生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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O-09-k91『帰りたくなくなる場所を探さなきゃ』

 

「ごめんなさい、アスカくん……!」

 

「きゅ、急にどうしたんですかチーフ」

 

 いつもは今日の観測業務について教えてくれるタイミングで、チーフは両手を合わせて平謝りしていた。心なしか腰が低い気もする。

 

 そんな珍しい事件に、福祉チームのみんなの視線が集まる。

 ダサいメガネのギフトを付けてるいまの俺としては、心の底からこっちを見ないでほしい。

 

 特に、ずっと黙ってこっちを見ているクロイー。口の端が笑っている。

 

「今日の観測業務なんですが、O-09-k91をやっていただけませんか……?」

 

「O-09-k91……昨日配置された幻想体(アブノーマリティ)ですよね。チーフが作業するって言ってましたけど」

 

「未知のアブノーマリティですからね……アスカくんがいままで観測をしていたアブノーマリティより、観測中の危険度はもちろん高くなります」

 

 どうやら危険度の高い業務を割り当てることに罪悪感を抱いてるらしい。

 

「ちなみに、どうして今日はチーフがやらないんです? あっ、別にやる気がないわけじゃないんですけど」

 

「当然の質問ですね……。私も観測を行ったんですが、どれだけ作業しても何も起こらなかったんです。もしかしたらある程度以上の職員だと効果がないのかもしれません」

 

「あー……なるほど」

 

 能力が一定以上の職員だと効果がないってことか。そんなアブノーマリティもいたような気がする。いたような……いたっけ?

 

 シリアルナンバー的にツール系だろうし全く気が進まないけど、納得はした。

 

「まあ、今回も生き延びてみせますよ」

 

 

 

 収容室に入る。中にあったのはレンガ造りの……扉? の輪郭? みたいな構造物。

 

 扉のない扉というか……なんて説明すればわからないな。チーフはアーチって呼んでたっけ。これ、日本ではあまり見ないからなぁ。

 

 その『アーチ』には、向こう側がほとんど見えないように黒いベールがかかっていた。

 かすかな隙間から見える向こう側の壁は、明らかに収容室のそれではなく、暗いレンガ造りの壁だ。

 

「異界につながるアーチ、ってところか。それで……」

 

 俺は少しアーチに近づく。だけどある位置から、これ以上近づいたらマズいような気がして立ち止まった。

 

 この感覚は俺の体質とは関係ない。チーフも同じ感覚を感じたそうだ。立ち止まった俺の足元の床には、チーフがペンキで書いた赤い境界線が残されている。

 

 ただ、これはチーフからは聞いてない話だけど、俺はその危機感と同時にもうちょっと近づきたい気もしていた。それに、俺の立っている場所から離れたい、どこかへ行きたいような。

 多分、アブノーマリティの性質に関係しているんだろう。

 

 行きたい場所を考えなきゃいけない気がして、俺は家を想像した。そういえば昨日、家の掃除をするのを忘れた。今日は早めに帰って掃除した方がいいかな……。

 

「あれ?」

 

 ……家だ。なぜか家にいる。

 J社のカタログや身体強化施術のメンテナンスマニュアル、フィクサー雑誌とハナ協会から送られてきた書類などが散乱している、俺の部屋……。

 

 えっ、幻覚? それとも現実?

 

 現実なら、俺はいま無断で早退をかましたことになっちゃうんだけど……?

 

 

 

「やっ、変なメガネかけてる上に昨日は無断早退までしたアスカじゃんか」

 

「うるさいなあ、クロイー」

 

 その日の朝はやかましすぎるクロイーの軽口で始まった。

 

 ヤな事実、昨日のあれは現実だったらしい。

 

 部屋の掃除をしたあと支部に戻って報告をすると、懲戒チームを含む4つの部門長同士でちょっとした会議があったらしく、昨日はあれ以上の観測は禁止された。

 

 ちゃんとアブノーマリティの能力のせいで会社から離れてしまったことは報告したんだけど、使うだけで会社から簡単に出られるツールは、懲戒チームの部門長には許せるものではなかったらしい。

 

 そりゃそうか。

 

 懲戒チーム以外で会議に参加していた他の部門はすべてこれらの問題に対処できるところだったらしく、福祉チームもクリフォト抑止力関連で貢献しているとか。

 

 ということで、なんとかして会社の外には出られないような措置が取られたらしく、今日は観測許可が下りた。やっぱり今日の担当も俺。

 

 他のいろんな業務を終えて、収容室に向かおうと情報チームの廊下を歩いてたら、最近仲の良いリアとすれ違った。

 

「あ、アスカ先輩。こんにちは!」

 

「よう、リア。って、あれっ、もしかして『傷ついた壁』の作業か?」

 

 

 

 リアと別れたあと、俺はまたこいつの収容室に入った。

 

 2回使って、こいつが場所を思い浮かべるだけでその場所にテレポートさせてくれるツールだってことは確信できた。

 

 ちなみに1回目は福祉チームのメインルームへ、2回目は行ったことのない抽出チームの廊下へ行った。知らない場所のことを考えても特に問題はないらしい。

 

 3回ほど使用して問題がなかったら初期観測を終了していいとのことだったので、あと1回か……。

 

 これで最後の観測になるな。

 

 なんの警戒もなく収容室に入って床の赤線に立った俺は、しかしそこで初めて、何かが違うことに気づいた。

 

「あ……」

 

──あのアーチは。

 

あのアーチはどこへ繋がっているのだろうか?

 

あのベールを開いてアーチをくぐれば、どこへでも行けるのだろうか?

 

他の場所へ。

 

知らない場所へ。

 

ここではないどこかへ……。

 

「……あ。あっ『アブノーマリティに、必要以上の興味を、持ってはいけない』…………!」

 

 教育チームで聞かされた警告を思い出す。俺は歯を食いしばって流れ込んできたその思考を抑えこんだ。

 

 息が詰まる。俺の体質がしきりに警鐘を鳴らしていた。アーチから、そのベールの隙間から、不吉な気配が漂っている。

 

 全てがその危険さを伝えてくれるのに、アブノーマリティを使わずに逃げることもできたはずなのに、なぜか俺は馬鹿みたいにその場に留まっていた。

 

 アブノーマリティは、俺が本当に望む場所を求めている。と、分かった。

 

 適当な場所を選ぶことは許されない。頭に靄がかかったようになにも考えられず、いつもどおり適当な場所を念じようとしても、なぜか想像すらできない。

 

 望みを偽ることができない。

 

 ここで間違った回答をすれば、思い浮かべるだけで、終わってしまうと分かっているのに。

 

 俺は致命的にならない行き先を探した。本当に、俺が望む場所。

 

「……リア」

 

 なぜか、リアのことを考えた。

 

 

 

 果たして、それが正しい回答だったのか。俺は前回までと同じように施設のどこかにテレポートした。

 

 ここは……教育チームか。

 

 とにかく、緊張がほぐれた俺は息を整えた。多分あのとき間違った回答をすれば、良くて戻れなくなって、悪ければ死んでいただろう。

 

 十分息が整った俺は、キョロキョロとその廊下を見渡す。けど、誰もいない。

 

 テレポート先に人物を指定したことはなかったけど、多分リアのいる場所にテレポートしたんだと思ってたのに。

 

 ……ふと、辺りから変な臭いがすることに気づいた。

 あの曲がり角から臭いが出ている。

 

 なんの意図もない。ただなんとなく、俺は臭いをたどろうとした。

 

 角を曲がる。

 そして、廊下の行き止まりに倒れているそれを見た。

 

 見てしまった。

 

 なんで、気づかないフリをしていたんだろう。

 

 その臭いは都市に来てから、いやこの世界に来てから、ずいぶんとかぎ慣れた臭いだったのに。

 

 全身の体温が下がる。血の臭いが香る。遅れて理解して、目を見開く。

 

 ああ……ついに。

 

 血みどろの、リアの死体の前で、俺は立ち尽くしていた──。

 

 

 

O-09-k91『ここではないどこか』観測完了。

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