゃないですか、アブノーマリティの『声』が聞こえるなんて! かっこいいですよ!」
おお。目をキラキラさせるリアに俺は驚いて……笑った。
「…………リアは分かってくれるか、このカッコ良さが!」
「えっ、はい、そりゃ分かりますよ! 観測業務にも絶対役立ちますもんね! 超能力みたい!」
「そう、そうなんだよ。良いところもけっこうあるんだよこの『体質』。でも自分からそんなこと主張するのも恥ずかしいから、誰にも言えなかったんだよ〜」
と語り終えてから、俺はいま、自分がまさにその恥ずかしいことをしていることに気づいた。
はじめは呪いみたいに欠点ばかり見えてたこの体質も、だんだん良いところもあるってことがわかってきて、最近は正直、かなり浮ついた気持ちになってる。
少し冷静になって、俺は咳払いした。
「……まあ、ギフトからは声が聞こえたよ。なんというか、こちらの反応をうかがうみたいな声だったな」
「へえー、アブノーマリティからは? どうでした?」
「あいつ自体からはあんまり声も聞こえなかったな。ただ、俺が驚いたとき、なんとなく嬉しそうにしてたのは分かった」
「驚かしたい……ってことですか? それだけのアブノーマリティなら無害なびっくり箱だと思いますけど」
「どうだか。アブノーマリティってのは極端だからなぁ。最初はただの無邪気さや善意でも、エスカレートしすぎて人を殺してしまうやつもいるし。あいつが職員を殺すのも……っと、着いたな」
俺とリアは上層用のエレベーターにたどり着いた。
W社製のこのエレベーターは、階層のボタンを押すことで、一瞬でその階のエレベーターホールにワープすることができる。
流石にこのエレベーターで2000年過ごさせられることはないだろうと思いたいが。上層二階のボタンを押そうとして……俺は、懺悔の剣を取り出した!
「……リア!」
「えっ? ええええっ!?」
俺はリアに体当りして、後ろから振るわれる爪から身体を逸らさせる。それと同時、懺悔を盾に爪を防いだ。
「……もう脱走してたのか」
その爪の主は、とんでもなくデカい筋骨隆々のピエロだ。だけどそのピエロには足がない。俺はピエロの奥の箱に視線を向ける。
びっくり箱のアブノーマリティは、デカいピエロの怪物をその箱から出していた。デカピエロはまた、腕を振りかぶって……。
デカピエロによる爪の猛攻を防ぎながら、考える。
こいつは足もないのにどうやってここまで移動してきた? 収容室内でも、この箱が移動している途中の動く姿を見たことがない。
多分こいつにはテレポート能力がある。
それなら、またどこかへ行ってしまう前にここで倒さないと。
剣の握りに力をこめて、大上段から……
「振り下ろす!」
予想以上に大きな音が鳴って、ピエロは衝撃にちょっと弾け飛んだ。
そして拍子抜けなことに、直撃を食らったピエロはすぐ、風船がしぼむように縮みながらへたりこんだ。
ピエロの残骸は箱の中に戻っていき、しかし箱も、どこかに消えていく。
遅かったか。テレポートされたと思った俺は無線をつける。
「こちらK-1844。脱走中のT-04-k06と遭遇した。鎮圧を試みたが、倒す寸前のところでテレポートして姿を見失った」
『こちらコントロールチーム。了解した。収容室の確認を……ふむ』
無線越しのコントロールチームのチーフは意味ありげに沈黙する。いや怖いって。俺はこの無線を続けたほうが良いのか?
『こちらコントロールチーム。失礼、収容室の確認をしたところ、T-04-k06はすでに安全に収容されているとのこと』
「えっ? あいつ帰ったの?」
『よってこちらは鎮圧が完了していたと判断する』
「……こちらK-1844。了解」
今までも、職員を殺したあとは自分で帰っていたのだろうか。
今回帰った理由は……多分、自分が攻撃される分には打たれ弱いんだろう。一瞬で職員を殺せる代わりに、耐性は紙のようだ。
それで、見事脱走させたわけだが……まだ報告書を書くには足りないし、もう一度脱走させなきゃな…………憂鬱。
「うぅ……いたた……。アスカ先輩、庇ってくれたんですか……?」
「俺しかあいつに気づいてなかったから。あの爪に当たったらやばかったと思う」
「また助けられちゃいましたね、ありがとうございました」
またって、紺青の黎明の日か。
「当然のことをしたまで、だろ? 最初はリアが俺を助けてくれたし、困ったときはお互い様だ」
「ふふっ、そうですね。……そういえば、どうして後ろにあのピエロがいるって気づいたんですか?」
「どうしてだろ。気配?」
「……すごいなぁ」
リアのつぶやきに俺は、ドヤッと笑ってみせた。
昔のことだけど、君にたくさんイタズラしてた頃を覚えているかな。
君は色んな顔をした。面白がったり、喜んだり、それとも、ただ単純に驚いたり。
ときどき本当に嫌がった顔をしたときもあったよね。あのときは……ごめんなさい。
でも、君がそんな顔をしても笑っていた僕に、君はなんて意地の悪いやつだと思ったかもしれない。
コロコロと変わる君の表情が面白かったんだよ。
知らなかった? 君ほど感情豊かな人はいない。
ただ、君がどんな顔をするのか、知りたかったんだ。
もうイタズラなんかしなくなったし、僕らはあまりにも変わりすぎてしまったけど。
いつかまた会えたら、もしまた目を開けることができたら、君の顔が見たい。
T-04-k06 『イタズラ小僧の悪戯』観測完了。
ちょっと活動報告書いてみよっかな……次休むときは活動報告書こうと思います。