生粋のE.G.O.I.S.T   作:ペスト医師団

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T-02-k43『あの収容室には蛇の鳴き声などなく、『おかえりなさい』と声をかけてくれていました』

 

 リアが死んだ次の日。まだ鬱々とした気持ちが残ったまま、俺は出社した。

 

 あの後、バレルがリアと俺を見つけて、事後処理が行われた。リアは簡単な死亡確認だけされて、死体は処分された。

 

 俺は……粗末な機械で、精神汚染値の測定だけされて解放された。他の人から見ても、あからさまに沈んでいたんだろう。

 

 ここが……都市が、そういう場所なのは知ってる。

 

 ゲームをやってたときから、知ってはいたさ。残酷な場所だって。

 

 前もこんなことがあった。独立する前に所属していた事務所で、たった一人生き残ったときだ。あのときも、同じくらい辛かった。

 

 前もこんなことがあった、けど……慣れるわけない。仲良かった人が死んで、落ちこまないはずなかった。

 

 最後にリアを見たのは俺だ。助けられたかもしれなかった……。

 

 福祉チームのみんなが、俺に声をかける。

 

「ここじゃよくあることさ。厳しいことを言うようだけど、慣れることだね。じゃなきゃ、次はキミが死んじゃうから」

 

 メイベルさんは忠告してくれて。

 

「確かに防げたかもしれないです、アスカくん。でもだからこそ、次こそはって思ってください。ゆっくりでいいですから」

 

 チーフは鼓舞してくれて。

 

「そんな風に思ってしまうのも分かるが、お前のせいじゃない。不幸な事故だった。だから、そんなに落ち込むな。……今日も酒を飲もう」

 

 バレルは寄り添ってくれた。

 

 そして、クロイーは。

 

「…………」

 

 クロイーは俺をじっと見て、言葉を選んでいるようだった。

 

 口を開く。

 

「そのメガネ、けっこう変だね」

 

 俺は少し笑った。わざわざ言うのがそんなことか。

 

「うるせー」

 

 ……触れないでいてくれたらしい。それが一番、ありがたかったかも。

 

 なにも考えたくない、なにも思い出したくなかったから。

 

 でも、なにも思い出したくないけど、リアと喋ったくだらない話を、いろんな場所で思い出してしまう。

 

 俺は俺が思うより、リアといろんな話をしていたらしい。

 

 幸い、俺に割り当てられた今日の業務は観測ログの整理やレポートの作成だけだった。

 

 アブノーマリティの観測業務や管理作業をする必要はなかった。

 

 毎日観測業務があるわけじゃないから、偶然かもしれないけど。

 

 まあ、そんなことできる状態ではないって思われたんだろう。もしそうだったとしても、納得はできる。

 

 ただ静かに事務的な作業を続けてると、昨日のことを思い出す暇もなくなって、ただそれだけに集中して仕事ができた。

 

 だけどその集中は、警報が鳴って途切れる。

 

 クリフォト暴走のアラートだった。

 

 アブノーマリティたちが不安定になる時間。不安定になったアブノーマリティたちに作業しないと、脱走や能力の発動を招いてしまう。

 

 だからいつもなら、ここでクリフォト暴走に対処するための指示が……。

 

『クリフォト暴走のため、コントロールチームから作業指示の通達を行います。指示された職員は指定された作業を迅速に開始してください。教育チームポールは『T-01-k68』に本能作業、安全チームエリサは『F-01-k69』に愛着作業、福祉チームアスカは『T-02-k43』に本能作業、抽出チームシャルロットは『O-04-k72』に洞察作業を行ってください。繰り返します……』

 

 ……俺にも作業指示が来た。

 

 そういえば、コントロールチームからの放送で作業指示が来たのは初めてだ。いつもは福祉チームの指導や業務でしか作業してなかったわけだから。

 

 多分、いま福祉チームにいる管理職員が俺だけなんだろう。指示されたのも福祉チームの管理領域にいるアブノーマリティだし。

 

 行かないと。立ち上がると、隣りにいた事務職員(オフィサー)のナンシーが遠慮がちに話しかけてきた。

 

「その……大丈夫なんですか?」

 

「……仕事だから、仕方ないですよ。それに、仕事をしてたらちょっとは気が紛れました」

 

 オフィサーにも心配させてしまったか。

 

「福祉チームのアブノーマリティだから、資料は頭に叩きこんでます。だから、大丈夫」

 

「それなら……良いんですけど」

 

 俺はこれ以上心配させないように、笑顔を作った。

 

 

 

 フラフラと歩いて収容室にたどり着くと、黄白色の大蛇がいた。俺の身長の二倍くらいある蛇が、とぐろを巻いていた。

 

 ウロコの隙間からブロンズ色の模様が見えて、それがアンティークな額縁のようにも見える。観測記録で見た通りだ。

 

 それで……本能作業か。エサを渡せば……と管理用の道具箱を探して、少しまばたきをすると。

 

 視界に写っていた蛇が別のものに変わって、俺は首を振った。

 

 いや。

 

 違う。

 

 それは蛇なんかじゃない。

 

「あ……」

 

 ……無数の肖像画のかたまりが、リアの映った動く肖像たちが、こちらを見ていた。

 

 彼女は口を開く。

 

『あ、アスカ先輩! また会いましたね!』と、聞こえた。

 

 ……観測記録で読んだ通りの能力。こうなることは知っていた。分かりきっていた。少しだけ、期待していたくらいに。

 

 それでも。

 

「……こんなに、リアルなのか」

 

 それが幻覚なんかだと、思えない。

 

『……どうしたんですか?』

 

「いや、なんでもない……なあ、いままでどこに行ってたんだ?」

 

『えっ? 私はどこにも行きませんよー。今日も訓練したりー、欲の指輪の業務で雛鳥ばかり鎮圧したりー』

 

 シューシューシュー……という蛇の鳴き声は、聞こえない。

 

 ただ俺とリアが、お喋りをする声が聞こえていた。

 

「そういやこのメガネ、クロイーに変だって言われたよ」

 

『えー? クロイー先輩酷いですね、ちゃんと似合ってますよ!』

 

「……それはそれで嬉しくないんだけどな」

 

『あれっ、そうでした? でもいいなー。クロイー先輩、アスカ先輩に心を許してる感じがして』

 

「そうかもなぁ。まあ同期だからってのもあるんじゃないか」

 

『いいなぁ。前も言いましたけど、私同期いないから……ってアスカ先輩、どうして泣いてるんですか?』

 

 収容室を這いずるような音も聞こえない。俺の周りを這う蛇も見えない。

 

 俺は目をこすって、首を傾げた。

 

「そっか、泣いてるのかな。……こうしてリアと話せたのが、嬉しかったのか。どれだけくだらない話でもさ」

 

『あはは、アスカ先輩にそんなこと言ってもらえるなんて。……でも先輩、私もですよ』

 

「えっ?」

 

『私も、アスカ先輩と話せて嬉しいです』

 

 足元が冷たい、気がする。それに、たぶん、痛い。

 

『だってアスカ先輩は、二度も私を助けてくれた素敵な人です。それに、それ以上に、アスカ先輩といると楽しいんです』

 

「……俺も楽しいよ。リアも助けてくれたろ」

 

『そうですけど、だからいいんじゃないですか。……尊敬してます。アスカ先輩の優しいところが好きです。あなたともっと仲良くなりたい。ずっと喋っていたい』

 

「…………はは」

 

 これはアブノーマリティによる幻覚だ。きっと俺の願望だ。

 

 嘘のリアに、なにを言わせてるんだろう。なんで、嬉しくなってんだろう。

 

 罪悪感と、違和感と、苦痛と、激情と……そして、振り返りたくなる、過去。

 

 リアとの距離が近くなって、

 肖像画との距離が近くなって、

 蛇のウロコとの距離が近くなって、

 視界には蛇の身体しか写ってなくて、

 リアの顔しか見えなくて、

 呼吸ができなくて、

 蛇に身体が締め付けられて、痛い。

 

 心が締めつけられるように、痛い。

 

 酸素が足りなくなって、そのまま俺は……気を失った。

 

 

 

 

 

 ここでは家族に会うことはできません。翼に入るのはもちろん私にとって喜ばしいことでしたが、住んでいた区から離れることはやはり物寂しい気持ちも残しました。

 

 ええ。以前私は、家族に毎日電話をかけていました。いまは、そこまで……。

 

 頻度が少なくなった理由ですか? 家族にも迷惑だろうし……なぜか、電話しなくても平気になったんですよ。あの蛇の担当になったからでしょうか。

 

 あの蛇を見たとき、最初は無数の肖像画だと思いました。本当です。とぐろの巻いた巨大な蛇の恐ろしさより、あの無数の鱗に映ったものが懐かしくて、しばらくの間、作業もせずにそれを眺めていたんです。

 

 他の人には見えていないんですか? あの蛇の鱗には私の家族が映っていました。あの収容室には蛇の鳴き声などなく、『おかえりなさい』と声をかけてくれていました。

 

 それが幻覚であるということが、いまでも信じられません。私にとってそれは、確かに存在した現実なんです。

 

 蛇のとぐろから救出された日から、私があの蛇の担当から外れるべきなのは分かっています。しかし私は、あの収容室に訪れる欲求を抑えることはできないでしょう。

 

 もう、毎日の電話でも満足できません。そこに行けば会えるのですから。

 

 もうずっと私の心は、あの蛇に捕らわれているんですよ。

 

 

 

T-02-k43『肖像蛇』観測中断……

 

 

 

……

 

 哀れな犠牲者を、大蛇は締めつける。

 

 そもそも蛇が獲物を締めつけるのは、窒息を待つためだ。

 

 肺から息を追い出して、意識を消すためだ。

 

 同じように、追いこまれた精神は息を吸わない。その意識を永遠に消そうとする。

 

 とぐろを巻くように犠牲者の全身を締めつけて、蛇は呼吸を許さない。

 

 それを俺は、他人事のように見ていた。苦しくて仕方ないのに、他人事のように見ていた。

 

 すると、なぜかだんだん、蛇の見た目が小さくなっていく。

 

 当然、大きすぎる獲物にとぐろを巻き続けることはできない。蛇はほどかれた。

 

 敵意の視線。蛇からそれを感じた。

 

 小さくなったとしても、こいつはアブノーマリティだ、鎮圧しないといけないだろう。

 

 長くなった腕を振って、俺は鋭くなった懺悔の剣で蛇を斬る。

 

 卵になった蛇を一瞥して、収容室を出た。

 

 まだ仕事が溜まっている……メインルームに急いで戻らないといけないだろう。

 

 どうしてか身体が軽いから、すぐに仕事も終わるはずだ。

 

 だが、メインルームに戻ると、やはり小さくなったオフィサーたちが俺を指差して、驚いている。

 

 そして銃を構えて、俺を撃った。

 

 パニックか……WHITEダメージを与えて、鎮圧しなければならない。

 

 ……そういえば、リアは懺悔を、こう使っていた。

 

 俺は懺悔の剣を片手で振った。斬り上げられたオフィサーは高く舞って、死んだ。

 

 ああ、この懺悔は……REDダメージだったな。

 

 ()()()()()。『俺たちも苦しかったんだから』。

 

 ……息の詰まる世界で、のっぺらぼうの怪物は、息を吸おうとする。

 

 

 

特殊パニック職員鎮圧作戦案-β

事例:K-1844-2

作戦、開始。

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