高く剣を振り上げて、引き摺る過去は私たちを見下ろす。
『総員、回避!』
「うウぁう、く、る、シみ」
すぐにその場を離れたら、鎖と茨の剣が、元いた場所に叩きつけられる。幸い直撃はしなかったけど、衝撃波に精神が傷つく感じがした。
だけど、力まかせに剣を振り下ろした引き摺る過去は体勢を崩して、大きな隙を作る。私たちはその隙を狙って武器を振るった。
私も額縁を振るう。これで回復してくれれば……!
「チーフに言われてたんだ。みんなに気を配れって。だけど俺は、気づけたはずのリアの不調に、気づけなかった……」
一言一言のたびに、頭が割れるように痛い。重圧が体を押しつぶしていく。
助けられた。助けるべきだった。助けたかった。
茨の冠は、決して罪を忘れさせない。
「ざァん、ゲ」
体勢を立て直した引き摺る過去は、近くにいた誰かを斬り上げる。剣を受けた身体は、天井まで届くんじゃないかとばかりに高く舞った。
「くっ……この隙に……!」
私含め、多くの人が引き摺る過去を警戒して退いていたが、これを好機と捉えて攻撃を続ける人もいた。だけど……。
「げき、ジョう」
「……カ、ハッ?」
その胸を、引き摺る過去の鋭い爪が貫く。背中から血まみれの爪が生えていた。
身体が倒れる音。一人、死んだ。
「ああ、また死んだ……!」
俺は頭を抱えて突っ伏していた。
俺が、不甲斐ないから。この懺悔室から抜け出せてないから。
もっと、懺悔しないと。俺は祈るように手を組む。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「やりやがったな!」
誰かが怒りに駆られて、引き摺る過去へ向かう。
引き摺る過去が攻撃する直前でも、その人は構わず接近していった。
「しょウめイ」
「ぐっ、まだ、まだ……。……ぁ?」
横薙ぎの爪を食らった誰かは、致命傷じゃないのをいいことに攻撃を続けようとするが……違和感を覚えたように、立ち止まる。
私も、気づいた。出血が多すぎる。
血を失いすぎてその人は倒れたし、私たちみたいな新入り職員がその血に触れたらパニックになったりして、場は騒然となった。だけど。
『総員、集中してくれ』
もう一度、榴弾が撃たれ、爆発音が鳴った。泳いでいた皆の視線が、引き摺る過去へ向かう。
『情報チームの解析によれば、引き摺る過去の体力は半分を切った。このまま攻撃を続ければ、じきに力尽きるハズだ』
その言葉が確かなのを証明するように、引き摺る過去の鎖が破壊され、鎖の中からアスカの、黄色い左目が見えた。
『恐怖に立ち向かえ。攻撃を続けろ』
みんなの士気が戻る。だけど、私は……。
久しぶりに見た気がするアスカの目は、焦点が合っていない。その目を見つめていた。
すると突然、引き摺る過去の姿が消える。
懺悔を続ける。罪悪感に身を浸す。そうするのが正しいと思った。
……ふと目の前を見ると、そこにはリアの肖像があった。
「ぁ……」
その瞬間、感情が溢れてきて。
肖像画が割れる。俺も割れる。
そして俺は、自分がただ、自ら精神を崩してるだけだって気づいたんだ。
「ォどロい、て」
「……えっ?」
なんで、後ろからアスカの声が……。
「クーちゃん!」
振り向くと、チーフが私をかばっていた。
引き摺る過去の肖像画が割れて、中から腕が生えている。その爪は、私を狙っていたみたいだけど……チーフが持つ、旗のようなハンマーで防がれていた。
私は、へたりこむ。
すぐ近くからアスカの目を見ると、その目には
目の周りには五芒星の切れこみがあって、ああ、あのメガネが侵蝕したらそうなるんだ……なんとなくそんなことを考えていた。
だけど……。
チーフが
だけど。
チーフが引き摺る過去の剣を避けて、飛び
その青い背中に、つい言葉が出る。
「チーフ」
だけど間違いなく、あれは、アスカの顔だった。
「アスカを、殺したくありません」
無意識に出た言葉に、チーフが驚いたように振り向く。私は我に返った。
「あっ、ごめんなさい作戦中に! 急にこんなこと言われてもですよね。そもそもお礼も言ってないのに……さっき庇ってくれてありがとうございました」
ついしどろもどろになったけど、チーフは優しく微笑んでくれた。
「……よかった。クーちゃん」
「えっ?」
「大丈夫です、私も同じ気持ちですから。ハンターくんにも言ってやりましょう」
戸惑って動けずにいた私の手を取って、チーフは私を、懲戒チーム部門長のところへと連れて行く。
メインルームの隅に着くと、懲戒部門長が『榴弾』に弾丸を装填していた。チーフと私の顔を見て、ため息をこぼす。
「……なにさ、アナスタシア」
「やっぱり、この作戦やめませんか? 殺さないで、アスカくんを助けましょうよ」
「甘っちょろいところは変わらないなぁ。大方そこの新人に
「福祉チームのチーフにお似合いだとは思いませんか? お願いですハンターくん、今度の集まりでご飯おごりますから……」
「あいにくだけど、こっちは厳しくやるのが仕事だから。その話は聞いてやれそうにないな」
その部門長はチーフと仲良いみたいだけど、アスカを助けるという案は受け入れる気がないらしい。部門長は私の方へ厳しい視線を向ける。
私は肩を縮めるしかない。
「お前もさ……ここは会社なんだ。会社に損害を与えそうな相手は『処分』しないといけないものさ」
「わっ、私は……」
「ハンターくん、あんまりクーちゃんをイジメないでください。クーちゃんは新人なんです。助けたいなんて、当たり前のことじゃないですか」
「はあ、立場の話をするんだったら、お前はチーフで、俺は部門長だよ。詳しい文句は後で聞くから、仕事中は黙って従ってくれないか」
「──部門長様になって偉くなったみたいだね、ハンター。心なしか態度も大きく育ったみたいだ」
チーフの言葉にそっけなく返す部門長をからかうように、メイベルさんの声が聞こえた。
廊下の方を見てみると、扉が開いて、メイベルさんと
「……鎮圧作戦にも参加しないで、どこにいたんだい?」
「さっきまで僕らは下層で会議中だった。いま戻ったんだよ」
「なにやら議論の最中だったみたいだね? アナスタシア、加勢するよ」
こっちの部門長はぶっきらぼうに答えて、メイベルさんはニコッとチーフに笑いかけた。
「ハンター、作戦αではなく、βを行うべきだった」
「シンプルな話をややこしく言うね。あいつのパニックを回復させるってことでしょう?」
あちらの部門長は柔らかな口調だけど、厳しい物言いだ。
「だが、βは実践的じゃない、案だけの作戦だったはず。懸念されてたように、侵蝕した職員は脅威だった。パニックを回復させることは死傷者を多く生むぞ」
どうやら、『β作戦』というのはパニックになったアスカを回復させるための作戦らしい。
あっちの部門長が言うように、そんな作戦が会社にとって現実的じゃないのは分かる。一人の職員のために、大勢を危険に晒すなんて。
それでも……と口を開きかけたところで、メイベルさんが矛盾するようなことを言った。
「いや、むしろ形式的な採用だったのはα作戦の方だ。特殊パニック職員……侵蝕を経験した職員は保護するようになってるのさ」
「えぇ? それは福祉チームや、お前の仲の良い抽出チームの研究オタクたちの意向じゃないか? 結局、俺たちはα作戦を行うと決定……」
「
「は?」
ウチの部門長の言葉に、あっちの部門長は面食らう。私も、意味が分からなかった。
普通に考えればそんなはずがないと思えてしまうようなことを、だけどウチの部門長は当たり前のことのように言い放つ。
「すぐに業務命令が来るだろう」
懲戒チームの部門長はこっちの部門長になにか反論しようとしたけど、すぐに無線機からなにか連絡が来て、言葉を引っ込める。
その連絡を聞き始めた部門長の顔はみるみる驚きに染まっていった。
「管理人はなにを考えてるんだ……」
そして、ため息を吐いて、鎮圧中の職員たちにアナウンスする。
『作戦変更。引き摺る過去は殺さない。パニック回復を目指す。WHITE武器の職員以外は撤退し、別の業務に移ってくれ』
私は驚きのままにウチの部門長とメイベルさんを見つめる。
「ほら、言ったろう?」
勝ち誇った風なメイベルさんに、懲戒チームの部門長はまたため息を吐く。そしてみんなを、特に私を見つめた。
「……どうであれ、パニック中の彼が何人も殺したのは事実だ。生き延びた後も、それが彼にとっていいとは限らないよ」
「いいさ、彼が罪悪感とかを覚えたところで、どうであれ私は研究材料が増えるんだからね」
「…………」
メイベルさんはそう言うけど、私はハンター部門長のその言葉について、しばらく考えていた。
アスカはもしかしたら、罪悪感を覚えているのかもしれない。リアを、死なせてしまったと思ってるのかもしれない。
そんな風に思えてしまったから。
「
メイベルさんが機敏な動作で、すれ違いざまに旗のハンマーを引き摺る過去へ振るう。武器のはためく音が爽やかに響いた。
アスカのパニックを回復させるにあたって、私たちはWHITE属性武器で戦っていた。
私は額縁、バレルは焦燥、チーフとメイベルさんは
「なるほどアスカ……EGOはこう使うのが良いんだね」
「言ってる場合かよ! 叩きつけが来る、全員受け流すか回避しろ!」
ウチの部門長が号令をかけて、みんなアスカの剣の叩きつけから回避する。いや、一人だけ……。
「……これが一番の攻撃なら、そこまで強えワケじゃないな」
「ぶっ、部門長!?」
「問題ねえ」
自分で言ってたけど、部門長は受け流す方に回ったようだ。チーフの驚きの声も意に介さず、むしろ青い槍でアスカの剣を弾き返して、攻勢に移った。
福祉チームの部門長なのにかなりの武闘派とは聞いていたけど……。
メイベルさんの動きも異様に良いし、エース級の人が二人も鎮圧に加わったことで、WHITE属性武器を持ってない大半の職員が全員離れたというのに、戦況は順調だった。
「メイベル、クロイーは他部署の職員と新入りのサポート! 僕は……正面からブッ刺す!」
「ハイハイ」
「お気をつけて!」
「心配は無用だぜ、っと!」
引き摺る過去の肖像から腕が無数に生えて部門長を襲うけど、部門長は全部の腕を受けきって、一つ一つの腕を、肖像画の額縁と同時に破壊していく。
WHITEダメージなのにすごい暴力的な見た目に見える。
チーフの補助を受けながらも、私もちょっとは引き摺る過去に攻撃を与えたけど、大体は部門長の攻撃でパニックの回復が終わりそうだ。
だけど。
「うぅ、ダ、め、だ……」
引き摺る過去の鎖が、引き摺る過去の茨が、固く締め付けられて、大量の血が流れ落ちる。
足首までに浸かる血が、濁流となって流れていった。
「ダメだ……」
『大丈夫だよ』
『仕方なかったんだ』
『先輩は何も悪くない、アブノーマリティが全部悪いんですよ』
『パニックしてやったことなんだから、気にするなよ』
俺が死なせた沢山の肖像画が、気休めの言葉を投げかける。パニックから回復してきているんだろう、心が安らかになっていくのが分かった。
違和感。罪悪感。
これほどおかしいことはないのに。救われていいはずがないのに。
「やめてくれ……」
俺は懺悔室で、身体を掻きむしる。
「マズイな……このままじゃパニックが回復する前に死ぬぞ」
鎖や茨を自ら締め付けて、引き摺る過去が自傷を行っている。
部門長の言葉に、私は身体を引っ掻くアスカへと走り出した。
「く、クーちゃん!?」
……もうアスカが、本当に都市で生きられるぐらい強いのか、私には分からない。だけど、アスカに言いたいことがあった。
でも、走り寄ってくる私が目障りなのか、引き摺る過去が、近づく私に剣を振り下ろそうとする。
避けられなくて、剣が近づいて、目をつむろうとして……セミの鳴き声が聞こえた。
懺悔の剣が勢いを失い、道連れの腕があらぬ方向に落ちる。後ろを振り返ると、焦燥を撃ったバレルが、私に頷いた。
こっちも頷いて、引き摺る過去へと向き直る。
叫ぶように声を放った。
「アスカぁ!」
バレルの言うように、この激情が強さゆえなら。都市で生きる強さが、アスカにあるのなら。
そうする力があるというのに、自ら選んで、生きないでいてしまうなら。
「もし、罪悪感に身を浸してしまうなら!」
私は血に浸かった足で、一歩近づく。
私の言葉に思うところがあったのか、引き摺る過去の動きが、自傷が止まる。
その隙に、部門長が突貫する。
「罪に向き合ってでも、生きろ! 生きて、罪に浸り続けろ!」
クロイーの怒鳴り声が聞こえた。
身体を引っ掻くのも止めて、自分の悲しみに浸るのも止めて、俺は懺悔室でその言葉について考えていた。
「罪と向き合え、かぁ……」
それは慰めじゃなく、厳しい言葉ですらあった。
だけど、そうだ、以前ここで言った台詞が、まさにそれじゃなかったか。
「……リア」
肖像画は空っぽになっていた。でも、それがリアだと思って、喋り続ける。
「俺は引き
俺は懺悔の茨に答えた。
生きることは、罪だ。
生きてるだけで他人を押しのけてしまうから。生きてるだけで罪を引き摺り続けてしまうから。
それでも……罪を背負ってでも、生きてやる。
これは俺の茨だ。これは俺の鎖だ。だから……。
自分を保て、侵蝕を抑えろ。
一秒でも長く、この罪に、苦しめるように。
そして、懺悔室は薄れて……。
引き摺る過去に部門長の最後の攻撃が当たって、作戦は終了した。
どんどんと侵蝕は薄れていき、目をつむったいつも通りのアスカが現れる。
「……眠ってる?」
「最後に、すべての侵蝕を自分から抑えこんだんだろう。火事場の馬鹿力とはいえ、最後に頑張ったね」
「って、ことは」
「ええ、アスカくんは無事、生還です! 二人とも、お疲れ様で……って、あはは」
部門長やメイベルさんが後処理のことを喋っているのを置いて、私とバレルは、いつも通りの無表情のまま眠ってるアスカへ、駆け寄っていった。
特殊パニック職員鎮圧作戦案-β
事例:K-1844-2
作戦目標名:『引き摺る過去』
作戦、完了。
好きなアブノーマリティを教えてください!
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